ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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どうも、作者です。

本作品も後半に入り、ついにWoUへ突入です。


色々と考えておりますので、楽しんでいただけたら幸いです。





【第五章】真の心
仮初の平穏


 

 

 

 

 

 人界暦380年、10月21日。

 

 

 

 

 

 命の芽吹く春は過ぎ去り、瞬く間にソルスがその輝きを増して万物を照りつけ始めた。

 

 人々がその熱に耐えながら己の天職を真っ当する季節もまた終わりを迎え。

 

 そして今、人界には秋が訪れている。

 

 青々と生い茂っていた木々は紅葉を迎え、あれほど鬱陶しかった熱気が寒気に移りゆく。

 

 自然の合奏を奏でてていた虫達の声が消え、情景の美しさとは裏腹に、俄かに冬の到来を感じさせた。

 

 村々は厳しい冬を乗り越えるため、畑仕事に精を出し、蓄えを始める。

 

 それは勿論、北方の端、ルーリッドの村でも。

 

 

 

 

 

 村の外れ、周囲を鬱蒼とした森に囲まれた場所。

 

 そこに立つのは一軒の丸太小屋。とても小さく、一人の人間が住めるかといったところ。

 

 傍にある大きな木の空には、小屋に似つかわしくない立派な銀の鱗を備えた飛竜が眠っている。

 

「んっ……しょ、と」

 

 その主人は、小屋の前にある小さな畑で菜園に励んでいた。

 

 少し力んで、両手で抜き出した白いカブを見て、彼女は絹のケープの下で小さく微笑む。

 

 美しいかんばせと、金を鋳溶かしたような髪に似つかわしい格好ではないのに、少し様になっていた。

 

「よし。これならキリトに、少しは栄養をつけてあげられますね」

 

 誰に聞かせるでもなく、そんなことを言って傍の布袋に大事そうに根菜を入れる。

 

 幾らか重いそれを手に立ち上がると、ふと何かに気がついたように右側が眼帯に覆われた隻眼を巡らせた。

 

「アリス姉様──!」

「セルカ!」

 

 獣道を駆け、彼女……アリスの名前を呼ぶ、修道女見習いの少女。

 

 実の妹であるその娘は、明るい笑顔で大きく手を振りながら、アリスへと近づいてくる。

 

 そして、速度を緩めつつ思い切り抱きついた。

 

「姉様、おはよう! 今日も調子はいい?」

「ええ、お陰様で。あなたこそ、平気なのですか? 体調は? ちゃんと暖かくしている?」

「うん。ねえアリス姉様、今日は天気がいいから東の丘に行かない?」

 

 胸の中から自分を見上げる瞳に、少しだけ口を開いて言い淀む。

 

 何かを逡巡するようにして、けれどすぐに笑みを形作ると、妹に頷いた。

 

「いいわ。行きましょうか」

「やったっ」

 

 嬉しそうに笑うセルカに、愛おしさが胸の中にじんわりと広がる。

 

 その無垢さと、自分の中に存在する偽りから目を逸らすように空を見上げた。

 

 

 

 

 

 数日続いた寒々しさはソルスの熱を奪っていたが、今日はセルカの言う通り快晴だ。

 

 ぽかぽかと照りつける陽光は心地よく、だからこそ朝から菜園の手入れに臨んでいたのだが。

 

 そんな事を思いながら顔を下せば、ふとセルカが自分の背後を見ている。

 

「……ねえ。キリトも、連れて行っていい?」

 

 今度こそ、アリスは聞こえるほどに息を呑んだ。

 

 数秒もの間硬直し、眉尻を下げて……それをセルカが不安げに見つめる。

 

 彼女の前で暗い顔をしてはいけない、という直感じみた考えが脳裏を過ぎり、咄嗟に笑った。

 

「ええ、いいわよ。こんな日に外に出ないなんて、勿体ないものね」

「よかった。じゃあ、待ってるね」

「……ええ」

 

 体を話したセルカの頭を撫で、身を翻すと小屋へ向かう。

 

 石を削って作られた二、三段の階段を登ると、木製の扉を開いた。

 

 中に入ってすぐ、食堂と台所を兼ねた、二間しかない内装が露わになる。

 

 この半年ですっかり見慣れた仮の我が家に、アリスは食堂のテーブルを見た。

 

 

 

 

 

 白い木で作られた、真新しい丸机。

 

 それを挟んだ向こう側で、同じ色の椅子に一人の少年が座っている。

 

「…………セルカが来たわ。少し、散歩に行きましょう」

 

 声をかけども、その少年は答えず。

 

