ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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今回も彼の出番ではありません。

では、お楽しみください。


喪失という名の絶望

 

 

 

 

 今日も、仕事に精を出す。

 

 

 

 

 定められた天職に従って鍬を振るい、土を作って、父母から受け継いだ畑を耕す。

 

 若い頃から、ずっと続けてきた仕事。日々の糧を得るために、そして義務を果たす為に。

 

 そこには何の疑問もなく、故に鍬を握る手や体幹には全くブレがない。

 

 ただ、少しだけ寂しいような気持ちがあった。

 

「んっ……しょ、っと。ふぅ、暑いわぁ〜」

 

 畑の半ばほどまでやってきて、そこで一度彼女は体を上げる。

 

 若々しい見た目に反して、ジンジンと年相応に痛む腰をさすり、頬に流れる汗を拭う。

 

 その際に革手袋に付着した泥が顔について、少し汚れてしまった。

 

「もうすっかり夏ねぇ。ソルスの光がとっても綺麗」

 

 天命を必要以上に奪われない為に被った麦わら帽子の下から、燦然と輝く日輪を見やる。

 

 人界歴380年、6月上旬。

 

 すっかり春の涼やかさは消え去り、最北端の村であるこのルーリッドにも夏季が到来している。

 

 農作業をするには最も辛い時期であり、すぐに喉が渇いて、キンキンに冷えたシラル水が欲しくなる。

 

 加えて、他の多くの農家と違い伴侶がいない彼女は一人で全ての作業をこなさなければならないのだ。

 

「そういえば、もうすぐお昼よね。交代の時間になったルー君が手伝いに来てくれ……」

 

 ふと。誰に咎められたわけでもないのに、独り言を途中で切る。

 

 そして、じんわりと自嘲げな微笑みを口元に広げていった。

 

「あらやだ。私ったら、また忘れちゃってたわ」

 

 恥ずかしい、と言わんばかりに苦笑する。

 

 一年と数ヶ月も前に、息子は大切なことをしに村を出ていったではないか。

 

 今だに慣れないのは息子離れできていない証拠かと自嘲して、数回ほど軽く頬を張る。

 

「よし! 頑張りましょう!」

 

 気合いを一つ、拳を握ると自分を鼓舞する。

 

 年不相応な仕草は、やはりどこか愛嬌を感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 少し休憩してから、また一念発起して鍬を軽く土から引き抜く。

 

 幾度となく、ある意味では自分の剣であるそれを振り上げた、その時。

 

「あら? あれはオリヴィアさんかしら?」

 

 向かいの畑から、何やら急いだ様子で離れていく顔見知りに不思議そうな顔をする。

 

 何かあったのかしら、と一旦農具を下ろすと、次は二つ隣の畑の夫婦が獣道を駆けていった。

 

 温和で、滅多に急いだ様子を見たことがない知人に首を傾げてしまう。

 

 何かあったのではないか、と思った瞬間、また獣道を右側から走ってきた中年の男が横目に彼女を捉え、慌てて立ち止まる。

 

「セフィアちゃん!」

「あらっ、マークさん。みんな村の方へ行っちゃったけど、どうしたのかしら?」

「どうしたもこうしたも! 騎士様に連れてかれた村長んとこの長女が、えれぇ大男と一緒に帰ってきたってよ!」

「え──」

「今は広場にいるってぇ話だ! みんなそっちに行ったよ!」

 

 相当に急いでいるのか、早口にまくし立てた村人は言い切るや否や走り去っていった。

 

 取り残されたセフィアは、呆然としながら手の中より鍬を取り零す。

 

 

 

(帰ってきた? アリスちゃんが? で、でもどうして? だって、そしたら、あの子やユージオ君たちは──)

 

 

 

 頭の中に一瞬で駆け巡る、様々な考えと不安、そして焦燥。

 

 何よりも、強く頭に思い浮かぶのは──愛しい息子の、優しい笑顔。

 

「い、いかなくっちゃ!」

 

 いてもたってもいられなくなった彼女は、それまでの村人達と同じように畑を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 息を弾ませ、必死に足を前へ踏み出しながら、心の中で考えを巡らせる。

 

 

 

(あの子が、帰ってきたのっ? アリスちゃんと一緒にっ? あの二人も一緒なのかしらっ)

 

 

 

 セフィアは、息子が必ず使命を果たせると、この一年以上ずっと信じてきた。

 

 だから、アリスが帰ってきたとはそういうことなのだろうと、自然とその結論に至る。

 

 では、一緒にいるという人物は誰だろうか。

 

 確かに息子は身長が高かったが、大男と言われるほどではない。

 

 

 

(──もしかして)

 

 

 

 その瞬間、稲妻のように一つの考えが頭を駆け巡る。

 

 彼らと共に帰ってきた、大柄な体の人物。その特徴に、ある人物が思い浮かんだ。

 

 二十年以上前、村の前で生き倒れていた男。

 

