鉄の従者は血豹を飼う 作:石黒 柚李
「宇宙、ですか」
「ああ。先に宇宙航行艦、ウィル・オー・ザ・ウィスプに行って先の準備をしておいて欲しい。出来るか?」
「それは宇宙船の整備をしろってことですか?」
「……そう言うことだ。MS専門なのは分かってるが、人手が必要だ。先に先行して人員を送るなら、ある程度出来る奴じゃねえとな」
夜。日が沈んで月が登り、肌寒くなって来た頃にジャックはオルガの私室に呼び出された。これからシトリーの中に入って寝ようと思った先に呼び出されたからか、ちょっと不機嫌そうにしているメイドである。片目を閉じているのは雇い主、つまりご主人様の真似だろうか。
人目の付きにくい夜、豪勢な私室で男女が二人。ちょっと良い感じの雰囲気になったり、甘い空気を醸し出しても良さそうなものだが、彼等の間にある空気はどちらかと言うと冷たい。あくまでも仕事仲間。その距離感を、お互いがしっかり保っているからこそだろう。それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。
本日は黒いメイド服を着込んだジャックは、大きな欠伸をかいて目尻に涙を溜める。大きく口を開く姿は何とも間抜けだ。それだけ眠いと言うことだろう。それに、何だか気怠そうにしている。どうやら疲れているようだ。固そうな椅子に沈めた体はすっかり緩んでいて、両手両足を投げ出している。丸いテーブルの向こうの席には、オルガ。タンクトップ姿だ。
「分かりました。まぁ専門外ですが、何とかなるでしょう。その何とか言う宇宙船には、私一人で?」
「いや、昭弘とダンテ、チャドも付ける。それと、あの機体……シトリーも一緒だ」
「では捕虜は? これからギャラルホルンと戦うなら、彼は良い交渉材料になり得ると思いますが」
CGS改め鉄華団。彼等は少し前の決闘で、ギャラルホルンの一員を捕虜にした。もっともそれはこのメイドが独断でやった事であり、その後処理にオルガやビスケットは多いに悩むこととなった。今も捕虜のままであるクランク・ゼントは、監視付きで監禁されている。そんな彼の利用価値については、まだそんなに分かっては居ない。寧ろ今のところ、ただの穀潰しである。
しかし、物は使いようだ。鉄華団がクランクを捕虜として居るなら、その事実を知ったギャラルホルンは思うように動けなくなるかもしれない。捕虜など関係無いと非人道な動きをされたら、話は変わってくるのだが。
「監視によるとあのおっさんは大人しくしてるみたいだが、まだ信用は出来ねえからな。宇宙船の中で暴れられたら、大変だろ?」
「彼は謀反を起こしたりしませんよ。その為の対策も取りましたし」
「おっさんが裏切ったら、お前が死ぬってやつか? あんな脅し、無視しようと思えば出来るだろ」
「いえ、これです。これ」
ジャックが指差したのは、細い首に巻かれた首輪だ。黒くて細長く、見たところ金属製。かなり頑丈そうな作りをしている。何でそんなものを付けているのか分からないが、何か理由があってのことだろう。もしこれを理由もなく付けていたら、それはそれで驚きだ。
「それは?」
「首輪型の小型爆弾です。あの人が私から一定の距離を離れると、これは爆発します。そして同じものを彼に付けました」
「………………」
「あ、かなり頑丈に作ってるんでちょっとやそっとの衝撃じゃ爆発しませんよ。事故死は有り得ないので安心してください」
このメイド、本当に何を考えているのだろうか。何故こうまで赤の他人、それも捕虜相手に命を懸けれるのか。
ここに襲ってきたギャラルホルン。その一員であるクランクに対し、ジャックは妙な信頼を寄せている。それでいてオルガの言うことはきちんと聞くのだから、本当に何を考えているのか分からない。と言うか、いつの間そんな物騒な物を作り上げたのか。
「簡単に死ぬような真似はするなよ」
「死にませんよ。死ねと命じられたら別ですが」
「なら命令だ。あのおっさんに関わって勝手に死ぬことは許さない。お前は鉄華団の一員だ。死ぬなら、俺達の為か、自分の為に死んでくれ」
「了解ですご主人様。お優しいですね」
団長命令に、敬礼して笑うメイド。本気なのかふざけているのか、いまいち分からない。そんなジャックを前にオルガは右目をつむる。これは彼の癖だ。
「話を戻すぞ。お前には先に宇宙に上がって、船の整備をして欲しい。それが出来たら船内で待機。俺達が宇宙に上がるまで、船内でなら好きにしてて結構だ」
「分かりました。私の出立は明日ですか?」
「ああ、そうだ。それと、他にもやってもらいたい事がある」
