ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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この作品は基本、ルーク視点でお送りします。
楽しんでいただけると嬉しいです。


目覚め

 

 

 

 

 

 気がついたら、何処かの小道に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここはどこだ……?」

 

 周りを見渡して、自分が今立っている場所が、村から北の洞窟へと続く道の途中であるとわかった。

 

 しあし、なぜこのような所にいるのか、皆目見当もつかない。彼……ルークは混乱して、また左右に伸びる道を見た。

 

 するとどうだ、村の方向へ向かう人の姿があるではないか。それも三つ、全員見覚えのある後ろ姿だ。

 

「おーい!」

 

 手を振って、大声で呼びながら走り出す。ここにいる理由はわからないが、きっと彼らと一緒なら……

 

「…………あれ?」

 

 しかし、奇妙なことが起こった。

 

 いくら走っても追いつけないのだ。まるでその場で足踏みをしているような、おかしな感覚がする。

 

 ルークは焦って、さらに足に力を込めて走った。しかし、歩いているはずの彼らには一向に近づけない。

 

「おい、アリス!ユージオ!■■■!」

 

 名前を叫び、手を伸ばす。けれどその背中に触れることもできなくて、ただ疲労だけが募っていく。

 

 やがて、子供だったルークの体は大きくなっていった。しかし、いくら成長しても、強くなっても、追いつけない。

 

「はぁっ、はぁっ、くそっ……!」

 

 やがて、鍛え上げた体力は底をついた。ルークは膝をついて、じんじんと痛む脇腹に荒い息を吐く。

 

 息も絶え絶えなルークの耳に、ザッと地面を踏み締める音が響いた。同時に、にわかに影がかかる。

 

 顔を上げると、目の前に三組の足がある。それが誰であるのか、ルークはすぐに気がついた。

 

「アリ……」

「ひどいよ、ルーク」

「…………え?」

 

 頭上から投げかけられた冷たい声に、ルークは呆然とした声を漏らす。

 

 恐る恐る、顔を上げようとした瞬間──ぱさり、と地面に何かが落ちた。そちらに目を移すルーク。

 

 それは、アリスの服だった。安っぽい皮の靴の上に、いつも着ていた青いワンピースと、白いエプロンが乗っている。

 

「な……」

「なんであんなことしたんだよ、ルーク」

「き、■■──」

 

 また、パサリという乾いた音。

 

 錆びた井戸の桶を引き上げる滑車のような動きで、首を捻る。思った通り、黒い服が地面に重なっていた。

 

 ああ、まさか。ルークは顔を青ざめさせて、目の前で消えてしまった二人の服を見つめる。

 

 それからふと、なんとなしに自分の手を見下ろした。

 

 

 

 そして──()()()()()()()()()()()()()を見て瞠目した。

 

 

 

「う、うわぁああああああああっ!?」

 

 悲鳴を上げ、尻餅をつく。黒々とした手はおおよそ人のものではなくなっており、指の先には鋭い鉤爪が生えていた。

 

 まるで村の古老の御伽話で聞いた、怪物のような手。それはまるで、()()()のルークの所業を表しているような──

 

 

 

「ルーク」

 

 

 

 投げかけられた声に、ビクリと体を震わせる。

 

 せめて、お前だけはそのままでいてくれ。その思いとともに、ルークはまだそこにいる最後の一人を見上げて。

 

 

 

 

 

「この、裏切り者」

 

 

 

 

 

 ポッカリと空いたユージオの黒い眼窩から溢れる赤い涙を、はっきりと見た。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「──うわぁああああああああああっ!?」

 

 深い微睡みから、一瞬で目を覚ます。足で毛布を蹴り飛ばして、勢いよくベッドから起き上がった。

 

 心臓がいつもより5倍は速く鳴っている。呼吸は乱れ、反パニック状態で周りを見渡し異常を確認した。

 

 しかし、何も危険なものは見当たらない。あるのは衛士の防具など道具の入った木箱とクローゼット、古びた机。

 

 そして、壁に飾られた一振りの〝白い剣〟。そこまで見て、ようやくルークは落ち着きを取り戻す。

 

「……ただの夢か」

 

 安堵の息を吐いたルークは、自分の手を見下ろす。汗ばんだ無骨な手は、ちゃんと人間の形をしていた。

 

 けれど、夢の中の光景は決してただの悪夢ではなく。ルークはいつものように、両手を固く握りしめた。

 

「……よしっ!」 

 

 時間にして三十秒。気持ちの整理をつけたルークは開いた両手で自分の頬を叩き、残った眠気を吹き飛ばしてベッドから降りた。

 

 寝汗で湿ったシャツを脱ぐと、見事に均整の取れた逞しい筋肉に包まれた、細身の体があらわになる。

 

 椅子にかけてあったタオルを手に取ると、立て付けの悪い窓を極力音を立てないように開けて外に出る。

 

 庭の窓際に生い茂った雑草の上に着地して、ルークはそっと聞き耳を立てる。しかし、家内から音は聞こえない。

 

