ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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いよいよ終盤。

楽しんでいただけると嬉しいです。


再び洞窟へ

 何かを激しく叩く音がする。

 

「んん……」

 

 ルークは布団の中でその音を遠ざけるように寝返りを打った。

 

 しかし、断続的に響いてくるその音が止む気配はない。

 

「んぁ……」

 

 仕方がなく、ルークは浅い眠りの底に引っ付いていた自分の意識を浮上させた。

 

 上半身を持ち上げ、寝ぼけ眼を擦る。そうすると少しずつ手が覚めてきて、五感が覚醒し始めた。

 

 それによると、どうやらこの音は玄関の方からするらしい。せっかくの休息日に誰が何の用だろうか。

 

「ふぁ……ったく、朝からなんだってんだ」

 

 髪を縛ることも忘れ、大きく口を開けてあくびをしながら布団から這い出る。

 

 ポリポリと脇腹をかきながら部屋から出て、ややおぼつかない足取りで玄関先まで行くと扉の取手を引いた。

 

「はいはい、なんですか……」

「「ルークっ!」」

「どわっ!?」

 

 完全に扉が開いた瞬間、二つの声が重なってルークの名を至近距離で叫ぶ。

 

 きーんと耳の奥に響く耳鳴りに驚く間も無く、目と鼻の先にある二人の少年の顔を捉えた。

 

「ゆ、ユージオ? それにキリトも。こんな朝っぱらからどうした?」

「大変なんだルーク! 君も来てくれ!」

「一刻を争うんだ!」

 

 要領を得ない言葉を、寝起きのルークの頭はうまく受け付けない。

 

 しかし、鬼気迫る二人の表情と剣呑な光を宿す瞳に、ただ事ではないことだけは理解した。

 

 とりあえず、両手をこちらに傾いた二人の肩に置き、体を押し戻す。それからやっと口を開いた。

 

「何があった? 昼飯のパンが買えなかったなんていうチャチな事態じゃあなさそうだな?」

「それが……今朝から、セルカがいないんだ」

「──なんだって?」

 

 どういうことだ、と寝起きですぐに沸騰した感情で激昂しそうになったのを寸前で思いとどまる。

 

 その代わりに一発で残っていた眠気は払拭された。今度こそ真剣な顔で二人の話を詳しく聞く。

 

「今朝俺が起きたら、シスター・アザリヤにセルカの姿がない、って言われたんだ」

「それだけなら村のどこかにいるんじゃないのか?」

「それが昨日、キリトが北の洞窟のことを話したみたいで……」

 

 ユージオの補足に、キリトが罪悪感を感じたように俯いて唇を噛む。

 

 その反応でわざとではないとひとまず確信して、ユージオに目線で続きを促す。

 

「実家にはこの二年帰っていないし、教会の食糧とかの買い出しをするにも休息日は村の商店もお休みだ」

「そしてキリトが洞窟のことを話したタイミングで、か……確かに怪しいな」

 

 聞けば、シスター・アザリヤは昼までに戻らないようならば村役場に相談するという。

 

 セルカはあの年でしっかりとした子だ。シスターに無言で姿を消すなどあり得ない、それは長らく避けていたルークにもわかる。

 

 

 だが。

 

 

 もしも昨日の自分の行動と、キリトの話が彼女にとってのある種の覚悟を決めさせてしまったのだとしたら。

 

 セルカがアリスに会いにいくために、彼女と同じように……ダークテリトリーに踏み込もうとしているのならば。

 

「……行くぞ」

「え……?」

「行くってどこに……」

「セルカを探しに行くに決まってるだろ? だからお前らも俺のところに来たんだろう?」

 

 そう聞くと、二人は頷いた。

 

 可能性は低いが、もしこの家にいるのならばそれで問題は解決だ。

 

 そうでないのならば、誰より頼りになる剣士であるルークを頼りに。そのユージオの言葉に内心嬉しくなった。

 

「事情はわかった。ここで待ってろ、三十秒で支度してくる」

「えっ」

 

 何故か驚くキリトとユージオに踵を返し、ルークは自分の部屋へとんぼ返りした。

 

 寝巻きから手頃な服に着替え、一応衛士用の革のベストやブーツなどを装着しておく。

 

 そして腰に剣を履き、壁にかかった白剣へと目を向けた。

 

「……頼む、見守ってくれ」

 

 

 ──ィイン。

 

 

