ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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続けて暗黒界側。

楽しんだいただけると嬉しいです。


闇の神

 

 

 

 

 

 男は、ゆっくりと目を開く。

 

 

 

 

 

 すると、これまで現実では見たことのないような、広大で豪奢な広間が見えた。

 

 優に数十人が整列できそうなその広間の最奥、贅を凝らした玉座に座しているのだと認識する。

 

 そうして、ガブリエル・ミラーは自分がアンダーワールドにログインしたことを実感した。

 

 

 

(……ここが、暗黒界の皇帝の間か)

 

 

 

 これまで体験したどんなVRMMOより、はっきりと質感を伴った世界を観察する。

 

 腰掛ける玉座のクッションの感触、肌に感じるひんやりとした空気、身に纏う仰々しい衣装の感触。

 

 全てがあり得ないほどにリアルで、これを作り出した日本の技術者の技術の高さを改めて認識する。

 

 自分はこれから、この世界のどこかにいる世界初の真性人工知能──《アリス》を探し出し、奪うのだ。

 

 NSAに依頼されたPMCの秘密作戦最高責任者として。また、魂の探求者として。

 

「よう。あんた、兄弟かい?」

 

 不意に近くから声が聞こえて、そちらへ青い瞳を向ける。

 

 玉座のすぐ側に、濃紫色の全身鎧を纏った長身の男が立っていた。

 

 兜に隠れて見えづらいが、その顔が作戦チームの一員であるヴァサゴ・カザルスであると理解する。

 

 チーム内でも屈指のVR経験者として、侵入したオーシャンタートル内のSTLで共にログインしたのだ。

 

「ヴァサゴか」

「随分と派手な格好だな、兄弟(ブロ)

皇帝(エンペラー)のアカウントを使っているのだ。階級に即したものということだろう」

 

 至る所に作成者の拘りが反映された装備や腰の剣に、ガブリエルは冷たく目を落とす。

 

 このアンダーワールド内では最強級のステータスに加えて、あらゆるシステムコマンドを無効化する特殊能力。

 

 その力の程を肉体的実感として感じ、ヴァサゴも同じように手を開閉させて面白そうに笑う。

 

「で。実際にログインしたわけだが、暗黒領域の民ってのはどこにいるんだ?」

「さあな。だが、いずれ何者かがやって来て──」

 

 跪くだろう、と確信的に答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ほう。貴様ら、この世界の外側から来たな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、知らぬ声が響いた。

 

 瞬時に意識を引き締め、胡乱げな顔をするヴァサゴと共に声のした方向を見やる。

 

 すると、広間の中央にいつの間にか一人の女が立っていた。

 

 ジャケットから靴に至るまで漆黒の執事服に身を包み、同じ髪色と、血のように赤い瞳が印象的だ。

 

 顔立ちは整っており、均整の取れた体つきを上から下まで眺めてヴァサゴが口笛を鳴らす。

 

 一方の正体不明の女も、ガブリエルとヴァサゴのことを興味深げに観察してきた。

 

「貴様は誰だ」

「それはこちらのセリフだが……まあ、凡その検討はつく。従来の管理者ではあるまい」

 

 外見に見合わぬ重厚な声音で語られる単語に、ガブリエルは目を細める。

 

 どうやらこのヒューマンユニットは、現実世界や自分達の正体をほぼ正確に認識しているらしい。

 

 確認したログでは、初期の頃にラースのスタッフは全員ログアウトしたはずだが。

 

 

 

 

 

 ガブリエルは幾つかの可能性を考えた。

 

 一つは、この世界に存在する通常のヒューマンユニットとは異なるシステム的存在であること。

 

 彼はガンゲイル・オンラインというVRMMOをプレイしているが、そこにはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)が多数設置されていた。

 

 それらのユニットには、ゲーム内のクエストを提供・進行するために一定の会話パターンが用意されている。

 

 あれと同じように、見た目は人間に見えるが、中身は別の何かなのかもしれない。

 

 あるいは、純粋になんらかの方法で外界の存在を知っただけのユニットという線もある。

 

 他のどの可能性にせよ、ガブリエルは現実の人間と遜色のない見た目や表情に、内心で少なからず驚いた。

 

「それで。偽りの神話に刻まれし闇の皇帝を騙る者よ。貴様はいかなる理由によってこの世界にやってきた?」

 

 女が、得体の知れない笑みを浮かべて問いかけてくる。

 

