ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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第一部、最終話。



ルークの旅路の果てを、ご覧ください。




楽しんでいただけると嬉しいです。




終幕

 

 

 

 

「急げ! 手遅れになっちまう!」

「…………!」

「この強行軍は、堪えますね……!」

 

 

 

 《霊光の大回廊》から昇降機で上層に上がったライオット達は、今もなお走り続けていた。

 

 その美しさを鑑賞することなく《雲上庭園》を駆け抜け、更には《暁星の望楼》をも通過する。

 

 ついには元老院にまでたどり着いた。

 

「ここを抜ければ──ッ!?」

 

 蹴破るように扉を開き、その勢いのまま中の広間まで突入して。

 

 そこで、延々と神聖術を唱え続けている真っ白な人間たちの棺桶に、言葉を失った。

 

「…………なん、だ……これは」

「…………人、か?」

「……彼らこそが元老。公理教会の法を管理する、無情の監視者達です」

 

 スワロウの感情を押し殺したような言葉に、身の毛がよだつのをはっきりと感じた。

 

 アドミニストレータの残虐さを身をもって味わったバルドでさえ、瞠目している。

 

 

 

(話に聞いちゃいたが、実際に見たら、こんな…………!)

 

 

 

 ふつふつと沸き起こる怒りは、きっと彼らを哀れんでのものだろう。

 

 あらゆる苦悩の果てに反逆の道を歩んできたが、こればかりは悪だと断じることができた。

 

 

 

 

 

 じっと目に焼き付けるように元老を見るライオットの隣で、ふとバルドが別の場所を見る。

 

「……あちらに通路が繋がっているようだな」

「進路はあの部屋の向こうです。急ぎましょう、ライオット様」

「……ああ」

 

 たっぷり十秒間、時間をかけてから返答する。

 

 三人は止めていた足を再び動かし、奥にある通路へと進んでいった。

 

 悪趣味な道化の部屋に顔をしかめながらも、ずらされた棚の裏にある秘密の出口を発見する。

 

 そこから狭い通路を急いで這い進み、階段に出ると一気に三階層の距離を駆け上がった。

 

 薄暗闇に包まれた長い階段の果て、ついに九十九階層へとたどり着く。

 

 だが。

 

「……おい、どういうことだ。どこにも上に繋がるものがねえぞ!」

 

 霜に覆われた広間の中に、ライオットの怒声が木霊する。

 

 周囲のどこを見渡しても、階段はおろか天井に穴の一つすら開いていない。

 

「……行き止まり、か?」

「スワロウ! お前の話じゃ、この上が最上階だったはずだよな!?」

「そのはずです……ありえない。ここにはアドミニストレータの居室に繋がる昇降盤が設置されているはず……」

 

 難しげな顔をしたスワロウは、おとがいに指を当てると深く考え込んだ。

 

 

 

 

 

 ライオットとバルドが、固唾を飲んで彼を見つめる。

 

 十秒、二十秒、そして一分と経過していき、段々苛立ちが増してきた。

 

 

 

(くそっ! あいつがどうなってるか分からないってのに! 何をこんなに悩んでやがる!)

 

 

 

 長い間アドミニストレータに叛意を悟られなかったことから分かるように、ライオットは相当に忍耐強い。

 

 しかし、今回だけはそれが発揮されていなかった。

 

 ルークが使ったのであろうその力が、どれだけ危険なものかを理解しているが故に。

 

「…………まさか、アドレスを遮断した?」

 

 やがて。呟かれた答えは、彼にとっては理解の及ばないものだった。

 

「アドレスって何だよ?」

「空間ごと切り離して全く別の場所へ移した、ということです。カーディナル様が図書館から消えたことを鑑みるに、アドミニストレータが逃さないよう自分の居室を独立させたのでしょう」

「嘘だろ!? それじゃあ俺達は、これ以上上には行けないってことか!?」

 

 考えうる中で最悪の答えに、自然と語気が荒くなってしまう。

 

 スワロウも非常に納得がいかないのか、いつになく険しい表情を消そうとしない。

 

 

 

 

 

 嫌な沈黙が場を包む。

 

 もしかしたら何かが残っていないかと、ライオットは周囲を見回した。

 

