ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
「──けほっ」
掠れた咳と共に、呼吸を阻害していた血塊を吐き出すルーク。
うっすらと目を開けて、最初に見えたのは安堵と驚愕の入り混じった男達の顔だった。
「ルーク! よかった、生きてたか!」
「わっ、本当に死んでない!」
「す、すごいです!」
「…………ふ」
蘇生に等しい治療の成功に、ライオット達はにわかに沸き立つ。
その声を聞きながら、ルークが気だるげに体を起こしていった。
「ゲホッ……ごほっ…………」
「ゆっくり呼吸しろ。何せ外側も内側もボロボロだったからな」
「俺は……どうなってたんだ?」
「ステイシアのとこに召される一歩手前ってとこだ。無茶すんなって言うのが無駄だってのが、よーく分かったよ」
叱るように肩を叩くライオットに、曖昧な笑みを返す。
それから、彼の背中に隠れるようにしている少女達へと顔を向けた。
「君達も……助けてくれたのか」
「ふ、ふんっ。あんたが最高司祭様が言うような、とんでもない悪党じゃないってのは分かったからね」
「本当によかったです。あの、私達貴方のお仲間さんを傷つけちゃいましたけど、でも……」
「……分かってる。君達は、ただアドミニストレータの期待に応えようとしただけだ」
両手を伸ばして、二人の頭を撫でることで感謝を伝える。
その警戒がほとんど薄れたことを感じたところで、手を引いて。
そして、最後に炎の騎士を見た。
「……あんたの目に、俺は適ったか?」
「………………」
騎士は、どうしたことかすぐには答えなかった。
短い関わりで寡黙で気難しいことは察していたが、それとは少し雰囲気が異なる。
不思議に思っていると……十秒も経って、ようやく騎士が反応を見せる。
「…………ルークよ。我には既に、多くの記憶がない。それは魂の磨耗を防ぎ、衰えを遠ざけ、宿願を果たすためだ」
「……あんたも、カーディナルやスワロウのように?」
「ああ。だが、数百の年月で積み重ねたものは、我が体に刻み込まれている。その上で、言おう」
騎士の手が、ルークの肩にそっと置かれる。
配慮したように炎の消えた手甲はズシリと重く、肩の骨に沈むようだった。
「お前の剣は。我が生涯において刃を交えた数多の強者に、決して見劣りはせぬ」
「……そうか。なら、認めてくれたってことでいいんだな?」
「当然のこと。そして……お前がそうしたように、我が名を告げよう」
名前を? と考えて、そういえば騎士の本名を知らなかったことを思い出す。
噂によって定着し、実際に姿を目の当たりにして、炎の騎士という名が非常に印象強かったのだ。
そこまで考えて、ふと自分の目の前にある騎士の、空気にさらされた素顔を見る。
(名前だけじゃなくて、顔を見るのも初めてだったな)
カセドラルにやってきて、もう何度目かもわからない気絶直後のせいで気が回らなかった。
そんな風に続きを聞く姿勢でいるルークに、騎士は少し間を置き。
それから、重々しく口を開いた。
「我は…………バルドだ。それが、我が真の名だ」
「バルド……」
鸚鵡返しに炎の騎士──バルドの名を呟く。
『■■、ル■■。貴■のお■■の名■■──』
誰かが、何かを話す光景が頭をよぎる。
僅かに俯いたルークに、バルドが何かを込めた目を向けた。
ライオット達が首を傾げて見ていると、ルークは顔を上げる。
「勇ましい名前だな。覚えておくよ」
「………………そう、か」
ほんの少し、眉根を寄せて。
だが、騎士はそれ以上
代わりに手を差し出して、それを取ったルークが立ち上がるのを手助けする。
「っと。それで、あんたはどうやってカセドラルに来たんだ?」
「…………古き使者の導きだ。この盾の啓示に従い、それを使ってやってきた」
「使者……スワロウか?」
首肯するバルドに、ルークはなんとも言えない顔をする。
あの謎めいた協力者が秘密主義なことは分かっていたが、飛んだ切り札が隠れていたものだ。
確かめる為にライオットを見れば、知っていたのか肩を竦められる。
「はあ、まあいいか。で、俺達に協力してくれるってことでいいんだよな?」
「無論。我が望みはアドミニストレータへの復讐なれば。担い手が集いし今こそ、その時だ」
