ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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ライオットのリメイク版です。


【挿絵表示】



ここら辺のストーリー、良いものが多すぎてなかなか削るに削れない。


というわけで、楽しんだいただけると嬉しいです。


青薔薇の騎士

 

 

 

 

 心の底から楽しそうに笑う外道に、キリトが横でふるふると剣を握る手を震わせた。

 

 情報を聞き出すという目的さえなければ、ルークも抜刀するままにその首を刎ねていたかもしれない。

 

「……お前、今妙なことを言いましたね。()()シンセサイズと。まるでそうでないシンセサイズの秘儀があるようではないですか」

「ホ、ホ。意外と耳ざといですねぇ。ええ、その通りですよゥ? 六年前のお前は、通常のシンセサイズに必要な内緒の術式を唱えることを頑として拒みましてねぇ。全く生意気なクソ餓鬼でしたよゥ」

 

 気丈なアリスならばそうするだろうと、ルークには容易に納得できた。

 

 だが、それを存分に嘲笑ったのだろうその男は、ニヤニヤと笑いながら話を続ける。

 

「仕方がなく、自動化元老どもの任務を一時停止して、三日三晩かけてオマエのだぁーいじなものをこじ開ける術式を唱えさせたんですよォ! 手間はかかりましたが、お陰で滅多に見れない見世物をじっくりと見物できましたよ、ホォッ、ホォッ!」

 

 よく回る舌だ、と体と頭の継ぎ目を見定めながら、ルークは冷たく思った。

 

 過去、これほどまでに嫌悪し、殺したいと思ったことはなかった。

 

 今すぐ、自分の大切な幼馴染を辱めたこの肉ダルマを細切れにしてやりたい。そんな暗い考えが頭を支配しそうになる。

 

「何を隠そう、シンセサイズの秘儀の第一段階が完了したお前を、最高支配猊下の部屋にお連れしたのもこのアタシなんですよぅ? 残念ながらその後は拝見させてもらえませんでしたが、アタシャ今でもあれを肴に一晩飲みあかせますよ、ホヒッ、ホヒヒィッ」

 

 しかし、ふと眉を顰めた。

 

 

 

(こいつ、何をこんなにべらべらと話している?)

 

 

 

 いくら剣を突きつけられているといっても、ここまで饒舌に話すのは不自然だ。

 

 何か企みがあり、これはその前触れなのではと、注意深くその動向を観察する。

 

「……元老院チュデルキン。お前も同じように、最高司祭様によって何処からか連れ去られ、本来の自分を奪い去られたのかもしれません」

 

 静かな、一見平静とも思えるような声で、アリスが肩から力を抜く。

 

 そうすると、固く握り締めていたチュデルキンの襟首を手放し──

 

「ですが、貴方は十分自分の境遇を楽しんだようです。──ならば、もう悔いはありませんね」

 

 落ちてきた体を、《金木犀の剣》で刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 それはあまりに自然な動作で、止める暇もなかった。

 

 目を見開いたチュデルキンの手足が、ぐったりと垂れ下がる。

 

 俯いた姿からは、一見してその天命を一息に削り切られたように見えた。

 

 が。

 

「待て、アリス! そいつは──」

「──っ!?」

 

 その〝音〟を聞きつけたルークが、警告を飛ばそうとした瞬間。

 

 

 

 貫かれたチュデルキンの体が、大きく膨張した。

 

 

 

 アリスが、キリトが目を見開く中で、パンパンに張り詰めたその体が勢いよく破裂する。

 

 飛び散ったのは真っ赤な血──ではなく、部屋全体を覆い尽くすような大量の煙。

 

 瞬く間に視界を覆い尽くしたそれに、三人は咄嗟に口元を抑える。

 

 

 

 ──キィン

 

 

 

(っ、そこっ!)

