ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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さて、今回はこの章に用意したいくつかの大きな見せ場のうち、さらに大きなもののうちの一つです。

一万字かけて描いたので、どうぞ楽しんでいただければ幸いです。


白き翼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 失敗作がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはクィネラ……アドミニストレータにとって、数少ない人生の汚点。

 

 カーディナルの存在を誕生させたことに匹敵する、忌むべき記憶。

 

 賢者を除き、人としての心を失った彼女が強く憎む、たった一人の人間。

 

 

 

 

 

 それは遠く昔、己に代わり人界を統括する整合騎士(インテグレータ)を発案した頃のことだ。

 

 彼女は対象者の記憶と感情を凍結し、その上で調整した偽りの人格で統合する為の敬神(パイエティ)モジュールを作り出した。

 

 生み出された悪魔の道具の実験体となったのは、ルーク達がスワロウらに聞いた通り罪人とされた者達。

 

 強い力を持ち、探究心に溢れ、それ故に捕らえられ、壊されてしまった、哀れな人間だ。

 

 

 

 

 

 アドミニストレータは、完成した敬神(パイエティ)モジュールの試作品をある人間に使った。

 

 その人間は、フラクトライトの研究に使い、壊して凍結した中で最も強い男だった。

 

 肉体、剣術、知恵、権限……全てが非常に高水準な、最高の素材。

 

 さぞかし強力な騎士になるだろうと、彼女は穴だらけの心にモジュールを挿し込んだ。

 

 しかし、彼女の予想に反してモジュールを使用したはずのその男は覚醒しなかった。

 

 

 

 

 

 何故、とアドミニストレータは疑問を浮かべる。

 

 自分の実験は、間違いなく完璧だったはずだ。

 

 数多の人間を使って解析したフラクトライトの構造上、確実に人形になるはずだった。

 

 だが、いくら台の上に眠る男を検査して、術式を見直しても不備は見当たらず。

 

 偶然の失敗と判断したアドミニストレータは、早々に男を見切ると再度実験を行った。

 

 

 

 

 

 再び、今度は最初の段階から慎重に作ったモジュールを、次の実験体に使う。

 

 それは最初のサンプル……後で処分するために、再び氷柱の中に閉じ込めた男と同じ場所から連れてきた人間だった。

 

 果たして失敗の原因はその一帯の人間という点にあるのか、それとも別の問題か。

 

 

 

 

 

 検証する為にも行った二度目の実験は──見事に成功した。

 

 壊れた人形になっていたサンプルは目を覚まし、起き上がると、言葉を発した。

 

 それは自分の存在を確かめるもので、実験が成功したことを確信する。

 

 アドミニストレータは、早速決めていた通りの言葉を告げる。

 

 

 

『貴方は整合騎士。創造神ステイシアの命によって、天界から遣わされた至高の存在。この人界を守る者よ』

『俺が……』

 

 

 

 その男は、言われた言葉を口の中で反芻し、じっと自分の手を見下ろした。

 

 数秒の後、『そうか』と納得したように呟く。問題なくモジュールは機能しているようだ。

 

 彼女はほくそ笑み、強くて滑稽な操り人形を生み出したことに満足して。

 

 

 

 

 

 

 その神らしからぬ〝油断〟が、失態を招いた。

 

 

 

 

 

 満足げに笑っていた彼女は、ふと背後から異音を聞きつける。

 

 自分と目の前の人形以外居ないはずの部屋に響いた音に、反射的に振り返った。

 

 

 

 

 

 すると、一体どういうことか。

 

 目覚めなかったはずの試作品(ゼロ号)が覚醒し、氷柱を脱そうとしているではないか。

 

 氷の中で起動した整合騎士モドキは、その銀色の瞳で射抜くようにアドミニストレータを見た。

 

 最上位の権限を持ち、カーディナルシステムを取り込み、敵などいないはずの彼女は。

 

 その男の目に宿った底なしの憤怒と憎悪に、心の底から恐怖を感じた。

 

 

 

『■■■■■ィイイイイイイッ!!!』

 

 

 

 男は、整合騎士第一号の名を叫びながら内側から氷棺を破壊した。

 

