ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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さて、一区切りしてまたスタート。

楽しんでいただけると嬉しいです。

祝100話!


【第七章】戦乱の狼煙
軍議


 

 

 

 野営地の演習場に、異様な熱が渦巻いていた。

 

 

 

 兵士達が修練に明け暮れ、早朝から日が落ちるまで活気の絶えることのない広場。

 

 今も、昼過ぎの演習場には数百人という武装した兵士が集合している。

 

 しかし、誰も修練をしてはいなかった。

 

「おい、すげえぞ」

「ああ。こっちまで剣気が飛んでくるみたいだ」

「これが、選ばれた剣士の力か……」

 

 円形に密集した彼らの意識は、一様にその中心へ集中していた。

 

 すなわち、激しく剣戟を交わしている灰髪の青年と、小柄な紫髪の少女へと。

 

「シィッ!!」

「ふっ──!」

 

 少女──シャーリーが疾風のような踏み込みで、不思議な煌めきを放つ小剣を突き出す。

 

 兵士の多くが視認も難しい超高速の一撃。それは寸分違わずルーク(青年)の心臓と喉を狙う。

 

 負けじと手にした純白の剣……ではなく、似せた形に生成した氷の剣でそれを難なくいなした。

 

 的確に外へ外されれば、即座に足の位置を変えて体を沈み込ませ、刀身を地面近くに構える。

 

 そのままルークと氷剣の間に小剣を差し込み、下から頭部を狙い穿つ。

 

「っと!」

 

 下顎へ切っ先が吸い込まれる直前、残った左手で刀身に軽く掌底を繰り出した。

 

 刃は顔を逸れ、もみあげの髪を数本刈り取るだけに留まった。そのまま腕を掴もうとする。

 

「っ!」

 

 しかし、シャーリーは片咄嗟に地面を蹴って空中で体を回転させた。

 

 逃すのとほぼ同時に襲いかかってきた頭狙いの袈裟斬りに、ルークが上半身を屈めて回避。

 

 着地してすぐ、返す刀で間断なく右足首を狙う。

 

 

 

 

 

 すると、初めてルークは大きく足を引き、右からやってきた追撃を受け止めた。

 

 甲高い音と火花が飛び散り、おおっと周囲にどよめきが広がる。

 

「前より、随分速くなった……!」

「先輩こそ……! それに、足はどうしたの……!」

「人界一恐ろしい女に、一回斬られて、なっ!」

 

 言い切ったのを皮切りに、氷剣を用いて力点をズラす。

 

 腕を巻き取られたシャーリーが前へ姿勢を崩し、危うく転びそうになる。

 

 しかし、彼女はまた剣を手放すと自ら地面へ倒れ、片手を使って全身を鮮やかに回転させた。

 

 その過程で利き手に剣を握り直し、間合いを取るために後ろへ退いたルークに強烈なサマーソルトキック。

 

 そこから畳み掛け、遠心力をかけた一撃を振り下ろす。

 

 咄嗟に差し込んだ氷剣に、とても少女とは思えぬ重々しい衝撃が浸透した。

 

 

 

(凄い……! 話すついでに久々に稽古したはいいが、まるで別人だ!)

 

 

 

 次々と打ち込んでくるシャーリーの技量に、ルークは内心で舌を巻く。

 

 たった半年の間に飛躍的な成長を遂げた後輩は、本気の殺意を込めた目で睨んできた。

 

 それくらいでないとルークに及ばないことを解っているのだろう。一撃一撃が的確に、致命傷を狙っている。

 

 神聖術で生み出した高優先度の氷剣も、この数分であっという間にボロボロになっていた。

 

「これも、先輩への、愛あって、こそっ!」

「嬉しい、がっ! 心に決めた人が、いるんでなっ!」

 

 盛大な剣戟音に遮られ、二人の会話は外野にまでは届かない。

 

 ただ、無敗を誇っていた少女と渡り合うルークへ驚愕の目線が寄せられていた。

 

 

 

 

 

 今までこの中の誰一人、シャーリーには手も足も出なかった。

 

 時には神器を持たぬ、下位の整合騎士すら超高速の連続剣技で下してみせた。

 

 それと互角に打ち合うどころか、ルークの方が圧倒的に余裕があるように見える。

 

「いいぞ! やっちまえ!」

「竜騎士だかなんだか知らないが、そいつを倒してくれー!」

 

 中には年下の少女に惨敗して自尊心を傷つけられた者もいる為、格好の見せ物だった。

 

