ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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少し時系列は戻り、前話までの一ヶ月前からお送りします。


楽しんでいただけると嬉しいです。


【第六章】嵐前
羽化を待つ欠翅


 

 

 

 

 北セントリア央都修剣学院、修練場。

 

 

 

 そこに、一人の少女がいた。

 

 窓から差し込む斜陽は包み込むような橙色で、既に一日が終わりに近づいている。

 

 少女は初等錬士を示す灰色のスカートを着用しており、寮の門限はすぐ直後にまで迫っていた。

 

「シッ……! ハッ……!」

 

 だというのに、真剣なその面持ちには些かの妥協も存在せず。

 

 持ち手の革が擦り切れた木製の細剣をしっかりと握り、絶えず修練を繰り返していた。

 

 それを示すように、ピッタリと輪郭に張り付くような運動用下着に包まれた上半身には大量の汗が浮かぶ。

 

 阻害するものを極力排したことで、その動きはより鋭く、素早く、そして非常に洗練され。

 

 それでもなお、何かを追い求めるような眼差しで剣を振り続けるのだ。

 

 

 

(──まだ、足りない。もっと速く、もっと正確に)

 

 

 

 心を満たすのは、飽くなき探求。

 

 一ミルのブレすらも許せずに、何十、何百と納得できるまで型を繰り返す。

 

 それが完成したとしても、満足することは決してない。

 

 また次の型を繰り出し、積み重ねた最適の動きを完璧に再現できるまで、同じことを実行した。

 

 そうすることが、いつか自分の願いを叶える為の唯一の方法であるから。

 

 

 

 

 

 

 

 そう信じて、シャーリー・ティリーモアはこの五ヶ月という月日を送ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、正しいことを為し、それ故に罪人とされてしまった愛しい人。

 

 いつも目の前にあったあの光に追いつきたくて、この手で触れたくて。

 

 ただ、彼と共に鍛えた剣を我武者羅に、振って振って振り続けた。

 

 

 

 

 

 強くなる為に、何でもした。

 

 苦手だった分野の座学や神聖術にも本気で取り組み、他の学院生の誰より励んだ。

 

 剣の修練を怠らず、教官達のあらゆる指導に全霊で傾倒し、全てを吸収した。

 

 休息日にも一切油断せずに、図書館や修練場に篭り、教本と睨み合いを続けている。

 

 正に死に物狂いで食らいつき、ついこの前の定期試験では学年主席の称号を勝ち取った程だ。

 

 だが、それでは足りない。

 

 たかが初等錬士の頂点に立った程度で、自分の夢には届かない。

 

 

 

 

 

 同級生や上級錬士との交流にも取り組んだ。

 

 同じ修剣士を斬った罪人の元傍付きとして、疎まれ、時に心無い言葉を浴びせられることもあった。

 

 それでも心折れることなく周囲との蟠りを解き、協力を仰いで課外授業に赴いては実戦経験を積んだ。

 

 学院に入ったばかりの頃と今を比べると、随分ティリーモア流の技も馴染んだように思う。

 

 同時に、剣を取るたびに自分の未熟さを見せ付けられるようで、より一層心は駆り立てられる。

 

 もっと強く、もっと賢く。誰にも追いつけないほどの高みを目指さなければ──と。

 

 

 

 

 

 大好きだった跳ね鹿亭の蜂蜜パイを食べなくなった。

 

 鮮やかな色だと彼が褒めてくれた髪を切り、短くした。

 

 他者と剣士として交わることはあれど、貴族としての繋がりは、元より辟易していたのもあって断ち切った。

 

 代わりに、剣の腕を、術の理を、知識の深みを追い求めることだけに全てを捧げた。

 

 強さを手にする為ならば、他の何もかもは必要なかった。

 

 

 

 

 

 そうしている内に、気がつけば九の月の下旬になる。

 

 周囲の錬士のみならず、教官までもが彼女の鬼気迫る様子に圧倒され、悪し様に語ることを辞めた。

 

 入れ替えるように、畏敬の念を込めた目を向け始め、それまでとは違う意味で遠ざけた。

 

 人は言う。あれは女を捨てた剣の鬼だ。凡そ人の心全てを修練に捧げた修羅だと。

 

 あるいは、いずれ上級修剣士の主席にもなり得るだろうと言うものもいる。

 

 

 

(──上等。その程度の地位、手に入れてみせる)

 

 

 

 元から彼女の目的は、騎士に叙されてあの白亜の塔へ辿り着くこと。

 

 彼や友人達の想い人が目指したように、自分もその願いを全うしてみせよう。

 

