ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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今回、彼が登場です。


楽しんだいただけると嬉しいです。


かつて誰かだったモノ

 

 

 

 

 キリトに食事を与え、自らも空腹を満たしたアリスは開墾地へと赴いた。

 

 

 

 目を離した隙に何かあってはいけないと、相変わらず彼を連れてその場所へ向かう。

 

 昼頃とは異なり、南の分かれ道から西の方へと分岐を選ぶ。

 

 しばらく進むと森が途切れ、刈り入れ時の麦畑が視界一杯に広がった。

 

 作業をしつつ、時折アリスに不安の入り混じる目を向ける村人達の視線を気にせず進む。

 

 

 

(……彼らは、何も変わらないのですね)

 

 

 

 半年前から、一度たりとも変わっていないその態度。

 

 だというのに、数ヶ月前にアリスが街道を塞いでいた岩をどかした途端に、月に一度頼み事をしてくるのだから都合の良いことだ。

 

 無論、整合騎士という身分を封じ、元罪人として流れてきたのだから多少の扱いの軽さには耐え忍ぶ。

 

 しかし、呑気とも言えるその様子に僅かな不安を抱くのだ。

 

 

 

(最高司祭猊下が倒れ、新たにカーディナル様がその座についても、何も変化はない。禁忌目録は人々を縛り、その中で与えられた安寧に浸っている)

 

 

 

 はたして彼らは、いざ闇の軍勢との戦いがこの地にまで及んだ時、剣を取って戦えるのか。

 

 自らで守るのではなく、ただ強大なものからの慈悲によって保たれてきた平穏は、もう長くはない。

 

 それを誰よりも認識し、今も四帝国軍の訓練と軍備に明け暮れている剣の師と、もう一人の最高司祭に想いを馳せた。

 

 

 

(真に人が絶望に打ち勝つ為に必要なものは、武具の優先度でも、神聖術の行使権限でもなく、抗う意志。それがない以上は……)

 

 

 

 だからこそ、一人一人が一騎当千の力を持つ整合騎士が要だったのだ。

 

 騎士団内で序列3位……とある緋髪の騎士の全力を彼女を含め誰も見ていないが……だったアリスもまた、重要な一人のはず。

 

 しかし、アリスは今の自分に、闇の軍勢がもたらすであろう破滅を打ち破ることができるとは、到底思えなかった。

 

 

 

(こんな私などより、()()()()()()()()()()()()()()彼の……彼だったモノの方が、余程)

 

 

 

 昼間に見た山脈の影を思い出し、ふと表情に影を落としながらも、アリスは進み続けた。

 

 

 

 

 

 麦畑を抜けると、村の南方に到着した。

 

 黒々とした地面の直前で車椅子を止め、広大に広がる荒れた大地に目を向ける。

 

 二年前。《悪魔の樹》と呼ばれたギガスシダーなる大樹をキリトとユージオが伐り倒した。

 

 それによって長年不可侵の領域であった大森林の開拓が始まり、村の男衆は畑を広げることに夢中らしい。

 

「……いつも、あなた達は驚くべきことをするのね」

 

 ルーリッドにやってきた時、一度見たきりの光景に呟いて、再び動き出す。

 

 切り株のすぐそばを通り過ぎても、キリトが何かしらの反応を見せることはない。

 

 目指すのは開墾地の南側、その一角。

 

 何十人という村人が斧を手に伐採を行なっている中で、丸々と太った男が後ろから怒声を飛ばしていた。

 

 若干歩みが鈍りかけるが、今更引き返せはしまいと胸を張って歩いていく。

 

 切り株に座って休憩中の若者達が無遠慮に彼女を見る中、それを無視して男の後ろに立った。

 

「バルボッサさん」

 

 名前を呼べば、男は途端に罵声を止め、ぐるりと振り向く。

 

 アリスの姿を捉えると、ナイグル・バルボッサは脂ぎった丸顔をニンマリと笑わせた。

 

「おお、アリス! よくきてくれたのう! 待っておったぞ!」

「何やら用がおありとお聞きしましたが……」

 