 一方で、シャーリーの剣技に惚れ込んで応援を飛ばす声もあり、反応は二つに割れている。

 

 

 

(へえ。流石はあいつの後輩。果ての山脈の監視で本格的に腕を見てなかったが、大したもんだ)

 

 

 

 そして、野次馬の中にはライオットも紛れていた。

 

 会議まで暇があった為、兵士達に手解きでもしようとやって来れば、既にこのような状況。

 

 ひとまず観戦を決め込んだが、思った以上の内容に彼も面白がり始めている。

 

「スワロウのやつが見込んだのも頷ける。いい剣気だ」

「──本当だ。いい傍付きを選んだようで安心だよ」

 

 二人の稽古を注視していると、不意に受け答るような言葉が返ってきた。

 

 反射的に周囲を見渡すが、野次を飛ばす兵士達しか見当たらない。

 

 空耳だろうかと首を傾げて、もう一度ルーク達の方を向いた。

 

 

 

 

 

 凡そ十五分に及ぶ模擬戦は、佳境を迎えていた。

 

 苛烈に攻めるシャーリーと、完璧にいなしつつ反撃するルーク。まさに一進一退の攻防。

 

 しかしそれも、二人が互いに大きく距離を取ったことで転機が訪れる。

 

 

 

(そろそろ剣が限界だな。リィが決めるとすれば、おそらく……)

 

 

 

 氷剣を一瞥したルークは、シャーリーの一挙手一投足を見逃さないようにする。

 

 すると、深く腰を落とした彼女は半身を引き、両腕を胸の辺りで水平に構えた。

 

 ぴたりと小剣の位置が定まった瞬間──黄昏色の刀身に鮮やかな光が宿る。

 

「……これで、最後」

「ああ。来い」

 

 

 

 刹那の、静寂。

 

 

 

 二人だけでなく、全てのものが口を閉ざして彼らを見守る。

 

 張り詰めた空気に、誰かが一歩引いて靴裏で地面を擦った瞬間──始動する。

 

「シィッ────!」

 

 最速の踏み込みを経て、裂帛の気迫を秘めた、胴体目掛けての三連刺突。

 

 次に兵士達がその姿を視認したのは、彼女が彼の眼前へ到達した時だった。

 

 一秒もかからずに懐まで潜り込んできたシャーリーの動作を、ルークは見極め──! 

 

「フゥッ────!」

 

 眉間、喉、鳩尾を狙った切先を、全て剣の腹で滑らせるように防御。

 

 その上で踊るように回転すると、シャーリーの背後に一瞬で回り込み。

 

 

 

 

 

 氷剣が白い首筋に添えられた瞬間、一陣の風が吹き荒れた。

 

 最前列の兵士達が体を押され、たたらを踏む。

 

 それでも勝負の行方を知る為、誰もが注目する中──パキリ、と音が響き。

 

 次の瞬間、氷剣が根元から砕け散った。

 

「引き分け、だな」

「……やっぱり、遠い」

 

 一言交わした二人は、ふっと剣気を解いて得物を下ろす。

 

 次の瞬間、割れるような歓声が演習場を包み込んだ。

 

 口々に称賛や嘆きの言葉を投げかけながら、まるで四帝国統一大会を観たような満足感に喝采する。

 

 二人は揃ってきょとんとし、次に気恥ずかしそうに苦笑する顔を見せ合った。

 

「いい暇潰しになった。……さて。おい、お前ら! いつまで休んでる! 早く鍛錬に戻れ!」

 

 同じく、一通り見届けたライオットが手を叩きながら大声で命令する。

 

 それでようやく彼の存在に気が付き、兵士達は慌てて各々の修練に戻っていった。

 

「これで他の奴らにも発破がかかって……?」

 

 ルーク達へと歩み寄ろうとして、不意に足を止める。

 

 

 

 

 

 散開していく兵士達の中に、頭から足下まで長い外套を羽織った人物が紛れていた。

 

 

 

 

 

 唯一露出した口元を満足げに笑わせて、他の者と同じように踵を返す。

 

 

 

(あれは……?)