一足先に宇宙へ上がり、船を整備しておくだけでも大変だと言うのにこの上オルガは更なる仕事を押し付けようとしている。中々に人遣いが荒いが、それはそれだけジャックの腕を見込んでいるからなのかもしれない。純粋に今の鉄華団が人手不足と言うこともあるかもしれないが。
相手が雇い主だからと言ってほいほい頼みを聞いてしまうと、ちょっと文句を言っても許されるぐらいの仕事量になってしまいそうだがそれでもこのメイドは二つ返事で引き受けるだろう。
従者として生きようとしている彼女に、断ると言う選択肢はあるのだろうか。
「次は何でしょう?」
「役所に行って、諸々の事務手続きをしなきゃなんねえ。詳しい事はデクスターさんがやってくれるから、お前は付いていくだけで良い」
「要するに付き人ですね。そちらも分かりました。他には?」
「……バルバトスの改修は順調か? お前を宇宙に送るとなると、整備班が大変だろ?」
仕事を振ったり命令したり、整備班の状況を聞き出したり。彼は様々な事を目の前のメイドに求めている。何でもかんでも彼女にやらせるのは如何なものか。
「あの機体を宇宙に上げるならやることが沢山ありますが、それについては雪之丞さんに一任して大丈夫でしょう。きっちり教え込んでおきましたし、もう彼は立派なMS整備師ですよ」
「……そうか。こんな時間にあれこれと悪かったな。もう休んで良いぞ」
これで今夜の話は終わりらしい。あれこれと話していたが、時間はそんなに経過していないようだ。ご主人様の許可を得たジャックは腰掛けていた椅子から立ち上がり、大きな欠伸をひとつ。紅い瞳に涙が浮かんだ。
「ではそのように。実は最後にひとつ、大事な報告が」
「どうした?」
「シトリーは宇宙で戦えません。実は地上専用機でして」
「何? ちょっと待った。その話、詳しく聞かせてくれ」
「……まだ寝れそうにありませんね」
目尻に溜まった涙を拭い、メイドは着席。シトリーが宇宙では戦えない理由を、ひとつひとつ団長に説明し始めるのであった。
□
ガンダム・シトリーは地上でしか活動できない。設計の段階で宇宙に出る為に必要な物は殆ど取り払ってしまったらしい。故に気密性が無く、凍結対策もされておらず、宇宙に出ればコックピットそのものが凍りつくだろう。それどころか機体そのものが凍りかねない。ジャックが言うには、あの機体は速さと運動性能だけを重視して作られたらしい。その結果、とても並みの人間では乗り回せない問題機と化した。速すぎるが故に、その負荷にパイロットが耐えられない。本気で動かせば20Gを越えるこの機体に、普通の人間は乗れないのである。
………そう、普通の人間は乗れない。それはつまり、あの機体を手足のように操れる彼女が普通ではない事の証明だ。よく訓練されたパイロットだって、普通に生まれたのなら生身ではシトリーの加速に耐えられない。何でそんな危ない機体を当時の人間が作り出したかは分からない。その点について彼女は何も語らなかった。
しかし、今回の問題はそこじゃない。今オルガが頭を抱えている理由は、この機体が宇宙へ出れない点にある。それは大きな痛手だ。戦力として頼りになる機体が、頼りにならない。この先どのような戦闘が起こるか分からないのだ。戦力は少しでも欲しい鉄華団にこの現実は痛すぎる。それだけでも頭が痛いのに、シトリーは速さを維持するために装甲を薄くしなければならないと言う情報が更に頭痛を激しくする。幾らナノラミネートアーマーが有るとは言っても、そこには限度があるのだ。
「……あの機体、そんなんでよく生き残ったな。厄祭戦っていうのは、酷かったんだろ」
「当たらなければどうと言うことは、ってやつです。私一人ならとっくに死んでいたでしょうが、あの子が一緒に搭乗してるので」
「……? あの機体は二人も乗れるのか?」
「………………、ぁー、えー、失言でした。今のは忘れてください」
テヘペロ☆ と、ウインクして誤魔化そうとするメイドだが、残念ながらその手は通じないようだ。真顔のオルガが眉間に皺を寄せている。怒っている訳ではないようだが、快く思っていないのも事実だろう。
「そうもいかない。こうなった以上あの機体の事を洗いざらい聞かねえと、先の作戦も立てられねえからな。で、今のはどういう事なんだ?」
「………………。三百年前の機密です。話せません」
「おい」
「話せません。話せば、当時を生きた人々への裏切りになります。私は彼等に助けられました。恩を仇で返すなんて真似を、させないでください」
「なら俺は? 雇い主に大事な報告をしねえのは、筋が通らねえだろ」
