鉄の従者は血豹を飼う   作:石黒 柚李

3 / 10
新たな雇い主

 

 

 

 

 

「うぐぐぐっ。頭痛が酷いです……っ!」

 

 シトリーのコックピットの中で、ジャックは意識を取り戻した。口元は吹き出た鼻血が乾いて赤黒いし、でもやっぱり肌は青白いしでいつもの不気味さが増してる。周辺にあるモニターが青緑に光ってるのも彼女の不気味さを助長しているようだ。

 片手で頭を抱えるジャックは機体との接続を切るため、背中のケーブルを無造作に外した。脱げかけのメイド服を着直して、ついでに顔にへばり付いた血を手の甲で擦って拭き取る。輝きの失せた瞳をぎゅっと閉じて頭痛を堪えると、コックピットが勝手に開いた。そう操作したのだろうか。それとも、シトリーが開いたのだろうか。

 開かれたコックピットの向こうは、夕陽に焼かれた不毛な大地。太陽の眩しさに目を細めていると、機体の足元で誰かが叫んだ。

 

「おーいジャック、目ぇ覚めたか?」

「おやっさん。おはようございます」

「何がおはようだ。もうじき夜だぞ」

「あー……。私、どれくらい気を失ってましたか?」

「……ざっと十時間。直ぐにでも引っ張り出してやりたかったんだが、コックピットが開かなくってな」

「気にしないでください。シトリーは色々融通が利かない機体なので」

 

 装甲が外れ剥き出しのフレームとなったシトリーの手足をつたい、メイドは地面へと降りる。なるほど確かに、雪之丞が言っていた通りもうじき夜がやって来る。その証拠に、今まさに赤い夕焼けは終わりそうで、夜が見えてきた。

 暗くなりつつある道を、ジャックはふらふらと歩く。まだ頭痛は治まっていないようで、両手で頭を抱えている。額や首筋に汗が浮かび、苦しそうだ。

 

「大丈夫か?」

「ええまぁ。生きたまま脳みそをバラバラにされたような頭痛がしてましたが、元気です」

「そいつぁ、元気って言わねぇんじゃねぇのか?」

「久々だったから脳がパニックになってるだけです。次からは問題ないので、大丈夫ですよ」

「……そうか。ところで、こいつはなんだ? 尻尾に……羽根?」

 

 体調の話はそこそこで止めにした雪之丞が指差すのは、シトリーの腰と背中にあるもの。先端に剣のようなものがついた極太のワイヤーだ。人間の目から見ると、極太どころか巨大なのだが。

 それらは、十時間前の戦闘で確かに動いていた。うねり暴れる姿は、手傷をおった蛇のようにも見えた。直後にシトリーは沈黙、コックピットに居た操縦者は鼻血を吹き出しながら気絶した。

 しかし先程の、生きたまま脳がバラバラにされたと言う表現は如何なものか。ジャックはまだおぞましい程の頭痛に襲われているようで、頭から手を離さない。

 

「……尻尾と、羽毛ですよ。それ以上は秘密です」

「ああ?」

「この機体、シトリーは当時の機密の固まりでして。おいそれとあれこれ話したく無いです。必要になったら説明しますので、今はそれで納得していただけると」

 

 三百年前の機密など現在において何の価値も無さそうだが、それでもジャックは秘密を明かそうとはしない。誰かと約束でもしていたのだろうか。或いは自分の中に横たわる、どかしようの無い矜持がそうさせるのか。どちらにせよ、シトリーの話題はこれで打ち切りとなる。これ以上は話さないと、紅い瞳が語った。

 

「分かった。じゃあ話したくなったら話せや。ところでジャック、悪いんだが」

「はい?」

「ちぃと、縛らせてくれ」

「………………はい?」

 

 雪之丞の言葉を聞き返すのも無理はない。いい年下したおっさんが子供に向かって何か特殊な趣味を暴露したのだ。性癖かもしれない。或いは両方か。彼の意図は全く意味不明だ。気絶から目覚めた少女を縛りたいなんて、良識がある大人ならまず言わない。

 暫定・メイドを縛るのが趣味な男、雪之丞。目が真剣になっているのが余計に気持ち悪い。

 

