ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
長くなる気配を察したので、今回はこのエピソードだけにしました。
楽しんでいただけると嬉しいです。
早いもので、襲撃から六日が経った。
無惨な状態となったルーリッドは、幸いにもルークの超大規模神聖術により半壊で済んだ。
村長ガフストはあらゆる天職を全うする義務を一時的に停止し、立て直しを図った。
その甲斐があって、すぐさま復興作業に従事したことにより、徐々に人々は生活を取り戻しつつある。
何日が過ぎた頃、救助が間に合わずに命を落としてしまった者達の葬儀を執り行えた程だ。
そして、最大の功労者であり、奇跡のようにこの世へ舞い戻ってきたルークは。
「ルーク。あなた。私がどうして怒っているか、分かるかしら?」
現在進行形で、セフィアに説教を食らっていた。
幸運なことに然程壊れておらず、修繕が済んだ懐かしの我が家で、バルド共々正座をしている。
そこに、誇り高き竜騎士としての威厳など欠片も存在していなかった。
胸元で手を組んだ母の放つ威圧感に、親子揃ってだらだらと嫌な汗を流す。
村人と共に復興活動に勤しんでいた彼らは、昼の休憩に入って早々にセフィアに首根っこを掴まれた。
そうして問答無用で家まで引きずって来られ、現状に至る訳だが。
(……息子よ)
(……ああ、父さん)
ルークとバルドは、目線だけを互いに向けると心の中で頷き合う。
(余計なことは、決して口にするな)
(分かってる。何故なら、母さんは……)
(彼女は……)
本気で怒ると、とても怖い。
片や息子として、片や夫として。
普段は常に優しさを損なわない彼女が、その実村の女連中で最も恐ろしい事をよく知っていた。
だからこそ、彼らが連れていかれるのを見ても、村の誰もが目を逸らして助けてくれなかったのだが。
「二人とも?」
「っ、あ、ああ。ちゃんと聞いてるよ、母さん」
「…………うむ」
ジッとルーク達を見ていたセフィアは、その言葉に少し目を細める。
しくじったか、と一瞬背筋が凍るような錯覚を得たが、彼女は特に何も言うことはなかった。
安堵したのも束の間、自分だけに視線が向けられた事でルークはぐっと息を詰まらせる。
「ルーク。母さんがどうしてこんなことをしているか分かる?」
「え、ええと……色々心配かけた、から?」
「具体的には?」
「…………自分を大切にしなかったり……人であることを捨てたり、とか……」
「そうね。ちゃんと自覚しているようで、母さん嬉しいわ」
絶対喜んではいない、という言葉を飲み込んだのは僥倖だったろう。
あるいはバルドとの意思疎通がなければ、火に油を注いでいたかもしれない。
だが、今しがた口にしたことは、まぐれで当たったわけではなかった。
〝彼女〟に導かれた時。
夢か現か空漠たるあの会話で、本当の過ちをよく思い知った。
もう目を逸らさないと誓った時、改めて自分を振り返ってみると、いくらでも気づけることはあったのだ。
(それに、何日か前にライオットにしこたま怒られたし。あいつ、声は荒げないけどすげえ怖かったな……)
今回のことをカーディナル達に報告する為、一足先に央都へ戻った友たる騎士。
彼の淡々としながらも決して口を挟ませない説教を思い出し、ぶるりと体が震える。
そこでふと、既にこの村にいないもう一人の騎士のことを思い出した。
(イーディスは、今どうしているのだろうか。アリスの話では、まるで逃げるように飛び去ってしまったと言っていたが)
村人達が開墾地に無事逃げるまで、先導をしてくれた感謝をまだ伝えていない。
それに、と。セフィアの視線から逃げずに目を合わせながら考える。
