ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
やばい、登場させた途端に一気に文字数が増した。
仕方がないね、メインヒロインだもの!
楽しんでいただけると嬉しいです。
(ああ……なんだろう、この暖かい感触は)
不思議なその熱に、暗闇へ落ちていた意識が引き上げられる。
今日だけで三度も感じた冷たいその世界は、またもルークのことを取り逃した。
熱に導かれるまま、ルークは薄らと目を開けて──
「すぅ……すぅ……」
「…………え?」
すぐ目の前にある、上下逆さの端正な顔に間抜けな声を上げた。
それは、整合騎士イーディスの顔だった。眠っている彼女の静かな寝息が聞こえる。
閉じられた瞼を彩る睫毛は長く、化粧の類をしていないと言うのにとても美しい。
(──じゃない! 何だこの状況は!)
胸が痛み、気絶したと思ったら、すぐ側に女性の寝顔があった。
一度も体験したことのない事態に狼狽えていると、不意に別の感覚を得る。
それは後頭部からのものだ。柔らかく、それでいて硬い感触がする。
混乱したルークはそれが何なのかすぐには理解できず、しばらくあたふたとした。
(……もしかして、今俺は膝枕というのをされているのか?)
しばらくしてから、少し落ち着いてようやく現状を捉える。
膝枕。横になった人間に、もう一人の人間が膝を寝具に見立てて差し出す行為。
随分と懐かしいものだった。
加えて、何故か額にはそこを撫でいたかのように彼女の手が置かれている。
(なんでこんな事になってるんだ)
確かに和解はしたが、ここまでのことをされるほど親密にはなっていない。
理解はしたものの納得はできず、やはり目を白黒とさせるしかなかった。
ただ一つ言えることは、その温かさも柔らかさも、決して悪いものではない。
「ん……」
「っ!」
「ぁれ……私も、いつの間にか寝ちゃってた…………」
そうこうしているうちに、イーディスが目を覚ましてしまった。
瞼を持ち上げた彼女は、覚醒直後に特有のぼんやりとした顔をする。
やがて、徐々に目の焦点が合ってきた。
完全に定まる頃には、ルークの目と真正面からかち合い、ぱちくりと瞬かせる。
直後、みるみるうちに白い頬が赤く染まり上がると、素早く背筋を正した。
離れていったイーディスの顔と、その際に香った甘い匂いに少し名残惜しくなる。
(……変態か、俺は)
心の中に浮かんだどうしようもない男の性に呆れ果て、ルークも身を起こす。
「ちゃ、ちゃんと起きたみたいね! いきなり倒れるから、死んだかと思ったわよ!」
「そう簡単に死ねないさ。…………その、ありがとう」
「い、いいえ」
口を閉じて、目線を合わせないよう互いに明後日の方向を向く。
なんともむず痒い空気が流れ、こんな状況だというのに気恥ずかしくなってしまう。
(キリト。ロニエへの対応に困っていたお前の気持ち……今、少しだけ分かったぞ)
弟分のことをまた少し理解(?)した、ルークであった。
「じゃ、じゃあ貴方も起きたことだし。早速やるべきことをやりましょう」
「ああ、そうだな」
結局、脈絡もない下手な話題転換で無理矢理にその雰囲気を打ち消した。
先に話を振ってくれたことに内心でそっと感謝しつつ、気怠い足に力を入れて立つ。
そうすると、未だに顔を赤くして何やら呟いているイーディスへ手を差し出した。
「どうぞ」
「……あ、ありがとう」
おずおずと乗せられた手を軽く引っ張って、彼女が立ち上がるのを助ける。
鎧に包まれ、腰に得物を履いたイーディスの体は、しかし思っていたよりも軽かった。
完全に立った瞬間、パッとすぐに引き抜かれた手に苦笑を漏らした。
「それで。これからどうするの?」
「そうだな。上に向かわせたユージオも心配だが、兎にも角にもまずはキリトとアリスだ」
表情を真剣なものへと変えて、目下の課題について思案する。
単身最上階を目指しているだろうユージオも懸念すべきだが、それよりも二人の方が優先度は高い。
いざとなれば戻ってくることができる彼と違い、現在進行形で塔の外にぶら下がっているかもしれないのだ。
「確認するが。この上の階層には、大きく開けた場所があったよな」
「《
改めて、スワロウが所有していたカセドラルの見取り図を思い返す。
記憶が正しければ、《暁星の望楼》は他の階と異なり、高い優先度と自己修復能力を備えた壁を持たない。