 ドシドシと足音を響かせて近づいてくるナイグルに、どうにか顔を引きつらせないで笑い返す。

 

 気を良くしたようにナイグルが太鼓腹を張り、うむと大きく頷いた。

 

「ほれ、あそこじゃ。見えるじゃろう? 朝からずっと十人がかりでやっておるのじゃが、あの白金樫の大木が行く手を塞いで一向に伐採が進まん」

 

 体と同じく脂肪が乗った太腕で、ある一点を示すナイグル。

 

 そこには、なるほど確かに立派な白木が聳えていた。幹の太さは一メルもあるように見える。

 

 汗だくの男達が、必死に全身の筋肉を躍動させて不慣れな動きで斧を振るっているが、僅かな切り口しか生まれていない。

 

 

 

 

 

 そのうち、見当違いな場所に当てた一人の斧が半ばから折れ、その男は尻餅をついた。

 

 周囲からはドッと笑いが起きる。彼の失態を心から馬鹿にするような、気分の悪いものだ。

 

「全く、何をやっとるんだ馬鹿者め……」

 

 隣のナイグルも、失望を織り交ぜた口調でそんなことを呟く。

 

 先ずは斧を扱う指導をする所からではないか、と考えた瞬間、気持ち悪いほど表情を変えた彼はアリスに振り向いた。

 

「そういうことなのじゃ。一つの家が月に一度という取り決めはわかっておるが、今回だけは頼めんかのう」

「……今回だけ、ですか」

「お前さんは覚えておらんかもしれんが、昔ワシはお主に菓子をくれてやっ……あげたこともあるのじゃよ。その時のお前さんは大変可愛らしくてのう。いやいや、もちろん今も十分に……」

 

 よく回る舌だ。調子付いた時のキリトと良い勝負ではないだろうか。

 

 あからさまなお世辞を並べ立てるナイグルに、渋面を出しそうになる。

 

 そもそもが仮の天職とはいえ、取り決めを平然と破っているのは掟以前に人として礼節を欠いている。

 

 それも自分を下に見ているが故だろうと、喉元まで迫り出した説教を堪えて溜息をつく。

 

「わかりました。一度きりということでしたら」

「おお、本当に助かる!」

 

 にわかに喜んだ彼から、キリトを引き離すようにして少し移動する。

 

 なるべく地面が平坦な場所を選び、彼をその場に一旦置いて白金樫の元へ行った。

 

 露骨に嫌な顔や舌打ちをする男達の一切を意識の外に置いて、木の前で印を切ると《ステイシアの窓》を開く。

 

 

 

 

 

 表示された数値は、確かに粗悪な斧でいくら叩いても揺るぎそうにない。

 

 これは彼らの得物を借りても意味はないと、足早にキリトのところへ戻ると、彼の前にしゃがみこむ。

 

「ごめんなさい、キリト。少しだけ貴方の剣を貸してちょうだい」

 

 彼の手の中に抱えられた、ふた振りの剣のうち黒い方を引き抜こうとする。

 

 すると、細い左腕に力が篭った。これまで何をしても反応をしなかったのにだ。

 

 渡したくない、とでも言いたげな反応に、アリスは眉尻を落とす。

 

「お願い。すぐに返すから」

 

 じっと、光のない黒い瞳を見つめる。

 

 しばらくそうしていると、手から力が抜けた。アリスは黒剣を自分の手の中に収める。

 

「ありがとう」

「……あー…………」

 

 返事、ではない。目覚めた時に欠伸をするように反射的な、拙い反応。

 

 

 

 

 

 

 

 今の彼にはそれしかできず、心を引き裂くような痛みを堪えて、白金樫の方へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「少し離れて」

 

 忠告を呼びかけると、ジロジロと彼女を見ていた男達が各々の反応をしつつ離れた。

 

 十分に安全を確認した上で、右足を前に出し、重心を落として腰だめに剣を構える。

 

 隻眼で白木との距離を測り、黒革の柄に手を置くと、野次が飛んだ。 

 

