ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
描写凝りすぎて長くなりましたが、更新です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「結局、ウンベールについてはどうするんだい?」
シャーリー達と別れ、上級修剣士寮へ向かう道すがら。
振り返ったユージオに、キリト共々ルークは難しい顔をする。
「学院の規則に反していない限り、面と向かって糾弾するのは悪手だな」
「それに、相手は腐っても上位貴族。下手に揚げ足でも取られて貴族の権利を行使されたら、それこそおしまいだ」
おまけに、小物らしく悪知恵だけは回るのがウンベールという男だ。
小賢しい真似なら、村の衛士仲間であったジンクよりよっぽどタチが悪い。
どうしたものか、と頭を悩ませていると、ふと隣でキリトが自分より難しい顔をしていることに気がつく。
「キリト、どうした?」
「……少し、気になる事があってさ」
「気になること?」
「ああ。ウンベールがそれだけ好き勝手やっているのに、同室のライオスは何故諫めようとしないんだ?」
「あ……」
「そういえば……」
何故だろうか、と二人も思い至る。
いつもギリギリの引き際で制止する、悪し様に言えばウンベールの飼い主であるライオス。
それが今回は、ウンベールの行動に関して何も言ってはいない。これはおかしな状況だ。
「初等練士の間で噂になってるほど広まってるこの状況は、転じてウンベールをいつも引き連れてるライオスにも風評被害がいくはずなんだ」
「確かに……それも同じ部屋だし、ますますウンベールを止めなくちゃならない立場のはずだよね」
「それなのに口出しせず、まるで傍観しているかのよう……異常だな」
すぐにムキになるウンベールと比べても、殊更プライドの高いライオスのことだ。
そんな事を黙って見過ごすはずはないが……得体の知れない違和感に、三人は悪寒を感じる。
事態の異質さを理解した二人に、キリトは人差し指を立てる。
「だから、こう考えた。もし──ライオスが、それも分かった上であえて放置しているのだとしたら?」
「それって、わざと悪い噂を受け入れてるって事? そんな事、いくらなんでもするかな?」
「ユージオ、肝心なのは悪評自体じゃなくて、そうすることで何かしら奴らにメリットがあるってことだ」
「……悪評を餌に、何かを企んでるってことか」
「さすがルーク君、鋭いね」
わざと偉ぶるキリトにちょっと気持ちが解れ、苦笑してみる。
それで凝り固まった心境をほぐしつつ、ルークは思考を巡らせた。
(ウンベールの所業……静観するライオス……苦しんでいる一年生に、それを案じる同室のリィ達……)
ハッとする。
もしかして、いや、そんな事があっていいのか。考えついた悪魔のような思惑に、ルークは苦い顔になる。
ユージオはどうやらそこまで考えが至らなかったようで、彼の表情にやや動揺している。
その違いに、キリトはとある理由で少し目を細めながらも、声を大に回答を述べた。
「これは俺の勝手な想像だが……ライオスが、その後輩の事を聞きつけた第三者を狙っているとしたら?」
「……あっ!? もしかして、ティーゼやロニエさん、シャーリーさんのことを!?」
「……もしかすると、俺達のこともな」
低い声で、ルークは補足する。
彼が怒っているのは、弟分達が狙われている可能性があるからだけではない。
その幇助をしてしまう形になる、シャーリー達のことを考えると腹立たしくなったのだ。
「この事態を聞きつけた俺達が乗り込んできて、決定的な一言を言わせて懲罰権を行使……なんてことも、ありえるかもしれない」
「そんな、ありえない。だって特権は、間違った行いをした人間に貴族が罰を与えるためのもので……」
「そこはあいつらの胸三寸ってやつさ。あの二人は、ご立派に正しい権利の使い方をする良い子ちゃんじゃないだろ?」
「確実に、悪用してくるだろうな」
無論、この会話は全て憶測に過ぎない。
だがしかし、妙に現実味を帯びた推測である。だからこそ陰鬱な気分が胸の中に立ち込めた。
ユージオは狼狽える。
生まれてからずっと貴族を、彼らに力を与えた皇帝や、ひいては教会を信じてきた。
だからこそ、そんな人ならざる所業に特権を行使するなど、とても考えたくない。
それは人界人……否、
「…………」
むしろ、険しい顔で真剣にその意見を考察しているルークこそが異常だった。
本人はそれに気がついてはいない。
だが、キリトはこのアンダーワールドに住まう同じ、しかし異なる二人の人工知能にまた驚いた。
(この自主性と思考力。ラースがアンダーワールドと彼らを作った理由に、ルークはたどり着きかけているのか?)
