ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
今回はライオットの話が半分くらい。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「幾度にも渡り、我々はアドミニストレータを抹消しようと試みました。大図書館に潜み、彼女が表に姿を表すのを見計らって……」
「そう、それだ。さっきから一つ気になっていたんだが、アドミニストレータもカーディナルも、元は同じ一人の人間だろう? だったら、クィネラが突破できなかった傷害や殺人の禁忌はどうなったんだ?」
ふと心に引っかかっていた疑問を、ルークは口にする。
先程までの話でも、両者は互いを傷つける……あまつさえ殺すことも視野に入れていた。
それが出来ないからこそ、禁忌目録によって人界における貴族達の最悪の所業は免れてきたのだ。
スワロウは、それも予測していたと言わんばかりの儚げな微笑みを浮かべる。
「ルーク様。貴方は、ライオス・アンティノスを傷つけてはならない〝人間〟と認識しながら斬りましたか?」
「……それは」
あの時の、朧げな記憶を掘り起こす。
鮮明には覚えておらず、抽象的な心理状態しか思い返すことは出来ない。
だが、少なくともあの時の自分は、ライオスを切り捨てるべき、と考えていたのはわかる。
「……俺はあの瞬間、ライオスを人とは思っていなかった…………?」
むしろ、その欲深さと醜悪な心意をゴブリン達と同列にさえ考えた。
どうしてそう思えるのか。
それは、ルークが──アリスらに捕縛された時、初めて
「っ……!」
そう考えた途端、全身が冷たくなっていくような気がした。
あの時、自分は生来教え込まれた絶対の法を、平然と無視していたのだ。
「ルーク様。法とは絶対ではないのです。思考一つ、認識一つで、どれだけ魂に刻み込まれようとも乗り越えられてしまう」
「……だとしたら。俺達が守ってきた法ってのは、酷く脆いものなんだな」
それこそ、アドミニストレータの道具でしかないではないか。
自嘲気味に笑う彼に、スワロウもライオットも下手な慰めは口にしなかった。
彼自身、それを求めていた訳ではない。
「それで? アドミニストレータは未だ健在なんだろ?」
「残念ながら。管理体制の確認や、公理教会の代表として赴かなければならない行事など、様々機会は訪れましたが、いずれも失敗に終わることとなりました」
「二人がかりでもか……」
「時と場合によります。私はカーディナル様の手足となり、人界中に赴いておりますので。……しかし、最大の障害は我々と彼女の最大の違いです」
「違い……あっ、教会!」
スワロウが鷹揚に頷いた。
「我々は二人。対し、彼女の勢力は大袈裟に言えば教会の支配する人界全て。一人一人は大きな力を持たずとも、数の暴力というものがございます」
話が進むにつれ、より声に力を込めるスワロウ。
ルークは教会の騎士団や兵士を想像し、その膨大な数に彼の言葉を信じざるを得なかった。
「更に、彼女は慎重さを重ねました。極力表に出る機会を減らす為に、自分の仕事を代行し、教会の代弁者として動く者を」
「まさか……」
「──そのまさか、だ」
ライオットが、声を上げる。
自然とそちらに顔を向け、騎士が浮かべた表情に息が詰まった。
憤怒と屈辱。出会ってから短い間で、最も激情に塗れたその顔。
「整合騎士。俺達もまた、奴が保身のために作り出した道具に過ぎなかったんだ」
「作り出した、って……お前達は、何者なんだ?」
ルークは、ずっと考えてきた。
教会の威信を背負い、超人的な力を備えた整合騎士なる存在。
同じ人間とは思えないその正体は、一体どのようなものか。
アリスが現れたことで〝元人間〟である可能性は考えていたが……
「当然、人間だ。父母の元に生まれ、育ち、己を鍛え上げた人界最高の戦士。……だが、その全てをアドミニストレータに利用された」
「どういうことだ」
聞き返したルークに、ライオットは見たことのない笑みを浮かべ。
「俺達には、その頃の記憶がないのさ。綺麗さっぱり、な」
