鉄の従者は血豹を飼う 作:石黒 柚李
「おいオルガ! お前辞めてく一軍に退職金くれてやったんだって!? 何でっ!?」
CGS社長室に、派手な金髪と緑の瞳が目立つ少年の声が響いた。彼はユージン・セブンスターク。参番組の古株で、何かあるごとにオルガに対ししょっちゅう突っ掛かっているものの、決して悪い奴でも嫌味な奴でもない。先の戦闘、オルガと共にMWで戦場を駆け回っていたのだから彼の右腕と表現するのが正しいだろう。そんな事を本人に言ったらどんな反応をするかは分からないが。
それに、彼が不満を爆発させたのも無理はない。参番組、と言うかCGSに所属している多くの少年兵達はその殆どが一軍に虐げられながら働いてきた。そんな連中に膨大な退職金を払うのに抵抗があるのも仕方がない。感情的視点で見れば、ユージンは何もおかしくない。むしろ至極全うな反応だろう。
「おいおいおいおい! まさか、お前達まで辞める気かよ!?」
現在この社長室にいるのは、現・CGS社長のオルガとそのメイドのジャック。そして経理担当のデクスター・キュラスターと、何でここにいるのかよく分からないトド・ミルコネン。それと、オルガの良き相談役であるビスケット。退職金の件で乱入してきたユージンと、ついさっき退職を申し出てきた子供二人。
一軍の件もあり、ユージンはかなり感情的に動いてしまっている。これからここを去ろうとする子供に突っ掛かってしまうぐらいだ。仕方がないとは言え、とても冷静とは言えない。
「止めろ」
「だってよぉ!」
「仕事には正当な報酬が必要だ。こいつらは良くやってくれた」
「じゃあ一軍は!?」
「あいつらがここを辞めてどんな動きをするか分からねえ。信用に傷が付かねえようにしねえとな」
ユージンの感情に間違いはないのだが、それ以上にオルガの言い分の方が正しい。一軍の連中を力でここから追い出すのは簡単だったが、もしそうしてしまっていたなら今後どのような問題が発生するか分からない。恨みを持った大人達が報復に来たっておかしくはないのだ。それを止める為、オルガは多額の退職金を支払った。少なくとも正規の退職金を支払ったなら、向こうも後になって文句を言ったりはしないだろう。
感情的には良い思いをしない複雑なところだが、この先を考えるならばオルガの選択は正しい。
若い二人のそんなやり取りを、ジャックは部屋の隅で聞いている。メイド服を着て棒立ちでピクリとも動かない姿は、まるでマネキン人形よう。血色の悪ささえ何とかしてくれれば、人間らしさが増すことだろう。
二日程前からオルガ個人のメイドとして働いている彼女。昨日一昨日の働きは個人で行うには常軌を逸脱しているぐらいだ。
社員全員分の衣類の洗濯、ついでに施設内部の掃除。更にバルバドスとシトリーの整備まで。おやっさん達整備班の力を借りているとは言え、一人でやっていく仕事量ではない。足の怪我だって完治してないのに、良くそこまで働けるものだ。
「セブンスタークさん。社長は仕事中ですので、騒ぎ立てるのは止めて貰えますか?」
「……あんた居たのかよ」
「メイドですので、ご主人様の側に居るのは当然です」
「そうだオルガ、話は退職金のことだけじゃねえ。そいつの事についても話がある」
ユージンの目が、静かに佇んでいるジャックに向いた。青白いメイドに疑いの眼差しが突き刺さる。どうやら彼は、彼女にも何か不満があるらしい。
「ああ? 今更疑うってのか?」
「そもそもずっと疑ってんだよ。そいつ、マルバの女だろ? ぜってーろくでもねえに決まってる」
「止めろユージン。こいつは良くやってくれてるよ。バルバトスの整備に、おやっさん達にMSの扱い方まで教えてくれてる。今のとこは、文句無しに優秀な人材だ」
「そうですよー。私は優秀な人材です」
