ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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長らくお待たせしました。

書き直したり、加筆したりで、非常に長くかかってしまいました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


桐谷和人にとって

 

 

 

 

 ルークが決戦に備え始め、それと同じ頃。

 

 

 

 大図書館の中で、キリトは変わらずカーディナルと向かい合っていた。

 

 恙無く対話は終了した。

 

 結果、キリトは彼女達への協力を了承した次第である。

 

「改めて、礼を言うぞ。キリトよ」

「俺にとっても、メリットが多い話だからな」

 

 肩を竦めるキリトの言葉は、額面通りの意味を孕んでいる。

 

 整合騎士達の様子を見るに情状酌量の余地はなく、このままだと強制的に彼らの同胞にされるのは確実。

 

 加えて未来に迫る人界の危機を思えば、そこに住む友人達のためにカーディナルを打ち倒すしか道はなく。

 

 アリスを取り戻すという、何故か他人事には思えない目的を果たすにも、そうする他にない。

 

 

 

 何より、アドミニストレータは現実に繋がるコンソールを唯一所持しているというのだ。

 

 

 

 現実への帰還を切望し、この2年を過ごしてきたキリトにとっての終着点もまた、無慈悲な管理者の先にあった。

 

「今のうちに、他に聞きたいことがあれば言うが良い。これからは一刻を争う状況じゃからな」

 

 そう言われて、キリトはふむと胸の前で腕を組む。

 

 頭の中には多くの疑問が乱立し、けれどその全てを聞いていては日が暮れてしまうだろう。

 

 時間を無駄にすることは、自分も彼女達も決して望んでいるわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 キリトは、頭の中で質問を選択し、吟味して、一つ一つと削っていく。

 

 いくつかに絞った中で、最も上に滑りこんだのは──この世界で出来た、ある友人のこと。

 

「……守護竜」

「む?」

「かつて四体存在し、人界の東西南北にあるダークテリトリーへの道を守護していたというユニークモンスター。それについて聞きたい」

 

 ルークに起こった不可解な現象、明らかに優遇されたヒューマンユニット以外の生命。

 

 この世界で異彩を放つそれへの不信と、疑問と、ゲーマーとしての少しの好奇心を込めて、キリトは問う。

 

 対して、カーディナルは予想の範疇であったのか、鷹揚に頷いてみせた。

 

「うむ。良いじゃろう。守護竜達の成り立ちは、アンダーワールドの始まりにまで遡る」

 

 改めて説明を始めたカーディナルに、居住まいを正して聞く態勢に入る。

 

 それを確認した彼女は、厳かな口調で語り始めた。

 

「先に語った通り、アンダーワールド人の魂というのは新生児のフラクトライトをコピーしたライトキューブにある。そして守護竜は、複数のフラクトライトデータを結合し、一つに統合することで容量を大幅に増大させた特別なフラクトライトの主じゃ」

「そんなことが可能なのか?」

 

 人口フラクトライトとは、新生児の脳内にある天然のフラクトライトを電子的にコピーした代物。

 

 それを結合するなど、果たして技術的に出来るのかと首を傾げるキリトに、賢者は鷹揚に頷く。

 

「あくまで完全な初期状態に限るが、出来ないことはない。処理には膨大な時間を要するじゃろうし、万が一破損でもしようものなら、その人口フラクトライト達はおそらく完全に使い物にならなくなるがの」

「随分とハイリスクな……でも、それだけ膨大な魂の持ち主ってことだな」

「人界とダークテリトリーの規模を比較した上で、確実に人間が生き残れるための特別措置というところじゃろう。そして、そのフラクトライトには特別なプログラムが刻まれておる」

 

 プログラム? と鸚鵡返しに返すキリトに、うむとカーディナルは頷いた。

 

「彼らは、天命が尽き、肉体が死したとて、そのフラクトライトを初期化されることはない。非活動状態に入り、天命が尽きるまでのデータを保存した状態で休眠するのじゃ」

「なっ……それじゃあ守護竜は、この世界で唯一の、本当の不死だっていうのか!?」

「然り。そして同時に、フラクトライトの根幹……各守護竜の魂の芯に存在する心意パラメータと完全に一致する他のフラクトライトと接触した時、再び活動を開始する」

「それが……」

「ルークと呼ばれる、お主の仲間……この世界でも唯一無二の心を持った、ヒューマンユニットじゃ」

 

 その言葉にキリトは驚くと当時に、不思議なほど納得してしまった。

 

 

 

 

 

 ずっと、ルークに感じる特異性について疑問を抱いてきた。

 

