ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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久々に投稿です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


休息日 中編

 

「ルーク君、準備できたから来て〜」

「っ、はい」

 

 ルルディの声に、ふと我に帰るルーク。

 

 飾りをポケットにねじ込むと、やや早い足取りで風呂場へと移動した。

 

「制服は脱いで。切った髪だらけのまま服を洗うと、天命が損耗するよ?」

「あ、はい」

 

 言われるがまま、初等錬士の制服を脱いでいく。

 

 露わになったルークの体は、元より巌のように鍛え抜かれていたものが、この一年で更に洗練されていた。

 

 村にいた頃に着ていたものより優先度(ブライオリティ)の高いそれを大事に畳み、置いておく。

 

「じゃあここに座ってくれるかな」

「わかりました」

 

 ルルディが背もたれに手をかけた椅子に座り、正面に置かれた鏡を見る。

 

 縦に長方形のそれは、流石は央都の修剣学院と言うべきか、村の教会に使われていたガラスよりずっと透き通っている。

 

 そこに映る自分の顔を眺めていると、背後に道具を持ったルルディが映り込んだ。

 

「さ、目を閉じて。髪が入ってしまうからね」

「……はい」

 

 キラリと光るハサミを視界の隅に、ルークは自ら目蓋を落とした。

 

 

 暗闇に閉ざされる視界。

 

 

 途端に感覚は曖昧なものとなり、自分が腰を落ち着けている椅子の感触だけが実感を伝えてくる。

 

 その代わりに肌が、耳がその鋭さを増し、ルルディの足音や衣擦れの音、暗闇の世界を教えた。

 

 

 

 自然とそれに意識を集中するルークの体に、ルルディが髪を付着させない為のシーツをかけた。

 

 その微かな重みがルークの体を不自由にした中で、ルルディはおさげを保つ革紐を解く。

 

 ふわりと広かった長い銀髪が、後ろの窓から差し込む陽光に照らされながら背中に落ちた。

 

「本当に長いねえ。ね、ちょっと女子用の制服着てみないかい?」

「いや、着れるわけないでしょう。というか女の子扱いするのやめてくださいよ……」

「冗談だよ、冗談」

 

 この一年ですっかり通例となったやり取りを交わし、そして散髪が始まる。

 

 ルルディの細い指が髪を掬う感触、櫛で髪の方向を整えられる感触。

 

 そして、ハサミが入れられる感触。その一つ一つを感じ取りながら、ルークは考える。

 

 

(……ルル先輩の耳飾り。あれは間違いなく、俺の飾りと一緒だった)

 

 

 実はここに入ってきた時、振り返った拍子に髪が揺れ、もう一度あの耳飾りをルークは見ていた。

 

 

 普段から付けていたのか、それとも今日に限って付けたのか。

 

 

 わざわざ長い方の髪で隠れる左耳にのみ付けていたのも、どこか故意的に感じられる。

 

 だとしたら、その意味は何か。なぜ一年前もその後も正体を隠していたのか、自分に近付いた目的は何か。

 

 様々な考えがルークの頭の中を駆け巡り、やがて真意はどうあれまず話を聞く、という結論に収束していく。

 

「そういえば」

 

 そして、ルークが口を開いた時だった。

 

「君はこの一年足繁く図書館に通っていたけど、こんな話を知っているかな?」

 

 急な問いかけに口を開けたまま固まったルークに、ルルディは語りかける。

 

「とある御伽噺。図書館の隅っこ、古い伝説の本に書かれたお話」

「……御伽噺、ですか」

 

 生憎とルークは、あの図書館では勉学に関する書物しか読んでいない。

 

 生来の世話好きもあって、村にいた頃は子供達に話す為に御伽噺も網羅していたものだが、もう朧げだ。

 

 黙り込んでしまったルークにルルディは口元に弧を描いて、続きを話した。

 

「かつて、まだこの都はなく、公理教会もなく。それよりも遠き昔、神々がこの世界を作りたもうたその時より生きる、古き竜がいた」

「……っ!」

「彼らは四方に散らばり、そこにあるダークテリトリーからの道を塞いで人界を守護した。故に守護竜と呼ばれ、彼らは神聖視された」

「……その話なら、知ってます」

 

 ルークも、その話は聞いたことがある。

 

 思い出したと言うべきか。ルルディの語るその始まり方に、ルークは覚えがあった。

 

