ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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段々とHFが自分の中で侵食してきているような気がしつつ、コツコツと書いております。

今回から火曜、土曜更新でしばらくお届けできそうです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


その心に残ったもの

 

 

 

 

 歩き始めれば、今度こそ何にも邪魔されることなく進むことができる。

 

 そのことに、少しだけホッとした。

 

 

 

(……聞こえる。この先に、あいつらがいる)

 

 

 

 すっかり慣れ親しんだ特別な耳が、先にあるものを教えてくれた。

 

 優しく包み込むような、黒い風の音。強く荒々しい吹雪の音。

 

 慈しむべき、ルークがずっと守りたいと願ってきた弟のような二人の青年の心。

 

 

 

(それだけじゃない。他にも、いくつか──)

 

 

 

 あの日、一度だけ聞いた二人の整合騎士の音。

 

 花が散り、嵐のように鮮烈に舞う音。

 

 ソルスの光さえ届かない底なしの湖が、静かに波打つ音。

 

 そこにはキリトとユージオの他に、あの少女と……もう一人の誰かが、いるのだ。

 

「……あぁ」

 

 何かを自覚したように声を漏らして、自嘲げな笑みを口元に浮かべる。

 

 それでも足を止めることはなく、大きく開かれた石扉の前までやってきた。

 

 

 

 

 

 事前の打ち合わせ、そして昇降機の少女の言葉に従えば、この先は《雲上庭園》。

 

 見立てでは、この場に配置されるのはアリスだろうということだった。

 

 それは心意の音を聞いた今、確実なもので。

 

 

 

(ここから先に踏み込めば、本当に後戻りはできない)

 

 

 

 ついに、過去と直接向き合う時がやってきた。

 

 何度も結論を出し、バルドの前で誓いを叫んだにも関わらず、心が不安に揺れる。

 

 ルークはその心を見て見ぬ振りも、否定もしない。それはあってしかるべき恐れなのだ。

 

「この恐怖があるからこそ。俺は、歩いてきたんだ」

 

 強く自分に言い聞かせるために、口に出して呟く。

 

 そうして覚悟を決め、ついに《雲上庭園》の中へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 途端に、鮮やかな色彩が立ち止まったルークの視界を彩った。

 

 目に映るのは、芝の生い茂る地面や、色とりどりの聖花、清らかなせせらぎを奏でる小川。

 

 小川には芝生から煉瓦の小道がかかっていて、その先には小高い丘が待っている。

 

「……!」

 

 そして、丘の上に目当ての人物達はいた。

 

 小道からほど近い位置には、黒と青の背中。よく見慣れた少年達のもの。

 

 それに対立するように、二人の整合騎士が立っている。

 

 

 

 一人は、黄金と群青の鎧に身を包んだ可憐な少女騎士。

 

 

 

 もう一人は乳白色と黒の鎧を纏った、美麗なる女騎士。

 

 

 

(──大丈夫。まだ、すべきことは覚えている)

 

 

 

 そっと自分を安心させて、ルークは彼らの方へ歩き出した。

 

 柔らかに生い茂る芝生を踏みつけ、花を潰さないよう、微かに残った情緒で避けながら。

 

 迷いのない足取りで、自分の大切な物達のところへと、真っ直ぐに。

 

 

 

 

 

 そうした慎重な足音を聞きつけたのか、最初に女騎士がルークの存在に気がついた。

 

 油断なく少年達を睨んでいた赤い瞳がこちらに投ぜられ、その表情が凍りつく。

 

 

 

(どうしてだろうな。あの騎士に、そんな目で見てほしくないと思うのは)

 

 

 

 笑うルークの顔は、果たして彼女の目には不気味に映ったのだろうか。

 

 体を硬直させた女騎士に、ようやく異変に気がついて少女騎士が怪訝な顔をする。

 

 肩を揺らして構えを解いた少年達も同じ反応をしたのか、三人は同じようにルークを見て。

 

