ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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すみません、結局忙しくて先週までに更新できませんでした。

今回でバトル自体は終わり。

楽しんでいただけると嬉しいです。


白翼と蒼角 後編

 

 

 

「せいぜい、命を落とさないよう気を張ることだな」

 

 

 

 ライオットの指が、弦に添えられる。

 

 荒々しい曲芸剣技から一転、その姿は吟遊詩人を彷彿とさせる佇まいだった。

 

 薄く目を閉じ、琴を傾ける。それだけでルークの本能が警鐘を鳴らした。

 

 

 

 

 

 ──ポロン

 

 

 

 

 

 弾かれた光の弦から、美しき一音。

 

 教養の講義で聞いた楽器の音色より、余程繊細で流麗な音色。

 

 それが解き放たれた瞬間──ルークはその場を飛び退いていた。

 

 

 

 

 直後、彼がそれまで立っていた場所に亀裂が走る。

 

 敷かれた絨毯がぱっくりと割れ、宙に赤い毛が舞った。

 

 その範囲は容易にルークの両足を切断できたほどで、着地してから瞠目する。

 

「ほう、初見で避けたか。()()()を持っているらしいな」

「……音の刃か」

「その通りだ」

 

 音色の直後、ほぼ誤差のようなコンマ数秒後に聞こえた風切り音。

 

 一瞬でそれを聞き分けたルークは、寸前の所で足を失うのを避けたのだ。

 

「しかし、次は避けられるかな?」

 

 ポロン、ポロロン。憎たらしいほど軽快な音が、連続して奏でられる。

 

 ライオットが弦を弾いた回数と同じだけ音の刃が放たれ、その密度にルークは旋律する。

 

「くっ!」

 

 近くにあった壁を蹴り、駆け上がるようにして下からの二発は回避。

 

 一発は首を逸らして避け、そして他の三発に被せるように飛んでくる最後の一撃。

 

 それは剣の腹で受け──瞬間、ただの音とは思えない衝撃に吹き飛ばされる。

 

「が、はっ!」

「たかが音だと侮ったか? その気になれば、整合騎士の鎧さえ両断できるぞ?」

 

 床に転がった無様な罪人へ、ライオットは挑発するように嘲笑う。

 

 鋭い目つきで睨み返し、《白竜の剣》を杖にして立ち上がったルークは再び構えた。

 

「いい目だ。しかし、いつまで反抗的な態度でいられる?」

 

 再度、手甲に包まれた五指が弦を震わせる。

 

 先程より鋭く、速い風切り音が何重にも重なってやってきた。

 

 それは最早、音という名の壁だ。

 

「お、ぉおおおおおっ!」

 

 ルークは、その壁へ自ら飛び込む。

 

 疾走の過程で跳躍し、そして体を捻りながら担ぐように刀を構えた。

 

 純白の刀身に宿る紫の光。

 

 アインクラッド流、《 旋車(ツムジグルマ) 》。

 

 彼が習得した中で、最も手数の多い奥義が放たれた。

 

 

 

 

 光と音がぶつかり合い、甲高い音を立てて互いに相殺する。

 

 切り抜けた──そう思ったルークの耳に、倍の音刃が聞こえてきた。

 

「がぁああっ!?」

 

 反射的に体を捻るが、全てを躱しきることなど出来るはずもなく。

 

 至る所に裂傷が走り、服と筋肉によって骨までは届かずとも、十分な痛手を負った。

 

 おまけに最初の位置まで吹き飛ばされ、またライオットの距離が精算される。

 

「ぐ、ぅ、あ…………」

「大した頑丈さだ。まだ生きていられるとはな……暗黒領域の雑魚どもよりはやるようだ」

 

 言葉とは裏腹に、その言葉には嘲りが多分に含まれている。

 

 頭の後ろに担ぐように琴を肩へ乗せ、ライオットは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「そら、終わりか? だったらお望み通り、塔の上へ連れて行ってやるよ。もっとも、行くのは異端審問の法廷だがな」

「…………だ」

「あん?」

「…………まだ、だ……」

 

 小さな反論が、廊下に木霊する。

 

 脱力していた五指が《白竜の剣》の柄を握り、そして全身を震わせる。

 

 あらゆる筋肉に喝を入れ、気力を振り絞って、その男は緩慢にも立ち上がっていった。

 

 全身には血が滲み、息は荒く。

 

 だが、血と汗で萎びたその髪の奥から覗く眼光には、些かの衰えもなく。

 

「こんな、擦り傷で。勝った……つもりか?」

「…………!」

 

 

 

(こいつ、精神が肉体の損傷を凌駕していやがる……!)

