ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
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幼馴染
カンッ……カンッ……
森の中に響き渡る、何かを打つ音。それに耳を傾けるのは燦々と陽光を大地に注ぐ太陽と、森の木々たち。
その木々の中央にそびえるは、天を貫かんばかりにそびえる漆黒の大樹。その根元から、音は断続的に森に広がっていた。
「四十、三……四十、四!」
漆黒の大樹……〝ギガスシダー〟の幹に向かって、一人の少年が汗を流しながら無骨な斧を振るっていた。
サラサラの黄金の髪の間から覗くのはエメラルドグリーンの瞳、白い肌をジリジリと太陽の光が熱し、集中力を奪っていく。
それでも、少年は体を動かす。腕を引きしぼり、腰をひねり、両足で強く地面を踏みしめ、そして……
「五……十!」
最後の一回は、わずかに軌道がぶれて無傷の部分に当たった。金属を叩くような音とともに火花が散り、少年は斧を手放し尻餅をつく。
「ふぅ……はぁ……やっと終わった」
「ははっ、今日は50回中3回いい音がしたな。だから……えーと、合計で41回か。今日のシラル水はそっちのおごりだな〝ユージオ〟」
荒い息を吐く少年……ユージオに、ギガスシダーの根に座っていた黒髪の少年が笑って言う。
少年は少しむすっとしながら黒髪の少年のいたずらげな顔を見た。 それに対して同い年の幼馴染にして親友はニカッと笑う。
十分に息が整うと、ユージオは立ち上がる。そこに根から飛び降りた少年が皮の水筒を投げ渡した。ユージオはキャッチして、ぬるくなった水を飲む。
「ん……ぷはっ、〝キリト〟だってまだ43回じゃないか。すぐに追いつくよ」
「おお、そりゃ楽しみだな、っと」
はい、と手渡された斧を受け取った黒髪の少年……キリトは、斧を肩に担ぎながらギガスシダーを見上げた。
幅四メル、高さ七十メルもあるこの化け物大杉は、二人の生まれ育った《ルーリッドの村》が生まれた以前からここに佇んでおり、ずっと切られてきた。
その年数、実に三百年。気の遠くなるような年月を六代の刻み手が斧を振り続けてなお、まだ四分の一削れたかどうかと言ったところだ。
「こーんなでっかいもの、倒せるわけねえよなぁ」
「こらキリト、そういうこと言っちゃいけないよ。これを削り続けるのが、僕たちの《天職》なんだから」
説教するユージオにうへぇ、という顔をするキリト。自分たちの約七十倍の大きさの代物を、どうやって切り倒すというのか。
こうしている間にもギガスシダーは、陽神ソルスと地神テラリアの《恵み》から栄養を取り込んで《天命》を回復している。明日の朝には今日の分は完全回復だ。
ちなみに《天命》というのは、草木から人間にまで、あらゆる生けるものにある命の値だ。成長とともに限界が増え、やがて減っていき死ぬ。
なぜ、ギガスシダーを切り倒さなければいけないのか。
その理由については、ここが《人界》を統括する四大帝国が一つ《ノーランガルス北帝国》の果て……つまり世界の果てだからだ。
周囲の三方向を山脈に囲まれているため、村を開拓するためにはこれをなんとかするしかない。それが村長から聞いた話である。
「ていっても鉄より硬い、火はつかない、掘り起こすこともできない。この《竜骨の斧》がなきゃ傷一つつけられないってんだからたまったもんじゃない」
「まあ、それは確かに……」
村長に《天職》を授かってから一年と三ヶ月、未成熟な子供二人でいくらやれども焼け石に水というものだ。
《竜骨の斧》をプラプラとさせていたキリトが、不意に何かを思いついたような顔をした。嫌な予感がするユージオ。
「なあユージオ、これの《天命》を見てみようぜ」
「なっ、そんなのダメだよ!」
「いーからいーから」
斧を置いて幹に近づき、《神聖術》を行使するときに使う蛇のような紋様を描くキリト。仕方なしにユージオも歩み寄る。
《神聖術》を行使すれば、自分や他のものの《天命》を《ステイシアの窓》から見ることができる。
ものによって難易度が違い、ギガスシダーの《ステイシアの窓》を開けるようになったのはここ半年のことだったりする。
キリトがポンと幹を叩くと、半透明の紫色の板が浮かび上がってきた。二人がそれを覗き込み、見た数字は……
「……23万、5542」
「確か先月見たときは、23万5590くらいだったよね……?」
