ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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しばらく説明回になります。

楽しんだいただけると嬉しいです。


箱庭の真実(1/3)

 

 

 

 

「始まりは、この人界の創生期……今より450年前の話です」

 

 

 

 スワロウが、人差し指で弧を描く。

 

 すると空中に光の筋が現れ、それが四人の人型を形作った。

 

 式句もなく起こった神聖術じみた現象に目を見張り、しかしすぐに眉を顰める。

 

「待て、450年前? 人界の暦は380年のはずだろう?」

「誠に残念なことですが、ルーク様。貴方達人界人がそう信じている神話は全て偽りなのです」

「な…………」

 

 絶句する。

 

 生まれてからずっと信じてきた、この人界の始まり。

 

 それはまやかしだと言う。

 

 すなわち、創世の女神ステイシアや太陽神ソルス、地母神テラリア……ひいては闇の神ベクタの存在を否定するということ。

 

 いくらなんでもありえない、と疑ったところで、脳裏を〝彼女〟の言葉がよぎった。

 

「この世界は、箱庭……誰かが、そうしている……」

「おや、もう少し狼狽えるものかと思っていましたが……その通りです。これらは全て、公理教会の最高司祭と呼ばれる者が作り上げた虚構の産物」

「そうだ。民草が信じていたものは全て、最高司祭がこの人界を支配する為のものでしかない」

 

 どこか、悔しげに呟くライオットへ、ルークは表情を引き締める。

 

 それを見て、スワロウはゆるりと話を再開した。

 

「そして、これから教えるのは本来の歴史。真実の始まりです」

「……聞かせてくれ」

「450年前。この〝アンダーワールド〟という世界が作り出され、四人の存在が降り立ちました」

 

 スワロウが指を弄び、人型の周りに新たな光が作られる。

 

 それは抽象的だが、ルークには村を模した光の絵に思えた。

 

「人界、そう呼ばれる領域の元となった一つの村。ここで彼らは、最初の人界人となる赤子を育てたのです」

「じゃあ、彼らが本当の〝神〟なのか?」

「厳密に言えばそうではないですが……広義の意味で言えば、貴方達にとってはそうでしょう」

 

 意味深な言葉に、ルークは少し考えを巡らせる。

 

 自分達人界人にとっては神だが、実質的にはそうではない存在。

 

 

 

 

 思い当たる節は、一つ。

 

 〝彼女〟に聞かされた、外の世界。そこにいる自分達の創造主。

 

 あちら側の〝人間〟。最初の四人とはその一部なのだろう。

 

 同時に、あの日の彼女が言った意味を理解する。

 

 きっと彼女は、その四人の内にはいなかったのだろう、と。

 

「彼らは赤子を本当の子供のように育て、様々なことを教授しました。言語、農耕、畜産、そして善悪の境までも」

「……俺達の、始祖」

「彼らは最高の知性の持ち主でした。同時に、貴方達に〝倫理〟という最高の財産をも残した。〝神ならざる者が人を作る〟という施策は成功したのです」

 

 そして、とスワロウは話を切って。

 

「私は、《原初の四人》と共にこの世界へ招かれた」

「何っ!?」

 

 彼の告白に、ルークは大きく声を上げた。

 

 思わず立ち上がり、目を見開く彼へ面白そうに笑うスワロウ。

 

 悪戯が成功したような微笑を浮かべたまま、己の秘密を明かしていく。

 

「私は、言うなれば世界の機能の一つ。《原初の四人》が、この隔絶された世界で健全な心の状態を保ち、元の世界へと帰還する為の精神的な治療用に生み出されました」

「じゃあ、お前は……外の世界で、生み出されたっていうのか……!?」

「左様。そして、貴方の敬愛する()()()によってこの世界に組み込まれたのです」

 

 〝彼女〟の名を出され、ルークは更に息を呑む。

 

 この世界に〝彼女〟が遺した、いくつかの遺産。スワロウはその一つなのだと。

 

 守護竜以外にそう言った存在がいたことに、心の底から驚愕した。

 