 

 

 

 立ち上る剣気に、ライオットは琴を構え直した。

 

 その様子を揺れる視界に収めながら、ルークは姿勢を低く剣を握った。

 

 

 

(……認めよう。この整合騎士は、俺よりも圧倒的に強い)

 

 

 

 技量、経験、機転。全てを上回られている。

 

 その差を埋めるには悲しいほど高い壁があって、とても今のルークの力では及ばない。

 

 現に、軽くあしらわれているのがその証拠だ。

 

 

 

(もっとだ。もっと力がいる。あの刃をものともしない速さと、力強さが)

 

 

 

 それだけでは、足りないのなら。

 

 自分という殻を、食い破ってしまえばいい。かなぐり捨ててしまえばいい。

 

 全ては、大切な者を取り戻す為に。

 

「……剣よ。俺の一部を、くれてやる」

「何?」

「だから──この障害を乗り越える力を、今すぐ寄越せ」

 

 

 

 

 

 ──ィイイン

 

 

 

 

 

 その時、《白竜の剣》が呼応した。

 

 四つ玉の紋章が煌めき、耳鳴りがルークの身体中に伝わってゆく。

 

 そして、変化を起こした。

 

「ぐ、ぁ…………!」

 

 軋み、割れるような音で、その体が変貌していく。

 

 靴を破壊し、()()()に包まれた足が姿を表す。

 

 前に四本の鉤爪、踵に残るもう一本。それは人の足ではなく。

 

 続けて、剣を握る両手が青白く変色し、骨や筋繊維が砕けて別物になる。

 

 足と同じ鱗が青白い筋肉を覆い、指先には鋭い爪がみるみるうちに伸びた。

 

 何より、ルークの体そのものが内側からひと回り大きくなり。

 

 

 

 

 

 バキ、パキ……パキン。

 

 

 

 

「……フゥウウウウウ」

 

 黄金と、灰の両眼を静かに開いた。

 

 右の目元に、刺々しい逆さ鱗を伴って。

 

「……お前、その姿は」

「続きをしようか。整合騎士」

 

 次の言葉は、腹の底から這い出たような、恐ろしい響きだった。

 

 

 

 

 一歩、ルークが踏み込む。

 

 その瞬間、険しい顔をしていたライオットは全力で全ての弦を弾いた。

 

 これまでで最大量の音刃が解き放たれ、廊下そのものを激しく切り裂いていく。

 

 柱が、壁が、開けられていたままの扉が粉々に破壊され、激しい破砕音が撒き散らされる。

 

 同時に宙へ舞った大量の粉塵が、ライオットの視界を悪化させ。

 

「シッ──!」

「グッ──!?」

 

 粉塵を突き破り、繰り出された白刃を琴で受け止める。

 

 受けた衝撃は先刻までの数倍であり、ライオットの体は数十セル後退した。

 

「しゃら、くせぇっ!」

 

 弦が消え、両刃剣に戻った得物を強引に薙ぎ払う。

 

 空中で回転したルークはそれを避け、着地すると同時にライオットの視界から消えた。

 

「どこに──っ!?」

「ラァッ!」

「がッ!?」

 

 場所は、背後。

 

 背中を鉤爪で切り裂かれ、あっさりと鎧を引き裂いて血滴が舞う。

 

 更に蹴り飛ばされ、先程とは裏腹にライオットが廊下をバウンドしていった。

 

「ぐっ、ぁっ、がっ……! クソ、がっ!」

 

 しかし、そこは歴戦の整合騎士。

 

 意地でも手放さなかった両刃剣を巧みに使い、床に突き刺して体の勢いを止める。

 

 そして素早く体勢を立て直した彼が見たのは──獣のように四肢を撓ませたルークの姿。

 

「アァア──ッ!」

 

 矢のように飛び出してきたルークは、床や壁を蹴って撹乱させながら迫ってくる。

 

 一瞬で飛び込んできた彼は、ライオットめがけて逆手に持った剣を振り抜いた。

 

「ぐぅっ!?」

「どうしたっ、人界最強ッ!」

 

 両手で持った剣を押し込み、至近距離で瞳孔の開いた瞳で睨みつける。

 

 膝をついたライオットに、異形の影が差し込んだ。

 

 

 

(こいつ、ヤベェとこまで()()()()()いやがる……!)

