ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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カセドラル編の最後まで全て決まっているんですけど、どうしても文字数が増えがちですね。


今回はベルクーリさんの話。


楽しんでいただけると嬉しいです。



騎士長ベルクーリ

 

 

 

 イーディスの後ろ姿が階段の向こうへ消えるまで見送り、ルークは振り返る。

 

 

 

 すると、キリトとアリスが呆気に取られたような顔をしていた。

 

「どうしたお前ら?」

「い、いや、なんでもない! 気にしないでくれ!」

「今のは一体……」

「深く考えるな、アリス。ルークはこういうやつなんだ」

「どういう意味だ、おい」

 

 じとりと睨めば、やはり一言多いキリトは愛想笑いで質問を躱す。

 

 やれやれと溜息をつくと、不意にある疑問が頭の中に浮かんでくる。

 

「そういえば、お前ら。《暁星の望楼》からここまで降りてきたんだよな?」

「ああ。まったく大変だったぜ。気絶したアリスの重いこと重いこと……おまけに、背負って登ってやったのに、突き飛ばされるんだぜ?」

「そ、それはお前が汗だくで汚かったからでしょう! それに私は重くありません、鎧と剣の重量です!」

「分かった分かった、騎士アリス様も立派な女の子だって」

 

 アリスに詰め寄られ、弁明するキリトの姿にどこか懐かしさを感じる。

 

 思わず口元を緩めながら、質問の続きを口にした。

 

「ユージオに会わなかったか? おそらく、この大浴場はあいつが凍らせたと思うんだが……」

 

 振り向いた二人は表情を引き締め、神妙な顔でかぶりを振る。

 

「ああ、これは《青薔薇の剣》の記憶解放術だと俺も思う。で、俺達は暗素術で剣の居場所を割り出して、ここまで降りてきたんだが……」

「つまり、どこかに《青薔薇の剣》があるってことか?」

 

 今度は首肯したキリトに、ひやりと背筋を冷たいものが伝った。

 

 もしや、ユージオは自分の術でこの分厚い氷の下のどこかに埋もれてしまったのではないか。

 

 そんなことになれば、体は芯まで凍りつき、あっという間に天命が底を尽くだろう。

 

 

 

 

 

 慌てて、今一度大浴場の中を見渡す。

 

 二人も同じようにユージオの姿を探し、広大な空間を端から端まで観察した。

 

 柱の影や死角、〝耳〟までも使って丹念に探索していると、ふと目に留まるものがある。

 

「おい。あそこに、誰か埋まってないか?」

「なんだって!」

 

 ルークが指で示した方を、キリトとアリスが見る。

 

 すると、湯が分厚い氷に変わった浴槽の一つに同化するような人影があった。

 

 頭から胸の辺りまで露出した、その体を深く埋めている人影に、三人は駆け寄っていく。

 

 

 

(……? シルエットが、ユージオとは違う?)

 

 

 

 だが、近づいていくにつれてある違和感が目についた。

 

 こちらに後頭部を向けた人影は、とてもユージオとは似ても似つかないのだ。

 

 短く刈り上げられた髪。バルドに匹敵する広い肩幅や、太い体の線。

 

 そのどれもが弟分とは一致せず、すぐに別人であることがわかる。

 

「──ッ、小父様!」

 

 正体不明のその人物に、しかしアリスは心当たりがあるようだった。

 

 か細く悲鳴をあげ、走る速度を上げると誰より速くその人物に辿り着く。

 

「ああっ、そんなっ、どうして……!」

 

 前方に回り込み、その顔を見たアリスは両手で口元を覆う。

 

 キリトと共に追いついて見た、ふるふると震える睫毛や瞳は、その人物への親愛が見てとれた。

 

 彼女がこれほど衝撃を受ける人物は誰であろうと、ルークも見下ろす。

 

「これは……」

 

 そこにいたのはやはりユージオではなく、四十歳を超える年頃の男だった。

 

 しかし、そうとは思えない巌のような体つきや、引き締まった頬が活力を感じさせる。

 

 いずれにせよ、それはルークやキリトがまったく知らぬ者だった。

 

 

 

(壮年の男、それに僅かに感じ取れる鋼のような心意……もしかして、この人がベルクーリ?)