 それは幼いながらも禁忌目録に背いた、アリスという少女に感じたものと似通っている。

 

 UW人の中でも、その個性が群を抜いている。思考も、在り方も、他から明らかに逸脱しているのだ。

 

 それが彼の中にある心意──数度垣間見た、強靭なまでの守護の意思に端を発するものだった。

 

 守護竜の心意パラメータと完全一致しているともなれば、納得もできるというもの。

 

「偶然、なのか?」

 

 もしや、ラースが自分をこの世界に入れるにあたって用意した、いわば「仲間キャラ」ではないのか。

 

 あるいは彼こそが、この壮大なシミュレーションの中心にいる〝主人公〟ではないのか。

 

 そんな思考が、ふと脳裏をよぎる。

 

 疑念と、そうであってほしくないという友人への不安を抱くキリトに……カーディナルは頷いた。

 

「完全な天然ものじゃ。両親から受け継いだ性質、育った環境に教育、そして経験……わしはお主に監視者(シャーロット)をつけてからしか見ておらんが。後にも先にも、全く同じフラクトライトが発生することはないじゃろうな」

「そうか……」

 

 ホッと、胸を撫で下ろす。

 

 全てが作られたものであるこの箱庭の中で、彼の善性までもがそうでなくて安心した。

 

 

 

 彼の気高さ、その強さは、彼自身のものなのだと。

 

 

 

 この二年で積み重ねた、彼と、そしてユージオとの記憶は紛れもなく大切なもので。

 

 桐ヶ谷和人は、確かにルークという一人の人間に友愛を抱いているのだから。

 

「もしアドミニストレータが守護竜を討伐させずにおれば、あの少年は勇者として《青薔薇の剣》を授かり、かの白き竜の背に乗って人々を先導する立場にいたやもしれぬ」

「壮大なイフだな」

 

 しかし、そうなるだけのポテンシャルを秘めているというのは彼も同意だ。

 

 容易にその光景が想像できて、何故かキリトまで誇らしく思えてしまう。

 

 

 

 

 

 だが、微笑む彼とは裏腹に、賢者の顔は浮かないものだった。

 

 瞳は凪いでおり、それだというのにひそめられた眉がキリトの不安を掻き立てる。

 

「……あるいは、そちらの方が良かったやもしれん」

「どういうことだ?」

 

 すぐには答えず、カーディナルはティーカップの中身を一口啜る。

 

 強調するように、カチャリと音を立てソーサーに戻した彼女は──キリトに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「このままでは、ルークは死ぬぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「システム・コール。クリエイト・レストリクション・エリア。ユーズド・ハイ・リソース・ユニット……」

 

 

 

 

 

 

 

 白き使者の言葉に従い、光が踊る。

 

 静謐な図書館を、清らかとさえ言える美声で奏でられる詠唱が満たしていた。

 

 宙を無数の書物が飛び交い、そのページが一人でに繰られて文字が浮き上がる。

 

 それらは、全て神聖文字。くるくると舞う文字達は、互いに重なり、組み合わさっていく。

 

 やがて一つの円陣を作り上げ、隅に本棚や机が寄せられた純白の地面に沈み込んだ。

 

 光達が、一つの舞台を生み出しているのだ。

 

 

 

 

 

 複雑な術式が絡み合い、完全に舞台が完成した時、詠み手の声も止まる。

 

 眩い光が消え、目を細めていたルークとライオットは顔を庇う手を下ろした。

 

「お待たせいたしました」

 

 そして、パタンと手元の本を閉じた白燕は、目を開くと彼らへ微笑みかけた。

 

「これにて完了です。お二人とも、どうぞ中へ」

「やっとか。待ちくたびれたぜ」

「ありがとう、スワロウ」

「お気になさらず。さ、時間はあまりございませんので」

 

 促す彼の言われるがまま、二人は輝く円環の中へと足を踏み入れる。

 

 すると、何重にもなった申請文字が回転し、浮上して半球状のドームを作った。

 

 おお、と感嘆の声を漏らすルークへ、真剣な様子に改めたスワロウが口を開く。

 

「それでは説明を。これからルーク様には、二つの高位神聖術を習得していただきます。その際に生じる、《白竜の剣》の影響を抑える為にこちらを用意させていただきました」

「ああ」

 

 ルークも表情を引き締めて、その一言一句を聞き逃さないよう耳を澄ました。

 

「これは、アドミニストレータが己の天命を全盛期まで回復させた際に使った神聖術(システム・コマンド)を擬似的に再現したものです。ルーク様に剣の影響が及んだ際、感知して肉体の変異を回復します」

