ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
ども、作者です。
深夜投稿。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「……あった」
図書館の一角。
古い物語の類が収められた棚の前で、ルークは一冊の本を手にそう呟く。
古ぼけた表紙に向けて人差し指を中指を揃え、模様を描いて軽く押す。
小さく鈴が鳴るような音と共に表示された《ステイシアの窓》には、随分最大値の少ない天命が刻まれていた。
新品の本の三分の一ほどしかないそれは、本が古くからこの場所にある事を物語っている。
「幸い、まだ読めそうだな」
この本の存在を教えてくれた学院生の女子に内心感謝し、ルークは小さくそう述べた。
窓を閉じ、表面の埃を軽く払うと本を片手にテーブルのほうに行く。
窓際の席に腰を落ち着け、オレンジ色の陽光を灯り替わりとする。
正午から四つの鐘の音が過ぎた夕暮れの図書館で、一人だけの読書の時間。
それがルークの、この学院であの二人との時以外で最も心安らぐ時間だった。
くすんだ表紙をめくり、古い紙の匂いを放ちながら、本は物語を始める。
〝まず、はじめに。これは私の物語ではありません。私の大事な、二人の友人のお話です〟
そんな出だしから始まった文章。
黄ばんだページの中央に綴られた一文に、ページを捲る。
「ふむ……」
そして、ルークは感嘆のような声を漏らした。
そこには手書きのものだろう一枚の挿絵が差し込まれており、風景が描かれていた。
二人の男女が、木漏れ日の挿し込む場所で談笑する風景。
片方は背の高く、挿絵ながら精悍な顔つきの男で……もう一人は、特徴的な髪型の美しい女。
場所は……背景から察するに、この学院の広大な庭のどこかだろうか。
二人は、とても楽しそうに微笑みあっていた。
繊細かつ柔らかなタッチで描かれたその横顔は……互いが想いあっていることが伝わって。
ああ、とルークは思わず声を上げてしまう。
「……貴女は、昔から変わらずにいたんですね」
その言葉を知る者はおらず、ルークは一人ページを繰る。
〝彼らが、その友人。二人は貴族で、天と地の差ほど身分の違いがありました〟
その言葉に、ルークはこの本……否、学院生の間に伝わる手記の書き手を想像する。
内容から推測するに、彼女は平民で、そしてこの二人は上位貴族だったのだろう。
〝彼らはとても強く、気高く、貴族としてあるべき姿そのもので、なんの取り柄もない私とは大違いでした〟
彼女のことを思い出す。
強く、気高く、美しく。
茶目っ気もあった彼女は、今時では
実の所、この学院の中だけを見ても貴族達の性質は堕落に傾倒している。
上位の貴族であればあるほどそれは色濃く、ライオスとウンベールが良い例だろう。
まだ貴族らしい高潔さを持つのは下位貴族で、一等〜三等になると悲惨と言わざるを得ない。
そんな中で誰より正しい〝貴さ〟を持っていたのは、彼女ただ一人だけだった。
〝けれどただ一度、彼らに接する機会があったのです〟
書き手は語る。
試験を前に勉学に多少苦難した彼ら二人に、神聖術のやり方を少し教えた。
たったそれだけ。
それだけなのに、彼らはそれを恩として。更には書き手の友になった。
貴族と平民。この世界では決して交わることのない二つの身分。
異端だろうその間柄は、けれど綴る文字からは一文字だって劣等感などなかった。
書き手はどうやら、心から二人を尊敬し、友人として敬愛していたらしい。
〝本当に、良い人達でした。私が神聖術を教えて、彼らが私に剣を教えてくれた。この学院にいる時間は、私にとって宝物でした〟
優しい文字だった。
何も良いことばかりでもなかっただろう。彼らが良くとも、周りはそうは言わない。
だというのに、微笑みをもって書いていることが想像できるほどにその文字には心が込もっている。
