ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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今回は一部原作の流れをそのままにしております。


楽しんでいただけると嬉しいです。


道化の元老長

 

 

 

 

 

 

 夢を、見ている。

 

 

 

 

 

 塔の外へ投げ出された相棒を置いて、もう一人の親友に先に行けと背中を押され。

 

 そうして塔を登り、最強の騎士と対峙して……それから、ユージオは自分がどうなったのか思い出せない。

 

 だが、今自分を包み込む、この溺れるような暖かささえあればいいと、そんなことを考えた。

 

 ああ、この温もりは自分を受け入れてくれる。辛いことも、苦しいことも、何もない。

 

 ただ、ただ、引きずりこむように……その瞳が、頭を撫でる細い指が、甘い声が。

 

 その全てが自分を愛してくれるのだと、曖昧な意識で思い込んだ。

 

 

 

 

 

 その人は、ユージオにこう言った。

 

 可哀想な子、と。

 

 何故、と反論した。自分はそんなことを言われる道理はないと。

 

 だが、その人は優しくユージオを抱きしめると、思い出してごらんなさい、と囁いた。

 

 貴方は本当は分かっているはず。自分がどれだけ飢えて、満たされたいのかを……頭の奥が痺れるような、官能的な言葉の数々。

 

 酷く花の蜜のように意識をそそられる声音に、どうしてかあっさりとユージオは思考を止め、頷いて。

 

 そして今、夢という名の過去を見ている。

 

 

 

 

 

 

 幼い頃のこと。

 

 その日は何故か、幼馴染であるアリスの姿が朝から見当たらなかった。

 

 家族の手伝いを終わらせ、いつもの待ち合わせ場所でいくら待とうとも彼女は来なかったのだ。

 

 明るく笑い、落ち込むユージオの肩を軽く叩いてくる黒髪の少年もいなかった。

 

 いつもだったら真っ先にそこにいるはずの、いつも陰湿な実の兄達より、よほど兄と思っていた灰髪の少年も。

 

 

 

 

 

 ソルスが頂点に昇り、傾き始めても三人はやって来ず、とぼとぼとユージオは帰っていった。

 

 きっと、何か事情があったのだ。そうに違いないと、アリスの家へと行った。

 

 けれど、扉をあけて現れた彼女の母は、ユージオの質問に首を傾げた。

 

 

 

『おかしいわねえ。今日は随分と早く出かけたわよ。キリ坊達が迎えに来たから、てっきりユー坊も一緒だと思ってたんだけど……』

 

 

 

 困ったわねえ、と頬に手をやる女性に、小さく礼を言ったユージオはその場を立ち去る。

 

 言いようのない不安は焦りになっていき、自然と歩みは走りへと変わっていく。

 

 そうして向かったのは、最近見つけたばかりの、秘密の場所だった。

 

 

 

 

 

 自分と、アリスと、キリトとルークしか村の子供の中では知らない、東の森の奥にあるその場所。

 

 大人達が《妖精の輪》と呼ぶその場所に、ユージオはべそをかきながらひた走る。

 

 寂しさや、焦りや、もう一つ知らない感情でごちゃ混ぜになった気持ちを抱えて、走り続けて。

 

 曲がりくねった小道を抜け、ひときわ太い古木にぐるりと囲まれたそこに、やがてたどり着く。

 

 そこに走りこもうとした瞬間、木々の間から見えた金色に思わず足を止めた。

 

 

 

 

 

 ──どうして? 

 

 

 

 

 ぼそぼそと、風に乗って聞こえてくる彼女の囁き声。

 

 それに、とても惨めな気分になりながら、そっと木の陰から様子を伺う。

 

 

 

 

 

 色とりどりの花が咲くその中心で、アリスが座っている。

 

 小さな背中に流れる金髪と、深い青のドレスや白いエプロンがよく似合う。

 

 その隣には、つんつんとした黒い髪の少年。親友のキリトだった。

 

 

 

『なあ……そろそろ戻ろうぜ。バレちゃうよ』

『まだだいじょうぶよ。もう少し……ちょっとだけ、ね?』

 

 

 

 肩を寄せ合い、秘め事を共有するようにくすくすと笑い合う二人。

 

 じっとりと、握りしめた手の中に汗がにじむ。心がひび割れて、壊れそうになる。

 

 もうここにいたくない。そう思って立ち去ろうとした時──彼女らの近くに、もう一人を見つけた。

 

 

 

 

『お前ら、そこそこにしておけよ。あんまり長い間やってると、ユージオにバレちまうからな』

 

 

 

 ──どうして? 

