ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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楽しんでいただけると嬉しいです。


氷の庭園

 

 洞窟の中は薄暗く、とても何の用意もなく入ることはできなかった。

 

 なのでアリスが神聖術を使って擬似的な明かりを作り、それを先頭であるユージオが持って進んでいく。

 

「う、うう……」

「ほら、しゃんとしなさい。男の子でしょ」

 

 背中を叩くアリスを少し恨めしげに思いながら、ユージオは洞窟の中を見渡した。

 

 ほのかに冷気の漂う洞窟は、それだけでユージオにとっては十分に恐れる対象となってしまう。

 

 そこにカサカサと影の中で何かが蠢く音や、不気味に光る鍾乳洞のような鋭い岩が不気味さを助長していた。

 

「ほーらユージオ、そんなにビビってるといざという時アリスを守れないぜ?」

「そうだそうだー」

「煽らないでよ二人とも!」

 

 若干恨めしげに振り返るユージオにへへへ、と能天気に笑うキリト。が、実のところ内心は結構怖がっていた。

 

 なお、ルークは夜間の見回りなどもやったことがあるので、そうでもない。むしろ口では茶化しつつ、最も周囲に気を配っていた。

 

 ちなみに、ルークは衛士の夜回り用のカンテラを持ってきている。背後から襲われたりしてはたまらないからだ。

 

 怯えるユージオ、鼻歌を歌うアリス、ふざけるキリトと便乗するルーク。バランスが良いのだか悪いのだかわからない四人の行軍は続く。

 

 しばらく小さな氷が流れる小川に沿って歩いていると、ふとユージオはあることを思い出しキリトに振り返った。

 

「そういえば、キリトが氷柱は洞窟の入り口あたりにあるって言ってなかった?全然見当たらないけど……」

「……多分もう少し奥に行けばあるだろ、うん!」

「て、適当だなぁ」

 

 なんとも言えないユージオの顔に、頭に手を置き笑ってごまかすキリト。いつも通り、どこかいい加減である。

 

「……あっ」

「? どうしたんだアリス」

「ユージオ、ちょっとこっちに明かりを持ってきて」

 

 突然の言葉に首を傾げつつ、ユージオは言われた通りアリスの顔に灯を近づける。

 

 十分な位置に来るとアリスはほう、と息を吐いた。すると白い息が空中に広がる。あっ、と三人は声を漏らした。

 

「まるで冬みたいだな」

「うぇ、どうりでさっきから寒いはずだよ」

「じゃあ外は夏だけど、この洞窟の中は冬なんだ」

「ええ、きっと氷もあるわ」

 

 確信的なアリスに、キラキラと三人の目が輝いた。特に当てずっぽうで言ったキリトは半分ホッとしている。

 

 高揚した気分も新たに、行軍は再開された。少し前まで不気味に見えた青白い壁も、今はどこか幻想的に思えてくる。

 

「それにしてもあれだな、舟があったら帰りは楽だな」

 

 心なしか広くなっていくうねる通路と、その奥につながる小川をみてふとキリトがそんなことをいう。

 

「この小川を下って、村まですーっとさ」

「確かに楽しそうね。でも舟なんてないわ」

「いっそのこと、ルークの剣で氷を削って作るとか?」

「おいおい、もし剣が壊れでもしたら俺が衛士長にゲンコツ食らうだろ?」

「それもそうか!」

 

 はっはっはっと能天気に笑う二人だが、アリス達は覚えている。

 

 以前の休息日、木を削って適当に作った小舟で小川に入ったら沈みかけたことを。そして、揃って村長から大目玉をくらった事を……。

 

 

 パキ……

 

 

「あれっ?」

 

 またルークにからかわれて顔を赤くしていたユージオが、不意に変な声を漏らす。

 

 ブーツの裏に感じた奇妙な感触に足をどかしてみると……そこにはキラキラと輝く、凍った水たまりがあった。

 

「三人とも、これ見て」

「これは……凍ってるな」

「どうやら、ここだけじゃないようだぞ」

 

 ルークが一歩進み出て、カンテラを掲げる。

 

 オレンジ色の光に照らされてぼうと浮かび上がったのは、同じように氷結した水たまりの数々。

 

 それを追いかけて進んでいくと、どんどん冷気が強くなっていき……やがて、縁が凍りついた穴を見つける。

 

「あれって……」

「ああ、きっとそうだ!」

「いくぞ!」

「ちょっと、置いてかないでよ!」

 

 全員で顔を見合わせ、我先にと走りだす。

 

 そうして残ったわずかな通路を走り抜け、四人が出たのは──思わず息を飲んでしまうほどに美しい場所だった。

 

 それは、とても広大な空間だった。村の教会前広場のゆうに二倍はあろうかというそこは、床も壁も天井さえも、一面薄い青に覆われている。

 

 その青は、全て氷である。もとは湖面だったであろう床は完全に凍りつき、広間の中には規則的な形をした水晶柱が屹立していた。

 