 長い凍結で身体機能も低下し、意識も朦朧としているはずなのに、その叫びは竜の咆哮のよう。

 

 実験台の上で、顔を顰めている第一号が男のことを不審げな目で見る。

 

 その顔を見て──今度こそ男は、直接アドミニストレータへ殺意を向けた。

 

 

 

『貴様、よくもッ!!!』

 

 

 

 男は、身一つでアドミニストレータへと襲いかかった。

 

 それは神となった彼女を動揺させるには、十分な事だったのだ。

 

 

 

 

 

 ありえない。ありえるはずがない。

 

 衰弱した体で凍結から目覚める事も、モジュールが挿し込まれた状態で自分を殺そうとするのも。

 

 まるで、記憶や心、人格の全てが破壊されても──それでもなお、神の支配を上回る意志があるかのようではないか。

 

 

 

 ありえない、ありえない、ありえない! 

 

 

 

 激しく狼狽し、論理崩壊を起こしたアドミニストレータ。

 

 彼女はその場から動くことができず、男の渾身の拳を顔面に叩き込まれた。

 

 吹き飛ぶ体。打ち付けられ、数十年ぶりに感じた痛みの感覚。

 

 地面に落ち、苦悶に顔を歪めた彼女に、男はとどめを刺そうと駆け寄る。

 

 

 

 

 

 だが、その前に立ち塞がるものがいた。

 

 整合騎士第一号。忠実なアドミニストレータの僕となってしまった男。

 

 第一号が敵意に染まった目を向けた途端、男は立ち止まり、悲しげな目をした。

 

 それからアドミニストレータへ、再び怨嗟に塗れた顔で叫ぶ。

 

 

 

『必ず、必ず復讐してやるぞ! 我らを壊し、友を誑かした罪の重さを知りながら、我が再来を待つがいい! その時が貴様の最期だ!』

 

 

 

 そう吐き捨て、男は近くの窓を突き破って逃げていった。

 

 しばらくして、第一号の差し出された手を払い除けて立ち上がる。

 

 それから粉々に砕けた窓の外を見れば……男の背が、カセドラルの外壁を乗り越えて消える所だった。

 

 ギリッと奥歯を噛み締め、アドミニストレータは美しい顔を怒りに染める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この私に叛逆したばかりか、傷をつけるなんて……楽に死ねると思わないことね……ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──かくして、アドミニストレータにとって無二の屈辱が生まれた。

 

 

 

 それから幾度となく、彼女は男を抹殺しようとした。

 

 

 

 整合騎士達や皇帝、貴族まで使い、人界の管理と同じほどに執念を燃やし続け。

 

 

 

 だが今日に至るまで、その目的が達成されてはいない。

 

 

 

 人界はおろか、暗黒領域さえ転々として逃げる男を、未だ取り逃しているのだ。

 

 

 

 それどころか、殺した守護竜の遺骸と財宝を盗み、逃げおおせた時すらあった。

 

 

 

 アドミニストレータは限界に近い記憶領域の中で、その名だけは圧縮せず刻み込んでいる。

 

 

 

 

 

 バルド。バルド・シンセシス・ゼロ。

 

 

 

 

 

 果ての山脈、北の洞窟近くの開拓村から攫ってきた罪人。

 

 

 

 彼女にとって恥辱の象徴にして、感情を凍結してもなお憎み続ける害悪。

 

 

 

 

 

 

 

 ──またの名を、炎の騎士である。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「がっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 苦悶の声を上げ、口の中に鉄の味が滲む。

 

 

 

 何度、地面に叩きつけられただろう。

 

 

 

 何度、その見えぬ絶技に打ち据えられ、切り裂かれただろう。

 

 

 

 もはやその回数は数えきれず、そもそも数えるほどの余裕などルークには無かった。

 

 

 

「お、ぁああああっ!」

 

 それでも、ルークは諦めない。

 

 血と汗の入り混じったものを全身から垂れ流しながらも、再起する。

 

 どうにかといった様子で立ち上がったその姿は、とても悲惨なものだった。

 

「はっ……はっ…………」

 

