鉄の従者は血豹を飼う   作:石黒 柚李

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シトリー

 

 

 

 

 

 

 CGSの裏玄関、その目の前には最近になって立てられて大きなテントがある。中にあるのは、地中から掘り起こされた、もとい這い出てきたMSだ。頭の先から足の先まで真っ黒で、手と足にある爪だけが金色だ。もっとも、長い間地中に埋まっていたせいかその輝きは酷く鈍いのだが。

 

 GUNDAM FRAME TAPY

 SITRI ASW_G_09

 

 ……ガンダム・シトリー。

 

 それが今、テントの中で仰向けに眠っているこの機体の名前だ。装甲薄く、背中のバーニアは並みの機体よりは大きめだ。しかし手足、そして胴体は細身なもので動力室のバルバトスと比べると幾らか頼りない。腰の辺りにぶら下がってる金の尻尾はジャック曰く武器らしい。手足の爪も同様だ。

 何と言うか、この機体は黒い豹のようだ。しなやかで、スマートで、無駄がない。だけど存在感はやたらと大きい。もしこの機体が動いたとして、その時この機体と相対する相手は何を思うだろう。細すぎると馬鹿にするだろうか。何だあれはと鼻で笑うだろうか。それとも。

 

「んあー、シトリーどこー……」

 

 もう殆ど瞼が閉じているジャックがふらふらとテントに帰って来た。途中で誰かとすれ違ったり、ぶつかったりしてもお構いなしだ。テントの中は機体だけでなく、人も居る。現在ガンダム・シトリーはCGSの手によって修理中だ。もっとも、修理が始まってから一週間も経ってない。

 

「あー、お疲れ様です。ええっと、おやっさん」

「おージャック。ずいぶん眠そうだが、目はちゃんと開けてから歩け」

「ここまで帰ってきたら目なんていらないんですよ。ここは我が家ですので」

 

 ジャックの手がペタペタとシトリーに触れる。肩の辺りだ。もっともサイズ的には端っこの端っこなのだが。重い瞼をそのままに、彼女は機体の肩に飛び付いた。俊敏な動きはメイドのものではない。まるで獣の体捌きだ。

 ぴょんぴょんと装甲の上を飛び回り、勢いが付いた体をダイレクトにコックピットに放り込む。ドゴッと鈍い音がしたのは気のせいではない。多分体のどこかを強打した筈だ。

 狭苦しいコックピットの中に飛び込んだジャックは、膝を抱えて丸まった。いつの間にかメイド服がはだけて、背中が開いている。そして背骨から何かが生えている。ここではネズミの髭と呼ばれているそれは、有機デバイスシステム・阿頼耶識。人と機械を一体化させる、危険極まりない代物だ。

 そんなものが、乙女の背中に埋め込まれている。青白い肌に、突き刺さるかのように。

 

「んしょ、……っと」

 背中の突起が、コックピット内部に伸びているケーブルに接続された。動く筈のないケーブルが、波打った。ように見えた。

 ゆっくりと、けれど確かに周囲のディスプレイが光を灯す。青緑色の薄気味悪い光が、白すぎる肌を照らしていく。彼女が瞼を開くと、シトリーの目が赤く光る。指先を少し動かすと、シトリーの手が確かに動いた。

 ジャックは確かにシトリーと繋がっている。彼女が息をする度に、少し身を捩る度に、シトリーもまた体を動かす。

 

「おいジャック! 整備中に機体動かすなって言ってんだろ!!」

「ごめんなさーい。もう寝まーす」

 

 外から聞こえてくるおやっさん、ナディ・雪之丞・カッサパの声に返事をしたジャックは瞳を閉じてピクリとも動かなくなる。そんな彼女に合わせて、シトリーも動かなくなった。

 最後にひとつ。この機体の妙な部分について語っておこう。背中のバーニアの周囲に、羽根のようなものが生えている。それは爪同様に金色だ。これが何か。それはジャックにしか分からない。

 

 

 閑話休題。ついでに時間は大分進む。

 

 

 ジャックがコックピットですやすやと眠りこけていると日は沈み、ついでに夜は通り過ぎて真夜中がやって来ていた。夜から朝までマルバとベッドで過ごしていた彼女は酷く疲弊しており、故に体は長時間の睡眠を貪った。そうしないと体力が回復しないからだ。