 ぼうっと机を見つめる、長い髪の奥にある光のない黒い瞳に意思はなく、生気が感じられない。

 

 ゆったりとした服の上からでもわかるやせ細った体と、中身のない右の袖が痛々しかった。

 

 胸を苛む痛みにグッと唇を噛んで、アリスは優しい声を掛ける。

 

「待っててね。すぐに支度をしてあげるから」

 

 少年の横を通り過ぎ、奥のベッドの隣にある箪笥(たんす)を開いた。

 

 そこから厚めの外套と首巻きを取り出すと、自分で動くことのできない少年に着せていく。

 

 質素な造りの車椅子に、一念発起して彼の体を移したところで、ようやく反応を示した。

 

「ぁ……あ…………」

「……そうだったわね。ごめんなさい、忘れるところだったわ」

 

 言葉ですらない、胡乱な音を口から発しながら、彼が腕を伸ばすものを見やる。

 

 壁に掛けられた、ふた振りの剣。鞘に収まり、窓から陽光が差し込む位置にある。

 

 全てが黒造りの剣と、水晶色に黄金の装飾が目立つ美しい剣は、手に取るととても重かった。

 

 それらを少年の股の間に置けば、彼は腕全体で包み込むように抱えて、ようやく大人しくなる。

 

 その姿に、込み上げるものを我慢できずに、アリスは後ろから彼の首に両の腕を回した。

 

「ごめんなさい、キリトっ……私、何もしてあげられなくて……っ…………」

 

 懺悔のような、彼女の嗚咽に。

 

 やはり、少年は何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 しばらくして、落ち着いたアリスは車椅子を押しながら小屋を出る。

 

 慎重に階段横の滑らかな板でキリトを乗せた車椅子を外へ出すと、彼の後頭部から前へ目を写した。

 

 窓の外から見えた通り、そこにはセルカが立って待っていた。

 

「セル……」

 

 名前を呼ぼうとして。

 

 彼女が、自分達とは違う方向を凝視していることに気がつき、口を噤む。

 

 そして、彼女が見ている方を見て……思わず、驚きに目を細めた。

 

 

 

 グルルル……

 

 

 

 自分の騎竜が、寝床から出ている。

 

 それのみならず、とても大柄な人物にこうべを垂れ、気持ち良さげに唸っていた。

 

 その頭を、擦り切れた深い赤色のローブに身を包んだ人物が撫でている。

 

「……高潔なる騎竜よ。お前が今日も、主人と、神殺しの英雄を守っているのか」

 

 聞こえた声は、心の底まで響いてくるような重厚なもの。

 

 一言きりで話さなくなったその人物は、ゆっくりと手を引くと立ち上がる。

 

 巌のような巨体が屹立すると──アリス達の方へと振り向いた。

 

 

 

 

 

 深く被ったフードに隠れて、固く引き結ばれた口元しかアリス達には見えない。

 

 思わず身構えた瞬間、その人物は懐から何かを取り出すと、そっと足元に置いた。

 

「………………」

 

 やはり何かを言うこともなく。踵を返したその人物は立ち去った。

 

 茂みの向こう側、木々の作り出す影に溶けるように背中が消えていくまで、アリスは見送る。

 

「……お姉様」

「……セルカ。キリトを見ていて」

「わかったわ」

 

 妹に少年を任せ、警戒しながらポツンと地面に置かれたものに近づく。

 

 十分に気を引き締めながら手を伸ばし、そっと縛られた口を解いて中身を空気に晒した。

 

「これは……野ウサギ?」

 

 中に入っていたのは、二匹の丸々と太った兎。

 

 首を断たれ、血抜きと毛皮の処理を施されたそれは、どこか慮るような意図を感じた。

 

 アリスがじっとそれを見ていると、騎竜が近寄ってきて鼻先を袋に近づける。

 

 

 

 スン、スン……クルル

 

 

 

雨縁(アマヨリ)……ええ、そうですね。夜にでも食べさせてもらいましょう」

 

 自分の騎竜に、優しく言葉をかけて、喉元を撫でる。

 

 そうしながら、ふとあの人物が消えていった茂みの方を見た。

 

 

 

(…………あの騎士。いいえ、あの方は、私達など気にかけられる心情でもないでしょうに。お優しいことです)

 

 

 

 フードの下にあるその人物の鉄面皮を思い返し、申し訳のない気持ちになる。

 

 あの男は半年前から、とても他人を気遣うような心境ではないはずだ。

 

 それなのに自分達を気遣っているのは……果たして、自分達を命がけで守った〝彼〟への想い故か。

 

