ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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楽しんでいただけると嬉しいです。


覚悟

 

 

 結局、一日中ルークの頭はもやもやとしたままだった。

 

 

 

 それでもどうにか仕事をしたのは、次期衛士長と目されている所以たる生来の生真面目さか。

 

 あるいは職務を全うすることで、自己嫌悪や後悔を無理やり押さえつけようとしたのかもしれない。

 

 村人たちや、キリトとユージオにも随分と心配された。

 

 普段からしっかりしているルークが見るからに落ち込んでいるのだ、案じるのも無理はない。

 

 ああでも、セルカにあんな態度を取った自分にそれを受け取る資格があるのか。

 

 そんなことさえも、ルークは思い悩んで──

 

「──く、ルークってば」

「ん、お、おお?」

 

 肩を揺すられ、ふと我に帰る。

 

 すると、目の前いっぱいに広がっていた青空はいつのまにか茜色へと変わり、風は生暖かい。

 

 気がつけば、夕方になっていたようだ。時間の経過さえ忘れるほどに考えに没頭していたらしい。

 

 自分を呼んだものを見ると、そこには不安げな目をしたユージオ。

 

 後ろからは同じ顔のキリトがひょっこりと顔を出している。どうやら森から帰ってきたらしい。

 

「おお、二人とも。今日もご苦労さん」

「ルークこそ。ねえ、本当に大丈夫? 朝から何だかおかしいよ?」

「あー……」

 

 不思議そうに聞いてくるユージオに、ルークは視線を右往左往させる。

 

 しばらくしてキリトと目が合うと、彼はバツが悪そうに視線を逸らした。

 

 朝ここを通った時もそのような反応だったが、おそらくセルカの後ろからあの時見ていたに違いない。

 

「……ん、今日は少し疲れてるかもな」

「そう? ルークは頑張り過ぎるところがあるから、気をつけなよ?」

「ハハ、毎日あんな化け物を相手してるお前にゃ劣るさ」

「わっ」

 

 クシャクシャとユージオの頭を撫で回し、自分の態度を曖昧にごまかす。

 

 見れば、もう彼ら以外に人影はない。ルークは門の脇に立てかけていた剣に手を伸ばした。

 

 

 

 ──ィイン。

 

 

 

「……っ」

 

 一瞬、剣が震えたように見えた。

 

 瞬きひとつした後には、そこには昼に置いた時と変わらず剣が静かに鎮座している。

 

 小さな耳鳴りがしたような気がしたが、幻聴だろうか。

 

 不思議に思いながらも途中で止めていた手で取って背負うと、二人と共に村に入る。

 

「で、今日の仕事はどうだ?」

「昨日よりもキリトがさらに上手くなったから、かなり楽に終わったよ。こいつ飲み込みが早いんだ」

「そんなでもないさ。あれを何年も続けているユージオには劣るよ」

 

 昨日もそうしていたように、二人と会話をしながら歩く。

 

 そうしていると、なんだか心が落ち着く気がした。ただの錯覚かもしれないが。

 

「にしても疲れたなぁ……早く風呂に入りたいぜ」

「なんだ、どっか痛めたのか? ユージオもいつもより疲れた顔してるけど」

 

 腕を回しながら顔を渋らせるキリトを見て、ルークはそう尋ねる。

 

 するとユージオと二人で顔を見合わせ、ニヤリと笑うと急にこちらに接近してきた。

 

 そうすると二人して首の後ろに腕を回してきて、その拍子に体の重心が前に傾いてたたらを踏む。

 

「っとと、なんだよ二人して?」

「なあルーク。お前、今から聞くことを秘密にできるか?」

「これは僕とキリトだけの秘密なんだ。口外しないと誓ってくれるかい?」

「おいおい、なんだってんだ。何かヤバいことなのか?」

 

 二人はただニヤリと笑うだけで、ルークの質問には答えない。

 

 キリトはともかく、ユージオまでもがこんな顔をするのは珍しいことだった。

 

 それに言いようのない不安と……同時に、彼らが抱える秘密とやらに興味が湧いてくる。

 

「……わかったわかった、秘密にする。ソルスに誓ってもいい」

「それでこそだ……実はな、俺たちギガスシダーをすぐにでも切り倒す画期的な方法を思いついたんだ」

「──画期的な方法?」

 

 ドクン、と心臓が脈打つのがわかった。

 

 三百年代々の刻み手が挑み続けたギガスシダーを倒せる方法。

 

 つまり、ユージオが天職から解放され、この村から外に出ることをを許されるのだ。

 

 それは、この六年ずっと押さえ込んできた〝アリスを央都に探しに行く〟という願いが実現する可能性を意味する。

 

「……それで? その画期的な方法ってやつはなんなんだ?」

「ルークも知ってるだろう? 北の洞窟から持ってきた、《青薔薇の剣》を」

「それは……」

 

 知っているに決まっている。

 

 何故ならそれは、自分が憧れるルーリッド村の初代衛士長ベルクーリのおとぎ話に登場する宝であり。

 

 そして、ユージオたちと共に行った洞窟で見つけ、一昨年の頃にユージオと共に自分が森の小屋まで運んできたのだから。

 