 両手でしっかりと剣を掴み取り、素早く皮紐を右肩から左脇に通して体に固定する。

 

 最後に長い後ろ髪を縛り、自分に気合を入れるために頬を叩くと玄関へと戻った。

 

 

 

「ルー君?」

 

 

 

 しかし、あと三歩で二人の前にたどり着くという瞬間、頭上から声を投げかけられた。

 

 ピタリと足を止める。

 

 それから後ろを見ると……階段の途中から、セフィアが心配そうに自分や二人のことを見ていた。

 

「母さん……」

「こんな早くにどうしたの? それにそんな格好……今日は休息日よ?」

 

 そう言いつつも、彼女もなんとなく三人が何かをしようとしているのがわかっているのだろう。

 

 心の底から不安といった顔をする母に、ルークは体ごと振り返ると、しっかりと彼女の目を見上げた。

 

「母さん」

「何?」

「──行ってきます」

 

 いつもの挨拶。

 

 なんの変哲もない一言。この六年間ずっと繰り返されてきた、何気ない言葉。

 

 だが、そこに込められた気持ちはどんなものよりも重くて。

 

 

 

「ええ、行ってらっしゃい。帰ってきたら、今日はご馳走にしましょうね!」

 

 

 

 ならば。

 

 これほど強い目をするようになった息子を笑顔で見送らなければ、母としての誇りが廃る。

 

 怖いだろう。心配だろう。それでも気丈に笑いかけてくれる母に、ルークはもう一度力強く頷いた。

 

「行くぞ、二人とも!」

「おう!」

「うん!」

 

 二人を伴い、家を飛び出す。

 

 まばらながらに人影が見える村の道を、怪しまれない程度の速度で北へと早歩きで向かった。

 

 人通りがなくなると石畳の下り坂を転がるように下り、橋のたもとにたどり着くと衛士の目を盗んで外に出る。

 

 麦畑のある南側とは異なり、村の北側には森が広がっている。

 

 ルーリッド村を囲む水路につながる川が南北に向けて森を突き抜けて伸び、その岸辺は小道となっている。

 

「ちょっと止まれ」

 

 その道に出て少ししたところで、ルークは二人を呼び止める。

 

 それからしゃがみ込んで、少し大きな雑草の株を確かめると素早く印を切って《窓》を呼び出す。

 

「天命が減ってるな。減り具合から足の主は子供……セルカはここを通ったみたいだ」

「急ごう、かなり時間が経ってるはずだ」

 

 雑草を踏んだ靴の向きから方向を割り出し、その後を追うように走り出す。

 

 もう人目を気にする必要はなく、全力疾走だ。体力の劣る二人にそれなりに合わせて、ではあるが。

 

「なあ二人とも、聞きたいことがあるんだが……もしもセルカがダークテリトリーに入ったら、すぐに整合騎士に連れて行かれるのか?」

「いや、それはないと思う。騎士が来るとしたら明日の朝だ」

「じゃあ、それまでは時間があるわけだな」

「……キリト、お前何を考えてる?」

 

 思わず振り返ると、キリトは不適に笑った。

 

「そうしたら、俺がセルカを連れて逃げるよ。元はといえば俺が口を滑らせたのが原因だ」

「キリト……」

 

 驚いたユージオはキリトの顔を数秒凝視して、それから首を横に振った。

 

「……そんなことできっこない。彼女には天職があるんだよ? もし整合騎士が来たとしても君についていくわけがない。そもそも、ダークテリトリーに入るだなんて重大な禁忌、セルカが犯すはずないんだ」

「でも、アリスにはできた」

 

 痛いところを突かれたような気分がルークの胸に広がった。

 

 ユージオも同じようで、ぎゅっと唇を噛んでからもう一度大きく首を横に振る。

 

「……アリスは、特別だったんだ。僕とも、ルークとも、セルカとも。他の村人たちとも違った」

 

 そう、彼女は特別だった。

 

 誰よりもしっかりしていて、それでいて好奇心が強く……自分たちの中心にいたのは間違いなく彼女で。

 

 そんな可愛い妹分を救えなかったことが、ユージオの勇気を妨げてしまったことが、ルークをずっと苦しめてきた。

 

「……そうだなあ。そしたら俺も一緒に逃げるかな」

「ルーク!?」

「ルーク、お前……」

「原因があるっていうなら、昨日酷い態度を取っちまった俺も同じさ。もし追手の整合騎士が来ても、剣の腕なら負けるつもりはないぜ?」

 