 

 

 

 何かの正体を探る手がかりはないかと考えて、ルークはある一つの答えに辿り着く。

 

 ライオットの話では、騎士長は巌のような偉丈夫であり、貫禄のある男だということだった。

 

 それに先刻イーディスから聞いた、風呂好きという話も加えると、多少信憑性は増す。

 

 

 

(ルーリッドの伝説の英雄、ベルクーリ。こんな顔をしていたのか)

 

 

 

 朧げながら思い出せる、子供の頃の憧憬の存在が、目の前にいる。

 

 思わずまじまじと、その顔を穴が開くほど見つめてしまう。

 

 

 

 

 

 眠ったように目を閉じたその姿を見て、違和感を感じる。

 

 体の色が異常だった。髪や肌から、東帝国風の羽織まで石のように灰色になっている。

 

 それは周囲の淡く透き通る氷とは違っていて、ひどく浮いていた。

 

「これは、ユージオの技じゃないぞ」

「ああ。そして多分、この男自身の仕業でもない」

「…………昔、小父様に聞いた事があります。元老長チュデルキンは、人を石に変えてしまう術を行使すると」

 

 悲嘆に暮れていたアリスが、手を退けて小ぶりな唇から言葉を漏らす。

 

 語られた恐ろしい神聖術に、ルーク達の方が体の芯が凍るようだった。

 

「そしてその権限が下される対象には……騎士達も含まれていると」

「じゃあ、このおっさんを石にしたのは、その仲間のはずの元老長ってやつなのか?」

「……だが、何故?」

 

 この光景から判断するに、おそらく騎士長ベルクーリは敗北、ないしはユージオと相打ちになったのだろう。

 

 それを罰せられ、チュデルキンとやらにこのような非道極まる行いをされたのか。

 

 アリスを見れば、ぐっと口元に力を込めた彼女は険しい顔で答える。

 

「……小父様は、元老院から降りてくる命令に疑問をお持ちのようでした。しかし、教会の統治無くして人界の平和はあり得ないと自分に言い聞かせ、これまで永い時を戦ってこられたのです」

 

 ぽつり、と音がする。

 

 それは、アリスの左目からスカートの上に落ちた、一滴の涙の音だった。

 

 細々とした指を固く握りしめた彼女は、震える声音で吐き出すように語る。

 

「元老長にいかなる権限があろうとも、このような……このような仕打ちを受ける謂れはありません!」

 

 瞳から溢れるものを拭おうともせず、アリスはベルクーリへと手を伸ばした。

 

 その表紙に、顎に留まっていた涙が石と化した騎士長の頬に落下し。

 

 

 

 

 

 

 

 ピシッ! という音が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 アリスは思わず動きを止め、ルーク達も息を呑みながらそれを見た。

 

 石像の首に亀裂が走っている。嫌な音を立てながら、少しずつその角度を変えていた。

 

 まるでアリスの嘆きに応えたかのように、騎士長は冷たい石となったその身を動かしているのだ。

 

「やめて……やめて小父様! そんなことをすれば、体が砕けてしまうわ!」

 

 文字通り我が身を削る所業に、懇願するようにアリスが叫ぶ。

 

 それでもなお、男は神が定めた力の呪縛を、その意志で打ち破ろうとした。

 

 

 

 

 

 ついに、その顔がこちらへと向けられる。

 

 すると、固く閉じ切られていたその瞼が、やはり割れるような音を立てて持ち上げられ。

 

 やはり灰色に染まった、強靭なる意志を内包した瞳が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ィイン。

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 その目を見た瞬間、胸にじんわりと広がったものにルークは手を当てる。

 

 

(なんだ、今の。竜の意志が何かを発した?)

