ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
前話からたった1日で書き上がるとか、マジで久しぶりです。
熱が入りすぎて一万字になりました。
この章最後の話、楽しんでいただけると嬉しいです。
道に、立ち尽くしていた。
「これは、いつもの……」
ルークは、それがあの夢であることをすぐに悟る。
いや、違う。すぐにそう否定した。
空が、血で染めたように赤い。
周囲の木々は黒々とし、ぬるりとした風に吹かれ不快な音を立てる。
ずっと向こうまで伸びる道は、ひどく荒れ果てていて。
そして、ピチョリ、ピチョリと。
何かが滴り落ちるように、ねっとりとした音が響いた。
「…………?」
ふと、下を見下ろす。
自らの手が、血で染まっていた。
「なっ!? んだ、これは……!?」
空よりも鮮明に、そして毒々しく濡れそぼった両手に、激しく動揺する。
無意識に一歩、二歩と後ずさり、すると足に何かが触れた。
手に意識がいっていたルークは驚き、素早く振り返る。
そこには、人が転がっていた。
ズタズタに切り裂かれ、血だまりの中で事切れた男。ライオスだった。
その瞳に色はなく、傷口から音を立てて溢れ落ちる血は生々しくて。
──この、バケモノめ
「ぅ、あ…………」
ふと、耳の奥にねじ込むように響いた言葉に、尻餅をつく。
そのまま後ろへ下がろうと這いずり、今度は地面についた手に何かが触れた。
青ざめた顔を、恐る恐るそちらに向ける。
「…………」
「ひ、ぃぁ…………」
骸が、こちらを見ていた。
青い制服を、煌めきのある金髪を赤く染め、口の端から血を垂れ流した、青年の死体。
傍らには、水晶のような美しい剣がバラバラに砕けて落ちていた。
「ゆー、じお……」
嘔吐くように、名前を呼ぶ。
返事は返ってこない。
代わりとでも言うように、大きく引き裂かれた背中の傷から血が吹き出る。
恐怖と絶望に顔を引きつらせるルークは、転がった弟のすぐ隣を見た。
「きり、と……あ、りす……」
黒衣の青年。小柄で可憐な少女。
どちらも、死んでいる。何かに壊されたように、事切れていた。
三人だけではない。
その先には、骸の道が続いていた。
セルカ。村の子供達。母セフィア。ユージオの家族、アリスの父。
牧場の家族、ザッカリアの衛兵隊の仲間、ルルディ、シャーリー、ロニエ、ティーゼ…………
「あ、ぁ、ああああああ」
皆、命を奪われ、死んでいる。
まるで鋭い
全身を震わせたルークは、
「ちがう。ちがう、俺が、望んでいたのは、こんな、こんなはずじゃ」
その言葉は、最後まで言い切ることが許されなかった。
バキッ!!
「ぁ、ぐっ!?」
音を立てて、背の皮が裂ける。
肉を引き裂き押しのけて、血濡れの翼が姿を現した。
堪え難い激痛と、滴り落ちる血の不快さに顔を歪める暇もなく、次は足が変わっていく。
靴が、次にズボンが破れ、荒々しく逆立った鱗に覆われた、人ではない骨格の脚が出てきた。
そして指先から腕が変わっていき、ズボンを割いて尻から何かが伸び始め、体がメキメキと音を立てて壊れ。
「ア、ァァア”ァ”、ア”ア”ァ”ァ”ア”ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ””ァ””ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”──────────ッッッ!!!!!」
ルークは、◾️になった。
●◯●
「……ああぁあああっ!?」
絶叫しながら、飛び起きる。
両手で全身をまさぐり、引っ掻き回すようにして、自分の体を確かめた。
おかしな感触は、ない。そこにあるのは紛れもなく、ルーク自身の体だった。
「はぁっ、はぁっ…………夢、か……」
一度、そこで安堵する。
しかしすぐに、本当に夢だったのか? という疑問が胸中を支配した。
手を見下ろせば、そこには一滴の血も付いていない。ただ剣だこがあるだけだ。
「いや、でも……俺は、ライオスを…………」
何らかの理由で意識を失う前の記憶は、おぼろげだ。
だが、覚えている。自分が何をしたのかを。
刃を握り、天に怒りを吠え、その果てに何を斬ったのか。
「そうか……俺は、殺したのか…………」
自嘲と嫌悪がないまぜになった顔で呟く。
かつての、北の洞窟で殺しあったゴブリンなどとは到底事情が違う。
あくまで法の上では裁けないライオスを、不当な理由で斬り殺してしまったのだ。
ロニエとティーゼを守るためだった。そのことを悔いてはいない。
だが、そうだとしても命を奪ったことには変わりない。
それも同じ人界人をだ。
(……これは、法も戒めもなく、同族とも殺しあう暗黒領域の怪物と同じではないのか?)
