ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
話の展開が我ながら早い気がする。
楽しんでいただけると嬉しいです。
あの休息日から数日後、最後の試験。
その日、結局ルルディは不動の3位から退くことはなかった。
最後の最後まで手を抜くことなく、されど決して本気を出すわけでもなく地位を維持した。
彼女にとって順位は所詮、本来の目的を果たすための必要事項に過ぎなかったのだろう。
代わりに、キリトの先日の騒動で何かを掴んだらしいソルティリーナ次席がウォロを破った。
が、ルークにとってはあまり関係はない。
無論キリトに関しては、今後十分に注意するようユージオと共に言い聞かせはしたが。
うへぇといった弟分の顔が今でも目に浮かぶ。
ともあれ、そうして彼女は卒業と共にこの学院を去り──そして、消えた。
最初から存在しなかったように、誰もが彼女のことを口にはしなかった。
学院の教官も、傍付きの地位を妬んでいた連中も、誰も彼もがその名を忘れたようで。
ああ、彼女は行ってしまったのだろう。ルークはそう思った。
けれど、だからこそ彼女の信頼に応えなくてはいけないとも思った。
だからこそ、ルークは同様に最終試験においてある程度の実力を解放した。
結果は──見事、初等錬士中序列3位。
最後に自分に何かを託した、尊敬する彼女の地位を、ルークは引き継いだのだ。
キリトとユージオもしっかりと五位、六位にそれぞれ収まり、上級修剣士の地位を勝ち取った。
唯一誤算だったのは、あのライオスとウンベールが主席と次席についたこと。
それまでの低い順位が嘘のようで……否、実際に嘘だったのだろう。
普段は抜けているところもあるが、頭の回転の早い弟分は彼らのプライドが所以だと言った。
あの二人が誰かの傍付きになって、あくせく働くなんて思えない──なるほど納得できる。
しかし、小狡い彼らはその地位は欲しかったのだ。
その為にひた隠しにしていた実力をさらけ出し、その気迫はゴブリンと戦った彼をして戦慄した。
こうしてあの厄介な貴族二人は、ルークの上に文字通り目の上のたんこぶになったわけで。
「はぁ……また大変な一年になりそうだ」
誰にも聞かれぬよう、ルークは小さな声で呟いて、一緒にため息も吐いた。
学年末最終試験を終えてから最初の休息日、ルークは練習用の木剣を買いに出かけている。
つい先日、この一年を共にした相棒がポッキリといってしまったのだ。
体の成長とルルディのあまりに正確な指導により、ルークは益々強くなっている。
加えて、彼がキリトから奥義を教わり昇華した独特の剣技は、その手数による利が大きい。
その為、いくら頑丈な白金樫の木剣と言えども、彼の努力と成長にはついていけず。
結果、ずっと溜め込んでいた貯金の一部を切り崩して新しいものを繕う必要が生じた。
あと少しでお別れとなる初頭錬士の制服に身を包み、北セントリア央都を闊歩する。
「お食事はいかがですかー」
「ぜひ見てってくれ! うちの食材は一品だぞ!」
「蜂蜜パイ、焼き上がりましたー!」
今日も今日とて、休息日の市場は賑わっている。
元気に客を呼び込む人々に、ルークはふと微笑んでしまう。
おかしかったからではない。
むしろその逆……自分の故郷とはあまりに違う彼らの熱量、活発に溢れる心。
絶対なる公理教会によって守られた平和の中で笑顔を浮かべ生きる彼らに触発された。
いずれ、あの高い塔の果てに行く為に戦うとしても。
それでも弟分のキリトやユージオほどではないが、彼らのこの表情を尊いと思うのだ。
(なんて、我ながらクサいかな)
自分の内心に、ちょっぴり恥ずかしくなったルークは歩く速度を早めた。
それから七区へと赴き、鍛冶屋で新たな木剣を買った。
「ちょっと余ったな」
店を出て、手の中に残った数枚のシアを握りしめながらぼやく。
もう一方の手には買ったばかりの木剣が布袋に包まれて握られている。
