鉄の従者は血豹を飼う   作:石黒 柚李

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お久しぶりです。自分勝手ではありますが二次創作を辞めたいので一度アカウントを削除し、考えた末、本作品を含めて三つの二次創作を完結させるために戻って参りました。不定期更新になりますがよろしくお願いします。
なお今後は自分の負担にならないように文字数などは特に考えません。

追記です。今後この作品はチラシの裏で投稿していきます。


ふわふわたのしいですね!

 

 

 

 

 

 クーデリア・藍那・バーンスタインを無事に地球へと送り届けるのだから、鉄華団はあれやこれやと忙しい。上手いことCGSを乗っ取ったのは良いものの、大人達の殆どを追い出してしまったのが内務処理を難しくしている。戦う為の術を教え込まれていても、それ以外の事については何も教えられていないのが彼等なのだ。中には電子機器の扱いが上手い者や、読み書きが出来る者も居るが、だからと言って書類の山をやっつけられるわけではない。

 更に、火星から地球へ行くのであれば宇宙船が必要だ。そちらについてはCGSが所有していた船がある。とは言え、これから長い宇宙航行になるのだから事前に点検や整備をしておかなければならない。なのでジャックは今、団長命令でウィル・オー・ザ・ウィスプ改めイサリビが格納されている宇宙ドッグへとやって来ていた。ヒューマンデブリとしてCGSで働かされていた、ダンテにチャド、そして昭弘と共に。

 因みに、首には何も付いていない。危なっかしい爆弾は、どうやら地上に置いてきたらしい。

 

「わ、これ楽しいですね。ふわふわして!」

 

 イサリビへと続く通路の中で、赤いメイド服のジャックがはしゃいでいる。実は彼女、宇宙に来るのが初めてらしい。何故なら彼女が乗り回すMSは地上専用なので、宇宙に上がる必要も理由も無かったからだ。ここまで来るシャトルの中でジャックは冷凍保存されてる内に宇宙に出たことがあると言っていたが、意識無かったのだからそれはノーカンとも言っていた。火星に隕石のごとく墜落しておきながら、宇宙は初めてと言うのはおかしな物言いではあるのだが。

 そんなこんなで、ジャック的には今日が初めての宇宙。初めての無重力。地上では体験できない経験に、彼女は楽しそうに笑っている。無表情であることが多いメイドだが、今だけは年相応の少女に見える。肌の青白さや足に巻かれた包帯さえなければ、もっと可愛らしく見えたのかもしれないが。

 そんなはしゃいでいるメイドを見て、昭弘達は顔を見合わせたりしかめたりしている。自身をメイドや従者と言う割りに、彼女は自由奔放に動き過ぎるからだ。

 

「いやー、冷凍保存された甲斐がありますね。宇宙に上がるのにちょっと憧れてたんですよ」

 

 白いタイルの通路の中で、ふわふわくるくると浮かんでいる彼女は落ち着く事を知らない。本来の目的を忘れているのではないかと疑わしくなるぐらいのはしゃぎっぷりだ。これからやるべき仕事が沢山あるのだから、多少落ち着いた方が良いのではないだろうか。

 

「……騒ぐな。これから仕事だぞ」

「そうですね。船の整備やらシトリーの改修、ついでに船内の掃除。うん、やることはいっぱいです」

「分かってるなら落ち着け」

「……、はーーい。じゃ、仕事の話でもしましょうか皆さん」

 

 昭弘の一言でようやく落ち着きを取り戻したジャックは、ふわふわと浮いたまま表情を切り替える。さっきまでの笑顔は失せて、代わりに出てきたのは冷たい無表情だ。肌の青白さと暗くて赤い瞳が合わさって、かなり不気味だ。

 

「まずモグロさんはブリッジで阿頼耶識を使えるようにしてください。で、チャダーンさんはその手伝い。アルトランドさんは……私と船の掃除でもしましょうか」

「……は? いや待てそれはどういう事だ」

 

 仕切り出したジャックに、昭弘が首を傾げた。無理もない。まさか宇宙船にやって来て、掃除を頼まれるとは思っても居なかったのだろう。ただでさえ人手が足りない状況だと言うのに、四人の内二人を掃除に回すと言うのだ。どう考えても言っていることがおかしい。

 

「イサリビの動力点検や、システムのチェックなんかは阿頼耶識で私が見ます。ただこの船に阿頼耶識は無いので、まず電子工作が得意なモグロさんに阿頼耶識を取り付けてもらいます。で、その間私達は暇なので掃除でもしてましょうか」

 

 なるほど確かに。阿頼耶識を使えば船の調子を細部まで一括で診ることが出来る。その為にはこの船そのものに阿頼耶識で接続出来るようならなければならない。それは、電子機器の扱いが得意なダンテにこそ相応しい仕事だ。とは言え一人では時間が掛かってしまうだろうから、補佐としてチャドを付ける。

 イサリビの整備に必要なのはまず点検。それを阿頼耶識の使用で一度に済ませようと言うのがジャックの考えだ。確かに、いちいちひとつひとつシステムを診て回るよりはそっちの方がずっと早い。なら三人でチャドの手伝いをした方が作業は捗ると思うのだが、何故彼女は船の掃除をしようとするのか。

 

「掃除は大事ですよ。大事なお客様を地球に連れて行くのに、汚い船に乗せてしまっては鉄華団の信用に関わります」

「それはそう、……かもな。けど他にやる事があるだろ」

「いえ、掃除第一です。外も中もピカピカにして、お客様に快適な船旅を提供しましょう」

 