オルガの言葉に便乗してダブルピースを決めるジャックなのだが、顔色が悪いのでやはり不気味だ。しかし、彼女が得たいの知れない人物であるのも確かだ。三百年前の機体を乗りこなす技術に、整備出来るほどの知識。謀反により主人が変わったにも関わらず、直ぐ様新たな主人に尻尾を振るような忠誠心。
なるほど確かに、ユージンが疑い続けるのも頷ける。
「あ、ご主人様。私これからおやっさんのとこに行きますので」
「ああ、分かった。どっかで三日月を見かけたら、ここに来させてくれ」
「はい。それとセブンスタークさん」
「……何だよ」
「私が信用出来るかどうか、ちゃんと見ていてくださいね。そうしてくれると、遣り甲斐がありますから」
「んなもんっ、言われなくても……!」
「あと身嗜みはキチッとしましょう。スーツでも着たらどうです? じゃ、私はもう行きますので」
煽るような事を言って、メイドは社長室を去る。左足を怪我しているにも関わらず、彼女は優雅に足を動かす。大きな欠伸をひとつ漏らしたのは、寝不足だからだろうか。
「通常の業務にバルバトスの調整。ついでにおつかい。新しいご主人様は人遣いが荒そうですねー」
新しいご主人様に対して早速文句を溢しながらも、彼女は楽しそうに歩みを続ける。
「ま、忙しいのは良いことです。やることがあると、退屈せずに済みますからねー」
メイドの独り言が誰も居ない廊下に響く。この後もぶつぶつと何かを呟きながら、ジャックはMSやらMWが置かれている格納庫へと向かうのであった。
□
「おやっさーん。調子はどうですかー?」
まだ動かせるMSが二機に、スクラップ寸前のMSが固定されている格納庫は活気が満ちている。おやっさん、つまり雪之丞の下に付いている整備士達は全員子供。まだ小さな体には似合わない無骨な工具を抱えて走り回る姿は、可愛らしいやら微笑ましいやら。でも、横顔は仕事を頑張る大人のそれと大差ない。彼等には彼等なりの、仕事への想いがあるのだ。
「おう、嬢ちゃん。そうだな……バルバトスの整備は、ほぼ終わってる。リアクターに手を付けたいところだが、少ない戦闘データじゃ難しいな」
「細かな調整はパイロットの手癖や趣味が判明してからの方が良いですしね。ところでシトリーは?」
「シトリーなら三日月が潰したグレイズから使えそうな装甲を移植したとこだ。見てくれは……まぁ大分変わっちまったが」
「……あー、そうですね。これ可愛くないです」
格納庫入り口付近。膝を付いて項垂れているシトリーは、体の大部分が角張った緑色の装甲に包まれている。特に腕と足、それから腰回りなんかはグレイズのパーツで補強されている。原型が残っているのは、頭部と胸部の流線的な黒い装甲と手足の先に付いた金の爪。それから、自由自在に動かせる尾と羽毛だ。
それにしても、折角の改修を可愛くないと一蹴するのは如何なものだろう。整備士の皆が頑張ってくれたのに、その言いぐさはあんまりだ。
「バルバトスもそうだが、こいつもまたとんでもねぇ機体だな」
「そうですね。科学者達の造り上げた狂気の産物ですから」
「厄祭戦時代の負の遺物、ってとこか」
「シトリーはその中でも別格ですよ。この機体は、私が産まれることを前提に設計された機体ですから」
それは、いったいどういう意味だろうか。ジャックの言葉が本当だとして、当時の人間は何を考えていたのだろう。
「は? そりゃどういう意味だ」
「秘密です。それはそうと三日月を見ませんでしたか? ご主人様が呼んでるんです」
「いや、ここには居ねぇな。食堂でも見てきたらどうだ?」
「ではそうします。それじゃ引き続き、バルバトスとシトリーをお願いしますね」
「ああ。つっても、やれることなんてもう殆どねぇが」
雪之丞との会話を引き上げ、ジャックは歩き出した。荷物を運んだり、機械を弄るのに夢中で回りが見えていない少年達を丁寧に避けて彼女は食堂へと向かう。