「な…………」
開いた口を、ルークはすぐに閉じる事ができなかった。
どこか空虚な笑顔を湛えたライオットを、ジロジロと凝視してしまう。
「なんで、そんなことに……」
「《シンセサイズの秘儀》。アドミニストレータの生み出した恐ろしい術。これによって、アドミニストレータは他者の魂を操作する術を確立していました」
「どこを弄れば、俺達の記憶を消し、心を凍らせ、感情を失わせることができるか……奴はその方法を熟知していた。そして奴は、自分の代わりに人界を統括し、また強力な護衛として整合騎士という人形に仕立て上げたのさ」
ガンッ! という、大きな音が響いた。
それはライオットが、たまらずといった様子で机に握り拳を叩きつけた音。
図書館の隅々まで広がるようなそれに、ルークは気圧される。
「俺は……俺達は、奪われたんだ。記憶を、自分自身を。そして代わりに、偽りの記憶と、絶対の忠誠を植え付けられた……!」
「偽りの、記憶……?」
「……俺達が整合騎士として目覚めた時、例外なく奴はこう教える。『整合騎士は自分が天界から召喚した御使いであり、人界の秩序を守るため派遣された崇高なる存在だ』、ってな」
ハッ、と吐き捨てるように嘲笑って、ライオットは自分の手を見た。
「実際は、カーディナルとこいつに対抗しうる力と権限を持つ手駒ってだけだ。最初から誉れなんて、どこにも無いってのにな」
「…………辛い、思いをしたんだな」
思わず、ルークはそう呟いた。
整合騎士としての存在意義、全てを否定する真実に打ちのめされたのだ。
その時の絶望は、到底計り知れない。
「でも、お前はどうしてスワロウ達についたんだ?」
「……その話は後だ。今は整合騎士の成り立ちを知ってもらう」
ゆっくりと息を吸い、そして吐くと、ライオットの顔から険が取れていた。
握った拳を解いた彼は、脱力して背もたれに体を預ける。
「スワロウ、頼む」
「畏まりました。……アドミニストレータは魂に関する研究を元に、《
光で描かれたのは、三角柱の形状をした物体。
内部に光の粒子を孕んだそれに、ルークは底知れぬ悍ましさを感じた。
「これには、対象の魂に造られた記憶と行動原理を統合する力があります。頭部に挿し込まれたが最後、教会及びアドミニストレータに対する絶対忠誠を誓い、人界の現状維持に徹する超人の誕生です」
「なんて非道な……」
「彼女はそうして作り上げた人間に、世界の乱れを正し、整合性を維持する、森羅万象を教会の元に統合する尖兵を意味してこう名づけました──
それが、整合騎士の所以。
アドミニストレータの独善的な支配を象徴する、人の尊厳を踏みにじった傀儡の名。
「儀式が成功し、騎士となった彼らには番号がつけられます。統合体を意味する言葉と合わせ、名前の後に
「文字通りの道具って、ことかよ」
ルークは、言い知れぬ怒りを感じた。
これまでずっと、彼らを恨んできた。アリスやユージオの笑顔を奪った敵として。
だが、その正体を知ってしまえば……騎士達もまた、奪われた側なのだ。
不憫、とまで言うほど傲慢にはなれない。
アリスを奪ったことは事実であり、また、人界を守ってきたことは確かなのだから。
だが少しだけ、同情はできた。
「整合騎士にされてしまった人は、何人いるんだ?」
「俺を含め、三十一人。その内の約半分は、奴が実験により魂を壊した人間だ。そいつらは極めて高い能力を備えてたからな」
「あるいは秀でた能力を持っていたからこそ、教会の法に対して積極的に反したとも言えるでしょう」
「じゃあ、残りの半分は?」
「アドミニストレータは、整合騎士たりえる戦士を得る為のより効率的な方法を編み出しました。剣技によって力を競い合う催しを行い、最後の勝者に栄誉としてカセドラルに招く仕組みを作ったのです。その剣士を輩出した家には、上級貴族の爵位と莫大な富を与えるという餌を付けてね」
「それって……!」
四帝国統一大会。
ルーク達がずっと目指してきた、カセドラルへの唯一の道。
(もし、あの事件がなければ…………俺達は、どうなっていた…………?)