 

 

 

 そんな疑問が、木に背中を預け、腰に木剣を差したルークの姿に、また浮かんだ。

 

 君はいつも、僕達三人ともを平等に扱ってくれたじゃないか。

 

 意地悪なジンク達や、嫌味を言う兄達からすらも、いつも守ってくれたじゃないか。

 

 なのに、どうしてそこで二人を見守っているの? 僕にバレないようにって、そう注意するの? 

 

 どうして、どうして、どうして──

 

 

 

 

 

 

 

「……ほら、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夢が覚める。

 

 相変わらず意識はぼんやりとしたままで、眠りながら現実にいるよう。

 

 その中で、くすくすと笑うその声だけが、はっきりと耳の中に入ってくる。

 

「誰も、貴方を愛していない。あの子の愛すら、貴方一人のものじゃない。そして、あの子の優しさも」

 

 違う。そんなはずはない。

 

 夢に見た三人の小さな秘め事に、もう、そう言うことさえもできなかった。

 

「いいえ。そもそも最初から、貴方のぶんはあったのかしらね?」

 

 心の縁をくすぐるように、それでいて一番大事なものを握り潰すように。

 

 一つ一つと刻み込まれていく言葉が、ユージオの中の孤独と飢餓を浮き彫りにしていく。

 

 

 

 

 

 枯れていく。

 

 記憶も、心も、思い出も。何もかもが、枯れていく。

 

 誰か、誰かと。そう手を伸ばすユージオに──蠱惑的な救いが現れた。

 

「でも、私は違うわ。私が、貴方を私の全てで愛してあげる」

 

 たらりと。その一言が、萎れた心に垂れて落ちた。

 

 どんな蜜や、甘い果実より芳醇なその一滴が、みるみるうちにユージオを満たしていく。

 

 ぼんやりと見上げてくるユージオを、その人は鏡のような虹の虹彩が浮かぶ銀眼で見返した。

 

 銀の髪も、滑らかな肢体も、細々しい体や美貌も、その全てがユージオに向けられている。

 

「さあ。私を受け入れて」

 

 薄暗闇の中、豪奢なベッドの上で咲く、一輪の魔性の花。

 

 薄紫の花弁に取り込まれたユージオは、その中で微笑む白い花芯に身を委ねた。

 

「貴方は、真に満ち足りたと思えるほど、誰にも愛されることができなかった」

 

 耳元に落ちる言葉は、ある意味真実で。

 

 

 

 

 

 ユージオがどれだけ家族を、誰かを愛しても、誰もその愛には応えてくれなかった。

 

 ギガスシダーの刻み手になった時、喜んで報告したユージオに、厳しい顔で家の手伝いはできるのかと言った父も。

 

 家畜の世話から解放されると思ったのにと、愚痴をこぼした兄も、何も言わなかった母も。

 

 アリスが連れ去られた後、これで本当にひとりぼっちだなと、嘲笑して言った衛士長の息子のジンクも。

 

 アリスの妹のセルカや、他の誰だって。いくらユージオが愛して、尽くしても。何も返してはくれなかった。

 

「彼らは貴方の惨めさを喜び、嘲るだけだった。そんな人達が、本当に貴方を、少しでも愛していたと思うの?」

 

 そう……その通りだと、ユージオは思った。

 

 みんな、自分から奪い、搾取するだけだった。何一つ与えてくれなかった。

 

 

 

 それは、あの優しい兄のような少年でさえ。

 

 

 

 あの時、自分からアリスを奪って……それなのに、今更守るだなんて、白々しい。

 

「なら、やり返してもいいじゃない。その惨めさや、悔しさを、彼らにも味合わせるの。整合騎士になって、銀の飛竜にまたがり、故郷に凱旋して。貴方を馬鹿にした連中全員を這いつくばらせて、その頭を踏みつける。そうしてようやく、貴方はこれまで奪われたものを全て取り戻せるの」

