ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
楽しんでいただけると嬉しいです。
「ルーク初等錬士、ただいま帰着しました!」
「同じくキリト初等錬士、帰着しました!」
「……刻限から三十八分も遅れていますが」
やや硬い声で報告した二人に、入ってすぐの受付の前で立っていた女性は冷徹に告げた。
この央都セントリアも、他の町や村と同じように一時間と間の30分刻みに鳴る《時告げの鐘》で時を知らせる。
小型の時計のようなものはこの修剣士学院にも存在せず、細かい時間は確認できない。
だというのに、彼女──初等錬士宿舎寮監アズリカは正確に二人の刻限からの時間破りを指摘した。
鋭く細められた冷たい目に、キリトはリーナについて行った実践演習で戦った怪物の前に立ったような気分になる。
「図書館にて、クローマ上級修剣士殿に神聖術の指南を施していただいておりました」
ゴクリと生唾を飲み込んでいる弟分に代わり、ルークがやや慎重に理由を述べた。
「……そうですか」
ほとんど表情を変えず、アズリカはルークの顔を凝視した。
疑い深いその視線に、ルークは至極真面目な顔で見返す。
堂々と誤魔化しをしたルークであるが、これには少し理由がある。
ルルディは、ルークが勉強をすることで刻限破りをしているときに限って、必ず図書館に現れるのだ。
そうしてルークを揶揄い、時折神聖術についてのアドバイスを与えて去っていく。
まるでルークの刻限破りの口実をわざと作っているような言動だ。事実、彼女もそのつもりだとこの一年で確信している。
ここ数年ですっかり生来の抜け目のなさを取り戻したルークは、そんな心優しい先輩の気遣いを存分に活用していた。
「……わかりました。勉強熱心なことは構いませんが、今後気をつけるように」
「肝に命じておきます」
そのうち、フッと小さく息を吐いてアズリカは視線を外した。
小さく頭を下げ、ルークはちらりと横にいる弟分に目線をやると頑張れとアイコンタクトする。
途方にくれたような目で見返してくるキリトに内心苦笑いするルークであった。
「キリト初等錬士?」
「は、はいっ! ソルティリーナ上級修剣士殿に指導時間の延長を指示されました!」
ブルーグレーの瞳でぴしゃりと言いつけたアズリカに背を正し、キリトは口早にそう言う。
アズリカは少しの間ルークに向けていたものと同じ視線を向け、それから決まり事のように嘆息した。
「修剣士の指導を受けるのは傍付きの義務。やむを得ないと判断しますが……」
「……しますが?」
「しかし、あなたの場合をそれを義務ではなく、刻限破りの許可証か何かだと思っているのでは……という疑いを、この一年ついぞ晴らせませんでしたよ」
キリトは礼を解き、ぎこちない笑みを浮かべると右手を頭の後ろに持っていく。
わりとそれに甘んじているルークにも耳の痛い言葉だった。
無論、顔には出さないが。
「い、嫌だなあアズリカ先生。俺の目的はただひたすらに剣技の練達であって、まさかまさかそんなことは……」
「なるほど、良い心がけですね。ではその成果を確認してあげましょうか?」
キリト、二度目の硬直。
彼女は《天職》こそ《北セントリア帝立修剣学院・初等錬士寮寮監》であるが、同時にここの卒業生だ。
狭き門である修剣学院の卒業を果たし、さらには学院の中に教師という立場で残っているほどの存在。
そこに、寮則違反ギリギリの行為をした生徒に恐ろしい指導をする──という噂も加われば、誰もが恐れる寮監の完成だ。
「い、いえ、まだ一年目がやっと終わったところですから、それには及びません」
「そうですか。では一年後、全てを終えたあなたに改めて結果を見せてもらいましょう」
なんとか逃れようとしたキリトであったが、そこまでアズリカは甘くなかった。
固まった表情で「は、ハイ、ゼヒ」と答えたキリトとともにあと少しで食事であることを告げられ、二人は部屋に向かった。
「はぁぁ〜……毎度毎度おっかないよ」
「ハハッ、災難だったなキリト」
「おいっ、そう思うなら少しくらいフォローしてくれたっていいじゃないか! なんでお前は少しだけ対応が優しいんだよ!」
「そんなことないぞ? それにこれは、だらしない弟分を立派にしようという俺の真心であってだな……」
「嘘つけ、さっきちょっとにやけてたろ!」