「──《A.L.I.C.E》を手に入れる。それが私の目的だ」

 

 即答したそれは本国の望みであり、同時にガブリエル個人の欲求でもあった。

 

 子供の頃、幼馴染の少女を手にかけ、あの光を見た時からずっと求めてきた魂なるもの。

 

 それを科学的に実証し、生み出されたものが人工フラクトライトだ。

 

 中でも一際輝く、極上の宝石のような魂──《アリス》、あるいは《ルーク》というユニットを入手する。

 

 出来れば女の方が好ましい。そして煩わしい者を全て排除した暁には、唯一この手の中だけに。

 

 

 

 

 

 他の誰にも語らぬ策謀を頭の中で巡らせつつ、黒い女を見下ろす。

 

 そうして、明らかにこの世界の人間から逸脱している、しかし《A.L.I.C.E》ではないだろう者に問い返す。

 

「貴様の望みは?」

「──死と破壊。あまねく命の滅亡を」

 

 女の回答も、また即座によるものだった。

 

 だからこそ、ガブリエルはそれが嘘偽りのない本心からの目的だとすぐに看破する。

 

 互いを見定めるように睨み合い、そこにはまるで互いの首に食らいつこうとする狼のような剣呑さがあった。

 

「その為に、貴様には闇の民どもを使って戦争を起こしてもらいたい」

「私に?」

「この体は傀儡でな。本来の私を目覚めさせるには、膨大なリソース……深い絶望による負の感情が必要なのだ」

 

 やはり、見た目通りのヒューマンユニットではなかったようだ。

 

 窮屈そうな表情を浮かべる女に、怜悧な声で言葉を告げる。

 

「お前の提案に乗って、私のメリットは?」

「我が分け身を貸してやろう。私がいる限り無限に生まれる竜の軍勢だ。それで貴様の望みを果たすがいい」

「戦力の貸与、というわけか……悪くない提案だな」

「おいおい兄弟(ブロ)、いいのかい?」

 

 明らかに怪しい提案に、ヴァサゴが難色を示した。

 

 部下に言われるまでもなく、ガブリエルは欠片もこの女を信用しようとは思っていない。

 

 だが、自分達には現実世界における二十三時間というタイムリミットがある。

 

 それは依頼主が自衛隊の上層部と交渉し、特殊部隊が乗り込んでくるまでの制限時間だ。

 

 一刻も早く《A.L.I.C.E》の奪取を考えるならば、使えるものはなんでも使う。

 

 それに、いかに現実世界のことを知っていても、所詮はこの箱庭の住人。

 

 何かあれば処分してしまえばいい。

 

「──いいだろう。貴様と手を組もう」

「懸命な判断だ。では、利害は一致したということでいいな」

「ああ」

 

 そうして、ガブリエル・ミラー。またの名を皇帝ベクタは、闇の使者()()()()()()と協力関係を築くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──数刻後、玉座の間には多くの者が集っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有り余る空間を従前に用い、数百に及ぶ者達が一様に整列している。

 

 最も多いのは、純粋な人族だろうか。

 

 その他にも醜悪な見た目をした小鬼(ゴブリン)豚人(オーク)狼人(オーガ)に見上げるような巨人までもがいる。

 

 それら全てが、玉座に座するガブリエルのことを一様に見上げていた。

 

 中でも、それぞれの先頭、最も近い場所に跪く十人のユニットに視線を投じる。

 

 

 

(──なるほど。この諸侯(フューダル・ロード)達がダークテリトリーの纏め役というわけか)

 

 

 

 見に纏う鎧や衣服の上質さ、他の追随を許さぬ力強い雰囲気から、そう分析した。

 

 またそれは、彼に見下されている《十侯》達も同じことである。

 

 圧倒的な〝力〟を感じさせる、闇の神。

 

 命を命とも思わぬであろう硝子色の瞳に、一切の感情が浮かばぬ整った顔立ち。

 

 ただそこに座するだけで屈してしまうような威圧感に、必死に表情を引き攣らせまいとする。

 

 しかし、黙し続ける事もまた不敬であろう。

 

「頭を上げることを許す。左の端のお前から名乗るがいい」

 

 その機会を与えるかの如く、一切の感情が乗らない声音で神が告げた。

 

 直後、迅速とも呼べる身のこなしで命じられた男が立ち上がったのは本能的なものであっただろうか。

 

