鉄の従者は血豹を飼う   作:石黒 柚李

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姉弟喧嘩・兄妹喧嘩

 

 

 

 一発の凶弾が、シトリーの背中を抉る。八つある金の羽毛が、たった一射にて四つも壊されてしまった。

 狂っているとしか言えないような速度で宇宙を駆けていたシトリーを撃ち抜いたのは、巨大なスナイパーライフルを構えた白いシトリーだ。見た目は全くの一緒。違う点は色合い、そして得物だ。急に現れたその敵機は、戦艦の上に伏せている。中に乗っているのは、青白い肌をした少年だ。黒い髪に赤い瞳。そう、機体だけではなくパイロットまでもが似ているのだ。ジャックと、シトリーに。

 

「こ……んの……! よくもやってくれやがりましたねこの愚弟! 姉の背中を撃つとはどういうつもりですか!? ぶっ殺しますよ!!?」

『はーー!? 見て分からないのか馬鹿妹! 君は、鉄華団とやらに居てボクはギャラルホルンに居る。敵だから撃ったに過ぎませんがーー??』

「私が姉だって言ってるでしょう!? 私より後に生まれたくせに、なーーに兄貴面してんですか気持ち悪いっ!!」

『先に受精したのはボクだってデータが有っただろ! 馬鹿な研究員が順番を間違えたから君が先に生まれただけで!』

「知らないんですか!? 胎児は人間としてカウントしないんですよ! よって先に生まれた私がお姉ちゃんです! Q,E,D!!!」

『先に乳児になったのはボクだぞ! だからボクがお兄ちゃんだし!! 寝言は寝ていえっ!!』

「はーーー!? 途中で成長不良起こして私に追い抜かれた軟弱者なんて兄じゃないでーーすっ! ミルクでも飲んで寝てなさい!! 牛乳嫌いだからいつまでもチビなんですよ!!」

『牛乳嫌いなのは君もだろ!? そんなだから出るとこ出ないで男に妹扱いされんだよ!! 悔しかったら無い乳を膨らませて見せろ!!!』

 

 緊迫している戦場に響き渡る、聞くだけで頭痛が痛くなるような口喧嘩。どちらの言い分が正しいかは分からないが、どうやら彼女と彼は姉弟、もしくは兄妹らしい。自分達の情けない争いが敵味方問わず周囲の人間全員に拡散していることを、気付いているのだろうか。いや、この調子だと気付いていないだろう。突如として現れたもう一機のシトリー、そしてそのパイロット。彼が何者であるかは、ジャックのみが知っている。少なくとも、鉄華団の中では。

 

「あーーーもう聞き分けがないですね! お姉ちゃんの言うことを聞きなさいこのバカ! 目を食い縛れ!!」

『聞き分けが悪いのはそっちだろ!? 大体っ、目を食い縛れって何!!?』

「お姉ちゃんの言うことは聞くものですよ! シトリー!!」

 

 弟から訳の分からない事を口にして、ジャックは大きく弟機から離れる。その際、背中に装備している羽毛は全てパージした。抉り抜かれた部分が火を出していたからだろう。だが、それならわざわざ左側までパージする必要はない筈だ。

 逃げ出そうとするシトリーに、白いシトリーが照準を合わせる。恐らくは完璧な照準だ。背中を多少軽くした程度で、避けられはしない。だが、ジャックは迷わずスラスターを噴かす。ダメージを受けたせいか速度はあまり出ていない。せいぜいそこらのMS程度。下手をするとそれよりも遅いかもしれない。

 

『それで逃げるつもり!? ほんっと頭が悪いな!!』

「だから言ってるでしょうっ!? 目を食い縛れって! どうなってもお姉ちゃんは知りませんからねっ!! これが最後の警告ですよっ!!?」

 

 その警告が何を意味していたか。白いシトリーのパイロットは、数瞬後に身を持って知ることとなる。

 

 

『続けて閃光弾!!』

 

 

 直視出来ない程の眩い光が、シトリーとすれ違うように炸裂する。それはイサリビが放った撹乱攻撃であり、視界に対してダイレクトに作用するものだ。更に急激な発光はあらゆる視角センサーを狂わせる。当然それは、MSとて例外ではない。ましてスコープまで覗いていたのたら、自称ジャックの兄は視界を潰される。望遠鏡で太陽を覗き込んだようなものだ。下手をすれば、視力に甚大なダメージを受ける。それは、スナイパーにとっては致命的なものである。