 やはり、顔を強張らせた。

 

 

 

 

 

 もはや、悲しいという感情すらも湧いてこない。

 

 微笑みを称えながら、その鉤爪と鱗のついた手や足を、金色に染まった双眸を。

 

 歩行に合わせて揺れる翼を見せ付けながら、小道を最後まで渡りきった。

 

「……よう、ユージオ。キリト」

「ルー…………ク?」

「お……前…………」

 

 呆然と、二人が異形と化した自分を見つめる。

 

 剣を構えていた腕は力なく垂れ下がり、驚愕と恐怖、困惑が入り混じった色を目に浮かべた。

 

 そんな二人の顔を交互に見て、少しだけ笑みを深めた。

 

「よかった。まだ、お前らにはルークに見えるんだな」

「なん、で……ど、どうして、そんな姿に……!」

 

 最初に我を取り戻したのはユージオだった。

 

 わずかな距離を駆け寄って、ルークの腕を開いた手で掴むと、訴えるように問いかける。

 

 変わり果ててしまった友人の姿に絶望しているのか、目尻には涙が浮かんでいた。

 

「願いに向かって走り続けた、代償さ」

「っ……! 君は、いつもいつもそうやって、僕らを置いて一人で…………!」

「大丈夫。大丈夫だよ、ユージオ。俺はまだ、それを忘れてはいないから」

 

 鱗にまみれた顔で、安心させるようにぎこちなく笑ったフリをする。

 

 ユージオは、大きく目を見開いて、それからぐっと歪めると俯いてしまった。

 

 

 

 

 

 力が弱まった手を優しく外し、次に黒い少年を見る。

 

 彼はユージオと似通った顔をしていたが、その感情は困惑より悲しみの方が強く思えた。

 

 まるでルークがこうなったこと自体に衝撃を受けたよりも、そうなってしまったことへの悲哀のような。

 

「……キリト。結局お前は、いつも俺の予想を超えて、誰より先に行くな」

「……ルーク。そんな姿になってまで、お前は俺達の、誰かの為に…………」

「無鉄砲は、お互い様ってことだ」

 

 いつものような軽口。

 

 だというのに、キリトは下唇を噛んで、視線を逸らしてしまった。

 

 そのことに少し寂しさを感じながらも。ルークは二人の間をすり抜けて、一歩前に立った。

 

 それからようやく──金色に輝く少女に、向き合ったのだ。

 

「…………アリス。そう、君はアリスだ。ちゃんと、覚えてる」

「……あの時の、咎人ですか? 随分と奇怪な……まるで、暗黒領域の怪物のようですね」

「果たして、奴らと俺。どちらが凶暴かな?」

 

 挑発するように笑顔を変えると、顔をしかめたアリスは嫌悪するように後ずさる。

 

 整合騎士となるほどの剣士に育った彼女でさえ、この姿は恐ろしいようだ。

 

「なあ。君は、もう覚えていないだろうけど。アドミニストレータに奪われてしまったのだろうけど……ずっと、謝りたかったことがあるんだ」

「……何を言っているのです」

 

 低い声で、警戒に尖らせた眼光で、アリスはその言葉を跳ね返す。

 

 彼女は、やはりもう別人にされてしまったのだと改めて実感した。

 

 

 

 

 

 一瞬、走馬灯のようにかつての記憶が脳裏を流れる。

 

 穴だらけで、全く噛み合わない。だけど、まだ心の中で風化してはいない。

 

 四人の子供が笑い合う、色褪せた記憶を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ルークは、ゆっくりと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかった。君から、未来を奪ってしまって。そんな風にしてしまって、本当に、すまなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 謝罪の言葉は、驚くほどあっさりと形になった。

 

 てっきり、何を言うのかさえ忘れてしまっているのかという不安は潰える。

 

