ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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いよいよ二章開始。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【第二章】研ぎ澄まされる牙
ザッカリア剣術大会 前編


 ノーランガルス北帝国の辺境にある村、ルーリッド。

 

 そこから央都に向かって二、三日行くと、ザッカリアという名の街がある。

 

「ふっ、ふっ……」

 

 街の近郊にある牧場の納屋、その前にあるちょっとした敷地で一人、剣を振る少年がいた。

 

 名をルーク・ベイリー。

 

 かつてルーリッドの村の衛士だった少年にして、今は夢を追いかける者。

 

 彼以外にまだ日も昇らないようなこの時間から起きているものは、少なくともここには誰もいない。

 

 五ヶ月前、共に村を旅立った二人の少年でさえ、まだ納屋の中でワラと一緒に眠っているのだ。

 

 季節は八の月の二十八。

 

 まだ夏の終わりとはいえ、肌寒い早朝に起きるのは余程の勤勉か、愚か者だろう。

 

「左から……右。最後にそこから上」

 

 そしてルークは、ある意味前者であり、後者でもあった。

 

 肌寒い空気など知らぬと言わんばかりに外気に晒された上半身からは、熱を放出するためか熱気が出ている。

 

 同世代の少年たちに比べて極限まで鍛え上げられた体に浮かぶ大量の雫は、一時間の素振りによる成果を現していた。

 

「これで一から十までの型全部……まあ、それなりに安心できる出来だな」

 

 村にある家からそのまま持ってきた練習用の木剣を下ろし、息を整える。

 

 

 

 衛士として早起きが常だった彼は、いつもより更に早く起きてこのように練習に明け暮れていた。

 

 しかしそれは、いつも繰り返す修練ではない。

 

 それよりももっと形式的な、()()()()()()()()()()()()()()によって規定された〝型〟である。

 

「いよいよ今日、か……」

 

 切り株に腰掛けて、ここから三キロルほど離れた街の方を見る。

 

 これから日が昇って、人々が目覚め、街が動き出せば、いよいよ自分たちの夢の第一歩も始まる。

 

 何を隠そう、それは街の住人や、自分のように他の村からやってきた衛士たちによる剣の腕の競い合い。

 

 あの街の衛兵隊に入隊する、たった四つだけ用意されたその栄誉を勝ち取るための、剣士の儀式。

 

 

 

 すなわち──ザッカリア剣術大会。

 

 

 

「思えば、結構遠くに来た気分だな。距離的には村からそう離れちゃいないのに」

 

 かつては村のための諦め、やがて大切な少女を失って怖気付き、行くことを恐れていた。

 

 しかし五ヶ月前、キリトという一人の少年が現れたことで、ルークを取り巻く環境全てが変わった。

 

 一人の少女を助けるため怪物に立ち向かう、なんて御伽噺のような経験をして、もう一度夢を追いかけることにして。

 

「牧場主さんには感謝しかないな……」

 

 そうして五ヶ月前に村を旅立ったはいいものの、さすがにルーク一人の貯蓄で三人分の生活を賄えるはずもなく。

 

 この牧場で働きつつ、幼馴染のユージオと共に《アインクラッド流》なる流派を学んできた。

 

 おかしなことに、あらゆる流派に一つしかない秘奥義の技をいくつも持つその流派には、ルークの持つ剣に合う技もあった。

 

 約半年前の自分よりも、今の自分はさらに一段と力をつけた。

 

 そう、ルークは確信していた。

 

 

 

 ──ィイン。

 

 

 

 突然、耳の奥に響くような音がする。

 

「っと……そうだな。そろそろ休憩も終わりにしとこう」

 

 まるで誰かの言葉に答えるようにそう言って、ルークは切り株から腰を上げた。

 

 それから後ろを振り向いて、座っていた向きとは反対側に立てかけていた相棒を手に取る。

 

 以前より遥かに軽くなったそれは、とても辺境の村の少年のものとは思えないほど立派なものだ。

 

「ふぅー……」

 

 大会を直前にして、早く目が覚めるほどにはやった気持ちを鎮める。

 

 

 

 思い起こすのは、数ヶ月前の死闘。

 

 捕らえられたセルカ、瀕死のユージオ。二人を前にして自分を支配した、〝守りたい〟という心。

 

 強く、強く願ったその想いを再現し、構築し、身体中に満たして、鍔を左手の親指で押し出した。

 

