ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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WoU編序章の最後の話、どうぞお楽しみください。


新たなる旅立ち

 

 

 

 

「…………美しい世界だ」

 

 

 

 丘の上から見える絶景に、思わずそうひとりごちる。

 

 双子池や湿地帯、開墾地など、その全てから小さな命の営みが聞こえてくる。

 

 かつては己を人から逸脱させたこの力だが、今となっては非常に心地が良い。

 

「昨日、アリスに一晩説教された疲れも吹き飛ぶってもんだ」

 

 懇々と叱責されたのを思い出し、少し遠い目で景色に心を委ねた。

 

 すると、北に見える《果ての山脈》が目に入り、ふと苦笑を真剣な表情に塗り替える。

 

 

 

(念の為、洞窟を確認しに行ったが。そこには既に、かの竜の遺骨はなかった)

 

 

 

 半年の間、寝床として唯一自分の拠り所になってくれた、冷たき竜の骸。

 

 その骨片の一つすら見つからずに、まるで世界に溶け込んだように消え去っていたが。

 

 

 

(……この世に戻ってきた時。体の中に、何か膨大なものが流れ込んでくる感覚があった)

 

 

 

 グッと、腰に履いた《白竜の剣》に添えた手に力を込める。

 

 成り損ないとして体に纏った()()()を脱ぎ捨て、ずっと眠らせていた意識が覚醒した時。

 

 剣を握った瞬間、手を伝って肉体に、魂に、不思議なほど力強いものが流れ込んできた。

 

 ルークの中を満たしたのは、膨大な力や記憶、智慧といった、かの竜が己の中に秘めていた全て。

 

 

 

(かつて、その気高い魂を内に抱えていたあの骸が消えたことが、もし俺に関係しているのなら──)

 

 

 

 確かめなければならない。

 

 

 

 

 

 この一週間、思索を続けた事に答えを見い出すため、ルークは《白竜の剣》に手をかけた。

 

 いつもと変わらず、清涼な音で鞘から現れた刃の切っ先を天に向け、目を閉じる。

 

 

 

(思い出せ。あの竜の、本当の姿を)

 

 

 

 思い描くのは、かつて夢の中で見えた荘厳な白。

 

 己が身が変異した成り損ないなどより、遥かに完成された存在。

 

 視界を染めた暗闇の中で、あの純白の巨躯、極太の四肢と尾に、鋭い鉤爪や牙を見出す。

 

 まばらなそれらを纏め上げ、芸術品のような鱗の一枚一枚に至るまで鮮明に、一つの姿を。

 

 そして何より目を奪われた、あの黄金の瞳を記憶から掘り起こして──

 

 

 

 

 ──ィイン。

 

 

 

「…………!」 

 

 全てが揃った時、暗闇を照らし出すその〝白〟が翼を広げた。

 

 目を見開けば、そこには同じ色の輝きを放ちながら震える愛剣がある。

 

 柄から両手を手放すと、ひとりでに浮き上がった《白竜の剣》から数歩分後ずさった。

 

 残された剣は、徐々に空へ浮かび上がっていくと、その光を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 爆発するように共鳴が広がり、ざあざあと豪雨のような音で木々を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 双子池の向こう岸まで届く波紋が幾重にも広がり、ルークは思わず目を細めた。

 

「く……!」

 

 右手で顔を庇いながら、それでも目を逸らさずに愛剣を見続ける。

 

 剣から放出された莫大な光は、空中に明確な流れを持って漂い、巨大な何かを作り出していった。

 

 先端から紡がれていくそれが、何かの四肢や尾、鼻の先端……生物の骨格である事にルークは気がついた。

 

 形成された翼を持つ蜥蜴のような光の上に、新たに青白い光が肉付けされていく。

 

 張り付いた光が筋肉の束となり、どこか頼りなかった骨に無類の力強さを与えた。

 

 無駄なものがない肉体へ、更に白い光──否、純白の鱗が覆い被さり、鎧の如く纏われて。

 

 最後に、大きな翼に水晶色の膜が広がり、砕けて淡い青色の皮膜となった。

 

「────────」

 