真の人工知能の創造。
胡散臭いあの役人に告げられた目的を思い出し、キリトは考えを深めた。
「……なんにせよ、放っておくことはできない以上、最大限注意して接触するしかない」
「そう、だね。ティーゼ達のためにも、フレニーカさんのことはなんとかしなくちゃいけない」
「結論は決まったな。それじゃあ早速行くか」
立ち止まったキリトにルーク達も足を止め、ふと前を見る。
いつの間にか、修剣士寮が目の前にあった。話し込んでいるうちに到着したらしい。
扉の前までやって来た三人は、そこで顔を見合わせる。
「いいかい。ウンベールにはまず、僕が話すから」
「ああ。だが何かおかしな方向にいったら、俺が代わる」
「よし、それでいこう」
頷きあい、ユージオが扉に両手を添える。
そして、一息に力を込めて押し開いたところに揃って踏み入り──
イィイイインッ!!
「ぁぐっ!?」
「ルーク!?」
「なんだ!?」
突如、膝をついたルークに二人が振り返る。
「あ、がぁっ……!」
「ルーク、ルークっ!」
「おい、一体どうしたんだ!」
「わか、らない……頭、が……」
頭蓋を叩き割られたような、強烈な感覚に襲われたルークは両手で頭を抱える。
それは一度のみならず、ルークという存在そのものへ叩きつけるように何度も脳裏に響く。
一瞬にして顔色は蒼白となり、体を小刻みに震わせる彼に、二人は深刻な表情で呼びかけた。
それをかき消すように響く鳴動に、ルークの思考は支配されている。
だが、五回もそれが続くと、やがてあることに気がついた。
(これは、かなり強い、けど…………あの剣の、呼びかけ……?)
「俺を、呼んでる、のか……?」
「ルーク! 平気なのかい!?」
「なんで、今……俺を…………」
「……これは、かなり重症だな」
虚なルークの目を見て、キリトの零した呟きにユージオは顔を上げる。
キリトはルークの前に膝を突く。そうすると、ゆっくりとした口調で話しかけた。
「ルーク。お前は、部屋に帰って休んでてくれ」
その言葉に、ピクリと体を震わせる。
緩慢に顔をあげ、こちらを真剣な顔で見る弟分に目の焦点を合わせたルークは「でも……」と答える。
頭に響く共鳴を我慢しているのか、眉根を寄せて片目を瞑った表情は痛々しい。
「ウンベール達の所へは、俺とユージオで行く。お前も色々あって疲れただろ? だから、今日くらいは俺に任せてくれよ」
「けど……いざという時、俺は、お前達のことを……」
「……僕からもお願いだ。ルーク、君は休むべきだ」
「ユージオまで……」
キリトとユージオ、二人の顔を交互に見て、ルークは余裕のない思考を唸らせる。
あの剣のもとへいかなければならないのは確か。しかし、二人のことも放ってはおけない。
どちらを選ぶか。
しばらくの間、ルークは唸る。そんな彼を、二人はじっと見守っていた。
「………………わかっ、た。部屋に、戻る」
「そうか。よかった」
「ルーク、それじゃあ……」
「だけど、何かあったら、すぐに呼べ。飛んでくから、さ」
「ったく、相変わらず心配性だぜ」
冗談めかして言うキリトに、ルークはややぎこちなく笑い返した。
仕方がなく休息を選んだルークは、二人に支えられて寮の中に入る。
寮監に一言適当に告げると、そのまま両側から肩を貸して階段を昇っていった。
「ほら、ルーク。部屋の前に着いたよ」
「平気か?」
「ああ……悪いな」
二人の肩から手を外し、ふらふらと自室の扉に寄りかかるルーク。
それから振り返り、心配そうにしている二人に無理やり笑いを作った。
「ここまで、来れば。一人で、平気だ」
「そうは見えないけど……」
「本当に大丈夫か? なんなら俺達がついてるけど……」
「いや。でも、気をつけろ。あいつら、厄介だからな」
「……ルークがそう言うのなら」
「後で、部屋に寄るからな」
「ああ。心配、かけたな」
用心しろよ、と念押しして、ルークはドアノブを捻る。