キリトの追求をのらりくらりとかわしながら、二階の206号室へと寮則すれすれの速さで走る。
その部屋はルークらを含む平民の集められている十人部屋で、一つ下の階の106号室が女子用の部屋となっている。
それ以外は貴族や豪商などの子息子女の部屋であり、つまりは肩身の狭いもの同士で助け合う小規模コミュニティである。
ほんの数分で部屋の前に辿り着き、ルークが扉をあけて二人とも部屋に入った瞬間──
「遅いよ! キリト! それにルークも!」
アズリカよりは幾分か優しい、そんな声が響いた。
発生源は、二人と同じく初等錬士の制服に身を包んだ亜麻色の髪の少年……否、もう青少年と言えるユージオだった。
右奥のベッドに腰掛ける彼もまた、キリトと同じように身長が数セルチほど伸び、体つきも逞しい。
今年でもう19歳になる彼は、村を三人で旅立ってからの二年間、全く変わることなく純真で、そのまま頼もしくなり。
二人を見るグリーンの瞳の輝きは、決して歪むことなくルークたちを安心させた。
「悪い、だいぶ待たせたな。リーナ先輩の稽古が特別厳しくてさ……」
「まったくもう、今日が最後だからわかるけど……まあ、僕もロッソ先輩と話し込んでて結構遅れたんだけどさ」
「へえ、てっきり剣で話し合いだ! みたいになるかと思ってたんだけどな」
「いや、ロッソ先輩はああ見えて──」
快活に笑いながら語るキリトと、呆れながらも微笑を浮かべて答えるユージオ。
そんな二人を、ルークは反対側に並んだベッドの一番奥に腰掛けて微笑ましそうに見守った。
色々と嫌な目にもあったが、それでも三人互いに互いのことを支え、こうしてなんとか過ごしてきた。
何よりもルーク自身が、そうあれるように最大限の努力を重ねてきたのだ。
年に4回ある定期試験では上位3位の成績を収め、座学もその他の演習でも他に文句を言わせない実績を作り。
神聖術も、行使こそ苦手であるが、だからこそ人並み以上の豊富な知識を蓄え、その量で言えば初等錬士一だ。
そんな姿勢を教官や教師たちも気に入り、結果的に常に一緒にいるキリトとユージオをある程度守っている。
それでもやっかみを向けてくる輩もいるが、それは決まって平民風情が、という決まり文句から始まる。
それは、自分がルークより誇れるものがないからこその負け惜しみだ。
それにいちいちカッカするほど生真面目ではないし、むしろ上手くあしらう方法を覚えられた。
上手く立ち回りながら、時折ルルディに翻弄されて、一年という時を過ごしてきたのだ。
──ィイン。
「っと……おい二人とも、そろそろ食堂に行くぞ」
ベッドの下の引き出しから響いた耳鳴りに、ルークは立ち上がって楽しげに話している二人に呼びかけた。
それで気がついたキリトとユージオは顔を見合わせ、そんな二人の肩を叩くと揃って部屋を出た。
206号室の場所が、食堂から一番遠いのは決して偶然ではあるまい。
またもや寮則の限界に挑むような早歩きをして、三人は食前のお祈りに間に合うために食堂を目指した。
朝と夜の七時までに食事を終わらせること、それが本来の原則であるが、しかしこれだけは外せない。
なぜならこれもまた、上級身分の方々に目をつけられないのに必要な〝しっかり者〟の必要事項なのだ。
「なんとか間に合いそうだね」
「だな。上級修剣士の寮はもっとゆるくて自由みたいだから、後少しの辛抱だ」
「それはそうなんだけど、俺は一つ気になることが……」
「もしかして、傍付きのことか?」
ルークが聞くと、キリトはまるで腹痛でもするような顔で頷いた。
「ほら、自分がやる側の間はいいけどさ、誰か指名するってなると……」
「確かに、そう考えるとかなり慎重になるよね」
「ま、変な相手を選ばないよう気をつけるんだな」
そうこうしているうちに、やっと目的地についた。
扉を押し開けると、ざわざわとした喧騒が耳に飛び込んでくる。
一階と二階が吹き抜けになっている食堂は、この百二十人が暮らす初等錬士寮で唯一の男女共用スペースだ。
大半が男子、固まっている残りの女子と、その女子と一緒にいる男子数人と、そんな比率だ。
三人は足早に階段を降り、カウンターで夕食のトレイを受け取って、隅に空いている席に滑り込んだ。
そこで寮長の男子生徒(高等貴族)が立ち上がり、号令をかけて全員で「アヴィ・アドミナ」と聖句を唱和した。
「今日は揚げた白身魚とサラダ、パンが二個か。うん、美味そうだ」
