ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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いつものことですが、のんびり更新ですいません。

今回、力入れすぎたかも。

楽しんでいただけると嬉しいです。


産声を上げて

 

 

 

 

 夕刻、修練場。

 

 

 

「ハァッ!」

「シッ!」

 

 いつも通り、ルークとシャーリィの訓練が行われている。

 

 木刀を用いた模擬戦。

 

 幾度となく行われてきた形式であるが、これまでとは少し異なる。

 

「ッ!」

「っと!」

 

 シャーリィが踏み込み、突きを繰り出す。

 

 風を切り、恐ろしいほど真っ直ぐに飛んだ刺突はルークをしてヒヤリとするほど。

 

 愛刀を模した木刀の腹で受け流して、そこを起点に力を加え、転倒を狙った。

 

 いつもであれば、少なからずバランスの崩れるカウンター。

 

「ふっ!」

 

 だが、彼女はあえてそちらに足を踏み込み、そして握り手の力を緩めた。

 

 力点がズレて、解放された木剣を再び握りなおし、二撃目を至近距離で放つ。

 

 対応力に驚いたルークは、反射的に左手を刀身に添えるとその腹で受け止めた。

 

「っ、やるな、リィ」

「先輩、こそっ!」

 

 笑い合いながら、互いに次の一手を始める。

 

 シャーリーがまたもルークの姿勢の穴を突くように足を踏み入れ、連続で突きを入れる。

 

 彼も即座に対応し、後退しながらも抜群に安定した体幹で捌いていった。

 

「っ」

 

 埒が明かないと悟ったか、シャーリーが一歩引く。

 

 ルークは次の剣戟を警戒し──まさに、それが彼女の狙いであった。

 

「シッ」

「っ!」

 

 踏み込み、からの蹴り。

 

 これまで一度も見たことのないパターンにルークは不意を突かれ、咄嗟に片手で受ける。

 

 

 

 

 小柄ながらもしっかり体重が乗った蹴りは重く、掌が痺れた。

 

 衝撃が伝播した腕は一瞬痙攣し、その隙にくるりと回転したシャーリーが突き入れる。

 

「はぁっ!」

「ぐっ!」

 

 全身をバネにした、貫通力のある全力の刺突。

 

 吸い込まれるように首へ迫ったそれを、なんとか右手で握った木刀で受ける。

 

 メキメキと数ヶ月で冴えを発揮したそれは、ルークとて片手で受け止めるのは難しい。

 

 冷静に対応していた先ほどとは異なり、随分と苦し紛れだった。

 

「っ……!」

 

 そのまま押し切ろうと、シャーリーは切っ先を進める。

 

 少しずつ、自らの木刀が迫っていく。あと数セルチもない。

 

 やれる。彼女はそう確信し。

 

「……!」

「え……」

 

 それが、命取りだった。

 

 ルークの木刀が、不思議な動きをしていく。

 

 腕の筋肉と関節が絶妙に使われ、剣先にかかった力の向きがおかしくなる。

 

「あっ……!」

「っふ!」

 

 そして、驚くほどの膂力でいなされた。

 

 切っ先に集中させていたバランスが一気に崩れ、シャーリーは前へと倒れる。

 

 完全に姿勢を崩していた為、そのままならば顔から転倒するような形だった。

 

 ヒヤリと背筋に冷たいものが走るが、寸前で彼女の腹に添えられた腕によって阻止される。

 

 

 

 

 ズン、と自分の体重が戻ってきて、シャーリーは少し咽せた。

 

 息を吐き出しながら右を見ると、いたずらげに笑うルークがいる。

 

「一本、だな」

「……参りました」

 

 勝敗は決した。

 

 腕を支えに立ち直ったシャーリーは、少し恨めしげな目をする。

 

「また、負けました」

「そう簡単には勝たせてやらないさ。先輩の意地ってやつだ」

 

 得意げに言うルークを、ジトっと見るシャーリー。

 

