ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
今回、また見せ場の一つです。
楽しんでいただけると嬉しいです。
──何を間違えたのだろう?
ゆっくりと、まるで時間が引き延ばされたように離れていく黒い背中と。
それに向かってゆく、白銀の鎧に身を包んだ騎士。
二人の姿に、疑問を抱く。
この恐ろしく、とても耐え難い現実のどこか一端に、自分の罪があるのなら。
それはどんなものなのだろうと、霞む視界の中で必死に答えを探す。
彼らを置いて、一人牢を脱してしまった事だろうか。
剣に身も心も捧げ、彼らとの思い出の多くを捨ててしまったことだろうか。
それとも、《雲上庭園》で先にユージオを行かせたこと?
強い心を持つはずの彼が、シンセサイズの秘儀などというものを受け入れてしまった理由に気付けなかったこと?
はたまた──あの時、彼らと共に村を出たその瞬間から、間違いが始まっていたのか?
その答えは、ルークにはわからない。
彼はユージオではなく、彼の誰より近くにいただろうキリトでもない。
そして、彼らが互いを慕い、相棒と呼ぶような間柄でもなく。
彼はただ──ずっと、傍観者だったのだ。
「「ハァアァア────ッ!!」」
ついに時間が動き出し、裂帛の叫びと共に二人の剣技が炸裂する。
その動きは全くの同一。鏡合わせのようにして、漆黒と白銀の刀身が衝突する。
腰の動き、体重、剣の重さ、そして秘奥義の力が付与された、力強いキリトの一閃。
これまでに何度も見たその一撃は、しかし重い鎧を纏うユージオも全く劣らなかった。
整合騎士となったことにより、ユージオは冷たく凍った心意の力をむしろ強めていたのだ。
その意志の力と……何より、ずっと見ていた、彼の密かで愚直な修練が、その一撃を生み出した。
「ユージオ! どうしてシンセサイズの秘儀になんか負けちまったんだ!」
「…………」
至近距離で鍔迫り合いを行いながら、キリトが訴えかける。
先の言葉の通り、もう話す気がないのかユージオが引き結んだ口を開くことはない。
「お前が剣の修行をしたのは……ルーリッドを三人で旅立って央都セントリアを目指したのは、大事な幼馴染を、アリスを取り戻す為だろう!?」
秘奥義の緑の光、その向こうでユージオの瞳がまた一瞬揺れる。
輝きを失った、鏡のような瞳がアリスを写して……次に瞬きした時には、もう消えていた。
次第に秘奥義の光が消えていく。
完全に消失した瞬間、大きく剣が弾き合い、二人はその勢いに任せ後退する。
一拍の後、再び固く剣を握る音がはっきりとルークには聞こえた。
「おおッ!」
「……ッ!」
片や、大きく開いた口から雄叫びを。片や、鋭い呼気だけで。
二度目に踏み込んだキリトとユージオが、激しい剣戟を始めた。
「…………な、んで……」
どうして、こんなことになってしまったのか。
答えがないと知ったはずの問いかけを、胸の中で自分に投げる。
何故、ユージオはその心をアドミニストレータなどに明け渡してしまったのだろう。
これほどの超短時間でのシンセサイズをされたということは、抵抗しなかった確率が高い。
だとすれば、ユージオが手放しただろう最も大切な記憶──それは、何だというのか。
(決まっている、はずだ。あいつは、ずっとアリスを追い求めていた。彼女こそが、ユージオにとっての光だったはずだ)
そのはずなのに、目の前にいるアリスに全くと言っていいほど反応を示さない。
心は固く閉ざされ、そこに空いた大きな穴に何が、あるいは誰がいたのか。
もう、ルークには分からなかった。
「ルーク。あまり気に病みすぎるのはやめなさい。彼の状態は全て、最高司祭様による非道な行いの結果なのです。貴方に責任があるわけでは……」
手甲に包まれた指越しに伝わる、悔しげなルークの震えに、アリスは声をかける。
だが、ルークは小さく左右にかぶりを振る。
男にしては長い髪に隠れて、その横顔に浮かんだ表情は見えなかった。
そんな彼らの前で、キリトは幾度となく全力に近い力で黒い剣を振るう。
全く同じ速度で斬撃が返され、鍔迫り合いの状態に持ち込まれた。
「……ユージオ。俺とお前は、一度も本気で戦ったことがなかったよな」