 

 

 哀愁のような、懐古のような、懐かしさと関心、僅かな怒りを含んだ心意。

 

 まるでその瞳を知っているかのような奇妙な感覚に、ルークは襲われる。

 

「小父様……!」

 

 不屈の意志を見せた敬愛する騎士長に、感極まったかのようにアリスが落涙する。

 

 僅かな色を取り戻した瞳は、目の前で滂沱の涙を流すアリスを見た。

 

 最後の一押しと言わんばかりに、その口元がひび割れて開かれる。

 

「泣くんじゃねえよ……嬢ちゃん…………せっかくの、美人が…………台無しだぜ」

「小父様!」

「心配、すんなって……こんな程度で、俺がくたばるわけ……ねえだろう。それ、より……」

 

 ベルクーリの目線が、僅かにずれる。

 

 アリスの右目から額にかけて覆う眼帯に、慈愛の込められた笑みを浮かべた。

 

 さながら父のような()()()()()その顔に、ルークは息を呑む。

 

「そうか……嬢ちゃん、ついに壁を……超えたんだな……このオレが、三百年かけて……破れなかった、その封印を……」

「わ、私は……私は……」

「そんな顔……するんじゃねえ……オレは、嬉しいんだぜ……これでもう……教えることは、何も……ねえな……」

「そんなこと……! 小父様には、もっと、もっと教わりたい事がたくさん!」

 

 アリスの方も、まるで本当の親のように悲しみ、嗚咽を漏らす。

 

 きっと、カセドラルに連れ去られた幼いアリスに、彼は親のように親身になってくれたのだろう。

 

 優しい音をしているアリスの心意に、じんと込み上げるものを堪える。

 

「嬢ちゃんなら、きっとできるさ……教会の過ちを正し…………歪んだこの世界を、あるべきものにする……ことが…………」

 

 ルークの目の前で、ベルクーリの〝音〟が小さくなっていく。

 

 

 

 

 

 限界が近いのだ。いかにこの騎士長でも、抗いきれないのだろう。

 

 涙を流すアリスの傍らに跪くと、そっと肩に手を置いて後ろへ引く。

 

 一瞬抵抗があったものの、アリスの手はするりと彼の首から外れていった。

 

 彼女を慮ったその姿に、ベルクーリが灰色に戻りかけた目を向ける。

 

「その、姿…………まるで、あの時の……奴みたい……だな…………」

「奴……? 白竜のことか?」

 

 思わず聞き返すと、ふとベルクーリは微笑みを浮かべた。

 

 本当にあの御伽噺のベルクーリなのだと、その時ようやくルークは確信する。

 

「そう、か……お前が、あいつの言っていた…………」

「何を……?」

 

 何事か呟いた、その時。

 

 

 

 

 

 目の前に、自らへ斬りかかるベルクーリの姿を幻視した。

 

 

 

 

 

 迫ってくる、分厚い鉄塊のような鈍色の刃に勢いよく立ち上がる。

 

 一歩後ろへ下がり、尋常でない反応をしたルークへキリトとアリスが不思議そうにした。

 

「今、のは……」

「その、翼……その、瞳……あの時、最期までオレを見ていた……あの竜と、瓜二つだ……」

 

 離れたことで見えるようになったルークの体を見上げ、懐かしむようにベルクーリは言う。

 

 その言葉に隠された意味をなんとなく察し、キリト達はルークの腰にある剣へ目をやった。

 

 

 

(最期、まで…………ああ、そうか…………あの御伽噺の、本当の終幕は…………遠き昔、我が命を終わらせたのは…………)

 

 

 

 思い出した。あの殺意を。

 

 

 

 己が身に容赦なく傷をつけ、鱗を砕き、骨を絶った豪の剣を。

 

 

 