 やがてどちらからともなく吹き出して、二人は模擬戦の形式に則り礼をする。

 

 それから汗を拭い、カラカラになった喉に持ってきた水筒の中身を流し込んだ。

 

「いや、それにしてもギリギリだったよ。ここ最近、随分と強くなってるじゃないか?」

 

 心の底から感心したように、ルークは後輩に告げる。

 

 シャーリーは近頃、位置取りと足運びの技術が格段に向上していた。

 

 単純な膂力の差と視点の高さという利点から凌いでいるが、ヒヤリとすることも少なくない。

 

「んく、んく……ぷは。おかげで、先輩の動きにもついてこられるようになってる」

「後輩が成長してくれて嬉しいよ。何かきっかけがあったか?」

「……本気で聞いてる?」

 

 両手で持った水筒から顔をあげ、シャーリーはジトリと見つめる。

 

 その視線を悠々と受け止めながら、ルークは微笑んだ。

 

「悪い、冗談だ。俺もそうだったからな」

「ん。……もう、同じことにはなりたくないから」

「そうだな。互いに頑張っていこう」

「はい、先輩」

 

 笑いかけるルークに、シャーリーも口の端を小さく上げた。

 

 以前ならば口に出すことも戒めていたが、こうして互いを高める理由にできている。

 

 それが最も得たものだと、二人は感じていた。

 

 

 

 

 互いに模擬戦の内容を思い返し、談笑していると、不意に窓の向こうが輝く。

 

 遅れて極大の腹の音のような轟音が響き、シャーリーが少し体を震わせた。

 

「っと……止まないな、嵐」

 

 窓の外を見やり、そこに吹き荒れる雨風を見てルークは呟く。

 

 今日は朝から、ずっとこのような天候だ。

 

 ソルスの光すら届かせないほどの暗雲が垂れ込め、代わりに紫の雷光が隙間より覗く。

 

 ただの悪天候と呼ぶには強烈な嵐がやってくるまで、そう時間はかからなかった。

 

「さっき、四時を告げる鐘が鳴っていました」

「そうだったか。よし、長々と鍛錬に突き合わせたし、今日はもう部屋の清掃はいいから初頭錬士寮に帰れ」

「いいんですか?」

「おう。もっと酷くなって戻れなくなる方がまずいからな。送っていくよ」

 

 まして、それでシャーリーが体調を崩そうものならばいよいよ目も当てられない。

 

 生来の世話焼き根性が顔を出したルークは、手早く支度を始めた。

 

「……私は、別にそれでも…………」

「ん? 何か言ったか? 外の音でよく聞こえなかった」

「……いえ」

 

 何やら、少し残念そうながらも片付けを始めるシャーリーに彼は首を傾げる。

 

 言い直さないのなら大したことではないだろうと判断して、木刀を布袋に仕舞う。

 

 口を閉じる紐を解き、中を開くと……一緒に入れてきた、《白竜の剣》が顔を出す。

 

 

 

 

 あれ以来、ルークはなるべくこの剣を持ち歩くようにしていた。

 

 〝凶兆〟の訪れがいつかもわからぬ中、手元にある方が心強い。

 

 そんな相棒を、木刀を入れる隙間を作るために触れ。

 

 

 

 

 

 ────ィイイインッ!! 

 

 

 

 

 

 瞬間、弾かれたように手を引いた。

 

「────。」

「先輩?」

 

 不意に手を挙げ、硬直したルークにシャーリーが訝しげにする。

 

 それにも気が付かず、ルークの瞳は愛刀をじっと凝視していた。

 

 

 

(これまでにない音。初めて伝えられた意思。これは、なんだ?)

 

 

 

 今、あの存在は、自分に何を伝えようとした? 