 故に、あらゆる謗りは些事。

 

 不快な言葉を投げかける人間も、容姿目当てに寄ってくる人間も、全て実力で黙らせた。

 

 自分の邪魔をするものは、それが教官や上級貴族、誰であろうとも退ける。

 

 立ちはだかる人間全てをねじ伏せて、たった一つのその道を勝ち取るのだ。

 

 

 

 

 

 それに、彼女は一人ではない。

 

 彼女と同じように、無力を嘆き、燻る心を濁らせることなく立ち上がった友がいる。

 

 切磋琢磨し合う彼女達がいれば、他にどんな存在が必要だというのか。

 

 

 

(私は、私を諦めない。いつかあの人に辿り着くまで、走り続けてみせる────!)

 

 

 

 滾る熱情、溢れるほどの愛を剣に乗せて。

 

 無類の強靭な意志は、彼女に力を与えていた。

 

「シィッ! ハッ! セァアアァッ!!」

 

 喉の奥から裂帛の叫び声を轟かせ、初等錬士一の乱舞を繰り出す。

 

 ずっと教えられた見栄え重視の剣舞ではない。より実直な、技の冴えを突き詰めたもの。

 

 そこには一種の美しさがあり、体裁ばかりを心がける他の貴族らにはない力強さがある。

 

 背も四セン伸び、引き締まってくっきりと割れた筋肉が一撃を繰り出す度に躍動し、まるで戦乙女のよう。

 

 重々しかった白金樫製の木剣は、もはや中身の抜けた枯れ枝のように軽かった。

 

 

 

 

 

 空想するのは、あの日に見た二人の整合騎士。

 

 人界最高峰の力と権威を持つ彼女達は、恐ろしいほどの剣気を放っていた。

 

 足が竦んで、逆らおうという気にさえならなかったかの騎士にさえ、届くように。

 

「シィィイッ!」

 

 魅せる為ではなく、相手を圧倒し、隙を生み出す為の剣戟。

 

 彼が基礎にして極致と語った、慢心も油断もない、無数に繋がった攻撃の果て。

 

 

 

「ハアァアアアァ────ッ!」

 

 

 

 それまでで最高の瞬間、踏み込み、重心の乗りで、秘奥義を解き放つ。

 

 限界まで絞った右腕から、その手の中にある木剣に宿った光を突き込む。

 

 吼えるような声と共に繰り出されたその一撃は、大気を破る音を伴って疾風を巻き起こした。

 

「…………ふぅううぅ」

 

 深く、息を吸い、吐き出す。

 

 時が止まっていたのかと錯覚する程微動だにしなかった体を、ゆっくりと引き戻した。

 

 剣を握る力を緩め、腕を垂らした瞬間──どっと強い疲労感が押し寄せる。

 

「…………こんなところ、かな」

 

 思い出したかのように吹き出した汗の感触に、いつもの平坦な声で呟いた。

 

 外に跳ねた毛先から一滴床に落ちたのを、燃える炎のような色を秘める目で見つめる。

 

「…………そろそろ、戻らなきゃ」

 

 随分と暗くなってきた斜陽へ目線を移して、日の終わりを感じ取る。

 

 これ以上は、あの日以降少し親身になったアズリカといえど見逃してはくれないだろう。

 

 自分が初等錬士寮の玄関を施錠する前までに、というのが彼女との約束だ。

 

 胸の中で燃える想いをどうにか鎮めて、自分を抑える。

 

 

 

 

 

 そうしてはやる気持ちを収めた時──どこからか拍手が響いた。

 

 

 

 

 

「素晴らしい剣技です。日々の鍛錬が伺えるようで、感服しました」

 

 同時に、聞き慣れぬ声。

 

 素早く振り返りながら剣の切っ先を向け、警戒を露わにした。

 

 そうして視界の中に収めたのは──斜陽が生み出す陰影の中に佇む、白い影。

 

「おや、随分警戒なされているご様子。いえ、淑女の肌をみだりに目にした私が不躾でしたね」

「…………貴方、誰」

 

 舞台俳優の様に仰々しい台詞と美声で語る影に、短く問いかける。

 

 言わなければこの木剣を突き込むと言わんばかりの気迫に、影がそっと両手を腰の後ろに回す。

 

「申し遅れました。私はスワロウ。とある御方に仕える者でございます」

 

 靴音を響かせながら、長身痩躯の男が陰から姿を現した。

 

 髪から瞳の色、肌に至るまで白いその男に、シャーリーは不審げな目を向ける。

 

