ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
「システム・コール。ジェネレート・ルミナス・エレメント。コンバージョン・キュア・エレメント。ジェネレート」
流れるように式句が告げられる。
柔らかな光が生まれ、革手袋に包まれた掌で輝く光球をそっと与える。
緩やかに宙を滑っていった光球は、ルークの頭上で弾け、拡散した。
光の欠片が染み込んでいく。
そして全身に行き渡る頃には、疼くように広がっていた鈍痛を完全に消し去った。
「どうだ?」
「……かなり、楽になった。……ありがとう」
「ったく。お前が無茶をするやつだってのがよく分かったよ」
軽く弾いた指が額を叩き、「いてっ」と呻く。
「着替えてくるから、大人しくしてろよ」
悪戯げに笑ったライオットは踵を返し、ルークはそれをぼんやりと眺める。
(……不思議な男だな)
最初は敵として相対したにも関わらず、どうしてか憎めない。
互いに刃を向けていたのは、ほんの一時間前の事だというのに。
そんなことを考えながら、部屋の中を見渡した。
一言で言えば、簡素。
上品な作りながらも質素な寝具に、武器立て、鏡、机に、今ルークが使っている椅子。
そして、壁に沿うように設置された本棚以外にめぼしいものは何もない。
ライオットの性格がよくわかる部屋だった。
「お前、何回その剣の力を引き出した?」
ぎっしりと本が詰まった棚を見ていると、不意にライオットが問いかけてくる。
半端に開いた室内扉の向こうに、ルークは聞き返した。
「力?」
「なんだ、無意識でやってたのか? お前が使ったのは、武器の性質を極限まで引き出す神聖術……《
「エンハンス・アーマメント…………」
ふと、自分の手を見下ろす。
確かに、肉体が変質する時、ルークは妙な一体感を常に感じていた。
まるで、手を通して剣と心が繋がったような、不思議な感覚だ。
「本来なら相応の修練を経て体得する奥義なんだが、お前は剣との共鳴が異常に強いから、その段階をすっ飛ばして発揮できているんだろうな」
「……じゃあ、これから戦うたびに俺の体は…………」
「いや。あくまで肉体の変化は副産物に過ぎない。むしろ、中途半端に引き出せているから力が暴走してるんだろう」
剣を制御できていない。
耳に痛い言葉に、ルークは反論する気にもなれず曖昧な笑みで床を見下ろす。
今も、心意の耳鳴りは止まない。
剣に触れるという条件など既に消え失せ、断続的に様々な心の音が聞こえてきた。
ただ、長い時間を経て慣れてしまっただけだ。
「しかもタチの悪いことに、それさえもお前は相性が良い。あんな速度で変化が起こるなんてのは、明らかに普通じゃねえよ」
「……嫌な特別扱いだ」
「そうだろうよ」
扉が開く音がする。
そちらに顔を向けると、出てきたライオットは鎧を脱ぎ去っていた。
腰当てや具足こそ付けているものの、上半身は非常に軽やかな服装になっている。
「ん? どうした?」
「……すまない、鎧を壊して」
「はっ、仮にも殺し合った相手に気遣ってんじゃねえよ。あの程度の傷、数えきれないほど受けてきたさ」
ほれ、と軽々両腕を回すライオットに、怪我の後遺症は見られない。
そう言われてしまうとルークには何も答えられず、ただ少しだけ頷いた。
「そいつはどうでもいいとして、だ」
大股でルークに歩み寄り、その瞳を覗き込む。
金色に輝く右目をじっと見つめ、しばらくしてから口を開いた。
「俺の見立てだと、力を引き出せるのはあと三回……いや、二回か? その回数に達した時、お前は完全に人を捨てることになる」
「……どうしてそこまで詳しく分かるんだ?」
「なぁに。担い手としての年季の違いってやつさ」
自信を感じさせる笑みを浮かべつつ、ライオットは歩いていく。
そして、武器立てに収まっていた《蒼竜の琴剣》を引き抜いた。
「お前は、一体どれほどの年月を……」
「そういうことも含めて、説明してやる。ついて来い」
動き出したライオットに、ルークも立ち上がって追随する。
彼は、部屋の右側壁に設置された本棚の前に立った。
てっきり部屋を出ると思っていたルークが面食らっていると、ライオットは本をどかしていく。