「〝東の岩山に鎮座せし青き大竜。その荒々しさたるや、ダークテリトリーの怪物すら歯牙にも掛けず〟」

「〝西の火山の支配者なる赤き蛇竜。その逞しき翼たるや他の三竜を凌ぐ素早さを持ち、紅蓮の炎は水すら焼き尽くす〟」

「〝南の森に潜む黒き豪竜。その慈愛は大きく、遍くものに恵みを与え、財を尊ぶ〟」

 

 順番に、交互に御伽噺を紡ぐ。

 

 二人だけの部屋に静かに響くその声は、ルークの髪が切り落とされる度に滑らかに重なり合う。

 

 まるで、元からそうであるかのように。二つの声で織りなす伝説は……最後にある者を示した。

 

「「〝北の洞窟に君臨せし白き竜。その誇り高さたるや神にも届き、気高き心は相応しき者を待つ〟」」

 

 完全に重なる声音。

 

 

 

 ──ィイン。

 

 

 

 答えるように、耳の奥にあの音が響いた。

 

「〝我ら守護竜、永遠(とわ)にこの地を守らん。たとえ命尽き果て、骸となろうとも〟」

「〝やがて、世界が終わるその時に。我らは再び羽ばたかん〟……ですよね」

「そうそう。知ってるじゃないか」

「故郷にもあったので」

 

 ベルクーリと北の洞窟の白い竜の物語。

 

 それと同じほど古くから、ルーリッドにも人界を守る四匹の竜の話があった。

 

 結果的に白竜は骸となって実在し、青薔薇の剣もあったわけだが、久しく忘れていた御伽噺だ。

 

「夢がある話だと思わないかい? 御伽噺では、その竜達は整合騎士の駆る飛竜より大きく、言葉すら使う知能を持っていたとか。そんな竜が本当にいたのだろうか?」

 

 目に見えずとも、ルルディが笑っているのがわかった。

 

 どこか試すような口調のそれに、ルークは思考を働かせながら慎重に答える。

 

「……そういう事もあるかもしれませんよ」

「まあ、御伽噺だものね……でも、たとえ骸になろうとも、なんて。それこそありえない。この世界のものは皆全て、天命を全うすればステイシア神の元に召されるのに」

「御伽噺になるほど大層な竜なら、それこそ()()()()()()()()意思があるんじゃ?」

「確かに。〝相応しい者〟がいれば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 二人はそこで会話を途切れさせた。

 

 後にはチョキチョキと、髪を切る音のみが響く。

 

 

(……ああ、やっぱりこの人だ)

 

 

()()()()

 

 我ながら白々しいこのやり取りで、完全に疑問は確証へと変化した。

 

 だが、だからといってそれを口には出さない。そもそも今は散髪中なのだ、下手に動けば怪我をする。

 

「ああ、そういえばこんなのは知っているかい? 人界を囲む不朽の壁に時折現れる〝炎の騎士〟の話は」

「ええ、二十年前からある伝承ですよね」

「ああ。実はこの前市街で聞いたのだがね……」

 

 ルークは待った。

 

 大人しく、目を開く事もなく、なされるがままに、いつも通りにルルディと会話を交わした。

 

 必要以上に気構える事もなく時間は過ぎていき、そして八時の鐘が窓の外から響いた頃。

 

「システム・コール、ジェネレート・エアリアル・エレメント、ディスチャージ……はい。もう目を開けていいよ」

「はい」

 

 細かい髪を水で洗い流し、風素によってものの数秒ほどで乾かされる。

 

 ゆっくりと目を開けたルークは……村にいた頃と同じ程度の長さをした自分の髪を見て頷いた。

 

「このくらいでどうかな?」

「……はい、丁度いいです。本当にありがとうございました」

「ふふ。これならお金も取れるかしら」

「《髪切り》の天職を持ってないから、そりゃあダメでしょう」

「あら残念」

 

 至極普段通りに話しながら、二人はその場を片付ける。

 

 道具を仕舞い、床に散らばった髪を風素で集め、熱素で安全に燃やす。

 

 

 掃除は傍付きの役目であるので、楽しそうに見守るルルディの前で苦労して神聖術を行使した。

 

 なんとか自分の髪を処理したルークが制服を着て、それから応接間の方に戻るとルルディが棚の方に行った。

 

「君はあっさりとした味の方が好きだったね?」

「はい。ですがルル先輩のご希望に……」

「まあ、そうかしこまらない。どうせもう少しでお別れなんだから、ね?」

「……では、不躾ながらお願いいたします」

「了解♪」

 