 

 道に迷っていた時に拒まれたのとは違う。もっと別の何か……そう、警告するような。

 

「…………確かめるしかない、か」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「あの、先輩……」

「リィ。すまないが、少し離れていてくれ」

 

 不意に飛んできた鋭い声に、一瞬シャーリーが体を強張らせる。

 

 だが、恐る恐る伺ったルークの真剣な横顔に何かを察し、数歩下がる。

 

 

 

 

 すまない、と小さく呟いて、もう一度剣に意識を向ける。

 

 木刀を置き、空いた左手でしっかりと鞘を握る。

 

 残る右手で柄に触れると、小刻みな振動が伝わってきた。

 

「…………聞かせてくれ。俺が知るべきものを」

 

 そして、ルークは静かに刃を抜いた。

 

 刹那、彼の耳に入り込んでくる無数の音。

 

 外の嵐をかき消すほどの音の奔流に、やはり意識が軋みをあげるような錯覚を覚える。

 

 だが、それ以上に。

 

「なんだ、これは…………!?」

 

 

 

 それは、〝泥〟だ。

 

 

 

 他の数えきれぬ音の全てを圧倒し、塗りつぶしてしまうほどの、おぞましい何か。

 

 そうとしか形容ができないほど、腐り切っていて、吐き気の込み上げてくる、毒々しいモノ。

 

「こんなものが、この世にあるというのか……!?」

「先輩? 大丈夫ですか、先輩っ」

 

 肩を激しく揺さぶられ、ハッとする。

 

 振り返るとそこには後輩がいて、尋常でない顔をしている自分を不安げに見ていた。

 

 ルークはさらに目を見開く。

 

 彼女の胸の中心。そこから、〝音〟が聞こえていたのだ。

 

 小さく、されど決して絶えることなく燃え続ける、強固な芯があるかのような、炎の音。

 

 まるで彼女の在り方を表すようなその音は、今も何十と聞こえるものの一つだった。

 

「……そうか。そういうことだったのか」

 

 

(これは意志の〝音〟。人の魂、その根底に存在する心の意思──いわば、〝心意〟が聞こえていたんだ)

 

 

 ルークは悟る。自らが聞くものの正体を。

 

 同時に理解した。あの恐るべき、至高なる生物が、いかにして万象を認識していたかを。

 

 強大なるかの竜は、有象無象であろう外界の命を、心意で聞き分けていたのだと。

 

「だとしたら、この〝音〟は……!」

 

 他の音、他者の心を蹂躙するような心意の持ち主が、すぐ側にいるということだ。

 

「っ…………」

 

 ルークは、普段そうしているように耳を澄ませる。

 

 果たしてその目論見は成功して、より鮮明に音が聞こえてくるようになった。

 

 

 

 泥は、二つ。

 

 一方がやや強いが、混ざり合い溶け合うように、互いに腐らせ合っている。

 

 そして──今まさに、か弱い灯火のような (ココロ)が二つ、飲み込まれようとしていた。

 

「っ、これはっ!」 

 

 一体、何が起こっているというのか。

 

 驚愕するルークに応えるように、耳はその音を別の形で届けた。

 

 

 

 ──六等爵家の小娘にしては、大した覚悟じゃないか。どこまで頑張れるか、楽しみが増えたな、ウンベール

 ──では、どちらが先に泣き叫ばせるか、勝負といきますかライオス殿

 

 

 

「────ッ!!」

「きゃっ!?」

 

 その瞬間、接触していた鞘尻から放射線状に床がひび割れた。

 

 凄まじい音を立てて破損した床にシャーリーが尻餅をつき、驚いてルークを見る。

 

「ライオスッ……ウンベール…………ッ!! そこまでの外道だったか……ッ!!」

 

 絞り出すように、喘ぐように、ルークは唸りを漏らす。

 

 相当に力んでいるのか、膨張した筋肉によって制服が内側から悲鳴を上げていた。

 

 額や手の甲には青筋が浮かび上がり、鋭い瞳は憤怒に淀んでいる。

 

 そんな彼の煮え滾る怒りに、音は油を注ぐ。

 

 

 ──い、いや……いや……いや…………! 