 ついには天命尽き果て、倒れ伏したこの身を見下ろしたその騎士に、我は──

 

 

 

 

 

 

 

「《 ──いつの日か、再び相見えようぞ。我が宿敵、豪壮なる刻斬(ときぎ)りの騎士よ 》」

 

 

 

 

 

 

 

 キリトが、アリスが。大きく目を見開き、体を震わせる。

 

 ルークの口から発せられた、深い叡智と重さを持つその声に、魂が揺さぶられたような気がした。

 

 

 

 

 

 誰も聞いたことのないその声音──それに、意志の潰えかけたベルクーリだけが笑った。

 

「ああ、そこに……いやがるのか…………北の、守護……竜…………」

「《長きに及ぶ務め、大義であった。もう眠るがよい》」

「ったく、相変わらず…………偉そうな……野郎……だな…………」

 

 静かに語る、半ばルークの姿をした何かと。

 

 まるで旧友と語り合うような、ベルクーリの姿に。

 

 キリト達は、ただその場で見ていることしかできなかった。

 

「《我が担い手が、かの邪悪な女神の呪縛を打ち破ろう。後は任せるがよい》」

「は……楽しみに……してるぜ…………」

 

 その瞬間、ルークは我に返った。

 

 ハッとして、熱に浮かされたようになっていた意識が戻ってくる。

 

 そして、自分を見上げているベルクーリに困惑した顔をした。

 

「いいか……その坊主どもの、仲間は……チュデルキンの野郎が……連れて行った……」

「ユージオを……?」

「最高司祭殿が、彼女の居室で…………最後の、術を…………急げ……あの坊やが、記憶の迷路に閉じ込められる……前…………に………………」

 

 その言葉を最後に、再びベルクーリは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 沈黙が訪れる。

 

 全霊を振り絞り、情報を与えてくれた騎士長を、誰もが見下ろしていた。

 

「……彼は、元に戻るのか?」

「……術師であるチュデルキンを締め上げて術式を解かせるか、あるいは斬り捨てれば」

 

 アリスが立ち上がり、垂れ下がった横髪の向こうから答えた。

 

 なるほど、と頷くルークの顔を、彼女や後ろにいたキリトは覗き見る。

 

「ルーク……貴方は、一体……」

「どうかしたのか、アリス?」

「いえ……なんでもありません」

 

 何か言いたげにするものの、すぐに目を伏せてしまう。

 

 答えが返ってくるとは思えなかったのか、それ以上何も言わない彼女にルークも納得した。

 

 

 

 

 

「ともあれ、目的がはっきりしたな。ユージオを取り戻す為にも、百階層──アドミニストレータの居室へ、乗り込むぞ」

 

 

 

 

 

 その代わり、ルークの告げた言葉に二人は強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「……剣を二本持つような酔狂者は、格好をつけたいだけの上級貴族と相場が決まっていますが。お前は妙に様になっていますね」

「そうか? まあ、これを同時に振るうのはとても無理だよ」

 

 近くの氷の中から発見し、発掘した《青薔薇の剣》を左手に持ち、自信なさげにキリトがはにかむ。

 

 彼は床から白鞘を持ち上げると、そこに剣を収めて自分の右の腰に吊り下げた。

 

「さて。元から切迫した状況だったが、これでさらに時間の猶予は無くなったわけだ」

「そうですね。ユージオが最高司祭様の居室に連れ去られたというのなら、急いだ方がいい。あの方の考えは、人の及ぶところではありませんから」

「最高司祭と話したことがあるのか?」

「一度だけ。もう六年も前になりますが、過去の記憶を全て失った状態で目覚めた私は、《召喚主》であり、地上における神の代行者である最高司祭様と対面しました」

 

 記憶の封印と疑似人格の統合……〝シンセサイズの秘儀〟の直後であろう当時を、アリスは語る。

 

 それから視線を虚空へ投げ、過去の記憶を思い返すと、元より白い頬をさらに蒼白にさせる。

 

