ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
デザイナー
「……ん」
意識が覚醒する。
睡眠状態下の脳が意識的思考を始め、体が休眠から目覚める。
最初に感じたのは、頬を押し返してくるとてつもない硬さと冷たさ。
それが金属製の机だと認識できるまで意識がはっきりとするまで、二十秒を要した。
「ふぁ……また寝落ちしてたのね」
ようやっと体が動かせるまで起きてきたところで、上半身を持ち上げて背筋を伸ばす。
上へ掲げた両腕と共に伸びた背骨がポキポキと音を鳴らした。それに押し出されるようにあくびが漏れる。
「ん……シャワー浴びよ」
ぐちゃぐちゃになった生まれつきの茶髪を手櫛でほぐし、よれた白衣の裾を引きずりながら立ち上がる、
部屋に備え付けのシャワー室に行き、さっと寝汗と埃を洗い流すうちにだんだん頭も冴えてきた。
サッパリして完全に思考が明瞭になって、手早く着替えて適当に身だしなみを整えれば朝の通過儀礼は終わりだ。
「オーグマー、体調管理アプリを起動して」
眼鏡と一緒に机のそばに置いてあった端末を手に取り、頭に装着して命令する。
AR型情報端末、などと格好の良い名称のついた機械はすぐに作動して、血圧やら脈拍やらを測ってくれる。
便利な時代になったものだと笑いながら、問題がないことを確認すると二十分ぶりに椅子に座った。
「またつきっぱなし……」
部屋の電気をつける前から、そこに置かれた最新式のノートパソコンの画面は煌々と光を放っている。
電源を落とす前に意識が眠りという奈落の底へ直下したとはいえ、自分のズボラさには呆れる。
「今日も変わりなし、と」
そこに表示されているのは、様々なパラメータの表示されたウィンドウと、一つの大画面。
この海の上にある鉄の亀のメインコントロールルームと接続されたそれに映るのは、一つの箱庭世界だ。
「《アンダーワールド》……ね。どっちが地下世界なんだか」
部屋の位置的に言えば海面下にいる自分を自虐し、箱庭から一旦目をそらす。
いかな
「あ、そう言えば比嘉さんから昨日、何か通達があったっけ」
もう一度オーグマーを装着して、パソコンに同期するとメールボックスを開く。
滅多に部屋を出ないものぐさな彼女に配慮してか、そこにはしっかりと目的の人物のメールがあった。
開いてみると、そこには記憶と寸分違わぬ文面が。
今日の予定、それに関する自分への命令、そして……
「神代凛子、ね」
今日ここへやってくるという、自分がそのうち挨拶しろとメールに記されている人物。
その名前は彼女にとって、様々な感情を湧き起こさせる相手であった。
例えば憧れ。
例えば尊敬。
例えば……嫉妬。
「って、何考えてるのかしら。私」
長いことこうも部屋にこもりきりでいると、余計なことに思考を割くようになる。
もっとも、一人で仕事をする方が好きな彼女にとって、それは悩み以上の苦痛になりはしないのだが。
そも、彼女に嫉妬することなど間違い以外の何物でもない。
何故そう思うか、それは彼女が……自分が憧れ、そして畏敬する〝茅場晶彦〟の、いわゆる女というやつだったから。
彼の名を聞いて恐れを抱くものは多い。
稀代の天才とまで呼ばれた彼は、たった一人で世界初のフルダイブ型VRMMOを開発した。
しかしながら、数多の人間をそのゲームに閉じ込めたことでその名声は一転、悪魔と恐れられた。
しかし、だからと言って彼女が抱く畏敬がそうであるわけではない。
そこそこ有名なゲームデザイナーを自負する彼女にとって、そこまでの代物を作り上げた彼は神に等しい。
故に、自分の姉と同じく類い稀な才能と頭脳を持った彼を畏れ、そしてまた心より敬っているのである。
そんな彼女にとって、彼に一番近い場所にいた神代博士は、ある意味一番に羨むべき人間だ。
「我ながら、嫌な女よね」
だからこそあの胡散臭い役人に声をかけられた時、自分にしては珍しく即決でこのプロジェクトに参加した。
自分のことを〝必ずプロジェクトに必要な四人〟のうちの一人、などとお世辞を言われたことも理由の一端かもしれない。
さりとて彼、茅場晶彦のように歴史に名を残したいわけではない。
ただ、世界をデザインすることに生涯を捧げる彼女にとって、このプロジェクトはあまりに魅力的だった。
〝真の人工知能を作り出す〟などという、これまでにないデザインできる世界に強く興味を惹かれたのだ。
しかしまあ、その好奇心も今や薄れかけているのが現状だ。
アンダーワールドと呼ばれるそれの基本的システムをデザインし、内部の人間たちの初期モデルを作り。
あとは上司たちの望み通り、最後の実験で全てが崩壊するのを見届けるだけ。
そうしたら海上生活ともおさらば、プロジェクトに参加した報酬とともに、自分の子であるこの箱庭ともお別れ……
「ん?」
そんなことを考えていると、つけっぱなしだったオーグマーが何かを主張した。
ぼうっと焦点をぼかしていた視界を定めれば、ついさっき見たばかりの名前がそこにある。
今度は何かと開いてみれば、そこにはなんと驚きの内容があるではないか。
「へえ。〝彼〟の恋人さんがね」
どうやら神代凛子とともに、この鉄の亀……《ラース》に乗り込んできたらしい。
随分と頭の回る子だ、とこの施設に来るまでの様々な確認やら検査やらを思い出し、思わず微笑む。