 

 

 

「おいテメェ、マトモじゃなくなってるぞ! 今すぐやめろ!」

「はいそうですか、なんて言うわけないだろうが!」

「チッ、若造が!」

 

 舌打ちしたライオットは、片手を両刃剣から離す。

 

 神聖術でも使うつもりか、と目線を走らせるルークだが──その予想は裏切られた。

 

 スッと、気がつけば胸に手が添えられ。

 

「ぶっ飛べ」

「が──っ!!?」

 

 気がつけば、背中まで貫くような衝撃に体が後ろへ飛んでいた。

 

 心臓が止まったかのような錯覚と、妙に虚無的な浮遊感。

 

 それを数秒体感し、後に床へ体を打ち付けた痛みで現実に戻る。

 

「ごはっ、かはっ! はぁっ、はぁっ……!」

 

 激しく呼吸を繰り返しながら、悶えるような動きで上体を起こした。

 

 剣を支えにしながら、ジンジンと痛む胸板に手を振れる。

 

 ルークはその感覚に()()()()()()

 

 

 

(今の体術は……()()()()()。だが、どうして?)

 

 

 

 何故それを、整合騎士が。

 

 脳裏に浮かぶ過去の出来事と、今起こったことの相違に混乱する。

 

 目を白黒とさせるルークに、立ち上がったライオットは深い溜息を吐いた。

 

「ったく。ここまで〝竜具〟と馴染むってのも危険だな」

「っ……!」

 

 まだ、戦いは終わっていない。

 

 その思考で混乱を呑み込んだルークは、再び騎士を睨みつける。

 

 今一度、次の攻撃に備えてその姿を観察して。

 

「…………え?」

 

 あることに気がついた。

 

 

 

 

 ライオットが持つ、両刃剣。

 

 先端に向けて淡くなっていく、反りのある二振りの青い刃。

 

 その根本の、鍔の部分。

 

 見事な造形のそれには、《白竜の剣》と同じ四つ玉の紋章が彫刻されていた。

 

「……守護竜の、武器…………?」

「ん? ああ、ようやく気がついたか。そう、こいつは四大守護竜が一頭、蒼き大竜の双角から造られた武具……〝竜具〟だ」

 

 誇るように、その武器──《蒼竜の琴剣》を見せるライオット。

 

 ルークは唖然とする。

 

 まさか、自分と同じように守護竜の亡骸を用いた武具を持つ者と出会うとは。

 

 そして、あれほどまでに使いこなしているということは。

 

「お前も、担い手だというのか……? 公理教会の、整合騎士が……?」

「むしろ、俺の方こそ驚きだがな。咎人が気高き守護竜の魂を呼び覚ましたとは」

 

 フン、と鼻を鳴らし、品定めするようにルークのことを見る。

 

 彼からは既に一切の戦意が消えており、ルークは困惑した。

 

「……まあ、理由があるってことか」

 

 やがて、何かに納得したライオットはこちらへ歩き出した。

 

 ごく自然な行動にルークは身構えるが、まったく気にせず近づいて行く。

 

 そしてついに目の前までやってくると、琴をルークに翳した。

 

「何を……」

「じっとしてろ……システム・コール。ジェネレート・リカバリー・ファンクション」

 

 謎の式句を唱え、《蒼龍の琴剣》へ這わせるように手を触れる。

 

 すると、青い光が優しく竜具を包み、それは弦にまで伝っていった。

 

 

 

 

 

 ポロン──♪ 

 

 

 

 

 

 その状態のまま、ライオットが音色を奏でる。

 

 竜具から放たれる光が強さを増し、それはルークに降り注いだ。

 

 