「すげぇ……」

 

 それをみながら硬直すること、数分。キリトが感嘆とも驚愕ともとれる声を漏らす。

 

「こんだけ氷があれば、村中の食べ物だって冷やせるぞ」

「なんなら倉庫ごと氷漬けにだってできるかもな……お前らは少し待ってろ、俺が様子を見てくる」

 

 未だ見習い衛士であるルークだが、ことこの場においては唯一の剣士である。

 

 三人の身の安全を守るものとして、ルークは抜き身の剣を片手に、もう片方の手にカンテラを下げて一歩踏み出す。

 

 凍りついた湖面は、衛士用の丈夫なブーツに包まれた足を容易く受け止めた。厚く氷結しているため、軋みすらしない。

 

 ルークはそのまま進んでいき、やがて柱の間に消えた。その後ろ姿を見送った三人は、途端に不安になる。

 

「……ルーク、大丈夫かしら」

「あいつなら、多少何か出てきても平気だろ……?」

「でも、もしいきなり足場が崩れたりしたら……」

 

 言えば言うほど、悪い予想が脳裏に浮かんでは消えていく。

 

「おーい、安全だから来ても平気だぞー!」

 

 いよいよ不安が満潮に達すると言うところで、ルークの声が柱に反響して聞こえてきた。

 

 ほっと胸をなでおろした三人は、ルークの消えた方向へと足早に進む。その胸に宿るのは好奇心とちょっぴりの怖さだ。

 

「おーいルーク、どこだー?」

「確か、こっちから声がしたけど……」

「もしかして、もっと奥に行ったんじゃ……」

「わぁっ!」

 

 突如、背後から奇襲。

 

 ビックゥ!という擬音がつきそうなほど飛び上がった三人は、素早い動きで後ろを振り返った。

 

 するとそこには、ニシシと笑うルークがいる。どうやらまたしてやられたようだ。顔を見合わせ、三人は苦笑いを浮かべた。

 

「もう、本当にびっくりしたじゃない」

「いやぁ、この前は二人にやったからな。アリスにもやりたくなって」

「俺たちは巻き込まれかよ……」

「心臓が飛び出すかと思った」

「ごめんごめん、ほら、日が暮れないうちにはやく奥に行こうぜ」

 

 怪我をさせないよう剣を逆手に持って、三人の背中を押すルーク。それもそうだと三人は前を見た。

 

 氷と冷たい風の森の奥には、何が待っているのか。いつもは慎重なユージオも目を輝かせ、足を進める。

 

 もし、本当に白竜がいたら。そしてその財宝を持ち帰ったら、一体村の皆はどんな顔をするだろうか。

 

 あのベルクーリでさえ成し遂げることのできなかったことを思い浮かべ、妄想にふけっていたユージオは不意に鼻頭をぶつけた。

 

「んぶっ!?ちょ、ちょっとキリト?」

 

 前を歩いていたキリトが立ち止まったため、その背中に衝突したユージオは文句を言う。

 

「………………」

 

 しかし、いつもやかましい相棒は何も返答を返さなかった。それどころか振り向きさえしない。

 

 アリスとルークと顔を見合わせ、首を傾げてキリトの横に回る。キリトの横顔は、驚愕一色に染まっていた。

 

「おい、どうしたんだキリト?」

「なんだよ……これ…………」

「なにって……」

 

 キリトの向いている方にルークも頭を傾けて……同じように瞠目して固まってしまった。

 

 キリトに続いてルークまでこうなるなど、一体なにがあるのか。残った二人は同時にその方向を見上げて──

 

「う、そ……」

「あれ、は……」

 

 そこに、骨の山があった。

 

 それもただの骨ではない。白っぽい青い氷でできた骨であり、水晶のような輝きを放っている。

 

 一つ一つがとても大きく、普通の動物のそれではないのは一目瞭然だ。四人がこれまでに見たどんな骨より大きい。

 

 では、この骨の主は誰なのか。それは骨山の頂に、己の存在を誇示するように鎮座する頭骨が教えてくれた。

 

「白竜の……骨?」

 

 アリスが低く呟く。

 

 虚ろな眼窩、長細い鼻腔、後ろに伸びるツノのような突起。

 

 それはまさしく、竜の骨だったのだ。

 

「死んじゃったの……?」

「ああ。けど……どうやら、ただ死んだわけじゃないみたいだな」

 

 カンテラを置き、剣を鞘に収めたルークは骨山から、前足の爪と思しき骨をやや重たげに持ち上げる。

 

 三人が後ろから覗き込めば爪にはいくつもの傷が付いており、何かと激しい戦闘を繰り広げたことがわかる。

 

「これは……剣で斬った傷だ」

 

 普段から剣を振るうが故に、すぐに看破するルーク。斧を使う二人もなるほど、たしかに刃物でついた跡だと納得する。

 