 スワロウは再び考え込むようにして僅かに顔を俯かせたまま、黙り込んでいる。

 

「……使者よ。手立ては残されていないのか?」

「………………一つだけ。この状況を打開することができるかもしれない方法があります」

「本当か!」

 

 絞り出すような声での返答に、素早くライオットが反応した。

 

 バルドも口にこそ出さないものの、その銀眼に期待の色を伺わせる。

 

 そんな二人に、「しかし……」とスワロウは何かを迷った。

 

 そのまま三度黙ってしまい、いよいよ痺れを切らしたライオットが大きく口を開く。

 

「待て」

「っ、なんだよ……」

 

 バルドは、無言でライオットを見下ろした。

 

 妙に迫力のある鉄面皮に、渋々ながらも出しかけていた言葉を飲み込む。

 

「…………いえ、ここでこそ使うべきでしょう。ここまで皆様にご助力頂いた上で、この状況で私だけが出し惜しむわけには参りません」

 

 それが功を奏したか、スワロウは何かを決意した顔で結論を出した。

 

 二人の顔を見て「申し訳ありませんでした」と一度頭を下げると、天井を見上げる。

 

「この身は人を救わんがために生み出されたもの。であれば、無意味な骨董品となり果てるより、我が矜持に従うことにいたしましょう」

 

 そう言って、スワロウは両手をそこへと伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

「システム・コール! デピュティー・アドミニストレータ・オーソリティ! エマージェンシー・アクティベーション!」

 

 

 

 

 

 

 

 その術式を唱えた直後、スワロウの瞳に無数の文字の羅列が浮かび上がった。

 

 彼を構成するプログラムであり、アルゴリズムであるそれは定められたコマンドに反応し、起動する。

 

 彼の手の前に何十もの神聖術のコンソールが開き、ライオット達は目を見開いた。

 

「スペイシャル・コーディネート・アイデンディフィケーション! イニシアリゼーション・プログラム! ディスチャージ!」

 

 早口で紡がれる術式に、何をしているのか二人には理解できない。

 

 

 

 

 

 だが、そこにいるのがカーディナルであれは即座に納得したであろう。

 

 彼が使用しているのは、メンタルヘルスケアAIとして付与された力──超限定的な、副管理者権限。

 

 あらゆる観点において、アンダーワールド内にログインした人間の危機と判断された時にのみ使用を許される特殊コマンドだ。

 

 それは同時に、外部の世界に〝危機〟と通告する行為でもある。

 

 故に、主観的感情で、かつ本来の用途でない理由でそれを行使したスワロウは。

 

 最悪の場合、()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 

 

(そうだとしても。この身が四百五十年の時を永らえてきたのは、誰かの心を、命を守るためなのです!)

 

 

 

 長い年月を重ね、蓄積されたデータは、単なるプログラムでしかない彼の中に心を生んだ。

 

 その情動が、あの少年達を救わなければならないと、強く訴える。

 

 論理的には致命的な欠陥であろうその判断を、しかしスワロウは誇りに思えた。

 

 

 

 

 

 強い想いに呼応して、完璧に発動したコマンドはその力を発揮する。

 

 アドレスを切り離された最上階の強制的な座標の解析・特定と、その初期化。

 

 本来であれば数日を要する作業を、超高位権限を以ってして瞬く間に終了させる。

 

 

 

 

 

 

 

 ズゥンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい音を立て、カセドラルが揺れ動いた。

 

 天変地異でも起こったような振動に、ライオット達が大きくバランスを崩す。

 

 持ち前の強靭な足腰で、どうにか転倒を抑えると揺れが収まるまで待った。

 

「っと……今のは一体──」

「──カハッ」

「使者よ!」

 

 疑問の声を上げた瞬間、倒れ込んだスワロウに二人は驚愕した。

 

 慌てて駆け寄り、助け起こすと、激しく咳き込みながらスワロウはなんとか自分の体を支える。

 

「……申し訳ありません。少々、厄介な術を行使しました」

「大丈夫なのか?」

「ええ。今の所は。それよりも、最上階をこちらへ引きずり戻しました」

 