「最も、私が行使されることは滅多にありませんでしたが。非常に優秀な彼らは自ら己を律し、見事に役目を果たしていきましたから」

「お前は、それから400年以上もこの世界を見守ってきたっていうのか……」

「ええ。そうしなければならない〝理由〟が生まれてしまってので」

 

 そこで、スワロウの声音が硬質なものに変わる。

 

 何かが変化したことに気付いたルークは、座り直して話を聞く姿勢になる。

 

「《原初の四人》。人が人として生きていく為に不可欠な数多くを与えた、善き彼ら。……しかし、全員がそうではなかった」

 

 人型の一人が、黒く染まる。

 

 共に、その一人の周囲にいた数人の小さな人型が同じ色になってしまった。

 

「知性は他の三人と同じく一級品。しかし、その一人は決して善良とは言えなかった。彼は始祖たる子らに、利己心や支配欲、独占欲……他を虐げてでも己を満たす心を、植え付けたのです」

「っ、まさか……!」

 

 何かに思い至るルークに、スワロウは頷く。

 

「それらを宿した四人こそが、現在この人界を形作る階級社会の根源。後に統治者と呼ばれるようになる人々の、祖先なのです」

「……ッ!」

 

 恐るべき事実だった。

 

 人々の心や身分の差異は、創世の時代に既に定まっていたのだ。

 

 自ずと発したものではなく、他ならぬ〝神〟に等しき者から与えられた悪性。

 

 その危ういほどの純粋さに、末裔たるルークの背筋に冷たいものが走る。

 

「つまり、その性根の腐った野郎が残したモノの成れの果てが、今の皇帝や上級貴族ってやつなんだよ。お前も央都の学院にいたなら覚えがあるんじゃねえか?」

「……ああ」

 

 ライオスとウンベールを筆頭とした貴族達。

 

 権威に驕り、野蛮なほどに振り翳して、他者を平気で傷つける者達。

 

 ついには少女達に蛮行を行おうと画策し、ルーク自身が斬り捨てた彼ら。

 

 

 

 

 学院にいた頃、あの二人の他にも多くの上級貴族とルークは衝突していた。

 

 彼らは皆、始祖の強欲さを色濃く受け継いだ結果、ああなったのだろう。

 

「外面的な遺伝に留まらず、この世界の人間はその精神構造をも一部引き継いでいきます。特に政略結婚の形態を取る上級の貴族は、その傾向が薄れることはありません」

「……じゃあ、下級の貴族がそうじゃないのは、平民との婚姻が多いからか?」

「御明察です。ルーク様にも理解しやすいように説明しますと、この世界で人が生まれる際には両親の肉体的特性や外見的特徴、性格的傾向など全てを解析し、総合して平均した特性を持って生まれますので」

「つまり、世代を経て繰り返し特性が混ざり合っていけば……」

「強すぎる利己心も消えていく、って寸法だ」

 

 スワロウとライオットの説明に、シャーリィ達を思い浮かべる。

 

 彼女達の抱く他者への想いは、〝矜持〟と呼ぶべきものだった。

 

 人より恵まれているからこそ、それを人の為にこそ行使しなくてはならない。

 

 シャーリィ達のような受け継ぎ方も、確かにあるのだ。

 

「そして──」

 

 続けて、スワロウは口を開き──

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「──その権威の頂点に立つ者こそが、公理教会最高司祭。名を、アドミニストレータという女じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 静かに告げられたその言葉に、キリトは小さく息を呑んだ。

 

 目の前に座する、幼い少女の容姿をした司書から告げられた、アンダーワールドの真実。

 

 それは驚嘆すべきものだった。

 

 同時に、ますますこの少女……カーディナルと名乗った存在に興味を引かれる。

 

 光の扉の先にてキリトとユージオを出迎えた彼女は、キリトが探し求めた現実世界へ繋がっていた。

 

 

 

 

 

 カーディナル。

 

 

 

 

 

 それはキリトに……否、全てのSAOサバイバーにとっては忘れられない名前だった。

 

 かの鋼鉄の城を支配し、常にプレイヤー達を監視していた、絶対管理プログラム。

 

 その具現であり、かの仮想世界と同じ存在ならば、アンダーワールドの全てを知る少女。

 

 何もかもが不思議な、二年の時を過ごしたこの世界の真実を、キリトは今聞いていた。

 

