ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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今回は現実サイドです。

最近筆が早いですね。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【幕間】現実2
デザイナー2


 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

 コーヒーを啜り、一息をつく彼女。

 

 名を上捨石彩華。アンダーワールドのメインデザイナーである。

 

 そこには達成感のような、名残惜しさのようなものが多分に含まれている。

 

 事実、彩華は〝その体験〟が終わってしまったことに少なからぬ残念さを感じていた。

 

「楽しかったわね。とても」

 

 半分ほど空になったカップを机に置き、口元を緩ませながら呟いてみる。

 

 脳裏に思い浮かぶのは、つい先ほどまでいたUW(アンダーワールド)内での記憶だ。

 

 

 

 

 通常、UWの時間倍率は現実の五千倍に設定されている。

 

 桐ヶ谷和人の治療の為、現在は千倍に設定を変更されているが、現実より遥かに時間の流れは速い。

 

 そして、彩華が内部で過ごした一年という月日は、現実に換算すれば9時間にも満たない時間であり。

 

 そのたった9時間は、とても濃密だった。

 

「少し制限を弄ってよかった。この記憶は、記録(ログ)だけにするのは勿体ないもの」

 

 今回のSTL使用にあたって、彼女は試験型に導入された視覚認識機能の制限を解除した。

 

 それは本来、人間のフラクトライトに存在する記憶領域の限界を圧迫しない為のものだ。

 

 だが、どうしても特殊なそのユニットとの直の接触を記憶しておきたかった。

 

 

 

 結果、それは素晴らしい体験だった。

 

 

 

 これまでデザインしたゲームのテストプレイは、何度かしたことはある。

 

 だが、それとは比べ物にならない。人生で一番と断言できるほどに、この記憶は貴重だと確信していた。

 

 お陰で雇い主への言い訳が少し大変だったが、必要な労力だろう。

 

「彼は……今頃、どうしているのかしらね」

 

 既に現実へ帰還して、一時間と少し。

 

 あちらでは数カ月経過している。その間に見違えるような成長をしているかもしれない。

 

「ルーク。彼は間違いなく特別。もしかしたら本当に、《A.L.I.C.E》に届いてしまうかもしれない」

 

 ルルディ・クローマとして一年間面倒を見た、人工フラクトライト……否、アンダーワールド人。

 

 最後の休息日に対話した様子から、彼女はその確信を強めていた。

 

 

 

 

 人工フラクトライトとは、不安定で不完全な存在である。

 

 新生児のフラクトライトを初期化・複製し、キューブの中に保管された、体を持たぬ人。

 

 実在の脳も肉体も持たないという点が問題なのか、大きな欠陥を持っていた。

 

 定められた規範を破れない。大きな矛盾や突然の事態にひどく弱く、適応できない。

 

 実際に内部では、公理教会なる組織が定めた法に盲目的で、やはり何処か人間ではなかった。

 

 そういった意味では、人界というテリトリーは現実より余程平和だった。

 

 が、やはりどうにも不自然なのだ。

 

 真の人工知能、現実の人間と遜色のない知性の獲得を目的とする上司達にとっては重大な問題だろう。

 

 その中で、ルークはとても特別に思えた。

 

「人界の外にあるテリトリーから襲来したフラクトライトと交戦、そして殺害。強い教会への不信感、複雑な思考の成立、法や常識を度外視するほどの強烈な感情の出力……どれをとっても、他のアンダーワールド人を逸脱していた」

 

 無論、彼だけを見てそう判断したのではない。

 

 一年という期限の中で、数百というユニットを観察し、検証し、比較した、その結果だ。

 

 法に則り、支配するか。法に則り、恭順するか。あらゆるユニットはその二者択一であった。

 

 なお、その過程で噂の人物である和人と共にいることを知った時は大層驚いた。

 

 顔を合わせないよう、苦労したものだ。

 

 

 

 

 ユージオというユニットも比較的人間味があったが、それを踏まえても頭一つ抜けている。

 

 故に彼女は、あの休息日に最後の実験……試練として、多くの現実の情報を与えた。

 

 それさえも、彼は適応してみせた。

 

「たとえ、彼がそこに辿り着けなくても。それでも十分に価値はある」

 

 その感動と体験は、同時に彩華の思考へ変化をもたらしていた。

 

 それは、記憶をそのまま持ってきたことによる、アンダーワールドという世界への愛着だ。

 

 これまではプログラム的な意味でしかなかった興味が、感情的な愛情になってしまった。

 

 だからふと考える。

 

 今後も、ルークのような進化を他のユニットが遂げていくのならば。

 

 このプロジェクトの最後に待ち受ける実験は、再考慮すべきではないのか、と。

 

「……厄介なものね。研究者のはずが、どうにも人情というのは切り離せない」

 

 こんなことならば、やはり記憶を置いてくるべきだったか。彼女は苦笑する。

 

 

 

 現実問題、この思考はかなり悩ましいものだ。

 

 

 

 いくらUWをデザインしたからといって、彼女にそこまで口出しをする権限はない。

 