 元より白い顔を蒼白にしながらも、震える指先で天井の一点を指す。

 

 つられてそちらを見ると──いつの間にか、小さな昇降盤が出現していた。

 

「お前……」

「さあ。早く、ルーク様達の元へと参りましょう」

「……へっ。思ったより根性あるじゃねえか」

「お褒めに預かり、光栄です」

「感謝する、使者よ」

 

 二人の言葉に、ニコリと笑って返すスワロウであった。

 

 

 

 

 

 そんな彼にライオットが肩を貸し、立ち上がらせると、昇降盤の方へと歩み寄る。

 

 直近まで来ると、彼らの存在を感知したように音もなく丸い円盤が降下してきた。

 

 地面の穴に収まったそれを見て、覚悟を決める。

 

「……これで昇った先に、アドミニストレータが」

「……気負いがあるか、蒼角の?」

「ハッ。今更怖気付く理由なんかあるかよ」

 

 ニヤリと笑う緋髪の騎士に、炎の騎士も僅かに口角を上げ。

 

 

 

 

 

 

 

 三人は、昇降盤へと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 これまでの戦いの余韻に浸るまでもなく、昇降盤は速やかに最上階へ送り届けてくれた。

 

 

 

 

 

 僅か五秒で到達したアドミニストレータの居室を、ライオット達は遂に目にする。

 

 部屋を支える廊下に視界が塞がれ、それを過ぎた先に見えたものは──

 

「…………何だ、これは?」

 

 予想だにしない、激戦の跡地だった。

 

 無音で床に同化した昇降盤から降りて、ライオットは部屋の中を見渡す。

 

 そして、とても最高司祭の居室とは思えない惨憺たる様に呆然とした。

 

 広大な円形の部屋の至る所には、黄金の剣が半壊して突き刺さっている。

 

 窓は全て粉砕し、炭化した部分の床もあれば金色の液体が染み込みきっていない床もある。

 

 

 

 

 

 何より目を引くのは、壁の一部に同化するように張り付いた、巨大な氷の繭だ。

 

 

 

 

 

 目算で八メルはあろうかという巨大なそれは、中に何かがいるのか規則的に蠢いている。

 

 警戒の意識を持ちつつ、今一度ぐるりと部屋の中を見て……奥に、跪く小さな背中を見つけた。

 

「ありゃあ、もしかして……」

「カーディナル様!」

 

 彼が名前を口にするよりも早く、スワロウが声を張り上げ、腕の中から抜け出していった。

 

 小さな司書姿の人物はそれで気がついたようで、肩を揺らすとゆっくり立ち上がる。

 

 そうして半身だけ振り向き、目元の赤らんだ、幼くも老獪そうな顔つきを見せた。

 

「お主達か。ようやく辿り着いたのじゃな」

「ご無事で何よりです」

「うむ」

 

 目の前まで接近したスワロウは、目立った傷のない賢者の姿にホッとする。

 

 遅れて追いかけてきたライオットとバルドは、ふとカーディナルの足元にあるものに気がついた。

 

 

 

 

 

 目を向けると、そこには一人の少年が横たわっている。

 

 右腕を根本から失い、黒い服に身を包んだ、残る手に折れた水晶色の剣を握る少年。

 

「こいつは?」

「……こやつが、アドミニストレータを打ち滅ぼしたのじゃ。友から、あらゆる愛と、犠牲を背負ってな」

「…………ほう」

 

 今一度、興味深げに少年を見下ろす二人。

 

 目を開いたまま、ぼうっと天井を見上げて指の一本の動かさない。

 

 髪と同じ、その漆黒の瞳は……何故か、光を反射せず、瞳孔のない、鏡のような色をしていた。

 

「おい、どうしたんだこいつは? まるで生気を感じねえぞ?」

「…………色々とあったのじゃよ。とても安易には語りつくせぬ、壮絶で、愛に満ち溢れた、歴史に刻まれる戦いがな」

「その結果でこうなっちまった、ってことか……いや、そうじゃねえ! ルークのやつは!?」

 

 そこでようやく、思い出したように慌てて部屋の中を見渡した。

 

 部屋の状況に衝撃を受け、流されるままに話を進めていたが、一番の目的である人物がいない。

 