それにしても、このCGSはこれからどうなっていくのだろうか。下の者に反逆され、乗っ取られてしまったこの会社がこの先ちゃんと仕事が出来るのか怪しいところだ。ジャックがオルガに要求した待遇も、いつまで守られるか分からない。次の職場を探しておくのが建設的かもしれないが、MSごと雇ってくれる会社なんて多くはない筈だ。もしかするとこの会社の運命とジャックの運命は、重なりあっているかも。
「わっぷ」
「あっ、すみません」
「いえ、私の不注意です。空見て歩いてましたし」
「いえ、私が避ければ良かったんです。ごめんなさい」
空を眺めて歩いていたジャックは、たまたま外を出歩いていたクーデリアとぶつかってしまった。お互いに謝り合う姿は、端から見ると何だかおかしいような気もする。
血色良い少女と、血色の悪い少女。他の誰かと並んでいると、やはりジャックの青白さはよく目立つ。
「ところで、何をやってるんです? こんなところで」
「……いえ。その……」
ジャックからの問いに、クーデリアは言葉を濁す。目は伏しがちで、どうにも声に覇気がない。気分が沈んでいるように見えるが、その原因は分からない。少なくとも、彼女が語ってくれないことには誰も理解は出来ない。
「……むー? 何だか顔が暗いですね?」
「それは、……そうかもしれませんね」
「そうですか。これから食堂に向かいますが、一緒にどうです?」
「へ? ……ええっと……」
「元気が出ないときは、何か食べると良いですよ。ほら、行きましょうか」
「えっ、ええっと……あ、あのっ!?」
暗くなっているお嬢様の手を引いて、メイドは歩き出す。ちょっと強引なエスコートに思わず変な反応をしてしまったクーデリアだが、ジャックの手を振りほどくことは出来ない。引っ張る力も中々強くて、殆ど引きずられる形で歩くことになってしまう。
「ところで幾つか聞きますけど、クーデリアはこれからどうするんですか? CGSの内部は今ゴタゴタしてまして、貴女からの依頼を続けるのは多分無理かと」
そう。ジャックの言う通りだ。今のCGSではしっかりと仕事が出来るかどうか怪しいのだ。であれば、クーデリアからの依頼をこなすのは難しいだろう。そうなってしまうと、彼女の地球行きはなくなってしまうようなものだ。ギャラルホルンに狙われると分かった以上、他の会社に依頼しても断られるのが関の山だろう。
「……父の元へは、帰れません」
「では?」
「……分かりません。私には、出来る事があると思っていました」
「諦めたのですか?」
「いえ、そんなことは! ……でも、それを成し遂げるためには、罪の無い人達を犠牲してしまう可能性があります」
歩きながら、ぽつぽつと胸の内をクーデリアは吐露していく。先の戦闘で死者が出たのは自分のせい。そう思っているから、決意が揺らぐ。自信が薄れる。自分の思い描いた未来へ進もうとすれば、あとどれだけの血が流れるかも分からない。
簡単には、いかない話だ。自らの夢を、理想を体現しようとしたなら、それ相応の苦労を背負わなければならない。時には自分の命さえ、投げ出さなきゃいけない時だって有るだろう。
「そんな事、覚悟の上だったのでは?」
「それは! ……そのつもりでした。でも実際、誰かが目の前で亡くなるのは……」
「なら、誰も亡くならない道を模索すれば良いだけでしょう」
「そんな事が、可能……なのでしょうか」
理想の為、夢の為、誰も亡くならない道を歩む。そんな事が出来るとは到底思えない。今ジャックが提案した道程は、命を捨てるよりも難しい事だ。何一つ犠牲にせず、目的地まで辿り着く。そんなのは、世界を知らない子供が思い浮かべる、ちっぽけな絵空事だ。
「可能かも知れませんし、不可能かもしれません。何にせよ、考え続けなければその道は歩めませんよ」
「……考え続ければ、その道を行けるでしょうか?」