まだ誰にも明かしていない、胸の内に秘めたある想いを、彼女へ伝えたかったのだが。
(……まあ、まずはこの局面を乗り切るのが先か)
ここでセフィアの怒りを鎮めなければ、イーディスとの再会も叶うまい。
「あの時も言ったけれど……ルーク。貴方はもう少し、自分を大切に思う人達のことを考えなさい」
「……ああ。それはよく反省してる。多くの人を悲しませてしまった」
それは自分を取り戻してからというもの、常に心を苛む痛みとなっていた。
更には昨日、子供達の様子を見に教会へ行った際、自制の限界がきたらしいセルカに泣きつかれた所だ。
わんわんと大泣きをしていた彼女の他に、畏れていたことを謝罪してくれた気の良い村人もいた。
意外だったのは、ジンクが謝ってきたことだ。
ルークがいずれ衛士長になるだろうと言われていたことから、彼とは中々に複雑な関係だった。
先代衛士長の息子としての矜持だったのだろう。
何度も突っかかってきた彼が、居心地悪そうに頭を下げたのは驚きだった。
(あいつも成長したってことかな。このまま、立派な衛士長になって村を守ってくれるといいんだが)
今や大いなる使命に直面している自分の代わりに、故郷を守る役目を彼に任せることにした。
それを伝えた時の、少しだけスッキリしたジンクの顔は、見ていてこちらも気分が良かったものだ。
「貴方が私達を愛して、守ろうとしてくれるのはとても嬉しいわ。守護竜様に選ばれたのも、母親としてとっても誇らしい」
「ありがとう、母さん」
「でもね。それと同じくらい私や、セルカちゃんや、アリスちゃん。他にもたくさんの人が、貴方のことを深く愛してるの。守りたいと思っているのよ」
「…………うん。それも、分かってるよ」
それは卓越した剣の腕や、高等な神聖術を扱うことでなし得る守護ではない。
言うなれば、心の守護。
愛を以って寄り添い、一人では乗り越えられない苦悩に打ち勝つ力だ。
「自分を見失っていた時。それでも愛してくれた人達がいたからこそ、俺は帰ってこれたんだ。その強さと大切さを、二度と忘れたりしない」
「…………本当ね?」
「ああ。白き竜の魂と、キリト、ユージオ、アリスに誓って。俺は俺に向けられる愛から、もう逃げない」
真正面から、この想いを伝えるためにセフィアを見つめる。
彼女は一切の欺瞞や虚偽を許さない眼差しで、息子の目を確かめた。
数分もの間、視線の応酬は続いて。
「…………うん。分かった。母さん、その言葉を信じるわ」
やがて、セフィアはそう言って微笑んだ。
ルークも同じように、彼女へ笑い返し──
「それはそれとして。村の人達を脅かした事とか、闇の国の怪物を食べていた事とか、まだまだありますからね!」
「はい…………」
どうやら、もうしばらく続きそうである。
それからしばらくの間、家の中にひたすらセフィアの声が朗々と響き続けていた。
「──まあ、このくらいにしましょうか」
「ありがとうございます……」
「まったくもう、気をつけるのよ?」
がっくりと首を落としたルークは、もはや頷くことしかできなかった。
三十分以上絞られ続けた息子に、同情するような目を向けるバルド。
「さて。次は……あなた」
だが、直ぐに自分へと矛先が向いて、元より正していた背筋をさらに伸ばした。
いかなる誹りも受け入れる覚悟で、20年ぶりに再会した最愛の妻を見上げる。
「……まず、ありがとう。ルークと一緒に、ルーリッドを守ってくれて」
「……記憶はなけれども、ここは我が故郷。友らとの軌跡が秘されし地。故に、当然の事だ」
バルドの頭には、未だに
絶大な心意によってほぼ無効化しているものの、記憶の楔としては機能している。
仮に、これが外れたとしてもアドミニストレータの実験によって破壊された記憶が完全に戻る事はない。