名の通り、ソルスや星々を眺める為に階層を支える大きな4本の柱以外は壁が取り払われているのだ。
万が一、二人が戦いをやめ、今のルーク達のように休戦協定を結んだとしよう。
何かと人誑しなあの男なら決してありえない話ではなく、仮にそれが実現したとして。
キリトなら、確実にアリスと協力して絶体絶命な状況を打破しようとするはずだ。
その場合、遥か八十階層分も下にある地上より、上を目指す可能性が高い。
ただ……
「確か、望楼があるのは……」
「……九十五階層、ね」
二人の間に、暗い沈黙が舞い降りる。
この《雲上庭園》から十五階層も上、距離に換算して90メル。
果たしてそれだけの距離を、人間の身一つで登りきれるものだろうか。
(そもそもこの話は、キリト達が戦っていないという不確実な前提のもとに成り立っているわけで……ああくそっ、本当に厄介なことになった)
思わず頭を抱えて叫びたくなるが、そうしたところで何も変わらない。
無駄な時間の浪費は避けて、極力明るい声でイーディスへと語りかける。
「悩んでても拉致があかない。そこしか望みがない以上、俺達も向かうべきだ」
「そうね……一応聞くんだけど、さっきの力で二人が今どこにいるのかとか分からない?」
「試してみよう」
一つ頷き、瞑目すると意識を耳に集中する。
二人の心意を強く思い浮かべ、その上で異形の耳を澄ました。
五秒、十秒と黙って探索をするルークを、イーディスはどこかもどかしげな目で見つめる。
「…………駄目だ」
「!」
「この階層の近くに、二人の反応はない」
「そんな……!」
「だが、消えてもいない。ほんの僅かにだが、捉えることができた」
「ほっ、ほんとっ!? どこにいるのっ!?」
思わず詰め寄って、両肩をがっしりと掴みこむ。
目を開けたルークは、そのまま目線を宵闇に染まりかけた窓が円形に並ぶ天井へ投じた。
「上だ。驚いたことに、読みは当たっていたらしい」
「それってつまり、アリスちゃん達は《暁星の望楼》を目指しているってことね?」
「そこまでは定かじゃないが……少なくとも、諦めてはいないようだな」
希望の見える言葉に、ほっと安堵に表情を緩める。
それから、すぐ近く……身長差があるので、正確には頭一つ分ほど上……にあるルークの顔にハッとする。
両手を肩から離すと、数歩後ろへと下がって軽く咳払いをした。
断じて、熱くなった頬をごまかす為ではない。
「それじゃあ、決まりね。私達も行きましょう、九十五階層へ」
「ああ」
意見を統一した二人は、早速《雲上庭園》を後にした。
●◯●
(……そういえば。まだ、イーディスとアリス以外にも整合騎士がいるんだった)
《雲上庭園》を去り、上階への階段を登りながら、ふと思い出す。
ライオットから伝えられた、現在このセントラル・カセドラルに在中している整合騎士達。
そのほとんどはキリト達によって打倒され、イーディスとは和解の道を選ぶことができた。
たが、まだ一人。最強の刺客が残っているのだ。
「……そういえば俺、まだ整合騎士団長の名前を知らないな」
幾度となくその存在を耳にし、対策会議ではその脅威力を強く印象付けられた。
だが事ここに至るまで、ルークは未だ全ての騎士を束ねるその人物の名を知らぬのだ。
聞きそびれていたのか、あるいは
「団長の名前? ライオットから聞いてないの?」
隣を歩いていたイーディスが、ひょっこりと視界の端に入り込んでくる。
お茶目な仕草に一瞬気圧され、それを取り繕うように慌てて答えた。
「多分……」
「多分? それって……ああ」
「察してくれて嬉しいよ。そういうわけだから、できれば君に教えてほしいのだが」
「いいけど?」
あらゆる騎士を退けた今、最後の関門として立ちはだかるであろう強敵。
せめてその名を知っておこうと問いかけたルークに、彼女はあっさりと頷く。
「団長の名前は──ベルクーリ。ベルクーリ・シンセシス・ワンよ」
「……………………なんだって?」
「聞こえなかった? じゃあもう一度。団長は……」
「いや、待て、もういい。ちゃんと聞こえていた」
あらそう? と不思議そうにするイーディスから一旦目を離し、手で目元を覆う。
前へ進むために一方の視界は確保しながら、掌の内側で目元を歪めた。
(ベルクーリ……ベルクーリだって? それはまさか、あの御伽噺の英雄の?)
