ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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年明けてから初めてかな?

楽しんでいただけると嬉しいです。


凶兆

 

 

 

 

 

「…………ぐ、ぁ」

 

 

 

 呻きながら、目を覚ます。

 

 覚醒を催促するような鈍い頭痛に口元を歪めると、頬に硬い感触が当たる。

 

 ぼんやりとした思考はそれが床であると認識し、ルークは手を使って体を起こした。

 

「い、ってぇ……何だ、これ」

 

 尻餅をついたルークは、頭を内側から覆うような痛みに眉根を寄せる。

 

 意識がハッキリするほど煩わしくなるそれに気分を悪くしながら、周囲を見渡した。

 

「ここは、俺の部屋……そうだ、俺は……あの剣に呼ばれて……」

 

 何が原因か不明だが、どうやら床に倒れて気を失っていたらしい。

 

 ふと、今この瞬間に至るまで気が付かなかった片手の中の硬い感触を意識する。

 

 視線を下ろせば、そこには抜き身の愛剣が静かに収まっていた。

 

「…………抜け、てる」

 

 

 

(じゃあ、見直されたってこと……いや、違う。あの存在は、最初から……)

 

 

 

 徐々に気絶する前の記憶が蘇ってきた。

 

 暗い闇の中、眩いほどに輝く白い巨躯。

 

 その上に鎮座する、自分を睥睨する黄金の(まなこ)

 

 全て覚えている。あの時与えられた、厳かなるも優しき言葉も、これから未来への啓示も。

 

 そして……

 

「そういえば、あの時最後──ーに"っ!!???」

 

 

 

 

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ルークの脳裏に、夥しい〝音〟が響く。

 

 猛々しく燃える炎の音。切り裂くような風の音。

 

 大地の震えるような音、腐るようなドロリとした音に、何十という微風のような音。

 

 その他にも、無数に、限りなく、数えきれぬほどの音、音、音、音、音、音、音…………

 

「あ、がっ!? ぁッ、ぁぁあ、ぁあああぁあああああっ!!?」

 

 心を埋め尽くさんばかりのそれに、ルークは発狂しかけた。

 

 〝剣を手放し〟、両手で耳を塞いで──瞬間、ルークを取り巻く音の全てが消え去る。

 

「は、ぁっ! はぁッ、ハァッ!」

 

 

 

(なんだ。なんだ、なんだ、今のは一体、何だ!?)

 

 

 

 両耳をきつく押さえつけながら、両足を折りたたんでルークは狼狽する。

 

 感じたことのない感覚だった。恐ろしいほど研ぎ澄まされた音だった。

 

 到底、人の聞けるものとは思えなかった。

 

 

 

 

 あんなもの、ルークは知らない。

 

 きっと他のどんな人界人だって、ともすればあのキリトでさえも知らないに違いない。

 

 あれは、そう、まるで。

 

()()()()()()()()()()()()()を、無理矢理に植え付けられたような……

 

「っ…………」

 

 ルークは、剣を見る。

 

 床に転がり、微動だにしないそれ。人を遥かに超越したモノの魂が宿る剣。

 

 手放した途端に、音が聞こえなくなったことを思い出す。

 

 そしてある予想に、顔を渋くした。

 

「……認めてくれた証のわりには、過剰じゃないか?」

 

 

 ──ィイン。

 

 

 答えるように、震える刃。

 

 それさえも承知だと。使いこなしてみせろと、〝あの竜〟が言っているかのように。

 

 共鳴の意味をそう解釈したルークは、表情を苦笑いへと変えた。

 

「わかった。それが、お前からの恩寵だというなら。いずれ使えるようになってみせるさ」

 

 掠れた声で呟きながら、ルークは立ち上がる。

 

 床に転がる鞘を手に取り、そして今一度剣を見ると、一度唾を飲み込む。

 

 意を決した表情で、柄を握りしめた。

 

 

 

 途端に、またも〝音〟がやってくる。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 額に脂汗が浮かぶ。

 