 どうやら、眠りの浅い母親は起きていないようだ。ルークは安堵の息を吐き、目の前にある井戸に近づいた。

 

 桶を引っ張り上げると、肌が切れるような冷たさの水を頭から被る。

 

「うひー、冷てえ」

 

 未だ朝靄の漂う早朝、空気の冷たさと相まって水は普段以上に身を切るような感覚を与えてきた。

 

 とりあえず、濡れた上半身をタオルで拭く。そうすると水滴が滴る髪をかきあげ、手首につけた皮紐で縛った。

 

 十分に視界が広くなったところで、慣れた足取りでそこそこ広い庭の奥へと歩いていく。

 

 雑草が踏み敷かれ、更地になったそこには丸太がついた長細い棒が立っていた。ルークは、そこに立てかけられた木剣を手に取る。

 

「んー、そろそろ替え時か?」

 

 白金樫を削って作った片刃の木剣は、随分と持ち手の皮が擦り減っていた。よく使い込んでいる証拠だ。

 

「よし、まずはノルマ100セットだ」

 

 今日使う分には問題ないと判断したルークは、使い込まれた柄を両手で握りしめる。

 

 そして、一本の木のような姿勢をとった。隙のないその姿勢は、どれだけ彼が研鑽を積んできたかひと目でわかる。

 

「フッ!」

 

 その姿勢から、鋭い呼吸とともに袈裟斬りが繰り出された。それは冷めた空気を切り裂き、一陣の風を吹かせる。

 

 そこから逆袈裟斬り、唐竹、振り上げ、そして最初とは別の方向からの袈裟斬り。最後に胴を切り裂く。

 

 それでワンセット。最初の姿勢に戻すと、また同じことを百度繰り返す。それが、ルークの日課であった。

 

「ふっ、はっ、せいっ……!」

 

 一太刀振るうごとに、技の冴えは増していく。共に踏み込みが激しくなり、ルークの心はある種の極限へと誘われていく。

 

 一振り前より鋭く、一秒前より速く、今の己よりも次の己は強く。ただ振って振って、いつか何かを切り開けると信じて。

 

 たとえ、それが己の罪への戒めから成る執念でしかないとしても。

 

「ゼァアアアッ!」

 

 腕が重くなるほどに木剣を振り、一時間も経った頃。ついに最後の一振りになり、ルークは裂帛の叫びと共に踏み込む。

 

 その先にあるのは、太い丸太。薪に使うための原木をそのまま置いたそれに、ルークは両手で剣を握り締め──

 

「シィッ!」

 

 一閃。

 

 剣を振り切った姿勢のまま、ルークは静止した。素振りと共に吹いていた風が止み、無音の世界が作られる。

 

 その中で、丸太が半ばほどからズレて時点に落ちた。ゴロン、と重々しい音を立てて転がっていく。

 

「……少し、粗くなったか」

 

 ルークは、二割ほどささくれが残った丸太の断面を見て呟く。

 

 どうやら悪夢の影響か、無意識に剣を握る手が緩んでいたようだ。やれやれと自分にため息を吐くルーク。

 

 次いで、集中力が切れたことで軽い倦怠感が全身を襲い、深く息を吐き出しながら姿勢を元に戻した。

 

 

 

「ルーくん?ここにいるの?」

 

 

 

 使えなくなった丸太を片付けていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 ルークが振り返ると、そこにいたのは柔らかい雰囲気の女性。目元がルークとよく似た彼女は、十五年の間毎日見てきた人物だ。

 

「おはよう、母さん。今起きてきたの?」

「ええ。それでルーくんがいなかったから……」

「いつも通り、稽古していたとこなんだ」

「あらあら、朝から精が出るわね〜。すぐにご飯を作るから、汗を流していらっしゃい」

 

 若々しい顔に微笑みを浮かべたルークの母、セフィアはそのまま家の中に戻っていった。

 

「はいはーい、っと」

 

 ルークは明日の日課用に積み上げてある丸太を一つ取って棒に嵌め込むと、火照った体にもう一度冷水を被る。

 

 汗を洗い流した後は体を拭き、また窓から部屋の中に戻った。それから上着を着ると、食堂の方へ行く。

 

 すると、木製のテーブルと椅子が二つ、それとセフィアが集めた花の押し花が飾られた食堂のキッチンで、母親がジャンプしていた。

 

「母さん、何やってんだ?」

「あっ、ルーくん。ちょっと上の棚から干し肉を出してくれる?お母さん届かないのー」

「そういうことか」

 

 ルークは自分より頭ひとつ分ほど背丈の低い母に苦笑して、戸棚を開けて干し肉入りの袋を取り出した。

 

「はいよ、母さん」

「ありがとうね、助かるわ」

「いいって、これくらい」

 

 黒パンと朝絞ったばかりのミルクも出して、皿とジョッキを用意すると準備完了。

 

 テーブルに移動して、二人で創世神ステイシアへの祈りを捧げた。そうしていつも通りの食事が始まる。

 