「わ、私、商業ギルドの長、レンギル・ギラ・スコボと申します!」

 

 恰幅の良い中年の男が、その見た目に似合わぬ裏返った声で返答した。

 

 それからすぐさま低頭し、次に小山のような生物が顔を上げる。

 

 前兆にして三メートル半を誇る巨躯に蛮族的な装いを纏った巨人が、見下ろす形で口を開く。

 

「ジャイアント族の長、シグロシグ」

 

 地鳴りのような声で、しかし確かに言葉を発したことに、内心でガブリエルはその知性の実在を改めて感じ取る。

 

 

 

 

 

 三番目に顔をあげたのは、シグロシグとは打って変わって痩身の人族であった。

 

 長いフーデッドローブと仮面で全身を覆い隠した様は、見る者に不審を抱かせる。

 

「暗殺者ギルド頭首……フ・ザ…………」

 

 掠れた声から、かろうじて男であることだけは認識できた。

 

 その次には、入れ替えるようにして又しても異形の存在。

 

 短い足では座り込めず、どさりと座り込んだ丸型の体躯。その体に乗る頭もまた豚と人の掛け合わせ。

 

「オーク族の長、リルピリンだぁ」

 

 小さな瞳だけが他の者となんら変わらぬ知性の光を光らせる中で、甲高く己の名を告げる。

 

 半ばを締めくくる5人目は、人族の少年。

 

 立ち上がった体躯は他と比べ小柄であるものの、鍛え抜かれた上半身や佇まいからは気迫を感じさせる。

 

 それに劣らぬ勝気な笑みを口に貼り付けて、赤金色の髪を揺らしながら機敏に一礼して見せた。

 

「拳闘士ギルド第十代チャンピオン、イスカーン!」

 

 肩書きを聞き、表に出さないままガブリエルは疑問を覚える。

 

 果たして戦場で拳など通用するのかと思うまもなく、6人目が動き出す。

 

「グルル……オーガ族、族長……フルグル……」

 

 時折唸り声を漏らしながら、ジャイアント族に及ばずも大柄な体つきの異形が名乗る。

 

 毛皮に包まれた体に、狼のそれに酷似する前に出っ張った顔つき、鋭い牙、頭頂部の耳。

 

 現実世界から来たガブリエルからすれば、その容姿は人鬼(オーガ)というよりも人狼(ワーウルフ)であった。

 

「山ゴブリンの長、ハガシにございまする! 皇帝陛下、一番槍の栄養はどうか我らにお与えを!」

 

 七番目の異形は、開口一番に己が野望を口走ってみせる。

 

 名乗った通り、多少着飾ってはいるものの、ガブリエルもよく知る低級モンスターのゴブリンだ。

 

 しかし、オークはおろか、人族より小柄であるにも関わらず、誰より直情的に欲望を宿すその瞳。

 

 ガブリエルは、諸侯に名を連ねる所以の一端を垣間見たように思えた。

 

「とんでもない! その栄誉は我ら平地ゴブリンに! クビリにございます!」

 

 と、そのハガシを押しのけてもう一人のゴブリンがキィキィと騒ぎ立てる。

 

 どこ違うのかガブリエルには全くわからなかったが、どうやら別の部族らしい。

 

「なんだと! このナメクジ喰いが、湿気た土地のせいで頭が蕩けたか!」

「貴様こそ、カラカラの日差しで脳みそが枯れきったと見える!」

 

 なんとも醜い言い争いを始めたゴブリンに、少なからず不快そうな雰囲気が流れ──

 

 

 

 

 直後、バチッ! と彼らの鼻先で火花が散った。

 

 

 

 

 途端に奇怪な悲鳴をあげて飛びのくゴブリン達。

 

 

 

 

 

 そして、一様にある方向を睨みつけた。

 

「皇帝陛下の午前ですわよ。お静かになったらどうかしら?」

 

 指を鳴らした右手を緩やかに降ろして、人族の若い女が冷笑する。

 

 立ち上がった女は、露出の激しい衣装を纏ったカフェオレ色の体を見せつけるように腰を反らせる。

 

 妖艶な美貌に笑みを浮かばせ、気取った一礼をする様にヴァサゴが小さく口笛を吹いた。

 

「暗黒術師ギルド総長、ディー・アイ・エルと申します。我が配下の術師三千、そして私の身も心も皇帝陛下のものですわ」

 