 

 

 

 聞こえた音に従い、片手で《白竜の剣》を抜刀する。

 

 鋭いその一撃は、しかし獲物を捉えることはなく、反対側からやってきたもう一つの刃に当たった。

 

「いっ!?」

「づっ!?」

 

 同じように剣を振り抜いていたキリトが顔を歪ませ、互いの攻撃の衝撃で尻餅をつく。

 

 

 

「ホホォーッ! 術だけが武器だと思ったら大間違いですよォ、バーカバーカ!」

 

 

 

 赤煙の中で、心底から馬鹿にするような声が残響する。

 

 ルークは苛立ちに任せて翼を大きく広げ、力一杯羽ばたいて煙を消し飛ばした。

 

「奴は!」

「いない……!?」

「いえ、あれを!」

 

 地面に散乱した服の切れ端を眺めていると、アリスが鋭く声を飛ばす。

 

 彼女の示す方向を見ると、衣装棚のひとつが横にずれて穴が姿を現していた。

 

「チッ、逃げたか!」

「追うぞ! ここで奴を逃すと厄介だ!」

「くっ、心臓ではなく頭を刎ねるべきでしたか!」

 

 揃って失態に声を上げながら、チュデルキンの消えた穴へと近づく。

 

 

 

 

 

 あの小男の体格に合わせたのだろう小さな通路は、自分達が通るには中々難しそうだ。

 

 ルークは〝耳〟を使い、伏兵の類がいないことを確認してから先頭で中へ入る。

 

「狭っ……」

「頭をぶつけないように」

 

 後ろでガリガリと鎧や鞘をぶつける二人の気配を確かめながら、薄暗い前方を見た。

 

 どこまで続いているのか分からない中、翼の片方を盾のように体の前に置いて歩む。

 

 しばらくの間、膝立ちでの行軍を余儀なくされたが、やがて普通の規模の通路に出た。

 

 目の前にある上り階段を、改めて確認してから駆け上がっていく。

 

 

 

「システムコォオォオオル! ジェネレート・ルミナス・エレメントオォオオォオ!!」

 

 

 

 光が差す階段の頂上から、金切り声が木霊する。

 

 聞き慣れた素因系術式の詠唱。ここからいかなる攻撃術にも発展するだろう。

 

「お前ら、俺の後ろから出るなよ!」

「階段が終わる!」

「不意打ちに気をつけて!」

 

 各々が警戒を促しながら、ついには三階層分はあるかという階段を走り抜け。

 

 そして、ついに限りなく最上階に近い場所──カセドラル九十九階層へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 頭上に壁が現れ、反射的に体をかがめて転がるように外へ出る。

 

 

 

 

 

 

 すぐに体勢を立て直し、後ろの二人を守るために翼を全開にしながら剣を構えた。

 

 しかし、炎の嵐が襲ってくることも、氷の雨が降ることもなく。

 

「……誰も、いない?」

 

 一定の間隔で配置された明かりに照らされた、円形の室内を見渡す。

 

 見事に殺風景なその空間には、チュデルキンはおろか人の一人も存在しなかった。

 

「ルーク!」

「なぜ勝手に一人で前へ出たのです! 危険でしょう!」

 

 遅れて、床板の一枚を剥がした通路から出てきたキリト達がルークを叱る。

 

 ゆっくりと立ち上がった彼は返答せず、油断のない目つきで部屋を観察した。

 

「……チュデルキンはここにはいない。どうやら別の場所に逃げおおせたようだな」

「お前、話を……いいえ、もういいです。それよりも、ここは……」

「なんていうか、空っぽだな」

 

 二人も部屋の中を見渡し、もぬけの空な様子に期待はずれといった顔をした。

 

 その直後、アリスがふと何かに思い至り、眉をひそめる。

 

「……私、ここを覚えています」

「えっ!? そ、それは確かか!?」

「……具体的に、いつのことだ」

「六年前……過去の記憶を全て失った状態で目覚めた私は、ここで最高司祭様に会ったのです。横たわる私に、あの方は仰りました……目覚めなさい、神の子よ、と…………」

 