上から三段目……ちょうど胸のあたりの蔵書を退けると、その奥の板が見えた。
「これは……神聖術の式句か?」
「まあ見てな」
ライオットはその術式に、手甲に包まれている右手で触れた。
すると、手甲に光の神聖術式が現れ、幾つかの丸い窓が浮かび上がる。
「なっ、これは……!?」
何かしらの術式が羅列されたそれらが一つに集合し、重なり、そして光が消える。
最後まで見届けたライオットが数歩引くと、驚くべきことが起こった。
本棚が震え、蔵書の隙間を縫うように光が走ると、半透明化し始めたのだ。
みるみる内に薄くなっていった棚は、あっという間に光で出来た扉に変わる。
「これは、一体……」
「急ぐぞ。あと数秒もしない内に
早口で言いつつ、ライオットはその扉の中へ踏み込んだ。
慌ててルークも追いかけ、一思いに光の向こうへと飛び込む。
「うっ……」
目を焼く光を手で遮りながら、扉を潜り抜けた先。
最初に、強い光が全身を照らし出した。
それから徐々に光度が落ち着いていき、瞼の裏に暗闇が戻った所で目を開く。
恐る恐る、目の前を見た瞬間──驚愕した。
「これ、は──」
一言で表すならば、本棚の迷路。
ルークの背丈を優に超える巨大な本棚が、そこかしこに屹立している。
ぎっしりと中身の詰まったそれらは規則的に存在し、迷宮の様相を呈していた。
それによって生じる暗闇を、天井から燦然と降り注ぐシャンデリアの光が打ち消している。
「招いたのはお前が初めてだが、そんな顔をするんだな」
「…………ここは、一体何なんだ?」
「すぐに分かるさ」
呆気にとられながらも、ライオットの向かう方向へと歩き出す。
彼は迷いのない足取りで進んでいき、馴染みのないルークは追いかけることしかできない。
やがて、開けた場所に出た。
机や長椅子が存在しており、読書をする為の場所であることが伺える。
その場所には、一人の人物がいた。
「よう、やっぱりここにいたか」
「……おや。お連れ様を同伴とは、珍しいこともあるものですね」
その男は、手に持っていた本をそっと閉じる。
勿体ぶった動作で眼鏡を外すと、組んでいた長い足を解き、静かに立ち上がった。
両手を腰の後ろへ。そして背筋を伸ばし、二人へと視線を向けてくる。
「お待ちしておりました、ライオット様。そして、ルーク様」
「あんたは、あの時の……」
「お早い再会でしたね。未だ自らを保っておいでのようで、安心しました」
ニコリと、端正な顔に笑みを浮かべる美丈夫。
髪も睫毛も、肌や瞳、纏う燕尾服までもが白一色の、まるで石像のような出で立ち。
その声は、紛れもなく地下牢に現れた人物と同一であった。
「改めて自己紹介を。
「あ、ああ……その。さっきは、助けてくれてありがとう」
「お気になさらず。ご無事で何よりです」
恭しい態度で返してくるスワロウに、ルークは何とも言えない顔になる。
平民である彼にとって、他者に敬われるという経験は非常に数少ないものだ。
最も畏まった態度であったのは学院の後輩達で、それとはまた違う態度に困惑する。
「はははっ! 心配すんな、俺も最初は度肝を抜かれたからよ。こいつはこういうもんだと思って慣れちまいな」
「いや、そうは言ってもな……」
「そのご様子ですと、既に和解されているようですね?」
「何だ。
「多忙にしていたもので」
「へえ。お前でも目が届かないってことがあるんだな」
「矮小な我が身がもどかしいものです」
「どの口が言いやがる」
「な、なあ!」
軽口をたたき合うライオットとスワロウに、ルークは思わず声を上げた。
いきなり謎の場所に連れてこられ、自分を何故か助けた相手と戦った騎士が親しげにしている。
わけの分からない状況に新たな要素が追加され、ルークの疑念は限界だったのだ。
「何が何だか、俺にも分かるように説明してほしいんだが!」
「ああ、すまん。危うく目的を忘れる所だった」
「おっと、私としたことが。少々話し込んでしまいました」
ばつが悪そうに頭を搔くライオットと、少し眉を下げるスワロウ。
「まずは座ろうか。話はそれからだ」
「紅茶と茶菓子は如何ですか?」
「おっ、気が利くな。ほれルーク、お前も来い」
「あ、ああ……」
