ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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夜分遅くですが、更新です。

アンケートの結果ですが、週二回くらいがよさげですかね。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【第四章】白き翼
牢獄での出会い


 

 

 

 

 

 キリト……桐ヶ谷和人は考えていた。

 

 

 

 眉根を寄せ、口を引き結び、あることについて思考を巡らせる。

 

 それはとある人物のこと……少なからず人々の先頭に立つ彼が、兄貴分と思っている男。

 

 ルークだ。

 

 

 

(あいつに一体、何が起きているんだ?)

 

 

 

 キリトは、今ルークに起こっている異変について非常に不安を感じている。

 

 それは以前からの懸念だった。

 

 ともすれば、北の洞窟でゴブリン達と戦った時からのもの。

 

 

 

(ずっとおかしいと思ってたんだ。あの剣……《白竜の剣》に関わる度に、ルークには何かが起こっていた)

 

 

 

 最初は姿形を変えた。それはこのような世界である以上、あまり不思議ではない。

 

 実際、ライオスの剣を受け止めた時に、キリトの黒い剣は刀身が膨張したのだ。

 

 だが問題なのは、おそらくあの時に剣に宿る()()が目覚めていたこと。

 

 背中の鱗痕に、おそらく現実世界の人間と思われる人物からの干渉。

 

 極め付けに、今回の一件だ。

 

 

 

(ルークは、明らかに変質している。元からの特異性以上に、彼という人格……フラクトライトを形成する根幹の部分が、何かに変えられている)

 

 

 

 これまでは、下手に刺激してルークにどんな影響があるか分からず、傍観していた。

 

 いわゆるゲームの覚醒イベント的なことであれば、とも思うが、そういう目的で作られた世界ではない。

 

 むしろ、それならばどれだけ良かったか。

 

 

 

(もしこのまま、あの剣がルークをルークではない何かにするのなら。その時は、俺が…………破壊する)

 

 

 

 この世界で、何年もの時をユージオと三人で過ごした。

 

 かつて、鋼鉄の城で生と死の狭間を潜り抜けた彼女達のように。

 

 それと同じほどの信頼を、友情を、キリトは二人の人口フラクトライトに抱いてしまっていた。

 

 だからこそ見過ごせない。

 

 

 

 

 

 自分の友が、得体の知れない何かに害されることを。

 

 

 

 

 

「……キリトがそんな顔をしているなんて、珍しいね。こんな状況じゃ仕方ないけれど」

 

 そんなふうに結論を出した彼の耳に、対面から声が聞こえてきた。

 

 思考に没頭していたキリトは、そこでようやく現実に意識を引き戻す。

 

 その身じろぎにつられて、右手首につけられた枷に繋がる鋼鉄の鎖が音を立てた。

 

「ん、ちょっとな。お前こそ、ひどい顔してるぞ」

「むしろ、牢に入れられたのにけろっとしているキリトがおかしいよ……」

 

 そう言うユージオの顔は、牢の暗さも相まって非常に陰鬱に見えた。

 

 仕方がないだろう。無音の牢獄に一日以上もいれば、気分も滅入ってくるものだ。

 

 あのような一件の後ならば、殊更に。

 

「……今でも、変な気分なんだ。まるで夢の中にいるみたいな……僕が、ウンベールに剣を抜いて……それに、ルークが……」

「……あまり思い詰めるな。今は、これからのことを考えろ」

 

 俯くユージオの肩をさすってやりたいが、あいにくとそこまで鎖は長くない。

 

 だからじっと見つめて、やがてユージオが自ら「わかった、大丈夫だよ」と答えると安堵した。

 

 

 

 あの日、ユージオはウンベールの片腕を切り落とした。

 

 現実世界の人間に匹敵する知性と情動を持つ彼らの唯一の弱点、〝盲目的な法への服従〟を打ち破って。

 

 ティーゼ達を助けるためとはいえ、それはユージオにとってとても大きな衝撃だっただろう。

 

 

 

(まあ、それを言えば()()()()()()()()()()()()()()ゴブリン達を斬り殺した時点で同じようなものだが……重要なのは、この人界を支配する法を破ったということだ)

 

 

 

 そこがキリトにとって腑に落ちない点だった。

 

 この瑕疵を克服したユージオ、またルークは、既に真の人工知能に進化したと言える。

 

 アンダーワールド、ひいてはプロジェクトを管理する菊岡誠二郎達の目的がそこにあるのなら、どうして何も起きないのか。

 

 既にあの事件から体感で一日半。

 

 し現実との時間の流れに相当な差があるとしても、不自然なほどアクションがない。

 

 気付いていないのか、あるいは何か異常事態か……

 

「これからのこと、か……」

 

 また考え込もうとしていた所で、ユージオのため息交じりのセリフが留めた。

 

 彼のことをキリトが見ると、ユージオは何かに納得したように頷く。

 

「キリトの言う通りだね。なんとかしてこの牢から脱出して、アリスのことを確かめないと……」

 

 キリトは僅かながら眼を細める。

 