脳裏をよぎるのは、ルーリッドの人間ならば幼子でも知っているもの。
三百年前にルーリッドの村を興した先祖達、その中のある一人を元にした御伽噺だ。
かろうじて忘れていない物語の主人公である、初代衛士長にして豪傑なる剣豪の名が、ベルクーリ。
そして今、イーディスの口が紡いだ騎士団長の名もまた、ベルクーリだった。
(偶然の一致かもしれない。大昔に同じ名前の剣士がいて、それをアドミニストレータが整合騎士に仕立て上げたのかも。だが、もしも違うのなら……)
決して軽くはない衝撃に見舞われ、一瞬肉体ではなく精神に由来する目眩が起こる。
「団長はすっごいわよ〜。一番長く生きてるだけあって、その腕前はまさに無双無敵。100年に一人の天才って言われてるアリスちゃんでさえ、まだ一度も勝ったことがないみたいなんだから」
「……そりゃあ凄いな」
得意げに語る女騎士に、いよいよ天を仰ぎたい気持ちになった。
もしもその予想が的中していたとすれば、運命というのは本当にルークにだけは優しくない。
これも宿命か、はたまた災いか──それはもう、深い深いため息が口から吐き出された。
そうしている間にも、どんどん二人の足はカセドラルの中枢部へと近づいていく。
八十一、八十二と階層を重ねていくが、しかし人の気配一つすら存在しなかった。
「この上には誰もいないのか?」
「そうねえ。あるのは整合騎士の居室くらいかしら。あ、それと元老院もか」
「元老院……法の番人達か」
「実は元老長以外、誰も中を見たことがないのよねー。あの肉ダルマ男、嫌味ったらありゃしない……」
よほど鼻につく人物なのか、不快げに呟かれた後半にやや顔を引き攣らせる。
しかし、どうやら彼女を含めた整合騎士達は教会の半身の実態を知らないようだった。
九十六〜九階層にあるというそこは、スワロウが言うにはアドミニストレータの暴虐の象徴とすら言えるようだが……
「貴方にとっては、因縁がある場所よね」
「……そうだな」
ライオスの一件のみならず、八年前アリスを連れ去られた件も。
法の管理者であり、執行者である元老院の決定が運命を決めてしまったと言っても過言ではない。
そこまで考えて、ふとイーディスへ視線を投じる。
黙々と前を見据える女騎士は、十番目に整合騎士として選ばれた存在だ。
十三番目の騎士たるライオットが四帝国統一大会の最初の被害者である為、それ以前の騎士はなんらかの咎を犯した罪人となる。
それ故にアドミニストレータに見初められてしまった、ある意味ルークと同じ彼女は、何を思うのか。
「……君は」
「ん?」
「君は、取り戻したいと思わないのか? 自分の記憶を。大切な誰かとの思い出かもしれないものを」
思わず口をついて出たその問いかけに、ピタリとイーディスは立ち止まった。
同じく足を止めたルークは、しまったと密かに目を見開く。
ハラハラとした気持ちを抱いていると、数段上にいた女騎士はゆっくりと振り返り。
「うーん、あんまり。ほら、私ってかなり長いこと整合騎士やってるから。今更思い出しても、ね?」
どこか寂しそうに、だが悲観はしていない、そんな儚い笑み。
その表情に見惚れつつも──自分の失態を悟る。
イーディスは二百年以上、整合騎士として停滞した時の中を生きてきた。
その永久に等しい時間は、ただの人間が一生を終えるには十分すぎるもの。
たとえ彼女に家族や、恋人がいたとしても、とっくに死んでしまっているのだ。
それをわざわざ思い出したいかと呑気に聞くなど、度し難い行為だった。
「ごめん。俺は、そんなつもりじゃなくて……」
「分かってるって。あんまり気にしてないから、貴方も気に病まないで」
「……だけど」
「それよりも今は、人界の未来とアリスちゃん達のこと。でしょ?」
そう言い、答えを聞かずに踵を返して進み始めるイーディス。
しばらくの間、後悔を込めた瞳で彼女の背中を見つめて。
そのうち、ルークはぐっと口を引き結ぶと歩き出した。
●◯●
数時間の時をかけ、ルーク達はカセドラル上層を登っていった。
イーディスでさえ知らぬ騎士が待ち構えていることへ警戒しつつ、慎重に進んだ。
そこには、図書館を飛び出したときほどの力がルークに残っていなかったという理由もある。
来るべき時に備え、全力を振り絞れるように。体力を温存し、緩やかに歩んだ。
あるいは……いずれ別れることになるであろう、この女騎士との時間を惜しんだのかもしれない。
「さて……次が九十階層か」
体感で言えば、八十階層から七時間と半刻といったところか。
各階を適度に探索しつつ、ついにその大台まで上り詰める。