「あらゆる光を跳ね返す、あの瞳。……そう、今なら分かります。あの時私は、最高司祭様を深く恐れたのです」

「何かしらの術をかけられた、と……?」

「違います。もっと原始的な……そう、魂で感じたのです。この方に逆らってはいけない。あらゆる疑問を持たず、絶対の忠誠を誓い、この身と心の全てを捧げて仕えなくてはならない……と」

 

 震える方を抱くアリスに、その微かに揺れる心意に、冷たいものを感じる。

 

 

 

 

 

 ただ瞳を見ただけで、彼女が屈してしまうほどの存在。

 

 自分たちが相手にしようとしている敵の強大さを僅かながらも実感して、思わず唾を飲む。

 

「……アリス」

「…………ふぅ。大丈夫です」

 

 深呼吸をして、心を落ち着けたアリスは俯かせていた顔をもたげる。

 

 そうすると、震えの止まった手を胸の上に置いて高らかに宣言した。

 

「私は決めたのです。遥か北方の地にいる妹と、まだ見ぬ家族と、そして多くの民のために戦うと」

「………………妹?」

「おいおい、ルーク。流石にお前も、セルカのことは……」

「セル、カ……? 誰だ、それは?」

 

 透明な瞳で、どこまでも純粋に疑問を浮かべたルークに、キリト達は幾度となく驚かされる。

 

 それすら、忘れてしまったのか。

 

 あの時、北の洞窟に何の為に行ったのか、その大切な理由さえも。

 

 

 

(なあ、ルーク。今のお前は、どれだけ自分を失って……いいや、あと、どれだけ残されているんだ?)

 

 

 

 刻一刻と迫っている親友の消滅に、カーディナルの話を思い出してぞっとする。

 

 彼からルークが抱えていた、セルカへの苦悩を聞かされていたアリスもまた悲しげな目をした。

 

「キリト……」

「……とにかく、上を目指そう。そうだろ、ルーク」

「ああ。必ずユージオを解放しなくてはならない」

 

 今度は間違いなく名前を口にし、頷いたことにホッとする。

 

 先へ進む扉の方へ歩き出した彼に、ベルクーリを一瞥してから追随した。

 

 

 

 

 

 大浴場から出た三人は、また現れた大階段を使って九十階層より上を目指す。

 

 人の気配はなく、酷く無機質的な雰囲気を持つフロアは無視して、ひたすら登り続けた。

 

 

 

(……さっきの、反応)

 

 

 

 警戒しながらやや早めに足を動かしつつ、ふとルークは思い耽る。

 

 背中の向こうで、この後に控える元老院の説明をアリスから受けているキリトを一瞥した。

 

 

 

(セルカ……セルカ、か。それが誰だか、俺にはもうわからない。けれど、妙にその名前が口に馴染む)

 

 

 

 必死に頭の中を掬っても、朽ちた樹木のようにそこかしこにあいた穴に手を突っ込むだけ。

 

 セルカとは誰で、どんな人物で、自分にとって如何なる存在だったのか。

 

 その全ては力を手に入れる代わりに凍りついて、きっともう粉々に砕けてしまった。

 

 

 

(でも、俺にとって大事な人の一人だったんだろう。そうでなきゃ、キリトがあんなに悲しそうにするはずがない。アリスが、あそこまでの誓いを口にはしない)

 

 

 

 妹。そう、確かアリスの妹と言っていた。

 

 ならば、未だにそれだけははっきりと思い出せるあの日の罪で、きっと〝セルカ〟を深く傷つけた。

 

 

 

 

 

 恨んでいるだろう。きっと許してはいないだろう。

 

 自分を憎み、アリスを返してと、この裏切り者と謗ったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『■■に、ずっ■避■■■てたの■悲■■■たわ。■もルーク■あの■■■■を■剣に■んでくれ■■のは■■■■■■、■れに……』