 無愛想で、寡黙で、けれど誰より強固な信念と愛を持ち、心の底から惹かれた、唯一の人。

 

 まさか。息子は、自分がずっと秘め続け、少しだけ吐露してしまったあの願いさえ叶えてくれたのか。

 

「っ、ルー君……!」

 

 逸る感情を原動力に、彼女はより一層村を目指してひた走る。

 

 数十年の人生において一番と言えるほどの疾走で、石橋を駆け抜け、外壁の間を抜ける。

 

 そして、まるで森に出る大猪のような勢いで村の中心にある広場へ突入した。

 

「はぁっ! はぁっ! 」

 

 そこまで来て、ようやく立ち止まって荒々しく呼吸を繰り返した。

 

 脇腹が痛む。久しぶりに全力を出した足のふくらはぎが張り詰めて、心臓の音が煩かった。

 

「はぁ、んっ……ふぅ、ふぅう……」

 

 ゆっくりと、息を整える。

 

 膝に当てていた手で、滝のように流れた汗を拭うと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 広場には、既に多くの村人が集まっていた。

 

 話を聞きつけた数十人もの群衆は、ザワザワと何事かを話し合っている。

 

 彼らの作る厚い壁に、セフィアは上下する豊かな胸に手を当て、深呼吸をしてから近づいていった。

 

「すみません」

「あら、セフィアちゃん。貴女も来たのね」

 

 話しかけると、幼い頃からお世話になっている初老の女性が柔和な笑みを向けてきた。

 

 疼く気持ちを押さえ込んで、かろうじて同じ微笑みを顔に貼り付けながら問いかける。

 

「アリスちゃんが帰ってきたって聞いたんです。それで、もしかしたらうちの息子も一緒じゃないかって……」

「あぁ、そうだったわねぇ。ルーク君、昔はユージオ君と三人で仲が良かったものねえ」

 

 懐かしいわぁ、と老年の人間特有の間延びした声で言う彼女にやきもきしてしまう。

 

「でも、なんだかそういう感じじゃないみたいなのよ」

「そういう感じじゃない?」

「アリスちゃん、顔に眼帯をして、片腕のない男の子を連れてるの。ほら、前にユージオ君が連れ帰ってきた子よ」

 

 セフィアに、というよりは自分が思い出すように手招きするような仕草をする老女。

 

 一瞬でキリトの顔が思い浮かぶ。息子やユージオと出会ってすぐに仲良くなり、共に旅立っていた少年だ。

 

 不思議と懐かしく感じたあの少年が、腕を失い、アリスと帰ってきたという話に物々しいものを感じる。

 

「それにね、とてもおかしなものもいて……」

「おかしなもの、って……?」

「すごく体が大きくて、外套で体を隠してるのよ。それがあの男の子を抱えてるんだけど……」

 

 頬に手を当て、何かしらねぇあれと不気味そうに彼女は呟いた。

 

 セフィアは彼女に一言礼を言い、それから周囲を見て群衆の隙間を探す。

 

 幸いにも、あまり人の多くない箇所を見つけ、そこへと足を運んだ。

 

「すみません、少し通してください」

 

 そんな言葉を何度も繰り返しながら、村人の人垣をくぐり抜け、ついに最前列に出る。

 

 

 

 

 

 聞いていた通り、そこには記憶の中の幼な子と酷似した、金髪の少女がいた。

 

 黒い眼帯に美しい顔の右半分を包み、何やら角ばった体を乳白色の薄布で包み込んでいる。

 

 

 

(アリスちゃんだわ)

 

 

 

 他の村人達が懐疑的な視線を向け、秘め事でも話すように囁き合う中、彼女は確信した。

 

 昔、ルークが休息日にユージオと一緒に連れてきて、食堂で三人仲良く話していたことを思い出す。

 

 当時の屈託のない笑顔とは裏腹に、颯然とした面持ちの彼女は小さな教会の前に立っていた。

 

 

 

(久しぶりに帰ってきたんだもの、きっとガフストさんを待っているのね。それじゃあ、一緒にいる人って──)

 

 

 

 彼女の存在を確かめ、次に老女が口にしていた人物を探して。

 

 さほど視線を巡らせる必要もなく、アリスのすぐ横にその姿を見つけた。

 

 

 

 

 

「…………………………え?」

 

 

 

 

 

 そして。

 

 その人物を見た彼女の口から漏れたのは、乾き切った一言だった。

 

 

 

 

 

 赤い外套で全身を包み込んだその人物は、長年再会を待ち望んだ人ではなかった。

 

 赤い外套で二メルを優に超す全身のほとんどを覆い隠し、アリスに付き従うようにしている。

 

 露わになっている手足は、白い鱗と水晶色の鉤爪で構成されており、人のものではない。

 

 右の脚は、何処かで失ったのであろうか。質素な棒状の義足が地面を踏んでいた。

 