自分達のうち、いずれか二人が大会に出場し、並いる人界中の剣豪達と鎬を削りあい。
そして、どちらか一方が最後まで勝ち残れた暁には──アドミニストレータの傀儡となる未来が待っていた。
これまでの中で最大の戦慄が、ルークを襲う。
もしかしたら自分や、あるいは弟分達は、何もかも失っていたかもしれないのだ。
記憶も、願いも……全て。
「お前のその顔。もしかして四帝国統一大会に出るつもりだったのか?」
「……本当なら、優勝者としてカセドラルに正面から入るつもりだったんだ」
もっとも、今の話を聞いてしまった以上、そうならなくてよかったと心の底から思う。
そんな風に顔を青ざめさせたルークに、ライオットが笑ってこう言った。
「よかったな、
「………………何だって?」
「何を隠そう、俺がこの仕組みの最初の被害者なのさ。まあ、それを知ったのは整合騎士になって随分経ってからだけどな」
「な────」
あっけらかんとした態度で笑うライオットに、全身を衝撃が駆け巡る。
脳裏に思い起こされるのは、まだ学院に〝彼女〟がいた頃の記憶だ。
〝彼女〟は、北セントリア央都修剣学院の初期生だった。
あの日記の主や、〝彼女〟と共に綴られていたとある男子生徒も同様だ。
その生徒は、初代主席であると同時に……時を近くして開催された、
学院の歴史を記した書物に、誉れ高き生徒として記された、その名前は──
「ライ、オット…………」
「ん?」
「ライオット……シュトルツ…………」
記憶の片隅で埃を被っていたその名前を、呆然と呟く。
ライオット・シュトルツ。シュトルツ四等爵家の嫡男にして、学院最高の剣士。
ルークは目の前にいる騎士ライオットを、凝視した。
正確には、名前を言われたことに驚いたらしい彼の、耳についた飾り。
〝彼女〟が日記の主から贈られたものと同じ、それを。
(──全部、繋がった)
何故それを持っているのか、という疑問が、一気に氷解した。
彼こそが、初代上級修剣士主席であり、四帝国統一大会初代王者であり。
彼女が愛した、唯一人の男なのだ。
「はっ、ははは…………」
「お、おい、ルーク?」
「……ルーク様。何故、涙を流しておられるのですか?」
「ああ、いや、ごめん…………つい、さ……はは、ははは……」
笑いながらも、右目から一筋の涙を流すルークに二人は顔を見合わせる。
ああ、なんて運命的なのだ。
きっと彼女は、この事を知っていたわけではない。
あの休息日も実際に、もう全ては過去のことだと語っていた。
それでも……いや、そうだからこそ。
(まさか、貴女が愛した男が整合騎士で、担い手だなんて……驚かされるばかりですよ、ルル先輩)
これまでもこれからも、ルークは〝彼女〟が遺したものに驚嘆させられるのだろう。
けれど、不思議と悪くない気分だった。
そんな事を思いながら、涙を拭う。
「……ごめん。取り乱した」
「いや、別にいいが……お前、どうして俺の本来の名前を知っているんだ?」
「北セントリアの修剣学院に通ってたんだよ。だから、初代主席としてお前の事を本で読んだことがある」
「ああ、そういう事か。つまりお前は、二つの意味で俺の後輩ってわけだ」
「そういう事になるな」
二人は、互いに男臭い笑みを向けあった。
不思議と絆のようなものを感じて、ルークは袖の上から手首の耳飾りに触れる。
〝彼女〟が繋げてくれた縁なのだと、そう思った。
「親睦が深まったようで、何よりでございます」
「おう。んで、どこまで話したっけか?」
「整合騎士がどうやって増えてきたかって所までだな」