 

『んっ、ぐぅ……!?』

「だから言ったじゃないですか、目薬でも差して大人しくしてなさいっ。そうしたらこの場は見逃してあげます!」

『羽をもがれてよく言うよ……! 待てこの愚妹!!』

「まーーちーーまーーせーーんっ! 次の会ったらマジでぶっ殺しますからね!? 覚えとけこんちくしょう!!!」

 

 背中を撃たれたシトリーは、直ぐ側まで来ていたイサリビの格納庫に突っ込んだ。もう機体の限界が近いのだろう。宇宙での初陣だと言うのに、その戦果は微妙なところだ。敵機を二機瞬殺したとしても、武器を失ってしまったのは大きな痛手だ。ついでに言うと訳の分からん姉弟(兄妹)喧嘩で恥も晒している。

 

「背中の消火頼みます! ついでにガスの補充も済ませてください! 場合によっては私が殿になりますから!!」

「は!? いやおめえ、こんな有り様でまた出撃()るって言うのか?」

「それを議論してる暇は無いんですよ! シトリー、さっきの戦闘情報で宇宙適応の補正かけといてください! あと貴方以外と繋がったことは後で謝るから、今は黙って!!」

 

 帰投したジャックに余裕が無い。普段の彼女ならば、ここで一息ついて周囲に白い目をさせるだろう。何をそんなに焦っているのか、今はノーマルスーツなメイドはコックピットから飛び出て艦橋を目指す。周りの反応などお構い無しだ。

 無重力の通路を飛び回ること、数分。彼女は艦橋に辿り着いた。

 

「ご主人様っ、状況は!?」

「悪くねぇ、初陣にしちゃ上出来だ。今捕虜のおっさんがミカと一緒に向こうで」

「呑気な事言ってるとマジに蹴っ飛ばしますよ?? 三日月さんとバルバトスを拾ってここを全速力で離脱します。って言うか何です? あの人使ったんですか??」

「なんだか知らねぇが、どうしても自分を使えって言うもんでな。使えないようなら、捨てていくだけだ」

「それは合理的ですね。ちょっと膝の上に失礼しますよ。チャダーンさん、また艦内制御を全部こっちに回してくれますか?」

 

 遠慮もなくオルガの膝上に腰掛けた不躾なメイドは、落ち着きの無いままにイサリビと繋がる。またも鼻血が噴き出したが、今度は気持ち悪そうにはしていない。代わりに頭を両手で抑えながら、眉間に皺を寄せている。

 

「バルバトス、三日月さん、クランクさん、聞こえますか? 今からこの場を全速で離脱します。すれ違いざまに格納庫に飛び込むか、船体にへばりついてくださいっ」

『ぬ、ジャック? 済まないがそれは難し、ぐぉっ!!』

 

 艦橋の正面モニターに映し出されるのは、ギャラルホルンのグレイズと交戦している、鉄華団が改修したグレイズを操るクランクの姿だ。彼は今、鉄華団の捕虜として戦場に出ている。悠長に通信を取っている暇は無いらしく、それは三日月も同じ。戦場はひとつだったとしても、戦いはひとつではない。戦っているのは、ジャックだけではないのだ。鉄華団に属する者が、ギャラルホルンに属する者が、それぞれ命懸けで戦っている。捕虜に身を堕とした軍人とて、決して例外ではない。

 黒い宇宙の中で、似通ったグレイズが激突する。片方には誇りを貫くために捕虜となったクランクが搭乗しており、もう片方には尊敬する上官の命を奪われたと激怒する若い新兵が搭乗している。機体スペック同じだとしても、資源や財力の差から僅かにクランクが不利だろう。しかしその程度の差は、経験が覆す。とは言え、状況は芳しくない。押し込まれる場面が多いのは、クランクの方なのだ。

 

 その理由は、単純明快。この男が、敵機を墜とそうとしていないからだ。

 