その通り。ジャックにどのような事情があろうと、彼女は現在鉄華団に属している。であれば、団長の言うことは無視できない。報告するべき事は報告しなければ、今後鉄華団の仕事に大きな支障が出るだろう。三百年前の機密がどのようなものか分からないが、それ自体に大きな価値があるとも思えない。価値があるとするならば、三百年経とうとも秘密を守ろうとする彼女の忠誠心か。
オルガの目を見詰めること数秒。ジャックは大きな溜め息をつく。そして、諦めたかのように天井を見上げた。
「……あの機体には、ちょっと特別なAIが組み込まれています。それが何かは詳しく話せません。だからあの機体の搭乗者は二人です」
「要するにあの機体は、お前一人の力で動かしてるって訳じゃねえってことか」
「平時の操縦の主導権は私です。リミッターを外した場合はAI、つまりシトリーが操縦の主導権を握ります」
「そうなった場合、どうなる?」
「歯止めが利かなくなりますね。ですが五分で機体は強制停止しますので、暴走した場合は放置してください」
観念した彼女の言うことは、軽視できない大きな問題を抱えている。リミッターを外せば暴走し五分は止まらない。そんな機体を設計した者は頭がイカれているのではいだろうか。制御できない兵器など、危険過ぎる。知らなかったとは言え、彼女は欠陥兵器を乗り回すメイド。その仕事ぶりから信用を置けない訳ではないが、自由奔放に動き回るのでしっかりと手綱を握らなければならない。
ただでさえ鉄華団はぎりぎりで存続しているのだ。彼女の行動が原因で崩壊してしまう可能性は無くはない。ジャックの扱いは考慮すべきだ。
「話は分かった。なら、ひとまずはさっき言った仕事をこなしてくれ。あの機体の件については、追々考える」
だがこの男、オルガ・イツカは身内に大しては寛大だ。もちろん筋が通らないことをすれば諌める。場合によっては怒るだろう。けれど誠意を持った振る舞いをしている内は、率先して率いてくれる。そんな彼だから、団員達も付いていく。それは、今彼の目の前にいる彼女も例外ではない。
「優しいですね。もっと怒られるかと」
「まぁな。ただ話したくなかった事を、お前は話してくれただろ。過去よりも今を取ってくれた。そんな奴に、怒鳴り散らすのは違う」
まだ隠し事はしてるみたいだがな。と、彼は最後に付け加えた。そんなオルガにジャックは微笑み、腰掛けている椅子から立ち上がる。その際、関節がポキポキと音を立てた。
「じゃあ私は明日に備えます。出来るかどうかは分かりませんが、シトリーが宇宙に出れるようあれこれ試してみようかと」
「頼む。あの機体は貴重な戦力だからな」
「その前に何とか言う宇宙船の整備が先ですけどね。ええっと、何でしたっけ?」
「……イサリビだ」
「ウィル・オー・ザ・ウィスプでしょう?」
「古い名前は捨てる。CGSだった頃を、思い出す必要はねえからな」
「そうですか。それじゃあご主人様、私は先にイサリビで待ってますので」
メイドは敬礼をして、部屋を去る。すたすたと歩いてはいるが、足の怪我は相変わらずだ。まだ完治はしていないし、走り回れば傷口が開く。安静にしていれば良いものの、この娘は大人しくしようとしない。こんな調子では傷が塞がるのは随分先だろう。
灯りが薄まり、視界が悪くなった廊下を彼女は歩く。もう夜中だ。団員の殆どは寝静まり、起きているのは夜間警備をしている者と物好きな整備士ぐらいだろう。
誰も居ない廊下を、メイドが歩く。青白い肌が薄い光に晒されてちょっとホラーだ。
大きな欠伸をひとつ。紅い瞳に涙を浮かべながら、彼女は歩く。涙が零れようとお構いなしだ。
「あ、そうだ」
何かを思い出した彼女は踵を返し、逆方向へと歩き出す。それから廊下を進むこと数分、ジャックは二人の見張りが付けられている部屋へとやってきた。銃を持った少年兵は退屈そうで、壁に寄りかかって雑談している。誰も見てはいないとは言え、ちょっと気が緩み過ぎではないだろうか。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです。えっと、ジャックさんでしたよね」
「はい。貴方は?」
「僕はタカキです。こっちはライド。見ての通りサボってますけど」
鉄華団の証であるジャケットを羽織った少年がにっこりと笑って自己紹介。きっと彼は礼儀正しく、誠実な人柄なのだろう。退屈な仕事でも、しっかりと直立して役目を果たしている。超が付くほどの真面目さだ。そんな彼、タカキの隣では赤髪の少年がしゃがみこんで壁に背中を預けている。とても退屈そうで、眠そうだ。
「だってよー、この仕事暇で暇で」