「それは……凄いな」

「とはいえ、過信なさらぬよう」

 

 息を呑むルークへ、釘を刺すようにスワロウは厳しい口調で言った。

 

 彼は、白い手袋に包まれた右手を顔の横まで上げ、三本の指を立てる。

 

「私の権限では、この術は不完全でして。当館に蓄積したリソースの六割を投入しても、三回が限界。それまでに必ず会得してください」

「……全力を尽くさせてもらうよ」

「その言葉が真実である事を願います」

 

 スワロウへ頷き、ルークは正面へと向き直る。

 

 待っていたライオットは、ようやくかと言わんばかりに担いだ《蒼龍の琴剣》で肩を叩いた。

 

「んじゃ、手短に済ませるぞ。これからお前に教えるのは、《エンハンス・アーマメント》と、《リリース・リコレクション》という術だ」

「それって……」

 

 ふと、学院生時代の記憶がよぎる。

 

 

 

 

 

 勤勉なルークは、苦手な神聖術については特に力を入れ、知識を深めた。

 

 そして、教会から学院の図書室に収められた資料の中に、今口にされた術式の名があった事を思い出す。

 

「その顔、心当たりがあるって感じだな」

「ああ。学院にいた時に読んだことがある」

「流石は第三席、勤勉だな。なら分かってると思うが、こいつは特別な武具に宿ったものを呼び覚ます神聖術だ」

「特別な武具、か」

「一定以上の優先度と天命を持つ武具には、元となった存在の記憶が残っている。そして《エンハンス・アーマメント》……完全武装支配術は、その性質を最大限にまで引き出す術式だ」

 

 武器の性質を引き出す術。教本で読んだ通りの、類まれなる高等な神聖術だ。

 

 一度も使ったことのないその術式に、しかし何故だかルークは妙に馴染みのある感覚を得る。

 

「次に《リリース・リコレクション》。これは《エンハンス・アーマメント》のその先……記憶を完全に覚醒させ、一時的に極限の力を解放する奥義中の奥義、ってところだな」

「また、随分と難しそうだ」

「ああ。そして俺達担い手には、この術を使うことは禁じられている」

「何故?」

「まあ、端的に言えば……テメェの命と引き換えってことだよ」

 

 短い言葉だが、その予想外の重さにルークは少し息を呑んだ。

 

 先刻告られた担い手の宿命。暗黒領域に眠る破滅の竜王との因果。

 

 それを乗り越える時までは、何があろうと決して死ぬ事を許されない。

 

 必然的に、命を賭けるという竜の神器の《記憶解放術》は禁忌という事になる。

 

「要するに、お前が覚えるのは《エンハンス・アーマメント》だけ。《リリース・リコレクション》は頭の隅にでもやっとけ」

「分かった」

「よし。……んで、こっからが本番だ。お前も重々承知だろうが、俺達の武器……竜具には、記憶どころじゃないものが宿ってる」

「……竜の、心意」

 

 その説明に、自然と腰の《白竜の剣》に手を触れていた。

 

 

 

 ──ィイン

 

 

 

 耳の奥に聞こえる甲高い音は、まるで自分の実在を証明するかのよう。

 

 ここには確実に、四聖竜の一角の魂が存在しているのだ。

 

「心意と魂を宿した、神器の中でも特別な器。この武具を御し、力を発揮するのは至難の業だ」

「……お前でもか?」

「そうさな。会得し、習熟するのに五年はかかった」

「そんなに……」

 

 天賦の才と破格の経験を重ねてきただろうライオットでさえ、長い時間をかけて修めたもの。

 

 元より整合騎士達に劣っていることは自覚していたが、あまりの難題に少し心が揺れた。

 

 不安げなルークの心情を読み取ったか、元気付けるようにライオットは明るい笑顔を向ける。

 

「何も完全に扱えるようになれとは言わねえよ。だが、奥の手くらいは持っとかねえとな」

「……頑張るよ」

「うし。じゃあ、今から手本を見せてやる」

 

 次の瞬間、ライオットの纏う雰囲気が変わった。

 

 琴剣を水平に構え、最初に戦った時のように柄を両側に引き出し、刃の向きを揃える。

 

 光の弦が現れた所で、鍔の紋章に触れ──静かに唱えた。

 

 

 

 

 

「〝エンハンス・アーマメント〟」

 

 

 

 

 

 ──キィイッ! 