「今更言っても、何もかも遅いのは分かってる。でも、でも俺は……君にずっと、こうしたかった」

 

 ルークは理解している。これが単なる自己満足だと。

 

 記憶を封じられ、人形にされた今のアリスに懺悔したところで何も終わらないと。

 

 しかしながら、その心のどこか片隅にでもかつての〝アリス〟が残っていることを望んで。

 

 あの日、押し倒した彼女の指先が暗黒領域の地に触れたことを想起しながら。

 

「許してくれなんて言わない。分からなくてもいい。けれど…………ごめん、アリス」

 

 

 

 

 

 深く、深く頭を下げる。

 

 それは何十秒、何分と続き、やがて最初にそうしたようにゆっくりと頭を上げた。

 

「………………」

 

 アリスを見ると、無言でルークを睨みすえている。

 

 何を言っているのか理解に苦しむ。憮然とした表情がそう如実に語っていた。

 

 やっぱりなと、失意を込めた呟きを溢していると、金属の擦れる音が鳴った。

 

「何をしたかったのか、よく分からないけど……アリスを誑かさないでくれる?」

 

 彼女を守るようにして、女騎士が間に割って入った。

 

 剣呑な眼差しでルークを拒絶すると、これ以上近づく事は許さないと訴える。

 

 その胸の静かな音は、アリスの淀みない黄金色(こがねいろ)の心意を守るようだった。

 

「ああ……やっぱり、貴女は綺麗だなぁ」

「…………………………へっ?」

 

 

 

 

 

 ぼやけた記憶の、自分を捕らえにきた彼女の姿が浮き彫りになる。

 

 

 

 

 

 もう、名前を覚えていない。

 

 キリト達の名前だって、今この瞬間消えてしまうかもしれない、壊れた心の中で。

 

 それでもなお、彼女のどこまでも底の見えない暗い輝きが、ルークを惹きつけていた。

 

「もし、騎士になっていたら。貴女は今と違って、俺に笑いかけてくれたのかな」

「あ、あなた、何言って……」

「分かっている。俺は罪人で、貴女は騎士だ。そうである以上は──こうするしか、道はない」

 

 本当に、心の底から女騎士を知れなかったことを悔やみながら。

 

 ルークは、静かな瞳で《白竜の剣》を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 吐露された本心に困惑し、仄かにだが頬を赤らめていた女騎士が表情を変える。

 

 その背後にいたアリスも戦意を見せ、隣に並び直した。

 

 唖然としてルークの独白を聞いていたキリトやユージオも、各々の愛剣を構える。

 

「ここを、通してもらおう」

「……いいわ。身も心も魔性に堕ちてしまった貴方を、この私が斬ってあげる」

 

 女騎士が、腰元に手をかけて己の剣を抜いた。

 

 初めて見る彼女の武具は、《白竜の剣》と似通った片刃の反りがある刀身をしていた。

 

 吸い込まれそうな黒い刃はその心象を表しているかのようで、また一つ心を奪われる。

 

「何人増えようと、私のやることは変わりません。そなた達の邪心がいかなるものか、この剣で確かめるだけです」

 

 アリスもまた、花の意匠が目立つ黄金造りの直剣を構え、剣気を発する。

 

 それはライオットやバルド、これまで相対した騎士達と遜色のないもので、体に重石が乗せられたかのようだ。

 

 その華奢な体にそぐわぬ気迫に、しかしかつての兄貴分として負けてやれないと、ルークは切っ先を向ける。

 

 

 

 

 睨み合いの状況に入りかけた時、左右に二人分の気配が並んだ。

 

 その一方……左側にやってきたキリトが、アリス達に聞こえないよう囁きかける。

 

「ルーク。カーディナルから、お前の状態を聞いた。だから正直言って、お前をこれ以上戦わせたくない」

「……そうか。だが、止めるならもう遅いぞ?」

「ああ、それも分かってる。だから、なるべく早く終わらせよう。俺とユージオがアリスを抑え込んで、彼女から受け取った道具で封じる。その間、あの整合騎士を抑えてほしい」