「アドミ、ニストレータ……」

 

 カーディナルから告げられた名を、復唱する。

 

 支配者を意味する言葉だ。原初の支配欲を引き継いだ者達の頂点に、実に相応しい。

 

「今や、あやつはこの世界のシステムを管理すらしておる」

「……ん? ま、待ってくれ。最高司祭って女なのか?」

 

 てっきり、高齢の神官を想像していたキリトは狼狽える。

 

 カーディナルは渋々とした顔で頷き、一口手に持ったカップの紅茶を啜った。

 

「そうじゃ。……そして、忌々しいことに、ある意味わしの双子の姉のようなものでもあるのじゃ」

「双子の姉……? どういう意味だ?」

 

 しばらく、カーディナルはキリトの問いかけに返答しなかった。

 

 彼女の顔には先ほど以上の渋さが滲み出ており、嫌悪すら感じられる。

 

 

 

 

 じっと、彼女は自分の手を見つめていた。

 

 だが、やがて観念したように溜め息を一つこぼして。

 

 それから、ようやく語り始めた。

 

「始まりは、350年前のこと。つまり、この世界が作られて100年ほど経った頃じゃな。すでにその頃には千人近くの人民が生まれており、第五世代だけでも600人はおった」

「確か、さっきまでの話だと両親の性質を複合して生まれてくるんだったか?」

「うむ。わしは現実世界のことはよく知らんが、婚姻を交わした男女がおおよそあちらと同じ手段で子を成し、人界人の雛形……つまりはライトキューブ・クラスターに原型がロードされ、新生児として誕生する」

 

 ライトキューブ・クラスター。

 

 このアンダーワールドにおける魂。そして、現実世界においてはある意味での存在そのもの。

 

 十万の人界人は全てがそれであり、ユージオやルークもまた、そうして生まれてきたのだ。

 

「婚姻ってのは、どうするんだ?」

「簡単なシステムコマンドじゃよ。ステイシア神の前で婚姻を誓う。昔は村の長などがやっておったが、今では各集落にある教会の修道女などが取り仕切っておるじゃろう」

「ふぅん……あ、悪い。話を続けてくれ」

「うむ。その世代になると、既に支配者と被支配者の構造が出来上がっておった。数人の領主は利己心の赴くままに領地を広げ、そこにいる人々を己の民として飲み込んでいった。まあ、中にはそれから逃れて、辺境の地に旅立つ者もおったがの」

「ああ、なるほど。それがルーリッド村やザッカリアの街を作ったんだな」

 

 左様、と察しの良いキリトにカーディナルは微笑む。

 

「それとは裏腹に、中央を支配する領主達は互いにいがみ合い、己こそが唯一の支配者たらんと反目しておったが……ある時、政略結婚のようなことが領主間で行われた」

「最も《原初の四人》の一人の性質を色濃く受け継いだ人界人同士で、か」

「うむ……その結果、一人の女子が生まれた。天使のような容貌と、あらゆる人工フラクトライトを凌駕する利己心を併せ持つ子が……名を、クィネラといった」

 

 絞り出すように、その名を告げるカーディナル。

 

 この世で最も口にしたくない、と言わんばかりの顔は、抱いた感情を窺わせる。

 

「当時、既に街と呼べる規模にまで発展していたセントリアに生を受けたクィネラは、あらゆる天稟を発揮した。剣、神聖術、芸術……齢十にしてそれはどんな他者よりも凄まじかった」

「どんな他者よりも、って……それって、大人達よりもってことか?」

「そうじゃ。そして、当時人々の天職について采配しておったクィネラの父は、そんな我が子を街に働きに出すのが惜しくなったんじゃろうな……酷い過ちを冒した」

 

 カーディナルは、物憂げに虚空を見つめながら語った。

 

「領主は娘に、《神聖術の修練》という前例のない天職を与え、手元に置いた。この強欲こそ人の業よな。そしてクィネラは、その比類なき知性を存分に発揮し、屋敷の奥で来る日も来る日も神聖術の解析をした」