 声にも仕草にも十分すぎるほどの色香が含まれていたが、感情に流されぬガブリエルには効かない。

 

 鷹揚に頷くだけに留めた皇帝に、少し逡巡したものの、諦めたようにディーは再び跪いた。

 

 それを見届けて、最後の一人に視線を落とす。

 

 黒鎧を纏った、人間にしてはオーガに匹敵しようかという威容の、壮年の男。

 

 顔に走った傷跡が歴戦の貫禄を醸し出す男は、俯いたままに静かな声で名乗り上げる。

 

「暗黒騎士団長、ビスクル・ウル・シャスター。皇帝陛下に我が剣を捧げる……その前に、一つ問いたい」

「──闇の神を前に、不敬であるぞ」

 

 恭順するのみであったそれまでの9人と違い、確かな覚悟を伴って顔を上げたシャスター。

 

 それに対するは、皇帝ではなくその側に控えていた執事服の麗女であった。

 

 自分達とは異なる鎧の暗黒騎士と同じく、見慣れぬその女は血のように赤い瞳で彼を見下す。

 

 

 

(…………なんだ、この女の悍ましい気配は?)

 

 

 

 初めて目にする女の瞳に、シャスターは言い知れぬ不安を抱いた。

 

 ともすれば、どこか人間味が欠如している皇帝ベクタよりも……何故か、その女が恐ろしい。

 

 そのように考え、閉口したシャスターに今度はベクタが動く。

 

「良い。して、問いとは何か」

「…………今この時、御降臨された皇帝の望みは、奈辺に有りや」

 

 強い意志を感じさせる、その言葉。

 

 改めて、ガブリエルはそれが意志を持たぬ人形でないことを思い出しながら。

 

 

 

 

 

「────死と恐怖、絶望と破壊。慟哭の地獄」

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、シャスターのみならずその場のすべての者が震え上がった。

 

 ある者は驚愕と戦慄に。またある者は、恐怖と堪えきれぬほどの歓喜によって。

 

 そんな彼らに、〝皇帝ベクタ〟の貌を被ったガブリエルは立ち上がり、大仰にマントを翻して片手を西の空へ向ける。

 

「我を追いやった天界の神々の祝福を受けし彼の地を守る大門は、今や崩れ去ろうとしている! その時こそ、我が意向を天地遍く知らしめす時!」

 

 その言葉には、語気の荒々しさとは裏腹に、冷たい何かが通っていた。

 

 心の芯を犯していくようなそれは、破壊の徒である暗黒の民の()()()()にとっては甘い甘露。

 

 それがオペーレーターを務める部下に受けたレクチャー通りの演技ともつゆ知らず、彼らは体を揺らした。

 

「余が望みはただ一つ! 大門が崩れ去る時に現れし《光の神子》達! それ以外のあらゆる命を踏みにじり、奪い、殺すことを許そう! ──今こそ、闇の民に約束された刻だ!」

 

 

 

 ──その言葉に、一拍の静寂が生まれ。

 

 

 

 直後、割れんばかりの歓声が玉座の間に轟いた。

 

「ブヒィイイイィィ! 戦だぁっ! 白イウムども、全員ブッ殺すッ!!」

「ウォオオオオッ!! 戦だ!! 戦だ!!!」

「オオォオオオオオォッ!!」

 

 オークが短い手足をばたつかせて絶叫すれば、ゴブリンどもがそれに続く。

 

 巨人が己の胸に拳を叩きつけて歓喜を示し、オーガが一斉に遠吠えをあげる。

 

 最後にそれらを彩るのは、暗黒術師たちの嬌声と花火、そして地の底まで轟くような暗黒騎士の雄叫びであった。

 

 

 

(──いいぞ、下等な生き餌ども。猛れ、吠えろ、渇望せよ。貴様らの悪意が、我が玉体を呼び覚ます)

 

 

 

 その様に、女が誰よりも邪悪に嗤い。

 

 

 

(──よもや、絶望がこのような形で訪れようとは)

(急ぎ……急ぎ、スワロウ殿に報せねば……ッ!)

 

 

 

 あるいは、二人の騎士が心を暗い影に包まれる中で。

 

 

 

 

 

 

 

 その全てを、無関心そうな瞳でガブリエルは眺めていた。

 

 

 

 

 

 





さて…

読んでいただき、ありがとうございます。
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