 

 

 

 

 その言葉を解き放った瞬間、《蒼竜の琴剣》が呼応した。

 

 《白竜の剣》とは似て非なる音を発し、震える《蒼竜の琴剣》は青白い光を放つ。

 

 

 

 

 

 変化はそれだけではなかった。

 

 なんと、ライオットの右目が美しい翡翠に染まり、目元に青い逆鱗が現れたのだ。

 

 自分に酷似した変異に目を見開く中、異様な雰囲気を纏ったライオットはスワロウを見る。

 

「──頼む」

「仰せの通りに」

 

 スワロウが指を鳴らし、どこからともなく金属製のハリボテを作り出す。

 

 ライオットはそれに向けて、光の弦を一掴みに全て引き絞った。

 

 連動して刃と刃の中央に、尋常でない音の刃が集合し、凝縮される音をルークの耳は聞き取る。

 

 大気が震え、琴剣から伝わる尋常でない圧力を限界まで抑え込み、溜め込んで……

 

「フッ──」

 

 

 

 射ち放つ。

 

 

 

 解放された音刃の塊は、真っ直ぐにハリボテへ飛翔していった。

 

 唸りながら進んだそれは、着弾とほぼ同時に抑圧されていたものを崩壊させ。

 

 その一秒後──ハリボテは、甲高い音を立てて四方八方に爆散した。

 

「うわっ!?」

 

 極小となって飛び散った金属片を、反射的に避ける。

 

 目視できなかったものは、音だけを聞き分けて頑丈な上着でやり過ごした。

 

 それから恐る恐る目を開けて……散らばった無数の破片に、唖然とした。

 

「ま、俺のはざっとこんなもんだ。伝説に名高い、蒼竜の音刃の咆哮。どうだ?」

「嘘だろ、おい……とんでもないな、これ」

「これでもほんの四割ってところだ」

 

 得意げに笑うライオットに、ルークは引き攣った笑いを浮かべ。

 

 

 

 

 

 

 

 改めて、自分がどれだけ手加減されていたのかを思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「────は?」

 

 間抜けに目や口を開き、彼女の放った言葉を遅れて理解しようとする。

 

 畳み掛けるかのように、人界一の智慧者は淡々と言葉を述べていった。

 

「正確には、ルークという人格を形成するフラクトライトが、じゃな。記憶も心も失い、いずれ新たな竜の肉体として、ただの器になるじゃろう」

「…………どう、いう。一体……どういう、ことだ」

 

 なんとか混乱から脱し、しどろもどろに言葉の意味を問い質す。

 

 それまでの楽観的な気分は吹き飛ばされて、只々その真意を知りたかった。

 

「先に述べたとおり、守護竜のフラクトライトは通常のそれと比べ、十数倍の容量を持っておる。つまり、このUW内において非常に強大な力を持っているということじゃ」

「具体的に、どういうものなんだ?」

「例えば、膨大な天命。例えば、千年を超える記憶領域。例えば、天変地異をも起こしうる無限の神聖力……それに、強靭無比な心意。他にも数え上げればきりがない」

 

 肉体、権限、寿命。その全てが、UWに存在するありとあらゆる生命を遥かに凌駕している。

 

 アドミニストレータとも正面から互角以上に殺しあうことのできる、まさしく最強の生物。

 

 そして当然、知性を秘めた強大なフラクトライトである以上……

 

「その心意は、到底ヒューマンユニットが一人で受け止めきれるものではない」

「っ……!」

「おまけに、奴らのフラクトライトは不滅じゃ。意思のみの存在になった今、あらゆる衰えから解き放たれ、常に全盛の状態を発揮し、繋がったフラクトライトに影響する」

「…………ルークじゃ、それに耐えられないってことか」

「たとえアドミニストレータやわしであろうと、御するのには数十年の時を有するであろうよ。竜の意思に認められ、向こうから対等に接することでもない限りな」

 

 付け足すように言われた言葉に、キリトはある一つの名前を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 整合騎士ライオット。

 

 別の守護竜の担い手にして、アドミニストレータに叛意を抱く協力者。

 

 スワロウと共にいるという彼は、その神器に宿った竜の力を完璧にコントロールしているという。

 

「まあ、奴は特別じゃ。成熟した精神と、人界最高峰の権限を備えていたからの」

「でも、ルークは違う……って言いたいのか?」

「そうじゃ。所詮、十数年しか生きておらぬフラクトライト。整合騎士のように長年研鑽を積んでもいなければ、わしや奴のように飛び抜けた権限を有しているわけでもない」

 

 つまり、実質的に今のルークでは適応することは不可能なのだ。

 

 

 

(まさか、今までの不自然な言動は──)

 

 

 

 北の洞窟の時。ライオスを斬り捨てた時。

 

 少しずつ変容し、何かが混ざり合っているかのように感じていた。

 