 クランクと言う男は、捕虜だとしてもかつての仲間を傷付けたりしない。いや、傷付けることは出来ないと言った方が正しいだろう。子供を殺すことを躊躇うような軍人が彼なのだ。今は敵対するしか無いとしても、簡単に気持ちを切り替えて目の前の敵を墜とすことは出来ない。もしも彼が躊躇い無くジャックを殺すような冷酷で残忍な人間だったなら、鉄華団はとうにクーデリアをギャラルホルンに引き渡している。

 情に阻まれて適切な判断、行動が出来ない。独り善がりに走ってしまう。それがクランク・ゼントの欠点だ。

 だから今、彼は追い詰められている。勢いがある新兵の動きに翻弄され、反射的に迎撃しようとするが頑なな理性がそれを阻む。結果として、何も出来ていない。ただただ目の前のグレイズから、逃げ回っているだけだ。

 

『貴様っ、誰の断りを得てその機体を使っている!! クランク二尉をどうしたぁあっっ!!?』

 

 激情し続ける若い敵兵が、闇雲に放ったトマホークでの一撃。受けなければ命を取られるその一撃を、グレイズ改は装備している滑空砲で受けることでどうにか回避してみせた。が、唯一持っていた武装は真っ二つとなり丸腰になってしまう。腰にはトマホークが装備されているものの、今はそれを抜く余裕も無い。

 

『ぐっっ!? その声、アインかっ!?』

『ーーーっっ!? クランク二尉っ!?』

『アインならばここは退けっ。お前まで子供を殺すような真似は……!!』

『クランク二尉っ、生きていたのなら何故CGSにっ!? 何故、我々の前に立ち塞がるのですっ!?』

 

 ギャラルホルンの若いパイロット、アインが動揺するのも無理はなかった。死んだと思っていた上官が、生きていた。それだけならまだしも、敵として自分の目の前にいるのだ。激情に動揺が重なり、感情の収拾が付きそうにない。

 

『頼むアインっ! 退けっっ!! お前を傷付けるような真似はしたくないっ! 子供達を殺させるような真似も、私には出来ないっ!!』

『何を、言って……っ!!?』

『ここは退いてくれ……! 頼む……っっ!』

『……っっ、クランク二尉……っ』

 

 この通信により、ますますアインは揺れていく。今こうして再会できた上官に手を上げるような真似はしたくないのだろう。しかし、その上官は敵として自分の目の前に居る。どうすることが正しいのか、どうすれば間違えないで済むのか。それが分からない。分からないから、動けない。

 時間さえあれば、何か方法を思い付くだろう。どうにかクランクを説き伏せ、ギャラルホルンへと帰還させ、残る敵を撃つ手段を。だが今、そのような時間はアインには与えられない。いや、この戦場に居る者全てに、悠長に思考を巡らせている時間はないのだ。

 

『クランクさん! 三日月さんっ、飛び乗って!!』

『……っ、くっっ!』

 

 その合図の通り、クランクがイサリビへと戻ることが出来たのはアインの心が動じているが故。かつての部下に背を向け、かつての上官は退いていく。その背を撃つことは、容易だ。逃げる者を後ろから撃ち抜くことはそう難しい事ではない。

 だが、彼は動かない。引き金を引くことは、出来ない。

 そして、イサリビは残るMS二機を回収し離脱する。バルバトスを討つことも、上官を撃つことも、アインには出来なかった。

 

 

 

 

「……まったく。無様に敗走するしかないなんて、もぐ……お互いしてやられましたねシトリー……もぐもぐ……」

 

 騒々しい格納庫。羽毛を失った愛機の中で、ジャックは三日月に分けて貰った火星ヤシを噛み締めながら悪態を吐く。食べるか文句を言うのか、どちらかにするつもりは無いのだろうか。

 少し離れたところでは、ようやくMWから出れたユージンがオルガの「次も頼むぜ」なんて軽口に「ふっざけんな!」とキレ散らかしている。そんな微笑ましい光景に誰もが笑っているのだが、ジャックだけは少しも笑っていない。今回の戦いで、ひとまず鉄華団は最初の危機を脱した。クーデリアを引き渡すこともなく、逆に自分達を危機に陥れようとした者を上手いことギャラルホルンに投げ渡し、内部の不安要素すらも排除した。