「そんな細っこい腕で剣を振れるのか?」

「木に当たった瞬間、剣が折れちまうかもなぁ!」

「今日は時間がかかりそうだぜ」

 

 ぎゃははは、と合唱のように重なる声の、なんと耳障りなことか。

 

 暗黒領域のゴブリンとどちらがマシだろうと考えながら、しかし意識は研ぎ澄まされていく。

 

 雑念が消えていき、指の先まで心が統一された──まさにその瞬間。

 

 

 

「ハァ──ッ!」

 

 

 

 雷光のような一閃が、凄まじい踏み込みとともに放たれる。

 

 一連の動きであれば、以前と遜色のない素早さと鋭さで、一息に剣を振り抜いた。

 

 

 

 

 

 しんと、静寂が訪れる。

 

 周囲の男達は、知らぬ間に剣を抜いたアリスの足元から立ち上った土煙に首をかしげる。

 

 そして、眼帯をした彼女は距離を見誤ったのだろうと嘲りの色を瞳に浮かべた。

 

「おいおい、素振りでも──」

「そちらに倒れますよ」

「え?」

 

 ゆっくりと姿勢を戻しながら、アリスが告げる。

 

 直後、軋んだ音を立てて傾いた白金樫に、その場にいた全員が驚いた。

 

 一秒後、勢いよく倒れこんできた百年ものの大木に悲鳴を上げ、一人また一人と飛びのいていく。

 

 重々しい地響きと共に、先程の比ではない土煙が空へ舞い上がった。

 

 口元をスカーフで覆いながら、アリスは自分の作った切り株に歩み寄る。

 

 

 

(っ……端が少しささくれている。これが半年前であれば、完膚なきまでに両断できたでしょうに)

 

 

 

 理由は失った右目か、それとも弱まった剣気か。

 

 何れにせよ、仕事は果たした。剣を鞘に収めて振り返り──思わず上半身を後ろに引く。

 

 猛然とした勢いでやってきたナイグルが、鼻息も荒く顔を近づけてきたのだ。

 

「すばっ、すばらしい! 衛士長のジンクなど比べるべくもない!」

「い、いえ。やるべきことをこなしただけですので」

「いやいやいや! これほどの腕前は滅多にない! どうじゃアリス、一月に一度と言わず、週に一度……いや、一日に一度手伝ってはくれんか!」

 

 取り決めの話はどこへ行ったというのだろう。

 

 とんでもないことを言い出したナイグルの強欲さは、流石は村一番の大農場の主と言うべきか。

 

 今度こそ隠しきれない嫌悪が滲み出てくるのを自覚しつつ、手を揉む彼に首を振る。

 

「いえ。今のお仕事で十分ですので」

「ぐ、ぬぬぬぬぬぬ……」

「あの、お給金を」

「お、おう。そうじゃったの」

 

 何とか説得できる言葉を搾り出そうとしていた所を、先に話を切って中断させる。

 

 正気に戻ったようにまたあの笑みを浮かべたナイグルは、腰の袋から銀貨を取り出すと彼女の手に乗せた。

 

 これで良し、と思った瞬間、太い指にがっしりと手を掴まれ、全身が総毛立つ。

 

「どうじゃ。ここで倍に給金を増やすから、他の家の手伝いの回数をこちらに回すというのは……」

「いい加減に──」

 

 

 

 ガタン、と大きな音が耳に届いた。

 

 

 

 堪忍袋の尾が切れかかっていたアリスは、先の一撃のような速さで顔を向ける。

 

 すると、車椅子が倒され、キリトが地面の上で唸り声を上げているではないか。

 

「あー……あー……」

 

 必死な様子で伸ばす左手の先には、若者三人が持つ《青金薔薇の剣》がある。

 

 バルボッサ一家である彼らは、二人が剣を支え、大柄な一人が剣を抜こうとしていた。

 

「何だこれ、すごく重いぞ!」

「だからあんな女でも木を切り倒せたのかもな!」

 

 彼らが、キリトから剣を奪った。

 

 一瞬でそれを理解したアリスは、カッと目の前が赤くなる錯覚を得る。

 