開いた扉の隙間から、体を滑り込ませるようにして中に入ると、その場で後ろに寄りかかった。
背中に押された扉が閉まり、ズルズルと尻餅をついたルークは深く息を吐く。
「く……キッツイな、これ」
顔をしかめながら、共鳴の発生源に目を向ける。
イイィン……ィィイン……
近づいてきたことを感じ取っているのか、先ほどより共鳴の主張は強くない。
しかし、何かを訴えるような耳鳴りは止まない。ルークに何かを求めているようだ。
「……わかったよ」
珍しく悪態を口にしながら、触れたままだったドアノブを支えに立つ。
ドアノブからソファ、ソファからテーブル、そして対面のソファと、支えを変えて歩いていき。
「わざわざ、呼び出したんだ。ご大層な、理由なんだろうな」
鋭い目つきで、震える愛剣の柄を握り締めた。
瞬間、世界が暗転する。
「なっ……」
唐突に暗闇へ包まれた周囲を見渡し、ルークは狼狽した。
まるで、自分以外の全てが壊れてしまったように何もない空間。
左右上下、どこも〝黒〟が広がるばかりで、その先には何も見出すことができず。
「なんだこれ……いつもの夢や、幻覚とは何か……」
これまでにも、黒の世界に放り込まれたことは何度かある。
あの夢を見る時。少し前まで、剣を握った瞬間に噛み砕かれた時。
しかし、それとは何かが違う。
違和感を肌で感じ、身構えるルーク。
フゥウウゥゥ…………
「────」
その背中を、風が撫でた。
それはまるで、
だが、一定の間隔でルークを包むそれは、これまでの〝息遣い〟というただの認識ではなく。
はっきりと、実感を伴っていた。
「っ、…………」
じっとりと、嫌な汗が頬を伝う。
背後にいる〝何か〟の存在に、魂が震えている錯覚さえも覚えた。
いつまでも目前の闇を見ていたい気持ちにかられるが、それが自分を待っていると直感が告げる。
「っ……!」
だからルークは、ぐっと浅い呼吸を飲み込み、体の震えを無理やり押さえつけ。
そして、一思いに振り返った。
「あ──。」
美しい。
最初に感じたのは、そんな言葉だった。
闇の中、一際輝く純白の巨躯。
一枚一枚が芸術じみた造形の鱗に包まれた体の形は、蜥蜴のそれに似ている。
違うのは、本体と同等かそれ以上に長い太尾と、ルークの体ほどある腕、肩から伸びる翼。
大空を易々と切り裂けるであろう、淡く輝く淡蒼色の皮膜は息を呑むほど綺麗だ。
体高は言わずもがな、ルークなど小動物と修剣士寮ほども差がある。
その上に鎮座する、長い首の先にある顔だけは、闇に飲まれてよく見えなかったが。
黄金の眼だけは、はっきりと分かった。
「おま、えは──」
思わず、といった様子で声を漏らすルークに、その存在は口蓋を開く。
《──乗り越えたな、担い手よ》
厳かな声だった。
今まで聞いたこともない、耳で聞いているようで、頭に響くようで、しかし胸の内に染みるような声。
ただ、厳粛な男らしき声音であるということだけはかろうじて判別し、ルークは唾を飲む。
《案じていた。我が担い手が、誤った道を進むことを》
「っ……シャーリーの、ことか」
《然り》
やはり、その存在はルークの苦悩と葛藤を理解していたらしい。
心配されていたと聞いて、少し驚きもしたが。
《汝は未だ道半ば。遍くを思うがままにするには、まだ不足している》
「だから、気にするなって?」
《剣となった我は、汝と常に共にあり。故に、その懊悩もまた我が事と等しく》
だからこそ、誰も笑顔になれない考えに走ったことを諌めたのだ。
最後まで言葉にせず、その威圧感と眼光だけで伝えてくるその存在。
ルークは、少し安堵した。
いつか、このような機会がやってきたら、まず戒められ、見放されると思っていた。
実際に噛み砕かれる幻を見せられて、そう思ったのだが……想像していたより寛容だった。
まあ、厳しいことには変わりがないのだが。
「……俺が、牙を盗み取って。剣に変わった時から、ずっと見ていてくれたのか?」