「これだけあるなら、蜂蜜パイも買えるか」
いつも休息日に買い食いに出かけるキリトがくれた菓子を思い出し、顔を綻ばせる。
そこでふと、隣にある店に目がいった。
看板に《サードレ金細工店》と銘打たれたそこは、彫金の店。
同時に、キリトがルーリッドから持ってきたギガスシダーの枝を一振りの剣に変えた店でもある。
あの悪魔の樹の天辺、最もソルスの恵みを受けた枝を、店主が見事一年かけて剣へと削った。
例の一件の後、キリトに見せてもらってゾクッとした。
もう数年も前、白竜の牙から削り出した愛剣を初めて見たときと同じ感覚だ。
まあ、その試し振りをしていて、キリトはウォロに目をつけられたのだが。
「まったく、トラブルに事欠かないやつだよ」
店から視線を外し、くくっと一人堪え笑いをしたルークは歩き出す。
脇道から七区を抜け、大通りの方へ出る。
そして行きがけに前を通った店に行き、ギリギリ残っていた蜂蜜パイを一つ買った。
初めて自分で買ったそれを手に、大通りの奥にある広場に向かう。
人で混み合った通りを行き、いくつか階段を登ればあっという間に到着だ。
「いつ見てもここは広いなぁ」
シンボルのように中央に石柱がそびえた、円形の広場。
この北セントリア央都の名所であり、周囲は央都民の住宅に囲まれている。
何より特徴的なのは、石柱の下に咲き誇る花の数々。
よく手入れされたその花壇は、別段花を育てることのないルークでも時々見にくる程綺麗だ。
キリトが卒業の日、ソルティリーナに贈ったゼフィリアの花の花束を思い返しながらベンチに座る。
「さて、じゃあ早速いただきますかねっと」
包みからパイを取り出す。
かろうじてまだ暖かいそれを一緒に入っていた紙で軽く包み、そして口に運んで──
「……ん?」
ふと、動きを止めるルーク。
ゆっくりと口を閉じ、口元に持ってきていたパイを下ろす。
その行動の理由は、視界の端におかしなものが目に映ったから。
広場の端、脇道に入るための小路の入口のあたり。
そこで何やら、数人の学院生らしき男に少女が詰め寄られている。
男達は、いかにも傲慢なにやけた面で鬱陶しそうにする少女に何やら声をかけていた。
この一年でうんざりとする程見た、貴族に多く見られる顔だ。
とても仲のよさげな集団とは思えない。
「……見過ごしても、このパイが不味くなるよなぁ」
軽く嘆息し、パイを包みに戻して立ち上がる。
そのまま片手に引っさげて、彼らの方に歩いていった。
貴族相手では分が悪いとか、特にそういう風に考えはしない。
そういうものに屈さないと、8年前に自分に誓った。
「おい、お前ら」
「あ?」
「なんだ貴様、この私に向かってお前とは無礼な──」
振り返った彼らは、案の定見覚えのある貴族の子息達で。
そして、試験で圧倒的実力を見せたルークを前に一斉に顔を引きつらせた。
「き、貴様、平民の……」
「悪いけどさ、坊ちゃん方。その辺りにしてくれないか?」
「なぜ貴様のような輩に我らが──」
「禁忌目録。その項目には確か、婚姻前の子女を誘惑してはいけないってあったよな?」
むぐ、と押し黙る子息達。
いくら彼らが力ある貴族の息子らであろうとも、それだけには逆らえない。
そして、正確に禁忌目録を丸暗記したルークの言葉は真実であった。
「ふ、ふん! 誰がこのような小娘! 行くぞお前達!」
「覚えておけ、この平民が」
ルークを睨みつけ、ブツブツと恨み節を吐きながら去る貴族達。
「平民平民って、お前らそれしか言えないのか」
その後ろ姿を見送り、ルークは肩をすくめた。
「で、君は大丈夫か?」
振り返り、ルークは息を呑んだ。
彼らが絡んでいた少女。
遠目からではわからなかったが、彼女はあまりに美しい容姿をしていた。
背中まで伸びる、艶やかな紫色の髪。
無感情にこちらを見上げるくっきりとした大きな瞳と、小動物じみた小ぶりな口に筋の通った小鼻。
背丈はルークより頭一つと半分ほど低いものの、女性らしい服に隠された体は細く、均整。