ユージオの言葉に、大げさな動きでがっくりと膝をつくキリト。無理もない、二ヶ月も懸けて減ったのはたったの50程度ともなれば投げ出したくもなる。
「こんなんじゃ一生かかってもおわんねーよ!」
「そりゃそうだよ。三百年かけてったったこれしか削れないんだから。少なくとも、あと九百年くらいはかかるよ」
「お、ま、え、は〜!」
真面目に解説するユージオに、バッと顔を上げたキリトは躍り掛かる。びっくりして固まり、もろにキリトのジャンプ攻撃を受け止めてしまう。
「そう小難しいことばっか言ってないで、この現状をなんとかする方法を考えろよ!」
「ちょ、痛いよキリト!」
馬乗りになって髪をわしゃわしゃとしてくるキリトに、ユージオは反撃せんと体をひっくり返してキリトを押し倒す。
突発的にはじまった取っ組み合いは、すったもんだの大乱闘の末ユージオがキリトの脇をくすぐって優勢にもちこんだ。
「ほら、これでもくらえ!」
「うひ、ちょ、おまそれ反則」
「こら──ーっ!」
キリトが涙目になって負けかけていると、二人の耳に甲高い怒声が響いてきた。
やべっ、と慌てて二人が立ち上がって背後を見ると、そこにいるのは怒り顔の美しい少女。腰に手を当て、二人をジロッと見ている。
「二人とも、またサボってたでしょ!」
「い、いや、ちゃんと午前中のノルマは終わらせたよ。なあユージオ」
「う、うん、そうだよ〝アリス〟」
少女……アリス・ツーベルクは二人の言葉に、本当か?と疑わしげな顔をする。背筋を正して冷や汗を流す二人。
ザッ……
そんな二人の背後にあるギガスシダー……その影から、ぬっと人影が現れる。
人影は腕を広げ、アリスを注視している二人めがけて抜き足差し足で忍び寄っていき……
「ドーン!」
「「うわぁっ!?」」
至近距離で大声をあげて背中を叩かれ、飛び上がる二人。バシンッ!と良い音を立てた背中にヒリヒリとした痛みが広がり、思わずうずくまる。
「はっはっはっ、油断大敵だぞ二人とも!」
「ふふっ、大成功ね」
「お、おぉ……な、何すんだ〝ルーク〟……」
「あ、アリス、これは一体……?」
アリスと腰に手を当て笑う少年……ルークを見て呻くキリトとユージオ。それを見たアリスたちは大成功、とハイタッチした。
ルーク。キリトたちの幼馴染であるこの少年は、今年から村を守る衛士の《天職》を授かっており、腰には銅剣を下げている。
背丈はキリトたちより頭半分ほど高く、手足は長くすらりとしている。強い光を宿す瞳と、灰色の髪が特徴的だ。
年齢はは同じ11だが半年ほど早く生まれており、その明るくまっすぐな性格からアリス含め、幼馴染たちの兄貴分のような存在だ。
「いやなに、ちょっとアリスに協力を頼まれてな」
「二人とも、いつも私にいたずらするんですもの。だからたまにはいたずら仕返してやろうと思って」
「な、なるほど……」
「ルーク、お前〜……」
恨めしげな目で見るキリトに、ふふんと胸を張るルーク。文句があるならかかってこいと言わんばかりだ。
衛士の《天職》についているだけあって、ルークは体格も剣の腕も子供の中では群を抜いて強い。なので、キリトでは勝てなかった。
「さ、そろそろ悪ふざけも終わりにして。早く食べましょう。《天命》が減ってしまうわ」
背中を押さえつつ立ち上がるキリトとユージオに、アリスが手に持った籐かごを掲げる。中に入っている昼食を想像して、二人は目を輝かせた。
ルークが風呂敷を広げ、四人はその上に座る。アリスが真ん中にかごを置き、蓋を開くと全員が中を覗き込んだ。
中に収まっていたのは、ひき肉と豆が包まれた小麦色のパイ、薫製肉とチーズを挟んだ黒パンのサンドイッチ、ミルクの入った小さな壺。
「わぁ……!」
「おお!」
「ほほー、こりゃ美味そうだ」
「ちょっと待って」
ご馳走に今にも手を出しそうな三人を制して、アリスは《ステイシアの窓》を開いて料理に残った《天命》を確かめる。
すると、急いで持ってきたはずなのにパイと黒パンは4分の1ほど、ミルクに至っては半分ほど減っていた。これでは保って15分といったところだ。
「いけない、早く食べなくちゃ。ほら三人とも、ちゃんとお祈りして」
「うーい」
「うん」
「りょーかい」
創世の神たるステイシア神に祈りを捧げ、パイを取り出して一斉にかぶりつく。口の中にサクサクの食感と甘い味が広がり、目を輝かせる。
「いつ食っても、アリスのパイは美味いなぁ」