未だに戸惑いながらも、ひとまず言われた通りにするルークであった。
「どうぞ」
「……ありがとう」
目の前に置かれた紅茶を、少し警戒しながら見下ろす。
暖かな湯気をくゆらせる紅茶は、非常に濃い香りを立てている。
食器一つとっても、見たこともないような高級品なのがすぐに分かった。
慎重に取っ手を摘み、一口啜る。
「……ん、美味い。すごいな、これ」
口の中に広がった優しい味と、鼻を突き抜けていく香りに驚いた。
これほど美味しい紅茶は、〝彼女〟の部屋でも滅多に飲んだことがない。
「ご一緒に軽食をどうぞ。お腹が空いておいででしょう?」
「助かる」
スッと差し出されたサンドイッチを手に取り、躊躇なくかぶりつく。
地下牢に繋がれてから、一食も口にしていなかったので相当な飢餓状態だった。
この際毒でもなんでも、という思いだったが、またしてもその美味に目を見開く。
「あぐっ、むぐっ……ふひゃい」
「おーおー、いい食いっぷりだ」
「用意した甲斐がありましたね」
微笑ましい顔で、一心不乱にサンドイッチを頬張るルークを見る二人。
本人がそれに気がついたのは一皿平らげた後であり、気まずそうに目を泳がせた。
「……さて。腹ごしらえも済ませたところで、本題に入ろう」
緩んだ空気が続いたのは、ライオットがそう切り出すまで。
敏感にそれを感じ取ったルークは、表情を引き締める。
「もう分かっていると思うが……俺、ライオット・シンセシス・サーティーンは、誉れ高き整合騎士でありながら、公理教会、ひいては最高司祭猊下に叛逆の意志を持つ、背反者だ」
「……ッ!」
改めてその言葉を聞き、ルークは驚愕する。
これまでの言動から薄々分かってはいたが……教会に捧げるはずの絶対の忠誠を、この騎士は持っていない。
では悪逆の徒であるかといえば、そうではないとルークは不思議なほど確信していた。
そう、彼が担い手であるが故に。
「ずっとお前を待っていた。正確には俺の他に守護竜の担い手が現れるのを、150年以上な」
「1、50年……」
「この瞬間の為に、最高司祭の暴挙に耐え、背反者の汚名を胸の内に抱き、己を磨き続けた。気の遠くなるような日々だった」
ライオットの言葉からは、恐ろしいとすら感じるほどの揺るぎない意志を感じた。
百五十年。ルークには到底想像もつかない、永遠に等しい時を重ねたと実感出来る言葉。
その瞳に、声に、確かな信念がありありと現れていた。
「お前には、俺の相棒になってほしい。この革命を成功させるには、お前が必要だ」
「……俺は」
その申し出に、ルークが思い浮かべたのは三人の顔だった。
キリト、ユージオ。今もカセドラルの何処かにいるのであろう、大切な弟分。
共にこの場所へ辿り着くことを誓い、三人ならば乗り越えられると信じてきた。
まだ心意は聞こえる。何か、籠の中に閉じ込められたようにくぐもっているが、消えてはいない。
そして、もう一人思い浮かべたのは……冷徹なる黄金の女騎士。
アリス。変わり果ててしまった幼馴染。
かつての罪を償い、助け出すと誓った少女。
何よりも大切な人達のことが、脳裏によぎった。
確かに、ルークにとって教会とは打倒すべき存在であった。
それは十数年変わらない事実であったが、しかし他人から口にされるとまた異なる。
誰かの意思に与するのと、己の意志で抗うことには、大きな違いがあるのだ。
「だが、何も知らないやつにただ力を貸せと言うほど、俺も恥知らずになったつもりはない。ちゃんと一から説明しよう」
「……ああ。俺にも、ここに来た理由がある。いくつかの懸念もな。だから、ちゃんと納得しないと一緒に戦うことはできない」
「物分かりが良くて助かる」
そこでライオットはスワロウに目線を投げた。
白の麗人は軽く頭を下げ、小さく咳払いをすると口を開いた。
「では、ライオット様の仰せの通りに最初からお話しいたしましょう。この世界の始まり……その瞬間から全てを見届けてきた、この私が」
そして、スワロウは語り出した。
この人界の……ひいては、アンダーワールドの、真実を。
次回は説明回。
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