「ああ、そうだった。で、俺達は奴の手駒として何百年も人界を維持してきた訳だ。お前も聞いた通り、魂の限界があるから一定周期で記憶を消されながらな」
何度も記憶を消し、利用され続けている整合騎士達。
それを聞いて、ふとルークは新たな疑問を覚える。
「スワロウ。カーディナルは今もアドミニストレータと争ってるんだろ? 数百年間、記憶はどうしていたんだ?」
先ほどの話では、カーディナルとなった少女にはアドミニストレータの記憶が上書きされている。
既に150年余りの記憶があるはずで、その状態で現在まで耐えられたとは考えられない。
「最初に、彼女は重要な情報を手書きで記し、後に自分の魂を操作して九割の記憶を消去しました。アドミニストレータにはできなかった、直接的な自己の改竄です」
「九割って……それって、ほとんど何も覚えていないんじゃ……」
「ええ。ですが、長い先のことを鑑みれば最善の選択です。事実、彼女は今も生き長らえている」
ルークはなんとも言えない顔になった。
憶測でしかないが、カーディナルにはもう人としての記憶はないに等しいだろう。
親の顔や、温かい思い出……何もかも失っているのかもしれない。
「もしかして、お前も?」
「幾度か申し上げているように、私は貴方達とは作りが異なりますので、容量には余裕があります。最も、無限ではないので一部は情報化してこの図書館に納めてありますが」
「そんなこともできるのか……」
「こいつに頼んで、俺もそうしてもらっている。アドミニストレータに初期化される前に、重要な記憶は文章として本に複写してな」
俺の区画はあっちらへんだ、と指である方向を示す。
なんとも便利な扱いに、スワロウへ苦笑を向けざるを得ない。
「そのような顔をなさらずとも、これは報酬のようなものです。彼には危ない橋を渡ってもらっていますから」
「整合騎士の地位を保ちながら、カーディナル達に協力する……考えるだけで胃痛がしそうだ」
「そんなにヤワじゃねえよ。バレないよう演技するのは、ちょっと骨が折れるがな」
言いつつも、ライオットの顔に大変そうな様子は見られなかった。
流石は初代主席にして大会制覇者と言うべきか。演技もお手の物らしい。
「だが、俺なんてせいぜいが中堅どころだ。団長なんざ、200年以上整合騎士をやってるからな」
「それは、最初に整合騎士にされたという?」
「ああ。団長は強いぜ? 名実共に俺らの頂点だ」
そこで、ふとライオットは表情に影を落とす。
「……奴を倒すってんなら、団長とも戦う事になるだろうよ。勿論、凍結から目覚めてる他の整合騎士ともな」
「……辛いか?」
「いんや。とっくに覚悟した事だ。まあ、それは初期化されて過去の俺の手記を読む度にだが……今回で最後にする」
それは即ち、仲間である整合騎士達を裏切り、アドミニストレータを討つという事だ。
最初から宣言していた事だが、話を聞いた後では十分に納得できる。
「っと。そういえば、どうして俺がこいつと接触し、反乱の意志を持つに至ったかって話がまだだったな」
「聞かせてくれ。アドミニストレータと戦う前に、
「……へっ、言うじゃねえか」
ルークの言葉に、ライオットは楽しげに笑い。
不意に、傍らに立てかけていた《蒼竜の琴剣》を手に取ると机に置いた。
ズン、と重い感触を伴って置かれた竜具に、視線を投じる。
「始まりは150年前……俺がアドミニストレータの命で、
次回、守護竜の話も交えて。
読んでいただき、ありがとうございます。