あの女性を彷彿とさせる、ミステリアスな可憐さ。
例の如く心動きはしなかったが、ああと納得してしまう。
確かにプライドの高い彼ら貴族ならば、このような少女は放ってはおくまい。
「……ありがとう。助かった」
鈴を転がすような美声に、はっとルークは我に返る。
「……いや、困ってそうだったからな。こういう時はお互い様ってやつだ」
「でも私、あなたに何もしてない」
「じゃあ次に会った時、パイでも奢ってくれ」
ルルディをイメージしながら、なるべく気さくに話しかける。
正直、セルカのような年下の村の少女しか会話の経験はないが、ここで無言もありえない。
「パイ?」
こてん、と無表情のままに首を傾げる少女。
そして次の瞬間、ぐぅとお腹が鳴った。
二人して少女のお腹を見下ろす。
「……これ、食うか?」
反射的にルークは、包みを持った手を胸の辺りまで掲げた。
少女はじっとそれを見て、ややあってコクコクと頷く。
「立ち食いもなんだから、あっち行くか」
「ん」
先程までいたベンチに少女を誘い、二人で座る。
そうすると包みから一口もつけていないパイを取り出し、少女に差し出した。
「いいの?」
「さっき頷いたじゃないか。ま、お節介のおまけとでも思ってくれ」
「……感謝する」
ほっそりとした白い指でパイを受け取り、少女はじっと見つめる。
「はむ」
小さな口がパイの一部を包み込むまで、さほど時間はなかった。
「……!」
モグモグと口を動かした少女は次第に目を見開き、瞳を輝かせる。
既に冷めてしまったものの、どうやらその味は変わらなかったらしい。
「そんな顔してくれるなら、わざわざ釣りを使って買った甲斐があるよ」
「はむ、はむ……」
三度目のありがとうを言いたいのか、口を仕切に動かしながら頷く少女。
本当に小動物じみた仕草に、ルークはなんだかほっこりとしてきた。
(──この子、それなりに鍛えてるな)
同時に、さりげなく観察をしてそう思い至る。
今でこそパイに夢中になっているものの、彼女は隙のない雰囲気を醸し出している。
体のバランスの均等さも鍛えたもの由来であり、無駄な肉がなく。
きっと、やろうと思えばあの貴族たちもあしらえたに違いない。
まあ故意に他人の天命を減らす事は禁忌目録違反なので、だからこそどうにもできなかったのだろうが。
「……そういうとこまでそっくりか」
袖をまくる。
そこには卒業の日、ルルディから受け取ったもう一方のイヤリングと合わせ、二つの飾りが紐で繋がれていた。
──君にこれもあげよう。誰にも〝私〟は残らないだろうが、君には残ってほしい。
その言葉と共に、彼女は自分の手の中にこれを転がして、そのまま歩き去った。
「……それ、綺麗」
パイを食べ終わったらしい少女が覗き込み、ぽつりと感想を漏らす。
「ん、そうか? 大切な人からの贈り物なんだ」
「恋人?」
「いや、もっと尊敬する人さ」
そう笑いながら言って、ルークは袖を元に戻した。
膝に手を置き、一息に立ち上がると少女を見下ろす。
「じゃあ、俺はこれで。またどこかで会ったら、その時は挨拶くらいしてくれると嬉しい」
「……あなたは、剣士?」
唐突な質問にきょとんとする。
それから少女の目線の先を追いかけて、自分が右肩に吊るした布袋の存在に納得した。
彼女がどこから来たのかわからないが、これを持って学院の制服を着ていればわからないはずがない。
「ああ、俺は北セントリア修剣学院の──」
初等錬士、と答えようとして言葉を止めた。
不思議そうにする少女に、ニッとルークは笑い直して。
「──上級修剣士第三位、ルークだ」
「……ルーク。覚えた」
少女は、何度か口の中で名前を口ずさみ、頷く。
「それじゃあまたな」
「ん。またどこかで」
手を振る少女に、ルークは踵を返して学院へと戻っていったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
あと三話くらいやって、この章はおしまいです。