 

 

 また、声が聞こえた。

 

 それは、かき消されそうな火の音に混じって聞こえてきた。

 

 ひどく聞き覚えのあるそれは──間違いようもなく、弟分の世話している後輩の少女で。

 

 

 ──いや……助けて……たすけて、ユージオ先輩! ユージオせんぱい──っ! 

 

 

 遅れてやってきた声が、確信を与えた。

 

 今、ライオスとウンベールに凌辱されそうになっているのは。

 

 他でもない、ロニエとティーゼなのだと。

 

「貴様ら、よくも……!」

 

 我慢の限界を超え、ルークは荒々しく立ち上がる。

 

 そのまま修練場の出入り口に走り出そうとする彼を止めたのは、袖を引く二つの手だった。

 

「先輩、待って!」

「っ」

 

 力一杯、服の裾を引くその手に、ルークは足を止める。

 

 ゆっくりと後ろを向けば、そこには今にも泣き出しそうなほど、不安げな顔をした少女が。

 

「どこに、行くの」

「……ロニエとティーゼが、ライオス達に辱められている。このままでは、取り返しのつかないものを失う」

「っ!? ど、どうしてそんなことを……」

 

 はっきりと顔に動揺を浮かべ、しかし決してルークの服を離さない。

 

 そんなシャーリーに、いつになく厳しく……あるいは切羽詰まった声で告げた。

 

「……離せ。今すぐ行かないと」

「っ…………何を、するつもりなんですか」

「助ける」

「どうやって……」

「どうやってでも、だ。もし必要なら、あいつらを多少──」

 

 その先の言葉を言う前に、ルークは口をつぐんだ。

 

 だが、そこで首をかしげるほどシャーリーは愚鈍な少女ではない。

 

 ハッと目を見開き、彼の手に固く握られた《白竜の剣》を見て、みるみるうちに顔を青く染めた。

 

「だ、駄目! そんなことをしたら、禁忌目録違反になる……!」

「それは……」

「もしその話が本当でも、いっちゃダメ……! あの人達に逆らったら、先輩が……!」

 

 シャーリーが何に怯えているのか、ルークにもよくわかっていた。

 

 上級貴族であるライオス達に下手な真似をすれば、裁決権の執行対象となってしまう。

 

 そうなれば、どのような目に合うかわからない。ともすればその場で首を落とされるかもしれない。   

 

「……それでも、見捨てることはできない」

「っ、どうして、そこまで……!」

「そんなの……」

 

 お前達が悲しむからに決まっているだろ、と続けようとして。

 

 

 

 ──や、嫌あああ────ッ! 先輩────ッ!! 

 ──う……おおおああああ──────っ! 

 

 

 

 汚泥のように濁った音の一方を、吹き荒れる吹雪の音が削った。

 

 共に聞こえた烈拍の叫びは、それこそ聞き間違えるはずもない声。

 

「っ!? ユージオ!?」

 

 

(まさか、お前までそこにっ!?)

 

 

 もう、迷っている時間はない。

 

 ユージオが、ライオスかウンベールのいずれかに何かをした。今すぐ行かなくては。

 

 激情に駆られたルークの歩みは力強く、シャーリーが踏ん張る暇もなくその手がすり抜けた。

 

「だめ、待って、先輩────!」

 

 縋るような金切り声を、置き去りにして。

 

 ルークは蹴り破るように扉を開け放ち、嵐の中へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 ──いかないで。私をまた、ひとりにしないで…………

 

 

 

 

 

 最後に届いたその言葉が、ルークの心を深く抉った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「すまん、リィ……!」

 

 口の中で噛み砕くように謝罪しながら、ルークは走る。

 

 雨に打たれた体はみるみるうちに濡れていくが、その冷たさを感じない程の激情があった。

 

 

(どこだっ。奴らはいったい、どこにいる……!)