「…………」
「俺はルーリッドの村を出てからこれまで、何度も考えたよ。俺とお前、本気で剣を交えたらどっちが勝つのか、ってな……正直に言えば、いつかお前には追い抜かれるだろうって、そう思ってた」
言い募るキリトの言葉を、ユージオはじっと光のない瞳で見ている。
その中にある本来の彼に届く前に、言葉が遮断されているような気がした。
それでもと、キリトは言葉を重ねた。
「でも、今はまだその時じゃない。俺のことも、ルークのことも。アリスや、ティーゼやロニエ、誰のことも忘れてしまった今のお前じゃ、俺には勝てない。それを証明してやる!」
言い終えるのと同時に、キリトは目一杯の力を込めて剣を引いた。
力のかける先を失ったユージオが僅かに姿勢を崩し、それを引き起こした彼の体も後ろへ傾いた。
「キリ──ッ!」
大きな隙に、思わず名前を叫ぼうとする。
しかし、倒れていく体を支えられていない両足──その右のつま先に光が灯るのを見て口を噤んだ。
アインクラッド流体術、《弦月》。
どこまでも実践的な弟分の剣技は、一瞬の隙も機会に変えるのだ。
自分の顎めがけて迫る足先に、相も変わらず冷徹な顔のまま、ユージオはブレた体を捻って躱そうとした。
しかし、一瞬遅い。前へズレた上半身では、それを回避することは困難だ。
「ッ──!」
故に、ユージオの対応の変更は素早いものだった。
避けることを諦めると手に力を込め直し、横からキリトの足を剣で殴りつけようとしたのだ。
「くっ!」
機敏に察知したキリトも、即座に修正を始める。
一瞬足の勢いが緩み、ユージオの剣の柄頭が空を切ったところで、その籠手に蹴りを入れた。
激しい音が鳴り、甲高い音を立てて右腕が上へと弾かれる。
手の中からすっぽ抜けた《青薔薇の剣》が天井へ向けて宙を舞い、切っ先が大理石に突き刺さる。
無防備になった青薔薇の騎士へ向けて、転倒から素早く立ち上がったキリトが追撃を仕掛けた。
(──痛い)
ルークは、また締め付けるように収縮した心臓を押さえた。
目の前で、幼馴染達が戦い合っている。何の正当性もない戦いを強いられている。
心を閉ざした幼馴染は、植え付けられた忠義のために。
時に優しい幼馴染は、こうして這い蹲っている自分を慮り、その代わりに。
(ああ、痛い。心が、痛くて、痛くて──この心臓を、抉り出してしまいたい)
何もできない、酷い無力感に苛まれる。
これほどに自分の身を呪ったのは、あの日以来ではないだろうか。
苦しむルークに、だが試練を与えるように、頭の中である二つの考えが鬩ぎ合っている。
(二人を、今すぐ止めなくては)
──あの騎士は、もはや俺の愛する者ではない。大義の為に、斬り捨てろ
(ユージオを、取り戻さなくては。キリトに、相棒を傷つけさせてはいけない)
──時間が惜しい。今すぐユージオを倒せ。何、加減して心意を斬れば封じ込められる
(何か、何かないのか。俺が、俺があいつらを守れるような、そんな方法は)
──斬れ。あの凍りついた魂を、斬ってしまえ
「………………黙れ」
「ルーク……?」
キリト達の戦いを静観していたアリスは、ふとルークを見下ろす。
聞き逃してしまいそうな小声で何か呟いたような気がするが、変わらず俯いたままでいる。
(俺は、ユージオを斬らない。たとえその手段があったって、それだけは許さない)
二度と幼馴染を傷つけてなるものかと、あの日に誓ったのだ。
だから、それがどんなに楽な手段で、一瞬でこの事態を潰すことができるとしても。
剣を向けることだけは、ありえない。
──ならば、どうする? この切迫した状況で、お前は彼らに何をしてやれる?
試すように、
これまでの人生を費やして鍛えた剣技は、使わない。
傷つける恐れと為すべき使命に苦しめられ、声を張り上げることもできない。
何もかもを放棄し、雁字搦めで、どうしてルークのような偽善者に何かできると思えるのだ。
(それでも、俺は。あいつらを守りたいんだ。傷ついてほしくないんだ)
これが、どんなに傲慢で、自分勝手で、我儘でも構わない。
それを罪と言うのなら、壊れかけた
だから、何でもいい。どんなに巫山戯た、人が聞けば呆れるような、稚拙な策でもいい。
何か、何か、何か────ッ!