《懐かしき事。その手の熱が、我が意思に触れた。そして、闇の者との初陣。あの時の汝の願いが、我が心を震わせ、呼び覚ました》
「俺の、願いで?」
頷くように頭を揺らし、そして少し下方へ降ろすその存在。
《我が牙を研ぎ、我が意思を継ぎ。我が母、創造主より認められし担い手よ》
そうする事で、頭ごとルークへと向けて。
《我は、汝を祝福する》
「っ──!」
そう、はっきりと言った。
《我は汝の剣。その気高き意思を貫くが為の光となりて、共に征こう。……そのことを、伝えたかった》
「ぁ、え…………」
これまでにないほどの、衝撃を受けた。
御伽噺の竜。ベルクーリと共に語り継がれし、最強の守護者。
偉大なる存在に、ルークはこれまでの努力を、迷いを、戦いを、そして懊悩からの脱却を。
その全てを、認められたのだ。
「はっ、はは」
感動と、歓喜と、それ以外のありとあらゆる明るい感情が溢れ出してくる。
それを言葉にすることはできなくて、下手くそに笑って声をあげるのが精一杯で。
「はははっ、はははは、は…………」
だけど、一つだけ……ルーク自身も自覚していなかった思いを、浮き彫りにした。
(俺は……俺は、もしかしたら、ずっと……この言葉が、欲しかったのかもしれない)
血の滲む思いで研鑽を積み重ねてきた。
たくさん悩んで、後悔して、でもそれを誰にもぶつけることはできなくて。
それを苦に思ったことは、一度もないけど。
他の誰だって、彼のことを責めなかったけれど。
でもきっと、そういうことではなく……もっと純粋な部分で。
きっと、そこでは──
「俺は……俺は、誰かに…………よく頑張ったなって、そう言ってもらいたかったの、かな」
《枷で己を縛ることは時に美徳だが、しかし汝らは弱き者。一人ではいつか壊れてしまう》
「でも、俺は……」
俺は、兄貴分だからと。
みんなを引っ張らなきゃ、頑張らなくちゃと、幼い頃に捨ててしまった心。
それを今更暴かれて、ルークは何を言っていいのかわからなくなってしまう。
《案ずるな。我は汝を罰さぬ。十分、己で戒めただろう》
「っ…………」
《それでも、汝は進むのだろう。その己が意地を張るままに》
故に、とその存在は大きく体を揺らして。
《我は汝を許しもせぬ。汝が汝であろうとするのならば、心せよ。我が意思を担う意味を。その道を選んだ責任を》
「……ああ、わかってる。わかって、いるさ」
いつの間にか、涙を溜めていた目尻を拭う。
そしてルークは、いつも通りに不敵な笑みをその存在に向けた。
「あんたにそこまで言われたら、俺もくよくよしてらんないな」
《良い目だ。ならば、宣告しよう》
ふと、その存在の右前脚が上げられる。
闇の世界の中で、重い音を立ててもたげられた手は、人のように指を曲げ。
唯一伸ばした人差し指で、ルークの胸に軽く触れた。
《聞け、担い手よ。汝が歩むは修羅の道。大切なものを守らんが為、他を切り捨てる鬼の心を持たねばならぬ》
一言一言、刻み付けるように告げられる言葉を、ルークが決然とした顔で受け止める。
それを認めたその存在は、人であれば笑ったように鼻を鳴らして続けた。
《見誤るな、己が守ると定めたものを》
「……ああ」
《目を背けるな、これから己がする選択の全てから》
「……ああ、絶対に」
《そして、ゆめ忘れるな。汝の隣には、常に我がいる……否、我だけではないな》
「それは、どういう……?」
《己で確かめよ》
これ以上の助言は与えない。必要なことは全て述べたと、手を引く。
それから、ふと鋭い鉤爪を顔の方へ持っていき。
《一つ、贈り物をしよう。これから先、汝が選択をするに足り得る報せが舞い込むように》
「え、ぁ…………」
ぐらりと、視界が揺れる。
ああ、落ちる。
そう確信した通り、急速にルークの意識は遠のいていき。
──忘れるな。汝の凶兆は、すぐそこに迫っているぞ
その言葉を最後に、闇の中へ溺れていった。
次回、あの事件が。
読んでいただき、ありがとうございます。