 純白の歯を噛み締め、彼らに向けて怒号を上げんが為に大口を開こうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 ──アァアアァアアアァア……

 

 

 

 

 

 

 

 彼方から優れた聴覚に響いた、その音を聞くまでは。

 

「ッ!」

 

 聞き覚えのある音……いや、()()()()()()()()

 

 その正体を悟り、アリスは激怒の念ばかりをそのままに三人組へ叫んだ。

 

「お前達! その剣を手放して逃げなさい! 早く!」

「はあ? 何言ってるんだよ?」

「こいつはちゃんと貸してくれたぜ? 聞いたら『あー、あー』つって──」

「この愚か者ッ! 命が惜しくないのですか!」

 

 嘲るような表情を浮かべていた若者達は、ビリビリと体を叩きつける罵声に口を閉じる。

 

 しかし、今更もう遅い。

 

 

 

 

 

 アリスだけでなく、誰もがその謎の音を聞きつけていた。

 

 そして、一様に空を見上げて。

 

 こちらに向かって稲妻のような速度で近づいてくる、漆黒の影に目を見開いた。

 

「伏せてッ!」

 

 彼らへの怒りや侮蔑を投げ捨て、本能的に警告を飛ばし──

 

 

 

 

 

 次の瞬間、アリスと三人組の間に何かが落下する。

 

 

 

 

 

 まるで大地をひっくり返したかのような衝撃に男達が吹き飛び、旋風で宙を舞う。

 

 ナイグルが央都の玩具屋にある達磨人形のように、丸い体を何回転もさせて転がっていった。

 

「ぐぅうううっ!」

 

 アリスもその例に漏れず、咄嗟に鞘ごと地面に突き刺した黒剣を掴み、どうにかその場に踏みとどまる。

 

 叩きつけるよう暴風の中で、キリトの身をひたすらに案じていると、やがて余波が収まった。

 

「っ、キリトは──」

 

 一帯を包み込んだ土煙の中に、大事な人の影を探して。

 

 

 

 グルルルル…………

 

 

 

 聞こえた地鳴りのような声に、身を凍り付かせた。

 

 ゆっくりと、勢いよく立ち上がりかけた体を元の状態に戻していく。

 

 息を押し殺し、気配を消して、()()に敵だと思われないよう、剣気を収め。

 

 

 

(ああっ、嘘……やはり、来てしまった!)

 

 

 

 恐怖のような、悲しみのような、よくわからない感情に支配される中で。

 

 示し合わせたように、土煙の中心で広がった二枚の歪な翼が全てのヴェールを消し去った。

 

「ひっ…………」

 

 その白い翼の主を見た、起き上がりかけていた男の一人が悲鳴を漏らす。

 

 健康的に肌の焼けた顔は青ざめ、小刻みに歯を鳴らし、全身を震わせて凝視していた。

 

 それは他の者も同様で、一人、また一人とソレを見る度、恐怖を露わにして。

 

 

 

 

 

 

 

 そこにいる、異形の大男を畏れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 ソレは、まるで幾多の戦いを経たように傷つき、破れた赤い外套で体を包み込んでいた。

 

 露出した手足は白い鱗と水晶色の鉤爪で形作られ、右手には無骨な片刃の剣を握っている。

 

 片足は棒状の義足で、フードの奥から除く横顔は──細長い、怪物のもの。

 

「ひぃっ! ばッ、化け物ぉっ!」

 

 剣を奪った若者の一人が、足をばたつかせながらそう叫んだ。

 

 尻餅をつき、股を濡らして、必死にそれから遠ざかろうとする。

 

 後の二人も似たり寄ったりで、アリスはヒヤリと氷塊が背中を滑り落ちたように思えた。

 

「動かないで! さもないと、彼を刺激して──!」

 

 

 

 

 

 ギュラアァアアアァアッ!!! 

