ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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いつもより筆が乗りまして。

楽しんでいただけると嬉しいです。


焦燥

 

 

 

 

 

 脳裏にあの日の情景が駆け巡る。

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 

 後輩の怯えた顔。

 

 

 

「ゼイァッ!!」

 

 

 

 痺れる体を撫でた、大猪の悍ましい吐息。

 

 

 

 

「セァアアアッ!!!」

 

 

 

 そして、燃え盛る髑髏の騎士。

 

 

 

「ハアアアアァアアッ!!」

 

 何度も何度も、繰り返し繰り返し、その光景が浮かんでは泡のように消える。

 

 拭えぬ後悔。揺れる心。どうしようもないほどの熱がルークを焦がし続ける。

 

 それは決して拭い取る事ができない。初頭錬士寮の共用トイレの汚れより、よほど頑固に。

 

 

 

 

 無理矢理に引き剥がそうと、ルークは剣を振るう。

 

 夕焼け色の修練場。ただの一人もいないそこで、無我夢中に動き続けていた。

 

 そうし始めてから、もう一時間も経っただろう。

 

 擦り切れてしまうからと、上級修剣士の制服を脱ぎ去った上半身は大量の汗に塗れている。

 

 鍛え抜かれた鋼のような筋肉が躍動し、一太刀振るうごとに筋と血管が隆起した。

 

「シッ、フッ!」

 

 白金樫製の木刀からは、とても木製とは思えない鋭すぎる音が放たれる。

 

 キリトから教わった奥義を使うまでには至らない。しかし、発動するギリギリの速度と威力を発揮していた。

 

 まさに鬼気迫るといった様子の彼の目は、これまでにないほど鋭く、貪欲に輝いていた。

 

 

 

 

 

(──あの時、俺に何ができた?)

 

 

 

 

 

 根底にあるのは、一つの思い。

 

 共に脳裏に想起されるは、揺れる馬車の中で今にも泣きそうな顔でこちらを見る後輩の顔。

 

 それがルークの心を音を立て削り、不協和音を奏でて更なる修練と自戒へと誘うのだ。

 

 

 

 

 よほど疲弊したのだろう。

 

 炎の騎士が去ったすぐ後に、ルークは情けなくも気絶した。

 

 そしてキリトとシャーリーに待機していた馬車まで担がれていき、目覚めた時には全て終わっていた。

 

 依頼はどうにか達成。キリトが猪達から逃げた狐の群れを確認して記録していたのである。

 

 安堵したのも束の間、袖を引いてきたのはシャーリーの指。

 

 

 

『……先輩、どうか私に〝懲罰権〟を行使してください』

 

 

 

 そしてルークが見たのは──今にも、何かが決壊してしまいそうな顔だった。

 

 懲罰権とは上級修剣士にのみ許された特権の一つであり、看過できない行為をした生徒に対して行使できる命令権だ。

 

 いわば、学院内限定で身分の関係なく使える貴族権のようなものなのだが。

 

 シャーリーはその執行を、自ら求めてきたのだ。

 

 何かを押し殺すように引き結んだ唇。小さな体は小刻みに震え、握りすぎた拳からは血が滴りそうだった。

 

 耐えられなかったのだろう。ルークが自分のせいで傷付いたと、その罪悪感に。

 

 不安定に揺れ動く瞳で見つめられたルークは、酷く自分を責めた。

 

 

 

 不甲斐なかった。情けなかった。

 

 

 守るつもりでいた大切な後輩に、後悔ばかりを感じさせてしまったことを、心底恥じた。

 

 

 

 そして回帰したのだ。

 

 あの時、あの瞬間、血涙を流しながら飛び去る整合騎士の飛竜を睨め上げた時の心へと。

 

 

 

(許さない。許せない。俺は俺のことが、この世界で一番許せないッ!!)

 

 

 

 今回は失わずに済んだ? それがどうだというのだ。

 

 次はどうなる? その次は? そのまた次は? またあのような顔をさせるのか? 

 

 その時に自分の手から滑り落ちるのは誰の手だ? ユージオ? キリト? 

 

 

 

(次に俺は──誰を、守りきれずに傷つける?)