 

 

 整備された道を駆け抜けながら、ルークは耳が伝える心意の発生源を探す。

 

 長時間聞いた為だろうか、少しは聞き分けられるようになってきた。

 

 だが、それでも何十もの音が重なり、煩雑としすぎていて、特定ができない。

 

「くそっ、これじゃあロニエ達も、ユージオも……!」

 

 

 ──ィイン。

 

 

 その時、あらゆる音に割り込むような耳鳴りが響いた。

 

 立ち止まったルークは、顔の前に剣を持ち上げる。

 

「……落ち着け、とでも言いたいのか?」

 

 じっと見つめても、剣は震えない。それが無言の肯定に思えた。

 

 一度、ルークは深く息を吐く。そうして調子を整えて、気分を落ち着かせた。

 

 

 

 

 昂った気持ちが落ち着いてきたのを見計らって、ルークは目を閉じる。

 

 そして、無理やり意識から追い出していた全ての〝音〟に自ら意識を向けた。

 

 

(心を平静にしろ。がむしゃらに探しても、その分時間が無駄になる。だから、落ち着いて探し出せ)

 

 

 言い聞かせるように自分へ語りかけ、ユージオ達がいる場所を聞き出すことを試みる。

 

 

(余計な音は聞かなくていい。聞きたい音だけを、この奔流から聞き出せ)

 

 

 

 

 

 ──然り。不要な音は切り捨てよ。それが光明への導である。

 

 

 

 

 

 どこか、重なるような声が囁かれた気がした。

 

 それに従うようにして意識を研ぎ澄ませ、同時に思考を回転させる。

 

「この時間、この天候の中、奴らが人目につかずロニエ達に蛮行を働ける場所……」

 

 学舎は、まずありえない。この時間であれば教官達や生徒もいる。

 

 同様の理由で、初頭錬士寮も違うだろう。

 

 では屋外か。この嵐の中で、ましてあの二人がそれはありえまい。

 

 ならば、答えは一つ。

 

「上級、修剣士寮」

 

 答えを呟いたのと同時、まるで海を割るように音が遠ざかった。

 

 そして、雑音の入り混じっていたその音が、はっきりとその場所から聞こえてくる。

 

「奴らの部屋、そこにユージオ達が──っ!」

 

 確信と共に、そちらに向けて走り出す。

 

 

 

 瞬間、脳を貫くような激痛がルークを襲った。

 

 

「ぁ、ぐっ!?」

 

 体から力が抜け、その場で膝をつく。

 

 ズキン、ズキン、と頭の奥からやってくる刺すような痛みに、思わず右目を押さえた。

 

「これ、は……あの時と……同、じ…………!」

 

 かつて、目の前でアリスを連れ去られた時と同じ痛み。

 

 

 

 公理教会は絶対である。

 

 

 

 禁忌目録は絶対である。

 

 

 

 平民は貴族に逆らってはならない。

 

 

 

 法に、背いてはならない。

 

 

 

 そんな言葉が、つい先ほどシャーリーに言われた言葉と共に頭を埋め尽くす。

 

 この人界を統べる絶対の法が、ルークに鎖を巻き付けようとしていた。

 

「黙、れ……黙れ…………黙れ、黙れ黙れ黙れェッ!」

 

 それを跳ね除けるように、ルークは吠える。

 

「何故だっ!? 何故お前らは、奪わせることを許すっ!?」

 

 法が絶対? 禁忌を冒してはならない? 

 

 法は、人々の日々に安寧をもたらし、幸せにするために存在しているはずだ。

 

 だというのなら、ライオス達の行いは法が裁く悪ではないのか。正義が執行されないのか。

 

 否、巧妙なあの二人のことだ。その網目をすり抜けているのだろう。

 

 だったら、許されるのか? 今もなお悪意に晒されている彼らの恐怖、苦痛は、正しいのか? 