 そんな彼女に、スワロウは紳士的な笑みを浮かべた。

 

「突然の訪問、まずは謝罪いたします。シャーリー・ティリーモア様」

「……私を知ってるの?」

「ええ。この学院の初等錬士主席に輝いた鬼才にして、次期上級修剣士の主席とも名高く。実際にこの目で見て、それを確信しました」

 

 ああ、()()()()()か。シャーリーはそう思った。

 

 

 

 

 

 これまで、剣の腕を誉めそやして機嫌を取ろうとする男は何人かいた。

 

 しかしそれは上面だけで、胡散臭い笑顔の下には下卑た欲望が見え隠れしている。

 

 シャーリーは自分の容姿の類い稀さを自覚しているし、それで幼い頃から嫌な思いも幾度となくしてきた。

 

 この男もどうせ、どこぞの貴族の使い走りだろうと心を冷たく凍らせていく。

 

「……くだらない用なら、今すぐ帰って。貴方みたいな薄っぺらい笑顔を浮かべた人、大嫌い」

「おや、気付かれてしまいました。乙女の柔肌を見てしまったので、どうにか機嫌を直していただこうと思ったのですが。失敗しましたね」

 

 存分に毒を含んだ言葉を吐いたにも関わらず、男はあっけらかんとしていた。

 

 まるで、今口にした通りの理由だったとでも言うように苦笑する様に、少し動揺する。

 

「どうやらティリーモア様は、貴族らしい前ぶりはお嫌いな御様子。それでは早速、本題に移りましょう」

「…………本題?」

「ええ」

 

 スッと、スワロウが腕の一方を動かす。

 

 即座にそちらへ意識を向けると、彼は顔の横に持ってきた右手の中指と親指を合わせた。

 

 パチン、と軽快な音が鳴る。そして引き起こされたことに、シャーリーは驚いた。

 

 

 

 

 

 空中に、白い光の円環が現れたのだ。

 

 神聖術の様な、しかし一切の詠唱を伴うことのなかった光に瞠目する。

 

 そうしている間に、スワロウは円環の中からせり出してきた物を両手で引き抜いた。

 

「これを、貴女に」

「……これって」

 

 差し出されたものに、視線を落とす。

 

 まるで芸術品のように見事な剣だった。それでいて、途轍もない存在感を感じる。

 

 何かの巣のように三つ連なった幾何学形の鍔は、上品な黄金の輝きを持っている。

 

 柄には丈夫そうな深い紺色の革が巻かれ、白造りの鞘から僅かに覗いた刀身が橙に煌めいた。

 

「人界を守る四柱の守護竜、その一柱が秘めていた財宝。かつて翅を欠いて生まれ、されど百年の間代々の女王を守った、無敗の兵蜂の毒針を鍛えた神器でございます」

「神器……?」

 

 それは、公理教会の権威を背負う整合騎士のみが持つことを許されたはずのもの。

 

 あるいは彼や、その弟分の彼らのように強い剣士のみが手にする、至高の一振り。

 

 それを突然差し出され、警戒も忘れて困惑した顔をする。

 

「どうして、私なんかに……」

「ティリーモア様が、これを持つに相応しいと確信したからでございます」

「……私、ただの下級貴族。まだ上級修剣士にすらなってない」

「そういった事ではありません。何故なら──貴女の中には、彼の技と意思が根付いている」

 

 

 

 

 

 それは、シャーリーにとって決定的な一言だった。

 

 

 

 

 

 俯かせていた顔を振り上げて、驚愕に目を見開く。 

 

 そうすると木剣を取り落とし、スワロウの両腕を自分の手で強く掴んだ。

 

「先輩を知ってるのっ!? あの人は今どこに……無事なのっ!?」

「…………残念ながら、その質問にお答えすることはできません」

「っ…………」

 

 初めて微笑みを崩し、苦々しい表情をしたスワロウに気勢を削がれる。

 

 そのまま口を閉じた彼に、本当に答えられないのだと察して、手を離した。

 

「…………私、先輩を助けるために剣の腕を磨いてる。でも、全然足りない。満足できない」

 

 再び床を見たまま、独白するように言葉を吐き出す。

 

「いつまでも、追いつけない。どんなに修練したって、あの人の背中に辿り着ける気がしないの」

 

 わかっている。半年にも満たない年月励んだところで、到底比肩できるものではない。

 

 そうだとしても、ずっと心の中で積もり続けていた悔しさと苛立ちはどうしようもないもので。

 

 ロニエ達以外の他人から初めて聞いた彼の存在に、改めて自分の弱さを痛感した。

 