 だが、無秩序に騒ぎ立てる謎の〝音〟に屈することなく、ルークは耐えた。

 

 全身に力を漲らせ、ゆっくりと鯉口に峰の腹を滑らせて、刃を収めていき。

 

 キン、と音を立て、完全に押し込んだ瞬間に〝音〟は消えた。

 

「っ、はぁ! ……こりゃ、しばらくかかるな」

 

 静かになった愛剣に、皮肉るような科白を一つ。

 

 そこでタイミングを見計らったように、外から時を告げる鐘の音が響く。

 

「……そういえば、日が昇ってる。気がつかなかった」

 

 剣にばかり意識がいっていたが、どうやら日を跨いでいたようだ。

 

 キリト達はどうなったのか。真っ先にそのことが思い浮かぶ。

 

「……まずは身支度から、か」

 

 皺くちゃになった汗まみれの服に、ルークは苦笑した。

 

 

 

 

 次の時を知らせる鐘が鳴る頃に、ルークは支度を終えた。

 

 本日の授業時間割を確認すると部屋を後にして、食堂のある一階まで降りていく。

 

 

 

(浴室で鏡を見た時、背中の痕が広がっているような気がしたけど……気のせいか?)

 

 

 

 階段を降りるのに伴い、制服の裏地に触れる背中の感触にルークはふと思い浮かべる。

 

 背に残る名残を気にかけながらも一階に辿り着き、寮監に挨拶をして食堂の扉を開く。

 

「おや、今日は遅いんだね」

「少し、準備に手間取りまして」

「珍しいこともあるねぇ。ちゃんと食べなよ?」

「はい、ありがたく」

 

 気の良い食堂の中年女性とそんなことを話しながら、朝食を手に入れた。

 

 それからいつもの席に向かい……既にいたとある二人にほっと安堵の息を吐く。

 

 何やら話している二人の隣にトレイを置くと、すぐに気がついた彼らが顔を上げた。

 

「キリト、ユージオ、おはよう」

「あ、ルーク!」

「おはようルーク。もう大丈夫か?」

「もちろん平気さ。心配かけたな」

 

 いつも通りの笑顔を浮かべながら、ルークは席に着く。

 

 二人もルークの顔色を確かめ、問題ないことを改めて確認した。

 

「まったく、気を揉んだよ。あんなことを言うから余計にさ」

「? なんのことだ?」

「何って、昨日も帰りに俺達が寄ろうとしたら、部屋で休むからそのまま帰ってくれって、扉も開けずに言ったろ? だから顔を見るまで心配でさ」

 

 一瞬、ルークの思考が止まる。

 

 数秒をかけて弟分達の言葉を理解し、身に覚えのない出来事に総毛立つ。

 

 

 

(……もしかして、俺と対話するためにあの存在が?)

 

 

 

 真っ先に思い浮かぶは、あの白き威容。

 

 魂だけにしては、何かと強引なところがあるのだ。ルークを装っても不思議ではない。

 

「ルーク?」

「……ああ。平気とは言ったけど、やっぱり顔色が悪くてな。昨日は色々あったし、これ以上何か気負わせるのは酷だと思ったんだよ」

「そういうことか。まっ、元気そうで安心したぜ」

「キリト、随分と心配してたもんね。部屋に戻った後も……」

「ちょっ、おま、それは言わない約束だろ!」

「そうだっけ?」

 

 悪戯げに笑うユージオに、珍しく慌てた様子のキリトは口を塞ぎにかかる。

 

 それに笑いをこぼしながら、ひとまず誤魔化せたことに内心で安堵した。

 

 

 

 

 その後、じゃれ合いをやめた二人と共に食事をしながら話題を振る。

 

「それで、あの二人のことはどうなった?」

「案の定だったよ。危うくユージオが酷い目に遭うところだった」

「キリトが咄嗟に機転を効かせてくれたから良かったものの、ね……」

「ふむ……」

 

 渋面の二人に、ルークは詳しく話を聞いた。

 