「でもだからって手を抜いたら駄目だろ? いつギャラルホルンが攻め込んでくるかも分からないんだから」
しっかり者と怠け者。対極に位置する二人だが仲は良さそうだ。こうして話している姿は、兄と弟のようにも見える。
「捕虜と話に来ました。良ければ中に入れてくれますか?」
「こんな時間に、ですか?」
「ええまぁ。今日は面会していませんので」
「……分かりました。でも、長話は厳禁ですよ。ギャラルホルンの一員ですし、何をしてくるか分かりませんから」
その他幾つかの留意点を口にして、タカキはポケットの中からカードキーを取り出した。それを壁の端末に通すと、音を立てて扉が開く。
「ご忠告ありがとうございます」
見張りの言葉に感謝しつつ、メイドは捕虜が居る部屋へ。中に入ると、扉が閉まった。
部屋は白い照明で照らされているものの、薄暗い。筋骨隆々の男が奥の壁に背中を預けて座っている。遅い時間ではあるものの、まだ彼は起きているようだ。
「こんばんは。調子はどうですかクランクさん」
「……なにも変わらない。やることもなく、退屈な毎日だ」
「でしょうね。貴方が捕虜になってしばらく経ちますが、ご主人様は貴方に何もさせようとしませんし。それは想定外でした」
困ったように笑いながら、ジャックはクランクの側へと近付く。そして彼女は、彼と同じように部屋奥の壁に背中を預けて座り込む。膝を抱いて、膝の上に頭を乗せたメイドはまたも大きな欠伸をかいた。
「……ひとつ聞くが」
「はい」
「君は何故、私を捕らえた?」
「役に立つと踏んだからですよ。ギャラルホルンとの交渉材料にもなりますし、何より貴方の技能と知識が欲しかった。鉄華団はMSに乗れる人が少ないですし、生粋の軍人である貴方が皆を鍛えてくれれば生存率もぐっと上がるでしょう?」
ジャックの言い分に、おかしな点はない。彼女は彼女なりに鉄華団の事を考えて、この男を捕らえたのだ。それこそ、自らの命を懸けて。そして未だ、自らの命をこの男に懸け続けている。首の爆弾がその証拠だ。このメイドは、それだけクランクに期待している。彼が役に立つと、信じて疑っていない。
「……その期待には答えられそうにない」
「何故?」
「先日、団長殿が交渉しに来てな。ギャラルホルンであることを辞めるなら、ここで雇うと言っていた」
「で、なんて返答したんです?」
「断ったよ。鉄華団に属すると言うことは、かつての仲間を裏切る行為だ。それはできない」
「……だから、ここに閉じ込められていると。それは結構ですが、その場合貴方の仲間は子供を殺しますよ?」
「………………」
クランクは、子供を殺したくないから捕虜となった。仲間に子供を殺させたくないから、一人で決闘を申し込み敗北した。彼にとって、子供を殺すことはこの上無いタブーだ。そしてそれと同じぐらい、仲間を裏切ることは出来ない。故に、鉄華団には入れない。だからこの部屋から出して貰う事は出来ず、未だ捕虜の身から解放されない。こうなってしまっては首の爆弾に何の意味もない。
「……仲間を裏切らない。立派なことです。でも時には、仲間を裏切らないと通せない信念もあるんじゃないんですか?」
「君は、……仲間を裏切って信念を通したと?」
「これからそうなるでしょうね。現にさっきも裏切りましたし」
確かに彼女は裏切った。三百年前の機密を、必要だったとは言えオルガに話してしまったのだ。鉄華団に居る限り、また過去の人間を裏切る事になるだろう。ガンダム・シトリーが抱える大きな問題は、鉄華団にとっても大きな問題だからだ。そうである以上、彼女はあの機体について話さなければならない。そうして解決策を講じなければならない。
「考えておいてください。貴方が鉄華団に入るなら、私だけは歓迎し、……んんっ……」
「……どうした?」
「…………すやぁ」
「なに?」
「すぴー」
「なんだと……?」
さてこれはいったいどういう事だろうか。このメイド、話の最中だと言うのに眠りこけている。膝を抱いたままの姿ですやすやと。
クランクが困惑するのも無理はない。誰だってこんな状況になったら困惑するだろう。そんな彼をよそに、ジャックは眠り続ける。どういう神経をしているのだろう。自分本意にも程がある。
「ジャック、こんなところで寝てどうする」
クランクの手が彼女を揺さぶるが、残念ながら起きる気配は微塵もない。軽く叩いてみたり、頬をつねってみても効果無し。起きるどころか謎の寝言を発する始末だ。脳筋がどうとか、金髪は嫌いですとか、よく分からない寝言を溢し続けている。
その後クランクはあれやこれやと試すが、残念ながらジャックは朝まで目を覚まさなかった。