「考えない、よりは可能性があるかもしれませんね。ところでクーデリア」
「はい、何でしょう?」
「食事にしましょう。私お腹が空きました」
あれこれと話している内に、二人は食堂へと辿り着いた。空腹を訴えつつジャックは周囲を見渡す。三日月を探しているようだが、残念ながら彼の姿はどこにも見当たらない。どうやら、ここには居ないようだ。
「クーデリア、何か作れますか?」
「えっ!? 私ですか!?」
「私、炊事は出来ないんですよ」
「……メイド、なのに……?」
「はい。なので作ってくれると助かります」
本人曰く、料理はやってこなかったから苦手らしい。だからと言ってクーデリアに料理をして貰おうと思うのは如何なものか。彼女だって炊事が出来るわけではない。むしろ出来ない方だろう。
「………わ、分かりました。見よう見まねですが、作ってみます」
「よろしくお願いします。じゃあ私は座って待ってますので」
クーデリアに炊事を任せたジャックはテーブルに着き、両足を前後に揺らす。まだ左足には包帯が巻かれているし、両手の親指だってそうだ。数日前の戦闘後に負った傷は、まだ完治していない。治るまでもうしばらく時間がかかりそうだ。
広いキッチンで食材相手に悲鳴を上げるお嬢様と、横長椅子の上で暇を持て余すメイド。キッチンからゴトンと聞こえたのは、クーデリアが何かをしているからだ。料理には似つかわしくない音のような気もするが、気にしない方が良いだろう。出来れば何が起きているか覗いたりもしない方が良い。見たらショッキングかもしれないからだ。
暇が過ぎるのか、ジャックは椅子に倒れ込んで何もない空を見上げる。本日は快晴、雲ひとつ無い。もうそろそろ夕焼けがやって来て、そうこしている内に夜になる。今は、ひとまずの平和だ。楽しまなければ損だろう。だからと言って堂々と瞼を閉じるのはどうなのか。
空腹だと言いながら、遅めの昼寝をしようとするメイド。肌が青白過ぎて、端から見ると死んでいるようにしか見えない。静かな呼吸が繰り返されていく。両腕がだらんと下がって、精気を感じられない。どうやらこの短い時間で、彼女は夢の世界へと旅立ってしまったようだ。
静かだった呼吸が、少しだけ大きくなる。するとその時。
『監視班から報告! ギャラルホルンのMSが一機、……ええっと、赤い布を持って……こっちに向かってる!』
喧しいサイレントと同時に、大きな放送が響き渡る。これは緊急の警報だ。耳に突き刺さる騒音を感じたジャックは迅速に上体を起こし、寝そべっていた椅子から立ち上がる。横になったことで少し乱れてしまった黒髪を指で弄りつつ、メイドは格納庫の方へと足を向ける。
「クーデリアはそのままご飯でも作っててください。お腹空かしてから戻りますので」
途中、キッチンのクーデリアに声をかけてから彼女は走る。足の裏に大怪我をしているとは思えない速度で、ただ駆ける。
歩けば時間がかかる距離も、走れば直ぐ。誰も見ていない中で健脚ぶりを発揮したジャックは、シトリーの足下へと辿り着く。そこには作業中の雪之丞が居て、他の少年兵達も居る。整備を急ごうとする者も居れば、MWに乗り込もうとする者も居る。
「おやっさん、シトリーは出れますか?」
「ああ? 出れるには出れるが、おめぇ」
「何です?」
「怪我してんだろ。だったら三日月に任せた方が良いんじゃねえか?」
「問題ないですよ。苦痛には強いので」
雪之丞の心配を軽く受け取って、ジャックはシトリーへと乗り込む。装甲の角を掴んで上へ上へと登って行く様は、木登りする猿か何かにしか見えない。動きにくそうなヒラヒラのメイド服で、そんなにも動けるのは不思議でならない。
「さてシトリー。決闘を申し込んできた人が居るんですがどうします?」