(────あ)
その時。
ボロボロになった記憶の棚から、一つの答えが転がり落ちてきた。
あれは、そう、ずっと昔のこと。自分達が六歳か七歳の頃だ。
いつもの待ち合わせ場所に行くと、珍しくキリトとユージオが喧嘩していた。
その理由は覚えていないが、剣呑な雰囲気で睨み合っていた二人を何とかしようと思ったのだ。
ルークは、子どもらしい悪口で言い争っている二人に向けて踏み出し──
「…………は、ははっ」
「……? ルーク、どうしたので……」
「そうだ。俺はいつも、そうしてきたじゃないか」
ようやく顔を上げたルークの、髪の間から垣間見えた金眼にアリスはゾッとする。
思わず両肩を押さえる力を緩めると、するりと彼は抜け出して立ち上がった。
《白竜の剣》を拾うこともせず、その背の翼を最大まで広げる。
大きなその背中が、アリスにはとても儚い幻のように見えた。
「アリス。あいつらを、頼む」
「ルーク? 貴方、一体何をしようと……」
「大丈夫。たとえ記憶がなくても……きっとお前は、昔みたいに二人を引っ張ってやれるさ」
振り返って見せた口元に、笑みを浮かべて。
薄々、何をしようとしているのかをアリスは理解してしまった。
その可憐な声が制止の言葉を形作る前に、ルークは大理石の床を蹴る。
そうすると、まっすぐに彼らのところへ飛翔した。
ぐんぐんと離れていくその背中に、アリスが無意識に手を伸ばす。
何かを叫んでいる彼女を、置き去りにして。
ルークは、ただ静かな微笑みを浮かべたまま。
今まさに、秘奥義を繰り出さんとしているキリトとユージオの間に飛び入った。
「な──!?」
「っ────!?」
目の前に現れ、両手を広げたその姿に、二人ともが息を呑む。
キリトが咄嗟に剣を止めようとするが、システムアシストの働いた一撃は既に中止できず。
初めて驚いたように目を見張ったユージオも、気がつけば勝手に腕が同じことをしようとして。
だが、二振りの光はとどまることを知らず、吸い込まれるように──
ザンッ。
──その体を引き裂いた。
赤と金の入り混じった鮮血が、激しく宙を舞う。
その様が、キリトの目には酷くスローモーションに見えた。
またそれは、視覚だけではなく剣を握る触覚にも作用しているようだった。
ソードスキルによって大幅に威力と切れ味を増した自分の剣が、その背中を豆腐のように容易く切り裂き。
翼の片方を斬り飛ばして、背中の肉や骨までもを断ち切る鈍い感触が、はっきりと指の先まで伝わった。
「あ…………」
目を見開いた時には、全てがもう終わった後だった。
片手剣単発技《スラント》を振り切った姿勢のまま、傷口から弾けた血を間近で見る。
遅れて、ぬめりとした刀身に付着したそれの感覚を得た。
「え──……」
それはどうやら、氷の騎士となったユージオも同じだったようだ。
両手剣単発技《アバランシュ》を発動していた彼は、自分が斬ったものに瞠目している。
宙を舞う片翼が覆い隠していたその顔が、はっきりと見えた。
とても長い刹那の後には、現実がやってくる。
二人は、唖然として自分達の一撃を受けたその人物を、それぞれ正面と背中から見た。
どちらともを庇おうとしたのか、両腕を大きく広げている。
二人より頭一つ分高く、筋肉質な体は、互いを確実に傷つけるはずだった一撃を受け止めるのには十分だった。
だというのに。数秒経っても、その体が崩れ落ちることは──
「ゴッ…………プ…………ッ」
「ルークッ!!?」
「ッ、ぁ…………」
黒い剣を取り落とし、ぐらりと揺れたルークの体を慌てて受け止める。
常人の倍はあろうかという重みはキリトの細腕では耐えられず、下敷きになることしかできなかった。
それを見て、目を見開いたままのユージオは数歩分後ろへ後ずさる。
「ルークっ!! おい、しっかりしろ!」
「ガハッ……ゴホッ……ぎ…ぁ…………」
「キリトッ!!」
「アリス! ルークが!」
「動かさないで! 傷口が開けばそれだけ天命が失われます!」
猛烈な勢いで走ってきたアリスが、膝を痛めるのも構わず激しい動きで跪く。
早口で術式を唱えると、両手の指の全てに光素を生成して治療を行おうとした。
「馬鹿野郎っ! なんでこんなことしたんだよっ!」
服を、両手を濡らしていく二色の血液を抑えながら、キリトは思わず叫ぶ。