「つまりこいつをやったのは……」

「人間、だっていうのか……!?」

「ありえないわ、《北の白竜》は人界を守護する最強の生き物の一匹よ?ベルクーリすらなんとかできなかったのに、並みの剣士がそんなことできるわけ……」

 

 そこで、アリスは言葉を止める。

 

 だが、もう遅い。三人はもしや、という顔をして顔を青ざめさせた。

 

「もしかして、白竜を殺したのは……」

「人界最強の剣士たち、神に仕え秩序を守る公理教会の戦士……」

「整合騎士、なのか……?」

 

 沈黙が場を支配する。それは洞窟の冷たさと相まって、四人の間に重い空気を漂わせた。

 

「って、そんなわけねえよな!あれだ、きっとダークテリトリーから強い騎士が来て倒されたんだ」

 

 ルークが無理やり明るい声を出してその空気を払う。そうしなければ何か、とんでもないことを考えそうだったから。

 

 衛士であるルークは、整合騎士の善性を信じている。その整合騎士が人を守る存在である白竜を殺す、などということがあれば……

 

「だ、だよなぁ」

「はは……」

 

 同じように、これまで微塵も疑わなかった整合騎士への疑念を払うため同調するキリトとユージオ。

 

 脳裏に浮かぶ考えを打ち消すため、白竜の爪から目線を外すと、ふとキリトは骨の山の奥に何かを見つける。

 

「なあルーク、あれ……」

「ん?」

 

 肩を叩かれてルークはキリトの指差す方を見る。そして大きく目を見開いた。

 

 頭に疑問符を浮かべるユージオたちをよそに、二人は顔を見合わせ、爪をそっと地面に置くと骨の山に入る。

 

 数分ほどして、二人は〝なにか〟を奥から引きずってきた。

 

「も、もうギブ!」

「重てぇ!」

 

 ユージオたちの前まで来たところで、二人はそれから手を離した。ズン、と重々しい音を立てて湖面に着地する。

 

 洗い息を吐いて尻餅をつく二人を労いつつ、ユージオとアリスはそれを覗き込む。そして訝しげに目を細めた。

 

「これって……剣?」

「みたいね」

 

 それは、一振りの美しい剣だった。

 

 息を呑むほど美しい剣は青白く、精緻な装飾を施された白鞘に収められている。これだけで一つの芸術品だ。

 

 さらに柄の各所には薔薇の象嵌が施され、 村にあるどの剣……ルークの持っている剣など比べ物にならない価値があるのがわかる。

 

「多分、《青薔薇(あおばら)の剣》だよな。これ」

「ああ、ベルクーリが手に入れようとしたっていう」

 

 お伽話の中の剣に、目を輝かせる男子三人。アリスも少なからず物珍しそうな目で剣を見つめる。

 

「……どうする?持って帰るか?」

「ああ、ジンクのやつらに自慢できる……っていいたいとこだが、こりゃ無理だな。幾ら何でも重すぎる」

 

 剣の下を見て、分厚い氷でさえヒビを入れるような剣の重さにルークは額に手を当て、参ったというような顔をする。

 

 そもそも、《禁忌目録》には盗みを禁ずるとも書いてある。まあこれは人に対してのものなので、この場合は該当しないが。

 

 だが、だからといって剣を持ち帰れば、それは白竜の死骸の中を漁って取ってきた墓荒らしに他ならない。

 

 激しい戦いの傷跡から、きっと無念のうちに死んだであろう白竜を思うと、さすがに四人ともそんなことはできなかった。

 

「当初の予定通り、氷だけ集めて帰ろう」

「あーあ、白竜が生きてりゃ寝ているうちにとってきた、でいけたんだけどなぁ」

「またルークはそういう悪いことを……」

「てへぺろ?」

「可愛くないよ」

 

 少し前までの神妙な様子はどこへやら、すっかり元に戻った四人は周辺に転がっている氷を集め始めた。

 

 三十分ほど集めて手がかじかんできた頃、昼食の入っていたアリスのバスケットの中目一杯の氷を収穫できた。

 

「うん、十分ね」

「くっ、指の先の感覚がない……」

「僕もだよ……」

「衛士長に食らった”井戸水に十分手を浸すの刑“を思い出すぜ……」

 

 男の子なんだから、という理由でアリスの倍ほどの速度で集めさせられた三人が手を擦り合わせる中、アリスは満足げに微笑む。

 

「それじゃあ、はいユージオ」

 

 バスケットの蓋を閉じると、アリスはユージオにバスケットを手渡した。慌てて半分感覚のない両手で受け取るユージオ。

 

「ええっ、僕が持つのかい!?」

「そのうち交代するよ」

「三人で代わる代わる持とうぜ」

「三人とも頑張ってね。さあ、帰りましょう…………あれ?」

 

 両肩を叩いて励まされるユージオを見て微笑んだアリスは、後ろを振り返るとふと首を傾げる。

 

 しばらくキョロキョロと見回し、そして顔を青ざめさせて……一言、呟いた。

 

「……私たち、どっちから来たっけ?」

 




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