「まったく、昼の休憩に抜け出して蜂蜜パイを買っているのにまだ食べられるのかい?」
「スイーツは別腹なのだよユージオ君。なあルーク?」
「そうだな。金の無駄遣いをしない程度なら、たまにはいいんじゃないか?」
うぐっと苦悶の声を漏らすキリト。彼は週3回ほど学院を抜け出して《跳ね鹿亭》の蜂蜜パイを買い食いしている。
「ルークはすごいよね。もうかなりお金を持ってるんじゃないの?」
「ん、まあな。いつ必要になるかわからないし」
村で貯めた貯金と衛兵隊に入ってから稼いだ給料、そして学外で認められている央都民の手伝いの賃金。
そのほぼ全てを、ルークはいざという時のために貯蓄していた。使うのは白剣の手入れ道具と日用品程度だ。
「おいお前ら、俺への当てつけか……」
「そう思うなら買い食いは控えたほうがいいんじゃない? もう半分くらいなんじゃないの?」
「くうっ、可愛くないぞユージオ!」
「まったく羨ましい話ですなぁ、ライオス殿!」
楽しい雑談に混ざる、耳障りな声が一つ。
「我らが汗水垂らして掃除した食堂に、後から悠々とやって来てただ食べるだけとは、いや本当に羨ましい!」
「まあ、そう言うなウンベール。傍付き錬士の方々にも、きっと我らには計り知れぬ苦労があるのだろうよ」
「それもそうですな。聞くところによれば、傍付きは言われるがままになんでもしなくてはいけないとか!」
「おお、恐ろしい。《禁令持ち》や平民出の者の傍付きなどにされてしまったら何を言われるかわかったものではないぞ!」
三人の後ろ、背中合わせの形に座った二人組。
如何にもといったいやらしい笑みを浮かべ、これ見よがしに大声を張り上げる彼らは、当然のように貴族。
ルークたちにちょっかいをかけてくる
(言っちゃ悪いが、攻める隙のないルル先輩のことを言わないあたり、こいつらもなんというか……)
姑息、という一言がルークの頭に思い浮かんだ。
「…………」
「我慢だよキリト」
色々と計算を施されたその嫌み(通算一年皆勤賞)に、二人の弟分が声を潜めて互いを抑制した。
彼らの言ううち、《禁令持ち》とはハイ・ノルキア流の継承を禁じられたソルティリーナのこと。
そして平民出とは、三人と同じく衛兵隊出身のユージオが付いている上級修剣士のゴルゴロッソのことだ。
二人とも、それぞれの先輩を心から尊敬しており……
「おや、この汚れはどうしたことか!」
そんな弟分たちを馬鹿にされて、ルークが黙っていようはずもなかった。
「ルーク?」
「あっ……」
声を上げるユージオと、何かを察してニヤリとほくそ笑むキリト。
それとは対照的に、笑みを浮かべていた二人は不快げに顔を歪めた。
「よく見ればこの机、埃が少しばかり残っているじゃないか! いやあ、この食堂を掃除した貴族の方々はよっぽど
「……おい貴様、平民風情が俺たちを」
「やめろ、ウンベール」
ライオスが諌めるが、すでに遅い。
沸点の低いウンベール……後ろに髪を流して固めた方……の睨みつけに、ルークはにっこりと笑った。
「おや、どういたしましたジーゼック殿? 俺の
「貴様ッ……!」
目線だけで殺さんと言わんばかりに睨みつけるウンベールだが、それ以上何も言えない。
彼らは先ほど、「後から悠々とやって来て」と言うことで三人を限定し、罵倒してきた。
それとは反対に、ルークは「掃除した貴族の方々」としか言っていない。この八割が貴族である初等錬士の中で、だ。
つまりここで噛み付けば、自分こそがそうだと白状するようなもの。
瞬間湯沸かし沸騰器のように頭に血が上っているウンベールでも、その程度のことは理解できた。
「……フン」
故に、ウンベールはそのまま前に姿勢を戻す。
ルークはそれを見届け、そのタイミングでちらりと視線だけを寄越したライオスにも笑顔を送った。
「……チッ」
それからようやく、自分を挟むように座る二人を見ると……何故かその手が自分の皿に伸びている。
視線を落とせば、白味魚の揚げ物の切れ端が二つほどある。
明らかに両隣から付け足されていた。
「ありがとね、ルーク」
「お前はいつも頭が切れるな」
「……ったく、ちゃんと食わないといつまでも俺の身長を抜けないぜ?」
皮肉げに言いながらも、優しい弟分たちにルークの口元は弧を描いていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
感想をいただけると嬉しいです。