「……私は、本当に無力です」

「アリス姉様ー?」

「今行きますよ、セルカ」

 

 野ウサギの入った袋を手に、アリスは立ち上がり。

 

 そうして、自分の不甲斐なさからまた目を背けるようにして、自分の大切な物達のところへ行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オオオオォオオ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の山の方から、何かの遠吠えが耳に届いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 その騎士は、憮然とした表情で歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 足取りも荒く、溌剌ではあれど騎士然としていた以前の姿はない。

 

 元より人のいないカセドラルの廊下が、彼の雰囲気に気圧されて静まっているかのようだ。

 

 実際に、以前は懐かれていた修道士や修道女見習いからも少し距離を置かれているのだが。

 

 もはや、それさえに気にする余裕がない。

 

 

 

 ──もう少しまともな顔をせんか、たわけ

 

 

 

 そんな時、心の中に艶やかな声が響いた。

 

「……うるせえ」

 

 いつもはよき助言者としてその言葉を聞き入れる騎士は、すげなく答える。

 

 何もかもが煩わしいといった様子の表情に、はぁと深いため息が内心で広がった。

 

 

 

 ──この半年、そのような顔ばかりではこちらも気が滅入る。妾の担い手らしく、堂々としておれ

 

 

 

「余計なお世話だ。いつも通りだんまりしてろ」

 

 もう一度、強く言い返すと、次の嘆息はなかった。

 

 諌めても無駄だと悟ったのだろう。ようやく自分だけになり、少しだけ苛立ちが収まった。

 

 しかし、元から燻っていたものはどうしようもなく、また眉根を寄せることになった。

 

 

 

 

 

 誰にぶつけることもできないそれを自分の中で渦巻かせながら、目的地にたどり着く。

 

「ふぅ…………」

 

 巨大な扉を前に、深く深呼吸をして刺々しい気持ちを落ち着ける。

 

 これから対面する人物達を前にして、流石にこの顔でいるわけにはいかない。

 

 かろうじて顔の険が取れたところで、よしと呟くと両手で扉を押し開いた。

 

 重厚な音を立て、石造りの扉が左右へ動いていく。

 

 ある程度まで開けば、あとは自重に任せて開いていく石板の間を潜って中へ入っていく。

 

 

 

 

 

 そこは、神聖な空気に包まれた大回廊。

 

 

 

 

 巨大な柱に支えられ、色とりどりのステンドグラスを通して差し込む光が美しく空間を彩る。

 

 そんな回廊の中心、ひときわ大きな円形の天窓からは、より強く白い光が降り立っている。

 

 すっかり修繕された《霊光の大回廊》。光の円環の中に、件の人物達は立っていた。

 

「来たか、ライオット。こちらへ来るのじゃ」

 

 そのうちの一人、長杖(スタッフ)を携えた司書姿の幼子が老獪な口調で告げる。

 

 隣にいる、巌のような偉丈夫は何も言わず、ただ不敵に笑って腕を組んでいた。

 

 騎士──ライオットは、表情を引き締めると二人の前へと進んでいく。

 

「御招来に従い、参上しました。ベルクーリ騎士団長閣下。並びに……最高司祭、カーディナル様」

 

 握った拳を心臓の位置に、左腕を後ろ腰にやって騎士の礼を取ると、規則通りの受け答えをする。

 

 二人は小さく頷き、それからカーディナルの発した「楽にせよ」という言葉で構えを解いた。

 

「忙しいところ、呼び出してすまんな。任務の方はどうじゃ」

「は。カーディナル様の読み通り、東の大門に暗黒領域の戦士達が集まっております。開戦の準備は確実かと」

「ふむ……こりゃあ、戦端が開かれるのは東で決まりだな」

 

 ライオットの報告に、悩ましげに唸ったベルクーリが顎鬚をさする。

 

 うむ、と驚くこともなく頷いたカーディナルは、厳かな口調で語り始めた。

 

「間も無く、ヒューマン・エンパイアとダークテリトリーを隔てる東の大門の天命は尽き、戦乱が──〝最終負荷実験〟が始まる」

 

 世界の理を知る彼女から告げられた言葉に、ライオットは総毛立った。

 

 

 

 

 

 決められた世界の終わり。

 

 このアンダーワールドを作り、観察している者達が仕掛けた、必定の終焉。

 

 この時のために、人界の騎士として、担い手としてライオットは備えてきた。

 

 だが実際に目前まで迫っていると聞くと、感じるものが違う。

 

