ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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一番頻繁に連載している作品を休止しているので、サクサク書けますね。

今回はセルカが出るよ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【挿絵表示】


ルークのイメージ画像です。


負い目

 

 キリトがルーリッドの村にやってきてから、一晩が明けた。

 

「ふっ、はっ!」

 

 ルークは今日も今日とて、早朝から鍛錬に明け暮れている。

 

 その様子にいつもと変わりはなく、目線は鋭く、呼吸は乱れず、ひたすらに剣の世界へと没頭している。

 

 

 いや、いつもより少しだけ気迫が増しているだろうか。

 

 剣筋の鋭さが増しており、いつもはまだまだ使えるはずの丸太が既に傷だらけになっていた。

 

「せぁああっ!」

 

 そして、最後の一閃。

 

 振り抜かれた木剣は、三割り増しの鋭さと勢いをもって丸太を切り裂き、上半分が宙を舞う。

 

「っ、はぁ、終わりか……」

 

 それが地面に落ちるのと同時に、ルークは深く息を吐いた。

 

 最初の姿勢に戻るだけの体力が普段ならば残っているのだが、今日は膝に手をついている。

 

 シャツを着ていない上半身には大量の汗が流れ、今の世代の衛士たちの中でも抜きん出て鍛え上げられた筋肉が脈動した。

 

「ふぅ……あいつの剣に触発されたかな」

 

 ようやく息を整えた頃には、ルークの顔には自嘲気味の色が浮かんでいた。

 

 昨日見たキリトの剣。

 

 たった一回のそれを見たルークの胸に、言いようのない対抗心のようなものが生まれたのだ。

 

 それはキリトの剣技が気に食わないとか、自分の方が強いとかいう感情ではなくて、ただ純粋に興奮した。

 

 あれより綺麗に剣を振りたい。あれよりうまく力をコントロールして剣を扱えたら……昨晩からそんなことばかり考える。

 

「頑張らなきゃな」

 

 

(いつか、アリスを助けに行くためにも……なんてな)

 

 

 ふっ、という笑いとともに、自分の中の熱を吐き出して。

 

 考えを切り替えたルークは、ふと自分の握る木剣を見下ろして右手を開く。

 

 すると、ぱらりと持ち手の革が手のひらに広がった。丁度指の先端で握っていた箇所から千切れている。

 

「あー、こいつは替えなくちゃ使えないか」

 

 いささか張り切りすぎたか、という二度目の自嘲げな笑いをこぼすことになったルークだった。

 

 鍛冶屋に行くことを心に決めながら、もう一度肌を切るような冷水を頭からかぶって汗を洗い流す。

 

 それから程なくしてセフィアが起きて、二人で朝食を取った。

 

「今日はよく食べるわね〜」

「むぐ、まあ、ちょっとな」

 

 もぐもぐとパンと干し肉を頬張りつつ、母の質問に答える。

 

 朝から気合が入っていたためか、皿に乗るパンは二つほど多かった。

 

 焼き立てではないので石のように硬いが、腹が満たされるならば問題はない。

 

「うふふ、ルー君が元気で嬉しいわ。あの人もきっと喜ぶわよ」

「ん……父さん、か?」

 

 しっかりとパンを飲み込んでから、こちらを見て微笑んでいるセフィアに聞き返した。

 

 食堂に飾られた色とりどりの押し花。

 

 それに負けないセフィアの笑顔は、見ているだけでなんだか安心できる。

 

 顔も見たことのない父の話をする時が一番華やいでいる、というのが少しだけ複雑だが。

 

「ルー君は優しいし、ちゃんと衛士のお仕事もしてるし、何より立派な剣士じゃない。きっと誇りに思ってくれるわ〜」

「……どうだろうな。俺、父さんの顔も知らないし」

 

 ルークの父は、彼が生まれる前に村から姿を消した。

 

 森に出るはぐれ長爪熊にやられたとも、公理協会に追われる罪人だったとすら噂する者もいる。

 

 もっとも、それは若い村人ばかりで、セフィアの同世代になると、皆一様にルークの父を褒めるのだ。

 

 数ヶ月程しか村にいなかったそうだが、母は詳しくを語らない。ルークの数少ない長年の疑問である。

 

 なお、他いくつかのうち一つは、息子の目から見ても異常に若いこの母の美貌だったりした。

 