 

 神々しい少女の提案は、とても素晴らしいもののように思えた。

 

 頭を撫でられ、柔らかな胸の中で微睡めば……それが、自分の未来の全てだと感じられた。

 

「私が、本当の愛で貴方を満たしてあげる。これまでの連中とは違うわ。貴方が私を愛してくれれば、それと同じだけ、深く深く、極上の愛を返してあげるの」

 

 もはやユージオに、抗うような術は一滴も残っていなかった。

 

 この場所で最初に目覚めた時、この人を見てすべきことがあると考えていたような気がするけれど。

 

 

 

 

 

 もう、どうでもいい。

 

 この渇きを満たしてくれるなら。愛を捧げて、愛が返ってくるなら、それで──

 

 

 

 

 

 ──ユージオ先輩! 負けないで! 

 

 

 

 

 

 ふと、誰かがそう言った。

 

 赤い髪を振り乱して、手を伸ばして……でも、粘るような暗闇にその姿が消えていく。

 

 すると続けて、闇の中にぼうっと金色に輝くシルエットが現れる。

 

 僅かな草原に立って、彼女はそっとユージオに語りかけた。

 

 

 

 

 

 ──違うわ、ユージオ。愛は決して、何かの見返りにもらうものじゃないのよ。 

 

 

 

 

 

 先ほどより、少しだけ心が揺れ動く。

 

 けれど、手を伸ばすより先に濁流のように落ちてきた黒いヴェールがその姿を覆い隠してしまった。

 

 もう誰も残っていない。焼け付くような渇きが、ひりつくような惨めさだけが自分を焦がす。

 

 唯一それを癒しうるものを求めて、ユージオはぎゅっとその人を抱きしめる。

 

「欲しいのね、ユージオ。何もかもを忘れて、私の愛が。でも、まだダメよ。言ったでしょう? まずは貴方が愛をくれないと。だから、ほら……」

 

 さあ、唱えてと。顎を伝っていく細指に、ユージオは僅かに頷く。

 

 そうして、少しだけ少女の胸から顔を話すと、その口を開いた。

 

「システム……コール」

「そう、いい子ね……」

 

 

 

 

 

 ──ダメだ、ユージオ。お前までこっちに来るな

 

 

 

 

 

 起句を唱えた瞬間、醜い青年が暗闇に浮かんだ。

 

 それまでと異なり、周囲を満たす暗闇の中でさえ輝く、差し出されたその白い手に。

 

 

 

「リムーブ……」

 

 

 

 ユージオは、今更何をと、そのゴツゴツとした手を振り払った。

 

 

 

「コア……」

 

 

 

 悲しげな目をして、完全な何かになったソレが暗闇の向こうへと飛んでいく。

 

 

 

 途端に、ユージオは自分がこの暗闇に溶け、薄れて消えていくように感じた。

 

 

 

 ずっと心の真ん中にしまいこんで、大切にしてきた思いさえも、輪郭を失っていく。

 

 

 

 それでも、そうだとしても。

 

 

 

 

 

 ──だって、もう、悲しいのは、辛いのは、嫌なんだ。

 

 

 

 

 

 そして、ユージオは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一雫の涙と共に、その言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 そこは広い空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 四つの階層分を全て使った、縦に長い円柱形の大広間。

 

 部屋全体が金属質な輝きを放っていることもあり、天井は白く輝いてよく見えない。

 

 しかし、そんなものは今三人が見ているものに比べれば、とても些細なことだった。

 

「な、生首……!?」

「いえ、体は一応あるようですが……」

「……まるで棺桶だな」

 

 壁に埋め込まれた、無数の〝何か〟。

 

 規則的に天井まで並んだ、何十というその箱には人間……らしきものが詰め込まれていた。

 

 頭部から睫毛に至るまで一本の毛も生えておらず、肌も目も、口の中も生白い。

 

 男女の区別さえつかないそれらは、抑揚のない声で何かの神聖術を唱え続けていた。

 

「攻撃術……ではありませんね。式句からして、人界を幾つもに分割して管理しているようですが……」

「まさか、これが元老……?」

「……! こいつらは、あの時の!」

「キリト、知っているのか?」

「ああ。ライオス達と戦って、その……お前を気絶させた後に、窓みたいなものが現れて。そこからこいつの顔が覗いてたんだ」

 