その言葉に、もう一度場に揃った顔ぶれを見回す。
大いなる蒼竜にその矜持を認められた、騎士ライオット。
黒き翁竜と赤き蛇竜、二つの竜魂を従えし神域の騎士、バルド。
そして、白竜の気高き心意──守護の誓いを己に定めた、自分。
四つの竜の魂と、その代行者達が、今ここに勢揃いしていた。
「奴の首を獲り、我が友を呪縛から解き放つ」
「そして、人界の民を解放し、来たる厄災に備える」
「大事な人達の記憶を、取り戻す……目的は一致してるな」
互いの顔を見合わせて、深く頷く。
そうすると、ルークは《白竜の剣》を、ライオットは《蒼竜の琴剣》を。
バルドは再び蛇腹剣──《赤竜の尾刃》を抜き、それぞれ掲げることで重ね合わせた。
「俺達で、アドミニストレータを倒す。そして、全部取り戻すんだ」
「任せろ、兄弟」
「──応」
そうして、三人の心は一つに統一されたのだった。
「うわー……なんか、無視しちゃいけないこと言ってるのに」
「わ、割り込める雰囲気じゃないです……」
誓いを見て、なんとも複雑な顔で言ったリネルとフィゼルに三人は振り向く。
それからまた顔を見合わせ、彼女達の前ですることではなかったと苦笑を浮かべ……
「──おや、これはこれは。忌々しい竜どもの身代わりに、役立たずの小娘が揃い踏みか」
背後から聞こえた声に、凍りついた。
●◯●
心が凍えるような声だった。
まるで、この世の悪意全てを押し固めたようなそれに、ルーク達は振り向く。
回廊の奥。上へと繋がる大扉へやや近い場所に、いつの間にか一人の男が立っている。
「ク。そんなに私がいることに驚いたか?」
男は、艶のない漆黒の燕尾服を纏っていた。
手足はすらりと長く、服の上からでも均整の取れた体型がよくわかる。
顔立ちもよく整っており、薄く笑う唇や鼻は一つの崩れもない。
だが、無造作に伸ばされた長い頭髪の奥。
キリトのそれよりも光を吸い込む色をした黒い髪の中で光る、赤い瞳。
そこには、男の全てを台無しにするほどの、強烈で、吐き気がするような悪意が込められていた。
「ペーリッシュ……!」
「あれが例の……?」
「ああ。最高司祭アドミニストレータの相談役にして、いつどこで、どうやって奴に取り入ったのか分からない、とびきり怪しい野郎だ……!」
多分に警戒を含んだ声音で囁き、ライオットは《蒼竜の琴剣》を構える。
バルドも《赤竜の尾刃》を向けており、ルークも《白竜の剣》の柄を握って──
ィイイイイイインッ!
キィイイイイイイッ!
オォォォォオオ……!
ゴアァアァアアアッ!
「「な……!?」」
「ぬう……!?」
一斉に反応を見せた竜具に、驚きの表情を浮かべた。
《白竜の剣》が激しく震え、《蒼竜の琴剣》が光を明滅させる。
《翁竜の黒盾》が戦慄いて、バルドの纏う赤き蛇竜の骸を使った鎧が炎の勢いを増した。
今まで一度も見たことのない反応に、三人は揃って狼狽える。
元よりペーリッシュの登場に怯えていたリネルとフィゼルは、いよいよ近くの柱の影に走っていった。
だが、ペーリッシュだけはニタリと意味深な笑みを浮かべる。
「ほう、どうやら奴らは全て目覚めているようだな。そして愚昧な貴様らと違い、
「一体何を……」
愛剣のこれまでにない変化に戸惑い、思わず答えを得ようと聞き返すルーク。
しかし、黙ったままのライオットとバルドは、何かを悟ったのか厳しい表情を作った。
「まあ、貴様らがどれだけ愚かであろうと興味はない。何故ならば──ここで全員、死ぬのだからな」
ペーリッシュが、ポケットに入れていた両手を軽く持ち上げ、力を込める。
すると、彼の周囲に変化が起こった。
景色が乱れ、歪んだかと思えば、なんと雷雲が現れたのだ。
空間から滲み出るように現れた黒雲から、赤みがかった黄金の雷が迸る。
神聖術らしき、だがそれとは似て非なるものにルークは息を呑んだ。
「なんだアレは……!」
「っ……バルド殿」
「…………うむ」
ルークの後ろで、ライオットとバルドが目線を交わし、頷く。
そして彼らは一歩踏み出すと、ルークを守るように臨戦体制を取った。
「いいか、よく聞けルーク。今から俺達が奴を引きつける。その間に、あの大扉の向こうまで行くんだ」
「ライオット!? お前、何を……」
「案ずるな。我らが望みを果たすのだ」
二人の背中からは不退転の意思が発せられ、それ以上の言葉はなかった。
