ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
今回は彩華さんの話。
そして、次回から第二部の開幕です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
(…………まったく。なんて災難なのかしら)
はぁ、という深いため息が、口から漏れ出る。
それは、自分の不運さに対する諦観であり、つまらないミスを起こしたことへの小さな叱咤であり。
現状を引き起こした、とある者達への堪え難い怒りであった。
それら全てを凝縮し、なお余りあるものがもやもやと胸を不快にさせる。
「…………よくもやってくれたわね、あの腐れ野郎ども」
つい思わず、そんな言葉が漏れ出てしまう程に。
柄にもなく、イライラとしてしまっている様は、しかし彼女自身以外には誰も知らない。
それも当然。何故ならこの場所…………ごく小さな避難用シェルターの中には、彩華しかいないのだから。
事の起こりは、四十分程前。
彼女はメインコントロール室で菊岡と一言、二言話してから、自室に引き返そうとした。
その時、突如として施設中に警報が鳴り響いた。
自分のみならず、その場の全員が驚いて動きを止める中、自動音声が避難を呼びかける。
以前、緊急時に備えた訓練の際に記憶したそれは、非正規の人間が侵入した際の警報であった。
血相を変え、直後に誰もが仕事の手を止めて船首ブロックへ避難を始める。
彩華もこんな時に限って、と舌打ちをこぼしつつも、訓練通りのルートへと向かった。
幸いにも、侵入者達に出会うことはなく、あと少しで船首へ直行できる通路に入るという時だ。
「…………我ながら、阿呆過ぎて自分をひっぱたきたくなるわ」
呻くように毒を吐きながら、ふと自分の右足を見下ろす。
もう一方の足と揃えて地面に投げ出された白い細脚は、足首の部分が赤く腫れ、ジンジンと定期的な痛みを発していた。
(よりにもよって、自分の白衣の裾をふんずけてすっ転んだ上、足首を捻るとか……こんな事なら、もう少しちゃんと体を動かしておくべきだったわね)
目の前で無情にも閉じた隔壁に唖然とした彩華を追い立てるように、背後から銃声らしきものが聞こえてくる。
仕方がなく、戦々恐々としながら必死に痛む片足を酷使し、近くの通気口を見つけると古い映画のように上層へ移動。
なんとかして安全な区画まで転がり込むと、手頃な個室シェルターに避難し、そして今に至る。
今度から本格的に身体機能の改善に努めよう、と決意した。
……最も、それはこの状況を脱することができればの話であるが。
「……いい加減、自己批判はやめましょう。ただでさえこんな場所なのに、気が滅入るわ」
それよりも建設的なことを考えようと、自分を落ち着かせる。
苛立ちで沸騰した感情を、深く深呼吸して波紋ひとつない湖面のようにする。
「……よし」
完全に精神をリセットしてから、彩華は現状についての考察を始めた。
「警報から三十分以上、か……ひとまず、侵入者達の目的はこの施設の破壊ではなさそうね」
オーグマーの電子時計に表示された現在時刻を確認し、小さく呟く。
これだけの時間が経過して、自分がこの鋼鉄の亀ごと木っ端微塵になっていない事実。
それは謎の侵入者達がここを襲ってきた理由が、人命を害すること以外にあることを示している。
同時に救援や菊岡からの連絡が来ない以上は、事態の収束もされていない可能性が非常に高い。
(まあ、十中八九アリシゼーション計画でしょう。ライトキューブクラスターやアンダーワールドのサーバーが爆破されたような音は聞こえなかった)
その二つを守るのは、最新の合金で作られた多重隔壁である。
強度は折り紙つきであり、それを破壊する威力ともなれば、その余波はこの場所まで確実に届く。
ならば次点の理由は、と頭を捻った。
(……破壊ではなく、奪取? 研究成果、あるいは計画そのものの奪おうとしている?)