 たったの数分。それだけの間に、ルークは満身創痍にまで追い込まれた。

 

 ガクガクと足は震え、《白竜の剣》をかろうじて握る手は血でぬめり、呼吸は荒く。

 

 今にも天命が尽きてしまいそうな程、弱々しい。

 

 

 

 

 周囲の光景も、戦いの結果を示している。

 

 氷に包まれていた回廊は以前より破壊され、至る所に血が飛び散っていた。

 

 それらは突然のように、一つの例外もなくルークの身から零れ落ちたものである。

 

 対して、炎の騎士は最初の場所から一歩たりとも動いてはいない。

 

 その鎧には、擦り傷すらもなかった。

 

「ルーク……っ!」

「つ、強すぎる……」

「あの人、なんであそこまで……」

 

 追い込まれたルークに、ライオットが飛び出そうとする衝動を抑えて呻く。

 

 咎人と思っていたリネル達でさえ、あまりの惨さにルークを案ずる目を向けていた。

 

「フゥ……! フゥ……!」

 

 下手な言葉を投げかけなかったのは、彼の瞳が色褪せてはいなかったから。

 

 獣のように爛々と、色の違う両目を光らせて炎の騎士をまっすぐに見ていたから、口を噤んだ。

 

「若き者よ。何故、立ち上がる」

 

 何度叩きのめしても倒れないルークへ、炎の騎士もまた問いかける。

 

 そこに憐憫はなく、嘲りもなく。

 

 只々、試すかのような色だけが濃く反映されていた。

 

「それほどまでに傷付き、己を削って、どうして立ち上がり続ける」

「決まって……んだろ…………使命を…………果たす、ためだッ!!」

 

 ルークが飛び出した。

 

 

 

 

 

 騎士は無感情に腕を振るい、少年をまた這いつくばらせる。

 

 既にルークのいる場所は血塗れで、生きているのが不思議なほどだった。

 

「使命とは何を指す。お前にとってそれは、なんなのだ」

「お、ぁあああああっ!!」

 

 立ち上がるという工程すら無駄と切り捨て、突っ走った。

 

 また、騎士が腕を振るい、血と苦悶の声が床を染める。

 

「ぐ、ぎ……」

「何の為に剣を握り、何の為に諦めぬ」

「うる、せぇえええっ!!」

 

 

 

 残酷なほど、ルークの叫びは切り捨てられた。

 

 

 

 不可視の攻撃がその体を破壊して、リネル達が耐えきれないというように悲鳴を漏らした。

 

 ぐったりと動かないルークは、今度こそ死んでしまったように見えた。

 

「おい! もういいだろ! これ以上やる必要はない!」

 

 ライオットが無情なる騎士へ叫び、乞い願う。

 

 たとえ出会ったばかりでも、過ごした時間は短くても。

 

 それでも彼にとって、ルークは可愛い後輩なのだ。これ以上見過ごす事は出来なかった。

 

「……だま、れよ」

 

 その訴えを拒んだのは、騎士ではなく。

 

 

 

 

 

 驚いて視線を転じれば、またルークは起き上がろうとしている。

 

 もう立ち上がるな、諦めろ。ライオットがそう言おうとした。

 

 だが。

 

「まだ……やれるって……言ってんだろ…………!」

 

 

 返ってきた目線に乗る狂気に、言葉を失った。

 

「ルークっ……!」

「お前は……そこで、見てるだけで……いい……」

 

 掠れた声で、死に体の体で。

 

 それでも、戦意だけは失わずに。

 

 少年は、呆れるほどしぶとく起き上がった。

 

「……どうした、最強。俺は、折れてねえぞ」

「──よかろう」

 

 ルークが動くという前提さえ切り捨て、騎士が剣を振るった。

 

 それはやはり見切れなくて、ルークの脇腹に大きな切り傷を作るが。

 

「ぐッ……」

 

 彼は、倒れなかった。

 

 口の端からまた一筋血を流して、だが、初めて攻撃に屈しなかった。

 

 

 

 

 

 それに、ライオット達が幾度とない驚きを露わにする。

 