それでも彼がこのルーリッドの事を知ったのは、時折夢見るベルクーリとの思い出が所以。
更にスワロウによって己の過去を明かされ、かつて傷ついた時に本能でこの村に辿り着いた。
そして、彼女と出会ったのだ。
「ここは、君が生まれ、育ち、愛した場所。……たとえ、我が息子を拒絶しようとも……君がいる限りは、守らなねばなるまい」
あの一年の思い出は、遥か太古の記憶の断片に等しい輝きを、今もなお放つ。
色褪せぬその光があったからこそ、ルークの事で弱まった剣気が完全に潰えることはなかった。
「だから、私は……」
「……だったら」
だが、しかし。
「だったら……どうして、ずっと私を避けていたの…………?」
「っ……」
バルドの心は、みるみる内に崩れていく妻の表情によって揺らいだ。
母として毅然とした顔をしていたセフィアは、吊り上げていた眉尻を落としていく。
ある種の威厳に満ちていた目つきは悲しみに染まっていき、何かを堪えるように口元が戦慄く。
「私は……確かに20年前、貴方を信じて送り出したわ。成し遂げたい事があるって、その願いを強く信じていたから」
震える声で、セフィアは語り出す。
約二年前のあの日、ルークを見送ったように、セフィアはバルドの旅立ちを祝福した。
たとえ息子を一人で育てることになり、あらゆる苦難が待ち受けていようとも。
離別の哀しみに、それでも耐え続けてこられたのは……いつか、再会できると思えたから。
「なのに貴方は……この一週間、一度だって私と向き合ってくれた?」
「…………それは」
初めて、バルドの鉄面皮が崩れる。
襲撃を防いでからの六日間、彼は復興活動の助力に尽力し続けていた。
不幸にも亡くなった村人の亡骸を捜索し、倒壊した家屋の撤去を行い、森に住む危険な獣を狩った。
どこまでも実直に、堅実に……それはまるで、
「私……待ってたのに。ずっと………貴方が、私のところに……戻ってきて、くれる…こと、を………」
はらりと彼女の零れ落ちた涙に、バルドのみならず、ルークも息を呑む。
一度として、母のこんな顔を見た事はなかった。
母としてではなく、一人の女性として……愛する者から遠ざけられた事への、心が張り裂けるような悲哀。
なまじその魂の音がはっきりと聞こえてしまうだけ、ルークはより確かな実感を得た。
「母さん、それは違うんだ。父さんは、ずっと離れ離れだった母さんと、どう向き合っていいのか分からなくて……」
「……止せ、息子よ」
共に復興活動を行う中で、常に〝聞いて〟いた父の苦悩を口にしようとする。
しかしそれは、他ならぬ当人が手で制した事で諌められてしまった。
自分を見上げてきたルークを、バルドは纏う雰囲気だけで圧する。
彼と合わせなかった目線は……常に、自分を悲しげに睨みつけるセフィアへ向けられていた。
「…………セフィア」
「…………何よ」
とても柔らかい、ルークへの口調ともまた違った声音で、バルドは妻を呼ぶ。
簡単に許すつもりのない彼女は、それでも名一杯目に力を込めてみせる。
そんな彼女の、白いスカートを握りしめる両手を、大きな手を被せるようにして包み込んだ。
「…………すまなかった。全て、私の過ちだ」
「………………」
「君も知っているだろうが……私は、復讐に身を捧げた悪鬼だ。私や、多くの者達の心を奪ったかの女神を弑するが為、生き続けてきた」
その手は数多の敵を切り伏せた事で、拭うことのできない返り血に染まり。
燃え盛る憎悪は休まることを知らず、強靭無比な意志がバルドに力を与えてきた。
騎士人形となった友と、剣を交えたこともある。
助けると誓った彼を斬ることだけはどうしてもできず、結果敗北し、故郷へ逃げ帰った。
そんな、決して誇れるものではない三百年に至る人生に現れたセフィアという女性。
