ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
楽しんでいただけると嬉しいです。
金貨や宝飾品を蹴散らし、成り損ないが飛びかかる。
まるで岩が矢よりも速く飛んでくるかのような威圧感は、それだけで凄まじい。
事実、《果ての山脈》に侵入していたゴブリンの小隊は為す術もなく全滅し、悉く餌となったのだ。
(だが……)
ゆっくりと、ライオットは拳を開いて構えを変えていく。
真正面からやってくる成り損ないを観察し、荒々しい突進の全てを観察した。
重心の位置、筋肉の隆起、力の流れ、視点の場所……あらゆるものを、極限の集中で見抜く。
そして。
「ハッ!!」
グギッ!?
成り損ないの剣技とも言えぬ一撃を滑らかに躱し、その横っ面に掌底を叩き込んだ。
鈍い音が響き、数枚の鱗を飛ばしながら成り損ないが吹き飛んで近くの柱に体を打ち付ける。
地面に落ちた後、一瞬で四つん這いに立ち上がると、再びライオットに強襲をかけた。
「フッ──」
それもまた、易々と回避される。
繰り出した回し蹴りの下に回り込んだ騎士は、低姿勢で素早く回転しながら裏拳を腹に入れる。
鈍器で打ち抜かれたような振動が臓物を揺らし、横向きに吹き飛んだ成り損ないが財宝の山に突っ込んだ。
宝が宙を舞い、分厚い氷の床に甲高い音を立てて落ちる。
残心したライオットの拳から秘奥義のような光が消え、彼はゆっくりと立ち上がった。
そうして金貨の小山へ振り返り──途端、中から成り損ないが飛び出してくる。
ギュラアアア!!
「遅い!」
突き出された右腕を両手で掴みとり、鎧に包まれた肩を成り損ないの胸につける。
そして、一本背負いの要領で固い床へ強烈に叩きつけた。
カヒュッ、と成り損ないが空気を吐き出し、その間にライオットは全身の力を使って巨体を浮かせる。
「おおぉおおおおっ!!」
腹の底から雄叫びを上げ、数度の回転で加速を伴わせながら遠くへ成り損ないを投げ飛ばした。
氷柱を砕き、奥の壁にぶつかって氷片を撒き散らしながら落ちる様を見つつ、深く呼吸をする。
体に空気を取り入れ、少し軋んだ音を立てる籠手の調子を確かめながら成り損ないの所へ歩いて行った。
ギュ、アアァアアア……!
四足歩行の姿勢で、成り損ないは警戒した唸り声を上げてライオットを見る。
三度の攻防で学習したのだろう。無闇に襲いかかってくることはなかった。
「生憎と、今のお前にゃ剣を使う必要すらない。この身一つで十分だ」
拳と掌を打ち合わせ、その高い実力を誇示するように見せつける。
怒りの混じった声を喉の奥から漏らす成り損ないへ、鋭い目線を向けた。
「
ギュグラァアアアア────!!
言葉を解する成り損ないは、明らかな挑発に絶叫し、侵入者へと飛びかかった。
ゆらりと拳を構え、重心を落としたライオットは獰猛に笑って迎え撃つ。
そして、一方的な戦いが始まった。
獣は、強靭な肉体と敏捷性、常識離れした体力で怒涛の攻撃を仕掛ける。
ゴブリンはおろか、学院の上級修剣士ですら一撃も視認できずに切り刻まれるような野生の猛攻だ。
しかし。ライオットは悉くの獣技を防ぎ、逸らし、あるいはそのまま返してみせた。
無双の強さを誇るはずの半人半竜は、ただの一度も緋髪の騎士に傷を与えられずに蹂躙されていく。
(────こうしていると、思い出す。失った記憶の断片を)
未だ頭に突き刺さる水晶柱のせいで欠けてしまった、大事な記憶。
拳を振るう度、堅く封じ込められたそれが朧げながら心に浮かんでくる。
緋色の髪の少年が、同じ年頃の少女と組手をしている。
背も高く、細いながらも筋肉質で力強い少年の技は、一度も少女に当たらない。
その顔には貴族らしい驕りと、焦燥、そして苛立ちが浮かんでいた。
負の感情に任せるままに、少年は拳を繰り出し──それを舞うように避けた少女に背負い投げされた。
大きく息を吐き、痛みに視界が明滅する。
高い天井を見上げ、苦痛に顔を歪めていると、そこに入り込んできた少女の顔が悪戯げに笑った。
『おや、もう休憩なのかい? シュトルツ家の長男というのは、随分と情けないね』
『っ、るっせえ!』
あからさまな挑発にあっさり乗った自分は、すぐさま起き上がると少女に構えた。
くすりと余裕の笑みをこぼした少女も緩やかに型を定め、また稽古を始めるのだ。
(何も、思い出せねえ。あの女の名前も、はっきりとした顔も、何もかも)
ただ、彼女に徹底的に打ち砕かれ、驕りを打ち直した矜持を宿すこの魂が。
染み付いた技を振るう度にこの体が、懐かしさと愛おしさで満ちていく。
(ああ、わかってる。あいつはもう、この世界にいないんだろう。俺だけが今も生きていて……だから、この技だけは、忘れられねえんだ)
今やそれだけが、彼女の存在を実感させてくれる……唯一残った証なのだから。
ギュラアアアア!!