脳裏に、殺戮への愉悦を滲ませたゴブリンの瞳がよぎる。
今、自分がアレと同じ目をしていないという自信がない。
むしろ、疑えば疑うほどそうだと思えてきてしまう。
「そういえば、目…………」
禁忌目録を、教会を否定した瞬間、右目を失ったような記憶があった。
ふと手で右の目の当たりを触れてみると、そこにはしっかりと眼球が収まっている。
思えばごく自然に受け入れていたが、さっきからずっと見えていた。
それが、ルークにより疑問を強めさせた。
「俺は……俺は、あの夢の中のように、本当は…………」
途端に自分が、得体の知れない何かに思えてきて、足を折りたたんで縮こまった。
何も感じたくないと思う心とは裏腹に、閉じた視界の代わりに耳や肌が周囲を感じ取る。
頭上の窓から差し込む陽光の暖かさ。遠くで鳥がさえずる声。
自分がいる、重々しい扉に閉ざされた、恐らくは懲罰房の静謐さも、はっきりと感じた。
ベッドの上で小さくなってから、どれほど時間が経過しただろう。
不意に外から時を告げる鐘の音が聞こえてきて、そこで時が経ったことを知覚する。
「……今、何時なんだろうな…………」
無意識にこぼした呟き。
それに応えるように、扉の向こうで鍵を開ける金属質な音が響いた。
驚いて顔を上げれば、金属製の扉が重厚な音を立てて開いていく。
そして顔を出したのは──
「アズリカ、寮監…………」
「……ルーク上級修剣士。目が覚めていましたか」
「「ルーク!」」
彼女の後ろから、声をあげてキリトとユージオが現れる。
一度ルークの顔を見て、困惑した様子に
「馬鹿野郎っ! いきなり変なことになるから、心配したんだぞ!」
「僕が、僕達が不甲斐ないばかりに、君をあんなことに……っ」
「お前ら……」
悔いるように言う二人の頭に、呆然としながらルークは手を置く。
アズリカはその様子をじっと見ていたが、諫めることはしなかった。
「……すまない。迷惑をかけたな」
「ったく、いっつも無茶しやがって」
「もう、キリトがそれを言うのかい?」
言いながら、二人はルークから離れる。
そこでルークは、ユージオの右目がちゃんとあることに気がついた。
曖昧な記憶では、自分と同じように片目を失っていたような気がしたのだが。
「ユージオ、その目は……」
「アズリカ寮監が、治してくれたんだ」
「そうか……」
「そう言うルークこそ、目が……」
「え?」
「気付いてないのか。お前の目、片方
キリトの言葉に、ぞわりと悪寒が走った。
脳裏に夢がちらつき、しかし表に出すまいとすぐに心の奥に押し込める。
そうすると、曖昧に笑って誤魔化した。
キリトたちは不思議そうにしたが、それ以上の詮索はしてこなかった。
「……それで。俺達はこれから、どこかに連行されるんですか?」
そちらに向き直ると、アズリカが重々しく頷く。
刃を思わせる青灰色の瞳は変わらず、しかし少しだけ思わしげにも見えた。
「これは、そちらの二人にも説明したことですが。これから貴方は、禁忌目録に背いた咎を受け、カセドラルにて裁かれるでしょう」
「……はい」
「そしてこれも、キリト修剣士とユージオ修剣士に言いましたが……法も、教会も、神ならぬ人が作ったものです。それを、どうか忘れないで」
──この人界はどこかおかしい。まるで箱庭だ。誰かがそうしているとしか思えない
彼女の声に、記憶の中であの人の声が重なる。
他ならぬアズリカがそれを口にしたことに驚き、ルークは目を見開く。
「貴女は、もしかして──」
「……今はこれしか言えません。もしその目があの封印を破った結果なのだとすれば、やはり貴方達なら、この世界の真実を知れるかもしれない」
少し、右の眉を顰めながら彼女は言う。
それが痛みを堪えるものであると悟り、自然とルークは右手の袖を捲っていた。
「アズリカ寮監」
「なんですか?」
「……これを」
紐から取り外した、花飾りの片方を差し出す。
アズリカは、心の底から驚いたように息を呑み、目を見開いた。
「どうして、貴方がそれを……」
その反応に、やはりあの日記を知っていたのだと理解する。
しかし時間がないことを思い出して、無言で彼女を見つめた。