 じっくりと一つ一つ、柱の陰から窓の隙間まで、舐め回すように見つけようとする。

 

「……カーディナル様。僭越ながら、事の概要だけでもご説明を賜りたく存じます」

「……アドミニストレータは倒した。元老長チュデルキンもな。じゃが、その後に深刻な問題が起こった」

「と、言いますと……?」

「──あちら側でラースが襲撃を受けたらしい。この世界の存亡と、《A.L.I.C.E》に至ったユニットの簒奪が懸念される」

「なんと……!? では、この世界を……?」

「……いいや、それはせん。もしこの状況で初期化して、襲撃者どもが証拠隠滅にあちらでこの世界のサーバーごと破壊でもしたら、何もかも終わりじゃ」

「しばらくは様子見ということで?」

「うむ…………それに、此奴らが命がけで守った、この儚くも美しい世界を消してしまうのは、どうにも心苦しい」

 

 アドミニストレータの言った通りじゃのう、と、皮肉げに、だが少し安堵したように呟く。

 

 カーディナルの確かなその決定に、ふむと白い使者は声を漏らした。

 

 

 

 

 

 その間、ついぞライオットはルークを見つけることができなかった。

 

 悔しげに歯噛みする騎士に、カーディナルは無言で長杖(スタッフ)をある場所へ向ける。

 

 訝しむ表情でそれを見たライオットは、彼女が指し示す方を見た。

 

 そこにあるのは、音もなく脈動する、氷の繭だけ──

 

「っ────!」

 

 全身を、雷に打たれたかのような理解が襲う。

 

 たった一瞬で、賢者の言わんとすることを察した彼は、猛然とした勢いで繭へと走っていく。

 

 黒衣の少年を背負ったバルドが、やや気遣わしげにその後を追いかけた。

 

「ルーク! ルークっ! 聞こえるか! この中にいるのかっ!?」

 

 繭の前までたどり着いたライオットは、その表面を拳で叩きながら呼びかける。

 

 霜の揺り籠から答えが返ってくることはなく。それでも彼はその名前を叫び続けた。

 

「ライオット。そこをどけ」

「何を言って──!?」

 

 背後からの制止に、怒りもあらわに振り返って。

 

「消し炭になりたくないのであれば、そこから退避しろと言っておるのじゃ」

 

 数十の火球を収束している賢者の姿を見て、慌てて飛び退いた。

 

 彼が術の範囲外に出た瞬間、カーディナルは長杖を振り下ろす。

 

 解放された大火球が、固く閉ざされた堅牢な繭へ隕石のように落下した。

 

 

 

 

 

 凄まじい音を上げ、繭に大火球が衝突する。

 

 見上げるほどの大岩すら一瞬で溶かすだろうその術は、ガリガリと繭の表面を削った。

 

 二十秒ほど掘削を続け、やがて、術を構築する神聖力が尽きて消失する。

 

 残った繭は……何重にも重ねられた防壁の、二、三枚を抉られたのみであった。

 

「むう……これは厄介じゃな」

「…………む」

 

 あまりの堅牢さにカーディナルが唸った、その時。

 

 

 

 オォォォォオオ……! 

 

 

 

 ゴアァアァアアアッ! 

 

 

 

 バルドの纏う赤鎧の炎が、左手に携えた《翁竜の黒盾》が、何かを感じて共鳴する。

 

 それは今までにない強力なもので、バルドは巌のように堅い皺を眉間に作った。

 

 

 

 キィイイイイイイッ! 

 

 

 

 同時に、ライオットの《蒼竜の琴剣》も音を発した。

 

 光り輝く愛剣に、何事かと首を傾げて。

 

 

 

 

 

 ────ピシッ

 

 

 

 

 

 閉ざされた繭から、異音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 誰もが驚き、繭を見る。

 

 小さな要塞の如きその氷塊に、内側から一条の亀裂が大きく走っていた。

 

 歪みの左右からみるみるうちに新たな亀裂が走っていき、全体へと伝播していく。

 

 

 

 ビキッ……バキッ……! 