 炎の騎士自身も、「ほう」と感心したように声を漏らした。

 

「なんだ。手元でも狂ったか?」

 

 ルークは不敵に笑う。

 

 脂汗と血で汚れた顔で、歪な笑顔を浮かべて騎士を挑発する。

 

 誰が見ても痩せ我慢だ。もはや気力で正気を保っているようにしか見えない。

 

 だというのに。

 

 

 

 何故か、ライオットの頭から諫めるという言葉は消えていた。

 

 

 

「……致命傷は与えていない。だが、それだけの傷を与えられ、痛みを抑える度量は認めよう」

 

 しかしと、騎士は冷たく言い放ち。

 

「まだ、足りぬ」

 

 空を切り裂く音が鳴り、超高速の攻撃が発動される。

 

 もはや、どのような一撃でも致命傷なことは確実。

 

 故に、今度こそ意識を刈り取るつもりの一閃を放ち──

 

 

 

 

 

 キィンッ! 

 

 

 

 

 

 ──誰もがしたその予想に反して、それがルークの意識を暗闇へ落とすことはなかった。

 

「「「っ!?」」」

 

 代わりにそこにあった光景に、傍観者達がこれまでの中で一番驚いた表情をする。

 

 彼の両手が、その《白竜の剣》が。

 

 赤い炎で繋がった、等間隔に分割された刃を巻き取っていたのだから。

 

 

 

(おいおい、嘘だろ!? あの斬撃にもう適応したのか!? 整合騎士すら初見では敗北が必至のあの技を、たったの数分で!)

 

 

 

 その正体……蛇腹状に変形した剣による超範囲攻撃を知っていたライオットが、愕然とする。

 

 剣の金具が擦れあってカタカタと震え、不恰好だが、何度見てもそこには刃が捉えられていた。

 

「ほう。我が剣技、見抜いたか」

「……あんたの技は、曲芸じみてるな」

「ならば、これはどうする」

 

 

 

 だからといって、有利になるわけではない。

 

 

 

 今度は見えるように大きく腕が振られ、見た目通りの剛力で剣が振り回される。

 

 大きく撓んだ蛇腹剣は本物の蛇のようにしなり、ルークを《白竜の剣》ごと引っ張り上げた。

 

 騎士の腕がうねり、それに従って動く蛇腹剣の先端から柱へ向けて投げ飛ばされる。

 

「フッ!」

 

 激突する直前、体を捻って体勢を変えると両足を垂直に柱へつけて着地した。

 

 それから足元にヒビが入るほどの力を込め、騎士へ向けて一直線に自分を射出。

 

「せぁあああっ!」

 

 腰だめに構えた《白竜の剣》に、秘奥義の光が走る。

 

 それが騎士に届くよりも先に、間に入った蛇腹剣が相殺した。

 

 

 

 

 

 一度着地した後、ルークは改めて騎士への攻撃を仕掛ける。

 

 先ほどまでとはまるで違う動きに、騎士は目を細めて剣を握る力を強めた。

 

 

 

「何を以って大義を成す。如何なる正義で、お前はこの世界に反旗を翻す」

「アドミニストレータの支配を打ち破り、来たる災いで人々が滅びないためにッ!」

 

 

 

 蛇腹剣の速度がさらに上がる。

 

 質量を伴った残像さえ発生するほどの剣速の中、ルークは広い空間を使って対応した。

 

 一度、二度と、まぐれではない相殺の音を響かせながら、騎士に狙いを定める。

 

 

 

「その剣に何を込める。お前は何を志し、この塔までやってきた」

「我が罪を贖う為! かつて失われた、大切な人達の幸せを取り戻す為にッ!」

 

 

 

 いよいよ、ルークの剣技が騎士の剣界に追いつき始めた。

 

 驚異的な成長速度に、騎士も徐々にその実力を解放していく。

 

 

 

「その願いの為に、何を賭す。立ちはだかる他者の命か。それとも、己を苛む罪への苦しみか」

「他の何物でもない、この身の全てを!」

 

 

 

 蛇腹剣を繋ぐ炎が、その勢いを増した。

 