少しの間、アズリカは逡巡する。
何かを迷うように瞳を揺らしていたが、やがて、ゆっくりと手を伸ばした。
そして、ルークの指の間から、花飾りを抜き取るように持っていく。
「……なぜ、俺がこれを持っているのかは言えません。きっと貴女は知ってはいても、〝覚えて〟はいないだろうから」
彼女はもう、誰の記憶にも残らない。
いや、もしかしたら隣にいるこの弟分なら……そんなことを考える。
「…………では、どうしてこれを私に?」
問い返してくる彼女に、ルークは静かな瞳で告げた。
「貴女に持っていてほしいんです。もしかしたら俺は、それさえも忘れてしまうかもしれないから」
わかっている。彼女は日記を残した〝彼女〟ではない。
それでも、この先あるいは〝ルーク〟で無くなってしまうかもしれない自分よりは。
そんな彼の、言葉にしない想いを瞳から受け止めたのか。
胸の前で、アズリカはしっかりと花飾りを握り込んだ。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げ、ルークは立ちあがろうとした。
昨晩の影響か、酷い筋肉痛に覆われた足はろくに力が入らない。
キリト達に手助けしてもらいながら、なんとか立ち上がったところで、アズリカが口を開いた。
「……もしも」
「……?」
「もしも、罪を償い、あの塔から帰ってきたのなら」
アズリカは、はっきりとした瞳で。
「聞かせてくれませんか。貴方の話を」
その言葉に、ルークは驚くことはなかった。
でも、微笑むこともできなくて。
「……ええ、きっと」
彼には、そう答えることしかできなかったのだ。
●◯●
しんと静まり返った学院敷地を、キリトとユージオに肩を貸してもらいながら進む。
やがて見えてきた大修練場前の広場を見て、三人は息を呑む。
ソルスの光を受け、まばゆく輝く全身を鱗に覆った、大きな一対の翼と長い尾を持った生物。
金属鎧を身に纏う、高貴な存在──整合騎士の駆る飛竜が二匹、そこに鎮座していた。
「あれって、整合騎士の……」
「なるほどな。大罪人を、高名な騎士様が直接捕縛しにきたわけか」
「…………二度目も、嫌な会い方だ」
話し合う内に、三人は修練場前にたどり着く。
先導していたアズリカは、彼らを見て軽く頷くと、そのまま身を翻して去っていった。
その背中に全員が深く一礼し、それから修練場の扉を見る。
「……飛龍が二匹いる、ってことは。少なくとも、整合騎士が二人いるってことだよな」
「悪いが、お前らを逃すことはこの足じゃできなさそうだ」
「何を言ってるんだ。どこまでも、いつでも一緒に行くさ。そう約束しただろ?」
冗談めかして言ったつもりが、少し固い声のユージオに諭されてしまった。
自分よりよほどまっすぐ前を見ている弟分に、ルークは自嘲げに笑う。
「……悪い。いつものお節介根性が出た」
「ま、そこらへんは会ってみりゃわかるってもんだろ」
キリトが締めくくり、覚悟を決めた三人は揃って扉を押し開いた。
修練場内は、窓が締め切られているため薄暗かった。
誰もいない広大な建物の奥には、《闇の神ベクタを退ける三女神》の壁画が鎮座している。
それを見上げるように、鎧を纏った二人の騎士が背を向けて待っていた。
どちらも、かつてルークとユージオが見た騎士よりも小さい。背丈で言えば女ほどだ。
(……? あれは……)
一人は、薄暗闇の中でも映える黄金の鎧。両の肩当てから伸びるは群青色のマント。
目を引くのは黄金の髪で、鎧より美しくまるで本当の金で出来ているかのようだ。
そしてもう一人は、白鎧にそれと同じ色のマントを纏い、長い髪を後ろで一つに束ねている。
どちらのマントにも、十字と円を組み合わせた公理教会の刺繍が刻まれていた。
三人は顔を見合わせ、小さく頷く。
ルークは二人の肩から腕を外し、気力で体に喝を入れると歩いていった。
そして、二人の騎士の五メルほど前で立ち止まる。
「北セントリア帝立修剣学院所属、ルーク上級修剣士です」
「……同じく、ユージオ」
「同じく、キリトです」
名乗りを挙げる。
それを待っていたのか、騎士達はゆっくりと振り返る。