 やはり、ライオスがウンベールの蛮行に口出しをしなかったのはあえての事だったらしい。

 

 いざユージオ達が乗り込むと、あいも変わらず激昂するウンベールに便乗して二人を陥れようとしてきた。

 

 ユージオが肝心の〝不適切〟な言葉を使う前に、キリトが事なきを得たらしいが……

 

「すまなかったな。そんな時に呑気に休んでいて。無理をおしてでも俺も行っていれば……」

「何言ってんだよ。あんな状態のお前に何かあったら、それこそ大惨事だ」

「そうだよ。いつもルークは僕らを守ってくれてるんだ。気にしないで」

「……お前らは優しいな」

 

 温かい言葉が心に沁みて、思わずルークは二人の頭に手を置く。

 

 大きなルークの手はちょうど二人の頭に収まって、彼らは恥ずかしそうにはにかんだ。

 

 

 

(しかし、そうか……ライオスとウンベールが…………だとすれば)

 

 

 

 脳裏によぎるのは、最後に聞いたあの言葉。

 

「凶兆はすぐそこに、か……」

「え? 何か言ったかい?」

「いや、何でもない」

「それより、さっさと食っちまおうぜ。今日もめいいっぱい授業があるだろ?」

「それもそうだな。よし、腹ごしらえといくか」

「二人とも、ちゃんと噛んで食べるんだよ」

 

 ひとまず、ルークはそれを頭の奥にしまい込んだ。

 

 

 

 

 とはいえ、あれほどの体験は早々頭を離れない。

 

 神聖術や一般教養的な座学を受けている時や、剣術の講義で素振りをしている時。

 

 時折その言葉が、意識の隅にちらりと顔を見せ、ルークは悩ましくなる。

 

「ふむ……」

「ルーク上級修剣士。この神聖術を発動するのに必要な式句の数は?」

「ん、11です」

「よろしい」

 

 それでも適度に集中をしながら、いつも通りに授業をこなしていった。

 

 気がつけば、あっという間に昼の休憩時間になっている。

 

「ルークー、飯食いに行こうぜー」

「ん、おう」

「ダメだよキリト。凍結の神聖術の復習が終わるまでは逃がさないからね」

「うげっ。そこは一番苦手なんだよ……」

「だからでしょ。来週は実践試験もあるんだから。ということで、ごめんねルーク」

「おう、気にすんな。せいぜいキリトをしごいてやってくれ」

「そんな殺生な!」

 

 裏切り者め! と言わんばかりに嘆くキリトに軽く笑い、ルークは席を立つ。

 

 二人に一時の別れを告げ、教室から出たルークはそのまま校舎の外へと向かった。

 

 

 

(さて……久々に一人だが、どうしたものか)

 

 

 

 ひとまず、学院の中で適当な場所を見つけるかと彷徨い歩く。

 

 広大な広場、ひっそりとした花壇、静謐な林……一人で気楽に過ごせる場所が様々思い浮かんだ。

 

 その何処かから、まさに一つを選び出そうとしていた時のことだ。

 

「あれ、ルーク先輩……?」

「ん?」

 

 覚えのある声での呼びかけに、彼は足を止める。

 

 そうして振り向くと、ベンチに座っている二人の少女が自分を見ていた。

 

「ティーゼ、ロニエ。こんなところで奇遇だな」

「こんにちは、ルーク先輩」

「珍しいですね。今日はユージオ先輩達は一緒じゃないんですか?」

「まあ、ちょっと。そっちも休憩中か?」

「はい……あっ、シャーリーなら今、ご飯を買いに行っていて」

「ん、そうか」

 

 そういえばいないな、と思い出す。

 

 三人でいることも多い彼女達だが、この二人でいるのもよく見るために違和感がなかった。

 

 そんなことを考えていると、不意に二人の表情に目を引かれる。

 

「……心配か。フレーニカさんのことが」

「えっ、あっ……顔に、出てましたか」

「す、すみません」

「別に、謝ることじゃないよ。キリト達にはもう会ったか?」

「はい。ユージオ先輩が、話はしておいたからって。でも……」

 