 目を奪われているルークの前で、剣が役目を終えたのか光の放出を止める。

 

 ゆっくりと戻ってきた愛剣にハッとして、手に取ると一気に重みが戻ってきた。

 

 それをまじまじと見つめていると──ズン、と盛大な地響きを伴い、ソレが地面に降り立った。

 

「っと……」

 

 少しよろけ、足の位置を変えて転倒するのを阻止する。

 

 それから前方へ顔を向けて──やはり、息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 美しい生き物だった。

 

 

 

 

 

 鼻先から尾の先に至るまで、三十メルを越える巨大な体。

 

 それを支える四本の足は力強く、頭に伸びる角の先端は地面から十メルも離れている。

 

 剛体を浮かせるに足る大きな淡蒼色の翼から、最後にその顔へと視線を投じた。

 

「────ようやく、会えたな」

「……ああ。やっと、その顔をはっきり見られた」

 

 ルークの銀の瞳と、その生物の黄金の瞳が交じり合う。

 

 口も開かず、人の言葉を話した純白の竜は、静かな瞳で自らの担い手を見下ろした。

 

「よくぞ、我が全てを得た。今の汝は、真に我の代行者である」

「……やっぱり。俺を試していたのか」

「然り」

 

 精悍な顔が僅かに下へ傾けられ、ようやく答えを得られたことに笑む。

 

 

 

 

 

 ルークが経験したあらゆる苦難は、この竜がもたらした試練だったのだ。

 

 体を蝕まれ、記憶を奪われて、全てを失った末に、彼の成り損ないになった。

 

 あの時の恐怖や哀しみ、あらゆる痛みと苦しみは、ルークを真の担い手とする為のもの。

 

「全部、俺の覚悟を見極めるのに必要な事だった」

「言ったはずだ。()()()()()()()()と」

 

 ただ望むだけでは、白き竜がその意志を認めることは決してない。

 

 己の全てをかなぐり捨ててでも、願いに手を伸ばす不屈の意志。

 

 誰にも真似することのできない無二の勇気があってこそ、担い手たりうる。

 

 そうでなくては、人界を守護し、かの邪悪なる竜を討ち果たすことなど、できようはずがないのだから。

 

「この半年の事は……俺に戦いの経験と大量のリソースを積ませることで、お前を受け入れるだけの器を作った、って所か」

「人の身に、我が力は重すぎる」

「そうだな、よく実感したよ」

 

 不思議なほどはっきりと覚えている、アドミニストレータとの決戦を思い返して苦笑する。

 

 

 

 

 

 完全に力を得た今だからこそ分かる。

 

 あれは、この竜が持つ力の()()()()()()()()()()ことが。

 

 故に、長い時をかけて力を扱う術を学び、同時に全てを委ねても耐え得る準備が必要だった。

 

「まさに羽化する前の蛹、ってわけだ」

「汝は見事、翼を広げてみせた。我が下賜したものではなく、汝自身の翼を」

 

 そして、仮に力を手にするのに十分な器を作り上げたとしても、それだけでは足りない。

 

 確かに積み上げたものを、自分の意思で、自分の欲望で使いこなしてこそ、完成する。

 

「我は望む。他の何者にも勝る渇望を。そうでなくては世界を護るなどという不遜、いかなる資格があって口にできようか?」

 

 世界と、そこに生きとし生ける遍くものの営みを護ることは、あらゆる罪にも勝る傲慢だ。

 

 それは支配することよりも遥かに険しい道のりであり。その重みを知ってなお、望むのであれば。

 

 相応しいだけの、我欲が要る。

 

「救世を為すのは、義務であってはならぬ。成し遂げる者が心より望んでこそ、使命となるのだ」

 

 あるいは、生まれた時から運命(さだめ)としてそれを決められていた白い竜すらも不適格かもしれない。

 

 永遠の命、不滅の存在であることは、整合騎士すら及ばない永久の停滞をも意味する。

 

 だからこそ四柱の聖なる守護竜の中で、あるいは彼だけが──後継者を欲していたのかもしれない。

 

「我ら竜の生に、終わりはなく。それ故に過去も未来も存在しない。だからこそ──」

「──今を生き、未来を望む者が使命を成し遂げなければならない」

 