「キリトに賛成、これがあるから一日棒立ちでも平気だぜ」
「もう、二人とも。ユージオも、どう?」
「うん、すごく美味しいよ」
「よかった」
ふわり、と微笑むアリスに頬を赤くして見惚れるユージオ。それに目ざとく気がついて、ルークはニヤニヤしながらパイをかじる。
アリスは村長の娘であり、神聖術の才能が高いことから天職に付かず、教会で勉強をしている。
とはいえ、森を開拓せず頑なにギガスシダーを倒そうとしているため村は貧しく、午後は村の様々なところで仕事を手伝っている。
そして三人の昼食を届けるのがアリスの最初の仕事、というわけだ。
「んで、今日は何回〝良かった〟んだ?」
「三回だよ。僕が41回で、キリトが43回」
「おっ、またキリトの勝ち越しか。これは模擬戦で負かすしかないな」
「ちぇっ」
斧が上手く入った回数とは反対に、訓練という名のチャンバラでいつもユージオに負けるキリトがつまらなさそうにそっぽを向く。
ルークはここが一番村から遠いため、何かあった時のために二人に稽古もどきをしていた。昼の休憩の模擬戦が、キリトたちの楽しみだ。
「それにしても、またミルクが温くなってしまったわ。いつもよりさらに急いだんだけど……」
「まあ、全てのものは《闇神ベクタの悪戯》によって痛んじまうからな。仕方ないさ」
害虫、日照り、大雨……それらは全て、《闇神ベクタ》の手によって引き起こされており、それによって農家などは常に大変なのである。
かくいうルークも母の《天職》は農民であり、午後は他の衛士の《天職》を持つものと交代して畑を手伝っている。特に嫌いなのは野菜に群がる小虫だ。
「そうだ、冷やしてみたらどうだ?ほら、冬は《天命》の減少が遅いだろ?つまり寒ければいいんだ」
「たしかに……冷たいものを一緒に入れるのはいいアイデアだ」
「そんなこと言っても、どうやって冷やすのさ」
今もジリジリと肌を焼く七の月の陽光に、ユージオがじとりとした目で突っ込む。うっと息を詰まらせるキリト。
その横でふむ、と顎に指を当てて考え込んでいたルークが、パチンッ!と指を鳴らした。自然とそちらを向く三人。
「井戸水はどうだ?こう、丈夫な皮の入れ物に入れといてさ」
「あの村が出来た時からある井戸?たしかにすごく冷たいけど、汲んで1分もしたらぬるくなっちゃうよ」
「むむ、それもそうか」
ユージオの指摘にぬぬ、と再び悩むルーク。食べることが好きな彼は、普段より真面目に解決策を考えだそうとする。
その横でキリトも考えていたが、何も思いつかないのかわしゃわしゃと自分の頭をかき回していた。が、やがて何かを思いついたような顔をする。
「なあルーク、アレはどうだ?」
「ん?おお、アレか……」
「?何、アレって」
幼馴染の以心伝心でニヤリと笑いあう二人に、アリスが不思議そうに首をかしげる。
一方、ユージオはなんだか嫌な予感がしていた。この二人がこういう顔をするときは、大概ろくなことにならない。
真面目で村のルールに精通し、子供達を纏めているルーク。衛士の《天職》を授かって以降、村を守る者としてその気質に磨きがかかっている。
が、一度何か面白そうなことを考え出すと、いの一番にやろうとするのもルークだ。キリトの奔放さは、それを間近で見てきた故か。
「ほ、ほら、そろそろ剣の稽古をしようよ。午後の仕事の時間もあるし、二人とも、ね?」
「まーまー、そう逃げなさんな」
話が始まる前に遮ろうとしたユージオだが、ルークに肩に腕を回されあえなく失敗。がっくりと肩を落とす。
「いいかユージオ、アリス。この季節でも冷たいものに一つ、心当たりがある」
「え、そんなものがあるの?」
「ああ。ほら、二人も覚えてるだろ?《ベルクーリと白い竜》の……」
「おい、嘘だろキリト!?」
素っ頓狂な声を上げるユージオ。それほどまでに、キリトとルークが言ってる案は危険だった。
ベルクーリというのは、かつてルーリッドの村人の一人であり、一番剣の腕前が立つと言われていた。最初の衛士長を務めてもいたらしい。
三百年前の人物であるが、今でも口伝えにいくつかの英雄譚が残っている。キリトが口にしたのは、その中でもひときわ有名なものだ。
ある日ベルクーリは、ルール川の上流から透明の塊が流れてきたのを見つけた。不思議に思いすくい上げてみると、なんと氷塊だった。
気になったベルクーリは川沿いに進み、洞窟を見つける。ベルクーリは洞窟に入り、中から吹き付ける冷たい風に逆らい、奥へ奥へと進んだ。