 

 

 

 見たことのない不審人物に、何故か心を掻き立てられたライオットはそちらへ踏み出す。

 

 だが、目の前を兵士の一人が通り過ぎた後……そこには誰もいなかった。

 

「…………見間違い、か?」

 

 数秒立ち尽くしていたが、幻聴の次は幻覚かと嘆息する。

 

 連日の監視任務で疲弊しているのかと結論付け、再びルーク達に声をかけに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソルスが闇夜に眠る頃、軍議は始まった。

 

 

 

 大天幕の中は決して平穏とは言えない、肌がひりつくように剣呑な雰囲気に包まれている。

 

 発生源は二人の騎士。一人は金華の騎士、アリス・シンセシス・サーティ。

 

 そしてもう一人は、ルークには初対面の女騎士。

 

 波打つような紫がかった黒髪と怜悧な美貌を兼ね備えた、女らしい色気を放つ女性──名をファナティオ・シンセシス・ツー。

 

 ベルクーリに続く最古参の整合騎士団副長たる彼女とアリスは、互いに気迫のある笑顔を浮かべていた。

 

「……アリス、何かあったのか?」

「いいえ。特に兄さんが気にかけるようなことはありません」

「いや、その心の乱れようで何もないって事はないだろう」

「勝手に私の心を聞かないでください」

 

 隣で直に圧を受けるルークは、密かに嘆息する。

 

 

 

(まあ、今のこいつが怒りそうな理由は大体予想できるけどな)

 

 

 

 おそらくはキリトにちょっかいをかけられそうになったのだろう。

 

 本人は判然としていないようだが、心を聞くことのできるルークが察するのは容易い。

 

 

 

 

 

 分別がつく彼女であればそのうち切り替えるだろうと、議場に集まった人物を見回した。

 

「……思ったよりも整合騎士の数は少ないんだな」

 

 総本部に集合したのは、現最高司祭カーディナルと従僕スワロウを錚々たる面々。

 

 整合騎士団よりベルクーリ、ファナティオら上位の騎士、及び偵察隊代表のイーディスとライオット、そしてアリス。

 

 竜騎士として、ルークとバルド。皆一様に、人界軍の命運を左右する面子である。

 

「不甲斐ないことに、わしではアドミニストレータが〝再調整〟しようとしていた騎士を目覚めさせる事はできなんだ」

「その術式を完全に把握していたのは、アドミニストレータと元老長チュデルキンのみ。資料の類も残されておらず、私の方でも解析を進められませんでした」

「なるほど……だからこその俺と父さんか」

「うむ」

 

 あらゆるリソースを集中させた整合騎士が勢揃いしない以上、新たに強大な戦力が必要不可欠。

 

 一人で万軍と同等以上の力を有する竜騎士は、まさにうってつけの相手だったという事だ。

 

 何より、これ以上騎士達の解凍と再調整にかける時間がなかったのだろう。

 

「幸い、単に凍結されていた騎士を一人だけ目覚めさせることはできたがな」

「小父様、その騎士とは……?」

「《無音》のシェータだ」

 

 質問をしたアリスだけでなく、他の騎士達にもざわめきが広がる。

 

 余程名高い剣士なのだろう。強力な騎士は一人でも多いに越したことはない。

 

「ベルクーリ騎士長。本格的に動員できる騎士の数は?」

「イーディスとライオットを含めた四人の騎士が果ての山脈に。カセドラルと央都の管理の為に中央に四人残してる。そいつらを差し引いた十六人が、真正面から奴らと戦える全戦力だ」

「十六人、か……」

 

 ルークは険しい顔をせざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 暗黒軍の総力は五万。

 

 対するこちらは、実戦を経験していない五千の兵士と二十余名の整合騎士団。

 

 頼みの綱の騎士達も、半数は未だ神器を持たず、アリス達に比べると見習いに等しいという。

 

 無論、彼らとて人界最高峰の剣士。ゴブリンやオークの百や二百、容易に斬り捨てられる。

 

 加えて指揮するのはカーディナル達なのだから、絶対的に勝ち目のない戦いになるとは言い切れない。

 

「なんだ、坊主。怖気付いたかい?」

「いえ、そこまでは」

 

 即座に答えた言葉に、ベルクーリは少し目を見張る。

 

 それが一切の驕りや見栄というものがない、冷静な分析の上で成り立ったと思わせる返答だったからだ。

 

 竜騎士。原初の人が生まれた頃より、光の大地を守護せし竜達の力と智慧を授かった者達。

 

 整合騎士ライオットは、暗黒領域の侵略者に対しては《蒼竜の琴剣》を手にしてより、一度も敗北したことはなく。

 

 炎の騎士バルドは、かつて己を傀儡にせんとした、とある女の引き連れた暗黒術師二千を豪剣の一振りで焼き尽くしたという。

 