先ほどの一撃は、ユージオの天命を一発で削り切るほどのものでないにせよ、かなり強力だった。
そこにユージオの一撃も加われば、それこそ天命を全て奪ってしまうほどの力を十分に生み出せる。
それが分からないはずはないのに、どうして飛び込んできたのか。
怒りと悲しみ、焦燥がないまぜになった感情に引っ張られ、涙さえ滲んでくる。
歪んだ表情で見下ろすキリトに、ふっと血まみれの顔で笑う。
「こうでも……しな、いと……お前、達…が……傷つけ……あった、だろ…………」
「喋らないで! 全くお前は、話に聞いていた以上の大馬鹿者ですね!」
「は、は……久し……、ぶりに……アリスの説教…………聞い、ガハッ!」
「ルーク!」
血を吐いたルークの手を、思わず握る。
荒く浅い呼吸を繰り返しながら、ルークは胡乱な瞳である方向を見た。
そこには、大きくショックを受けて立ち尽くしているユージオがいる。
「な、ぁ…………ユー、ジオ。お前が、さ……何に、悩んで、たの……か……ケホッ……分かって、やれ……なくて……ご、めん、な」
「…………っ!」
「いつも、そうだ…………俺は、肝心な、時に……いつも、お前らを……傷つけ、ちまう……」
弱々しく言うルークに、キリトとアリスが大きく目元を歪めた。
ユージオも、自分では理解できない強い衝動にかられ、ようやく口を開く。
だが何も言えず、その間にもルークは血を垂れ流しながら話し続けた。
「でも、さ…………それ、でも……お前らには…………笑ってて、ほしいん……だよ…………」
「ッ…………」
「俺が……自分を、捧げて……お前らが……幸せに…………なれるなら…………それで、いいんだ……」
そう言って笑う顔は、心底から嬉しそうなものだった。
自分がこの選択をしてよかった。そう言いたげな顔に、キリトは声を荒げる。
「違うっ、違うよルーク! お前はいつも俺達のために戦ってくれた! 傷つけられたことなんて一度もない! それはユージオだって、他のみんなだってそうだ!」
「結局……自分の、ためさ…………俺は、最初から、最後……まで…………俺のために、戦ってたんだ……」
だから、後悔なんてこれっぽっちもない。
今、こうして命が体から零れ落ちていく空虚さが心地よくさえある。
ずっと恐ろしかったこの報いを受け入れてでも、叶えたい望みがあるから。
「なあ……ユー、ジオ…………帰ろう、四人……で」
「──ッ、ぁ、ルー……」
「キリトも……アリス……も……お前も、他でもない…………俺の、大切な、人……愛して、いるんだ…………」
不意に、その右手が小刻みに震える。
キリトが驚いてそちらに顔を向けると、ルークはゆっくりと右腕を持ち上げた。
そうするだけで、残り僅かな力はどんどんなくなっていく。
歯を食いしばったアリスが懸命に治療を続けても、天命の減少は完全には止まらない。
その最後の力を、振り絞って。
「……ユージオ。そんな鎧は、脱いで。みんなで…………ルーリッドに……帰ろう……ぜ」
自分に差し出された白い手に、ユージオは限界まで目を見開いた。
──キィン
「っ、ぐ…………!」
突如、頭を貫くような痛みを覚えて額を抑える。
苦痛に瞳を歪め、それを抑えようときつく瞼を閉じた。
すると、裏側に一つの光景がぼんやりと浮かんでくる。
『そこまでだ、二人とも!』
『『ルーク!』』
『二人とも、なんだってそんな喧嘩してるんだ。いつも仲良くがお前らの醍醐味だろう』
『聞いてくれよ! ユージオがいくら言ってもわからずやなんだ!』
『キリトの方こそ! 何回同じことを言わせるんだい!』
『まあまあ、一旦落ち着けって。まずは訳をだな……』
『ルークはどっちの味方なんだよ!』
『ルークはどっちの味方なの!?』
『え、ええ……』
幼い自分と、キリトの間に割って入った灰色の髪の少年。
同い年らしからぬ大人びた曖昧な笑みを浮かべて、詰め寄る自分達に困っている。
とても懐かしく思えるその光景に、目を開いたユージオは眉を顰めた。
「く…………」
「みんなで……一緒に……故、郷…………へ………………」
「ルーク! ダメだ、死ぬな!」
「目を閉じることは許可しません! 起きなさい! 起きてっ…………
ルークの手が、落ちた。
蠢いていた片翼も床の上に広がり、強張っていた体から力が抜けていく。