 

 ちらりと前方に寄越されたキリトの目線を追いかける。

 

 そこにはルークを見つめ、剣を構える女騎士の姿がある。

 

「……わかった。だが、アリスの剣気は尋常なものじゃない。気をつけろよ」

「今のルークに言われても、説得力ないよ」

「だな。……さあ、行くぞ」

 

 最後の会話を交わし、三人は構える。

 

 

 

 

 

 緊迫した雰囲気が、丘の上に広がった。

 

 

 

 

 

 どこからともなく風が吹き、小川の水面や聖花を揺らして──。

 

 その風が止んだ瞬間、三人は同時に走り出した。

 

「整合騎士アリス殿! 改めて、剣士キリト、勝負を申し込むッ!」

「同じく、剣士ユージオ!」

「いいでしょう。来なさい、我が《金木犀の剣》の前にその罪業ごと斬り捨ててあげます!」

 

 高らかに名乗りを上げ、キリトとユージオがアリスに猛然と突き進む。

 

 《金木犀の剣》なる黄金の直剣を携えた彼女もそれに応じ、中段に構えた。

 

 その隣で、まずは一対一の状況にする為に女騎士がユージオに意識を定め──

 

「いきなり不躾だが、俺の相手をしてもらおうか」

「くっ──!?」

 

 爆発的な踏み込み、それこそ人外の速度で懐に潜り込んできたルークに目を見開く。

 

 下から振り上げられた《白竜の剣》を、漆黒の剣でかろうじて受け止めた。

 

「フッ!」

「うぁ──っ!?」

 

 それだけでは終わらない。

 

 着地したのと同時に翼を広げたルークは、勢いよく一対のそれを振るうと風を生み出した。

 

 それを用いて自分の体に突発的な勢いを生み出すと、なんと正面に向かって飛行した。

 

 飛竜にしか許されていないはずの力を用いて、強引に女騎士を丘の外側まで連れて行く。

 

 

 

 

 

 あまりの膂力と勢いに、女騎士は途中で逃げ出すこともできずに押し切られる。

 

 小川を軽々と飛び越え、聖花の花畑が下にやってきたところでルークは剣を押す力を抜いた。

 

 途端に圧力が弱まり、彼女は自然落下すると器用に体を捻って着地した。

 

「ふぅ……随分と反則的な真似してくれるじゃない?」

「ある子に、飛ぶことはできるのかと聞かれてな。少し、試してみたくなった」

 

 上空で一定間隔で翼をはためかせ、滞空しながらルークは答える。

 

 女騎士はそれ見上げながら、空を飛ぶ人間というこの世の理を冒涜する相手にいかにして斬り込むか考えた。

 

 

 

 

 

 しかし、彼女の焦りに反して、ルークはゆっくりと降下していく。

 

 女騎士と一定の間隔を空けて花畑の中へと降り立ち、立派な白翼を折りたたんだ。

 

「……どういうつもり?」

「すまないが、これまで散々借り物の力で無茶を通してきてな。不思議なんだが……貴女には、正々堂々挑みたいと思った」

「ふうん。大した騎士道だこと」

 

 嫌味を口にしながらも、好都合だと剣を構え直す。

 

 ルークの方もゆるりと《白竜の剣》を正眼に定めると、覇気を醸し出す。

 

 射抜くような赤の瞳と、凪いだ湖面のような金の瞳が絡み合った。

 

 

 

 

 

 

 

「忘れたというのなら、もう一度教えてあげる。私はイーディス・シンセシス・テン。天界への旅路の供に、この名を心に刻んで死になさい」

「元剣士、ルーク。参る」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、二人は示し合わせたように同時に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ハァ──ッ!」

「フ──ッ!」

 

 

 

 

 

