ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
────ィイン。
「…………っ」
鼓膜を震わすその音に、ゆっくりと目を開く。
目の前は、やはり暗闇だ。
しかし、足に伝わる感触が違う。冷たい石ではなく、柔らかな絨毯の上だった。
ほんのりと赤いその床に、ルークは自分が牢にいないことを自覚する。
「ここ、は……」
周囲を見渡す。
十分に地下牢で暗闇に目が慣れたからか、あるいは右目の力か。
はっきりと周囲にあるものの輪郭を捉えることができた。
まず目に入ったのは、鎧。
規則正しく、同じ形状の兜や胴当てなどの一式が鎧立てにかけられていた。
次に金属質な光沢を帯びた剣や盾などの武具、弓、槍、衣服、物資が入っているらしき木箱……
どうやらここは武器庫らしいと、立ち上がったルークはそれらを見た。
「奴の言葉は、本当だったみたいだな」
──ィイン
「っ……そっちか」
共鳴の音を頼りに、目的のものを探す。
暗闇で最奥までは見えないほどの広大な武器庫。
理路整然と整頓された小さな迷路を歩き回って、剣の類が集められた場所までやってきた。
「……見つけたぞ」
その端に、《白竜の剣》はあった。
共鳴を伴い、震えるその柄に手を伸ばし──触れる直前、止める。
頭に駆け巡ったのは、独房の中で見た悪夢と、先の人物からの警告。
そして、あの時不安げにしていたキリトとユージオの顔だった。
「だから、どうした」
だが、その躊躇は彼にとっては〝怯え〟でしかなく。
迷いなく柄を握った瞬間──共鳴が体に伝播し、止まった。
「もう少し、付き合ってもらうぞ」
物言わぬそれに独り零し、ルークは剣立てから勢いよく《白竜の剣》を引き抜いた。
腰に挿そうとして──そこで、自分の格好を改めて認識する。
「……ボロボロすぎるな」
皺くちゃに歪み、かつ動くたびに小さく嫌な音を立てる制服は今にも破けそうだ。
きつく拘束具を巻かれた影響か、あるいは記憶の曖昧な間に
靴は当然、ズボンも膝から下が無惨に破けている。
一番下にある、鉤爪の生えた脚からは、ふっと顔を上げて目を逸らした。
「何か服は……」
周囲を見渡すと、近くの棚に衣服が置き揃えてある。
丁度良い、とルークはそれに手を伸ばした。
数分後、制服を脱いだルークは新たな装いに袖を通していた。
仄かに青いシャツや灰色のズボン、洗練された見た目の長衣も、とても着心地が良い。
靴は少々探すのに手間取ったが、少なくとも早々には壊れなさそうな一品だ。
カセドラルの武器庫に収容されているものだ。曰く付きのものなのだろう、と新たな服を見る。
それから、手の中にある制服を見つめた。
「……たった数ヶ月だったけど。ありがとうな」
感謝を伝える為に、言葉を込めて。
そっと床に置いたルークは剣を手に取り、武器庫の入り口を探し出す。
幸い、先程剣を探していた時にほぼ一周していたので、大体当たりはついていた。
「……ここから先が、セントラル・カセドラルの中」
眼前に聳える扉を押し開けば、そこはもう〝敵地〟だ。
(……本当なら、堂々と正面から入りたかったんだがな)
上級修剣士として卒業し、帝都の大会に出場して。
並いる剣豪を己の剣技で打ち倒し、見事に成長してアリスに会いに行きたかった。
そう、何度か地下牢の中で考えた言葉を胸の内で反芻する。
(だが、もう泡と消えた夢だ)
感傷は、ここで捨てていく。
鼓舞するように、腰に吊り下げた剣の柄を握りしめ、深呼吸を一つ。
覚悟を決めたルークは、もう一方の手で扉を開けていった。
音を立て、両扉の一方が暗闇を解き放つ。
そして、徐々に光が差し込み──
それを塗り潰す刃が、目の前にあった。
「ッ──!!?」
声にならない悲鳴を漏らすのと同時、反射的に後ろへ姿勢を崩して刃を避ける。
本能的に閉鎖空間にいることに危機感を感じたルークは、そのまま隙間から外へ滑り出た。
床の上を転がって、廊下らしき場所に出るや否や《白竜の剣》を抜刀する。
重心を安定させながら、奇襲の主を睨んだ。
「へえ。なかなか良い反応をするじゃねえか」
得物を突き出していた姿勢を、ゆっくりと戻していく。
ガチャリ、と金属の擦れる音を鳴らし、その体がこちらへと向けられた。
その騎士は、焔のようであった。
根本にゆくにつれて色の濃くなる薄橙色の髪は、まるで揺らめく火のように。
スラリとした長身から立ち上る剣気は、歴戦の騎士が醸し出すものであり。
何よりも、整った顔立ちに浮かぶ野生的な笑みは──獣のそれだった。
「単なる殺人者、ついでに盗人かと思っていたが……なるほど。流石は元上級修剣士なだけはある」
甲高い音を立て、携えた両刃剣を肩に担ぎ。
腰に手を当てた青年騎士は、感心したように言葉を告げる。
「その様子からしてまぐれとも思えねえ。侮っていたのは俺の方だったか」
「……お前、整合騎士か」
「おうよ。まあ、わざわざ名まで教える必要はねえな。どうせお前はここで──」
そこで、騎士は唐突に言葉を止めた。
ルークは突然のことに警戒し、訝しむ目で注意深く騎士を見る。
一方で、騎士はそんなルークのとあるものを見て、僅かに目を見開いていた。
「…………いや、そうか。
「……?」
「気が変わった。全力で相手してやる」