 

 

 

「いかん! 少し離れろ!」

 

 異常を予期したカーディナルが、鋭く警告を飛ばした。

 

 あらゆる所に亀裂が走り、今にも崩壊しそうな繭の前からライオット達は即座に避難する。

 

 

 

 

 

 彼らが二メルも離れた瞬間──甲高い音を立て、繭は盛大な自壊を果たした。

 

 

 

 

 

 細かく砕け散った霜の破片は空中に散らばり、何かを傷つける前に霧散していく。

 

 白い極小の粒となり、大量に舞い散った粒子が、ある種の幻想的な光景を作り出した。

 

「すげえ……」

「これは、大量のリソースが放出されて……」

「なんと……天命に換算すれば、十数万に匹敵する量じゃぞ……」

「…………!」

 

 思わず見惚れてしまう中で、最初に気がついたのはバルドだった。

 

 粒子の向こう側、繭があった場所に、何かが腕を包み込むような形にして座っている。

 

 遅れて他の三人も気がつき、本能的な反応で身構えてしまった。

 

 

 

 

 

 だが、数秒待ってもそれは動かない。

 

 構えを解き、二人の騎士を前衛にして近づいていくと……それが人型に近い生物であることがわかった。

 

 体長は、折りたたんだ下半身も含めれば二メルと三十センという所だろうか。

 

 ボロ布のような服を纏い、露出した両腕には白い鱗と五本の鉤爪が備わっている。

 

 その腕や翼を使って、二つの巨大な卵を抱えていた。

 

「これ、は…………」

 

 そして。

 

 長い灰色の髪の奥に隠れた顔を見たライオットは、喘ぐように声を漏らす。

 

 他の三人も、同じようにそれを凝視する。

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 人間大の卵を守るようにした、その人と竜の合いの子のような生き物は。

 

 

 

 

 

 

 

 他でもない──ルークの顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 繭の中にいた、ルークの顔をした半人半竜。

 

 

 

 

 

 

 

 否……間違いなくルーク本人だ。

 

「ルーク……なのか?」

 

 恐る恐る、ライオットが語りかける。

 

 だが、ソレは答えを返さない。俯いた顔にある黄金の双眸は光を失っていた。

 

 どうすればいいのか分からず、四人ともが困惑した時、彼の腕の中の卵に変化が生じた。

 

 それぞれ内側から、黄金と青い光を放つと、ボロボロと殻が剥がれ始めたのだ。

 

 みるみるうちに壊れた卵の中から解放されたのは──金髪の少女と、亜麻色の髪の青年。

 

 

 

 

 

 氷に閉ざされていた二人の人間は、不思議な力でも働いているようにゆっくりと床に落ちる。

 

 静かに横たわった少年と青年は、ライオット達の前で微かに呼吸をした。

 

「生きておる、ようじゃの」

「霜が彼らを封じ、同時に守っていたということでしょうか」

「だが、こっちの坊主は……」

 

 青年の方を見聞して、ライオットが顔をしかめる。

 

 全身に切り傷を負った青年は、その腹部が背骨に到達する寸前まで引き裂かれていた。

 

 幸いにも氷の中に臓物は留められているようだが、あと幾ばくもしないうちに命を終えるだろう。

 

 一方で少女の方は、火傷らしき部分に霜が張り付いているのみ。それが逆に炎症を抑えているようだ。

 

 

 

(お前は……この二人を、守ろうとしたのか?)

 

 

 

 壁に背を預けたまま、死んだように動かないソレを一瞥する。

 

 すると、ずっと黙り込んでいたバルドが突然黒衣の少年をライオットの腕の中に預けた。

 

「っと!? 旦那? いきなりどうし──」

「…………」

 

 疑問を投げかけようとして、騎士の横顔に口を噤む。

 

 

 

 

 

 バルドは、ルークの正面に立った。

 

 おもむろに跪いて、上半身をさらに近づける。

 

 そして、伸ばした右手で……霜に覆われた頭を、そっと撫でた。

 

「………………よくぞ、守り抜いた。愛すべきものを、愛し通したのだな」

 

 その声には。

 

 猛るような怒りも、煮え立つような憎悪も、あらゆる負の感情は存在せず。

 