「お母さん見たかったな、あの人とルー君が一緒に衛士のお仕事をしたりするの」

「そんなこと言われても、実感も湧かないよ……ん、ごちそうさま。それじゃ行ってくる」

「頑張ってね〜」

 

 早々に食事を済ませ、部屋で準備を終えたルークは家を出る。

 

 

 と、そこでカーンと鐘の音が響いた。

 

「六つ目を過ぎた半分の鐘……教会じゃ、そろそろ朝食の時間か」

 

 この村では教会の鐘楼が《ソルスの光のもとに》という賛美歌を十二節に分け、それを一刻毎に鳴らすことで時間を確認する。

 

 遥か昔は央都に《時刻みの神器》という物があったらしいが、所詮はおとぎ話の中に出てくる代物。

 

 ちなみに《神器》とは、神の力を借りて強力な神聖術師が、あるいは神そのものが作り出した器物のことだ。

 

「お前も《神器》だったりしてな」

 

 肩に掛けた、抜けない相棒に冗談半分に言って、ふとここからでも見える教会の鐘楼を見る。

 

「キリトのやつ、ちゃんと起きただろうな?」

 

 不思議とあの少年があと五分、などとごねるのがリアルに想像できてしまった。

 

 その様子を思い浮かべて少し笑った後に、ルークは神妙な顔になってポツリと呟く。

 

「……ちょっと行ってみるか」

 

 それは、普段のルークからはたとえ口が裂けても出ない発想だった。

 

 故にこそ、口に出したルーク自身が何よりも自分の考えに驚きを見出す。

 

 6年前、正確には〝彼女〟が家を出て教会に入ってから、決してあそこへは寄り付かなかった。

 

 だというのに、なぜ今日に限ってそのようなことをしようと思ったのか……そう考え、思考の発端にキリトがいることに思い至る。

 

 不思議なやつだ、とルークは思った。

 

 まだたった1日しか接していないというのに、ここまで自分に影響を及ぼすなんて。

 

 しかしまあ、どうせ門番の職を始めるまでには半刻ほど時間がある。

 

 

(あいつにバレなきゃいいんだよな、うん。バレなきゃ)

 

 

 ここ数年、剣の鍛錬と衛士の天職に全うして忘れられていた好奇心が顔を出した瞬間だった。

 

 南門へ向けていた足を翻し、朝靄に包まれた道を広場の方へと歩いていく。

 

 元より彼以外の人影はなく、数分もすれば見慣れた噴水が見えてきた。

 

「ふぅ……」

 

 ここまで来たことに、おかしなことだがホッとする。  

 

 誰も咎めなどしないというのに、無駄に怯えている自分に苦笑しながら更に足を進めて、ついに教会へとたどり着いた。

 

「…………っ」

 

 村の同年代の少年達より頭一つ高い体をかがめ、そうっと窓から中を覗く。

 

 すると、キリトが教会に住んでいる孤児たち……三年前の流行病で親を亡くした子ら……にまとわりつかれていた。

 

 元気一杯といった様子の子供達は、客人が物珍しいのか、困ったように笑うキリトにじゃれついている。

 

 

(どうやら平気みたいだな。()()()()()()()

 

 

 ん? とまたその考えに首を傾げた。

 

 なぜ、大丈夫だと自分は断定したのだろう。記憶のないキリトのことを、深く知るわけでもないのに。

 

 だが、なんとなくキリトなら溶け込めていそうだなと思ったのだ。理由は皆目見当もつかない。

 

 昨日から何度か続くこの矛盾した思考に、思わず首を傾げていると……ふと気配を感じた。

 

「……?」

 

 不思議に思って顔を上げると……パッチリと窓際に立った少女と目がかち合った。

 

「あ」

 

 間抜けな声がルークの口から零れた。

 

 これ以上ないほどの勢いで振り返って、自分が肩に下げた剣を見る。

 

 その柄の先端が思いっきり、窓の向こう側から見える場所に突出していた。

 

 それからもう一度窓の方を見て、心底驚いたという顔でこちらを見下ろす少女に、焦燥感が心を支配する。

 

「やべ……!」

 

 バレないようにとは一体なんだったのか。

 

 顔を青くしたルークは即座に立ち上がり、逃走を図った。

 

「待って! ルーク!」

 

 しかし、背後で勢いよく開いた教会の扉の音と、自分を呼ぶ声によって失敗に終わる。

 

 ピタリ、とルークの足が止まった。

 

 そのまま逃げればいいのに、どうしてもこれ以上足が進まない。

 

「ねえ、ルークでしょ?」

 