 牢を脱出して。彼はそう言った。

 

 既に神の代理人たる公理教会の定めた法よりも、自らの目的の方が優先度が高いのだ。

 

 精神構造に劇的な変化を起こしている。キリトにその確信をより強めさせた。

 

「でも、その前にやることが一つあるね」

「やること?」

 

 そうさ、とユージオは今一度頷く。

 

「まずはルークを助け出さないと。そうだろ?」

「……あ、ああ、そうだな」

 

 自分からそれを提案しようとしていたキリトは、先を越されて少し驚く。

 

 どうやら、ルークのことまで気遣える程に立ち直ってきているようだ。

 

「ルーク、大丈夫かな……」

「どうだろうな……」

 

 案じる二人が閉じ込められた牢。

 

 

 

 

 

 そこから遠く、深く離れた場所──カセドラル地下牢、最下層。

 

 

 

 

 

 一番奥まった最重要区画の牢に、彼は捕らえられていた。

 

「……………………」

 

 黙したまま、ルークは床を見つめる。

 

 両腕は複数の拘束で縛り付けられ、頭の後ろで交差するように反対の壁へ繋がれている。

 

 足にも巨大な鉄球が繋がれて、膝立ちのような姿勢になっていた。

 

 捕縛の場であのような事が起これば、当然の処置であろう。

 

 

 

(…………聞こえる。心の音が、塔の中から)

 

 

 

 暗闇の中でルークに唯一外界を伝えるのは、耳の奥に響く心意の音。

 

 暗黒はむしろ、その冴えを研ぎ澄まし、心意の音に〝色〟をも与えている。

 

 

 

(近くに、疾く吹き抜ける黒い風の音と、包み込む青い吹雪の音。キリトと、ユージオか)

 

 

 

 他にもカセドラルの中から、強烈な心意の音がいくつも聞こえる。

 

 時を刻む針の音。輝く閃光(ひかり)の音。

 

 他にも、多くを。

 

 だからこそ、分かることがある。

 

「呼んでいる。あいつが、俺のことを」

 

 

 

 

 

 ──ィイン。

 

 

 

 

 

 聞こえる。

 

 他のあらゆる音より明確に、あの共鳴が。

 

 断続的に、何度も何度も、塔のどこかから、ルークのことを呼び続けている。

 

 まるで、〝自分を取り戻せ〟と言うように。

 

「迎えに行くさ。必ずな」

 

 あの力は、望みを果たすために必要だ。

 

 その結果……

 

「たとえ、俺がどうなったとしても…………」

 

 キリキリと、床を硬質なものを引っ掻く音がした。

 

 ルークの足元……あの時に靴が弾け飛び、露わになった素足の方からだ。

 

 目が覚めると指先に生え揃っていた、()()()()が床を削る音だった。

 

 

 

(だが、まずはこの状況をどうにかする必要がある)

 

 

 

 この雁字搦めでは、動くものも動けない。

 

 力づくでこれらを外すのは、()()不可能だ。

 

 数時間前に試した限り、牢の中は神聖術も阻害されるらしい。

 

 何か、別の手を考えなくては。

 

 

 

 

 牢の中に視線を巡らせる。

 

 暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと見える視界には、しかし何もない。

 

 寝具も、用を足す便器もなく、本当に拘束をするためだけの牢獄なのだと再認識した。

 

「一か八か、腕を壊してみるか……?」

 

 無理矢理関節を外せば、一部の拘束は抜けられるだろう。

 

 術で治癒は出来ないが、剣を取り戻せば、あるいは脚のように……

 

「────っ!」

 

 そこまで考えた時、耳が音を拾った。

 

 牢の外側からだ。通路の向こう側、数メル先から足音がした。

 

 もしや、異端審問に連れて行くために獄吏がやってきたのだろうか。

 

 カセドラルについて早々、自分達を牢にぶち込んだ恐ろしげな男の顔を思い出す。

 

 

 

(ちょうどいい。移動させるために拘束を解いた、その瞬間を狙って──!)

 

 

 

 企む間にも、足音は近づいてくる。

 

 そしてついに、牢の前までやって来て──

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、困難な状況に陥っているようですね」

「……お前は?」

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中に、ぼうっと浮かび上がるシルエット。

 

 かろうじて判別できるのは、その人物は白い燕尾服を着ているということだけ。

 

 低い声で、ルークは問う。

 

「ご安心を。この塔の者ではありません。言うなれば……〝傍観者〟でしょうか」

「ほう? じゃあお前は、俺がこんな有様になっているのを眺めに来たってことか」

「随分と荒んでいらっしゃるようだ。無理もありませんね──()()()()()()()()

 

 

 

 ガシャン、と大きな音が響いた。

 

 

 

 

 それはルークが体を震わせ、揺れた拘束具が鳴らした音。

 

 もし縛られていなければ、襟元を掴んでいたことだろう。

 

「…………お前、何を知っている」

「知っていることのみを。ですが、今貴方の抱える問題に関して、お手伝いをすることは可能です」

「信頼できないな」

 