 まだ寝足りないのか、それとも寝惚けているのか。瞼を半分ほど開いた半裸のメイドは脱げかけの服を引きずりながら外へ出る。その際背中のケーブルはガシュンと音をたてて抜けた。コックピットの外に出た青白い少女は、曲線的なシトリーの装甲の上を滑るように移動して地面に足を付ける。ちなみに裸足だ。外を歩くには適していない。

 足の裏が汚れることも、足の裏に小石が刺さることも気にせずに彼女は歩く。暗くて紅い瞳が、青白い肌と共に暗闇にうっすら浮かぶのは軽くホラーだ。真夜中に出くわしたくないような姿だ。

 ひたひた。ひたひたと外を歩くジャック。火星の夜は冷えるのに、半裸で寒くはないのだろうか。

 

「……んーー?」

 

 寝惚けた眼が何かを見付けたようだ。自分が見たものが信じられないのか、彼女は指で目を擦る。瞬きも何度か。

 しかしそれでも自分が見たものが信じられないのか、ジャックは眉間に皺を寄せた。テンションはともかく、ここまで無表情をキープしてきた彼女にしては珍しい。いったい、何を見付けてしまったのだろうか。

 

「……死体が、ひいふう……み。頭を撃ち抜かれてますね、CGSの内部抗争の線は無し。寝てる時何も聞こえなかったし。ってことは……」

 

 ジャックの周囲に、死体が転がっている。全員が少年兵で、全員がヘルメットの上から頭を撃たれている。見事な狙撃だ。まだどこかに、彼等を殺したスナイパーが居るかもしれないし、居ないかもしれない。

 半裸の青白い少女が首を振って辺りをキョロキョロと見渡す。何かを探している。遠くを見渡しているようで、近くを見ているようでもある。欠伸しつつ、背中を伸ばしつつ、両手を大きく掲げつつ。

 

「ふあ……ぁ。寝過ぎましたか」

 

 何かが彼女の右側頭部、数センチ隣を高速で通り抜けた。直後、後ろの地面に何か硬質なものが激突したような音が辺りに響く。

 

「……危ないですね。CGSに居る人は問答無用で殺すつもりですか? 怖い怖い」

 

 今、ジャックの真横を通り過ぎたのは銃弾だ。近くに倒れている少年達の命を奪った、何者かの狙撃。幸か不幸か、それはジャックには当たらなかった。たった今、自分の命が奪われそうになったのにそれでも彼女の顔色は変わらない。青白くて、血の気なんて通っていないかのようだ。

 再びひたひたと地面を歩き始めた少女は、自分の寝床が置いてあるテントへと戻る。またも欠伸をかいたジャックは、シトリーの足元に置かれている小さな箱に手を突っ込む。尖ったり錆びたりしている工具が乱雑に詰まっていて、普通ならとても素手を突っ込むなんて出来ない。

 

 ガチャガチャ。

 ガチャガチャガチャ。

 

 工具箱の中を漁る音が、真夜中のテントに響く。三度目の欠伸、と同時にジャックは箱から手を引き抜いた。細くて青白い手が掴んでいるのは、信号弾だ。子供でも扱えるように小さめに作ってあるようだ。CGS支給のものだろう。それを工具箱の中の奥底にほったらかしにしておくのは如何なものか。

 

 パン。

 

 信号弾がテントの中から発射された。それは暗い真夜中を、確かにハッキリと明るく照らす。

 

「誰がここに攻め込んできたのか知らないですけど、まぁ私の仕事はここまでですね。と言うか軍事的な行動はメイドの仕事では……まぁいいか」

 

 何やかんやと呟いて、ジャックはシトリーの中へと戻る。目が赤く光ったり、開きっぱなしだったコックピットが閉まったのは彼女が引きこもったからだろう。

 直後、耳を塞ぎたくなる轟音が響いてCGSの施設全体が振動する。現在この施設は、何者かの攻撃を受けている。それは火を見るより明らかだ。だと言うのに、コックピット内のメイドはピクリともしない。戦地の真っ只中ですやすやと熟睡している。神経が太いにも程があるだろう。少しは社長の心配をしたらどうなのか。

 

「ずっと一緒ですよシトリー。例え貴方が動かなくなっても、私は側に居ますからね」

 

 目を閉じたメイドが何かを語る。パイロットの言葉に応えるように、シトリーの尾が波打った。

 

□

 