そして、最奥の氷に閉ざされた部屋にはなんと、世界の東西南北を守る白竜がいたのだ。
白竜は金銀財宝の山の上で眠っており、その中に一振りの美しい剣があったという。ベルクーリはそれがどうしても欲しくなり、白竜を起こさぬよう盗んで逃げようとして……というのがその話だ。
「まさか、山を越えようっていうのか?」
「いやいや、そうじゃない。村の掟にも、大人がついてなきゃ子供は北の峠を越えてはならない、ってあるしな」
二センチほどもある厚い羊皮紙の村民規定を思い浮かべ、首を横に降るルーク。じゃあ一体どういうことだ?とユージオは思う。
「話によれば、洞窟の中は氷漬けだったんだろ?なら入口のところで二、三本氷柱を折って持って来ればいいんだよ」
「キリトのいう通りだ。掟には遊びに行ってはならない、と書いてはあるものの、これはある意味真剣な仕事と言っていい。なにせ、《天命》の減少を抑えられたら皆助かるからな」
つらつらと最もっぽいことを、ワクワクとした目で話すルーク、それに同調してウンウンと頷くキリト。ユージオは再びため息をついた。
ルークの厄介なところはここだ。子供全員が教会で勉強を始める際に掟を教わるが、ルークやアリスはそれを一言一句覚えている。
そのため、うっかりなにかのルールを破るということがない。つまり、必ずルークの企みは成功してしまう、ということになる。
しょうがない兄貴分にユージオはなんとか言ってやってくれ、とアリスを見る。が、アリスもキラキラとした目で何かを考えていた。
(あ、これはダメだ。アリスも楽しみ始めたらもう、僕には止められない)
いたずらの大元を考えるのがルークだとすれば、アリスはその裏で作戦を完璧にする影の策士。ユージオにはもうお手上げである。
そしてユージオの懸念通り、まるで何かを考えるようにふっくらとした唇に指を当てて思考を巡らせていたアリスはパッと笑顔になる。
「うん、ルークの言うとおりね。これは大切な仕事、遊びじゃないわ。やる価値は十分にあるわね」
「で、でもアリス、村の掟には反しなくても、
最後の抵抗として、あることを言うユージオ。これには流石に、アリスもルークも口を噤んだ。
ユージオの言うあれとは、帝国の法のさらに上……この人界を統治する央都セントリアにある《公理教会》より発布されている《禁忌目録》だ。
全ての村や町に最低一冊は置いてあるこの目録は、教会への反逆から年に獲ってよい獣の数まで、
その中の一つに、果ての山脈の向こう側……《公理教会》の支配の届かないダークテリトリーに侵入することを禁ずる掟があった。
そのためダークテリトリーに繋がっている洞窟には入れない、というのがユージオの主張である。
「ふっふっふっ……ユージオ、この俺がそれのことについて考えていないとでも?」
しかし、それを怪しく笑うルークが真正面から打ち破らんと口を開いた。
「たしかに、果ての山脈を越えてはならないとある。しかし考えてもみろ、洞窟に入ることは果たして〝山を越えること〟か?」
「えっ、あっ……」
「そう、すなわち……果ての山脈を越えてはいけなくても、洞窟で氷をとってはいけないなんて法はない!」
ビシッ!と得意げな顔で天を指差すルークにうわぁ、という顔をするユージオ。まさか村民規定の倍の倍ほど厚みのある《禁忌目録》まで覚えているとは。
それでもなんとか反抗の意思を見せようとするユージオだが、何も思いつかない。それを察したルークはニヤリと笑った。
「じゃあ、それで決まりだ。次の休息日、俺たちは洞窟を探索する。それでいいな?」
「へへっ、俺はもちろん行くぜ!」
「私も。ほら、ユージオ?」
「……ああもう、わかったよ。行けばいいんだろ!」
やけくそになって叫ぶユージオにそれでこそだ、とルークは笑うと、立ち上がってギガスシダーに立てかけていた包みから木剣を二本取り出す。
「さあ、休息日の予定も決めたことだし、今日も稽古だ!まずは素振りから始めるぞー」
「今日こそは負けないぜ、ユージオ!」
「こっちのセリフだよ、キリト」
先に立ってルークに向かい走りだしたキリトを、吹っ切れた表情のユージオが不敵な笑みで追いかける。
その二つの小さな背中を、アリスは微笑ましそうに見つめたのだった──。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。