 

 

 程なくして、驚くべきことが起こる。

 

 舞い落ちた光は、ルークの変化した体を包み込み、元に戻していったのだ。

 

 全身の膨張が萎み、手は人間のものに戻っていく。

 

 時を巻き戻すかのようにそれらを癒して、最後に目元の逆鱗を取り払っていった。

 

「これは……治癒?」

「チッ、〝同調〟じゃ脚までは無理か。浸食してから相当時間が経ってやがるな。だが、これだけで済むなら御の字だろ」

 

 不思議な力でルークを癒し、満足げに頷く。

 

 その毒気のなさに、ますます困惑した。

 

「どうしてこんなことを……」

「ん。まあ、気まぐれだと思っとけ。同じ担い手のよしみだ。……だが、これだけは覚えておけ」

 

 ライオットが、ルークの手を掴む。

 

 咄嗟のことで振り払えないでいると、彼自身に見えるように持ち上げたライオットは、真剣な顔で告げた。

 

「安易にその力を頼るな。奴らは守護者ではあるが、人じゃない。こっちの尺度じゃ物事は見てないし、容赦も遠慮もない。気をつけなきゃ、身も心も食い尽くされるぞ」

 

 その言葉には、妙な実感があった。

 

 整合騎士。

 

 かの存在と似て非なる人界の守護者として、暗黒領域の怪物と戦う最強の戦士。

 

 幾多の戦いをくぐり抜けてきたが故の忠告。ルークにはそう聞こえた。

 

「……お前には関係ないだろ」

「ハッ、それもそうだ。お節介はここまでにしといてやるよ」

 

 ライオットは手を離し、ルークは彼を睨みつけながらも剣を下ろす。

 

 至近距離で見つめ合う二人。

 

 交差する目には、戦意ではない光が宿っていた。

 

「一つ聞かせろ。何故、殺人などという大罪を犯した?」

「……大切なやつらの、心を守るために」

「結果、担い手たるお前が罪を背負うことになってもか?」

「それでもだ」

 

 何度やり直せるとしても、ルークは同じことをするだろう。

 

 誰かが血を被らなくてはいけないのなら、誰よりも色濃く被ってみせよう。

 

 誰かが後ろ指を刺されなければいけないのなら、喜んでその役目を引き受けよう。

 

 

 

「それで、大切な誰かを守れるのなら。俺は、なんだってしてみせる」

 

 

 

 揺るがない瞳。決して折れぬ意志。

 

 心の底から、それだけを信じている──そんな、ルークの目。

 

 その芯まで見定めるように、ライオットはじっと覗き込んで。

 

「…………なるほど、な。それが、〝白き竜〟がお前を選んだ所以か」

 

 フッと、納得したように笑った。

 

 それから、軽く握った拳をルークの胸に置く。

 

「よく聞け。もう次は担い手同士の〝同調〟じゃ治してやれない。それこそ〝黒い竜〟の慈悲の力でもなけりゃあな」

「…………必要なら、俺は全てを捧げる」

「だろうな。だが、よく考えてから使え。お前自身を捨てることが、大切な者達にとってどういうことなのかを、な」

 

 念押しするように言い切ってから、ライオットは拳を引いた。

 

 踵を返し、何事もなかったように歩いていく背中をルークは見つめる。

 

 すると、立ち止まった騎士は不思議そうに振り向いた。

 

「おい、何ボサっと突っ立ってやがる」

「は?」

「付いてこいよ。いい所に案内してやる」

「……どういうつもりだ?」

「言っただろ。同じ担い手のよしみだ、ってな」

 

 野生的な、だが人好きのする笑みを見せて、ライオットは再び歩き出す。

 

 ルークはしばらくの間、逡巡するようにその場に立ち尽くしていた。

 

 しかし、この場にいても別の整合騎士がやってくるかもしれない。

 

 それなら、何故か戦意のないあの男を追いかけた方が……

 

 

 

(……賭けてみるしか、ない)

 

 

 

 ゆっくりと、《白竜の剣》を鞘に収めた。

 

 それから、力んでいた全身から力を抜いて。

 

 ルークは、ライオットの後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

次回も彼らの話。

感想などいただけると嬉しいです。
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