「この先にあるのは大浴場ね。一階層丸ごと使っていて、気持ちがいいのよ。団長も遠征帰りによく入っているし」
「……ちなみに、前回の遠征は?」
「つい最近ね。確か、貴方達が牢を脱したのと同じくらいに帰還したんじゃないかしら」
「それは……」
もしや、その大浴場に整合騎士長ベルクーリがいるのではないか。
話を聞いて、ふとそんな予想が思い浮かぶ。
だが、それは流石にないだろうとすぐに否定した。
自分で考えるのもおかしなことだが、侵入者がいる状況で呑気に湯浴みはすまい。
そうだよな? と目線で聞けば、しかし彼を知るイーディスは微妙な顔をする。
「……わかんない。団長、私以上に規則に縛られないから。もしかしたらそういうこともあるかも」
「騎士長の貫禄ってやつか……?」
「あ、あははー……」
笑いながら誤魔化されて、ルークはなんとも言えない顔をしてしまう。
とはいえ、何処かにいることには変わりないだろう。より一層に気を引き締め直した。
やがて、九十階層へ繋がる大階段の終わりが見えてくる。
最後の一段まで登り切った時、目の前には《霊光の大回廊》のような大扉があった。
「ここか」
「ええ。でも……」
その扉は、既に開かれた後のようだった。
おそらくはユージオが通っていったのだろうと、数歩近づく。
すると、ふと扉の隙間から風が流れてきた。大浴場には似つかわしくない、超低温のものだ。
それが白い鱗と甲殻に包まれた手を撫で、眉を上げる。
(これは、大回廊の空気と同じ……またユージオが、《武装完全支配術》を使ったのか?)
覚えのあるその冷たさに、隣のイーディスへ視線を向けた。
彼女もルークを見ており、二人は頷きあうと剣に手をかけて警戒する。
そのまま、ルークを先頭に扉と扉の間を足音を消してくぐり抜けた。
「こ、これは……」
「なんてこと……」
そして、二人が中で見た光景は。
全てが氷に閉ざされた、凍えるような大浴場だった。
幅が五メルはありそうな通路も、その左右に並ぶ、何十人も入れそうな浴槽も。
大浴場を支える柱はおろか、氷の膜やその上に走る半透明の蔦と薔薇は天井にまで届くかというほど。
見覚えのある、しかし《霊光の大回廊》を超えた絶景に、二人は唖然とするしかない。
「これをユージオがやったのか……?」
「《武装完全支配術》なんて規模じゃないわよ……完全に、《記憶解放術》級の力だわ」
弟分が作り出したであろう氷の園は、彼らの度肝を抜くのには十分過ぎた。
周囲を見回しながら進んでいくが、浴場には二人以外に人の気配は感じられない。
どうするべきか迷っていると、中央の通路の最奥から音が響いた。
「「っ!」」
咄嗟に剣の柄を握り、入口と同じ大きさの扉を睨む。
腰を落とし、臨戦態勢をとってからルークは〝耳〟を使った。
聞こえてきたのは、二つの心意。扉の向こうから大浴場に入ってこようとしている何者かは二人で──
(……あれ? この心意は……)
ルークが何かに気付いたその時、大理石の扉が開け放たれる。
そうして姿を現したのは──上から下まで黒の少年と、黄金の騎士鎧に身を包んだ少女だった。
「キリト! アリス!」
「アリスちゃん!」
思わず声を上げれば、大浴場にやってきたキリト達が驚いたように肩を跳ねさせる。
示し合わせたように身構えて、しかしルーク達の姿をその目に捉えるとすぐに警戒を解いた。
「ルーク! 無事だったのか!」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎!」
「イーディス殿! どうしてここに!」
「アリスちゃん、平気!? そこの真っ黒不審者に変なことされなかった!?」
互いに駆け寄った四人は通路の中央で顔を付き合わせると、堰を切ったように言葉を吐き出す。
ルークはキリトを、イーディスはアリスを抱きしめ、その身の安否をしっかりと実感した。
「とにかく、お前が無事でよかった。本当に」
「お、大袈裟だな。ていうか、ちょっと痛い……」
「す、すまん!」
慌ててキリトの体を離す。以前より大幅に筋力が増えていることを失念していた。
苦笑する彼から異形の手を隠すように下ろすと、次にアリスを見る。
「アリスちゃん、右目どうしたの!? この眼帯は何!? 怪我でもしちゃった!?」
「お、落ち着いてくださいイーディス殿。大したことはありません」
「アリス……」
イーディスにこれでもかと弄られていたアリスは、ふとこちらへ振り向いた。
片方が黒い布で覆われた、青い瞳がルークを捉え……そこにもう、冷たい色はなかった。
「……ルーク、ですね?」