 何とも仰々しい、儀式めいた台詞だ。

 

 胡散臭さのにじむアドミニストレータの言葉を鼻じろみ、彼女がいるであろう上階を見上げる。

 

 そして。床と同じ様に大理石で作られた天井のある場所に、小さな丸穴が開いているのを見つけた。

 

「おい。もしかして、あそこから上に昇ったんじゃないか?」

「何? ……あ、あんなところに穴が?」

 

 二人は続けて、その穴の下に位置する部分を見る。

 

 すると、それまでは壁などに目がいっていたために気づかなかったものがあった。

 

 五十階層から八十階層までを繋げていた昇降盤。それを小さくしたようなものがあったのだ。

 

 

 

 

 

 ルークとキリトは、アリスへと振り返る。

 

 同じものを見ていた彼女は、口に曲げた指をやり、少し考えた後にハッとした。

 

「……そう、そうです。目覚めた後、ベルクーリ小父様に預けられた私は、下へと向かいました。その時……高司祭様はあの円盤に乗って、上へと……」

「決まりだな。チュデルキンもあそこを通ったに違いない」

 

 そして、これまでの道中で見つからなかったユージオも。

 

 同時にそれは、今度こそ人界最強格の術者である元老長との戦いを意味するだろう。

 

 また……百階層に待ち構えているであろう、最高司祭アドミニストレータとの、最後の決戦も。

 

「キリト。俺は本来、ここに一緒に来るはずだった二人の騎士と一緒にアドミニストレータを斬ろうと考えていたが、そっちは?」

「実は、カーディナルからある武器を預かってる。それを普段は眠っているはずのアドミニストレータに刺して、彼女がトドメを差すっていう手はずだったんだが……」

「……奇襲は、もう無理でしょうね」

 

 チュデルキンが逃げ込んでいる以上、彼女が目覚めていることは間違いないだろう。

 

 ここまで登ってきてしまった反逆者達のことを報告しないはずはなく、寝込みを襲うことはもう不可能となった。

 

 

 

 

 

 

 それ以前に、ユージオの存在がある。

 

 彼が整合騎士にされようとしているのなら、シンセサイズの最後の一手を下すのは。

 

 全てを奪い、偽りの騎士に作り変えるのは……他でもないアドミニストレータなのだから。 

 

「だが、そんな便利な手段があるなら願ってもない。俺が全力で奴を抑える間に、何とかしてその武器を──」

 

 

 

 ──キィン! 

 

 

 

 その時、今度はチュデルキンよりも強く耳鳴りが鼓膜を叩く。

 

 途中で言葉を止めたルークは、弾かれたように天井の穴へと視線を向けた。

 

 その反応で何かしらの異常を察したキリトとアリスも、素早く剣を構え直す。

 

 

 

(なんだ、これは…………この、凍てつくような心意の音は、いったい誰だ?)

 

 

 

 穴の向こうから感じる、聞いたことのない音にルークは警戒した。

 

 彼らの前で、機を待っていたかのように穴から誰かの足が露わになる。

 

 それは、幾度も見た整合騎士の具足だった。

 

「まだ整合騎士が残ってたのか……?」

「いえ……しかし、あれは……」

 

 ゆっくりと空中を滑るように降りてくることで、徐々にその姿が明らかになっていく。

 

 

 

 

 

 六メルはあろうかという天井から、昇降盤の上にその騎士は着地する。

 

 部屋の明かりに反射して、薔薇の衣装が施されている青みがかった銀鎧が、煌めくように輝いた。

 

 靡かせていた濃い青色のマントをゆるりと落とし、片膝をついて落下の反動を殺す。

 

 俯いた顔は、大型の首当てに隠れて見えない。

 

「「────ッ!!?」」

 

 だが。その亜麻色の髪だけは、決して見間違えるはずがなかった。

 

 全身を駆け巡った衝撃に、二人は動けなくなってしまう。

 

 

 

(嘘だ……そんなはずがない。そんなことが、あっていい……はずが……)

(そんな、まさか……ありえない…!)