彼らの意志が変わらないことを察すると、悔しげにしながらも《白竜の剣》を鞘へ収める。
「よし。じゃあ、やるぞ」
「ああ……!」
「承った」
繊維を高めた二人に、ペーリッシュが口元を裂いたように笑う。
「最後の会話は終わったか? では────死ね」
次の瞬間、槍の形に変化した雷がルーク達めがけて射出された。
騎士達は一瞬のうちに視線を交差させると、互いに最適の行動を選択する。
「フンッ!」
先に踏み込んだバルドが《翁竜の黒盾》で一の槍を防ぎ、二の槍を《赤竜の尾刃》で斬り捨てる。
「ハァッ!」
その背後から、形状を変化させた《蒼竜の琴剣》の弦を弾いてライオットが音刃を解放。
数十の音の斬撃が迫り、次の攻撃を用意していたペーリッシュが黒雲を纏うようにして飛び退いた。
暗雲や雷で対処しながら移動を続け、一流の技に対して見事な対応を見せるが、その代わりに道は開いた。
「今だ! ルーク、行けッ!」
「彼奴を殺せ! だが、決して命を落とすな……!」
「っ、すまない!」
二人の激励に近い叫びを受け、ルークは一直線に走り出した。
「フン! 小賢しい真似を!」
空中を走るように回避していたペーリッシュが、雷槍の一つをルークへ飛ばす。
唸りを上げて飛来したそれは、一撃でルークを灰にする威力を秘めていた。
しかし、彼へ届く前に別の方向からやってきた音刃に切り裂かれ、霧散する。
「テメェの相手はこっちだ、真っ黒野郎!」
「貴様は我らが倒す……!」
「いいだろう! まずは貴様らから消し炭にしてくれる!」
背中の向こうから聞こえる言葉と戦闘音に、思わず立ち止まりそうになる。
その思いをグッと堪えて、ルークは数十メルの距離を踏破した。
既にキリト達が通っていた為に解放されていた大扉を潜り抜けると、内側から両手で閉じていく。
「ぐぅっ……!」
自分の背丈の何倍もある扉は重く、少しずつしか動かすことができない。
全身の力を振り絞って、鉤爪に変わりかけた両手の指に力を送り込む。
ついには自在に動かせるようになった背中の翼を広げ、風を作り出すことでひたすら押し続けた。
「うぉおおおおっ!」
そして、ライオットとバルドがペーリッシュと戦う光景を閉じ込めて。
重々しい音を響かせ、大扉が閉じた。
「はぁ、はぁ……くそっ」
乱れた息を整えつつ、悪態をつく。
扉に額を押し付けて、その向こうから僅かに聞こえる音に耳を傾けた。
数秒、そうし続け……やがて踏ん切りをつけるように深呼吸を行い、踵を返す。
「……早く、決着をつけなくちゃ」
グッと表情を引き締め直し、未練を断ち切ると前へ進んだ。
●◯●
大扉の先には、それなりに広い空間が待っていた。
奥へ行けば、程なくしてごく短い通路の先に細長い窓の並んだ壁が見えてくる。
黒と白の石を交互に並べた廊下を歩いていくと、行く手に人影が見えた。
「あれは……」
一度立ち止まり、その人物を見る。
そのシルエットから騎士のような剣気が感じられないことを確認し、再び歩き始めた。
一歩、二歩……一応警戒を解かないルークだったが、結局目の前にたどり着くまでその人物は何もしなかった。
「何階をご利用ですか?」
それどころか、ごく平坦な声でそんなことを聞いてくるではないか。
改めて、至近距離からルークはその人物を見る。
質素な黒いワンピースの上から、胸から膝まで覆う白いエプロンを着用している。
武器の類は一切見当たらず、灰色の頭髪は肩と眉の上で切りそろえられ、整った顔に感情はない。
「君は?」
「このエレベーターの昇降係でございます」
「エレベーター、って……」
ふと、彼女の立つ銀色の円盤を見る。
差し渡し二メルほどのそれは中央に先端の丸い円柱がついており、何かしらの装置らしい。
続けて上を見上げ──遥か高くまで延々と続く縦穴を見て、絶句する。
「おいおい……もしかして、これで上に昇るっていうのか?」
「左様でございます。お望みの階を申しつけくださいませ」
まるで予め決められた定型句のように、少女は告げた。
一瞬逡巡するも、迷う時間さえ惜しいと感じたルークは円盤の上へ足を踏み入れる。
「じゃあ、出来るだけ一番上まで」
「かしこまりました。八十階層、《雲上庭園》まで参ります。お身体を手すりの外に出しませんようお願いいたします」