背中のファスナーを下ろし、阿頼耶識を露出したジャックはコックピットに置いてあるデバイスを背中に装着。その後に、ケーブルでシトリーと繋がった。内部モニターをバンバンと叩く姿は、眠っていた親しい友人を叩き起こすかのよう。パイロットの問い掛けに、機体は答えない。その代わり、ドクンとケーブルが脈打った。
「いっっっっ!!?」
悲鳴が上がる。シトリーが起動すると同時に、ジャックは足を抱えて丸くなる。足の傷が、今更ながらに痛んできたようだ。
「〜〜〜っ、っっ、っっっ! 怪我って痛いんですね、シトリー」
当たり前の事を言いながら、メイドは足を投げ出した。さっき走ったせいで、足の裏から血が流れている。傷口が開いたのだろう。
痛みに顔をしかめつつ、ジャックはシトリーを動かす。機体は主の操縦を素直に受け入れ、格納庫の外へと移動していく。
「……さて。決闘を申込んでくる以上、何の要求があるんでしょうか?」
気が付けば外は夕方だ。夕暮れの中、一機にMSがCGSに向かって進行している。
何故一機なのか。何故軍隊で攻めて来ないのか。気になる点は出てくるが、悠長に考えている暇は今のCGSには無いだろう。攻め込まれたのなら、抵抗しなければ。敵意を向けられたなら、戦わねば。そうして行かなければ、ただ蹂躙されるだけで終わってしまう。
ここで終われば、何の為にオルガがCGSを乗っ取ったのか、分からなくなる。
『私はギャラルホルン実働部隊所属、クランク・ゼント。そちらの代表との一対一の勝負を望む』
CGS本部、そこから数キロ程離れた場所でギャラルホルンのMS『グレイズ』が直立し、外部スピーカーを使用したパイロットが一方的に話し掛けて来た。声やその佇まいが、彼が如何なる人間かを雄弁に物語る。実直で紳士、それでいて信念がある人なのだろう。でなければ、一人でここまで来て決闘を申し込むなんて真似はしない。
とんでもない大馬鹿者の線、と言う事もあるが彼は三日月とジャックを前に撤退して見せた強者だ。仮に大馬鹿者だとしても腕は立つ。そんな彼が今、決闘を望んでいる。
『私が勝利したなら、そちらに鹵確されたグレイズと、そしてクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡して貰う』
外から雄弁に聞こえてくる言葉を聞きつつ、ジャックは機体を動かす。補修されたシトリーは、装甲の重さから動きにくそうに歩き出した。取り敢えず、前の戦闘のように急に停止してしまう事は無さそうだ。
コックピットの中、ジャックはつまらなそうに欠伸をひとつ。指先でモニターを操作し始める。そうしていると、いつの間にやら施設内部から現・CGSの社員達がわらわらと姿を現していた。ある者は動揺し、ある者は眉をひそめる。全員が全員、急に姿を見せたグレイズに狼狽えている。
『勝負が着き、グレイズとクーデリアの引き渡しが無事済めば、そこから先は全て私が預かる。ギャラルホルンとCGSの因縁は、この場で断ち切ると約束しよう』
それは、今のCGSにとって都合の良い条件だろう。例えこの決闘に挑んで負けたとしても、こちら側が失うものは大きくない。それどころか、ギャラルホルンに目を付けられなくなるのであれば、この先この会社は上手くやっていけるだろう。断る理由は無く、失敗しても構わない。
『……いやいや、それはないでしょう』
クランク・ゼントなる人物の言葉に、ジャックは呆れてため息を吐いた。それはコックピット内のマイクに拾われて、スピーカーから外へと響き渡る。その言葉に何人かが茶々を入れたが、彼女は気にすることなく機体を動かして本部の外へ。
ジャックが呆れるのも無理はない。警戒を解かないのも、無理はない。この話は都合が良すぎる。であれば、他に何かあると勘ぐってしまうのは当たり前だ。
だが、その時。
「行きます」
シトリーの後ろ、足下からクーデリアの声が響いた。いつの間に着替えたのか、初めてCGSに来たときと同じ赤いコートに赤いロングスカートに身を包んでいる。