 表情に影が差す。不安は強く残っているようだ。

 

「先輩達のことを、信じていないわけじゃないんです。でも……」

「本当に、よかったのかなって……」

 

 どこか、後ろめたいものが混じった言葉。

 

 目の中に罪悪感を称えるティーゼ達に、なるべく優しく語りかける。

 

「あいつらは、後輩に頼られて迷惑がるようなやつらじゃないよ」

「けど……巻き込んでしまったことが、申し訳ないんです」

「二人で話してました。最初から自分達だけで、どうにかしておくべきだったんじゃないか、って……」

 

 ああそうか、とルークは理解する。

 

 目の前にいる二人の少女は、尋常でない事情に関わらせた負い目と同時に、怯えてもいるのだ。

 

 

 

 親しい相手に嫌われたくない。

 

 

 

 誰もが一度は思うこと。特にそれが、今回のようなことであれば殊更に。

 

 むしろ、何も言わなかった方があのお人好しな弟分達は不満だったろう、とルークは思う。

 

 

 

 

 だが、そこは付き合いの長さというものがある。

 

 親しいとは言っても、彼女達と知り合ってからまだ数ヶ月だ。全幅の信頼を置くには足りない。

 

 

 

(こんな場面で思うことではないだろうけれど。不器用なところが、なんというか似てるな……)

 

 

 

 些か不謹慎だろうが、そうとすら思ってしまった。

 

 また、下級とはいえ貴族の子女にしては、一際に善良であるとも。

 

 家柄的なもので立場が逆転し、困りごとを全て先輩に押し付ける者もいるのだから、彼女達の善性は際立つだろう。

 

 故に、ルークは口調を明るく、言葉を投げかける。

 

「まあ、俺から言えることは一つだ」

「「……?」」

 

 不思議そうにする二人に、ルークはいつもの笑みを浮かべて。

 

「先輩の仕事ってのは、後輩の面倒を見ることなんだ。気に病みすぎても、こっちが申し訳なくなる。だから、頼りたい時は頼ってみるといい」

「……あんまり遠慮しても、失礼ってことですか?」

「でも、それって……」

 

 まだ負の感情が飲み込み切れない、という顔のティーゼとロニエ。

 

 ルークは笑みを収め、膝を落として目線を合わせる。

 

 自然と二人は視線を向け──自分達を見る、灰の瞳に息を呑んだ。

 

「もし、それでもまだ後ろめたいというのなら。君達が…………いざという時に、あいつらを支えてやってくれ」

 

 告げられた言葉が、心に沁みる。

 

 風に揺れる木の葉から覗く陽光に反射し、瞳の奥に輝く〝金〟に目を惹きつけられ。

 

 不思議と、その言葉が胸の奥まではっきりと木霊した。

 

「私、達が……」

「キリト、先輩達を……?」

「ああ。思いつく限りのどんな方法だっていい。どうしようもなく、あの二人が立ち上がれなくなっちまった時は、側にいて、助けてあげてくれ。そうしたら、きっと君達は大丈夫だ」

 

 安い気休めだと、言いながらルークは自嘲した。

 

 確実性もなく、明確な補償が何もない助言でしかない。

 

 それでも、ルークの本音だった。

 

 

 

 

 案の定、二人は少々難しい顔になっている。

 

 ハッとしたルークは、親しげな笑みを張り付けながら立ち上がった。

 

「っと、いろいろ話しすぎたな。とりあえず、ちゃんと昼ご飯は食べとけよ」

「は、はい」

「わざわざ、ありがとうございました」

 

 踵を返し、離れていく。

 

 その中で、ルークは。

 

 

 

(……どうして俺は、いつか自分がいなくなった後を頼むようなことを?)

 

 

 

 自分がキリト達から離れるなど、余程のことでなければありえないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ィイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、耳の奥にあの音が響いた気がした。

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。
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