「おやっさん、そんな趣味だったんですか?」

「いや待て、勘違いするな。ただどうせ結果が変わらないなら、俺がやってもやらなくても同じだろ」

「つまり私を縛りたい物好きが他に居るってことですね?」

「そう言うことになるな。俺から言い出したのは、まぁ老婆心ってやつだ」

 

 どうやらメイドを縛りたい悪趣味な男がこのCGSに居るらしい。ギャラルホルンに襲われ、それを撃退し、これからどうなるかも分からないと言うのに悠長なものだ。いやそんな時だからこそ、慰みものが欲しいのかもしれない。

 何にせよ悪趣味な話だ。子供に性を求めるのだから、おぞましい。

 

「……ひとつ聞きますが、それは誰からの指示ですか? 社長でしょうか?」

「いいや、マルバの奴じゃねぇ」

「CGS内部の者ですか?」

「今はそうなるな」

「じゃあお断りします。書類上はCGSの社員ですが、私が仕えるのは社長ですので。それ以外の社員の言うことは聞きません」

「そう言うと思ったぜ。忠告はしたからな」

「ありがたく頂戴します。ところで、何か甘いもの持ってませんか? 脳が栄養を欲しています」

 

 片手で頭を押さえているメイドは、図々しく食料を要求する。ついでに腹も減っているようで、空の胃袋から盛大な叫び声が聞こえた。目が、語っている。早く飯を寄越せと。

 

「腹が減ってんなら食堂に行け。小さい嬢ちゃん達が飯作ってるからよ」

「はーい。あ、おやっさん。シトリーお願いしていいですか? ガスの補充とか点検とかその他諸々」

「……ああ、やっとくよ。バルバトスの方が優先だがな」

「それでいいですよ。ではまた、雪之丞さん」

 

 スカートを摘まみ上げ、一礼。雪之丞と別れたジャックは鼻歌を歌いながら、ふらふらと施設に戻っていく。メイド服で急な斜面を上っていくのは大変そうなものだが、彼女は服に土埃ひとつ付けないで歩んでいく。紅い瞳が空を見上げる。そこに夜空は有っても、月は見えない。過去の大戦で大きな損傷を負い、小さくなってしまったのだとか。

 土埃を巻き上げるかのような夜風が流れる。火星の夜は冷たい。だけど薄着のメイドは身震いひとつしない。気温の低さなど、これっぽっちも意に介していないようだ。

 

「お腹減ったなぁ。晩御飯何かなぁ。美味しいものだと良いなぁ……」

 

 戦場となった坂道はボコボコにへこんでいて歩き難そうだ。MWでもあれば施設まで直ぐだろうが、ここには整備機材を積み込んだMWが一機だけ。しかもそれは雪之丞がこれから使うので使用できない。彼の仕事が終わるまで待っていると言う選択肢も無くはないが、ジャックは頭痛と空腹で死にそうだ。悠長にしてはいられない。

 裸足で土を踏み締めながら、青白い少女は夜闇を突き進む。目的の食堂まで、もうしばらく時間がかかりそうだ。

 

「それにしても、まさかまさかですねぇ。私が起こされて、バルバトスに乗れる人が現れた。何かの前触れじゃないと良いんですが」

 

 厄祭戦を生き残った機体が、ほぼ同時期に蘇る。それは単なる偶然か、或いはジャックが呟いた通り『何か』の前触れか。少なくとも今は誰にも分からない。分かりようがない。

 

 てくてく。

 てくてく。

 

 ごてっ。

 

 歩き続けていた裸足の少女がスッ転んだ。顔面から地面に倒れる様は、端から見ると痛々しい。本人にとっても痛いだろう。

 派手に転んでしまったジャックは呻き声ひとつ上げず、ゆっくりと立ち上がる。が、直ぐにまた姿勢を崩す。さっきまで普通に歩けていたのに、どうかしたのだろうか。

 

「……なんか変ですね。足が妙に……うわぁ」

 