 

 

 

 激しく動揺する二人と、アリスの前で、ゆっくりと騎士が立ち上がる。

 

 そして、下を向いていた顔をもたげ──氷のような緑の瞳で、ルーク達を睥睨した。

 

 

 

 

 

 そこにいたのは。

 

 

 

 

 

 紛れもなく、他の誰でもない。

 

 

 

 

 

 幼い頃から共に育ち、村を出て、二年間もの間三人で苦楽を共にし。

 

 

 

 

 

 この塔にまで一緒にやってきた──

 

 

 

 

 

「………………ユー、ジオ?」

 

 

 

 

 

 

 

 唯一無二の、幼馴染だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 これは現実ではない。出来の悪い、この世で最も恐ろしい悪夢だ。

 

 

 

 

 

 

 ユージオの姿をしたその騎士を見て、ルークの心はすぐにそう囁いた。

 

 だって、そうしなければ……守るべきはずだった人の一人を、失ったことになってしまうから。

 

 だが理性は分かっている。

 

 記憶を欠けさせ、それによって感情を薄め、鉄のように冷えた心が、冷酷に真実を導き出す。

 

 無機質な瞳で自分達を見つめているあの男こそ、ユージオなのだと。

 

「……ユージオ」

 

 立ち尽くすルークの隣で、一瞬早く心を立て直したキリトが名を呼ぶ。

 

 それは彼の存在を確かめるようなものだったが、一言だってユージオが返答することはなかった。

 

「……まさか……早すぎる」

 

 隣で溢れた独り言に、首を捻るようにして振り返る。

 

 自分ほどではないにせよ、驚きに顔を染めたアリスが見返してきた。

 

「早いって、何がだ」

「儀式の完了が、です。…………ルーク、落ち着いて聞きなさい」

 

 ちらりと、整合騎士の鎧を身に纏うユージオを一瞥し。

 

 少しだけ躊躇う様子を見せてから、アリスはそれを口にした。

 

「お前の仲間は……キリトの相棒は、既にシンセサイズされています」

「……馬鹿な」

「ええ、幾ら何でも馬鹿馬鹿しい。ユージオが小父様と剣を交えてから、1時間と経っていないはず。こんな早さで騎士にされるなど、ありえません」

 

 今更聞かずとも、それはスワロウ達との事前の会話で十分に理解していた。

 

 

 

 

 

 儀式を拒んだアリスは特別長かったが、それでも騎士を作り上げるのには数時間を要する。

 

 緻密に繋がっている記憶を断裂させ、一部を抜き出そうというのだ。いかに神でも慎重に行わざるをえない。

 

 だからこれは幻の類か何かで──そんな風に思い込もうとするルークや、キリトの心を、無情にその音が否定する。

 

 

 

 ──ィイン

 

 

 

 聞こえてしまう。

 

 かつては、常に誰かを包み込むように吹雪いていたその音が。

 

 今は、まるで毒の蜜のような薄紫色の薄氷に覆われて、完全に凍りついてしまった。

 

「俺は……俺は、また、守れなかったのか…………」

「ルーク? しっかりしなさい、ここで貴方が狼狽えてどうするのです!」

「俺は、俺は…………ぁぐっ!?」

「っ!?」

 

 頭が割れるような痛みが走り、その場で膝をつく。

 

 

 

 

 

 ドグッ! ドグッ!! ドグッ!!! 