 白み始めた真夜中の空に、怒号が響く。痛み、嘆き、憎悪の叫びが木霊し続ける。「いやだ」「死にたくない」「畜生」「誰助けて」「うああああっ」あちらこちらから、最後の声が聞こえる。

 CGSに攻め込んできたのは、ギャラルホルン。この世界を監視する治安維持組織だが「武力をもって武力を制す世界平和維持のための暴力装置」とまで言われている集団だ。そのような連中がわ何だって民間組織に攻め込もうとするのか。

 何にせよ、相手がギャラルホルンじゃCGSはひとたまりもない。装備の質も、武力の数も、組織の大きさも何もかもがCGSを上回って居るのだ。そんな相手に、施設正面の急傾斜の上で善戦しているのは参番組。クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛に指名された、少年兵達だ。

 持ち前のチームワークに、頭の切れるリーダー。彼等は格上相手に長いこと戦って見せているが、やはりどうしても押されてしまう。時間が経つに連れて被害は大きくなり、やがては戦えなくなる。まさにジリ貧。このまま戦い続けていたって、いずれは数の暴力で押し切られてしまうだろう。

 

 

『死ぬ死ぬ死ぬーーっっ!!!』

 

 

 一機のMW(モビルワーカー)が、死に物狂いで急斜面を駆け上がる。三本の足の先についている車輪を猛スピードで回転させ、右へ左へ蛇行しながら、それでいて速度を全く落とさないように。しかし残念ながら、相手が悪い。逃げ惑うWWを追い回すのはMS(モビルスーツ)。人の形をした、巨大な兵器。

 装甲も武装もサイズも速度も何もかもが桁違い。現に何機ものMWがMSの攻撃で破壊されている。戦力差は圧倒的。例え全てのMWが束になったところで、あのMSは埃を払うかのように全てを薙ぎ払う。

 

『死なねぇ! 死んでたまるか!』

 

 MWに乗る二人が叫んでいる。一人は操縦席で涙目になりながら、一人は機体の上で力強く吠えながら。

 薄緑の機体から放たれる弾丸をギリギリのところで避けれてはいるものの、いつ直撃してもおかしくない。

 

『このままじゃ、こんなところじゃ……終われねぇ!!』

 

 状況は絶望的。だがそれでも、彼は諦めない。圧倒的な戦力差を前にして、抗いきれぬ武力を前にして、それでも尚、折れてない。

 

 

『だろ!? ミカァアアッ!!』

 

 その時、地面が弾けた。赤茶色の大地が、轟音と共に砂塵へと姿を変える。それは前などまるで見えぬ目眩まし。大きすぎる土埃の中を突っ切って、ソイツは今、この戦場に立ち上がる。

 同時に、テントの中のアイツも目を覚ました。

 

「……バルバトスが起きましたか。なら寝てる訳にはいきませんね、シトリー」

 

 ぐうぐうすやすや。そんな風に眠りこけていた半裸の少女が狭苦しいコックピットの中で目を覚ます。漆黒の機体が、ゆっくりと体を起こす。先に目覚めたバルバトスは、既にギャラルホルンのMSと戦っている。グレイズと呼ばれる機体を既に一機潰し、後から現れた二機と交戦中だ。バカデカいメイスを両手で握り、戦っている。

 

「尻尾はフィードバックが遅いですね。羽毛は動作不良。となると爪……あとは、バーニア。ってガス切れですか。仕方ないですね、爪と足だけで行きますよシトリー」

 

 主の声に応えるように、シトリーの全身が悲鳴のような叫びを上げる。軋むような、唸るような。

 テントの骨組みやら、シートやらを突き破ってその機体は起きる。

 

「あー、あー。聞こえますか? バルバトスに乗ってる人。誰だか存じませんが、私の助けは要りますか?」

 

 機体を立ち上がらせるなり、まずジャックはバルバトスに向けて通信を飛ばす。半裸のくせに映像付きなのは、如何なものか。

 

『あんた、墜ちてきた人。今ちょっと忙しいから……』

「ならシトリーで加勢しますよ。貴方はほら、社長の部下ですし。だから今だけ仕えてあげます」

『……じゃあ、一機頼むよ』

「了解です。

 では、ジャック・シュトリ。ガンダム・シトリー、思いっきり、駆、け抜、け、ま、す!」

 

 シトリーの体が前に沈む。と同時に細い両足が確かに地面を掴み、一歩二歩三歩と前へ進む。一足毎に機体は加速し、四歩進んだとき、シトリーは大きく跳躍した。高く、高く。そして速く。