 話の通り、両腕の中には上等な黒衣に身を包んだ、隻腕の少年を大事そうに抱えていて。

 

 とても奇妙な、人外と形容すべき風貌に。

 

「う……そ………………」

 

 セフィアは、心の全てを粉々に破壊されたような衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 立ち尽くす彼女の耳に、ざわりと喧騒が大きくなるのが聴こえる。

 

 

 

 

 

 視界の端で人垣が二つに割れると、その向こうから一人の人物が姿を現した。

 

 背の高い、引き締まった体つきの中年の男。その足取りは堂々と、恥じるところがないようだ。

 

 上品に口髭を整えた彼こそが、ガフスト・ツーベルク。この村の長であり……アリスの父である。

 

 彼は、自分の方を見たアリスと、その側にいる異形を見ると、息を呑んだ。

 

 それから数歩分近づき、まじまじと彼女達を凝視する。

 

「──アリス、なのか」

 

 しばらくして、彼の口から紡がれたのはそんな言葉。

 

 驚きと、疑いと、困惑が入り混じり、普段の厳格さが少し崩れていた。

 

 驚嘆する父に、アリスはしっかりと頷く。

 

「なぜ、お前がここに……お前の罪は、許されたのか?」

「……私は、かつて犯した罪への罰として、この村で暮らしていた頃の記憶を全て失いました。それで罪が赦されたのかはわかりません」

 

 ですが、と、アリスは父を強い意志を込めた目で見つめて。

 

「この村の他に、私たちが行くべき場所はないのです」

 

 それは、宣言であり、懇願でもあった。

 

 記憶を失うという恐るべき罰を受け、その末に故郷へと寄るべを求めたのだ。

 

 きっと彼女だけではなく、隣にいる()や、腕の中の少年もそうだろう。

 

 停まってしまった意識の片隅で、受け入れてあげるべきだとセフィアは考えた。

 

 

 

 

 

 村長ガフストは、またしばしの間黙考した。

 

 不安や猜疑心の渦巻く村人達の中で、少し顔を俯かせた彼が、やがて出した答えは。

 

「……罪人をこの村に置いておくことはできん。立ち去れ」

 

 冷厳にして無情なる、拒絶だった。

 

 長として、村を危険に脅かすかもしれない存在を容認はしない、という答え。

 

 今すぐ捕らえよ、と村人に命じなかったのは、父としての最後の情だろうか。

 

 アリスは少し悲しげに、だがどこか解っていたように黄金のまつ毛を伏せ……

 

 

 

 

 

 グルルルルッ!! 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、広場全体に轟くような唸り声が異形の口元から発せられた。

 

 誰も聞いたことのない、恐ろしいその響きにどよめきが広がり、子供達が悲鳴をあげる。

 

 ガフストも驚いて一歩下がると、物々しい雰囲気を立ち上らせた異形が踏み込んだ。

 

「駄目よ! やめて!」

 

 脅しかけるようなその行動を諌めたのは、アリスその人。

 

 異形と父の間に割って入った彼女は、異形の顔を見上げ、険しい面持ちで告げる。

 

「お願い。誰も傷つけないで。そんなやり方は、貴方らしくない」

 

 自分で言いながらも、心から苦しそうな、痛そうな声音だった。

 

 言葉一つ一つで自身を傷つけているかのような、悲しみを堪えて搾り出したような、そんな訴え。

 

 異形は、唸りを収めると、じっと彼女のことを見下ろす。

 

「大丈夫。私達は、大丈夫だから」

 

 念押しするように語りかけるアリスに、何も言わぬまま異形はその場で立ち止まり。

 

 やや時間を置いて、ゆっくりと前に踏み込んだ義足を引き戻した。

 

 

 

 

 

 ほっと、アリスが安堵のため息をつく。

 

 それは村人達も同じことであり、同時に、あの異形を誰もが畏れ始めていた。

 

 異形を鎮めたアリスは、ガフストへ振り返ると冷たい声で告げる。

 

「わかりました。我々はこの村から出ていきます。……行きましょう、■■■」

 

 小さく、周囲の喧騒でかき消されてしまうほどの小声で異形に呼びかける。

 

 体を揺らして答えた異形は、彼女よりも先に村の外へ向かって動き始めた。

 

 慌てて密集を解く村人達の間を通り過ぎていくその背中に、アリスもついて行く。

 

「なんだったのかしら、あれ」

「魔物よ。あの子はダークテリトリーの魔物を連れてきたんだわ」

「恐ろしい……化け物め」

 

 その場にいた誰もが、彼女達の背中を見てまた小声で語り合った。

 

 善いものなど一つとしてなく、嫌悪と畏怖が込められた、異物を排斥する為の言葉。

 

 渦巻く負の坩堝の中で、なおも立ち尽くしていたセフィアは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………ルー、ク…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつりと、異形の背中に名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

当方に人の心はあります、はい。
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