しかしまあ、あの上司があそこまで依怙贔屓する少年の恋人ともなれば、それもある意味道理か。
「無事に恋人さんが目覚めるといいわね、彼女さん」
今も
それを机に置いて、ふと部屋の隅を見た。
そこにあるのは、もはや使われなくなった骨董品。
正式に四台、この施設内に配置されたSTLや、六本木にあるものよりもさらに前の試作品。
内部にゴミが入らないよう、ビニールで包み込まれたそれは、かつて彼女が使っていたものだった。
「……懐かしい、なんて思うのはいつぶりかしら」
自分にいざという時の為にと電話番号一つだけを残した姉が行方をくらませた時、昔を懐古して以来か。
明確な記憶が残っているわけではない。それは試作品というだけあって様々な制限がある。
事前に決めたダイブ時間以上は使えないし、内部に入ればこちらの記憶は大部分が制限、その逆もまた然り。
どうせそのうち全部消えて無くなるのだからと、特別に設置してもらったそれ。
中でどのような時間を過ごしたのか、それはログに残った自分の記録から推測するしかない。
ただ、とても楽しく、そして何物にも代えがたい。そんな自分にそぐわない感情を抱くのは確かで。
「ああ、何か理由がないかな……」
もう一度それを使う理由がどこかにないか、そう独り言が出てしまった。
内部の時間は凄まじい倍率で加速しているので、今更ダイブしたところで自分が知るものなど全て消えている。
しかし、まるでとっくの昔に攻略し終えたゲームを懐かしむような気分で、時折それに目を向ける。
とは言っても、どうせ一日中パソコンで《アンダーワールド》の状態を観察しているだけの日々。
要するに何か、刺激が欲しいだけだった。
そんな彼女に答えるように、ピコンと突然ウィンドウが一つ増えた。
「え、ちょっと、何?」
現在治療中の少年、桐ヶ谷和人がSTLを使った時以来何も起こらなかった画面に驚く。
惰性のような職務とはいえ、何事かあってはまずい。
彼女は姿勢を正し、ウィンドウの解析を始めた。
「えっと、これは《アンダーワールド》内のオブジェクト管理システムね……はっ!?」
そして、そこに羅列された英数字の意味を理解した時、彼女は素っ頓狂な声をあげた。
「ユ、ユニークオブジェクトが解凍されてる……」
そこに記されていたのは、《アンダーワールド》内において特定のIDが解凍されたというもの。
そして、それは彼女が遊び心で《アンダーワールド》内に設置した四つの特殊ユニットのIDのうち一つと一致していた。
「嘘、なんで……ありえない」
あまりに予想外すぎるその情報に、彼女は一人うろたえるばかり。
彼女にとってこのID、否、他三つを含めた特殊IDが解凍されることはありえないことだった。
そのIDを解凍する為には、それを使う他のユニット……フラクトライトが一定の心理状態にならなければいけないのだ。
その心理状態こそが、彼女を困惑させる要因だった。
「これは、なんて予想外……まさか、自発的にここまで他者に対する防衛的心理を発生させるなんて」
彼女がそのIDの解凍のために入力したのは、一つの心理状態。
良識ある人格の持ち主であれば誰もが一度は口にする、〝他人を守ろうとする〟というもの。
そのハードルは非常に高く、それこそ、そのフラクトライトの思考全てがそこに収束されなければ解凍はされないのだ。
彼女はこれをデザインした際、決してこのユニットや、そこから発生するオブジェクトが使われることはないと確信していた。
そもそもがある意味で最後の実験に真っ向から矛盾しているため、どうせ最後は消えるからと思っていたのだ。
「これは……確かめないと」
この事態に彼女は、まず何よりも確認と解決を優先することにした。
ノートパソコンを操作し、この場で確認できる限界までそれに関する情報を引っ張り出す。
結果、ほんの数分前に解凍されたことや、そのオブジェクトを使っているユニットのIDなどを割り出した。
「なんとかしてこのユニットと接触しないと……」
上司達や、そのさらに上が欲しがっているものとは違うが、このフラクトライトはとても貴重だ。
研究材料として俄然興味が湧いてきた彼女は、どうにかしようとするものの、何もできなかった。
「どうしましょう……もうフルスペックのSTLは使えないし」
既にプロジェクト開始直後に内部に職員がダイブし、そこにいる初期の人工フラクトライトと接触している。
その時点でこちら側からの干渉としては職務を完了しており、後は人工フラクトライト達の自己進化に任せていた。
そもそも、桐ヶ谷和人の治療に何か影響があってはいけないと、使用は制限されているのだ。
「何か方法は……」
そこまで言って、彼女は言葉を止めた。
次にふっと自嘲げに笑い、ついさっき自分が呟いたことを思い出す。
「きっかけって、思わぬ時にやってくるものね」
パソコンに張り付くように乗り出していた体を戻して、試験型STLに視線をやる。
「長時間はできないけど、数時間程度なら……」
フルスペック型と使う電源元は同じである以上、そう長くダイブすると不自然になる。
それを誤魔化すための言い訳を考えながら、早速オーグマーとパソコンを併用して様々な調整を始めた。
「前に使ってたアカウントは……あった。これを少し設定しなおせば……」
そうして彼女──〝《アンダーワールド》デザイナー:
読んでいただき、ありがとうございます。
次回から学院編。
感想をいただけると嬉しいです。