 

 

 

 

 

 また、心臓が酷く痛む。使命を果たせなかった自分を、自分自身で罰するように。

 

 ついには《白竜の剣》を取り落とし、苦しげに呻くルークに、アリスは僅かに狼狽した。

 

「俺は……オレは……お……れは…………」

「これは……! ルーク、お前は自分に何をしたのです!?」

 

 それが外的なものではなく、ルーク自身の中で起こっているものだと察したアリスは叫ぶ。

 

 それを見て、同じように動揺していたはずのキリトは──ぐっと表情を引き締めた。

 

「──アリス。ルークを頼む」

「何を………いえ、そうでしたね。お前は、整合騎士に本来の記憶を取り戻させる方法があると言っていました」

 

 その背中の語らんとすることを理解したアリスは、納得して頷く。

 

 黒い後頭部が下へ傾き、垂れ下がっていた右手の剣をユージオへと向けた。

 

 そこでようやく、ハッとしてルークは弱々しく手を伸ばす。

 

「ま、待て、キリト……だめだ……それだけ、は…………」

「……そこで見ててくれ、ルーク。この世界ではいつまでもお前に頼りっぱなしじゃないって、俺もやるときはやるって証明してやるよ」

 

 少しだけ振り向き、ニッと横顔に不敵な笑みを貼り付けたキリトに、ルークは何も言えない。

 

 そんな彼に、キリトは今一度アリスへアイコンタクトを送ってから、相棒へと歩き出した。

 

 

 

(そうだ。何もユージオは、記憶や人格を破壊されたわけじゃない。ただ、封じ込められているだけなんだ)

 

 

 

 フラクトライトのたった一箇所、その断片を奪い去られてしまっただけ。

 

 それさえ取り戻せば、あとはカーディナルに処理してもらって、元のユージオに戻せる。

 

 ならば今はすべきことをしようと、一歩一歩着実に彼へと歩んでいく。

 

 

 

 

 

 ふと、先ほどああ言った意味を考える。

 

 自分がそうせずとも、圧倒的な攻撃力を誇るアリスの《完全武装支配術》を使えば一瞬で終わる。

 

 いかにユージオが整合騎士にされてしまったといえど、剣もないように見える今なら確実だろう。

 

 

 

(でも、それじゃあまりに酷だ。記憶を失った幼馴染同士を戦わせるなんて、俺にはできない)

 

 

 

 それは何も、ユージオとアリスにばかり当てはまるのではない。

 

 今、膝をついて自分の背中を見ているだろう、もう一人の親友。

 

 彼にだけは、この重荷を背負わせたくはなかった。 

 

 カーディナルの前で考えたように、彼はキリトにとって兄のような存在になりつつある。

 

 自分やユージオ、他の誰かを常に案じている。人を想い、純粋に己が身を投じる彼の姿はいつだって眩しかった。

 

 そんな彼は、いよいよ自分のことなど見限って、あんな風にまでなってしまったのに。

 

 

 

(きっと、今のルークは自己崩壊を起こしかけている。彼がアリスと同じように、この世界の住人らしからぬ強い自我と判断力を持っているからと言って、自分が守ろうとした相手を傷つけることには耐えられないだろう)

 

 

 

 もしもルークが、自分の感情と現実の板挟みになり、受け入れられなかった時。

 

 以前、現実世界で菊岡達に見せられたある実験──心的論理の矛盾による、人口フラクトライトの強制崩壊が起こるだろう。

 

 これまで多くのUW人を見てきて、キリトはその推測の確実性を確信していた。

 

 ならば、ただ心が痛むだけで死にまでは至らない、この世界の人間ではない自分がやらなくてどうするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思いを胸に、キリトは毅然とした面持ちで歩き続けた。    

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 十メル以上離れた場所から、ユージオを正面から見て、語りかける。

 

「ユージオ」

 

 三度目の呼びかけ。

 

 しかし、やはり答えは返ってこない。

 

「俺が解るか? お前の相棒、キリトだ。この二年、ずっと一緒にやってきただろ?」

 

 連ねた言葉は、眉一つ動かさない騎士に届かない。

 

「ごめんよ。君のことは知らない」

 