 そして聞いた話では、このルークという新米の竜騎士も、心意によって数百の侵略者達の魂を刈り取ったとか。

 

 実際に昨日相対した瞬間、ベルクーリは感じ取ったのだ。

 

 

 

 この男は、あの車椅子の少年と同じかそれ以上の力を秘めている、と。

 

 

 

「十分な作戦と物資、戦力の使い方をすれば、一方的に負けることはない。少なくとも、俺はそう考えてます」

「では、別に気にかかることでも?」

 

 未だに受け入れきれていないのか、やや刺々しい物言いでエルドリエが問う。

 

 ルークはまたしても難しい顔で黙り込んだ。どう言ったものか悩ましいとでも言いたげだ。

 

「我らの目的が、闇の者達の根絶ではないということだ。霜蛇の騎士よ」

 

 そんな息子の内心を見抜いたようなバルドの発言に、天幕内が騒然とする。

 

「ど、どういうことか! 貴殿らは人界をダークテリトリーの侵略から守りに来たのではないのか!?」

「勿論そうだ。だが、この戦争では()()()()()()()()()()()()()必要があるんだよ」

「双方……?」

 

 訝しむエルドリエ。切れ長の瞳には濃い猜疑心が見て取れる。

 

 詳しい話を聞いていなかったアリスも、やや困惑した面持ちで二人を交互に見やる。

 

 

 

 

 

 他の者達も小声で何事か囁く中、唯一平静としているカーディナル達に言葉を投げかけた。

 

「とりあえず、作戦を聞かせてもらえますか」

「うむ」

 

 一つ頷き、カーディナルはファナティオへ目配せした。

 

 頷いた彼女は、ひとつ咳払いをして各々の喧騒を鎮めさせる。

 

 それから、よく通る声音で作戦を語り始めた。

 

「この四ヶ月、あらゆる作戦を検討しましたが敵の総攻撃に真正面から対抗することは不可能に近いです。《果ての山脈》のこちら側は十キロル四方に渡って平原、押し込まれれば敵軍に包囲、殲滅されるでしょう」

 

 よって、と彼女は鞘の付いた十字の細剣……神器《天穿剣》で地図を示す。

 

「我らはこの場所。《東の大門》へと続く幅百メル、全長千メルに及ぶ峡谷にて奴等を迎え撃たなくてはならない。ここに縦深陣を敷き、ひたすらに敵を削り続ける事になる。ここまでで何か質問はありますか?」

 

 素早く一人の騎士が手を挙げる。

 

 彼女が頷くと、立ち上がったエルドリエは疑問を投げかけた。

 

「敵が歩兵だけならば、十万だろうと切り倒してみせましょう。しかし、奴らには大弓を用いるオーガもいれば、強力な暗黒術を行使する術師団もおります。その対応は如何に?」

「これは危険な賭けですが……峡谷の底は、昼でもソルスの光が届かない闇に包まれています。つまり、空間神聖力が薄いのです」

「──そこでわしが、開戦と同時に一つ特大の術式を行使して、神聖力を根こそぎ奪う」

 

 平らな胸に手を置き、堂々と宣言したカーディナルに驚愕とも歓喜ともつかぬどよめきが起こった。

 

 アドミニストレータと等しき力を持つ神の代行者。彼女の術式であれば、跡形もなく闇の者達は壊滅するだろう。

 

 しかし、カーディナルはさっと毅然とした面持ちを暗くした。

 

「じゃが、これには一つ問題がある。一度神聖力を枯渇させてしまえば、しばしの間こちらの術師も動きを封じられることじゃ」

「そこで、大規模な術式による攻撃は諦め、使用する術式は治癒術に限定。この野営地に運び込んだありったけの触媒と治療薬を用いれば、5日は保つ計算です」

「微量ながら、私からも出資させていただきました」

 

 カセドラルに保管されていた全ての軍備、及び数百年間コツコツとスワロウが溜め込んだ触媒。

 

 当初は3日が限度と計算されていたが、思った以上に物資が揃った為、防衛戦にも希望の芽が出ていた。

 

 

 

 

 

「以上が、基本的な作戦の概要じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か疑問はあるか、お主達」

 

 賢者は順繰りに竜騎士の親子を見る。

 

 天幕を炎上させぬ為、身に纏う獄炎を納めたバルドはまるで眠っているように微動だにしない。

 

 文句はないということだろう。次に最も若き騎士へ回答を目線で訴える。

 