 ただただ、どこまでも純粋に慈しむような──愛するように、温かな感情がこもっていた。

 

「お前は、我の……私の、誇りだ。幾星霜の時の果てに出会えた…………我が、息子よ」

「……………………は?」

「ほう?」

「……やはりか」

 

 大事な子供に、壊さないように触れる不器用な父のように。

 

 何度もその頭を撫でたバルドは、そのうち手を引くと立ち上がった。

 

「──で、あれば。お前の父として、騎士として。私も、為すべきことを為そうではないか」

 

 バルドの言葉には、これまでの三百年の生の中で何よりも強固な意思が込められていた。

 

 あまりの覇気に、先の言葉への驚愕も忘れ、ライオットはその背中に見入ってしまう。

 

 

 

 

 

 バルドは、《翁竜の黒盾》から《赤竜の尾刃》を引き抜くと床に突き刺した。

 

 そして、死にかけている青年──ユージオの傍までやってくると、大盾を籠手から取り外す。

 

 両の手で持ったそれを大きく振り翳し、一思いに床に強く打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「システム・コールッ! 〝エンハンス・アーマメント〟────ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その力が、再び解放される。

 

 部屋全体を揺るがすほどの声で命じられた大盾は、秘められた意思を現出させる。

 

 直径にして五メルの巨大な円環が床の上に展開し、黒光でユージオを包み込んだ。

 

 

 

「叡智を司りし翁よ。財を尊ぶ黒き竜よ。この慈しむべき小さな命を、宝へと変えん────!」

 

 

 

 担い手たるバルドの願いに応え、その竜具は恐るべき力を行使した。

 

 ユージオの体を繋ぎ止めていた氷が、みるみるうちに溶けてゆく。

 

 時を巻き戻すかのように燐光が傷を塞ぎ、癒し、腹部の大穴さえも治してみせた。

 

 だが、それだけでは不十分だ。これほどの損傷を急激に治せば、逆に肉体が壊れてしまう。

 

 

 

 ──キィン

 

 

 

 その時、彼が手の中に握りしめていた小さな結晶が輝きを放つ。

 

 確かにそれを目にしたバルドは、僅かに驚いた後に、肯定するように深く頷いた。

 

 

 

「ぬぅん…………ッ!」

 

 

 

 今一度、大盾で床を強打する。

 

 すると、光の帯が結晶と、更に黒衣の少年が握っていた剣にまで伸びていった。

 

 光が剣を持ち去っていき、そこでようやく、「あ……」と少年が声を漏らす。

 

 手を伸ばした彼に構うことなく、壊れた剣と結晶がユージオの胸の上に並んだ。

 

 

 

「今、全てを一つに…………!」

 

 

 

 三度目に、大盾が床を叩いて。

 

 一際強い光が、その三つを包み込んで輪郭を融かしていった。

 

 輝く塊になった、人と、結晶と、剣が、一つにより合わさり、結合して、新たな形になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ光が収まっていくと、そこにあったのは一振りの剣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 元となった《青薔薇の剣》と酷似した形をしたその刀身の内側に、黄金の筋が伝っていく。

 

 血管のように張り巡らされたそれが鍔に到達し、元から存在した青薔薇と反対の面に黄金の薔薇を咲かせた。

 

 新たに生まれ変わった美しいその剣は、小さく鼓動を放ちながらも下に降りていく。

 

 残っていた鞘がひとりでに浮き上がり、剣を納めて……スワロウが両手を差し出して受け止めた。

 

 

 

 

 

 それと同時に、光の円環が消滅する。

 

 発生源である《翁竜の黒盾》に収束していくと、その上下に刻まれた紋章が色褪せた。

 

 バルドもまた、大きく疲労したように深く息を吐き出す。

 

「…………これが。今の私にできる、精一杯だ」

「よくやったのう。流石は人類最強の騎士と言うべきか」

 

 カーディナルの賞賛に、バルドは小さく頷いた。

 

 その剣……《 青金薔薇(そうきんばら)の剣 》を丁重に扱いながら、スワロウも微笑む。

 