 騎士の腕から伝播した紅蓮の炎が刃へと乗り移り、剣の結界が熱を帯びる。

 

 荒れ狂う熱波に回廊の温度が急上昇し、周囲を覆う氷が溶け始めた。

 

 

 

「願いの先に、何を見る。己が命を、心を失い、それでもなお、何を求める」

「奪われた友の未来を! あるはずだった平凡な幸せの続きを! それ以外は、何も要らないッ!」

 

 

 

 二人の戦いが激化する程に、その被害が及ぶ範囲は著しく広がっていく。

 

 互いの斬撃が柱や床さえ破壊するようになり、ライオットはリネルとフィゼルを脇に抱えて退避する。

 

 まるで、互いのことしか見えていないように、炎の騎士と灰の剣士は斬り結んだ。

 

 

 

「戦い、傷つき、倒れ、また戦い。その果てにお前には何も残らないとしても?」

「それでも!」

 

 

 

 不思議なことに、今度は余波が縮小を始めた。

 

 アインクラッド流の秘奥義によって、ルークは騎士の技へ喰らいつく。

 

 鋭さを増した彼の攻撃を防ぎ、また反撃をする為に、騎士は斬撃の密度を高めていく。

 

 

 

「お前がその願いを成し遂げ、代償に命を落としたとして──全てが無意味になるかもしれないとしても?」

「それでもだッ!」

 

 

 

 斬り、斬られ、斬り返して、また斬りつける。

 

 言葉と刃、二つの力で互いを打倒せんと、絶大な剣気が拮抗し。

 

 

 

 だが、ふとしたある瞬間に一方が崩れた。

 

 

 

 それは残されていた余力の差か、あるいは運命の悪戯とも言うべきか。

 

 ほんの少し、斬撃をいなす角度を間違えたことにより、ルークが空中で大きくバランスを崩す。

 

「ハッ──!」

 

 騎士はその隙を見逃さず、蛇腹剣を巧みに操って追い討ちをかけた。

 

 もはや対抗するので精一杯だったルークは、反応することもできなくて。

 

 その左肩を、熱せられた刃の切っ先が向こう側まで一直線に貫いた。

 

 

 

 

 

 目を見開いたルークの鼻を、肉の焼け焦げる臭いが突き刺す。

 

 その驚愕を収める暇もなく、しなった蛇腹剣が彼の体を高く投げ飛ばした。

 

 空に血の軌跡を描き、グングンと上っていったルークは、ステンドグラスが崩壊した天窓の寸前まで浮き上がり。

 

 そして、ようやく自然の理が働いたかのように堕ちてきた。

 

 

 

 

「ルーク──────ッ!!」

 

 

 

 緋髪の騎士が、たまらずと言った様子で叫ぶ。

 

 

 

「あっ、あの高さはまずいって!」

「ダメッ、グチャグチャになって死んじゃいます……!」

 

 

 

 狂気の実験で幾度となく命を落とし、その経験則から未来を正確に予想した少女達が顔を青ざめさせ。

 

 

 

「──ッ!!」

 

 

 

 だが、炎の騎士だけは。

 

 

 

 ゆっくりと、スローモーションのように堕ちてくるその少年が、まだ諦めていないことを。

 

 

 

 一見無防備にも見えるその体が力み、動き始めていることを。

 

 

 

 彼だけが、その少年の可能性を見出していた。

 

 

 

「来るか……!」

 

 初めて、炎の騎士は全身を動かして構えをとった。

 

 蛇腹剣を結合して大剣の形に戻すと、その身に纏う揺らめきを刀身へと移す。

 

 みるみるうちに鎧を撫でていた炎の全てが収束すると、騎士は黒盾を手放し、両手で構えた。

 

 それだけでは足らず、剣を引き絞るような姿勢へ移行し──秘奥義の光を炎へ重ねる。

 

「──おぉおおおおオオオォォォオオッ!!!」

 

 そこで、ようやくルークが雄叫びを上げた。

 

 一瞬前までの無気力な姿を捨て去り、最大まで見開いた両目で炎の騎士を見下ろす。

 