その時、ルークの胸の中には奇妙な予感があった。
何か、決定的なものが変わってしまうような、そんな予感。
それは、黄金の騎士を見て既視感に襲われていたユージオのそれにも似ていて。
だから、振り返った騎士達を見て、すぐにその予感が的中したことを自覚した。
「セントリア市域統括、公理教会整合騎士──アリス・シンセシス・サーティです」
「同じく、公理教会整合騎士。東部境界区域統括、イーディス・シンセシス・テンよ」
二つの衝撃があった。
初めに、黄金の騎士。その声、《アリス》という名前、何よりもその顔立ち。
全てが、かつて失ったはずの、妹のように思っていた少女──アリスと瓜二つであったのだ。
「アリス……? 君なのか……? アリス……なのかい…………?」
隣で、ユージオが一歩二歩と足を踏み出す。
いつものルークであれば、すぐに諌めたであろう。この状況で不用心だと。
あるいは、彼と同じような行動に出たかもしれない。
目の前にあのアリスに酷似した少女が現れたのだから。
だが、それができなかったのだ。
両足の痛みからではない。
あの日のことが脳裏によぎったが、しかしそれでもない。
もっと単純で、別物で、言ってしまえばこの状況では不自然な理由。
(──綺麗だ)
見惚れていた。イーディスと名乗った、その女騎士に。
厳しくつりあがった、宝石のように輝く深い光を称える赤い瞳。
細く長い眉に、すっきりとした鼻立ち。感情の見えない、引き結ばれた桜色の唇。
開けたままの扉から吹き込む風に揺れる、黒いリボンで縛られた灰色の長髪。
アリスと名乗った騎士よりも長身の体は、鎧を着ていてもわかるほどに完璧な造形で。
(この
自覚している。そんな状況ではないと。
ユージオのように、アリスを目の当たりにした衝動に身を任せた方が余程自然だ。
それでも。否、その驚きとこの感動を併せ持ってしまったから。
心底彼女に魂を奪われたからこそ、ルークは動けなかったのだ。
「ぐぁ──っ!?」
そんなルークが正気に戻ったのは、ユージオが隣を吹っ飛んでいった時だった。
ハッと我に返ったルークは、床に叩きつけられた弟分を見て何をしていたのかと自戒する。
「ユージオ!」
「おい、大丈夫か!?」
助け起こしたユージオは、両目を見開いたまま何の反応もしない。
それも当然か。理由のわかるルークは顔を渋くし、後ろを振り向く。
黄金の騎士の右手が真横に伸ばされ、そこに収まる鞘付きの剣に殴られたのだと理解する。
「言動には気をつけなさい。我々はお前達の天命を七割まで損耗させる権利がある。次に許可なく触れようとした時には、その手を斬り落とします」
清廉で、されど氷のように厳しい声音で告げ、騎士は右手を下ろした。
見れば、隣の騎士もルークのそれと似通った剣の柄に手を添えている。
本気のようだった。
●◯●
「…………アリス………………」
「っ……」
ユージオの呟きに、キリトは聞き間違いではなかったと眉を顰める。
一方でルークは、じっと見つめているうちに〝音〟が聞こえてきた。
黄金の騎士からは、花のようなものが舞い散る音。
だがひどく冷たく、言うなれば氷花の吹雪。
白の騎士からは、昏いほど底の見えない湖が、静かに波打つような音。
深く、力強いものを感じた。
そこでハッとする。
(今は、剣を持っていないのに。俺は……)
一瞬顔をしかめるが、今考えても仕方がないことだ。
今一度アリスを見る。
間違いない、十年間共にルーリッドの村で生まれ育った、アリス・ツーベルクだ。
金糸の髪、白い肌、蒼穹よりも美しい青色の目。見間違えるはずもない。
だが、どうして整合騎士になっているのか。自分達を全く知らない瞳をしているのか。
「ほう……天命を三割は減らしたつもりだったのですが、身のこなしで咄嗟にその半分に抑えるとは。流石は上級修剣士といったところですか」
「ここは、同じ修剣士相手に殺人を犯すだけの技量がある、と言った方がいいかしら。ねえ、人殺しさん達?」
三人とも答えられなかった。その理由は様々だが、一様に黙して二人を見る。
「……あの騎士が、お前達の探していた《アリス》。そうだな?」