 

 

 

 もはや、限界だった。

 

 ルークはシャーリーに命じた。自分が許すまで、上級修剣士の寮に来ることを禁ずると。

 

 次にあんな顔を見てしまえば、かつてのセルカのようになってしまうと予感したから。

 

 これ以上、あの素直で感受性の強い後輩に悲しい思いをさせたくなかった。

 

 

 

(まだだ。まだ、足りない。これっぽっちも、全然っ)

 

 

 

「足りないんだ、よッ!!」

 

 ついに、一線を超えた。

 

 仄かな輝きが木刀に宿り、ルークは凄まじい速度で右袈裟を振るい、同じ軌跡を描いて振り上げた。

 

 旋風が巻き起こる。

 

 空気そのものを叩くような衝撃に、修練場を支える柱がビリビリと揺れ動くほどであった。

 

「はぁっ、はぁっ、くそっ、こんなんじゃ足りない……」

 

 想像の中の、あの炎の騎士の一撃すら弾けない。

 

 自分達の命を救った異形の存在は、今のルークの中で絶対的な、超えるべき壁になった。

 

 しかし、一週間同じように修練に打ち込んでも、その背中は遠く霞むようで。

 

「……もう一度最初からだ。まだ寮の門限じゃない」

 

 深く息を吐くと、最初の構えに戻る。

 

 半身を引き、木刀の峰の腹側を右手の上に乗せるような形に構える。

 

 そして、いざ剣舞を始めんと一歩踏み出した。

 

 

 

「おいおい、それくらいにしといた方がいいんじゃないか?」

 

 

 

 一瞬で動きを止めた。

 

 無我の領域に差し込まれた声に、それがした方向へ抜き身の刃のような目を向ける。

 

 すると、入り口に寄りかかっていた黒い少年……キリトはおどけたような仕草をとった。

 

「キリトか。何か用か?」

「そんな怖い顔するなって。流石にオーバーワークだから声かけたんだよ」

「……オーバー、なんて?」

「やりすぎってことだ。ほらっ」

「っと」

 

 投げ渡された水筒を受け取り、ルークはキリトを怪訝な顔で見る。

 

 肩を竦めて笑う彼に、不思議とルークは自分の中で高まり続けた熱が引いていく気がした。

 

「キンキンのシラル水だぜ。温くなる前に飲んでくれよ」

「……ああ、ありがとう」

 

 気遣いの感じられる声音に、だんだんとルークは平静になっていく。

 

 今日はここまでかと一種の諦めを感じつつ、水筒を開けて中身を勢いよく飲み込んでいった。

 

「…………」

「んっ……ぷは。生き返った、ありがとうキリト」

「ん、いや。気にすんなよ」

 

 

 

(あの背中の白い鱗みたいな傷痕……北の洞窟で翼があったように見えたのは、やっぱり見間違いじゃないのか?)

 

 

 

 タオルで汗を拭いながら、制服を羽織ったルークはキリトに歩み寄る。

 

 やってきた彼の瞳を、ふとキリトは覗き込むように見た。

 

 灰色の髪に似た色の、白銀の瞳。

 

 いつもは優しく、芯の通ったものを感じるその目は……今は、獣のそれのように見えた。

 

「? なんだ、俺の顔に何かついているか?」

「……いや、なんでも」

「そうか。じゃあ」

 

 いくか、と言いかけたルークはふと顔を何処かへ向けた。

 

 その行動にキリトは首を傾げるが、怪訝な顔をしたルークはそちらを注視している。

 

「どうかしたのか?」

「いや……なんか目線を感じた気がしたんだが」

「おいおい、まさかまたあいつらか?」

「かもな」

 

 やれやれ、と肩をすくめながら二人は上級修剣士の寮へと歩き出した。

 

 

 

 

 ……そして、彼らが向かったのとは反対の方向。

 

 ルークが見つめていた、学院内に等間隔に植え付けられた立派な木の裏側。

 

 そこにいた人物は、ほっと心から安堵した。

 

「……よかった、気づかれたかと思った」

「あれ? ティリーモアさん、こんなところでどうしたの?」

「ひゃぅっ!?」

 

 唐突に声をかけられたことで、驚きに小さく飛び上がる。

 

 同時に腰が抜けてしまい、座り込んでしまう彼女──シャーリー。

 

 偶然通りがかったユージオは、自分の一声によってそんなことになるとはつゆにも思わず、慌てて駆け寄った。

 

「だ、大丈夫!?」

「あ、ユージオ、先輩……」

「ごめんね、いきなりビックリさせて。怪我はしてないかい?」

「平気、です」

 

 シャーリーは頭を振る。

 

 直後にはっと顔を青ざめさせ、慌てて座ったまま木の向こうを除き……ホッとした。

 

「誰かあっちにいるのかい?」

「あっ、いやっ」

 

 挙動不審な彼女を訝しく感じたユージオは、同じように向こう側を見る。

 