 不思議な軌道で逆さになった体を戻すと、逆手に《白竜の剣》を構え直した。

 

 そこでようやく、ライオット達もルークの気迫を察する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁあああああああああ────ーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちる、灰の流星。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オ、オォオォオオオオオォ────ーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを睨め上げ、剣を突き出す炎の騎士。

 

 

 

 

 

 

 

 一秒を超え、二秒にも満たない時の後。

 

 

 

 

 

 

 

 二つの光が、衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 落下の加重と速度を併せ、全身全霊の墜落を敢行したルーク。

 

 

 

 

 

 

 

 万物を焼き滅ぼす炎の一切を凝縮し、秘奥義として解き放った炎の騎士。

 

 

 

 

 

 

 

 両者の力は、今この瞬間のみ全くの互角になっていた。

 

 故にそれが衝突し合った時、狭間に生まれるのは──爆発的な衝撃。

 

 これまでの攻防で最高にして最大の衝撃波が、回廊中を震撼させる。

 

「きゃあぁあああああっ! な、何よこれぇえええっ!!?」

「し、死にます! 私達の方が死んじゃいますぅうううう!?」

「これは流石にっ、ヤバすぎるッ!」

 

 部屋全体を埋め尽くす剣気と熱、衝撃波に、ライオットは二人を連れて最奥まで避難した。

 

 その間にも、グラグラと塔そのものが倒壊するのではないかという凌ぎ合いは続く。

 

 

 

 

 

「アアァアアアアア────ッ!!」

「カァアアアアアア────ッ!!」

 

 

 

 

 

 裂帛。

 

 否、そんな言葉では形容できない、魂からの叫び。

 

 この一撃に全てを賭ける──まさしく必死で、互いを殺すつもりで剣を押し込んだ。

 

 それは激しい火花が散り、あちこちに飛散してその箇所を融解させてしまうほどだった。

 

 

 

 

 

 誇り、怒り、使命。

 

 何もかもを相手のことなどお構いなしにぶつける、その殺し合いは。

 

「ウ、ラァッ!!!!!」

「ヌゥ…………ッ!!!!」

 

 最終的に、力のかかりやすい場所にいたルークが押し切った。

 

 大剣を明後日の方向へ弾き飛ばし、その頭へと《白竜の剣》を振り下ろす。

 

 炎の騎士は、〝心意の(かいな)〟を用いて黒盾を引き寄せ、かろうじて間に挟んだ。

 

 だが、当然のようにその威力のほとんどを吸収できず、後方へと吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 これまでの返礼と言わんばかりの一撃は凄まじく、騎士の剛体は凸凹の床の上を滑っていき。

 

 回廊への入口があった、戦いの余波で壊れた扉の残骸の一歩手前で停止した。

 

「………………カ、フッ」

 

 小さく、ほんの僅かに。

 

 だが確かに、騎士は大きくヒビ割れた髑髏面の下で血を吐いた。

 

 微々たるものだが……しかし、ルークの一撃は最強の騎士へ響いたのだ。

 

 胸元に堕ちた血反吐をじっと見つめて、騎士は正面へと顔を上げる。

 

 

 

 

 

 もうもうと立ち込める土煙。

 

 ほんの十秒前まで、決して自分が動かなかった場所は覆い隠されている。

 

 そこに落下したはずの少年を見つけようと、目を凝らして。

 

 次の瞬間、内側から広がったものにヴェールはかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは、純白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、この世のどんな生物の体よりも美しい輝きを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、いっそ恐ろしいほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 人の身が持つには余りある、白い翼だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………俺の、勝ちだ」

 

 凡そ、人に生えるものではないソレを背負った男は。

 

 何も感じない両足を床へ投げ出し、その手がかろうじて握る剣で体を支えて。

 

 炎の騎士に()()()()()を向け、はっきりとそう言った。

 

「…………ああ。そして、我が敗北だ」

 

 騎士は、己の負けを認める。

 

 清々しいほど、試す必要もないほどに、その男の信念は真っ直ぐだった。

 

 

 

 

 

 一部始終を見ていたライオットは、呆然とその現実を受け止める。

 

「…………嘘、だろ?」

 