 ニッと笑った自分の顔は、不思議と昔の自分に近い気がした。

 

 キリトは最初こそ驚いていたものの、同じように笑って頷く。そんな二人にユージオは戸惑いっぱなしだった。

 

 

 それから、一時間ほど走っただろうか。

 

 

 道行き先に森の出口が見えて、一気に数百メルを駆け抜ける。

 

 その瞬間、徐々に途絶えていた草木が完全に消え──代わりに垂直にそそり立つような岩山が現れた。

 

 少々荒くなった息を整えながら、自分たちの前に立ちはだかるそれを見上げる。

 

 ほんの数十メートル後ろとはまるで違う、白い雪に覆われた、世界を隔てる壁のようだ。

 

「これが果ての山脈……? 嘘だろ、だって……」

「うん、僕たちも初めて来たときは驚いたよ」

「──こんなにも、世界の果てがすぐそこにあるだなんてな」

 

 まるで《あちら》と《こちら》を分けている、と自ら主張しているようなそれ。

 

 二年前に見た時から変わらない連なる山脈に若干気圧されるが、そんな時間さえも今は惜しい。

 

「それで、肝心の洞窟は……」

「こっちだ。俺が先頭で入る。ユージオ、明かりを頼む」

「わかった」

 

 遡るようにやってきた小川が流れ出す場所……岩肌にポッカリと口を開けた洞窟に行く。

 

 かなりの高さと幅がある入り口の、勢いよく流れる小川の左側にある岩棚に移動し、真っ暗な奥を覗き込む。

 

「灯りは……」

「これだよキリト」

 

 道中、いつの間にか取っていた草穂を顔の前に掲げて見せるユージオ。

 

 首をかしげるキリトの前で、ユージオは草穂に意識を集中させると式句を唱えた。

 

「システム・コール! リット・スモール・ロッド!」

「なっ!?」

 

 何やら驚くキリトだが、ユージオの神聖術は効果を発揮し、草穂に小さな光が宿る。

 

 それを頼りに、腰から剣を引き抜いたルークを先頭にして、一寸先は暗闇の洞窟に侵入した。

 

「なあユージオ、さっきのは……」

「ん? 神聖術がどうかしたの? ごく簡単なものだけど……それも覚えてないかい?」

「あ、ああ。システムとか、意味を理解してるのか?」

「意味は……ないよ。神様にお願いするための式句だから」

「なるほど……」

 

 

(一種の呪文的な扱いってことか?)

 

 

 何やら後ろで話し合っている二人の声を意識の片隅に置き、ルークは慎重に進んでいった。

 

 洞窟内は肌寒く、すぐ隣には落ちたら凍え死ぬほどの冷たさを持つ小川がさあさあと流れている。

 

 しかし、それよりもずっと冷たい危機感がルークの心を支配していた。

 

 

(もし、アリスの時のようにセルカまで失ったら……俺はもう二度と、覚悟を持つことはできない)

 

 

 セフィアの言葉でようやく踏ん切りがついたのも束の間、我ながらつくづくついていないとルークは思う。

 

 それはユージオだって同じだろう。

 

 絶対に、セルカを連れて帰らなくてはいけない。

 

「っ、これは……」

 

 くまなく壁や天井、足元に至るまでつぶさに観察していたルークはあるものを見つける。

 

 しゃがんでユージオに照らしてもらうと、それは四方に向けて放射線状にひび割れた薄氷だった。

 

「……これで確定だな。セルカがここにいる」

「くっ、やっぱりか……!」

「こんなところに何時間もいたら凍え死んじゃうよ、早く見つけなくちゃ……!」

 

 

 

 

 きゃぁあああ……

 

 

 

 

 顔を渋らせる三人を嘲笑うように、洞窟の奥から悲鳴が聞こえた。

 

 バッ! と素早く顔を上げた三人は、互いに目線を合わせると、同時に奥へ走り出した。

 

「くそッ、セルカ……!」

「見えた、あそこだ……!」

 

 数十メル先に、何年も前の記憶の中に埋もれたこの道の終わりが見えた。

 

 より一層強い冷気が風に乗って漂ってくるこの先がどうなっているのか、二人はよく知っている。

 

 

 自然と前へ前へと踏み出す足は速くなり、そして出口に辿り着いた時。

 

 

 

 

 そこにあった光景は……

 




次回、ルーク覚醒。

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