 やや言いにくそうにしながらも、キリトはそう告げる。

 

 ウンベールの腕をユージオが斬り落とし、ライオスはルークが〝御霊斬り〟で魂を断った。

 

 そしてキリトは、そんな暴走したルークを気絶させるために黒い剣で一撃加え、それが罪と判断されたのだ。

 

 

 

 

 

 そんな経緯を思い出し、ルークは今一度元老達と思しき者を見上げる。

 

 その目で、その耳でも……一切の心意を感じることができなかった。

 

「……彼らからは、何も感じない。記憶も、意志も、人格さえも」

「おいおい。それじゃあまるで、ただの装置じゃないか!」

「酷い……」

 

 整合騎士の境遇すら、まだ救いようがあると思えるほどの有り様。

 

 唖然とした気持ちでいると、突然空間全体に甲高い音が鳴り響いた。

 

「なんですか!」

「警告音……!?」

「構えろ!」

 

 詠唱を止めた元老達と、ビー! ビー! と激しく耳朶を叩く音に、咄嗟に剣を構える。

 

 しかし、それは三人の侵入を感知したような類のものではなく、別の合図だったようだ。

 

 箱の中にいる元老達の頭上から、管のようなものが降りてくる。

 

 彼らは一様に管へ向けて顔を上げ──直後、管から放出された液体を口に入れ始めた。

 

 

 

 

 

 固形物と液体が混ざり合った、茶色いそれは食料の類だろうか。

 

 喉を鳴らし、時に口の端から溢れさせながらも、機械的にそれを食する。

 

 やがて、一定の時間で管からの供給は止まり、上へと引かれるように戻っていく。

 

 顔を正面に戻した元老達は、また術の詠唱を開始した。

 

「…………なんて」

 

 惨い。ルークはふつふつと怒りが沸き起こるのを実感した。

 

 もはや、並の言葉では言い表せないほどの所業。地獄以外に形容できる言葉が見つからない。

 

 スワロウの言葉の意味がよくわかった。

 

 これはある意味、アドミニストレータが人界の人間に対して抱く価値の全てなのだ。

 

「……これが。この光景が、最高司祭様が生み出したものだというのですか」

「アリス?」

「こんな、人を人たらしめる意志、思考さえも全て奪い去り、家畜より劣る扱いをして……これが、彼女のやり方だというのですか!」

「……きっと彼らも、騎士達のように人界中から連れてこられたんだろう。術者としては優れていても武力に劣る人間や、特に権限の高いやつを拐ってきて、禁忌目録の管理装置に仕立て上げたんだ」

 

 キリトが予想を語る。それは限りなく真実に近いものに思えた。

 

 彼らの悲惨さと、平然とこんな光景を作り出せてしまう最高司祭の異常さ。

 

 隣で全身を震わせるアリス程ではないにせよ、敵愾心を強めるのには十分だ。

 

 

 

 

 

「ホヒィ────ッ! ホ──ホッホッホォ!」

 

 

 

 

 

 突如、元老院に奇声が木霊する。

 

 今度は何かと、半ばうんざりした気持ちで振り返ると、奥に通路が続いていた。

 

 これまで通ってきた道と同程度の広さの、その暗がりの向こうから声は響いてきたようだ。

 

「……」

 

 無言で視線を投じる。キリトとアリスは、怒りの表情を収めて頷いた。

 

 見ているだけで心が淀む、凄惨な元老院から逃げるようにして奥に進む。

 

 意思のない元老達が、それを止めることはなかった。

 

 

 

 

 

 通路の左右に陣取り、そっと顔を出して様子を伺う。

 

 中は広間ほどでないにせよ相当な広さがあるようで、奥行きが遠い。

 

 だが、顔をしかめたのはその面積ではなく、内部の悪趣味さからだった。

 

 

 

(……なんだ、この風邪をひいたときに見るような部屋は)

 

 

 

 何もかもが金と派手な色で統一された、下品な一室。

 

 調度品は全て黄金造りであり、そうでないものも目に痛い桃色や赤色をしている。

 