彼にとって、剣を振るう度に捨ててきた心の重荷を思い起こさせるには、彼女は十分な光だった。
「恐ろしかったのだ。我が息子と出会い、こやつが友と力を重ね、我が宿願を果たし…………渇望を失った私に、存在する価値はあるのだろうかと」
「っ、そんなこと! 貴方は私にとって、他の誰も代わることができない人なのよっ!?」
「ああ。君はそう言ってくれるだろう。…………だからこそ、尚更に君に私のような鬼が相応しいのかと、そう思ってしまったのだ」
恐怖していた。あらゆる敵の命を握り潰してきたこの手で、彼女をも傷つけないかと。
友以外に唯一抱いた大いなるその愛は、同時に凄まじい不安を最強の騎士へもたらした。
彼女の手を取り、その温もりを確かめたい。
セフィアを想えば想うほど恐れは強くなり、遂には逃げてしまったのだ。
「だが、今この瞬間思い知った。我が苦悩は、なんと浅はかであったのだろうかと」
「父さん…………」
「この恐れは、君の愛を裏切るのと同義。君が私など比べ物にならぬほど強いのを、よく分かっていたはずなのに……私は、また己が無知を知った」
自分の信念の強さを確かめた時のように、確固たる声音で語る父に、ルークは圧倒された。
セフィアも同様に、あれほど燻っていた怒りを忘れたように、ただその言葉に聞き入っていて。
「もう一度言おう。──すまなかった。セフィア」
そして、バルドは彼女をそっと抱きしめた。
二度と離れはしないと、背を向ける事はないと、そう証明するように、強く、強く。
ようやく得られたその温もりに、セフィアが大きく目を見開いた。
「私は、もう君から逃げはしない。この身と剣に未だ存在する意義があるのなら、君にこそ我が全てを捧げよう」
「っ……あな、た…………!」
遂に決壊したセフィアは、バルドの背中に手を回すと、その首筋に顔を埋める。
怒りを押し流す、大きな嬉しさへの嗚咽を漏らす彼女の背を、彼は恐る恐る撫でた。
「………………」
やっと再会できた両親の姿に、ルークも隠しきれない嬉しさの滲む笑顔を無言で浮かべた。
二人の間にあるものには、どうにも自分が入り込めないような気がして、静かに立ち上がる。
そのまま彼らに気付かれないよう、我が家から出ていった。
「……よかったな、母さん。父さん」
扉をそっと閉めると、思わずそう零す。
しばらく二人きりにすべきだと思っていると、不意に覚えのある音を感じた。
それに従い振り返れば、見計らったように外套姿のアリスが角から姿を表し、こちらに気がつく。
「ルーク兄さん。こんな所でどうしたのですか?」
パッと微笑みを浮かべた彼女は、小走りに近づいてきた。
すっかり態度が軟化した妹分へ、ルークは少しきまりが悪そうな顔をする。
「ちょっと、今夜の寝床に困った所でな」
「そうなのですか?」
「ああ。教会にでも行こうかと考えているんだが」
首を傾げる彼女へ、背後の扉を一瞥してから首肯した。
ふむ、と指をおとがいに当てた彼女は、少し考えてからおもむろに口を開く。
「でしたら、我が家へ来るのはどうです? 四日前、セルカが突然泊まりに来たので、次に備えてもう一つ敷き布団と毛布を用意したのです」
「おお、それは助かる! キリトの様子も気になってたし。やっぱり持つべきものは妹分だな」
「ええ、是非」
にこやかに笑ったアリスは、顔を上げてから「それに」と続ける。
次の瞬間、柔らかだった彼女の音が吹雪のように変わっていくことをルークは聞きつけた。
しまったと思った時には、もう遅く。
「私も、少し兄さんと話がしたかったので。
凄みのある笑顔でそう言うアリスに、盛大に顔を引き攣らせた。
読んでいただき、ありがとうございます。
分割したので、次回がこの章の最後です。