「ルーク、お主はどう考える」

「最善手だと思います。ただ、相手の騎士にも飛竜を扱う者がいたはずですが」

 

 あの始まりの日に、整合騎士に撃ち落とされた暗黒騎士を思い出す。

 

 北の洞窟や、他の人界の果てに存在するダークテリトリーに通じた場所は竜達に守護されていた。

 

 それでも彼らが数百年に渡って《果ての山脈》を超えようとしたのは、空を渡る手段があったからこそ。

 

「騎竜部隊については、騎士の一部を空中戦に充てるつもりでいた。じゃが、少し事情が変わった」

「……! クィーニ達ですね?」

「うむ」

 

 竜の群体という、誰にも予測できなかった強大な戦力の参戦。

 

 カーディナル達はこれを、暗黒軍との圧倒的な兵力差を補う非常に重要なものと捉えていた。

 

 大弓を用いるオーガ族や、巨岩すら易々と投擲するジャイアント族をも凌駕する力になりうる可能性がある。

 

「彼らはどれほど力を貸してくれそうじゃ?」

「話した限りでは、クィーニを介せば統率を取ることは可能そうです。竜の種類や個体差もありますが、複雑な作戦も実行できるかと」

「それは重畳。ではお主には、戦場にて竜達の指揮を取ってもらおう」

「分かりました」

 

 改めて重要な役目を受け、ルークは身の引き締まる思いだった。

 

 整合騎士達に匹敵する特級の戦力を預かるのだ。自らの采配が人界の未来を左右してしまう。

 

 無論、指揮の経験などない。ましてや相手は屈強な竜。

 

 極度の緊張に、指先が微かに震えた。

 

 

 

 

 

 その後、開戦して以降に各隊が取る戦術や騎士との連携、物資の供給等の議論が交わされる。

 

 幸いなことに、実戦経験の豊富な騎士達の意見と、アンダーワールドに精通するカーディナルの知識によって速やかに会議は進行した。

 

 二時間も経過する頃には具体的な指示までもが決定され、残る準備を進めるのみとなる。

 

「さて……これで大体は片付いたようじゃな」

「ええ。細かい最終調整が必要となりますが、作戦は固まったと見て良いでしょう」

 

 相槌を打ったファナティオが、最高指揮権を持つベルクーリに目配せする。

 

 時折意見を挟みつつ静観していた騎士長は、渋い笑みを湛えて深々と頷いた。

 

 カーディナルもそれを見届け……ふと、スワロウの方へ目線を送った。

 

「皆様。一つ、お伝えしなければならないことがあります」

 

 不思議とよく通る声でそう言われ、騎士や兵士長達が何事かと意識を向ける。

 

 使者は、躊躇するように一度瞑目し……やや重々しい口調で、宣言した。

 

 

 

「──破滅の主、ロヴィナの使者を暗黒領域で確認しました。かの厄災は、既に目覚めています」

 

 

 

 ……しん、と議場が静まり返る。

 

 数秒の沈黙が続き、そのうち兵士長らが困惑の入り混じった表情を互いに向ける。

 

「ロヴィナって……あのロヴィナか? 三女神様の神話の?」

「あれはお伽話のはずじゃ……実在していたのか?」

「いや、実際に竜の騎士もいたわけだし……」

 

 彼らの反応は、半信半疑といったところ。

 

 無理もない。その忌み名は遥か太古、創世記にのみ記された伝承の怪物でしかないのだから。

 

 しかしそれは、アドミニストレータが作り上げた偽の歴史。カーディナルシステムが産み落とした実在する厄災などと知りようもない。

 

 整合騎士達も、ベルクーリを除いてスワロウの発言に首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 だが、ルーク達は違う。

 

 座ったままに殺気を発し、直後にそれを強靭な意志力で包み込むと露出を抑え込んだ。

 

 唯一、隣にいたアリスだけは機敏に察して兄を不思議そうな顔つきで見る。

 

「ルーク兄さん? どうし……」

 

 一度も見たことがない、畏れと怒りが混同したような横顔にハッとする。

 

 思わず目を逸らして、その拍子にバルドとライオットが同様の反応をしていることに気がついた。

 

「…………スワロウ。どういうことだ」

 

 凍えるような冷気に等しい声音で、ルークが問う。

 

 ゆるりと視線を向けた使者は、出会ってから最も厳しい表情だった。

 

「申し上げた通りです。暗黒領域の中枢部に潜入していた最中、皇帝ベクタの隣にその分身……かの者の意思の欠片に蝕まれた者を見た」

「……っ!」

 