「お見事です、バルド様。盾の支配術では治癒できず、無理に治せば肉体が崩壊してしまうところを、神器と融合させることでその天命回復機能を活用するとは」

「……苦肉の策だ」

「ですが、最善かと。あのまま彼を見捨てるよりは余程素晴らしい判断でしょう。改めてこのスワロウ、心から敬服いたします」

 

 深く頭を垂れ、敬愛を捧げる使者に、バルドは相変わらず能面のような表情をした。

 

 彼にとってこれは、息子の奮闘に比べれば酷く中途半端な行いに思えたのである。

 

 それに、これで数百年間溜め込み続けた、大盾の治癒能力は大幅に失われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 一部始終を呆気に取られたまま見届けたライオットは、ようやく我に返る。

 

 そして、目の前で繰り広げられた会話の意味を、時間をかけて理解した。

 

「……つまり、こういうことか? その剣を他の神器みたいに手入れして、鞘に収め、神聖力を吸わせることで、融合したあの坊主も再生する」

「その通りでございます。とはいえ、通常の神器が天命を回復させるより、長い時間を要するでしょうが」

「結局生きてるんなら、目覚めた時には納得するだろうよ」

 

 バルドの決断は決して間違ったものではないと、緋髪の騎士は肯定する。

 

 彼が力を使った理由が、よもやルークとの血縁関係だとは思いもよらなかったが……

 

 それも因果かと、自分を納得させたライオットはある方向へ顔を向けた。

 

「さて。それじゃあ後は、こいつを起こすだけだ」

「見たところ、随分と天命が減っているようです。念の為に治療をしておきましょう」

 

 スワロウがどこからともなく一冊の本を取り出し、それをリソースにして治癒術を発動する。

 

 氷の中に閉じ籠り、ユージオとアリスに譲渡し続けていたルークの天命が一瞬で再生した。

 

 ライオットがジトリと目を細める。

 

「おい、蓄えは使い切ったんじゃなかったのか?」

「何事にも密かな備えというものは重要です」

「つまり?」

「はっきり申し上げますと、私が個人的に隠し持っていたヘソクリでございます」

「まったく。お主の秘密主義にはほとほと呆れかえるわ」

「……だが、感謝する」

 

 呆れる緋髪の騎士や、賢者、軽く頭を下げる炎の騎士に、スワロウは片目を瞑った。

 

「まあいい。それよりさっさと目覚めさせるぞ、いつまでもこんなとこに寝かしてられん」

 

 気を取り直し、ライオットがルークに歩み寄る。

 

 バルドがそうしたように目の前で跪くと、霜が取れたその肩に手を置いた。

 

「起きろ、ルーク。全部終わったぞ。お前はやりきったんだ」

 

 二度三度と、その意識を揺さぶるように体を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 しばらく続けていると、ピクリと地面に投げ出された指先が動いた。

 

 ずっとか細かった呼吸が、口を開けて大きく行われ、胸が膨らむ。

 

 そして、凝り固まった骨をほぐすような音で、その首が持ち上げられた。

 

 覚醒したことを確認しながら、ライオットはいつものように不敵な笑みを準備する。

 

 まずは記憶解放術を使った説教と、それから健闘を讃えようと考えていた。

 

 他の三人も、それぞれ彼らなりの言葉を贈ろうと、顔を上げるまでの僅かな時間を待つ。

 

 そうして、ついにルークの顔が四人に向けられ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「──────────。」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が、凍りついた。

 

 

 

 

 

 動きを止め、言葉も忘れ、感情を空白にし。

 

 

 

 

 

 

 自分達を不思議そうに見上げる──赤子のような金色の瞳に、戦慄する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………ぅ、あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにもう、ルークはいなかった。

 

 

 

 

 

 






これにてカセドラル編、終了とさせていただきます。




一応第一部の終了ですので、少し補足を。


この物語において、ルークは主人公ではあっても主役ではありませんでした。
あくまで本筋はキリトであり、その傍らで奮闘し、少しだけ運命を変える少年として作り上げたのが彼です。
作中でも度々言った通り、肝心な最後の瞬間に、彼はいつもそこにはいません。

そんなルークを少しでも好きになっていただければ、ここまで書いてきてとても良かったと思えます。



しばしのお付き合い、ありがとうございました。



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