 鋭く呼気を吐きながら、遠慮なく地面を踏み締め剣を振るう。

 

 ルークは上段からの振り下ろし。イーディスは中段からの斬り上げを放った。

 

 小手調べの意味を含むその一撃は、互いの得物に当たると盛大な火花を散らす。

 

「くぅ──っ!」

「ぐッ!」

 

 重い。

 

 剣の重さ、体重の掛け方、技の冴え。どれもがほとんど互角。

 

 故にどちらが押し切ることもなく飛び退くと、再び踏み込んで本格的に斬り合い始めた。

 

「シッ! フッ! ハッ!」

「セィッ、ラァッ!」

 

 一撃一撃、全てがまともに当たれば相手の肉を切り裂き、骨を断つ斬撃。

 

 秘めたるその威力とは裏腹に、剣筋はまるで演舞でもしているかのように正確で、美しい。

 

 

 

(──すごいな。こんなにも強いのか、彼女は)

 

 

 

 確かな研鑽を感じさせる流麗な剣技に、撃ち合いながらルークは内心で舌を巻いた。

 

 もしも肉体が本来のものであれば、その素早い踏み込みには追いつけず、重々しい一撃へ拮抗できなかったろう。

 

 その上で未だ全力とは思えず、つくづく騎士というのは規格外だと関心してしまう。

 

 

 

(何、こいつ! 全然ビクともしないんですけど!? 本当にバケモノね!)

 

 

 

 一方で、イーディスも同じようにルークへ驚嘆していた。

 

 イーディスは十番目の騎士。つまり、三十一人いる整合騎士の中でも古参だ。

 

 それだけの長い年月、数多の敵と斬り結び、時に死を感じながらも生き抜いてきた。

 

 

 

 

 

 

 その中でも、これほど得体の知れない相手は初めてだった。

 

 振るう剣は岩のように重く、外へずらすたびに手首が悲鳴を上げる。

 

 体の軸は一ミルもブレず、姿勢を崩して隙を作ることもできない。

 

「エェエエエイッ!」

「っ──!?」

 

 あまりの異常さに苛立った瞬間、狙ったように渾身の一振りが放たれた。

 

「やばっ!?」

 

 慌てて出しかけていた足を後方へ踏み込むと、体を傾けてそれを躱す。

 

 流れに身を任せて飛び退きながら、花畑へ落ちた剣先が土飛沫を上げるのを見た。

 

 

 

 

 

 軽やかに一回転して足裏を地面につけたイーディスが、ぴたりと剣を構える。

 

 宙に飛び散った土が収まり、ルークが地面に埋まっていた《白竜の剣》を抜き出した。

 

「流石だな。整合騎士は、どいつもこいつも生半可な実力じゃない」

「……あんたこそ。その見た目に違わず馬鹿力ね」

「お褒めに預かり、光栄だ」

 

 薄く笑うルークに、いよいよため息が口から漏れそうになる。

 

 たった数合斬り合っただけで、この罪人の高い実力は十分理解した。

 

 だが、同時にその真っ直ぐな剣筋に、アリスの言ではないが邪なものは感じられなかった。

 

 

 

(どういうこと? 確かに、学院で捕縛した時は後輩の子に随分と慕われているみたいだけど……)

 

 

 

 どこか、違和感のようなものを感じる。

 

 

 

 

 

 もう一度、ルークのことを見てみた。

 

 やはり何度見ても、この世のものとは思えない恐ろしげな見た目をしている。

 

 飛竜と人間が中途半端に混ざり合ったような異形は、とても自然のものではない。

 

 けれどやはり、その爛々と光る目には……とても澄んだ、意志の光しかなかった。

 

「……ねえ。あんた、前はもっと普通じゃなかった?」

 

 そのチグハグさがどうしても心に引っ掛かり、気がつけばそんなことを口走る。

 