キリトの内緒話をするような小声に、ルークは僅かに首肯する。
遅れてユージオも頷いて、それを横目で見たキリトは次のセリフを紡いだ。
「今は、指示に従おう。事情はわからないが、せっかくのセントラル・カセドラルに入る機会だ。そこで何かわかるかもしれない」
彼の提案は、一理あるものだった。
当初の予定通りではないが、最終的にアリスを取り戻すという目的を果たせればいい。
同時に、キリトが秘めるカセドラルへ行く理由をも満たせるなら、ルークに断る理由はなかった。
父を探すという目的や、シャーリーの事は気がかりだが、仕方がない。
「立って、ついてきなさい」
三人の意思が一致する頃、剣を腰に戻したアリスが冷酷に告げる。
先ほどとは逆に、キリトと二人でユージオを立たせると、アリスの後について外に出た。
後ろに白の騎士が目を光らせる中、広場まで歩いていく一行。
三人が飛竜の前にやってくると、背を向けていたアリスが荷入れから何かを取った。
振り返った時、その手にあったのは太い鎖と革でできた拘束具。見覚えのあるものだ。
「上級修剣士キリト。上級修剣士ユージオ。上級修剣士ルーク。貴方達を殺人の咎により捕縛、審問の後に処罰します」
どこまでも反抗を許さない声音で告げ、彼女は拘束具を彼らの体に巻き始める。
直立している様子から、反抗の意思がないことを確認し、白の騎士が同様に飛竜へ歩み寄る。
取り出された拘束具により、ルークは胸と両腕、背中をしっかりと縛られてしまった。
「…………」
「……何? そんなに見て、審問の前に目を潰されたいのかしら」
「……何でもない」
「そう」
興味なさげに返答してくる白の騎士を聞きながら、ルークは自分の異常を再認識した。
今まで一度も感じたことのない不調だった。
ルークにはそれが、自分が人間から乖離する兆候のように思えた。
(……これからカセドラルに行って。俺達はどうなるんだろうな)
今、隣にいる二人を拘束し、飛竜の足に繋げているアリス。
彼女を取り戻し、あの日の罪を償う。その為にずっと生きてきた。
八年前に連れ去られた彼女が変貌してしまった理由は、あの塔以外には考えられない。
故にキリトの提案に乗ったが、もしそこで、彼女と同じように自分達も全て忘れてしまったら……
「…………いいや」
(それ以前に。アリスのように何かをされなくても、俺は俺のままでいられるのだろうか)
拘束具に擦れる、背中の硬い痕の感触。
今も微かに聞こえる心意の音と、黄金に染まった瞳。
それらは、ルークに諦観を抱かせるには十分で。
「待ってください!」
同時に恐怖を感じた、その時だ。
背後から草を踏みしめ、走り寄ってくる足音が複数聞こえる。
三人が同時に振り向いた。
少女達が、走っていた。
覚束ない足取りで、何か両手に長物を引きずりながら、懸命にこちらにやってくる。
黒い剣、《青薔薇の剣》、《白竜の剣》。
ロニエ、ティーゼ、そしてシャーリー。彼女達はそれぞれ、ルーク達の剣を携えていた。
「三人とも、来ちゃダメだ!」
先ほどの痛烈な一撃を思い返し、ユージオが叫ぶ。
しかし、それに立ち止まることなく彼女達は足を動かし続けた。
そして遂に、二人の整合騎士の前へとたどり着く。
「……あの! 整合騎士様、お願いがあります!」
荒げた息を整えようともせず、ロニエが叫んだ。
続けて、苦痛に顔を歪めながらティーゼが開口する。
「先輩達に、剣を返す許しを! どうか……!」
「お願い、します……!」
最後に、ダメ押しのようにシャーリーが訴え。
黙って聞いていた二人の女騎士は、目線を合わせると頷きあう。
「いいでしょう。しかし、罪人に武器を持たせることは許可できません」
「それは私達が預かるわ。渡しなさい」
差し出された手に、三人は少しだけ逡巡する。
ルーク達をちらりと見てから、それぞれが上級修剣士寮から懸命に持ってきた剣を差し出した。
アリスが、キリトとユージオの黒い剣と《青薔薇の剣》をそれぞれ受け取る。
全く重さを感じさせない動きで荷入れにしまう中、白い騎士も《白竜の剣》へ手を伸ばした。
────ィィイインッ!!