 

 

(か、った。本当に、あの騎士に、あの怪物に。真正面から、打ち勝ちやがった)

 

 

 

 歴戦の騎士たる彼をして未だにその領域には辿り着けず、彼の他に何十人もの整合騎士が敗北した。

 

 唯一、整合騎士団長のみが無傷で生還した最強の男に、あの少年は一太刀浴びせたのだ。

 

 

 

(ああ、ルーク。お前は……お前はもう、自分のことなんてとっくに…………)

 

 

 

 胸の内に溢れる驚愕と、少しの嫉妬と共に。

 

 悟ってしまったある事実に、まるで泣くようにライオットは顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 剣を通し、ルークの覚悟を感じ取った炎の騎士。

 

 最後の負け惜しみのように、問いを投げかける。

 

「もし、お前の献身をただの一人も理解せず。愛する者達が、涙を流したら。お前は、それでも願いを貫くか?」

「……たとえ、そうだとしても。俺は、誰かを守ることをやめられない」

 

 

 

 何も残らず、一人命を落としても。

 

 

 

 誰も、その願いに共感してくれなくても。

 

 

 

 それでも、ルークという男は愚かな程に。

 

 

 

 

 

 

 

 その信念だけは、信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………蒙昧を恥じたのは、いつぶりだろうか。心から謝罪しよう、誇り高き者よ」

 

 再び炎を纏った騎士は立ち上がる。

 

 そして、幾分か柔らかになったその銀光で、ルークを見つめた。

 

「我が(まこと)の同志、白牙の担い手よ。貴殿の名を、今一度知りたい」

「…………ルーク。セフィアの息子。真の貴族、ルルディ・クローマの徒弟にして」

 

 握りしめた《白竜の剣》が、ソルスの光を反射して輝く。

 

 

 

「白竜の魂を、受け継ぐ者だ」

 

 

 

 一つ一つ、炎の騎士に刻み込むようにルークは答える。

 

 この男を前にして、数少ない自分が誇れるものが自然と言葉になって口から出ていった。

 

 すると、炎の騎士が突然動きを止める。

 

「…………セフィア、だと?」

「…………?」

「ルーク…………貴殿は……いや、お前は…………まさか、彼女の…………」

「何を……ゴチャゴチャと…………言……って…………」

 

 ルークが気を失い、その場に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 しんとした回廊に、重々しい音が木霊する。

 

 横向きに床へ沈んだ体の至る箇所から、絞り出すように血溜まりが広がり始めた。

 

 何故か立ち尽くしている炎の騎士より先に、リネルとフィゼルがハッと我に返る。

 

「ちょ、ちょっと、ライオット様! あれまずいですって!?」

「そうです! あの咎人さん、今度こそ死んじゃいます! 多分、あと数分しか保ちません!」

「──っ! あんの大馬鹿野郎っ!」

 

 戦闘の際にベルトが熱で溶け、自由になった両手で左右から揺さぶられてライオットはようやく正気に戻る。

 

 それから、本当に今度の今度こそ死の間際にいるルークを視界の中に捉え、全速力で駆け寄った。

 

「ルークっ! くそっ、血を流しすぎてる! 傷も酷い! このままだとマジで死んじまう!」

 

 仰向けに寝転がしたルークの《ステイシアの窓》を開き、加速度的に減少する天命に唸る。

 

 すかさず両手を彼の上へと翳し、治癒の神聖術を行使し始めた。

 

「システム・コール! ジェネレート・ルミナス・エレメント!」

 

 光が降り注ぎ、ルークの体に再生を促す。

 

 しかし、衰弱しているからか、それとも床に広がった翼のせいか、遅々として効果が浸透しない。

 

 

 

 

 

 そうしている間にも、みるみる天命は減少していく。

 

 心なしか先ほどより緩やかだが、焼け石に水というものだろう。

 

「おい、ふざけんなよ! あんなもん見せといて、くたばろうとしてんじゃねえ! お前はもしかしたら、俺がずっと求めていた、対等の……っ!」

「ライオット様……」

 

 複雑な顔で呟くライオットに、追いかけてきた二人はなんとも言えない目を向ける。

 