「よいしょっ、と」

「ん〜!」

 

 非常に硬い、そのまま食べれば歯が折れるのではないかという黒パンを二人揃って千切り、ミルクに浸してふやかしてから食べた。

 

 その一連の動作を全く同じタイミング、動作で行い、その後に干し肉を齧って「ん〜」と声を出すまでシンクロする。 

 

「ルーくん、今日はどっちの当番?」

「んぐ、門番。暇な方だよ」

 

 ルーリッド村では、四人衛士がいる。そのうち二人が村内を巡回、二人がそれぞれ北と南の門番という役割を交代制で行なっている。

 

 今日は、ルークが門番だった。しかし、これはいくつかある衛士の仕事のうち、一番楽とも、暇とも言われる職務だ。

 

「こら、そんなこと言わないの。ちゃんとしたお仕事よ?」

「わかってるって、冗談さ」

 

 そう口で言いはするものの、このような辺境の村だ。大半は村の外で仕事をする人間の行きと帰りを見送るのみである。

 

「母さんは農作業だろ?一人でも平気か?」

「ふふん、まだまだお母さんは若いのです」

 

 干し肉を手に胸を張るセフィアに、ルークは確かに、と笑う。実際、彼女は二十代後半でも通じるほど若々しいのだ。

 

 その美貌は若い頃から衰えることなく、村の男衆によると自分と同じほどの年の頃はそれは凄まじかったらしい。

 

 もっとも、そんな母を射止めた男の顔をルークは生まれてこの方、知りもしないのだが。

 

「ん、ごっそさん。じゃあ行ってくるから」

「はい、頑張ってちょうだいね」

「ああ、母さんもな」

 

 綺麗に朝食を平らげて、食器をキッチンに置いたルークは食堂を後にする。

 

 ルークの部屋は1階だ。短い廊下を抜けて部屋に戻ると、木箱から革製の手甲と脚甲を取り出して着ける。

 

 それからシャツの上に皮のジャケットを羽織り、腰に銅剣を履けば準備完了だ。

 

「あとは……」

 

 ルークは、壁に飾られている白い剣を見る。そしてゆっくりと歩み寄った。

 

 〝あの日〟から七年の間、共に過ごしてきた剣。それをいつものように両手で持ち上げると、鞘についた紐で肩にかける。

 

 持つべきものを全て備えて、ルークはまた窓から外に出た。家の柵に手をかけて乗り越えると、南門の方へ向かう。

 

「おや、ルーク。早起きじゃな」

「おう、リダックの爺さんこそ早いな」

「フォッフォ、年寄りの朝は早いでの。それ、先に行っとれ。ワシもそのうち行くからのう」

「はいはい」

 

 それからも途中出会った村人と会話を交わしつつ、ルークは南門にやって来た。

 

 石造りのアーチ状の南門は、やはり陽が昇ってからさほど時間が経っていないためか誰もいなかった。

 

「よっこらせ、っと」

 

 ガシャン、と重々しい音を立てて剣を門に立てかける。一見細身の剣は、しかし鞘の底が少し地面に沈んでいた。

 

 ルーク自身も背中を預けて、七年間同じ姿勢でやってきた習慣で腕を組み、片足を曲げて見張りを始める。

 

 それから三十分経って、一時間が経って。にわかに門の内側……村の中から音が聞こえ始めた。村人が働き出したのだ。

 

 それに伴って、ちらほらと外に出ていく人間が現れ出す。全員と端的な挨拶を交わして、門を潜ったのを確認した。

 

 ルークはこのやりとりが、嫌いではない。退屈ではあるが、今日も村が平和であると実感できるからだ。

 

「おはよ、ルーク」

 

 やがて、村が動き出して二時間もした頃。聞き覚えのある声に、ぼうっと道の先を見ていたルークは隣に目を移す。

 

 そこには、自分の幼馴染みがいた。片手に無骨な斧、もう一方の手には弁当の入った麻袋を持って。

 

 昔から変わらない金髪と、女のような端正な顔立ち。青い瞳は落ち着いていて、彼の温厚な性格を表している。

 

 けれど、どうしてだろうか。その隣に、()()()()誰かが足りない気がするのは。

 

「ああ、おはよう──ユージオ」

「今日も頑張ろうね」

「ああ、お前も()()()()()()()()()頑張れよ。村一番の木こりさんよ」

 

 チリ、と胸に何かを感じる。自分の言ったことに違和感を感じるけれど、その理由がなんなのかはわからない。

 

「村一番なんて、そうでもないよ。お前こそ、居眠りしちゃダメだからな」

「んー、なんのことかね。三日前のことなんか記憶にないな」

「まったく、もう」

 

 軽口を交わし、笑い合った二人は軽く握った拳をぶつけ合い、ユージオが歩いて行って別れた。

 

 ここからでも見える黒い巨木へ向かい、森の中へ入っていくユージオの背中を見送る。そしてルークは、顔を前向きに戻した。

 

 

 

 

 

 こうして、ルークの一日は今日も変わりなく始まっていく。

 




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