「ベルクーリ。人界の民の訓練はどうなっておる」

「まずまずといったところだな。カセドラルの武器庫を大解放して指導を始めたはいいものの、半年で熟達の軍隊とはいかねえ」

「じゃろうな……こちらでも、凍結された騎士達を順次覚醒させておるが、全員は間に合わないじゃろう」

 

 忙しいことじゃ、とカーディナルはため息をついた。

 

 アドミニストレータを打倒し、この人界を統括する新たな最高司祭としてその席に座った彼女。

 

 非道の権化である元老院を停止し、その職務と来たる戦争への対策を並行して行なっている彼女は多忙を極めていた。

 

 その中で非常に難解な術である騎士達の解凍をも行なっているのだから、脱帽を禁じ得ない。

 

「じゃが、それもあの時、あの少年に生かされたわしの運命(さだめ)。全力を以ってなすべきことをなそう」

「……それで。今回、俺はどうしてわざわざ呼ばれたのでしょうか? 任務状況の報告なら定例会議でしているはずですが」

「うむ。前置きはここまでにして、本題に入るとしよう」

 

 鷹揚に頷いたカーディナルが、そこで一度言葉を切る。

 

 そして、鼻の上の丸眼鏡の位置を直すと、長杖の石突で床を軽く叩き、宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

「整合騎士、ライオット・シンセシス・サーティーンに命ずる。北方の地へ飛び、最強の騎士バルド・シンセシス・ゼロを連れ戻すのじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

 告げられた任務の特別さに、ライオットは内心で大きく驚いた。

 

 目を僅かに見開くだけに留め、「……詳細をお聞かせ願います」と低い声で言う。

 

「知っての通り、半年前、最高司祭アドミニストレータは四人の若者達によって打倒された。その末に、一人は己を失い、一人は剣となり…………一人は、別の存在になってしまった」

「っ…………」

 

 どこか悲しみのようなものが篭った言葉に、思わず下唇を噛んでしまう。

 

 

 

 

 

 6ヶ月前。

 

 カセドラル、ひいては公理教会と整合騎士団が壊滅した、歴史に残る大いなる日。

 

 誰もが傷つき、多くのものを失ったあの日に、ライオットもまた、大切な後輩を失った。

 

 誰より純粋な願いを追いかけた、眩い光のようだった一人の少年。

 

 その光に塗り潰され、願望を貫き通した結果──少年は、竜の成り損ないと果て。

 

 彼の戦いは、永遠に幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 それこそが、ライオットが今もなお強い怒りと悲しみの中にいる所以。

 

 

 

 

 

 何もかもを忘却して、生まれたての赤子のように空虚な金の瞳を見た時、ライオットは絶望した。

 

 あの瞬間の計り知れない感情は、騎士としての偽りの生の中で、最大の悲嘆と言っていい。 

 

 肝心なのは、そうして心に深い傷を負ったのがライオットだけではないという点だ。

 

「己の魂を傷つけ、自分を見失ってしまったキリトは、騎士アリスと共にルーリッドへと帰郷した。その胸の中に、親友の魂が宿る剣を抱えて、な」

「…………ええ。そして、ルークだったあの怪物も」

 

 記憶を失い、人格さえ潰えてなお、その怪物は、自分の守るべき人間だけは覚えていた。

 

 言葉も扱えぬ身でありながら、キリトやアリス、そして剣になったユージオを庇おうとしたのだ。

 

 痛々しいほど変わらないその姿が、余計に彼らの絶望を色濃いものにした。

 

 

 

 

 

 最終的に、目覚めたアリスがキリトとその成り損ないを見て剣気を失い、故郷へ帰ることを決めた。

 

 成り損ないも、炎の騎士のマントをカーディナルが物質変換術で作り直した外套で、悍ましい体を隠し。

 

 一振りの美しい剣を大切そうに抱いた黄金の少女と共に、生きる屍となった少年を抱え、白亜の塔から飛び去っていった。

 

「それを見届けた後に、あの者も姿を消した。伽藍堂の塔にもう用はない、と言っての」

「それが今、ルーリッドの村にいると?」

「うむ。どうやら付近の森で生活しておるようじゃ。度々キリトとアリスにも接触しておる」

 

 昔と変わらず、人界のあらゆる場所に目と耳を持っている彼女はお見通しらしい。

 

 負の感情を振り払うように任務に没頭し、全く把握していなかったライオットは複雑な顔をする。

 

「アリスの嬢ちゃんに、あの坊主の面倒もか。律儀なやつだ……相変わらず、な」

 