「勝負などする事はありません。私が行けば、全てが済むのでしょう? 無用な戦いは、避けるべきです」
決意は固く、表情は凛々しく。クーデリアは、力強い姿勢と意思で向こうの条件を呑もうとしている。それは決して悪いことではない。彼女がそうしたいと言うのなら、そうさせてやるのも良いだろう。現に周りの何人かも、彼女の主張に同調している。
しかしそれを、認めない者も居る。
「どうなるか分かんねんだぞ」
「そうですよ! あいつ等は、貴女を殺そうと……!」
オルガとビスケットが、クーデリアの言葉に反発する。
「既に、多くの人が死にました。それに私は、ただ死ぬつもりはありません。何とか話を聞いて貰えるよう、頑張ってみます」
「む、無理だよそんなのっ!?」
「……あのオッサンの言葉がどのまで本当か分かんねえしな、簡単には乗れねえよ」
そうだ。オルガの言っている通り、クランクが言うこと全てがどこまで本当か分からない。故に、甘言には乗れない。慎重深く見えるが、決して間違いではない。寧ろ正しいぐらいだろう。
クランクの真意は分からない。信用できない。であれば、やる事はもう、ひとつだけだ。
『……ご主人様。私にやらせて貰えますか? ほら、セブンスタークさんを納得させるのにちょうど良いでしょう?』
「……そうだな。じゃあ、今回は頼む。やってくれるな?」
『勿論ですよ。ちょうど良い機会ですので、私の実力を見せるとしましょう』
話は決まった。本部を守るように立っていたシトリーは動き出し、グレイズの方へと歩みを進める。
『その決闘、受けますよ。クランク・ゼントさん』
『ーーーー 感謝!』
『いや感謝される筋合いは無いと思いますが、まぁ良いです』
夕暮れの荒野の中で、二機のMSが向かい合う。片や、斧と盾を持ったグレイズ。片や、武器は何も持たない素手のままのシトリー。距離は遠くなく、一度でもスラスターを噴かせば接触出来るだろう。
『ギャラルホルン火星支部、実働部隊。クランク・ゼント』
『こちらは名乗りを上げません。メイドですので。だからどうぞ、ご自由に掛かってきてください』
『ーーーー 参るっ!』
『どうぞ。いらっしゃいませ、お客様』
名乗りを終えて、二機は臨戦態勢へ。武器を構えたグレイズは駆け出し、シトリーへと接近する。だがジャックは、機体を動かそうともしない。ただ座して、静かに前を見ているだけだ。
離れている距離は、あっという間に縮まる。長い距離を潰したグレイズは手にした得物を巧みに振りかぶり、右から左へと薙ぐ。速度に重さがバッチリと乗せられた、
『ひとつお聞きしますが』
グレイズの一撃が、金色の尻尾によって弾かれる。下から上へ向けた鋭い一閃は、速度と角度のついた一撃だけで重い斧のひと振りを真上へと跳ね上げた。
『私が勝利した場合、こちらが得られる物は何でしょう?』
敵の攻撃を跳ね上げると同時、シトリーはスラスターを噴かして目の前のグレイズから大きく距離を取る。
『………………』
『おや、無いんですか?』
『いや……。その時はこの命を持って、我等の行いを償おう』
『行いとは? ここを襲撃した事ですか?』
『そうとも。それが、我等が殺した少年兵達への、せめてもの償いだ』
それが勝利して得られる物だとするのなら、なんとまぁ特の無い決闘であることか。負けて失う物も無いが、勝って得る物もない。だとするなら、これはもう不毛な戦いだ。続ける理由など殆ど無い。
シトリーはまだスラスターを噴かし、前を向いたまま後ろへと下がり続ける。砂塵を撒き散らしながら右へ左へ、蛇行しながらだ。
逃がすまいと動くグレイズ。けれども距離は縮まるどころか徐々に遠ざかっている。速度はシトリーが上。捕まえるとなると、クランクは難儀するだろう。