『それ■?』

『ち■■と、助■に■■く■■■■■■?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ああ、そういえば。竜の声を初めて聞いたあの時)

 

 

 

 

 自分は、どうしてあそこにキリト達と一緒に行ったんだっけ。

 

 ……思い出すことはできない。それはもう、色褪せて、燻んだ一枚絵のようになっている。

 

 ならば、もう仕方がないと。またルークは諦めた。

 

 

 

 

 

 そして、大浴場までの鈍足が考えられないほどみるみる階層を踏破していった。

 

 九十一、九十二と数え、やがて本来の目的地だった《暁星の望楼》へ辿り着く。

 

 とても美しい、落ち着いた雰囲気と満点の星空を構えたそこを通り抜け。

 

 螺旋状の階段を登り、ついにその階層に到着した。

 

「ここが九十六階層……元老院か」

「気をつけてください。元老達は、武力という点では学院の修剣士見習いにすら劣りますが、権限はこの人界で随一のものです。その気になれば、無限に術式の雨を何百と打ってくることもできるでしょう」

「そりゃおっかないな」

 

 いよいよ、自分達を罪人とした者達と対面を果たす。

 

 形容しがたい感情を抱きながら、それまでとは趣の違うその先へ踏み出した。

 

 等間隔に設置されたガラス製の灯りから発せられた緑光が、薄暗い廊下を唯一照らしている。

 

 清廉さを感じさせたそれまでと違い、まるで秘め事を隠すように不気味な雰囲気だ。

 

 

 

(……何も聞こえない?)

 

 

 

 あまりに静かすぎることに、疑問が鎌首をもたげる。

 

 それは物理的なものだけでなく、ルークの耳に聞こえるはずの心意の音すらない。

 

 広い人界を監視し、法と秩序、民の管理を担っている何十人もの元老がいるはずなのに、だ。

 

 

 

(おかしい。ここは、あまりに()()()()()()()()

 

 

 

 膨れ上がる嫌な予感に、少しだけこの先に行くことが恐ろしくなった。

 

 

 

 

 

 

 数分後、ついに暗緑色の通路は終わりを迎える。

 

 不思議な彫刻の施された丸扉が、ルーク達三人を出迎えた。

 

「……二人とも、用意はいいな」

「勿論だ」

「攻撃術に気をつけて」

 

 剣に手をかけ、頷き合うと、ルークが扉に手を伸ばす。

 

 鉤爪に冷たい金属の感触が触れ、一息に引くと木の扉のようにあっさり開封される。

 

 それとは裏腹に響いた重々しい音に、素早く扉と壁の隙間から中へ滑り込んだ。

 

 身構えるが、神聖術が飛んでくることも、誰かが待ち構えていることもなかった。

 

「なんだ、拍子抜けだ──」

「シッ。待て」

 

 軽口を叩こうとしたキリトが口を閉じる。

 

 ルークは耳を澄ませ、しばらくすると左隣のアリスを見た。

 

「聞こえたか?」

「ええ、微かにですが。キリト、お前もよく耳を澄ませなさい」

 

 何事か通じ合っている二人に、憮然とした表情でキリトは耳に意識をやる。

 

 すると、彼からすればやや近未来的な通路の向こうから僅かに何かが届いた。

 

「……神聖術の詠唱?」

「攻撃系ではないようだな。だとしたら、一体……」

「一瞬たりとも油断のないように」

 

 各々剣を鞘走り、三角形状に陣形を取って奥へと進む。

 

 

 

 

 

 慎重に、かついつでも迎撃できる心構えで、一歩、また一歩と足を踏み出す。

 

 

 

 最初は遠かった詠唱の声も、ぼんやりとした明るい空間に近付くにつれ大きくなり。

 

 

 

 そして、ついに暗い道を抜けた先。

 

 

 

 そこで、三人が見たものは。

 

 

 

「な……」

「これ、は…………」

「……マジかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

尺やべえなこれ…
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