 か細い、弱々しく手を伸ばすような声。

 

 久しぶりに自分に向けられた彼女の言葉に、ルークはまた自分がしくじったことを自覚した。

 

 見つかった以上は万事休す。仕方がなく、ルークは振り返って背後の人物と向き合う。

 

 そこに立っていたのは、まだ幼い一人の少女。歳は十二ほどで、ルークやユージオとはかなり離れている。

 

 

 セルカ・ツーベルク。村長ガフストの次女であり……アリスの妹。

 

 

 白い襟のついた修道服を着て、明るい茶色の髪を長く背中に垂らしており、同じ色の瞳はこちらを不安げに見ていた。

 

「…………ひ、久しぶりだな、セルカ」

 

 名前を呼んだ途端に、酷く罪悪感に襲われた。

 

 お前に彼女と話す権利は、接する資格はないと、心のどこかで誰かが囁きかけてくる。

 

「うん。珍しいわね、ルークが……教会に来るなんて」

「そう、だな。ちょっとキリトのことが気になってさ」

「……そう、なのね」

 

 ルークはセルカの瞳を見られない。

 

 それどころか、地面を見るばかりでセルカの今浮かべている表情すら見ることができなかった。

 

 それはきっとルークに……彼女から、そしてユージオからアリスを奪ってしまった負い目があるから。

 

「……あいつ、なんか変なことしたか?」

「ううん、全然。確かに記憶がないみたいだけど、子供たちの相手もしてくれるし。そんなに悪い人じゃないみたい」

「そりゃそう、だよな」

 

 また無意識に肯定したことすら気にならないくらいに、ルークはここにいるのが心苦しかった。

 

 今すぐここから逃げ出したい。いいや、逃げ出してはいけない。相反する感情がルークを雁字搦めにする。

 

「キリトのやつ、今日はどうするって?」

「さあ、聞いてないけど。ルークは何か聞いてる?」

「いや……多分、ユージオの手伝いをすると思う」

「……そう。ユージオの、ね」

 

 より一層空気が重くなったことをルークは感じた。

 

 これ以上は良くない。自分にとっても、セルカにとっても。

 

 そう思ったルークは、石像のようになった足を無理やり前へ動かした。

 

「俺、もう行くよ。セルカもあんまり勉強に根を詰め過ぎないようにな」

「あ、待って!」

 

 今度こそ制止の声を無視して、ルークは強く肩にかけた革紐を握りしめて走り出す。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 

 自分の背中を追いかけてくるような罪悪感から逃れるように、走って走って走り続けた。

 

 やがて、南門にたどり着くといつも寄りかかっている壁に背中を預け、ズルズルとそのまま崩れ落ちる。

 

「ああ、ちくしょう……なんで俺は、あんな風に」

 

 両手で顔を覆い隠し、先ほどの自分の態度を呪う。

 

 セルカは終始、こちらを伺うような顔をしていた。

 

 何かを案じるような目線と、慎重な口調だった。

 

「くそっ、昔は違ったのに……」

 

 こんなことならば、キリトの様子を見に教会になどいかなければよかった。

 

 ああ、こんなとき昔の自分ならどうするだろう。

 

 アリスと、ユージオと……そしてあともう一人の誰かの兄貴分だった頃の自分なら、どうできただろう。

 

 

 あの日。アリスが咎人として整合騎士に連れて行かれた日。

 

 助けようとしたユージオを押さえつけ、彼女が連れて行かれることを黙認した。

 

 そこには村人や、彼女たちの両親と一緒にセルカもいた。

 

 

 

 幼かった彼女にとって、姉がどこかへ連れ攫われてしまう光景はどれほどの恐怖だろう。

 

 大好きだった姉を、みんないない者のように扱うのは、どれだけ辛いだろう。

 

 親にさえ天才だった姉と比べられ、姉への思いと葛藤に一人で悩むのは……どれだけ、苦しいのだろう。

 

「俺が、あの時違う行動を取っていれば何かが変わったのか……?」

 

 そうすればセルカと、もっとちゃんと話ができていたのか。

 

 キリトが現れるまで一切感情を表に出さなかったユージオは、もっと笑っていられたのか。

 

 何より……いつかの為、なんて曖昧な理由で剣を振るう滑稽な自分は、どうだったのだろう。

 

「なんで、俺はこんなに……」

 

 

 

 

 

 

 

 弱いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その一言が、朝靄の中に消えていった。




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