〝二人は、互いの存在で己を磨く関係でした。常に相手を追い越そうと、隣に立ち続けようとするように〟
同じ貴族として、そして剣士として。
彼と彼女は切磋琢磨しあい、常に試験で一位の座を競い合っては戦っていた。
例えば勉学。例えば神聖術の腕前。
例えば知恵、知識、貴族としての心得。
──そして、剣。
それは憎しみでも嫉妬でもなく、純粋なる敬意と挑戦心からの関係だと文字は語る。
〝そして彼らにとって、剣が互いの心をぶつけ合う証明でした。不躾ながらも、一番近くにいて見ていた私がそう言うのだから間違いありません〟
それはまるで、恋物語の逢瀬のように。
剣の腕が己の存在を表すこの箱庭において、二人はただ互いのために技を磨いたという。
書き手は、それこそが彼と彼女が最大限に心を通わせる方法だったのだと語る。
〝彼らにその自覚はなかったでしょう。けれど、本当に……本当に、幸せそうだったのです。こちらが笑顔になるほどに〟
その言葉の後にも、書き手は日常における二人のことを書いていた。
共に励み、共に食べ、共に笑い……常に一緒に、まるで二人で一振りの剣のような真っ直ぐさで。
きっと最初の挿絵は、その一つだったのだろう。
ふと、これの存在を教えてくれた下位貴族の女学院生の表情を思い出す。
「確かに、女の子はこんな話が好きかもな」
ルークは興奮した表情で語ってくれた授業仲間に、少し笑った。
この本を探そうと思ったきっかけは、ただ少し気になっただけ。
もうすぐ〝彼女〟のいた部屋に住まうことになるから、ちゃんと知っておきたかったのだ。
かつての彼女が、この学院で何を心に生きていたのかを。
〝やがて彼女達は上級修剣士となり、私も恥ずかしながらその末席として二人を間近で見ていました〟
当時から上級修剣士寮の仕組みは変わらず、二人一組。
婚前の男女が一つ屋根の下か、と思ったものの、規則である以上は従ったのだろう。
(まあ男が女を襲えば禁忌目録違反であるからありえないか)
思い直して読み進めるルーク。
〝そうなってから、二人の距離は縮まったように思えます。元より良き仲でありましたが、特に────さんは彼のことを……〟
ほう、とルークは一部の掠れたそのページに目を細める。
いよいよ女学院生の語った〝ここからが本番〟に入ってきたのだろう。
〝ある時、彼女は私に聞きました。「自分は彼に相応しいか」と〟
私は思わず笑ってしまいました、と続いていた。
読みながら確かに、とルークも思った。
このような間柄を築いてきたのに、今更互い以上の相手がいるはずもないだろう。
想像もできない、恋に悩む〝彼女〟を想像しながら指を動かす。
〝何故そんなことを聞くの? と問えば、彼女は言いました。「私はいつか儚く消えてしまうかもしれないから」〟
心臓が、跳ねた。
彼女は当時、今よりもさらに記憶を制限してこの世界にやってきたとあの日に語った。
それでもどこか、魂のようなもので理解していたのだろう──自分はいつかこの世界から出ていくのだ、と。
〝私は見たこともないくらい弱々しい彼女に、こう答えました。「貴女の心は今、どこにあるの?」と〟
そう言えば彼女は決意し、彼との関係を進めようとしたのだという。
「心の居場所、か……」
復唱しながらも、目は文字を追い続ける。
〝それから数日後のことです。彼が訪ねてきて私に聞きました、「俺みたいな貴族らしくない荒くれ者は、神々の作った花みたいなあいつの隣にいていいのか?」と〟
その先は、わざわざ読まずともわかってしまった。
やっぱりお似合いじゃないかと思いつつも読み進めて、同じような展開にやはりと苦く笑う。
〝それからしばらくして、彼らはそんな仲になったのだと思います。ある日のこと、私が少し遅れた時に、いつもの場所で彼らは……〟
もう一枚、挿絵があった。