『寝言は寝て言え、ですよ。殺したことを悔やむなら、最初から殺さないでください』
『子供であると知っていたなら、殺させはしなかった!』
『ならそれは、そちらの調査不足でしょう。子供の頭を狙撃して、好きなだけ踏み潰してよく言いますね』
『そうとも。あれは決して、赦されることではない! だからこうして決着を付けに来た!』
『開き直らないでくれますか? それに貴方一人の命で償えるわけ無いでしょうに』
子供を殺したくない。そう言いながらこの男はCGSに決闘を申し込み、こうして戦っている。シトリーの中に居るパイロットだってまだ子供だと言うのに。
大地を削りながら、シトリーは足を止めた。直ぐにグレイズは距離を詰め、今度は大きく斧を振り上げる。もう一度斧に速度を乗せて、振り下ろす。が、届かず。今度は尻尾と右手の爪が斧の側面を強打し、武器の軌道ごとグレイズをぐらつかせる。
前のめりに姿勢が崩れる。同時に、凄まじい衝撃が真横からグレイズを襲った。シトリーの右膝が、的確に頭を捉えたからである。
まるで生身の人間のような動きで、シトリーはグレイズを蹴って見せたのだ。
『何はどうあれ、貴方は子供を殺したくない。だからこうしてここに一人で来た。それは確かですか?』
『……そうとも。そこに何の不都合があるっ!! もう子供が、犠牲になる必要は無いんだ!』
『いえ、好都合でしょうね。ではクランク・ゼントさん、こうしましょう』
いなしと蹴撃で隙を作らされたグレイズに追撃はせず、シトリーは再び距離を取る。先程と変わったことと言えば蛇行ではなく直進で真後ろに下がったこと。そして、両膝を折り曲げて着地。地面に膝立ちになったシトリーは尻尾、そして羽毛と呼ばれるワイヤーブレードを全て展開し自らを拘束し始める。
敵機が行った突然の行動。その意図を汲み取れなかったクランクは思わず機体を止めてしまう。それは彼の甘さのひとつだろう。もっと彼が非情だったなら、今この瞬間にシトリーを討ち倒す筈だ。
『貴方の矜持に問います。どうぞ、その手で私を殺してください』
シトリーのコックピットが開いた。操縦席が丸見えとなり、機体は完全に停止する。同時にグレイズも、動きを止めた。当然だろう。何故ならば彼は知ってしまった。今自分が戦っている相手の正体が、子供、それも
『子供を殺したくないから、一人で決闘しに来たんですよね? ではどうぞ。私を殺して、クーデリアもグレイズも回収したら良いです』
『ーーーー っっ、貴様っ……!』
『どうかしましたか? ほら、どうぞ。抵抗はしませんから』
『ーーーー っっ、っっ!!』
グレイズは止まる。動けない。動けるはずがない。子供が自ら首を差し出した。ここで彼女の命を断ちきるのは簡単だが、その瞬間彼の誇りは粉砕され、地に落ちる。これ以上子供を殺したくない。その一心でクランクはここに来たのだ。
けれどもこの戦い、子供を殺さねば勝ちを得られない。それは彼の心に、矜持に反する。
子供は殺さない。殺させたくない。そんな男が、目の前の
『ーーーー っ、うおぉおおおおおおっっ!!』
叫ぶと同時に、斧が振り上げられる。
『っっ、っっっ!!!』
だが、斧が振り下ろされる事はない。振り上げた腕はそのままに、クランクは苦悶に呻く。歯を食い縛り、力強く、それでいて震える瞳でジャックの姿を睨んでしまう。
『……子供は、……殺せん……っ!』
『でしょうね。ではこの勝負、私の勝ちです』
次の瞬間、九本のブレードがグレイズを襲う。武器を弾かれ四肢を絡め取られ、身動きひとつ取れない姿にされてしまう。
『悪いようにはしません。投降してください。そして出来ることなら、どうか私達を助けてください』
子供を殺したくないと言う想いが、クランクを敗北へと導いた。助けてくださいと言われて、振り払うことも出来ない。
彼は今日、その甘さ故にCGSの捕虜へと身を落とす。