 ふむ、と男は声を漏らす。

 

 少しの間、沈黙が降り立つ。

 

「……それでは、もう一つ私について明かすことにいたしましょう」

「今度はどんなホラを聞かせてくれるんだ?」

 

 挑発するように言うルークへ、ええと答え。

 

「私は、貴方の敬愛する〝彼女〟の世界を知っている。私はそこで生まれました」

「────ッ!!?」

 

 再び、度肝を抜かれた。

 

 その情報に付合する人物を、ルークはたった一人しか知らない。

 

 一気に警戒心が跳ね上がり……同時に、興味が湧いた。

 

「……あの剣と同じか?」

「少し違います。招かれはしましたが、私を作ったのは彼女ではない。しかし根本は似通っている」

「回りくどい言い方だな」

「失礼。して、どうされますか? 不躾ですが、お一人で解決するには相当に厳しいと存じます」

 

 

 

 

 

 その人物の言葉は、悔しいことに全て的中していた。

 

 だが信じられるかと言えば、やはり絶対的に否である。

 

 不審に思う点をあげればキリがなく、むしろカセドラルからの刺客かとさえ思えた。

 

 あるいは言葉通りの存在だとしても、決してこちら側の味方とも言い切れない。

 

 故に……

 

「一つ聞く。お前は──この()()()()()()()のような世界を、どう思う?」

 

 それは、質問というには強い色を帯びた声だった。

 

 問いかけというよりは、挑戦。

 

 疑問というよりは、詮索。

 

 

 

 

 その人物は「ふむ」とまた呟き、しばらく考えた。

 

 じっと、ルークは見つめる。闇の向こうにあるその人物の目を覗き込むつもりで。

 

「……そうですね。難しい質問です」

「………………」

「簡潔に述べるのなら……憂いています。まるで鳥籠のようだ」

「……そうか」

 

 答えは決まった。ルークは伝えるべく口を開く。

 

「ですが、こうも考えております。〝守るべき笑顔に溢れた世界である〟と」

 

 しかし、続いた台詞に出しかけた言葉を飲み込んだ。

 

 また、黒のベールに隠れたその人物の顔を見る。

 

 

 

(笑顔に溢れた世界、か…………彼女も、同じように思っていた)

 

 

 

 ふと、あの日見た満足そうな微笑みが脳裏をよぎって。

 

 ルークは、強張らせていた全身からゆっくりと力を抜いていった。

 

「……わかった。お前の手を借りる」

「賢明な判断です」

 

 もしこの人物が、自分を解放することで何かを企んでいるのなら。

 

 その時は秘めたものごと()()()()()()()()()()()と、ルークは思った。

 

「〝彼女〟が眠っている間に、早速始めましょう。これから〝扉〟を開きます」

「扉?」

「正確には、空間の穴とでも申しましょうか。これを用いて、一度だけ貴方を望む場所に送って差し上げます」

「……なるほど。仲間が二人いるんだが、そいつらも連れて行けないか?」

「申し訳ありませんが、二度目は私も危険を伴いますので……」

 

 何やら、複数回使ってはいけない理由があるようだ。

 

 あまり高望みをしても意味がないと諦めて、「そうか」とだけ返答する。

 

「では、何処なりと仰ってください」

「なら、剣のところへ」

 

 答えるまでに、一切の迷いはなく。

 

 流石に驚いたのか、息を呑むような音が暗闇の向こう側から聞こえてきた。

 

「……僭越ながら。今の状態であの剣を使うのは、大きな災いを招くと警告いたします」

「そんなことはいい。できるのか?」

「可能です。しかし、本当によろしいのですか?」

「無論だ」

 

 既に覚悟は決めている。最後まで戦い切ると心は定まっていた。

 

 あちらはルークの顔が見えているのか、小さく嘆息した。

 

「その顔、()()()()()()()()()()()

「似ている? 誰のことだ?」

「ああいえ、お気になさらず。……承知いたしました。《白竜の剣》の元へお送りしましょう」

「待ってくれ。伝言を頼みたい」

「伝言、ですか」

 

 頷いて、ルークは一度顔を上げる。

 

 数秒石造りの天井を見つめ、それから顔を前へと向け直した。

 

「キリトとユージオ……俺の仲間に伝えてくれ。〝お前達を信じている。必ずまた会おう〟……と」

「それだけですか?」

「ああ、これだけだ」

 

 これ以上、あの二人に対して言葉を重ねる必要はない。

 

 そんな信頼を込めた言葉を託し、ルークは小さく微笑んだ。

 

「かしこまりました、お伝えしておきます。では、よろしいですか?」

「やってくれ」

 

 ルークの言葉を聞き届け、その人物はずっと体の後ろに組んでいた手をもたげる。

 

 かろうじて見える、手袋か何かに包まれた右手が、親指と中指を合わせて。

 

 

 

 

 

「それではごきげんよう、ルーク様。また〝貴方〟に会えることを願っております」

 

 

 

 

 

 パチン、という音を聞いた直後、ルークの意識は光に飲まれた。

 

 

 






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