 多種多様なぬいぐるみやおもちゃらしきものが散乱しており、一見して玩具箱のようでもあった。

 

「ホオオオオオオッ!! いけませんっ、いけませんよ最高司祭様ァっ! ああっ、そんなっ、そんなもったいないっ、ホヒホォ──っ!」

 

 その中心で意味不明な声を張っている、小さな後ろ姿が一つ。

 

 子供のように小さい、しかし出来の悪い人形のように丸々とした背中。

 

 ほぼ球状の体には赤と青の道化じみた服をまとい、同じく丸い頭には金色の帽子が一つ。

 

 また奇声を上げ、ジタバタと体を揺すった際に見えた白い顔は、元老と違い脂ぎっていた。

 

「……アリス。あれが?」

「ええ……チュデルキンです」

 

 頷くアリスの顔には、これでもかと嫌悪感がにじみ出ている。

 

 それは先程までのものとは異なり、生理的に拒否しているような女性特有の表情。

 

 ふと、ルークの脳裏にある女性が浮かび上がる。

 

 

 

(……なるほど。確かにあれは肉ダルマだ)

 

 

 

 今のアリスと全く同じ表情をしたイーディスを思い出し、さもありなんとルークは嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 元老長チュデルキンの背中は、全くの無防備であった。

 

 

 

 

 

 手元にあるものを見て、時折おかしな声を上げるのに熱中している。

 

 てっきり騎士達とのような熾烈な戦いになると思っていたキリトは拍子抜けした。

 

 だが、好都合でもある。こういう時最も冷静沈着なルークにアイコンタクトを送ろうとした。

 

 だが、その前に真ん中にいたアリスが前触れなく部屋の中へと踏み込む。

 

 制止する間も無く、彼女はたった数歩で元老長の背後へ風のように肉薄した。

 

「ホォア────ッ! …………ホッ?」

 

 そして、一際大きな声で体をのけぞらせたチュデルキンは。

 

 逆さまな視界の中で、自分を侮蔑と怒りと嫌悪で見下ろすアリスと目があった。

 

「随分お楽しみのようですね、チュデルキン」

「ほぐっ!?」

 

 雷光のように伸びた左手が、チュデルキンの首元を掴み上げる。

 

 遅れて追いかけてきたルークとキリトの前で、宙吊りにされたダルマ男は短い手足をばたつかせる。

 

 

 

(……ん?)

 

 

 

 ふと、視界の端に映り込んだものに目を向ける。

 

 それはチュデルキンがずっと見ていたもの……三十セルチほどの水晶玉だ。

 

 中にはどこかの部屋が映し出されており、遠見の神聖術を使っていたようだ。

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中で、華奢な人影が銀の髪を揺らして微笑む。

 

 きめ細やかに流れる髪に隠れてはっきりとその横顔は見えないが、ひどく美しい。

 

 どうやらチュデルキンは、その女性を覗き見していたらしい。

 

 

 

(大した趣味だな、元老の長)

 

 

 

 その時、ふと少女の胸元に誰かもう一人写り込んだ。

 

 しかし、それが誰かを判別する前に術が途切れて映像は消えてしまう。

 

「術式を唱えようとしたら、最初の起句の時点で舌を根本から切り飛ばします」

 

 そちらは早々に諦め、《金木犀の剣》を突きつけるアリスとチュデルキンに視線を投じた。

 

「お、お前、三十号! なんでこんなとこにいやがるですよ!? お前は反逆者の一人と塔の外に放り出されておっ死んだはずでしょう!?」

「私を番号で呼ぶなッ!」

 

 アリスが激昂し、《金木犀の剣》の切っ先が一セルチ迫る。

 

 喚いていたチュデルキンは口を噤み、彼女も深呼吸をして一旦気持ちを落ち着かせた。

 

「……私はアリス。もう三十号ではありません」

「っ、ぐ、ぬぬぅ……ホヒョッ!?」

 

 忙しなく視線をあちこちへと飛ばしたチュデルキンは、そこで初めてルーク達に気付いた。

 

 死んだはずの黒衣の青年と、不気味な姿をした人のなり損ないに小さな目をまん丸に見開く。

 