元より高まっていた戦意をさらに濃く強め、騎士が両刃剣を腰だめに構える。
臨戦態勢を見て、ルークも両手で柄を握るといつもの構えを取った。
「ライオット・シンセシス・サーティーン。罪人、名は?」
整合騎士ライオット。
最初に倒すべき敵の名を、心に刻む。
「…………ルーク」
「ルークか。いい名前だ」
騎士ライオットが、薄く笑い。
「んじゃ──ブチのめす」
飛び込んできた。
初撃は超高速。
正面からではなく、獣のような足運びにて左右へ撹乱しながらの接近であった。
鎧の音すらさせない歩法に息を呑むのも束の間、目の前にまた刃が迫ってきた。
「ぐっ!」
容赦なく突き込まれた刃を、《白竜の剣》で受け止める。
しなやかな動きから打ち込まれた一撃は非常に速く、そして重々しかった。
腕を震わせる衝撃に、ルークが歯噛みする。
「ほお、このくらいは反応できるか。ますます
「……っ!」
「ならこいつはどうだ!」
刃を引く、のではなく、
半歩引いて回避したのも束の間、騎士は刃を床に立て、ドンッ! と飛び上がる。
「なぁっ!?」
「オラァッ!」
曲芸の如く、両刃剣を支えに宙で一回転したライオットがそれを振り下ろしてきた。
全体重が乗った恐ろしい一撃を受け止めるのは危険と判断し、ルークは前に踏み込む。
脇を掠めるように両刃剣を回避し、そして腰だめに剣を構える。
瞬間、刃に秘奥義の光が宿った。
「ゼァッ!」
アインクラッド流秘奥義、《
抜群の踏み込みから放たれた居合斬りを、先ほどの逆戻しのように回避するライオット。
だが、ルークは逃さない。
「ふっ!」
「っと!」
振り切った剣ごと回旋し、横に薙ぎ払う。
着地したライオットはそれを両刃剣で叩き落とすが、それを利用して低姿勢から斬り上げを行った。
振り下ろしていた刃はかち上げられ、舞うような剣技にライオットが目を見張る。
「はぁあっ!」
「ハッハァ! やるじゃねえか! だが
振り上げた剣で、今度は袈裟斬り。
ライオットはそれを、柄で上から峰を叩くようにして軌道をズラす。
しかし、ルークは這うようなその姿勢で剣先を突き込んだ。
「ハハッ!」
両刃剣ごと巻き込むように喉を狙った凶撃に、ライオットは獰猛に笑う。
パッと片手を離し、もう片方の手の上でくるりと回転させるようにして両刃剣を振るう。
横から叩かれ、体ごと崩れたところへ再び両手での突き込み。
「くっ!」
流石にまずいと判断し、ルークは床の上を転がった。
結果としてお下げを掠めただけに留まり、回避には成功した。
転がった先で立ち上がり、油断なく構える。
その時、パッと紐が切れて地面に落ちた。
髪が広がり、それを見たライオットは嘲笑するように笑う。
「お前、女みてえなナリしてやがるな。首ごと散髪してやろうか?」
「やれるもんなら、やってみろ!」
腰だめに構えながら、大きな踏み込み。
十分な力を乗せた一撃を見舞うが、やはりライオットはひらりと回避する。
そして両刃剣の重撃を試みるも、瞬時に反転したルークの追撃で防御を余儀なくされた。
「ハッ! ゼィッ! ハァアァァッ!!」
「ハハハハハ! やるじゃあねえか!」
一進一退、一撃を加え、退け、また攻撃しようとする。
身軽に舞い、両刃剣という取り回しの難しい武器をものともせず扱うライオット。
柔軟な踏み込みと多彩な剣技を織り混ぜ、意識を撹乱しながら剣舞するルーク。
互いが互いを魅せ合うように、まるで舞踏のような様相を呈していた。
本来なら、ありえない光景だ。
人界最強の整合騎士と、未だ修練中の学院生。
そこには大きな、実力と経験の差がある。
だというのに、紙一重で渡り合ってくるこの罪人が、ライオットは面白くて仕方がなかった。
「学院であぐらかいてるガキかと思ってたが、中々いい筋じゃねえかッ!」
「師範代が良かったもんでなッ!」
檄を、否、挑発を飛ばし、至近距離で鋭い戦意をぶつけ合う。
協奏するように、押し込み合う武器の間で激しい火花が散っていた。
「それならっ!」
「ぐ、ぅっ!?」
勢いを挫く為か、ライオットが唐突にルークの腹へ蹴りを見舞う。
一瞬息ができなくなった隙を見計らい、曲芸のような動きで後ろへ跳躍した。
距離にして十メル以上。巧みに両刃剣を使い、大きく距離を取る。
「お前の実力を評して、俺も少し本気を出そう」
両刃剣を、胸の前へ掲げる。
次はどんな攻撃がやってくるのか。ルークは油断なく剣を構えた。
歩的に笑う整合騎士は、水平に持った自らの得物を、勢いよく左右へ引いた。
ガキンッ! と高質な音を立て、その柄が伸張する。
(間合いを伸ばす気か……?)
そんなルークの警戒は、しかしすぐに裏切られた。
ライオットは、伸ばした両刃剣を
そのまま、今度は柄を元に戻してしまう。
キィン────ッ!
その瞬間、刃の切っ先と切っ先の間にいくつもの光の弦が現れた。
「な……!?」
驚くルークに、その両刃剣──否、琴を胸の前で構えたライオットは。
「さあ、仕切り直しといこうか」
獰猛に、笑うのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
今週中に後編は出します。
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