 

 法に、触れていないから? 

 

「いつも、そうだっ! お前達が、お前達の法が、大切なものを壊していくっ!」

 

 そんなことが、許されていいはずがない。

 

 いいや違う。()()()()()()()()

 

 

 

 

 そう考えた途端、頭を刺す痛みは全身へ襲いかかった。

 

「が、ぁああぁあっ!?」

 

 右眼の中に、何かが浮かぶ。

 

 考えるたびに熱を孕み、赤く染まっていた視界の中央に、神聖文字が。

 

【SYSTEM ALERT : CODE871】。その文字の羅列の意味は理解できなかった。

 

 だが、今自分が紡いでいる思考を封じ、恭順させようとしていることは、解った。

 

 

 

 思い出した。かつて幼い自分は、これに屈してユージオ達を押さえ込んだのだ。

 

 

 

 そして、目の前で整合騎士にアリスを連れて行かせ。

 

 彼らから、大事なものを奪った。

 

「っ……誰、が……二度、も……従う、ものか…………!」

 

 今度は、屈しない。

 

 奥歯を噛み締め、鉛が差し込まれたのではないかというほど重々しい手足に力を入れる。

 

 体を打ち付ける雨の冷たさを鞭に心を奮い立たせて、全力で立ち上がる。

 

 それを抑え込もうと痛みを増させ、視界で踊るコードに歯軋りをした。

 

「この、悪意を……許容、するの、が…………お前達、の、法……ならば……!」

 

 いよいよ、コードの向こうにある景色が見えなくなるほどに視界が赤く染まる。

 

「俺は、俺の正義に、従い……ッ、今度……こそ………………!」

 

 身体中で暴れ回る痛みを堪え、完全に立ち上がった、ルークは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達の 正義()を、否定してやる────────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天に向かい、咆哮した。

 

 その 雄叫び(いかり)は、周囲の雨を凍て付かせ。

 

 ばしゃっ、という乾いた音と共に、ルークの視界の中で、眼球が()()()()()()

 

「はぁっ…………はぁっ…………」

 

 体力を使い果たしたように、膝をつく。

 

 崩れ落ちそうになる体を剣で支え、荒く息を吐きながら前を見据えた。

 

 右の視界が()()()()()()()目には、上級修剣士寮がはるか遠くに見える。

 

「──行かなくては」

 

 だが、些細なことだった。

 

 ふっ、と息を吐くと、それまでが嘘のように屹然とした表情で立ち上がる。

 

「五歩、か」

 

 何事か呟き、鞘から刃が抜けないように親指で鍔を押さえる。

 

 そうすると、ぐっと両足を屈ませて。

 

 

 

 

 

「シ──ッ!」

 

 

 

 

 

 疾走した。

 

 

 

 一歩踏み込む。石畳が砕け、周囲の光景が数十メル後ろに吹き飛ぶ。

 

 

 

 二歩踏み込む。雨を突き破り、あまりの疾さで音を裂いた。

 

 

 

 三歩。曲がり角で旋回し、その拍子に蹴った花壇の塀を粉砕した。

 

 

 

 四歩。行く先に寮が見えた。

 

 

 

 最後の一歩。

 

 

 

 その塔の最も高い部屋の窓まで、足裏を爆発させるように跳躍し。

 

 

 

「──見つけたぞ」

 

 窓の中に、うずくまる弟分へ剣を振り下ろさんとする下郎と、それを受け止める少年を見た。

 

 親指が鍔を弾く。凄まじい速度で飛び出した剣は窓に衝突し、一撃で粉砕した。

 

「なっ──」

 

 部屋の中にいた男が、驚いたようにこちらを見る。

 

 床に転がる隻腕の男が、寝具の上の少女達が、そして二人の青年が目を見開いた。

 

 誰もが見る中、掴んだ剣を鞘に戻して。

 

「貴様、何故──」

 

 何かを、男が言おうとする。

 