真性のボトムアップ型AI。言い換えれば、人間による人間の創造。
それが成功すれば、あらゆる面で自衛隊、ひいてはこの国は他の国より圧倒的な力を手にするだろう。
用途は数え切れないほどだが、その一つ……最も危険視すべき利用方法は、軍事利用。
それを面白く思わない人間は、国内外にごまんといるだろう。
あるいは横取りを狙っている、正体不明の何者かが襲撃を仕掛けたと考えるべきか。
(数分前、シェルター内の照明とオーグマーの回線が切れたことから、多分主電源はやられた。今は復旧しているから、予備電源を使っているのかもしれない)
論理的に可能性を取捨選択し、限りなく少ない情報から真実を探っていく。
それは全てを計算して物事を決める、研究者としての理解力と想像力の発揮だった。
(この計画の機密性の高さを考えれば、国家レベルの思惑が動いているとしか思えない……単なるテロリストや海賊ごときの作戦規模じゃないわ)
それほどのことを迅速に成し遂げられるのは、やはり一介の犯罪者にはできない芸当だ。
アリシゼーション計画はあらゆる意味で、新しい時代の鍵となるもの。
考えたくはないが……内部からの情報漏洩があったのだろう。その者が侵入を手引きしたのかもしれない。
(そいつを見つけ出してぶん殴りたいけど、それは後。今は私にできることを考えなくては)
知っての通り、彩華は転んだだけで足を挫くような虚弱さである。
武装している侵入者達をどうこうすることはおろか、一般人の男にさえ勝てるか怪しい。
「……待って。なんで物理的に解決しようとしてるの、私」
どうやらまだ完全には頭が冷えていないらしい。
もしかしたら、まだ〝女剣士ルルディ〟であった頃の感覚が抜けていないのか。
もう一度、改めて深呼吸した。
今度はしっかり、研究者らしく技術的な打開策を見つけるために頭を働かせる。
侵入者や裏切り者の正体が何であれ、それは彩華が何かしらできる問題ではない。
肝心なのは、彼らが手に入れようとしているものを守ることだ。
(《A.L.I.C.E》。ボトムアップ型AIの到達点。人格と記憶、感情……あるいは心と呼ばれるものを有し、その全てを自己的判断によって行使することのできる知能。それがもう完成しているとすれば?)
自分が内部に入り、そして自室のパソコンの前から離れた間に、計画が次の段階に進んでいたとしたら。
それを確かめるすべは、残念ながらここにはないが……《A.L.I.C.E》に至っていない人工知能を奪取したところで大した意味はない。
であれば、それが確定的な事実だと仮定して、さらに思考を深めていく。
(心当たりは……ある。たった一人だけ)
偶然か必然か。あの日、PCに表示された一つのログから関わることを決めた少年。
一途に願いを追いかける眩しいばかりのフラクトライトは、鮮明な輝きを放っていた。
(ルークという名を持ったあの人工フラクトライトが、《A.L.I.C.E》になれたのかもしれない)
一年という内部時間を通してルークを観察し、その可能性は極めて高いと判断した。
それ以外のアンダーワールド人も、彼を導く傍らで入念に調査したが、少なくとも自分には見つけられなかった。
(だとするならば。私がするべきこと……それは、ただ一つ)
その目的を、彩華は自分の中で定めていく。
襲撃者達よりも早く、ルークを保護する。
もし彼以外のヒューマン・ユニットが《A.L.I.C.E》になっていたとしても、そちらを保護すればよい。
そうして彼あるいは《A.L.I.C.E》に至ったアンダーワールド人のライトキューブを、菊岡達へ届けるのだ。
それがあの世界の基底をデザインし、役目を終えてなお、この鋼の大亀に居座った自分の義務であろう。
(アンダーワールドは、私の最高傑作。儚くも愛しい、私の世界。それを、誰かもわからない連中に好き勝手されてたまるものですか)
再びあの世界へ飛び込んで、そこで得た記憶から重ねた愛が、彩華に決意させた。
勝手な行動をして、後ほど菊岡から叱責を受け、あるいは何かしらの罰を課せられたとしても。
それでもあの世界を、そこで生まれた新しいカタチの人を守ることができるのなら、研究者としてこれほどの達成感はない。
(問題は、その方法ね。迂闊に外に出られない以上、コントロール室にいくのは無理。UW内部に入るとしても、このシェルターから私の部屋のSTLまでたどり着くのも……そっちの方がよっぽど困難ね)
いつ頭を撃ち抜かれるかわからない中で、数百メートル下の自室に戻るなど自殺行為でしかない。
今この場所、この身一つで、どうにかしてアンダーワールドを魔の手から救うしかないのだ。
「……それってかなりの無理ゲーじゃない?」
相当な無理難題に、思わず後頭部を後ろの壁に押し付け、薄暗い天井を仰ぎ見た。
長く考え込んで少し痛む頭を空っぽにして、無感動に闇を眺める。
「……菊岡さん達はどう動くのかしらね」
先刻、第一と第二隔壁がロックされた旨のアナウンスが分厚い扉の向こうから聞こえた。
おそらく上司や同僚達は、自分と違いしっかりとサブコントロール室まで退避しているのだろう。
彼らも、第一に憂慮すべきこの問題を解決しようとするはずだ。
「考えられるのは、メインコントロールのロックと、直接ライトキューブを取られないようにクラスターの保護、かな」
メインコントロール室は襲撃者に制圧されているだろう現状で、一番現実的な対処を思い浮かべる。
その場合、彼らはいかにして襲撃者より先に《A.L.I.C.E》を手に入れようとするだろうか。
「おそらくは、上層にあるSTLによる内部からの《A.L.I.C.E》救出………………あ」
そこで、ようやく彩華はとあることを思い出した。
桐ヶ谷和人。今もSTLに繋がれているであろう、療養中の少年。
当然のことながらSTLも主電源に接続されており、それが一度絶たれてしまった時に何かしら影響が出たかもしれない。
(あのマシンの構造は、実際に使ってもまるでわからないくらい複雑だけれど……彼、大丈夫かしら?)