 その言い分も、間違いではない。クーデリアの護送は鉄華団初の大仕事。なればこそ、しっかりと仕事をこなしてお客様を満足させなければならない。イサリビを掃除するのはその為だ。

 ただ、男所帯の鉄華団に掃除の理由はいまいち分からない。現に昭弘は掃除の重要性をまるで理解していないように見える。ダンテやチャドも同じようだ。

 

「じゃあ早速取りかかりましょうか。モグロさん、チャダーンさん、阿頼耶識を頼みます。準備が出来たら艦内放送で呼んでください」

 

 両手を叩き合わせ、ジャックは一番乗りでイサリビへ。消えていったメイドを前に、残された三人は無重力の中で呆然と立ち尽くす。

 

「で、どうすんだ昭弘」

「……いやまぁ、やるしかない……か?」

 

 イサリビの清掃に一ヶ月近くかかることを、昭弘はまだ知らない。

 

 

 

 

「うん、まぁ、……こんなところですかね」

 

 ジャック達がイサリビにやって来てから早くも二十六日が経過した。昭弘まで巻き込んで掃除に精を出していたメイドは、夜になるとシトリーの改修に勤しんでいる。彼女のここ一ヶ月近くの睡眠時間は平均して二時間程。故に寝不足で、目の下の隈が酷い。そうまでして機体の改修を急いだのには理由がある。

 それは今日、火星にいる鉄華団達が大事なお客様を連れて宇宙に上がってくるからだ。だからどうしてもシトリーの改修は終わらせなければいけなかったのだ。この先、宇宙を旅する上で何が起こるか分からない。戦闘になることだってあるだろう。その時MSが動かせないなんて事態は笑い話にもならない。だから何としても、今日までに改修を終わらせておきたかったのだ。

 とは言え、幾ら整備に詳しいとしてもMS一機を改修するのは簡単なことではない。十五メートルもある機体をまるまる宇宙に適応させるとなると、その為の作業は尋常ではない。バルバトスと比べて三メートルは低い大きさでも、巨大であることに変わりはないのだから。

 睡眠時間の殆どを削り、時に昭弘に力仕事を頼み、ようやく彼女はシトリーを宇宙に適応させた。気密性の確保に凍結対策、更には宇宙戦に対応するためのシステム更新。とても一人でやる事ではない。本当に上手く言っているのか怪しいぐらいだ。

 

「あとは実際に動いてみないと分かりませんね。初陣で壊れるなんて事態は避けたいですが……。別に貴方のデータを疑ってるわけじゃないですよ? ただほら、宇宙で戦ったことなんて無いですし不安にだってなるでしょう?」

 

 現在、ジャックはシトリーのコックピットでぶつぶつと独り言を喋っている。背中からケーブルが垂れているので、機体と繋がっているのは確かだ。イサリビの格納庫で彼女は愛機と会話している、ように見える。

 

「いやそりゃ無重力は楽しいですけど、それは生身の話です。貴方越しに宇宙を動くのはどうなるか予測も……ああはい分かりました。ちゃんと信用してますから脳に向かって怒鳴らないでください」

 

 いや、実際に会話しているのだろう。シトリーには特別な人工知能(AI)が搭載されているとジャックは話していた。ならばこの機体そのものが、意思のようなものを持っていてもおかしくはない。いや、持っているのだろう。だから彼女は今、この機体と会話している。

 

「深層接続はしませんよ。次は私から何を奪う気ですか? あーはい分かってますよ貴方のせいじゃないって。えぇ、えぇ、私の言い方が悪かったです。だから脳に向かって叫ばないでください、貴方と繋がってる間は頭ガンガンなんですよ。

 第一、私は繊細なんですからもっと優しくし……、え? 誰が繊細だって? ですって?? 喧嘩なら買いますよシトリー???」

 

 こうしてコックピット内で喋る姿は、端から見ると頭がおかしいように見えなくもない。半脱ぎのメイドは正面に置かれたディスプレイをバンバンと叩き、額に青筋を浮かべた。どうやら機体に馬鹿にされてカチンと来てしまったらしい。今回は、シトリーの言う事の方が正しそうだ。

 

「大雑把って言うなら貴方こそ大雑把じゃないですかシトリー。初陣で出力間違えて私を気絶させたのはどこの誰でしたっけ? は? ぼーっとしてた私が悪い?? 事前説明はされてたのに嘗めてるからそうなる?? よーし良いでしょうそこまで言うなら将棋で勝負です、私が勝ったら土下座ですよ土下座! 目にもの見せてくれるっ!!」

 

 何故彼女は自分の愛機と喧嘩しているのか。こんな調子で今後の戦闘等は大丈夫なのか色々と不安になってくる。もしかするとこの二人、いや一人と一機はいつもこんな感じでやって来たのかもしれない。

 ジャックは柔らかくもないシートに深く腰掛けて、目を閉じる。手足の力をだらりと抜いて、深呼吸を数度。そして。

 

「先手は貰いますよ、七六歩!」

 

 盤も駒もない将棋が始まった。多分彼女の目には、網膜投影によって盤面が見えているのだろう。こうしてメイドは、自らの愛機と将棋を始めた。人間対AIの対局、果たして勝者はどちらになるのだろうか。

 

 ーーーー 四十三分後、格納庫にジャックの呻き声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにジャックのイメージ曲はCasey EdwardsのDevil Triggerです。DMC5の戦闘曲ですね。

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