その文章の左のページに描かれたのは──手を重ね、また幸せそうに笑う二人。
歓喜のようなものがルークの心に沸き起こった。
あの日どこか寂しげな目をしていた彼女は、かつて確かに幸せだったのだ。
〝ちょっと、寂しかった。最初から彼らは私とは違う存在で、いつか遠くに行ってしまうことも分かっていたけれど。でもそれ以上に嬉しかった〟
心から尊敬し、愛する二人が幸福であったことが。
身分や貴賎など関係なく。友人として、書き手は心から祝福していた。
〝二人の剣には、互いへの想いが強く乗るようになりました。それは心を通わせたからなのでしょう。その意思が、彼らをまた強くしたのでしょう〟
〝二人はそのままこの学院随一の剣士として名を残し、そして私は最後まで見守るだけに、学院の生活は終わりを迎えました〟
最後まで、彼らは共にいた。
互いに心を預け、剣を重ねて、それを見る誰もが微笑んでしまうような〝愛〟を胸に。
ルークは、強く、強く胸が様々な感情によって締め付けられる思いがした。
〝私は教師として学院に残ることになり。そして二人は、遠いところへ──高い場所へ羽ばたいていきました〟
その言葉が意味することは計り知れないが、少なくとも一方は察することができた。
そう思いつつ、もう残り少ないページをめくって。
ピタリと指が止まる。
「……これは」
〝私は卒業の日、二人に贈り物をしました。平民の私ができる精一杯の恩返し。たとえ遠く離れても、私が胸に抱いた友情を証明する証として〟
これまで二人のことを書いていた中で、唯一己を主張した一文。
それを記したページの端に描き込まれたのは──四つの花弁を持つ、花のような飾りの絵。
〝このアミカルの花が、私たちを繋げてくれる。たとえ二人が、私じゃ考えられないようなところに言ってしまっても。二人の愛が、心がいつまでも一緒にいられるように願って〟
アミカルの花。
それは御伽噺の中に出てくる、かつてこの北帝国に咲いていたという花の名前。
神聖語で〝友情〟の意味を持つその花は、ルークの知るいくつかの物語にも出てきたものだ。
〝いつか、誰かが私の手記を読むのなら。一つだけ、このどこにでもいる平民の女の言葉を覚えておいてください〟
最後のページ。
〝愛は永遠に。絆は悠久に。想いは、久遠の彼方にだって届く。それが私が、あの二人の優しい心から学び、信じたこと。だからどうか誰かのために、願ってほしい〟
それだけが、私の残す言葉です。
その言葉を最後に、手記は終わっていた。
「……ふぅ」
読み終え、ルークは息を吐く。
思った以上のものだった。
長年女学院生の中で読み継がれ、歴代の図書館の管理人がひっそりと残してきた秘密の手記。
その中に綴られた名もなき誰かの願いと、共に綴られた二人の男女の小さな物語。
生憎と後者のみが強くなっているようだが、ルークはこの手記が素晴らしいものだと思った。
「ルル先輩。貴女は確かにこの世界を……この世界で、愛していたものがあったんですね」
本を置いた右の手首につけた飾りを、無意識に触る。
そこに込められた想いと、彼女がこれを自分に託した意味を考えて……ルークは笑った。
「俺もちゃんと、俺の愛するものを守ってみせます」
誰に聞かせるでもなくそう言って、ルークは席を立つ。
「ん?」
そうして本を机の上から取った拍子に、背表紙から飛び出た小さな白を見つける。
そっと指を差し込んで引っ張り出すと、それは背表紙の裏に隠すように入れられた一枚の紙だった。
「なんだこれ、また挿絵か何か──」
二つに折って閉じられたそれを開いて、ルークは固まる。
紙に描かれていたのは、照れ臭そうに笑う一人の女性。
二つの挿絵にあった〝彼女〟ではない、恐らくは書き手本人だろうその女性は。
「……嘘だろ、これ」
どこか、あの恐ろしい寮監に似ていたのだった──。
読んでいただき、ありがとうございます。