 

 キン──

 

 

 小さな金属音を立て、刀身の根本が鞘から離れる。

 

 スルスルと水を得た魚のように抜けた剣は、薄暗闇の中において美しいともいえる〝白〟を現した。

 

「抜けた、か……」

 

 軽く反りが入った頭身を見つめ、ほっと息を吐く。

 

 この剣は、〝守る〟という意思で固く心を統一した時のみにしか抜けないようなのだ。

 

 あれから随分と時間が経つが、自分の思いが色褪せていないことに安堵を抱いた。

 

「気難しい相棒を持つと大変だよ」

 

 

 ──ィイン。

 

 

 うっすらと光を反射する刀身の中に、一瞬何かの瞳が見えた気がした。

 

 鞘を切り株に置くと、両手で柄を持って構え、いつも通りの鍛錬を開始する。

 

「ふっ、はっ、せいっ!」

 

 一人、剣の世界に没頭するルーク。

 

 そうするうちに空が白み始め、やがて人界全てを照らすソルスが顔を出した。

 

 剣が軽くなったため、それでもなおルークの体力は底を見せず、まだまだ振れそうだ。

 

「あー!」

「やっぱり起きてる!」

 

 そう思ったのも束の間、ルークの世界に二つの元気な声が入ってきた。

 

 反射的に剣を振る手を止め、この牧場主たちの家がある方の道を見ると、二人の幼子が立っている。

 

 同じ顔、同じ髪型や服装などをしたこの双子は、この牧場の娘たちだ。

 

「おはよう、テリン、テルル。早起きだな」

「ルークの方がいつも早起きよ!」

「起こす必要がなくてつまんない」

 

 剣を鞘に収めると、近づいてきた二人はそれぞれ赤いリボンと青いリボンを揺らし、不満そうに言う。

 

 いつもお寝坊なキリトのように、起こせないことに文句を言っているらしい二人に苦笑するしかない。

 

「それにしても、やっぱりすごいねー」

「お父さんのお腹とは大違い」

「まあ、鍛えてるからな」

 

 六つに割れた腹筋を見てキャッキャとはしゃいだ双子は、中の二人を起こすために納屋に入った。

 

 その間に稽古用の道具をまとめ、ちゃんと服を着た上で馬飼いの仕事をするためにルークも中に入った。

 

「信じられないよ、大会当日の朝に一夜漬けだなんて……いや、朝だからその言い方はちょっと違うか」

「アサ漬けでもシバ漬けでもいいよ、型の演舞をするのなんてどうせ一回こっきりだ」

 

 すると、黒髪の友人の方がお気楽なことを言っているのが聞こえた。

 

 ワラを大盛りに積んだ桶を二人とも持っており、こちらに背を向けて気付いている様子はない。

 

 

(……そうだ)

 

 

 ニヤリ、と笑ったルークは、村で害獣の討伐をした時のように気配を消す。

 

 そうすると抜き足差し足、忍び足で談笑する二人に近づき……

 

「わっ!」

「うわっ!?」

「ぐわっ!」

 

 耳元で叫んでやると、二人は面白いくらいにピョンと飛び跳ねた。

 

 肩に顎を激突させないためにさっと顔を引くと、心底びっくりした顔で二人が振り返る。

 

「る、ルーク! なんてことをするんだ!」

「そうだぜ、寝起きの頭にあの大声は響いたぞ?」

「はっはっは、警戒が足りないぞ。そんなんで今日の剣術大会を勝ち抜けるか〜?」

 

 意地悪く笑えば、黒髪の少年の方……キリトはふふんと得意げに笑う。

 

「当たり前だろ? 俺たちは三人揃って最後まで勝ち抜いて、今夜はちゃんとした衛兵隊宿舎のベッドで眠るのさ」

「どこからその自信が出てくるのか、本当に不思議だよ……」

「うむ、その意気込みや良し。ユージオもこいつくらい過信してる方が心が楽だぞ?」

「まったく、昔みたいにからかって……」

 

 一人弱気なことが居心地が悪いのか、拗ねたようにユージオは言う。

 

 その言葉に、そういえば最近の自分は昔……子供の頃のように彼らに接しているな、と思うルークだった。

 

 ある種の感慨にふけっていると、ずっとその場にいた双子がルークの足をツンツンとつつきだした。

 