「……わ、私、手伝います!」

「リネル? こいつ、咎人だよ? いいの?」

「でも、フィゼル……さっきのを見て、本当にこの人が闇の手先だと思う?」

「それは……まあ、ちょっと怪しいけどさ」

 

 言い淀むフィゼルに頷いて、リネルはライオットの隣に膝をついた。

 

「システム・コール。ジェネレート・ルミナス・エレメント!」

 

 手を翳し、彼と同じ神聖術をルークに向けて詠唱し始める。

 

 そんな相方を見て、やれやれとかぶりを振ったフィゼルも反対側に陣取った。

 

 驚いて彼女達を見たライオットは、頼もしげに笑うと再び術式を唱えた。

 

 

 

 

 

 三人が懸命に治療した結果、か細かったルークの呼吸が少しずつ戻りはじめた。

 

 体の傷も小さいものから塞がり始め、安堵の笑みを浮かべる。

 

 余裕ができたことで、ライオットは未だに固まっている炎の騎士を睨みつけた。

 

「おい! あんたが滅多切りにしたんだから、少しは手伝え!」

 

 怒声を浴びて、ようやく騎士は反応を見せる。

 

 じっとライオットの顔を見ると、次にルークを見下ろして同じことをした。

 

「……………………ああ。そうしなくては」

 

 やや長い沈黙の後、炎の騎士は蛇腹剣を収めてルークの前に跪いた。

 

 そうすると、大きく視界を損じた兜を脱ぎ払った。

 

 

 

 現れたのは、精悍さと勇猛さが同居した歴戦の剣士の顔。

 

 

 

 不揃いな長さの()()()()と、鋭い切長の銀色の瞳。整った鼻筋や、横一文字に結ばれた唇。

 

 傍に兜を置き、彼は左手に携えていた黒盾の下部をそっと床に打ち付けて。

 

「システム・コール。〝エンハンス・アーマメント〟」

 

 その竜具に宿る力を、解放する。

 

 

 

 

 

 黒盾の周囲に幾つもの丸い窓が開き、神聖文字が羅列される。

 

 術式が発動すると、盾の縁に燐光が浮かんだ。

 

 神秘的なその光は、ゆっくりと盾を離れるとルークの体を覆い、癒していく。

 

「黒き翁竜の、治癒の力……これなら助かるか」

「…………蒼角の。この少年は、何処からやってきた」

「あ? いきなり何の話だ?」

「答えよ」

 

 視線はルークに向けたまま、有無を言わさぬ声音で問う。

 

 面食らった表情を浮かべたライオットは、不審げな目をしながらも答えた。

 

「確か、北の辺境から央都に来たって言ってたな。村の名前は……ええと、確か……そう、ルーリッドだ」

「…………ルーリッド」

 

 ルークの故郷の名を、炎の騎士は噛み締めるように繰り返した。

 

 

 

 脳裏に、永い時の中を生きる為に白き使者によって大部分を消した記憶を呼び起こす。

 

 

 

 二十年ほど前のこと。教会の追手との戦いの中、珍しく不覚をとり、大きな怪我を負った。

 

 

 

 朦朧とした意識の中、ただ足の向かうままに逃げ、何処かの集落の前で力尽きた。

 

 

 

 ついに命運尽きたか。

 

 

 

 そう目を閉じたにも関わらず、騎士は寝具の上で再び目覚めたのだ。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ん……ふわ。私寝ちゃってたのね。……あっ! 目が覚めました? 良かった、酷い怪我だったから……』

『…………此処は? それに、君は…………』

『ここはルーリッド、帝国で一番北の村ですよ。あっ、私の名前はね──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、覚醒した自分の隣で呑気に眠っていた、あの少女の名は……

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…………お前は、そうなのだな」

 

 

 

 

 

 

 

 炎の騎士が……バルドがルークを見つめる瞳の中には。

 

 

 

 

 仄かに、だが確かな慈しみと愛が生まれていた。

 

 

 

 

 






久しぶりに、全力全開で力を出しきった回でした。

読んでいただき、ありがとうございます。
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