「……思い出したのか?」
「いえ。でもキリトから、貴方がユージオと同じように、私の幼馴染であることは聞き及びました」
「そうか。聞いたんだな。昔のことを」
「ええ」
首肯する彼女に、薄々と塔の外で何があったのかを察する。
きっと彼女は、全てを知ったのだ。
整合騎士に与えられた偽りの使命も、奪われたものや、本当はあったはずの幸せを。
失われたその右目は、自分がそうだったように戒めを打ち破った代償だろう。
キリトを一瞥すれば、その予想は当たっていたのか、重々しい表情で頷かれる。
「そうか……なら、改めて謝らせてくれ」
「あ、頭を上げなさい! 今の私に当時の記憶はありませんし、その謝罪は本当のアリスに向けるべきものです!」
頭を垂れかけたルークの方を押しとどめ、アリスは早口に諌めた。
顔を上げたルークは、困ったように細い眉尻を下げている少女を見て仕方がなく姿勢を戻す。
「わかった。でも、謝意だけは受け取ってくれ。今のアリス・シンセシス・サーティを作ったのは、他でもない俺なんだから」
「……貴方に聞いていた通り、一部の物事に関して彼はとても頑固なようですね」
「おい、キリト。そんな説明をしてたのか?」
「い、いやー、ははは……」
後頭部をかきながら、視線をよそへやる少年にため息が二つ重なる。
それを聞いて顔を見合わせ、ルークとアリスは不思議な既視感に襲われた。
「何故でしょう。以前にもこうしたことがあったような気がします」
「ああ、恐らくな。こいつは
言ってから、はてと首をかしげる。
何かがおかしかったような気もするが、どうせ記憶の欠如のせいだろうとすぐに忘れた。
一先ずの顔合わせと済ませたところで、アリスが次に見たのはイーディスだった。
「イーディス殿。貴方がルークと共に、ここまで来たということは……」
「うん、そういうこと。あ、けど勘違いしないでね。私は最高司祭様と戦う気はないから。ただアリスちゃんの無事を確かめたくて、ここまで付いてきたようなものよ」
「そうですか……イーディス殿は非常に頼もしい騎士なので、お力添えが期待できないのは残念です」
「ごめんね。私は、自分の任地の防衛を強化しなくちゃだから」
「いえ。それも同じほどに重要な任務です。どうか、くれぐれもお気をつけて」
手を取り合って語り合う二人に、ルークはその瞬間が来たのだと理解した。
アリスの手を離したイーディスが、ゆっくりと振り返る。
それがとても長い時間のように思えて、自分がこの騎士との別れをひどく惜しんでいるのだと悟った。
穴だらけの心をよぎる、経験したことのない感情に胸を痛めていると、ついに彼女はルークを見る。
「そういうことだから。私が一緒にいられるのは、ここまでよ」
「……そうみたいだな」
「あら。なんか寂しそうね?」
「どうだろう。これが寂しいという感情なのか、もうよく分からない」
もっと別の何かのようにも思えるが、これからそれを知る事はないだろう。
ただ、感じたものは確かに特別な何かで、イーディスという一人の騎士……いや。
目の前の女性は、何かがルークにとって唯一無二だったのだ。
「ありがとう。話を聞いて、信じてくれて。ここまで共に来てくれて……心の底から、嬉しかった」
「真剣な顔でまたカッコいいこと言っちゃって。そんなんだから、あの後輩の子に好かれてたんじゃない?」
「……後輩? 誰だ?」
キョトンとしたルークに、イーディスは一瞬硬直した。
キリトやアリスも驚愕して目を見開くが、当の本人は首を傾げている。
「……何でもないわ。それよりも、ちゃんとアリスちゃん達を守るのよ」
「当然だ。それが俺の存在意義だからな」
まるで、それが世界の真理のように言う。イーディスは目を細めた。
見た目にそぐわぬ、深い色に染まった赤い瞳で、ルークの目を覗き込む。
「……あまり、無茶をしないでね。どうしても立ち上がれなくなったら、その時は誰かを頼ることもしていいのよ」
「君は、優しいな」
「貴方が自分に優しくなさすぎなのよ」
そうかも、と苦笑したルークに、イーディスは微笑んだ。
「それじゃあ、さようなら。自分だけは守らない、かっこいい竜騎士くん」
「ああ。誰より優しく、強い心を持つ騎士様。どうか、無事で」
笑顔のまま、別れを告げる。
踵を返したイーディスは、下層の飛竜の発着場へ向かうのか入り口へと歩いていく。
ルークはその背中が見えなくなるまで、ずっと見つめ続けていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回にはユージオ戦までいけるはず。