「お前っ、なんでっ、どうして! 三十号ッ……き、騎士アリス。どうしてそいつらを斬らないんですよゥ! そいつらは教会の反逆者で、闇の手先と教えたじゃないですかァ!?」

「……確かに彼らは反逆者です。しかし、闇の国からの刺客ではありません。今の私と同じように」

 

 はっきりと、その口で教会からの離反と抵抗を宣言する。

 

 

 

 

 チュデルキンはそれを聞き、それまで以上に限界まで目を見開いた。

 

 団子のような鼻の穴を膨らませ、その肌とどちらが白いか比較できない歯を剥き出しにする。

 

「裏切る気か、こンの糞騎士風情がァアァアァアァアアァアッ!!」

 

 皿を金属の食器で引っ掻くような金切り声に、人外の聴力を備えたルークは大きく顔を歪める。

 

 ぐわんぐわんと響く耳鳴りに手で蓋をしながら、突如として憤慨した元老長を睨んだ。

 

「テメェら整合騎士は所詮アタシの命令に従うだけの木偶の癖に! 空っぽの人形風情がァッ!」

「──我らを人形にしたのは公理教会でしょうに」

 

 チュデルキンが、ぴたりと動きを止める。

 

 すかさず返されたアリスの言葉に、それまでとは違う意味で驚愕を顔に貼り付けた。

 

 そんな小男に、淡々とした口調でアリスは語る。

 

「な、なんで、お前がそれを…………」

「〝シンセサイズの秘儀〟によって記憶を封じ、偽りの忠誠心を植え付けた上で、天界から召喚されたなどというまやかしを教え込んだのですから」

 

 やはり予想した通り、アリスは自らにまつわる全てを知っていたらしい。

 

 俯いたチュデルキンを睨め付ける青い瞳を見ながら、その強い意志に感服する。

 

 

 

(庭園での様子だと、全く信じて疑っていなかったろうに。元から疑問視していたイーディスはあっさりとしたものだったが、やはりアリスは昔と同じで打たれ強いな)

 

 

 

 あるいは、彼女は他の騎士や、ともすれば人界の民より元来その在り方が遥かに強いのか。

 

 

 

 

 

 スワロウからの話や、これまで見てきた人々を見て、薄々ルークは気がついている。

 

 自分達は、自主性というその一点において非常に脆弱なのだ。

 

 天職然り、禁忌目録しかり、人生における最も大切な部分は常に大きな何かが決めている。

 

 そこに疑問は抱かず、ただ純朴に従うままにその一生を終えていくのだ。

 

 

 

(あるいは、それを自分で決め、ここまで進んできた事こそがアリスが特別だという証明なのか?)

 

 

 

 記憶の中の幼いアリスも、どこか抜きん出て自分というものを持っていたように思う。

 

 そう考え込んでいたルークは、類似した思考の中でアリスと彼を見ていたキリトの視線に気がつかない。

 

「……ええ、そうですよ。アタシャ今でもくっきりと思い出せますよ。幼く無垢で可愛らしいお前が、涙を流しながら懇願する姿をねぇ」

 

 そして。ずっと黙りこくっていた道化が、彼らの前で醜悪な笑みを浮かべた。

 

「『お願い、私の大切な人たちを忘れさせないで……』と泣き腫らすお前の顔は見ものでしたよ、ホヒッホ!」

「……外道めが」

 

 ありありと想像できるその光景に、ルークが低い声で殺気を放つ。

 

 一瞬体を震わせたが、しかしチュデルキンは一層勢い付いてまくし立てた。

 

「どこぞのクソ田舎から連れてこられたお前は、まず二年間修道女見習いとして育てられた。生活規則の抜け穴を見つけて、セントリアの夏の祭りを見物に行くようなおてんばな娘でねぇ。それでも一生懸命頑張れば、いつかはお家に帰れると信じてたんですよねぇ」

 

 でも!と、強調するように声を跳ね上げ。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわきゃァねぇんですよゥ! 十分に神聖術行使権限が上がったところで来ました強制シンセサァァアイズ! 二度とお家に帰れないと知った時のお前の顔と言ったら……もう、そのまま石に変えて、アタシの部屋に永遠に飾っておきたかったくらいですよォウ!」

 

 

 

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。


次回…凍りついた心の騎士。


お楽しみに。
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