 

 

 

 

 

 忠告も虚しく、異常な動きで首を回したソレが大声を上げた。

 

 魂の芯まですくみ上がるような咆哮。かつて整合騎士だったアリスですら、思わず耳を塞ぐ。

 

 当然、病人から剣を巻き上げるような小物達に耐えられるものではなく。

 

 体の動かし方を忘れたように止まった三人組を、ソレは見下ろす。

 

 

 

 ──ィイイイン

 

 

 

 空っぽのココロに響くのは、幼稚で、捻れた音。綺麗な黒風の音を妨げる異物だ。

 

 唯一心安らぐ、三つの音の一つを乱した彼らに、ソレの本能は一つの結論を告げる。

 

 

 

 

 

 ──我ガ愛ヲ穢ス悪、滅ボスベシ

 

 

 

 

 

 この場で、矮小な魂を刈り取る。永劫の罰の中で己が愚かさに悶え、苦しむがいい。

 

 我が牙で噛み砕き、二度とこの世界に生まれることができぬようにしてやろう。

 

 

 

 

 

 ソレは、罪人達を撫で切りにする為に剣を振り上げた。

 

 鍔も柄もない、まるで何かの棘に、赤布を巻きつけただけのような蛮刀を。

 

 

 

 

 

 

 ギュラアァアアアァア!! 

 

 

 

 

 

 釈明も贖罪も許さぬ、絶対守護の一撃。

 

 あまりに躊躇のない行動に、アリスがハッと目を見開いた。

 

 ここから疾走して間に割り込み、剣を抜いて防ぐには、あまりに異形の剣速が速すぎる。

 

 ならば、彼女にできることはただ一つ。

 

 

 

「駄目────────ッ!」

 

 

 

 この半年、ルーリッドにやってきてから最大に声を張り上げる。

 

 異形の心に、まだ自分の声が届くのを信じて、彼の断罪を押し留める。

 

 喉が張り裂けんばかりの、懸命のその叫びは村にまで届くほど響き渡り。

 

 

 

 ピタリと、異形の蛮刀が止まった。

 

 

 

 三人組の右の一人の、首の皮に触れる寸前で、間一髪静止する。

 

 その姿勢のまま、異形はアリスへと顔だけを振り向かせた。

 

「はぁ、はぁ……けほっ……お願い、彼らを……斬らないで…………」

 

 少し咳き込みながらも、アリスは異形の顔を見返した。

 

 ジッと動きを止めて、異形は彼女の言葉を聞く反応を見せている。

 

 それを幸いと、言葉を投げかけた。

 

「そんなことすれば、貴方の魂が穢れてしまうわ。貴方が守ろうとしたのは、彼らも同じでしょう……?」

 

 どれだけ愚かであろうとも、かつて異形は……〝彼〟はこの村の人々を愛していた。

 

 それを傷つけることは、壊れてしまった心をより陰惨にしてしまう結果にしかならない。

 

 

 

 

 

 とはいえ、今の彼は、それを理解できないだろう。

 

 こうして話を聞いているのは、あらゆる理性や思考といった、人間的な論理に端を発するものではなく。

 

 魂に刻まれた、かつての〝彼〟の原理に従い、アリスという〝愛する者〟に反応しているだけだ。

 

 それでもいい。彼が自分で自分を貶めてしまうよりは、余程。

 

「だから、刃を収めて。キリトは……私が守るから」

 

 左目に、力強さだけは変わらない決意を乗せて訴えかける。

 

 説得された異形は、彼女の声や、胸の中にある魂の音を聞いていた。

 

 

 

 

 

 ──ソノ魂ニ、偽リナク。

 

 

 

 

 

 そのうちに。

 

 ゆっくりと刃が引かれ、死を直感していた三人組はどっと脱力する。

 

 アリスがほっと安堵した瞬間、その場で翼を広げた異形は全身を力ませた。

 

 そして、一度大きく翼を蠢かせると、それだけで何メルも上空に浮き上がる。

 

「あ、待っ──」

 

 

 

 

 

 ギュラアァアアアァア!! 