「私は、誰より強くなければならないのに。そうしないと、先輩を助けに行けないのに」

 

 だから、こんな自分に彼が携えていたような剣が相応しいはずがない。

 

 

 

 

 

 遠回しな拒絶に、しかしスワロウが差し出した剣を引き戻すことはなかった。

 

「──そうであれば、尚更にこの剣を受け取っていただきたい」

「…………どうして? 私なんか、全然駄目なのに」

「いいえ、そんなことはありません。ティリーモア様。貴女には彼から受け継いだ、掛け替えのないもの──諦めることのない不屈の意志がございます」

 

 不屈の意志。

 

 そう聞いて、少しだけ肩を揺らした彼女にスワロウは言い募る。

 

「私は、彼が成し遂げたことを目にしました。その苦悩と、怯えと、勇気を。今の貴女は、あの頃の彼によく似ている」

「……私が、先輩に?」

「ええ、そうです。あらゆる苦しみに苛まれながらも、目を逸らす事なく立ち向かい続けている。それは誰しもにできる事ではありません」

 

 貴族が怠惰に耽り、人々が安寧に心の全てを委ねてしまった、今の人界では殊更に。

 

 願いを諦めない。目を閉じず、耳を塞がず、膝を折ることをしない。

 

 たったそれだけの単純な事が、他の何にも勝るものだとスワロウは信じていた。

 

「今は相応しくないと思えてもいいのです。それでも貴女が剣を握り続ける限り、いつか想いを叶えることだってできるかもしれない」

「いつかの……未来…………」

「貴女に、その覚悟はありますか?」

 

 最後の選択を委ねるかの如く、スワロウは尋ねる。

 

 彼女の願いの一助となりたいのだと主張する彼に、シャーリーはじっと考えた。

 

 

 

 頭の中に色々なことが過っていく。

 

 

 

 彼のこと、自分のこと、今も一緒に頑張っているロニエやティーゼのこと……多くを考えた。

 

 この五ヶ月、毎日考えていたことに改めて直面し、悩んで、葛藤する。

 

 自分の中で渾然としているそれらを、必死にかき分けて──

 

「………………わかった」

 

 やがて、彼女は頷いた。

 

 

 

 

 

 真剣な表情をしていたスワロウは、ホッと微笑みを浮かべる。

 

 そんな彼の手の中にある剣へ、シャーリーは恐る恐る手を伸ばした。

 

 途中、何度も躊躇するように指先を震わせながら、最後には両手で剣を掴む。

 

 スワロウが手離せば、確かな重さが腕の中に収まった。

 

「感謝します、ティリーモア様」

「…………一つだけ、教えて」

 

 剣を軽く握り締め、使者を見上げる。

 

 そして、僅かに揺らいだ儚げな眼差しで問いを投げかけた。

 

「先輩は…………今も戦ってるの?」

「────。」

 

 その言葉に、一瞬動きを止め。

 

 スワロウは、初めて虚を突かれたような面持ちで彼女を見た。

 

 見上げてくるシャーリーを興味深そうに眺めていたが、やがて不透明な微笑を浮かべる。

 

「ええ。彼は、今も剣を置いてはおりません」

「……そう。ありがとう」

「こちらこそ。……それではティリーモア様。いずれまたお会いしましょう」

 

 その言葉を最後まで聞き、瞬きをした後、忽然と白い使者の姿は消えていた。

 

 周囲を見渡すが、影も形もない。去ってしまったのだろう。

 

 それを確かめた彼女は、ふと剣に目線をやると、その柄に手を這わせるようにして掴んだ。

 

 握るだけで重いとわかる感触。彼女は一息に、その剣を抜き放つ。

 

「…………綺麗」

 

 姿を現した短刃は、陽光に反射して橙の身に黄金の煌めきを現していた。

 

 思わず見惚れてしまう美しさにほう、とため息を付いて、それから表情を引き締める。

 

 鞘を床に置き、両手で柄を握りしめ……

 

「…………フッ!」

 

 一閃する。

 

 ヒィン、という不思議な風切り音が鳴り響き、一人きりの修練場に消えていった。

 

 ゆっくりと踏み込んだ足を戻したシャーリーは、手の中のそれをまた見つめる。

 

「……少し、重い」

 

 

 

 

 

(それでも、いつかこの剣を使いこなせたその時には────)

 

 

 

 

 

 ──この日を境にして、彼女は決意を新たに一層の修練へ身を投じていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






少しずつ動き出す新たな物語。

読んでいただき、ありがとうございます。
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