「もう、私たちを無視しないで!」

「二人とだけ話しててずるいわ」

「おお、すまんすまん」

「それじゃあルークには罰ゲームね。私たちのどっちがテリルで」

「どっちがテルルでしょう?」

 

 きたか、と内心で身構える。

 

 イタズラ好きなこの姉妹は、瓜二つの見た目を使って時折こうやって遊び半分に訪ねてくる。

 

 キリトとユージオを見ると、ニヤニヤとしながら見守っていた。さっきの仕返しに助けてはくれないらしい。

 

「うーん、それじゃあ……」

「「それじゃあ?」」

「こっちがテリルで、こっちがテルルだ」

 

 先にそう言ってから、ルークは同時に二人のことを指差した。

 

 キョトンとした二人は、ルークにからかわれ返されたことに気がついてあははと笑う。

 

「それはずるいわよ、ルーク」

「そうよ、ちゃんと答えて?」

「いやいや、ちゃんと答えたぞ? だってテルルはイタズラする時肩が揺れるからな、すぐにわかったよ」

「えっ?」

 

 思わず反応したのは、赤いリボンをつけているはずのテリンの方だった。

 

「なるほど、そっちがテルルか。またリボンを交換してたな」

「あーん、ばれちゃった」

「ルークはずる賢いから、からかい甲斐がないわっ」

「ははは、俺に勝つにはまだまだ修行不足だ」

 

 わざわざ大げさな態度で言うルークにまた笑い、報酬のマルベリーのパイがあることを伝えた二人は出ていった。

 

「ふう。さて、仕事をするか」

「ルークはいつも正解するなぁ」

「誘導尋問とか上手いんじゃないか?」

「衛兵隊に入ったら使いどころがあるかもな」

 

 たわいもない話をしながら、ルークも馬の餌用の桶にワラを詰め込むと持ち上げた。

 

 かなりの重量のはずだが、かなり軽く感じる。この感覚にもこの半年でようやく慣れてきた。

 

 

 手早く全ての馬に餌を与え、放牧地に出してから厩舎の掃除をするまでが三人の仕事だ。

 

 それが終わると、双子娘と騒々しい朝食の時間を過ごすまでがここ数ヶ月の習慣となっている。

 

 揃って「応援に行くからねー!」と言って家に帰っていった二人に手を振り、三人は作業着から着替える。

 

 いつもならそこで稽古が始まるが、今日こそがその稽古をしてきた理由たる剣術大会だ。

 

「これまでありがとうございました」

「半年近く、お世話になりました」

「こんな風来坊の俺たちを雇ってくれて、感謝してます」

「いいのよ! さ、この弁当持って行ってきな! 負けたら街の衛兵なんざならないで、うちでまた働きな!」

 

 最初に牧場にやってきた時から気前のいい当主の妻、トリザ・ウォルデは挨拶をしにきた彼らに豪快に笑った。

 

 その上昼食まで持たせてくれたことにもう一度感謝して、ルークたちは母屋を出るとザッカリアの街に向かった。

 

「「…………」」

「どうしたお前ら、顔が強張ってるぞ?」

 

 街までの道すがら、キリトとユージオの口数は非常に少ない。

 

 いかにも緊張していますという二人の顔に、振り返ったルークは笑う。

 

「ルークこそ、なんでそんなに落ち着いてるんだよ」

「お前はいつも通りに見えるな」

「そりゃ、十分に練習はしてきたからな。今更他の奴らに劣ってるつもりはないさ」

 

 直前に詰め込んだキリトは、うっとばつが悪そうな顔をする。ユージオがじとっとした目で見た。

 

「あとは勝つだけ、だろ?」

「ルークも案外、自信たっぷりだね……」

「残る不安といえば、ブロックが被らないことを懸念するばかりだな」

 

 ザッカリア剣術大会は、東西南北に分かれたブロックの勝者一人のみが衛兵隊に入ることができる。

 

 そのたった四つの席を五十人以上の剣士や衛士たちが競い合うわけだが、そこで同じブロックになってしまうと不味い。

 

 なぜなら、一緒になってしまえば、少なくとも一人が衛兵隊に入ることができず取り残されるのだ。

 

「まあ、そこは幸運に祈るしかないさ」

「だな。ユージオはともかく、キリトは型を間違えるなよ?」

「わかってるって!」

 

 

 

 会話することで二人の気を和ませながら、ルークはこれから始まるであろう戦いに心を馳せた。

 




次の次で学院編です。

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