 自身の体の不調に気付き、彼女は足を見てドン引いた。長いスカートの裾から見える左足に、鉄の破片が突き刺さっている。足の裏にグッサリと。これは、MWの残骸か何かだろうか。何にせよ、今ジャックの足の裏には鋭く大きな鉄片が突き刺さっている。これでは立つことも歩くことも難しいだ。

 頭痛に空腹。足の怪我。まさに踏んだり蹴ったり。彼女は間違いなくツイていない。

 

「……仕方ありませんね。よっと」

 

 座り込んだジャックは足の裏へと手を伸ばし、力強く破片を掴む。次の瞬間、深く肉に突き刺さっているそれを眉ひとつ動かさずに引き抜いた。荒い処置で出来た傷は深く大きく、体から大量の血が流れ出ていく。きっと物凄い激痛が彼女を襲っている筈。だけど、呻き声ひとつ上げやしない。顔色も無表情さも相変わらず。怪我をしてなお、メイドは何も変わらない。

 淡々とスカートの裾を破りとり、それをぐるぐると傷口に巻いていく。程無くして、ジャックは応急手当を終わらせた。

 

「……よし、歩けますね。ご飯ご飯っと」

 

 痛みに呻くこともなく、足から血を流したまま少女は再び歩き始める。大怪我をしているのに、歩く速度も姿勢も何も変わらない。左足に怪我をしていると言う事実が、すっぽり意識から抜け落ちてしまったかのように。

 それから三十分ほど時間をかけて、ジャックは食堂へと辿り着いた。左足が血塗れであること、肌の青白さによる不気味さが合わさって、わざわざCGS社員のために夕飯を作りに来てくれていた三人の女の子達がジャックを見るなり大声で叫んだ。たまたま近くに三日月が居なければ、少女達のパニックは収まらなかっただろう。

 何はともあれ、ジャックはCGSに戻ってこれた。用意されていた温かな食事は、胃袋に染み渡るお袋の味だ。細かく刻まれた野菜や合成肉がたっぷり入ったトマトスープはとろみがついていて実に美味だ。美味しいものを食べて、頭痛やなんやらで沈んでいた気分が回復らしい。ちょっと上機嫌になって鼻歌を歌い始めて少ししたころ、彼女はテーブルに突っ伏して寝た。まるで電源が切れた機械のように。

 

□

 

「おはようございます。薬入りの飯の味は如何でしたかぁ?」

 

「 薬だぁ!?」

 

「ガキが! なんの真似だっ!?」

 

「まぁ、ハッキリさせたいんですよ。誰がここの一番かってことを」

 

 

 何もない薄暗い部屋で、少年と大人が何かを話している。対話していると言えば聞こえが良いが、これはそんなものではない。何故なら大人達は両手を拘束されて地べたに這いつくばっているし、少年達は廊下の光を背にして立っている。どちらが上で、どちらが下。それは、端から見れば分かりきった事だろう。

 動けぬ大人達を前に立つのは、参番組隊長とその部下達。

 

「ガキ共! 貴様等、誰を相手してると思って」

 

「ろくな指揮もせず、これだけの被害を出した、無能を、……ですよ」

 

 言い争っている。しかし物理的に動けぬ者達と、自由に動ける者達。もはや対話にすらなっていない。そんな不穏な空気の中、部屋の奥で長い欠伸をかました少女が一人。破れたメイド服はそのままだが、誰かの気遣いか社名の入ったジャケットが体に被せてある。もっとも、血塗れの足は相変わらずだ。新しい包帯が巻いてあるが、既に真っ赤だ。

 彼女もまた、両手を拘束されている。頑丈なバンドで親指同士を後ろ腰に締め上げられては、ろくに両腕が動かせない。どころか、指の痛みで多少は思考が削がれる。もっとも、足の裏に大怪我をしても平然と歩くような少女に締め付けられる痛みが有用かどうかは分からないのだが。

 ともかく、今この状況はジャックにとってもよろしくはない。参番組隊長……、つまり、オルガ・イツカの起こした上の者への反逆はメイドをも巻き込んだ。さっき放った言葉からして、彼はCGSの社員等に一服盛ったのだ。