「セィアッ!!」
微かに心に残ったその愛をしかと握り締め、堕ちた好敵手へと拳を振るった。
そんなライオットと、何度叩きのめされようと抗う成り損ないの攻防に、周囲は破壊されていく。
人の背よりも高い氷柱は悉くが砕け散り、出口付近にいるイーディスやセフィアにもその様子が見えた。
「うわ、すご……」
初めて見る同胞の剛拳に、イーディスは思わずそう呟いてしまう。
騎士団内での序列は、ベルクーリを頂点として副長ファナティオ、アリス、数人を挟み自分といった具合。
その中で、これまでライオットは六、七位といった具合であったが……とんだ爪を隠していたものだ。
(守護竜の魂を宿した神器と、中途半端とはいえ竜を一方的に下せる格闘技術……神聖術の腕や頭脳も抜群だし、これが担い手の力だというの?)
秘められた彼の実力に戦慄する彼女。
その横では、二人の攻防をはらはらとした様子で見守っているセフィアの姿があった。
一撃入れられる度に、その勢いを弱めていく成り損ないを見て、今にも飛び出しそうになっている。
「ルーク……っ!」
彼女の目の前で、騎士に息子がなすすべも無く打ちのめされている。
唸る拳が鱗を抉り取り、鞭のようにしなる蹴りがその体を地面に叩きつける。
分かっている。あれはあくまで興奮している息子を鎮める行為で、何らかの悪意あるものではない。
それでも、鈍い音が広間に木霊する度、びくりと肩を大きく震わせた。
ギュ、オ、アアァアアアア!!
全身を傷と血に塗れさせながら、子供でも避けられそうな一撃を成り損ないが繰り出す。
ライオットは、もはや避けることもなく義足を払うと肘を顔に入れ、地面へ打ち倒した。
ォ、ガ、ギィ…………
「……悪いな、ルーク。少しばかり、眠ってもらうぞ」
地面を這いずる成り損ないに、冷徹な目で見下ろした緋髪の騎士は。
ゆっくりと、小指から握り込んだ拳へ、音を立てて全力に近い力を込め。
そして、容赦無く振り下ろした。
「駄目………っ!」
「あっ、ちょっとッ!?」
その時、耐えられなくなったセフィアが駆け出す。
不思議な力でも働いているように、華奢な足を必死に踏み出して風のように疾走し。
まさに息子の脳天に拳が吸い込まれる、その瞬間。
「騎士様、もうおやめくださいっ!」
彼女は、その間に割り込んだ。
ライオットが、咄嗟に拳を止める。
額を割る寸前で制止した拳から発せられた鋭い風に、セフィアの髪が大きく後ろへ舞い上がった。
ゆっくりと焦げ茶色の髪が落ちていき、静寂が訪れる。
中途半端な姿勢で止まったライオットの瞳と、きりりと吊り上がったセフィアの瞳が交差した。
「……何をしている、母上殿」
「もう、これ以上は必要ありません。どうかその拳をお収めください」
「そこにいると危険だ。今すぐイーディスのところへ戻っていただこう」
「いいえ。これ以上息子と戦うというのなら、例え殺されてでもここを動く気はありません」
確固たる意志を込めた声音で、不退転の姿勢を見せるセフィア。
再び露わになった、彼女の母としての強さにライオットはハッと息を呑んだ。
すると、いつの間にか沸騰していた思考が急速に明瞭になっていく感覚を覚える。
(……俺としたことが。いつの間にか、頭に血が上っていたな)
まさかここまで感情的になっていたとは、騎士として恥ずべきことだ。
二百年の時を生きてなお、未熟さを痛感しながら……突き出しかけた拳を下ろした。
「……分かった。ここまでとしよう」
「……感謝します、騎士様」
「だが、危ないのは事実だ。今のそいつでは、母上殿を傷つけてしまうかもしれない。だから──」
「それでもいいのです。私は、もう……見ているだけなんて、嫌ですから」
セフィアは、ずっと後悔していた。
いつも言葉だけを贈り、見送るばかりで、愛する人達を守れない。救えない。
どれほど歯痒い思いをしただろう。不安にかられ、一人枕を涙で濡らしただろう。
だから今こうしたことに、何の恐れもない。むしろ、初めて自分が誇らしくさえあった。
ライオットが、頑ななセフィアにどうしたものかと嘆息する。