 

 

 

 

 

 最後に、三人組を脅しかけるように咆哮を叩きつけ。

 

 身を翻したそれは、一瞬で空高く舞い上がると《果ての山脈》の方角へ飛び去った。

 

 

 

 

 

 伸ばした手も虚しく、アリスはその背中が遠ざかるのを見送る。

 

 所在を失った腕がゆっくりと降ろされていく中、時間が動き出したように周囲が騒めいた。

 

 ふと周囲を見れば、男達が口々に異形への恐怖と畏怖、倦厭を囁きながらアリスを見ている。

 

「っ……」

 

 フードの下で奥歯を噛み締めながら、アリスは三人組に近づいた。

 

 呆けたままでいた彼らは、目の前にやってきた彼女にびくりと体を震わせる。

 

 その間に、疾風のように手を閃かせ、《青金薔薇の剣》を取り上げた。

 

「二度と、同じ真似をしないことです。次は私も止めません」

 

 十分な凄みを以って脅しかけ、それから近くに倒れているキリトを助け起こしに行く。

 

 幸いにも怪我をした様子はなく、また安心しながら、倒れた車椅子を起こしてそこに乗せた。

 

 それから剣をどちらとも腕の中に収めてやると、ずっと唸っていたキリトはようやく大人しくなる。

 

「の、のう。アリスよ……」

 

 そこへ、ナイグルが近寄ってくる。

 

 恐る恐る、といった様子で、顔に不恰好な笑顔を貼り付ける彼に、アリスは冷たい目を向けた。

 

「バルボッサさん。しばらくの間、貴方からの頼みはお断りさせていただきます」

「なっ、い、いきなりどうしたのじゃ!?」

「──何故? 息子達が満足に動けもしない病人から剣を取り上げ、悪戯に扱ったのを止めもしないで、何故と言いましたか?」

 

 淡々と、かつてキリト達を詰問した時のような声音で言葉を並べ立てる。

 

 なんとか引き止めようとしていたナイグルは、ぐぬぬと悔しげに口元を歪めさせた。

 

 全く反省や謝罪の色がないことに、より一層心が乾いていく。

 

「そういうことですので。次の月に頼み事をしたいのなら、あの三人へよく言い聞かせることです」

 

 最も、それで手伝う気になるかと言われれば怪しいところだが。

 

 そんな言外の言葉を残して、アリスは車椅子を押し、開墾地を後にした。

 

 

 

(……ああ。また。また、彼に守らせてしまった)

 

 

 

 慎ましい我が家に向かいながら、その心に浮かぶのは強い後悔だ。

 

 やるせない気持ちが胸を満たし、どうしようもない虚無感が体を支配する。

 

 

 

 

 

 

 半年前、自分達がセルカやガリッダ老に世話になるのが決まった時。

 

 彼は、もう自分の役目は終わったと言うように《果ての山脈》へ飛び去った。

 

 村の人々が時折噂する話では、それからずっと北の洞窟に住んでいるそうだ。

 

 

 

(きっと、彼はずっと戦っている。記憶や心を失った上で、それでも洞窟を抜けてやってくるだろう闇の軍勢を、一人で押しとどめているに違いないわ)

 

 

 

 それだけではない。

 

 今回のように、キリトや、自分に何かが起こる度。

 

 彼は己の役目を投げ捨て、どこにいても駆けつけて、ああした行いをするのだ。

 

 先刻の対応は特に激しかったが、それでも根本原理が変わっていないことに悲しみを覚える。

 

「……ねえ、キリト。本当に、あの人達を守ることは正しかったの?」

 

 思わず、何も答えぬ少年にそう聞いてしまった。

 

 何をしたところで、返ってくるのは口先ばかりの称賛と感謝。その裏には疎ましさが滲んでいる。

 

 

 

 

 

 はたして、キリトが腕や友を失い、ユージオがその身を剣として。

 

 

 

 

 

 そして、彼が全てを捨てた意味はあったのだろうかと。

 

 

 

 

 

 アリスは、答えのない疑問に心を苦しませた。

 

 

 

 

 

 






変わらぬ意思、されどそこに心はあらず。

そして滅びは目前に。


読んでいただき、ありがとうございます。


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