 相槌を打ったベルクーリの、その言葉に乗った重みにふと彼を見る。

 

 刃のように切れ長のその瞳には、どこか哀愁のようなものが秘められているように見えた。

 

 かつて刃を交えた、騎士団長と裏切り者……それ以上のものを感じさせる、懐かしさのような感情。

 

 かの騎士の目的と過去を、今隣にいるもう一人の最高司祭に聞いた日から、その色は現れるようになった。

 

「じゃが、刻一刻と危機が迫るこの状況で、これ以上あやつ程の戦力を野放しにしておくことは容認できん」

「だから説得して、ここまで引っ張ってこい……ということですね」

「然り。これは同じ守護竜の担い手であるお主が……あの少年の友であったお主が、適任だと思ってな」

 

 途中、少し躊躇するように声を途切れさせて与えられた言葉に、心がざわつく。

 

 

 

 

 

 友。確かに自分と彼の間柄は、十分にそう呼べるようなものだったのかもしれない。

 

 共に邪悪を打ち倒すことを誓い、彼が使命を成し遂げるために自らの身命を賭して強大なる敵を滅ぼした。

 

 

 

(だが、それだけじゃない。あいつはもっと別の……ずっと待ち望んでいた、対等の存在になってくれたはずなんだ)

 

 

 

 あっという間に限界を超えていくその姿に、揺るがぬ信念に、その可能性を見出した。

 

 同じ騎士としての誇りでも、恐るべき暗黒領域の騎士や怪物と刃を交える時の殺意でもない。

 

 それよりも純粋で、清々しいほど簡潔な絆──それをルークとなら結べると、そう思えた。

 

 

 

(だが、この望みが果たされることはもうない。ただ今、俺がやることは……あいつが守ったやつらを、そいつらが生きるこの人界を、守ることだけだ)

 

 

 

 どれだけ後悔しても、もう取り戻せないことはライオット自身が誰よりも理解している。

 

 それでも消えない未練を、誇りとする己の矜持で封じ込めてカーディナルらへ首肯する。

 

「承知しました。このライオット・シンセシス・サーティーン、見事騎士バルドを連れ戻してご覧にいれましょう」

「うむ。頼んだぞ」

「頼りにしてるぜ、ライオット」

「はっ」

 

 再び騎士の礼を取ったライオットは、仮面のように表情を無にしながら踵を返す。

 

 その心を凍て付かせ、かつてアドミニストレータに従属していた時のような無機質さで。

 

 ただ、為すべきことへと進んでいった。

 

 

 

 

 

 扉の向こうにライオットの姿が消えていくのを、カーディナルとベルクーリは見送る。

 

 やがて、その背中が見えなくなったところでベルクーリが口を開いた。

 

「あれで良かったのか?」

「どういう意味じゃ、ベルクーリ」

「戦力っていう意味なら、あいつだけじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()あいつも連れてくるべきなんじゃねえか?」

 

 その問いかけに、カーディナルがすぐに返答することはなかった。

 

 代わりに、じっと茶色の瞳でベルクーリの目を見返してきて、歴戦の騎士団長は少し怯む。

 

 そうしているうちに、視線を外した賢者はやや低い声で言葉を紡ぐ。

 

「…………アレは、もはや人ではない。たとえ言葉を解するとて、誰しもに恐れられ、疎まれるだけじゃ」

「だから、ずっと穴蔵に住まわせておこうってことかい? 確かに……あの境遇を考えれば、そっちの方が幸せかもな」

 

 事の顛末を聞き及んでいるベルクーリは納得して頷く。

 

 その一方で、カーディナルの瞳には諦めとは違うものがあった。

 

 

 

(絶望した蒼竜の騎士。復讐を果たし剣を置いた二竜の騎士。そして願いに食い潰された白竜の騎士、か)

 

 

 

 未だ弱々しく、とても命の奪い合いを乗り越えられるとは思えぬ人界の民。

 

 存亡の危機を直前にして、真っ先に剣を取るべきでありながらなおも保身と腐敗に耽る上級貴族。

 

 先の戦いで半壊し、数の足りぬ整合騎士達……状況は絶望的だ。

 

 その中で、大きな希望である竜の担い手に、カーディナルは一つの可能性を見出していた。

 

 

 

 

 

(さて。全てが終わるか、あるいは守られるか。未来は二つに一つ、というところじゃな)

 

 

 

 

 

 カーディナルの瞳には、アドミニストレータを倒すと誓った時と同じ、固い決意が宿りつつあった。

 

 

 

 

 

 







新章開幕。


どうぞお楽しみください。
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