何度も必死に呼びかけるキリトとアリスの声に応えることなく……彼は、そっと目を閉じた。
心臓の音が、消えていく。
それに伴い、キリト達の声も徐々に尻すぼみになって、やがて途絶えた。
後には静寂だけが残り、しんと痛々しい空気が空間に満ちる。
「…………ユージオ」
「ッ」
その中で、ぽつりと響いたひどく低い声に、ユージオは息を呑んだ。
咄嗟に身構えようとして──顔を上げたキリトの顔に流れる涙に、動きを止める。
「こんなものが、お前の望みだったのか?」
友の血で濡れた手を、グッと握り締める。
その冷たさを、温かさを手放したくないように、染み込ませるように。
「お前は、俺達はっ、こんな結末の為に、ここまで来たのかよッ!?」
「っ、キリ、ト…………」
その時。ユージオは口の中で、初めてキリトの名前を口にした。
しかしそれには気がつかず、立ち上がった少年は睨みつけながら彼へ歩み寄る。
丸腰だというのに、その剣を振るうこともできず眼前まで来ることを許してしまった。
「あいつはっ、誰より俺達の幸せを望んでたっ! そんな親友を殺してまで、俺達が戦う意味はあるのかっ!? どうなんだッ。答えろ、ユージオッ!!」
その気迫に気圧されて、何も答えることができない。
ただ、震える唇が、睫毛が、瞳が。
自分達がしたことに恐怖しているのだと、ユージオ自身に知らしめた。
キリトから逃げるように、一歩二歩と、よろめくように後ろへ後ずさる。
彼が追いかけてくることはなく、疑問を浮かべた目で睨みつけてくるだけだった。
ユージオはキリト達から離れ続けて、踵がカツンと昇降盤に当たってようやく止まる。
それから何をすればいいのか分からなくて、とにかく何か考えようとした。
────ィイイン
しかし。その場の全員の耳に響いた共鳴に、それは遮られる。
顔を顰めたキリト達は、驚きながら全員でルークを見た。
「な、これは……!」
「ルークの体が……!?」
「ッ!」
彼らの見る前で、ルークの遺体に異変が起こる。
二つの傷口から霜が表出したかと思うと、その体を覆い始めたのだ。
不可思議な現象に狼狽えている間に、あっという間に広がった霜が床を凍らせていく。
ついには近くにいたアリスや、キリトの足までもを凍らせてその場に縛り付けた。
「くっ、どうなってる!?」
「神聖術……いえ、神器の力が暴走でもしているのですか!?」
なんとか抜け出そうとする二人だが、霜は冷たく二人の力を抜いてしまう。
身動きが取れなくなった彼らを、ギリギリ範囲外にいて難を逃れたユージオは見つめた。
「……キリト…………」
「っ!? ユージオ、お前今!?」
その口から紡がれた言葉──自分の名前に、ハッとしてキリトは振り向いた。
その顔を少し光の差した瞳で確かめて、次に目を見張っているアリスを見る。
「…………アリス」
今度こそ、はっきりとその名前が口にされた。
確かな熱を帯びた声に、キリトは今一度ユージオの顔を見る。
分厚い氷に覆われていたような能面は、焦燥と困惑、後悔……そして思慕の入り混じるものになっており。
その微笑みが何よりも、ユージオが自分を取り戻したとキリトに確信させた。
「ユージオ、思い出したのかっ!」
喜色を滲ませた声で、キリトは問いかける。
届いたのだ。自分の言葉と、本気の剣が……何より、決死の行いをしたルークの思いが。
その全てが、彼の中に巣食うアドミニストレータの支配を見事打ち破ったのだ。
そんなキリトに、哀しげに微笑むユージオは剣を白革の鞘へと納め。
そして、一歩下がると昇降盤へ乗り込んだ。
「ユージオ!? お前何をして──」
「……キリト……アリス。どうか僕を、追ってこないでくれ」
そう告げ、呆気に取られた顔をするキリトとアリスから視線を外す。
そしてもう一人……床の上に横たわる、霜に包まれかけた青年に、眉を落とした。
「…………ルーク。本当に、すまない」
昇降盤の表面を、足の裏で軽く叩く。
すると微かな振動を伴い、ゆっくりと小さな円盤は上昇を始めた。
制止するキリト達を最後まで見つめながら、ユージオは昇っていき。
そして、最上階へと消えていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
感想などいただけると嬉しいです。
次回もお楽しみに。