 何せ、極秘裏の国家主導プロジェクトだ。たかがプログラマーに何ができるというのか。

 

「あるいは、今も中にいる彼が何か、そう主張するに足るものを持ち帰ってくれれば……いえ。これは身勝手な期待ね」

 

 療養中の子供に、危うく個人的な願望を押し付けるところだった。

 

 大人として失格だ、と自分の感情に苦々しい顔をして、コーヒーを一口啜った。

 

 しかし、それでも気分がモヤモヤとする。

 

「ああもう、少し散歩でもしてこようかしら。こんなとこに閉じこもってたら、ずっと同じことを考えそうだわ」

 

 苛立つような独り言をカップに吐き出し、彼女は立ち上がった。

 

 

 

 

 軽く身だしなみを整えると、扉のロックを解除して廊下に出る。

 

 二日ぶりの外の空気。

 

 部屋の中と同じ、金属製の建物内だというのに、なぜか新鮮に感じられた。

 

 生活フロアの中を、歩きやすいスニーカーで足早に歩き出す。

 

 急いでいるのではない。ゲームデザイナーという期日に迫られる仕事柄、素早く移動する癖がついているだけだ。

 

 まるでダンジョンのごとく同じ景色が続くフロアを抜け、オーシャン・タートル全体に繋がる中央シャフトへ行く。

 

 そこにある階段で上へと向かい、上部フロアに繋がるハシゴを登ってハッチを開けた。

 

「やれやれ。インドア人間にはなかなか辛い構造よね」

 

 ゲームデザインは割と体力勝負のため、多少の運動はしているが、梯子など滅多に使わない。

 

 少し荒くなった息を整えながら立ち上がる。

 

 すると、不思議な音が聞こえてきた。

 

「?」

 

 何やら奇妙な音に、左右を見渡す。

 

 二度目に右の廊下を見たところで、曲がり角から人影のようなものが現れた。

 

 ああ、他のスタッフか。そう思ったのも束の間、視覚に写り込んだものに目を剥いた。

 

 

 

 それは、人に似た形をしていたが、人間ではなかった。

 

 金属で作られた骨格に、手足や腰の稼働を支える樹脂ケースのシリンダー。

 

 複雑怪奇なギア構造がむき出しの関節に、血管のようなケーブル、何より某泥棒のような巨大カメラのついた頭部。

 

 どう見ても二足歩行のアンドロイドだ。なぜあんな物が館内をうろついているのか。

 

 困惑する彼女は、その後ロボットのすぐ近くに二人の人間が付き添っていることに気がつく。

 

 一人は比嘉タケル。自分と同じく自衛官の菊岡に雇われたプログラマー。

 

 そして、もう一人は──

 

「……神代、凛子博士」

「ん?」

 

 声を聞いたか、あるいは姿を見たか。

 

 もう一人、人型機械の側にいた妙齢の女性……神代凛子は彩華に気がつく。

 

 つられて、不思議そうに比嘉が振り返り、彩華の姿を認めると偉く驚いたような顔をした。

 

「か、上捨石さん!? 上捨石さんじゃないッスか! どうしてこんなところに!?」

 

 まるで、部屋から出てきたことが天変地異とても言いたげに話す比嘉。

 

 今にもその手に持った古いノートPCを取り落としそうな様子に、少しイラっとする。

 

 とはいえ、そこは彩華も社会人。業務用の笑顔を貼り付ける。

 

「少し、気分転換に散歩を。そちらは?」

「ああ、このイチエモンの歩行テストっすよ。凛子先輩の手伝いをしてるんす」

「どうも、初めまして。神代凛子よ」

「……よろしくお願いします」

 

 差し出された手に、少し逡巡した後彩華は握り返す。

 

 人当たりの良さそうな、落ち着いた笑みを浮かべる凛子に、少し暗い感情が浮かんだ。

 

 すぐにそれを打ち消して、軽く握った手を離すと白衣のポケットに戻す。

 

「あなたのことは、よく知っています。同じ研究者として尊敬しますよ」

「あら、ありがとう。聞いた話だと、貴女も比嘉君のように菊岡さんに雇われたと聞いたけれど」

「ええ、現在稼働中の仮想世界のデザインを担当しました」

「そう、あれを……凄いのね」

「いいえ、〝彼〟ほどではありません」

 

 ピクリ、と凛子の眉が動く。

 

 彩華の言う〝彼〟が誰か、散々世間とやり合ってきた凛子が察するのには数秒も要らない。

 

 現に、同じように関係を知っている比嘉が隣で冷や汗をかいていた。

 

 それを表情の変化から理解した彩華は、薄く微笑む。

 

「彼は、私にとっての目標です。あの誰にも真似しうることのできない偉業に、いつか並びたいものです」

「…………そう。頑張ってちょうだい」

 

 そう言って、凛子は視線を外し彩華の隣を通り過ぎていった。

 

 二人の顔を交互に伺うようにしていた比嘉も、彩華に「じゃ、じゃあまた今度」と言い残し後についていく。

 

 

 

 