言われた通り、なるべく少女の邪魔にならないよう中央へ寄る。
彼女はそれを確認し、ガラス製の円柱に手を乗せると口を開いた。
「システム・コール。ジェネレート・エアリアル・エレメント」
術式が唱えられ、思わず体を強張らせる。
だがそれは攻撃術式ではなく、呼び出された風素は筒の中へ出現するとその力を発揮した。
10個の風素──相当な数を同時に生成したことに驚く間も無く、少女が式句を続ける。
「バースト・エレメント」
彼女の言葉に呼応し、筒の中に浮かんだ風素のうち三つが弾けた。
直後、足元に振動が走ったかと思うと、何かに引っ張られるように円盤が上昇を始める。
(なるほど……風素の力を使って、金属板を上下させるのか。面白い発想だな)
漠然とその仕組みを理解しながら、ふとあることを思い出す。
以前、
あの時は足の裏に生成して、無理やり跳躍する距離を伸ばそうとしたのだ。
その記憶と、音や揺れもなく上へ登っていく昇降機を比べ、苦笑する。
それから、無言で昇降機を動かしている少女へ目をやった。
(彼女も……きっと、整合騎士のようにアドミニストレータに使われているのだろうな)
年齢はルークとさほど離れているように見えないが、整合騎士の例がある。
果たして実年齢は、五十か百か……
そこまで考えて、女性の年齢を暴こうとするのは失礼だと
「……一つ。お伺いしてもよろしいでしょうか」
手持ち無沙汰な気分になっていた時だ。
突然少女に話しかけられ、ルークは驚いて宙に放っていた視線を向ける。
すると、少女はルークのことをガラス玉のような瞳で見ていた。
「貴方は、空が飛べるのですか?」
「え?」
思わず間抜けな声を上げてしまう。
空が飛べるか、とは、一体どういうことか。飛行の神聖術などルークは知らない。
では何故、と考えて──今、自分の背中に生えているものにようやく思い至った。
「ああ……分からないけど。多分、飛べるんじゃないかな」
「そうですか」
「……何故、そんな質問を?」
好奇心が湧いて、ルークは質問を返す。
少女は、じっと風素の詰まった筒を見つめ、沈黙した。
数秒して、どこか先ほどまでとは違う声音で語り出す。
「少し前に。この教会の主人を倒しにいくという方々がご利用なさいました」
「っ……二人組の、俺と同じくらいのやつらか?」
「はい。そして彼らに、もし自由になったら何をしたいか、と聞かれまして……」
私はと、筒をその指先で撫で。
「私は、この昇降盤で空を飛んでみたいと……そう、答えました」
「……だから俺に、あんな質問を」
「はい。申し訳ございません」
「いや……いいよ。俺の方こそ、十分な答えをあげられなくてすまない」
「お気になさらないでください」
ぎこちない謝罪をかわし、口を噤む。
少女との会話は、それきり終わりを告げた。
やがて、最後の風素が筒の中から消える頃。
穴の途中に何度も見たテラスの最後の一つ、30番目で円盤は停止した。
少女も筒から手を離し、腹部で手を組むとルークにお辞儀をする。
「到着いたしました。八十階層、《雲上庭園》です。ご利用ありがとうございました」
「ここまで運んでくれてありがとう」
礼を告げて、昇降盤から降りる。
頭を下げたまま、弱まった風素に任せて降下していく少女を見送った。
その姿が見えなくなると、テラスの突き当たりの方へと目を向ける。
「……よし」
一歩、奥へと足を踏み出して。
その瞬間、酷く胸が痛んだ。
「ぁっ──ぐっ…………!」
思わず、その場で膝をつく。
両手で胸の中心を抑え、その中で強く脈動する心臓に触れた。
「頼む……あと、少しだけ……少しだけ、俺に時間をくれ……」
──ィイン。
じんわりと、まるで白い手拭いを黒いシミが染めていくように。
心の中にあるものが……そこに秘めた記憶や思いが、色あせ、蝕まれ、消えていく。
それを分かっていながら、あとほんの少しでいいからと、そう願って。
「っ……ふぅ…………」
そんなルークの願いを聞き届けるように、痛みは緩やかに収まった。
しばらく息を整えて、立ち上がる。
ザラザラと鱗の感触がする頬に流れた汗を拭って、再び前を見た。
「…………行こう」
読んでいただき、ありがとうございます。
次回、満を辞して! 今作品のメインヒロインが出ます!