「神聖術の解析……? それはどういう意味での……」

「文字通り、解き明かしたのじゃ。この世界の住民にとっては単なる記号でしかないはずの神聖語を、一つ一つの単語や発音、組み合わせた時に生まれる意味……そういったものまで、仔細に解明してしまった」

 

 神聖語。つまり、現実世界における英単語。

 

 ラースのスタッフが基本言語である日本語と共に、システム的な現象を起こすためのキーコード。

 

 誰もが神聖術の式句、その認識で終わるものを熱心に分解したと聞いて、キリトは恐るべき好奇心に少し慄く。

 

「そして、十一の時。ついにクィネラは、《 炎熱の矢(サーマルアロー) 》の術式を生み出した。それまで生活の補助に使われていた神聖術を、他を害する武器に発展させたのじゃ」

「最初に攻撃系の神聖術をプログラムしたのは、クィネラだったってことか」

「左様……だが、本当に恐ろしいのはここからじゃ」

 

 そこで一度、カーディナルは言葉を切った。

 

 

 

 

 キリトはじっと、彼女の表情を見つめる。

 

 カーディナルは、まるでその先を語ることに大きな勇気を振り絞るように眉根を寄せた。

 

 それほどまでに重大なことなのだと、話を聞くよりも先に理解する。

 

 やがて、彼女は重々しく。

 

 そして厳かに、話の続きをした。

 

 

 

 

 

 

 

「クィネラは──自らが生み出したその術式を用いて、〝狩り〟を始めたのじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「狩り、だって?」

「はい。当時から支配者階級の間では、娯楽として小動物などの狩猟が嗜まれていました。クィネラは、それを最も積極的に行ったのです」

 

 幼い少女が、矢を生み出して小動物を殺害する光の絵。

 

 それを描きながら、スワロウは粛々とルークへ語り続ける。

 

「ルーク様。以前、北の洞窟で暗黒領域のゴブリンと戦闘したのを覚えてらっしゃいますか」

「ああ。忘れられるはずがない」

「その時、自らの〝力〟が向上したことは?」

「……そういえば」

 

 ゴブリンを斬り殺していくうちに、どんどん体が、そして《白竜の剣》が軽くなった。

 

 薄々、それが命を奪った故にだと理解していたが……今、その話をすることに悪寒しか感じない。

 

「ご存知の通り、この世界の万物には値が定められています。そしてクィネラは、別の命を奪えば奪うほど、自分の値が上昇することを理解してしまった」

「……待て。それじゃあクィネラは、力を増すためにわざと命を奪い始めたのか?」

「それはもう、残虐な程に。あの時点で、彼女ほどこの世界の仕組みを理解し、また活用した存在は他にいませんでした」

 

 ゾッと、肝が冷えた。

 

 生きる糧にする為や、天職として生き物を狩り、役目を全うするというのならわかる。

 

 だが、我欲の為に必要のない殺戮を行うことは、ルークにはどうしても受け入れられなかった。

 

「驚くべくは、それをたったの11歳でやりやがったってことだ。力をつけ、他者より優れる為に。恐ろしいと思わねえか?」

「……ああ」

「肝心なのは、それが()()()()()()()()()()()()()()という点です。もし彼女に、幼い頃に教えられた殺人の禁忌さが刻み込まれていなければ……」

「…………ッ!!」

 

 先刻を凌駕する恐怖が心を撫でた。

 

 

 

 

 これは、央都に上ってから聞いた話だが。

 

 一等貴族や皇帝家の私有地では、爵位を持たない人間は想像を絶する扱いを受けているという。

 

 辺境にいたルークは縁遠い事だったが、もし殺人が罪として縛られていなければ。

 

 遥か昔、クィネラも小動物などより圧倒的に狙いやすい人間達を殺して回った事だろう。

 

「だが、やってる事は同じだった。そうだろ?」

「はい。彼女はその仕組みを理解したその日から、夜毎周囲の森の小動物を虐殺し。そして、世界に定められた理通りに翌日命が生まれると、またそれを殺し……そうして、際限なく力を高めていった」

「……最後には、どうなったんだ」

 

 聞きながら、ルークはもう予想がついていた。

 

 ついていながら問いかけたのは……自分に、覚悟を決めさせる為。

 