 自ずと辿り着いたルークの答えに、白き竜は深く頷いて。

 

「ルーク。我が使命を継ぎし人の子よ。汝の願う未来へ羽ばたくがいい。人の願いこそが、世界を救うのだ」

「──確かに。その使命、受け継がせてもらった」

 

 厳かな口調で告げられた言葉に、ルークはその場で跪いて深く頭を下げた。

 

 人一人の手には余りあるその使命を、必ず果たしてみせると示すために。

 

 魂の根底から繋がった白い竜は、偽りなき彼の心を見定めて、フッと小さく笑う。

 

 

 

 

 

 

 

「今こそ教えよう、我が真の名を。──我が名はグウィバー。人界を守りし四柱の聖竜、その一柱にして、御魂斬りの剣者である」

 

 

 

 

 

 

 

 告げられたその名は、ルークの魂の髄にまで深く刻み込まれていった。

 

 彼はこれから、気高きこの竜に恥じぬよう、己の使命を果たしていくことだろう。

 

 

 

 

 

 数分の間、ルークはそうしたままでいた。

 

 この胸にある敬意と感謝を十分に伝えられたと思えるまで、頭を下げ続ける。

 

 それからゆっくりと立ち上がり、グウィバーへ微笑みを向けた。

 

「ありがとう、俺を選んでくれて。おかげで、この夢を追いかけ続けることができる」

「汝の道には、常に我が隣にいる。それを忘れぬことだ」

「ああ。それに、俺が愛する人達もな」

 

 うむ、とグウィバーは頷く。

 

 頭の中にキリトやアリス達を思い浮かべて、かつての彼の言葉の意味をようやく理解した。

 

 愛に支えられ、愛を貫く──それこそが自分のゆく道なのだと、確かに信じられたのだ。

 

「まあでも、結構えげつない試練だったよな」

 

 そこまで考えたところで、張り詰めていた空気を緩和させる為に相貌を崩す。

 

 まるで生来の友人に話しかけるような言葉に、グウィバーは怒ることなく、むしろ同じように笑った。

 

「うむ。我が番にも、人心を慮れと謗られた」

「俺はよかったけど、もう色んな人に散々説教されてさ……ライオットに父さん、セルカ、母さん、アリス…………ああ、多分キリトやユージオが戻ってきたら、あいつらにも怒られるんだろうなぁ」

 

 自分はあと何回説教をされるのだろうかと、乾いた笑いを浮かべる。

 

 これが真の担い手となった代償だというのなら、甘んじて受け入れるべきなのだろう。

 

 今のうちから覚悟を決めよう、と思った矢先、背後から聞こえるある音に気がつく。

 

 

 

 

 

 振り返ると、こちらに金属質な音を響かせて走ってくる、黄金の鎧姿の少女がいた。

 

 その隣には修道女姿の彼女の妹もいて、二人とも何やら切迫した表情をしている。 

 

「ルーク兄さ──ん!」

「ル──ク──!」

「おう、アリス! セルカ!」

 

 大きく手を振れば、彼女達は一瞬ホッとして、その後にグウィバーに気がつくと目を見開いた。

 

 心なしか走る速度が上がって、あっという間にルークの前にたどり着く。

 

「二人とも、そんなに急いでどうした?」

「はぁっ……はぁっ……ど、どうしたじゃ、ないよ……!」

「小屋まで、凄まじい風圧と剣気が届いて……! 何事かと思って様子を見にきたのです!」

 

 息も絶え絶えに訴えるセルカと、呼吸に乱れ一つなく捲したてるアリスに苦笑する。

 

 グウィバーの出現に際して相当な余波が出ていたが、まさか彼女達が駆けつけてくるとは思わなかった。

 

「まあ、見ての通りだよ」

「これが……あの御伽噺の、白い竜…………」

「……美しいですね」

 

 黄金の眼で自分達を見下ろす白い巨竜に、姉妹が揃って感嘆の溜息を吐く。

 

 自分の件があるので、敵視されなかったことにルークがホッと安堵した。

 