 憤慨か、驚愕か、あるいは罵倒か。

 

 どれでもいい。()()()()()()()のだから、考える意味がない。

 

「奈落の底へ堕ちてゆけ。その醜悪な魂ごとな」

 

 

 

 

 

 

 

 キン──ッ。

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 気がつけば、彼は刀を振り切っていて。

 

 男の背後に、しゃがみ込むように着地していた。

 

「ば、か……な…………」

 

 ガラン、と重いものが取り落とされた音。

 

 続いて、ブシィッ! と形容し難い音が大きく響く。

 

 最後に、重々しいものが地面に転がる衝撃が床を打ち。

 

 背中に、生暖かいものが降り注いだ。

 

「──なんだ。脆いじゃないか」

 

 時が止まったような部屋の中に、冷徹な言葉が響く。

 

 その場の全員が体を震わせ、錆びた道具のような動きでそちらを見た。

 

 

 

 

 男が、立ち上がっている。

 

 背中を血に染め上げて、それとは裏腹に一滴の穢れもない刃を手に携え。

 

 ゆっくりと振り返ったその顔が、外からの雷光で照らし出され。

 

 その右の目には──黄金の光しかなかった。

 

「ヒッ、ヒィイイイイイッ!? ば、化け物ぉおおおっ!!?」

 

 ウンベールが、無様な姿勢で脚をバタつかせ、後ろへ逃げようとする。

 

 そんな彼を睥睨し、男はゆっくりと体の向きを変えた。

 

「安心しろ。お前のそのドス黒い 心意(ココロ)も、すぐに斬ってやる」

 

 大丈夫。さっきは失敗したが、次はそれだけを斬るさ。

 

 血溜まりの中に倒れた骸を踏み越えて、そんなことを呟きながら、男は迫った。

 

 一歩一歩、近づいていく男の前に、黒と青の影が躍り出る。

 

「おい、ルーク! お前なんか変だぞ!」

「ルーク! 今の君は、まともには見えない!」

「どけ。そうでないと、 お前達を守れない(その男を殺せない)

 

 二人の青年の言葉を聞くことなく、男は進もうとした。

 

 何か異常だと察した黒髪の青年と、片目のない金髪の青年は目線を合わせ、頷き合う。

 

 そして、二人で男の体を抑えた。

 

「どけと、言っている」

「正気に戻れ! ライオスは死んだ! ウンベールも、もう何もできない!」

「こいつにはもう、それ以上のことをする必要はないよ!」

「何を言っている。そいつの 心意(おと)は濁ったままだ。断ち切らないと」

 

 今も聞こえる。目の前で顔を恐怖に引き攣らせ、失禁している男の醜い心が。

 

 断ち切らなくては。大切なものを守るために、悪しきものは全て斬り捨てなければ。

 

 ただ、それだけが男の中に強く響き、規格外の膂力で二人ごと前に進む。

 

「ぐっ、な、なんて力だ……!」

「ちくしょうっ! こういうやり方はしたくなかったが!」

「お前達、いい加減に──」

 

 

 

 ドゴッ、という鈍い音と共に、後頭部に何かが叩き込まれた。

 

 

 

 それによって脳が揺れ、全く揺れることのなかった男の体勢が崩れる。

 

「う、ぉおおおおっ!」

 

 その隙に、金髪の青年が全力で男を押し倒し、その拍子に手から剣が離れていく。

 

 腰の辺りを抑えられて、動けない。未だに意識は朦朧としていた。

 

 揺れる視界の中で、自分の胸の辺りにまたがった黒い影が、何かを振り上げる。

 

「悪く思うなよ、ルーク」

「なにを──」

 

 聞き返す前に、剣の柄頭が容赦なく振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それによって、男の意識は闇の底へ叩き落とされた。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回、ついにメインヒロイゲフッゲフ彼女が登場。

コメントくれると嬉しいゼ⭐︎
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