瞬間、激しい音が空間を叩く。
「なっ!?」
ビリビリと己の肌を震わせる音に後ずさり、騎士が剣に手をかけた。
誰もが目を見開き、驚愕する中、ルークだけはその意味を理解する。
拒んでいる。担い手と創造主、それ以外に己を触れさせることを。
見れば、シャーリーの両手もまるで凍傷でも起こしたように青ざめていた。
それでも、彼女は持ってきてくれたのだろう。
今も苦しそうに堪え、なお手放さないように。
「やめろ」
そんな後輩の姿に、ルークは大きな声で告げた。
共鳴は止まない。担い手の元に返るまで、決して許さないと主張しているようだ。
「これはお前の担い手としての、命令だ」
ルークは、いつになく冷たい声で、叫ぶように言った。
それ以上、自分の大切な後輩を傷つけるなら許さないと。
……その言葉に反応したのか。あるいは、別の理由か。
徐々に音は収まり、震えていた刃はおとなしくなった。
険しい顔で睨みつけていた白の騎士は、しばらくして警戒しながら剣を取る。
今度は何も起こらなかった。
「……一分間に限り、罪人との会話を許可します」
同じように抜剣の態勢を取っていたアリスが、厳かに言った。
それを聞いた三人は、ほっと安堵してそれぞれの相手へと歩み寄る。
ロニエは、キリトの元へ。ティーゼは、ユージオの元へ。
そして。
「…………先輩」
「リ…………シャーリー」
愛称を口にしかけて、直前で訂正する。
今や、ルークは罪人。この少女に敬愛される、先輩などでは決してないのだ。
そんなことを思っていると、彼女は少し寂しげに眉を落とす。
小さな手をルークの頬に添えた。その感触はひどく冷たい。
「……リィ、って呼んでください」
「でも、俺は…………」
「リィって呼んでくれなきゃ、やです」
今にも、泣きそうに潤む瞳。
彼女は、精一杯の勇気を振り絞っている。ルークが何をしたのか知っている上で。
昨日、置き去りにしたことを踏まえて、それでもここに来ているのだ。
「…………ごめん、リィ。お前を裏切って、置いていって」
「いいん、です。だって、先輩はいつも、誰かを守るために戦ってるから」
そんなことはない、という言葉が口に出そうになった。
いつだって、自分は誰か裏切っている。ユージオ達を、彼女を。
でも、今それを言うのは間違いな気がして。
「……辛い顔ばかりさせてごめんな」
「ううん。ずっと、楽しかった。一緒にいれて、嬉しかった、です」
代わりに出てきた、取り繕うような言葉に彼女は微笑んだ。
目尻に涙が溜まっている。ソルスに反射して煌めくそれの、なんと暖かいことか。
なのに頬に触れた手は冷たくて、どうしようもなく自分は罪深い。
「だから。私も、そうなる」
「え?」
「もっと強くなって、整合騎士になって。私が、先輩を守ってみせるから」
強い決意を秘めた瞳。
悲壮に満ちていたはずの紫の目にはそれが満ちていて、ルークは何も言えない。
そんな彼に、ふとシャーリーは目を閉じ、顔を近づけ──
「ん……」
「────。」
頬に触れた感触が、最初なんなのか分からなかった。
少しして、離れて目の前に戻ってきたシャーリーの顔に、その行為の意味を理解する。
「だいすきです、先輩。ずっと、ずっと。いつか、迎えに行きますから」
だからそれまで、待っていて。
シャーリーの小さな、でも精一杯の言葉に、ルークは一言さえ返せない。
代わりに、飛竜が翼を広げる音が会話の終わりを告げてきた。
「……もう、いいかしら?」
白の騎士が、そう告げる。
シャーリーは頷いて、数歩下がった。
呆然としたまま、ルークは振り返る。
彼女は腕組みをして、竜の前で厳しい顔をしていた。
右を見れば、既にアリスは鞍に跨っている。キリト達は自分に面食らった顔を向けていた。
ふと思った。この騎士は、待っていてくれたのではないか? と。
「面会時間は終わりよ」
その答えは、身を翻して飛竜に乗った彼女からは得られないようだ。
イーディスと、アリスの乗る飛竜が合図に合わせて助走を始める。
逞しい脚が地面を蹴り、羽ばたかせた翼が風を掴んでその体を舞い上がらせていく。
やがて、一際大きな踏み込みとともに飛翔した飛竜によって、ルーク達は宙を舞った。
広場に残った三人は、ただ、それを見送るだけで。
「……必ず、追いつくから」
少女の呟きが、風に乗って消えていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回は現実サイドかな。
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