フラクトライトにさらなる衝撃を受け、内部に意識を囚われたまま植物状態にでもなってはいまいか。
彼を心底から心配そうに見つめる少女の横顔を思い出して、少しだけ巻き込まれたことに不憫さを覚えた。
(まあ、それを言ったら私もか。ついでに桐ヶ谷君の様子も見ておくべきかしらね)
だがその前に、兎にも角にもログインする方法だ。
また問題が最初の時点に逆戻りし、彩華は顔を渋くさせてしまう。
「ああもう、ままならないっていうのはこういう事ね………………ん?」
何かないのかと、目線だけを周囲に巡らせた時。
不意に、オーグマーの三次元的AR画面にあるものを見つけた。
それは部屋のPCと同期させた回線から届いたメールであり、便箋型のアイコンの右上にある丸点が明滅している。
「オーグマー。そのファイルを開いてちょうだい」
音声認識で指示をすれば、機械は正確に読み取ってメールを開封した。
果たして、この状況下で己の存在を示したそこに秘められていたものは……
「……アンダーワールド内部からの、緊急権限使用報告?」
序文に書かれていた内容を、思わず口に出して読む。
そこに羅列されていたのは、アンダーワールド内部でスーパーアカウント級の権限が行使されたというもの。
ラース側が非常時に内部を観察、操作する為に用意されたいくつかの超高位アカウントに許された行為を、何者かが実行したのだ。
それを告知される、最高責任者の末席に座っている彩華は眉を顰める。
「襲撃者……じゃ、ないわよね」
(比嘉くんあたりが人界のアカウントはロックしているだろうし。何より一時間以上前の通知になっている)
権限の行使された座標は、人界の中心。
公理教会、と内部では呼ばれていた、不審な統治組織の最上階付近と一致している。
そんな場所で誰が、カーディナルシステムに匹敵するような大規模術式を使用したというのか。
ラース側でも、襲撃者側でもないとすれば、一体……。
不審に思いながらも、指でスクロールして詳細な情報を見ていく。
そして、ついに右側のバーが下まで降り切った時。
『I know you, the creator of a wonderful world.』
そこには強調するように、一文が添えられていた。
「私は……君を、知っている?」
以前、アカウントのテスト運用で確認したメールとは違う、異質な英文。
それに思わず手を引いていると、文字がメールのボックスの中で崩壊した。
崩れた文章はみるみるうちに分解され、そしてあるウィンドウが表示される。
「これ、は…………」
そのウィンドウに、表示されていたものは。
彩華が、アンダーワールドにSTLでログインしていた際のアカウント情報と。
あの世界の、何処かの座標へと設定されたリンクであった。
それは、彩華に一つのメッセージを示している。
(……タイミングがよすぎる。これは敵? それとも味方?)
あまりにもできすぎていることに、深い猜疑心を抱かざるをえない。
研究者として、不確実なものに安易に手を出すことだけはタブーなのだ。
おとがいに手をやり、考え出そうとした彼女の出鼻を挫くように、新たなウィンドウが現れる。
『You must save him, right now.』
「彼? 救うって、誰を……っ!」
その瞬間、天啓のようなものが舞い降りた。
一瞬にして謎の英文が言わんとすることを理解した彩華は、食い入るようにそのリンクを見つめる。
そして、これまでの人生において最速に思考を回転させ、あらゆる計算と推測を行った。
危険性は極めて高い。何かしらの罠である可能性も十分。取り合うべきでないと理性は訴える。
だが。
「……どこの誰だか知らないけれど、いいわ。乗ってやろうじゃない」
彩華は、既に踏み出すことを決めていた。
「菊岡さんへの説明は……まあ、また後で考えましょうか」
唯一の懸念を、ひとまず脇に追いやって。
はやるような気持ちを抑えながら、その指先でリンクをタップした。
すると、〝ルルディ・クローマ〟のアカウント情報がアンロック状態に移行し、適用される。
瞬く間にオーグマーへSTL0号機と外部を経由した極秘回線が繋がれ、保存されたデータをダウンロード。
みるみるうちに横向きのバーが満たされ、最後にY / N? のボタンが表示された。
「決まっているだろう?」
かつて、彼の前でそうしたように勇ましい口調で不敵に笑う。
迷いなく、その最後通告とも呼べるものをYESに押し込んだ。
瞬間、全ての情報が起動し、オーグマーは擬似的なSTL外部接続機へと早変わりして。
彩華の視界を、真っ白な光が包み込み──
──その白光の向こうに、草原に佇む、大きすぎる翼を背負った誰かを幻視した。
一体何場さんなんだろうなぁ(棒)
読んでいただき、ありがとうございます。
さあ、ついにWoU編始めるぞ。