 冷たい床から体を起こしたジャックは壁に体を預け、足を伸ばす。暗い瞳は真っ直ぐオルガ達を見詰めているが、欠伸が何度も出ている。ひとつひとつ丁寧に噛み潰しながら、目尻から流れる涙をそのままに瞬きを繰り返していく。

 

「わ、分かった、分かったから! 取り敢えずこいつを取れ。そしたら命だけは助けてやる……っ!」

 

 寝起きのジャックの目に入ったのは、オルガが壱番組……つまり一軍隊長ハエダ・グンネルを蹴り上げたところだ。暴力によって自分の立場を理解したのかしてないのか、ハエダは高圧的な下手に出る。が。

 

「あ? お前状況分かってんのか? その台詞を言えるのは、お前か、俺か、どっちだ?」

 

 立場は決定付いている。そもそもハエダはもう少し頭を回した方が良いだろう。オルガの後ろに控えているのは、銃を持った彼の部下だ。必要とあらば躊躇い無く発砲するだろうし、そうなればこの部屋に居る一軍は皆殺しにされてしまう。下の者に対する横暴な態度に、見下した姿勢。理不尽な暴力に、理不尽な命令。これまで一軍の者がしてきたことが、今になって跳ね返ってきている。要するに、恨みを晴らされている。

 

「無能な指揮のせいで、死ななくても良い筈の仲間が死んだ。その落とし前はキッチリつけてもらう」

 

 その時、オルガの後ろに控えている者が動いた。静かに歩く小さな彼は、ハエダの前に立ち銃を構える。指先は既に引き金に添えられていて、瞳が撃つと語っている。誰かが何かをしなければ、ハエダは殺されてしまうだろう。

 そう。誰かが何もしなければ、殺される。

 

 

「はい。ちょっと質問良いですか?」

 

 

 少女の声が、淡い暗闇に響く。何の意図があるのだろうか。拘束されている上に、足を怪我している。相手は銃を持っていて、危険としか言いようがない。だと言うのに真っ先に声を上げた。オルガと話していたハエダがどのような扱いを受けたか知っているだろうに。

 オルガの部下、三日月・オーガスは既に銃を構えている。その銃口は、下手を打てばジャックへ向かう筈。

 

「…………何だ?」

 

 怪我人の意見を無視できないのか、怪我人だから無視できないのか。何にせよ、こうしてジャックの言葉に反応を示す辺り彼は甘い。この場の主導権を握っているくせに、相手の意見を聞こうとしているのだから。

 

「聞いてくれてありがとうございます。では、……コホン」

 

 彼女は幸運だ。少なくとも、銃は撃たれなかった。質問をする余地があるのなら、ここを生き残れる可能性が僅かにある。もっとも、下手な発言をしようものなら殺されてもおかしくはない。

 相手には銃があり、ジャックは拘束されている状態だ。言葉を選び慎重にならなければ、この命の綱渡りは完遂できない。

 

「まず、マルバ社長はどうなりましたか?」

 

 怪我した足でふらふらと立ち上がりながら、ジャックは真っ直ぐオルガに質問をする。金の瞳と、紅い瞳が相手を見詰め合う。緊迫した空気が更に緊迫した。ような気がする。

 

「それは分からねえ。ここに居ないってことは、上手く逃げたかギャラルホルンに捕まったか。或いは……」

「なるほど。ではもうひとつ、貴方達はCGSを乗っ取るつもりですね?」

「……そうだ。と言ったら?」

「私を雇ってください」

「は?」

 

 周囲の視線が一斉にジャックへと向いた。一軍の大人達も、参番組の少年達も、全員がメイド姿の少女を見る。ある者は正気を疑い、ある者は驚愕している。

 

「……簡単に雇い主を変えるのか。それは、筋が通らねえだろ」

 

 オルガの言うことはもっともだ。どのような理由があるかは分からないが、おいそれと主を変えようとするメイドを信じるのは難しい。警戒されて当然だ。しかしそんな状況でも、青白い少女は平然としている。視界に映る銃に恐れはないのだろうか。或いはハエダのように、自分の立場を理解していないのかも。

 

「筋を通さなかったのは社長の方ですよ。彼との契約は、私の生活の保証とシトリーの面倒を見ることです。ほら、私がここに居る時点で彼は契約を破棄してるようなものでしょう?」