 そして寮に向かっていく兄弟分二人を捉え、なんとなく状況を察して曖昧に笑った。

 

「あー、えっと。ルークに声をかけようとしてたのかな? だったら邪魔しちゃって……」

「いえ」

 

 思わずユージオが口を噤んだ。

 

 自分の言葉を遮った呟きが、その声量とはかけ離れた凄みを持っていたが故に。

 

 思わずシャーリーを見下ろすと……彼女は、何かを堪えるような顔をしていた。

 

「いいんです。今の私は、先輩に合わせる顔なんて、ないから」

「……ティリーモアさん」

 

 ユージオは難しい顔になった。

 

 彼も先日の課外授業のことは聞き及んでいる。

 

 驚愕すべき報告の数々に目を回したほどだが、三人とも最善を尽くしただろう。

 

 ちなみに炎の騎士のことはルークもキリトも、シャーリーも何故か報告はしなかったらしい。

 

 

 

 

 以上がユージオの抱いた感想だが、この少女には違ったのだろう。

 

「……私、あの時何もできませんでした」

「……何も?」

「経験があるって、沢山剣の腕も磨いたって、そんな風にちょっと慢心してて。でも…………先輩に迷惑をかけただけだった」

 

 ぎゅっと、両手で生い茂る雑草を鷲掴む。

 

「私、先輩に貰って、ばかりで」

 

 小さなその肩が、怯えるように震えだす。

 

「教えて、もらっ、て……守って、もらって。ばかりで」

「ティリーモアさん……?」

 

 そして、困惑するユージオの前で、くしゃくしゃになった草に雫がはらりと一粒零れ落ちた。

 

「こんなっ、弱い私は……愛想をつかされて、当然っ、ですよ、ねっ…………」

「…………」

「あんな目に、あったら……顔も見たくないって、そう思うに……決まってるっ……!」

「えっと……」

「わかってます、これが当然の報いだって……でも、でもっ……!」

 

 情けない姿を見せまいとしてあるのか、堪え気味に泣きじゃくるシャーリー。

 

 口ではそれが当然と言いながらも、ルークに嫌われたくないと言う心情がありありと見て取れる。

 

 たまたま通りがかって話しかけたことで、それを聞いてしまったユージオはといえば。

 

 

 

(……ルーク、お前またか)

 

 

 

 なんとも微妙な顔をしていた。

 

 

 

 彼は見たことがある。同じように彼のことで思い悩む少女達を。

 

 

 

 何かと世話好きで、自らの苦労を顧みず、解決するまでちゃんと手助けして、最後には「よかったな」と笑ってくれる。

 

 例えば友情に亀裂が入るような喧嘩を友達としたり、不用意に守りに入って危険な目にあったり。

 

 そんな風に年下の少女の心を傾かせていく様から、村でついたあだ名は年下誑し。

 

 シャーリーほど齢の近い相手は初めてだが、それでもすぐにわかった。

 

 最も、当の本人達はおそらく気付いてもいないだろうが。

 

 とりあえず、ユージオは片膝をついて目線の高さを合わせると、優しく肩に手を置いた。

 

「私がっ、私がもっと立派な後輩ならっ……」

「ええとね、とりあえず落ち着いてティリーモアさん。別にルークは君のことを嫌ったわけじゃないから」

「でもっ」

 

 まるで失意の底のような顔でなくシャーリーに、ユージオは苦笑いしかできない。

 

 十中八九そんな理由で寮への立ち入りを禁じたわけでないことは彼も察している。

 

 むしろ、キリト同様あの鬼気迫った様子を心配している側なのだから。

 

 

 

(とはいえ、今の彼女には僕の言葉じゃ届かないだろうし……)

 

 

 

「一度、ちゃんとルークと話してみようよ」

「けど、先輩は寮へ来るな、って……」

「うーん、その言葉には色々と複雑な事情があるんだけど……とにかく、本人とまず話し合わなくちゃ」

「…………ぐすっ。話して、くれるでしょうか」

「おそらくね」

 

 宥めながら、打開策を考える。

 

 ユージオとしてもここまで心を砕いてくれる相手が、村の人間以外でルークにできてくれたのは嬉しい。

 

 このままわだかまりが解消されなければ、何もかもが悪い方向へと向かっていくだろう。

 

 さてどうすべきかと頭を捻りに捻って、思考を回転させ。

 

 ふと、あることを思い出した。

 

「そうだ、ティリーモアさん」

「……?」

「もし君が良かったらなんだけど──」

 

 

 

 

 

 その少し後、シャーリーは大きく目を見開いた。

 

 

 

 





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