 ハッとして、何を言っているのかと自分を叱咤してルークを見ると、彼も唖然としていた。

 

 そんなことを聞かれるとは思っていなかったと目を見開く様に、なんだか自棄になって捲し立てる。

 

「前にあんたを見た時は、もっと普通に人間らしかったでしょ! それなのに、なんで怪物みたいな見た目になってんのよ」

「……ああ。そういえば、そんなことがあったのか」

「何それ? まるで、他人事みたいな言い方して……」

「すまない。ちょっと、記憶があやふやでな」

 

 誤魔化すように、ルークは笑った。

 

 それがひどく壊れかけているように見えて、イーディスは不思議になる。

 

 

 

 

 

 思えば先ほども、仲間達に慕われている様子だった。

 

 アリスに対する謎の謝罪も、核心こそ不明なものの、誠実であったように思う。

 

「……最後に一つだけ、聞かせて」

 

 だが、あくまで罪人は罪人。

 

 他者の命を奪った以上、そしてこの塔に侵入した以上は、倒さなければならない。

 

 緩みかけた心を律し、感情を押し殺した平坦な声で尋ねる。

 

「どうして、貴方はここまで来たの? 何のために、そんな姿になってまで剣を振るうの?」

「──愛する者を、守る為に」

 

 

 

 

 

 ルークの答えには、一切の迷いがなかった。

 

 

 

 

 

 考えるまでもなく、それが当たり前のように言い切った。

 

 真偽を確かめるように、イーディスはジッと瞳を覗き込む。

 

 少し離れた場所にいる男の、深い色を湛えた目を見つめ続け……やがて、ふっと息を吐く。

 

「分かったわ。ならその強固な意志に応じて、全力で相手してあげる」

「望むところだ」

 

 静かな答えに、ふと少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 

 

 型を繰り出す為の姿勢を解き、イーディスが黒刀を見せつけるようにする。

 

 これから大掛かりなことをすると宣言しているような言動に、しかしルークは動かない。

 

 何となくそうするだろうと思っていたイーディスは、遠慮なくその術式を唱える。

 

 少々時間を要するものだったが、時間稼ぎを目的とするルークには好都合だ。

 

 それでも隙だけは見せないようにしていると、ついに詠唱が完了する。

 

 

 

「システム・コール! 〝エンハンス・アーマメント〟!」

 

 

 

 黒刀に眠った神器としての力が、発揮される。

 

 いくつもの窓が浮かび上がり、神聖文字が染み込むと、黒い刀身に紫の光が宿った。

 

 不気味な雰囲気を醸し出すその輝きに、ルークは目を細める。

 

「さあ、いくわよ」

「こっちも──なっ!」

 

 ルークが突貫を仕掛ける。

 

 エンハンス・アーマメントの展開を許した以上は、油断などできない。

 

 早々に対処をしようと踏み込んできた彼に、ゆっくりと黒刀を構えたイーディスは迷いなくそれを振るった。

 

 

 

 

 

 《白竜の剣》と黒刀が、引き合うように徐々に近づいていく。

 

 そしてまた、火花を散らして互いを阻害する──はずだった。

 

 漆黒の刃は、《白竜の剣》の純白の刀身を()()()()()と、ルークの胸を切り裂いたのだ。

 

「ぐっ!?」

 

 胸に走る痛みに、咄嗟に翼を使って後ろへ飛ぶ。

 

 速やかに退避したことが功を奏し、追撃は加えられずに着地した。

 

「っ……」

 

 シャツを切り裂いた一筋の亀裂に手を当て、離して見る。

 

 そこにはべっとりとした血が付着していた。確かにルークは斬られたのだ。

 

 

 

 

 

「どう? この《闇斬剣》の斬れ味は」

 

 

 

 

 冷静な声音で。だが、どこか得意げにイーディスはそう言った。

 

 

 

 

 





次回からは13時更新です。


読んでいただき、ありがとうございます。

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