 朝日を浴びながら黒豹は空を舞い、戦場へと参加する。バーニアひとつ噴かさず、いや噴かせぬままの状態でだ。重力に引っ張られながら真っ直ぐ落ちていく。右腕を、大きく振り上げながら。

 

『ぬっ! 新手か!?』

『クランク二尉!!』

 

 次の瞬間、グレイズの左腕が盾ごと吹き飛んだ。シトリーが繰り出した一撃は鋭く重く、敵機の一部を簡単に破壊する。それほどの攻撃を繰り出した右手の爪は、傷ひとつ無く輝いている。数時間前までは鈍かった輝きが今では眩しいぐらいだ。朝日の影響だろうか。それとも、敵機の血を吸ったから影響だろうか。

 武器を持たず、それでいて敵の片腕を吹き飛ばすパワー。この機体が全開で暴れ回ったのなら、目の前のグレイズ二機はひとたまりもないだろう。既に一機は左腕が吹き飛んでおり、もう一気も左腕が無い。どうやらシトリーが駆けつける前に、バルバトスがしてやったようだ。

 

「って、あれ……?」

 

 視界が反転する。気が付くとシトリーは地面に倒れており、ジャックは空を見上げていた。ついさっきまで元気に動き回っていたのに、今ではピクリとも動かない。

 

「ちょっとシトリー、何で動かないんですか?」

 

 ばんばんばんと、コックピット内部のモニターを叩くジャック。しかしシトリーは反応しない。機械だから当然だが、何も言わない。

 

「え? 壊れました? ちょっとちょっと何でこのタイミングで……ってああ、関節に余計なものが付いててそれが変に噛み合って……」

 

 敵を前にし、シトリーは動かない。どうやら何かの不調のようだ。

 

「……余計な装甲は外しますよ。だからもっと、駆けましょうね」

 

 倒れた機体の一部が、爆音と共に弾けとんだ。黒い装甲が吹き飛んで、骨格が剥き出しになる。腕も足も腰も、全ての装甲がパージされた。もはやシトリーに残るのはコックピットを守る為の装甲と頭部を保護する装甲、腰から生える尻尾と背中のバーニア周辺の羽根のような何かのみ。とても戦えるような姿ではない。

 だがシトリーは立ち上がる。さっきの転倒は何だったのかと思わせるぐらい、流麗に鮮やかに、しなやかに。その姿は眠りから目覚めた黒豹を思わせる。

 

「よし、と。じゃあ行きますよ、シトりっ……!? うあっ!!?」

 

 次は何が起きたのだろう。動かないと言っていた尾が伸びる。バーニアの左右に付けられた羽根のような何かも、尻尾のように伸びて上下左右に伸びていく。数は八、尻尾を含めると九。それらは勝手に動き回り、地面を叩いたり突き刺さったり、空へと向かう。

 

「ふあっ、まってシトリ……っ! そんな、いっぱい動いたら……くぁあっ!?」

 

 尾がうねる。羽根を思わせる何かが暴れる。それらは何かの意思を持っているかのように、自由自在に自由気ままに動き続けて、やがて静かに元へ戻る。

 

「……あっ、ふう。うぅ……あのねシトリー、急に九つも動かされると私の処理が追い付かないから」

 

 ブツブツと機体に向かってジャックが呟くと、シトリーはピクリとも動かなくなる。気が付けば、目の前にいた筈のグレイズ二機の姿が遠くにある。高速でこの場から離れていて、どうなら戦線から離脱するらしい。バルバトスが追い掛けようと動き出したが、直後に動きが止まる。まるで意識を失ったかのように、動かなくなってしまった。

 無理もない。バルバトスもシトリーも三百年前の代物だ。一度の戦闘で不調が出てもおかしくない。

 

「……三日月、大丈夫ですか?」

『……………………』

「三日月? 三日月さーん?」

『……………………』

「あれ、ちょっ……と……」

 

 バルバトスのパイロットから返答がない。同時に、シトリーも動かなくなる。いや、動けなくなる。何故ならコックピットにいる操縦者が、鼻の穴から血を流して気絶したからだ。

 そして三日月もまた、コックピットの中で動いていない。彼の初陣はここで終わり、彼女の出陣もここで終わる。

 

 この先はどうなるか分からないが、ひとまずCGSの危機は去ったようだ。

 

 

 

 

 

 

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