 やはり無駄か……キリトがそう思った時、ようやくユージオが口を開いた。

 

 氷のように冷たい声。やはりその魂まで凍結されてしまったのだ。

 

 しかし、整合騎士に植え付ける諸々の虚実を教えるには不十分な時間だっただろう。

 

 ならばそこを揺さぶろうと、そう思って。

 

「でも、ありがとう」

「……何がだ?」

「──僕の剣を、持ってきてくれて」

 

 

 

 次の瞬間、不思議なことが起こった。

 

 

 

 急に腰の《青薔薇の剣》が震え、微かな光を帯びたのだ。

 

 驚いて見下ろしたのと同時に、一人でに剣帯からするりと抜けていくと宙を舞う。

 

 そして、あっという間にユージオの手の中に収まってしまった。

 

「な……!」

「心意の腕……!?」

 

 目を瞬かせ、腰に剣を履いたユージオを見る。

 

 後ろで鋭く息を呑んだアリスの発言に、彼を見ながら問いかける。

 

「なんだよ、それ?」

「古より整合騎士に伝わる秘術です。神聖術でも完全支配術でもなく、意志の力だけで物体を動かす……使えるのは小父様を含めて数人と聞きますが」

 

 つまり、騎士になったばかりのユージオが扱えるはずの代物ではない。

 

 それを行使したことに激しい違和感を抱きながらも、黒い剣を握って問いかける。

 

「その剣で、どうするつもりだ?」

「もちろん、君たちと戦うんだよ。それが、あの人の望みだから」

 

 あの人……アドミニストレータの存在を示唆し、冷徹に告げる。

 

 彼がこの場に現れた理由を改めて理解しながら、キリトは食い下がった。

 

「ユージオ。誰かに命令されるまま……自分が何者かも、戦う理由さえもわからないまま戦うのか? お前は、大事な幼馴染を取り戻すためにここまで……」

「戦う理由なんて、どうでもいいんだ」

 

 冷たい一言が、バッサリとキリトの説得を切り捨てる。

 

 どこまでも無情に、無我な顔で、ユージオは答えを告げた。

 

「あの人は、僕の欲しいものをくれるんだ。僕にはもう、それだけで十分なんだ」

「欲しいもの……? それは、アリスよりも大切なものなのか?」

 

 一瞬。ユージオの瞳に、波が生まれる。

 

 その視線がキリトを超えて、動こうとしているルークを諌めるアリスへ向かった。

 

 けれど、すぐに目を背けるようにして頭を下げる。

 

「知らない。知りたくない。君のことも、誰かのことも……嫌なんだ、もう……」

 

 そこから先は、キリトには聞き取れないほどの小さな囁きだった。

 

 なんとか理解しようとするよりも前に、少しだけ俯いていたユージオは顔を上げる。

 

 再び無になったその佇まいで、右手を《青薔薇の剣》にかけると容赦無く引き抜いた。

 

「これ以上君と話すことはもうないよ。戦おう、その為に君達もここまで来たんだろう?」

 

 やむなく、キリトも黒い剣を両手で握ると、足の位置と重心を確かめ始める。

 

「……ユージオ。お前は覚えていないだろうけど、お前に一から剣を教えたのは俺だ。師匠として、まだ弟子に負けてやるわけにはいかない」

 

 そう宣言する言葉の中には、どこか緊張とは別のものが入り混じっていた。

 

 キリトの胸中にあるのは──そう、いつかこの日が来るという予感がやって来た、喜びだ。

 

 そんな、少し場違いな闘志を胸に。ユージオと重なるような動きで、共に剣を構える。

 

 

 

 

 

 

「「ハァアァア────ッ!!」」

 

 

 

 

 

 そして、一秒後。

 

 

 

 

 

 ソードスキルの光を纏った剣を手に、二人の剣士は走り出した。

 

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

ルークの見せ場は次回です。

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