「権限の上昇と、飽くなき探求。結果、クィネラという少女は、あまりに強大になりました。天命の回復や、天候の操作までも可能なほどに」

「それ、は……」

「ああ。もう人じゃねえ……神の領域だ」

 

 まさしく、天から地上に舞い降りた御使のようであっただろう。

 

 それが当然のように崇められ、畏怖されていた学院の上級貴族達を思い出す。

 

 彼らとは比較にならない領域まで上り詰めたクィネラは当然、民にとって神だったはずだ。

 

 

 

 証明するように、光が平伏する人々の中心に立つ少女を描き出した。

 

 

 

「ある時には、傷ついた青年を癒し。ある時には、嵐の訪れを予言する。そうして数々の奇跡で人心を掌握し、ついには己が存分に探求を続けられる場所を作らせたのです。そう、神に祈りを捧げると称してね」

「っ……もしかして、それがこの……」

「ご察しの通り。セントラル・カセドラル。貴方達がそう呼ぶ白亜の塔の、原型です」

 

 スワロウが、光で塔を形作る。

 

 

 

 

 最初は三階建ての、祭壇程度の規模だった。

 

 しかし、それが一つ、また一つと積み重なっていき、高さを増していく。

 

 同時に、周囲の街もまたその様相を変え始めた。

 

「クィネラを信奉し、供物を捧げ、祈る。そして彼女が奇跡を起こせば、もはや創造神ステイシアの巫女だと疑う者は一人としておりませんでした」

「……でも、それだけ崇拝されていれば、支配者達は快く思わないんじゃないか?」

「いい目の付け所だな。その点においてもクィネラは抜け目がなかったのさ」

「いったいどういう……っ」

「気づいたみたいだな。そう、支配階級の誕生だよ」

 

 四人の領主は、皇帝に。そして連なる者達は貴族へと。

 

 豪奢な衣装に身を包んだ、かつてクィネラの親だった者達を含んだ支配者達。

 

 その前に傅く民達の光景は、恐ろしいほどあっさりとしていた。

 

「自分が、最上であり続ける為に……そういう、事なのか」

「最も、クィネラとて元は人の子。最初に親に教え込まれた法、禁忌にまでは背けませんでした」

「殺人や、傷害……」

 

 最も禁忌とされる、物心つく頃に親より教わる最初の戒め。

 

 そして、それが記されているのは…………

 

「そこでクィネラは、自らが作り上げた支配体制を活用し、己に定められた戒律を含め、一つの法を作り上げました」

「禁忌、目録…………」

 

 ずっと自分が……否、人界の民全てが盲信してきた絶対の法。

 

 それさえも欲望の産物だと知り、ルークは足元が瓦解する錯覚を覚えた。

 

 ふらり、と体を傾け、力尽きたように背もたれへ体を預ける。

 

「…………どうして、そこまで?」

「彼女が二十代半ばの頃です。クィネラは頂点に君臨し、その美しさにはますます磨きがかかりました。高く聳える塔には何人もの弟子が集い……けれど、ふとある不安を抱いたのです」

「不安……?」

 

 これほど多くを支配して、何を案じることがあるというのか。

 

 ルークには、もうわからなくなり始めていた。

 

「人口は増加の一途をたどり、人界の領域は広がりました。すると自然、彼女自身では把握しきれなくなります。そして目の届かぬ所で、自分と同じことを始める人間が現れることを恐れたのです」

「だから禁忌目録を……」

 

 ルークは、記憶に確と刻み込まれた禁忌目録を反芻する。

 

 

 

 第一に、公理教会への絶対なる忠誠を捧げよ。

 

 

 第二に、他人の命を奪うことや、不当に傷つけることを禁ずる。

 

 

 

 人界を保つ為に遵守されてきた絶対の掟。

 

 

 

 しかし、それは。

 

「全部……全部、クィネラが、自分と同じ力を持つ誰かが生まれないようにする為……?」

「そこに、道理はなく。倫理も、道徳もない。あるのはただ、傲慢な欲と恐怖だけだ」

 

 隣でライオットが呟いた、その言葉に。

 

 

 

 

 

 ルークの中で、何かが大きくひび割れた。

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

次回も引き続きます。
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