 

 彼女の言葉が本当ならば、確かに先に筋を通さなかったのはマルバの方だ。であれば、ジャックが雇い主を変えようとするのも無理はない。が、やはりそれはそれだ。このメイドを雇うことでオルガがどのような利益、そして不利益を得るのか分からない。故に、即答は出来ない。

 

「だから、俺達に雇って欲しいと?」

「そうです。悪い話ではないですよ? 私は貴方達にとって有用です」

「有用? じゃあ聞くが、あんたは何が出来る?」

「ではひとつひとつ説明して行きましょうか。まず先程の戦闘で見たように、私はシトリーを操縦できます」

 

 自己PRが始まった。失敗すれば、多分死ぬ。実際、三日月が持つ拳銃は既にジャックへと向いている。生半可なプレゼンをしてしまえば、不採用からの射殺なんて流れが起きかねない。

 

「……あの黒いMSか。つまり戦力として有用、そう言いたいんだな?」

「それが私を雇うメリットのひとつですね。同時にシトリーの面倒を見ないといけないデメリットが生じますが。それから」

「……それから?」

「私はバルバトスの整備が出来ます。あの機体の事はよく知ってるので、今後貴方達があの子を使うのであれば私は役に立てます」

 

 オルガにとって彼女は悪くない。それどころか、かなり良い人材になり得る。ジャックの言っていることが本当ならば、今後MSを運用する上での不安は解消される。しかも戦力にもなると来た。正直、喉から手が出るような人材だ。しかし、気になる点も幾つかある。

 例えば何故バルバドスの整備が出来るとか、あのシトリーと言う名の機体が何なのかとか。ジャックの素性だって分かっていない。彼女が本当に有用だとしても、雇うと踏み切るにはまだ信用出来ない。信用に足る、情報が無いのだ。

 

「……操縦士、そして整備士として働けるって事か」

「他にも有りますよ。見ての通りメイドですので、洗濯掃除はお手のものです。あ、でも料理は苦手ですね。そっちは私の担当ではなかったので」

「ひとつ聞くが」

「何でしょう?」

「あんたは厄祭戦の生き残りらしいな。三百年間、冷凍されてたとか」

「そうですね。事実です」

「それが本当である証拠は?」

 

 疑うのも無理はない。彼女は土の中から凍った状態で発見された。それだけでも信じがたい話だが、しかも三百年前の人物だなんて本人がのたまった。誰がそんな戯言を信じるのか。まだ自分から地中に埋まってみたと言われた方が信じられるだろう。

 

「私の名前で調べてください。シトリーが言うには三百年前の絵画が出てくると思います。で、それに描かれているのは私です」

 

 表情と肌色に差異はありますがね。あれは書き手の願望混じりですし。と彼女は付け加えた。

 その言い分が本当かどうか調べられる状況ではないので、現状はメイドの言うことを鵜呑みにするか突っぱねるしかない。しかし真っ直ぐオルガの目を見て自分を語る少女が嘘を吐いているようにも見えない。

 緊迫していた空気が、僅かに揺れる。参番組隊長の目に疑いと葛藤の色が浮かぶ。

 

「………………。よし、分かった。あんたを雇おう」

 

 数秒の沈黙の後、彼が選んだ選択はジャックを受け入れる事だった。それが正しい選択であるとは、とても思えない。

 

「ちょ、オルガ! 素性も分からない彼女を雇うの!?」

 

 隊長の選択に待ったをかけるのは、丸い体型のビスケット・グリフォン。頭に被った帽子がトレードマークだ。彼の反応は無理もない。疑わしい人物を、割りと即決で雇うと決められては「はいそうですか」と受け流すのは難しいだろう。

 

「おやっさん一人じゃ、あの機体の整備が難しいのは分かってるだろ? こいつが本当にMSの整備を出来るなら、引き入れない手はねえ」

「それは、そうかもしれないけど。でももっと良く考えてよ! 彼女の言うことが全部本当かなんて分からないんだから」

「ああそうだ。疑わしいところは色々ある。だがここはひとつ、こいつの言うことに乗ってみねぇか?」

 