 二人とイチエモンとやらが十分に離れたところで、彩華は溜息をつく。

 

「……私も子供ね。あんなことを言うなんて」

 

 嫌味のつもりではなかった。本心から尊敬していることは間違いない。

 

 だが、あの言い方にはかなり問題があった。頭の中の反省ノートに大きく書き込んでおこう。

 

 自分の態度を恥じつつ、彼女は凛子達がやってきた方向へと歩き出した。

 

 途中、何人かの職員とすれ違う。自分と同じスタッフや警備員、あるいはスーツ姿の自衛官。

 

 彼らの顔は大体覚えている。

 

 以前、全員集合した機会があったし、これでも一流のプログラマーだ。記憶力は良い。

 

「……こんにちは」

 

 そうして数度目、職員とすれ違う。

 

 二人組の男だった。警備員制服に身を包み、帽子を目深に被っていた。

 

 ふと、なんとなくすれ違いざまにその横顔を見て──彩華は立ち止まった。

 

 気にすることなく、警備員達は歩いていく。

 

 数メートル離れてから、振り返った彩華はその後ろ姿を見た。

 

「…………あんなスタッフ、いたかしら」

 

 何故だかはわからない。だが、首の後ろがチリチリとした。

 

 まあ、広い施設だ。覚えきれていない新人がいてもおかしくはない。

 

 UWにダイブした影響かと首筋をさすって、彩華は再び歩き出す。

 

 しかし、どうにも何かが引っかかった。

 

 

 

 

 しばらく気ままに彷徨い歩き、やがてSTLの保管室にまで辿り着く。

 

 オーシャン•タートルに設置されたSTLは、彩華の部屋にある0号機を含め五台。

 

 下階に三、四号機が。そして今彩華が見つめている強化ガラスの向こうに五、六号機があった。

 

 そのうちの一つに、人が横たわっている。病服を纏った、少年だ。

 

「……桐ヶ谷和人君、ね」

 

 彩華が彼の姿を見るのは、何気にこれが初めてである。

 

 ルルディの時は何回も顔を見ていたが、こうして見ると本当に現実世界にいるのだと再認識する。

 

 なんでも、毒物を心臓近くに打ち込まれ、処置は間に合ったものの脳組織の一部が損傷。

 

 フラクトライトの活性化により、神経ネットワークを再生する為に現在はSTLを使用してUWにいるのだ。

 

 

 

 

(できれば、ルーク君のことを支えてほしいものだが……と。ずいぶん彼を気に入ってしまったな、私は)

 

 

 

 やれやれとかぶりを振ったところで、ふと隣に誰かいるのに気がついた。

 

 そちらを見ると、少女と呼んで差し支えない年頃の女の子が、顔をガラスに貼り付けるようにしている。

 

 亜麻色の長髪が乱れるのも気に留めず、美しい横顔には不安と愛情がないまぜになっていて。

 

「……キリト君…………」

 

 

 

(……ああ、彼女が)

 

 

 

 ふと呟かれた言葉に、彩華はその少女の正体を察した。

 

 顎に手をやり、少し考え込む。

 

 それから、ゆっくりと顔を上げると少女に向けて口を開いた。

 

「君が結城明日奈さん、だね?」

 

 少女──明日奈は、驚いて彩華に振り向く。

 

 まさか話しかけられるとは思わなかった、と言わんばかりの警戒した目だ。彩華は苦笑した。

 

「すまない、自己紹介が遅れた。私は上捨石彩華。アンダーワールドのデザイナーだ」

「あ、これはどうもご丁寧に……あの、私に何か?」

「いや。菊岡さんから君の話は聞いていたからね。ちょうど会えたから、挨拶をしようと思って」

 

 すまないが出不精なものでね、と冗談めかして言ってみれば、明日奈は少し笑った。

 

 警戒が多少解れたか。彩華は微笑みながら、彼女に話を続ける。

 

「恋人の為にこんな所まで乗り込んでくるとは、豪胆な子だ。それほど彼への愛情が深いという事かな?」

「え、ええ、まあ……」

 

 明日奈は少し照れくさそうにする。こういうところは年相応だな、と内心感じた。

 

「私はそちらには詳しくないから、なんとも言えないが。きっと彼にはまた会えるよ。だから、しっかりね」

「はい、ありがとうございます」

「ん。それじゃあ、私はもう行くとするよ」

 

 話すべきことを話した彩華は、踵を返す。

 

 明日那はその背中を見ていたが、ふと数歩行ったところで立ち止まった彼女に首を傾げた。

 

「……彼は、アンダーワールドで元気に過ごしていたよ」

「えっ?」

「頼もしい友人もいる。きっと、そのまま君のもとへ帰ってくるだろうさ」

 

 少し、口調が早くなっていただろうか。

 

 だがこっそりと内部に入った以上、これ以上の情報は口にできない。

 

 ぽかんとしている明日奈が言葉の理解を意味する前に、彩華は早歩きでその場を離れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……PiPi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、彼女のパソコンに一通のメールが届いていた。

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

次回からついにカセドラル編です。

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