 まさか、ベクタと手を組んだというのか。じわりと嫌なものが心に忍び寄る。

 

 周囲ではスワロウの大胆な潜入に驚愕の声が上がっているが、それどころではなかった。

 

「やはりな。ペーリッシュの野郎も、傀儡の一人だったか」

「……かの者の尋常ならざる力。それ以外には考えられまい」

「その通りじゃ。彼奴は人界にも忍び込み、猜疑心の強いクィネラすら言葉巧みに懐柔した。その懐に潜り込み、貴族達の腐敗と民の盲目化を進めさせておったのじゃ」

 

 騎士達が息を呑んだ。

 

 長年、共にアドミニストレータに仕えていたにも関わらず、あの元老長と双璧を成す男が厄災の使者だと知らずにいた。

 

 それどころか最高司祭の代弁者と尊敬し、その言葉の多くを鵜呑みにしていたのだ。

 

 結果的に、知らずのうちに人界の弱体化に加担していたことを自覚して苦々しい顔をする。

 

「そして今は、ベクタに取り入り完全な復活を目論んでいるようです。おそらく今回の戦争にも積極的に絡んでくるでしょう」

「奴がねえ……確かに、ただならぬものを感じちゃあいたが。まさか神話の怪物が化けた姿だとはな」

「正確には意思の断片、ごく僅かな欠片。本体は()()ダークテリトリーの地の底で眠っていますが……微睡むように不確かなものです」

「伝承では、死と嘆きを喰らい、闇の皇帝の再来と共に女神の封印を打ち破り、混沌に目覚め終焉を齎す、だったか……成る程な」

 

 ベルクーリの納得したような目線を受け止め、ルークは無言の肯定を返す。

 

 

 

 

 

 彼の言によって、ようやく全員が理解した。

 

 何故、人界の兵にも、暗黒領域の怪物達にも必要以上の被害を出してはいけないのか。

 

 戦乱が激化し、失われる命が増えるほどに──破滅の化身が、より早く蘇ってしまうのだと。

 

「ライオット、バルド。ペーリッシュと直接戦ったのはお主達だけじゃ。奴は……どれほどの力を秘めている?」

「怪物、としか言いようがないです。バルドの旦那と二人掛かりで、死に物狂いになってようやく倒せたくらいだ」

「お主達でも、か……」

 

 忌々しげに答えたライオットから、次にカーディナルはもう一方を見る。

 

 人界という枠組みを超え、数百の年月アンダーワールドの全てをその目で見てきた男。彼ならば他に何か知ってはいまいか。

 

 バルドは……巌のような皺を眉間に刻みながら、口を開いた。

 

「我は長き放浪にて、闇の国をも旅した。そしてある時、奴の()()()()を見つけたが……」

「だが?」

「……奴の邪気から、一体の怪物が目の前で生まれた。まるで首を守る番人のように、我に襲いかかってきたのだ」

 

 人と竜を合成したようなその怪物は、太古の昔アンダーワールドに跋扈していた獣達に匹敵する力を有していた。

 

 人の体を持っていたペーリッシュ程ではなかったが、悠久の生の中で指折りの脅威と言って良いだろう。

 

「番人は倒したが、首を断つことは適わなかった。あの首と我では、()()()()()()

「属性? 父さん、それは一体?」

「奴の弱点は頭部にある核なのじゃよ。それぞれの首を破壊するには、対応した守護竜でなくてはならん」

 

 ルークの疑問に、カーディナルが説明する。

 

 複数存在するロヴィナの頭部。それには特殊な結界が常に張られており、中和できるのは聖竜の力のみ。

 

 厄介なことに、結界の性質は頭部によって異なり、それと相反する竜では傷もつけられないのだ。

 

「そうか……だから四聖竜の力を持つ者が揃う必要があった」

「左様でございます、ルーク様」

 

 何があっても生き残らなくてはいけない。たとえ、大切な者が目の前で犠牲になったとしても。

 

 その意味を改めて理解し、ルークはカセドラルでの自分がどれほど焦っていたかを今更自覚した。

 

「……奴には、分身を生み出す力があると考えてよいだろう」

 

 言い切るのと同時に瞑目したバルドに代わり、ライオットが知らしめるように告げる。

 

 

 

 

「つまる所────奴は、()()()()()()()()()()()()ってことだ」

 

 

 

 






長くなりましたね。

次回,開戦前最後。

読んでいただき、ありがとうございます。
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