 どうやらオルガの決意は固いようだ。決して浅はかな考えでジャックを雇おうとはしていない。今の彼は、腹を決めているようだ。瞳に浮かんでいた疑いと葛藤の色は、今は決意の色をしている。

 

「乗ってみるって……。危険だよ、オルガ」

「ああ、そうかもしれねえ」

「だったら!」

「だけどあいつは、戦ってくれただろ。マルバと一緒に逃げててもおかしくなかったのに、ミカの手助けをしてくれた」

「それは……そうだけど」

「なのに突っぱねるんじゃ、受けた恩を仇で返すようなもんだろ? それじゃあ筋が通らねえ。少なくとも、こいつは一軍の無能共とは違う」

 

 彼の言うことは一理あるだろう。もっとも、勝手に戦闘に参加したのは彼女の方でオルガ達が助けを求めたわけではない。しかしそれでも、ジャックが三日月に加勢してくれたのは確かだ。その恩を忘れる事は、どうやら彼には出来ないようだ。

 

「…………分かった。分かったよ。でもオルガ、万が一が起きたら、その時は」

「分かってるよ。そんときは俺が責任を取る。それで良いか?」

「まったく。あと、これからはもう少し慎重になってよ。この先はきっと長くなる」

「ああ。悪いなビスケット」

 

 取り敢えず、彼等の方針は決まった。この調子ならば、射殺なんてされないだろう。どうやら先の戦闘に介入したことで、ジャックの就活は良い方向に向いたようだ。

 

「話は終わりましたか?」

「ああ。あんたを戦闘員兼整備士として雇う」

「え? 嫌です。それは願い下げです」

「は?」

「メイドとして雇ってください。出来れば、オルガ・イツカ個人のメイドとして」

「……なんだか良く分かんねえが、あんたをメイドとして雇う。これで良いか?」

「はい。それでいいです」

 

 どうやらこの娘は、戦闘員や整備士として扱われるのは我慢ならないらしい。あくまでも自分の立ち位置はメイドだと決め込んでいる様子だ。

 何はともあれ、ジャックはマルバのメイドからオルガのメイドに転職した。これが彼女、そして彼にとって有益かどうかは分からない。ここから先は、きっと神様だけが知っている事だ。

 

「……ビスケット、こいつの拘束を解いてやれ」

「あ、それは不要です。もう自分で解きました」

「は?」

「自分で解きました。ほら」

 

 両手を拘束されている筈のジャックが、両手を上げて見せ付けた。左手の親指にはバンドがぶら下がっており、手のひらには血の線が描かれている。どうやら力で無理矢理拘束を解いたらしい。無理な外し方をしたからか、指の肉が少し剥がれて血が出ている。

 

「メイドですので、このくらいは簡単です」

「簡単って……。平然と言ってくれるな」

「メイドですので、苦労しても平静は崩さないんですよ。ところで誰か背中を借りても良いですか? こんな足だと歩くのも一苦労なんですよ」

 

 ジャックの左足は血塗れだ。正直、立っているのが不思議なぐらいに血液を流している。彼女の言うとおり、そんな足では歩くのは難しいだろう。今立っていられるのは、ただの強がりかもしれない。或いは、彼女が肉体の不調など気にしない鉄人なのかも。

 

「分かった。ビスケット、頼めるか?」

「……分かった。医務室に連れてけば良いんだね?」

「ああ、頼む。……それと、ジャック」

「はい」

「よろしく頼む。あんたはもう、俺達の仲間だ」

「はい。今この時より、この身、この心は貴方だけの物です。好きなように使い潰してください。思うがままに使い捨ててください。私はそれが喜びです。私はそれが誉れなのです」

 

 暗闇の中、青白いメイドが嗤っている。自らの胸を右手の指で指し、歪んだ笑みを浮かべている。それはまるで、胸に手を当ててお辞儀をする従者のよう。見せる表情が愛想笑いだったなら、どれだけ良かったことか。

 

 

「オルガ・イツカ。貴方が最後のご主人様であることを、私達は望みます」

 

 

 メイドは嗤う。

 ひとり楽しそうに。ひとり嬉しそうに。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定