 結果だけ見るなら、それは鉄華団の勝利である。今後ともこの調子で居られれば、無事お客様を地球に送り届けることが出来るだろう。

 

「……ジャック、無事か? 背中を撃たれたと聞いたが」

 

 不機嫌を微塵も隠そうとしていないピリピリしたメイドに話し掛けたのは、無事戦場から戻ってきたクランクだ。首には相変わらず、物騒な首輪が嵌めてある。この首輪は、彼がジャックから一定以上離れると爆発する代物。彼女が人足先に宇宙に出ている時や、先程の宇宙戦で爆発しなかったのはどういう事だろうか。何か特別な細工をしてあるのか、それとも爆発なんてしないのか。どちらにせよ、彼女はまだ語っていない事が幾つも有りそうだ。そんな調子では、いずれ仲間達に不信の目を向けられるだろう。

 

「これっぽっちも無事ではないですね。武器をひとつ失いました。あっちこっちダメージ受けてますし、スラスターも調子が悪いですね」

「……背中を撃たれ、その程度で済んだのなら寧ろ僥倖だろう。墜とされてもおかしくはなかった」

「敗けは敗けです。愚弟の気配を感じておきながら、対処出来なかった私の落ち度でもあります。あぁ、こんなんじゃご主人様に叱られてしまいます……」

「そうだろうか。俺はそうは思わんが……。とにかく、君は良くやった。整備は他の者に任せて、休むと良い」

 

 大人の大きな手のひらが、少女の頭の上に置かれた。クランクなりに、ジャックを労っているつもりなのだろう。しかし彼女は、褒められて嬉しそうな顔をするどころか汚物でも見たかのような目付きで目の前の大人を睨み付けた。

 

「おや、捕虜なのに随分と上から目線ですね。私は貴方の部下でもなければ、護られる程弱くはないですよ。それから、女の子の頭を軽々しく撫でてはいけません」

「……ん、むっ……。すまん。自分が捕虜だと分かっては居ても、ここに居るとどうにもな……」

 

 慌てて手を引っ込めるクランクである。ばつが悪そうにしている顔は、大きな体格とは何とも不釣り合いだ。もう二十年ぐらい若ければ、可愛げのひとつくらいは有ったのかもしれないが。

 

「ここは子供だらけだから、気が緩みますか?」

「……そう、なのかもしれんな。ここに居るのは子供ばかりだ。今後も、俺は自分の立場と言うものを忘れるかもしれん」

「子供が好きなんですか? ギャラルホルンにも、若い子は大勢居るでしょう?」

「居るには居る。が、ここまで若くはない」

「そうですか。で、子供が好きなんですか?」

「……好きでなければ、ここにはいない」

「そうですか。それじゃ、私は自分の仕事に戻ります。捕虜は捕虜らしくしていてください」

 

 頭を撫でられたことが余程気に食わなかったのか、ジャックの対応がどんどん冷たいものに変わっていく。クランクの気遣いは、彼女には一切必要が無いようだ。ついさっき無様に姉弟喧嘩をしていた騒がしい姿は何処へ行ったのやら。

 

「……、分かった。ジャック」

「なんですか? 私は忙しいんですけど」

 

 不機嫌なメイドは、悠長に話していられるほど暇ではない。背中を抉られてしまったシトリーを、どうにかしてまた宇宙を駆け回れるように修理・改修しなければならないのだ。それに、雪之丞が居るとはいえきっと彼女はバルバトスの整備も始める筈。戦闘直後だと言うのに、体を休めるつもりはこれっぽっちも無いらしい。

 

「死ぬなよ。俺は子供が死ぬところを、もう見たくない」

「……」

 

 捕虜の言葉には何も返さず、ジャックは手元のタブレット端末を睨み付ける。これ以上の会話を無駄と判断したのか、或いは不機嫌からくる反抗か。どちらにせよ、彼女は火星ヤシを口に放り込みながら自分の仕事を続けていく。軽快な操作で膝上の端末を操作しているものの、動く指先からは感情が滲み出ている。この苛つきは、もうしばらく続くようだ。

 

 

 

 

 

 




約一年ぶりの投稿です。今年は二次創作に集中すると決めているのでこちらに集中できると思います。多分。

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