「こいつがいるから、東の大門へ向かう手段には困らなくなったよ」

「……そのようですね」

「……そろそろ、だよね」

 

 東の大門という単語を聞いて、俄かに二人の表情が険しくなった。

 

 

 

 

 

 村の復興も目処が立ったということで、彼らは戦場へ飛ぶことを決意した。

 

 これまでは動くことができなかったが、闇の軍勢の侵攻が始まった今こそ向かうべきだ。

 

 決戦の地になるだろう東の大門へ行くのは、ルーク、アリス、バルド。そしてキリト。

 

 未だに自我を取り戻さないキリトを連れて行く事には幾度も相談を交わしたが、結局置いていくことはできなかった。

 

 あれほどの事があって、なおも何かをする村人はいないだろうが、目の届く場所にいた方が良い。

 

 

 

(それに、心を閉ざしてしまったあいつも、戦場でなら何かを感じて目覚めるかもしれない。俺やアリスが、再び立ち上がったように)

 

 

 

 アドミニストレータを打倒しうるほどに研ぎ澄まされた、弟分の心意。

 

 それが人界を守る戦いでこそ、もう一度飛び立つことをルークは信じていた。

 

「……あのね、姉様。本当は父さまも、見送りに来たがっていたの。それだけは知ってほしくて」

「分かっているわ、セルカ」

 

 少し暗い表情で言うセルカの頭を、アリスがそっと撫でる。

 

 優しげな微笑みを湛えたまま、彼女は妹にこう言った。

 

「いつか、全ての役目を終える日が来たら。その時はただのアリス・ツーベルクとして帰ってくるから」

「うん……待ってるね」

「…………」

 

 頷くセルカとは裏腹に、ルークは少々難しげな顔をしていた。

 

 彼女の言葉は、戦いが終わったその時にアリス・シンセシス・サーティを消滅させることを意味している。

 

 本来のアリスを取り戻すことを、自分やキリト、ユージオはずっと目的にしてきたが……

 

 

 

(…………グウィバー)

(…………うむ)

 

 

 

 背後にいる竜と、密かに視線を交わした。

 

 

 

 

 

 そうしている間に、不安が取り除かれたらしいセルカがいるもの笑顔を浮かべる。

 

 それに伴って、アリスも彼女の頭から手を離した。

 

「さあ、もう行きましょう。キリトや、バルド殿達を待たせているわ」

「うん!」

「そうだな」

 

 セルカが頷き、ルークも同意して……一旦動きを止める。

 

 そして、三人とも一様に道の上で鎮座しているグウィバーへ目線を向けた。

 

「その、ルーク……」

「流石に……」

「分かってる……なあ、グウィバー。その図体だと森が破壊されるから、一旦剣に戻ってくれるか?」

「…………仕方があるまい」

 

 黄金の眼が瞼の中に消え、その体が白く発光したかと思うと霧散する。

 

 宙に舞った光は《白竜の剣》に収束されていき、最後の一粒まで吸い込まれるのを見てよしと呟く。

 

「ありがとうございます」

「いや。……さあ。出発しよう」

「うん!」

「ええ」

 

 首肯した姉妹と共に、ルークは小屋へと歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………しばらくの後、彼らが去った無人の道。

 

 グウィバーの足跡が残る場所に、一陣の風が吹く。

 

「……ふふ。やっぱり、君はやればできる子だね」

 

 いつの間にかそこにいた人物は、フードの下で楽しそうに呟いた。

 

 まるで全てを見定めていたかのように彼女は笑い、遠ざかっていく背中を見つめる。

 

「さて。これで様子見をする必要は無くなった。私も私のするべきことをしよう」

 

 意味深なことを言い残すと、風にも乗らないほどの小声で式句を唱える。

 

 瞬く間に生み出された風素が彼女の体を包み込み、あっという間に消してしまう。

 

 ソルスの光を利用し、世界から隠れた彼女は踵を返して。

 

 

 

 

 

「…………そ、っか。君は、まだ生きているんだね」

 

 

 

 

 

 ふと央都の方角へ顔を向け、心底嬉しそうにそう言いながら、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

ここまでがプロローグ。

さあて、戦争描写苦手だけど頑張るぞ。
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