 もしかしたら、今この瞬間も……

 

 キリトは、全身の肌が粟立つように錯覚する。

 

「あの守護竜の一部から作られたオブジェクトを使用する度、侵食は進んでいくじゃろう。最後には……」

 

 命を落とすことはなくとも、ルークはルークでない()()になる。

 

 学院での最後の朝、彼自らがアズリカに向けた言葉の意味を真に理解し、表情を歪めた。

 

「……あいつは、それを分かってて」

「あえて使っておるのじゃろうな。シャーロットを通して見ておったが、あれは目的のためなら自らのことなど全く顧みぬ類の人間だろうよ」

「くっ!」

 

 思わず、キリトは握った拳をテーブルに叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 後悔が胸の中で渦巻いている。

 

 気付けなかった。いや、本当はずっと気付いていたのに、踏み込まなかった。

 

 彼はUW人だから、自分は現実に帰るから……そんなふうに考えて、一歩引いた場所にいたのだ。

 

「俺は……あいつを友達と言っておきながら、知ろうとしてなかったんだ」

 

 そこにはどこか、どうせデータの存在なのだからという冷たい思考もあったかもしれない。

 

 現実世界から来た以上、どうしても拭えない意識。それはUW内でキリトの精神的自律をある程度保っている。

 

 だが、今だけはそれが仇となった。

 

「悔やんでおるか?」

 

 試すような問い。そこにはキリトの心の強さを測ろうとする色がある。

 

 それを薄々と察して……自分のつま先を見ながら、キリトは口を開いた。

 

「……ルークはさ。すごいやつなんだ。ルーリッドの村でも、学院でも、頼りにされて、いつも誰かを助けてて。ユージオや俺を引っ張ってくれた」

 

 キリト……否、和人にとって、それは初めての体験だった。

 

 アインクラッド、ALO、GGO、オーディナル・スケール……これまでくぐり抜けてきた、多くの戦い。

 

 その中において、彼は常に〝戦わなければいけない〟人間だった。

 

 自分のため、愛する人のため。仲間と力を合わせ、自分を奮い立たせ、先陣を切ってきた。

 

「頭が良くて、誠実で、努力家で。誰にでも優しくて……いいやつなんだよ」

「そうか」

「ユージオだっていつも言ってる。ルークは、小さい頃から自分の憧れだって。いつか恩返しをしたいって」

 

 いつしかそれが、桐ヶ谷和人にとっての当たり前になっていた。

 

 だから。

 

 誰かが自分の前に立って、何かから守ってもらうということは久しい経験だったのだ。

 

 現実ではまだまだ庇護されている両親とも違う。隣に並び立つ仲間とも違う。

 

 

 

 

 

 ある時、その背中を見てふと思った。

 

 もしも自分に兄がいたのなら、彼が良かったのに──などと。

 

「なのに、あいつが……っ……あいつが、どうして…………!」

 

 ルークは……桐ヶ谷和人にとって、掛け替えのない、甘えられる存在だったのだ。

 

 そう震えるのは声だけではなくて、全身に怒りと悲しみが行き渡っていった。

 

「……お主は優しいな。現実の人間からすれば、我らなどデータの集合体でしかないというのに」

「そんなの、関係ない。ルークも、ユージオも……他の皆も、今は俺にとって大事な人達だ」

 

 割り切るには、関わりすぎてしまった。

 

 そんな少年に、カーディナルは何か眩しいものでも見るような目で小さく微笑む。

 

 僅かな時間口角を上げていた彼女は、すぐさま老獪な雰囲気を纏い直すと口を開いた。

 

「ならばこそ、キリトよ。力を付けるのじゃ。そしてアドミニストレータを打倒し、これ以上ルークが戦う必要をなくしてしまえばよい」

「……ああ。あいつにだけ任せることは、二度としない」

 

 ふっと深呼吸をして、表情を引き締める。

 

 黒の瞳に決意を宿し、新たに覚悟を決めた顔をするキリトであった。

 

「その意気じゃ。お主達には心身共に憂いなく戦ってもらわねばならぬ」

「心配かけたな」

「なあに、気にするな。わしとて少し気がかりだったのじゃ」

 

 あれほど稀有なフラクトライト……否、この世界における人間の魂は、消えるには惜しい。

 

 キリト達ほど思い入れがあるわけではないが、純粋な善意として案じてはいるのだ。

 

「では早速、ユージオを呼びに行くとするかの」

「ああ」

 

 

 

 そうして二人は、長らく語り合っていた机を離れ、その場を後にした。

 

 

 

 

 





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