 ふんふん、とルークの知らないメロディを口ずさみ、紅茶を用意するルルディ。

 

 

 やはり不思議な女性だ。

 

 貴族らしくなく、かと言って自分と同じように平民らしいというわけでもなく。

 

 結局この一年間、その実力の底すらも見せなかった。

 

 誰より傍にいたからこそ、一度も彼女がこの一年を通して本気にならなかった事をルークは知っていた。

 

 その理由が、あの日の邂逅にあるのなら。

 

 様々な知識や思い出をくれた、ミステリアスながらも憎めない女性との出会いが、偶然でないのなら。

 

 

 

 彼女が、自分のためにここにいるのならば。

 

 

 

 それならばきっとルークは……やはりこの人を心から尊敬するのだろうと、そう思った。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 差し出された紅茶を、ルルディが席について自分のものを飲んでから口をつける。

 

 彼女がこの部屋を訪れる度に淹れてくれた紅茶の味は、これまでと変わらずルークの好みに的中していた。

 

「さてと」

 

 紅茶の味を楽しんで、少し。

 

 そう言いながらカップをソーサーに置いたルルディは、ルークのことを真っ直ぐに見る。

 

 これまで常に不透明なところのあった目線は真剣で、ルークもカップを置いて真正面から見返した。

 

 

 

()()()()()()()?」

 

 

 

 それは、認めたのと同じ意味の質問であった。

 

「そう、ですね……」

 

 今更それを聞くはずもなく、ルークは顎に折り曲げた人差し指を当てて考える。

 

 しばらく無言で考えて、まずはポケットから例のものを出して机に置く。

 

「懐かしい。君の勘が鋭くて、つい落として逃げてしまったのだったね」

 

 狼狽えることもなく、懐かしげな顔でルルディはその飾りを見る。

 

「それで? まずはあの日のことを聞きたいのかな?」

「はい、()()()

「いいわ……でもそれには先に、私が何者かから話さないとね」

 

 スゥ、と息を吸うルルディ。

 

 胸に手を当て、目を閉じた彼女は吸い込んだ息を吐き出して。

 

 

 

「私はこの世界の外……この人界と暗黒界と呼ばれる一つの世界を管理する場所からやってきた」

 

 

 

 それから、そう言った。

 

「……じゃあ、ルル先輩は神様なんですか?」

 

 ルークは、さほど大きな反応はしなかった。

 

 驚きもある。困惑だってしている。

 

 

 

 だが、()()()()

 

 

 

 もしかしたらと……そうなのではないかと、キリトが現れたあの日から、ずっと思ってきたから。

 

 そんな反応を返したルークに少しの間ルルディは硬直して、それからふふっと小さく笑った。

 

「まさか。私はただ、この世界の形を決めて、最初にほんのデザインしただけ。この世界の神というのならば、もっと別の人達」

「まるで他人事みたいに言うんですね」

「この世界に来る時に、私は〝あっち側〟の記憶をある程度制限した。そしてこのルルディ・クローマという人格(ユニット)を復活させた」

「だから目的も自分が誰かも覚えていても、それが何故そうなのかはわからないって、あの日言ったんですね」

「君は本当に考えが柔軟だね」

 

 それはとても良いことよと言いながら、ルルディは笑う。

 

 実際、ルルディから……〝彼女〟から見ても、ルークの思考は群を抜いて()()()()()ものだ。

 

 到底納得できないだろう話を受け止める、この世界の人間とは思えないほどの覚悟。

 

 その上で内心の動揺を抑え、ルルディの言葉の意味を正確に理解する回転の速さ。

 

 

(やっぱり、彼ならば《A.L.I.C.E》にも……)

 

 

 自分でも、どうして固執するのか分からない《A.L.I.C.E》という存在に頭が支配されそうになる。

 

 それを寸前で振り払い、勤めて平静にルルディは何かを考えているルークを見た。

 

「……だったら」

「ん?」

「だったら、ルル先輩がかつての初代上級修剣士次席の生き写しという話も?」

「君の予想通り。それはかつてこの世界にいた私。このユニットの情報を少し弄って生まれたのが、今君の前にいる私だ」

「なぜ、そんなことを?」

 

 聞き返すルークに、〝彼女〟はすっと細い指をその胸に向けると。

 

 

 

「君だ。君が私を、もう一度この世界に誘った」

 

 

 

 はっきりと、断言した。

 




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