こちらに歩み寄ってきているイーディスも、彼らの会話を聞いて何とも言えない顔をしていた。
………………。
その一方で。
地面に這いつくばった成り損ないも、彼女の背中をじっと見上げていた。
細くて小さな、その後ろ姿。
何の力強さもなく、戦う力の一つも持っていないだろうに。
それなのに何故か、とても……
成り損ないは、あの背中に宿る温もりを知っている。
今目の前にあるものより、もっと昔……そう、この世界に生を受けた瞬間から、ずっと。
その温もりを、与えて、くれたのは──
「かァ…………サ…………ん…………」
瞬間、広間の空気が凍りついた。
すぐには理解が及ばず、たっぷりと数秒かけて解析する必要があった。
ようやく思考が現実に追いついた、その時。
「「────ッ!!???」」
ライオットとイーディスが、恐ろしい形相で振り向いた。
凡そ人に向けるものではない表情の先に、彼らと対面する形になっていたセフィアも勢いよく振り返る。
三人は、改めて成り損ないを見た。
自分達を……否。
「……おい………今、こいつ…………」
「………………喋、った…………?」
あり得るはずのない、まるで泡沫の夢が現実になったかの如き事態に、二人は喘ぐように言う。
緋色の瞳と真紅の瞳が、いっそ無遠慮なほどに成り損ないの瞳を覗き込んだ。
しかし、何度見てもその金眼には意思らしきものが存在していたのだ。
「ルーク…………なの………………?」
セフィアも、信じられないといった面持ちで息子のことを見下ろした。
母の問いかけに、成り損ないは固く閉じていた口をゆっくりと開く。
そうすると、喉を震わせ──
ギュラアァア────ッ!!
「ぐっ!!?」
「きゃっ!?」
肌を強かに叩きつける咆哮に、思わず身が竦んでしまう。
この場で唯一自分に対抗しうる彼らを封じ込め、立ち上がった成り損ないはセフィアを捕らえた。
鋭い鉤爪で肩や足の裏を傷つけないよう優しく掴むと、横抱きに彼女を引き寄せる。
そうすると、渾身の力で羽ばたいて宙へ浮き上がった。
「っ! 待て、ルークッ!」
ギュラアァア!!
ライオットの制止も聞かずに、雄叫びを上げた成り損ないはその場を飛び去る。
一瞬で二人の頭上を通過すると、そのままルーリッドの方面へ繋がる出口の穴へと消えていくのだった。
主を失った広間に、今度こそ静けさが戻ってくる。
取り残されたライオットとイーディスは、呆然と成り損ないが飛んでいった洞穴を見る。
「あいつ、思い出したのか…………?」
「嘘……そんなことあり得るの…………?」
「……分からねえ。守護竜程の存在に食い尽くされたら、二度と記憶や人格は戻らないはずだが…………」
今自分達が見たものは、アリス達を守るように単なる原始的な行動だったのか。
はたまた、何かしらが引き金になって記憶の一部を取り戻したのか。
(あるいは、最初からあいつの魂はまだ何処かに…………いや、それは希望的観測が過ぎるか……?)
頭を悩ませるものの、一向に答えが導き出せる気がしない。
すぐに解決することが困難と悟ったライオットは、思わず深くため息を吐いた。
「ったく、戻ってきてほしいと願っちゃいたが、その糸口が現れたかもとなると急に複雑になりやがる」
「…………けど、もしも彼の記憶がまだ消えていないなら。望みはあるってことよね」
「なんだ、やけに嬉しそうなツラしてるじゃねえか」
「はっ? べ、別に嬉しくなんてないけど? ただ、母親の前で斬らなくて良くなったからホッとしてるだけよ?」
「そうか? なんか怪しいが……」
なんとも挙動不審なイーディスを訝しむが、そっぽを向いた彼女は答えそうにない。
一応、斬らなくてよかったという部分には本心からのものを感じたので、追求は止めておいた。
それから、今一度成り損ないがセフィアを連れ去っていった出口に顔を向け。
(ルーク。もしもお前が戻ってくる可能性があるのなら……俺は、今度こそ絶対に諦めねえからな)
固く、その決意を新たにした。
今回は短めに。
読んでいただき、ありがとうございます。