 自分の持つ剣と同等か、それ以上に重いあれを、休息日の度にユージオと二人で数キロルずつ運んだのが懐かしい。

 

「あの《神器》は、ギガスシダーと同じくらいの天命値と、そしてあの化け物杉の天命を大きく削る攻撃力を持ってる」

「──まさかお前ら、あれを使ってギガスシダーを切り倒そうってのか?」

 

 キリトも、ユージオでさえもこくりと力強く頷いた。

 

 決して不可能な話ではない。

 

 あれならば何十万とあるギガスシダーの天命を削り切ることもできるだろう。

 

 歴代の刻み手のように、《竜骨の斧》で何十セルチかを削って一生を終えるよりずっといい。

 

 だが……

 

「ユージオ、お前……あれを出したのか?」

「……うん。なんだか不思議なんだけどね、キリトになら見せていい気がしたんだ」

「そう、か」

 

 あの《青薔薇の剣》は、ある意味アリスの件に関係しているともいえる。

 

 だからこそ、小屋まで持ってきたままにこの二年間ずっと触れもしなかった。

 

 なのに。ユージオはそれを引っ張り出して、キリトと共にギガスシダーを倒そうと試みたのだ。

 

 

 

 まるで、ようやくアリスを探しに行く手立てを見つけたと言うように。

 

 

 

 

「………………」

「それで、ルークはどう思う?」

「使うのはかなり難しいんだが、ちゃんと扱い方が整えば使えないことはないんだ」

「……ああ、いいと思うぜ。そうしたらユージオ、お前やガリッタ爺さん、歴代の刻み手の悲願が叶うな」

「そうだね。森を開拓することもできるよ」

 

 それに、俺たちの後悔をやり直す機会も。

 

 心の中でそう付け加えるルークだった。

 

「それじゃあ、僕はここで」

「ああ、明日もよろしく頼むよユージオ」

「うん。ルークも、また明日」

「おう」

 

 広場の手前で二人と別れ、ルークは家路を急ぐ。

 

 その間、セルカのことに加えて新たに増えた懸念にルークは終始頭を悩ませ、それは家に帰ってからも続いた。

 

「ルー君? どうしたの?」

「……え?」

 

 そして夕食時、ついにセフィアにそう尋ねられる。

 

 ふとまた思考の海に沈んでいた意識を引き上げると、曖昧だった焦点が定かになっていく。

 

 押し花に彩られ、ランプに照らされた食卓。そして自分の目の前には、心配そうな母の顔がある。

 

「俺、なんか変な顔してたか?」

「ずっと思い悩んでるような、そんな顔してたわ。何があったのなら、お母さんに相談してちょうだい?」

 

 母親とはかくも目ざといものか。いいや、ルークだけが自分では普段通りのつもりだったのだろう。

 

 相談して! と周りに花が飛んでいそうな笑顔を浮かべるセフィアに、ルークは苦笑しながら思い切って口を開く。

 

「……今日、教会に行ったんだ」

「ルー君が教会に? それってつまり……」

「ああ。セルカに会った……いや、あれは会ったとは言えないな」

 

 ただ、見つかって、怯えて、逃げた。

 

 目も合わせられず、ろくに言葉も交わせず、ただただ彼女に恨んだ目を向けられるのを恐れていただけ。

 

 本来ならばそれと向き合うべきなのだろうが……ルークには、それだけの勇気がなかった。

 

「何も言えなかった。昔のことを謝ることもできなかった。ごめんって、アリスは俺のせいで連れて行かれたんだって、そうやって……っ!」

「落ち着いて、ルーク」

「あ……」

 

 握り締めた拳に、ルークをしっかりと名前で呼んだセフィアの手が置かれる。

 

 白くほっそりとした、けれどたくましいその手は、震えるルークの拳を優しく包み込んだ。

 

「あなたは悪くない。あの時のことは誰も悪くないの。何かが少しだけずれちゃって、間違っちゃっただけ」

 

 とても優しく、まるでそっと心までもそうするように、力んだ拳を撫でられる。

 

 その手の暖かさに、少しずつ拳は緩んでいき……ふっ、とルークは息を吐き出した。

 

「……ありがと母さん。でも、結局そんなのはただの慰めだ」

「そうかもしれないわ。でも……そう思えるルークは強い子ね」

 

 にこりと笑いかけくるセフィアに、ルークは本当に敵わないなと思う。

 

 ルークは物心つく頃から父親がいない故に、ずっとセフィアと二人で支え合ってきた。

 

 だが、支えられてきたことの方がはるかに多いだろう。

 

 六年前だって、後悔で塞ぎ込んだルークを励ましてくれたのはセフィアだ。

 

 そんな、たった一人の愛する母親ならば……今抱えているこの気持ちも受け止めてくれるかもしれない。

 

「……ユージオが、さ」

「ユージオ君? どうかしたの?」

「あいつ、もしかしたらこの村を出るかもしれない。それで……」

 

 

 

 アリスを、探しにいくかもしれない。

 

 

 

「……そうなのね」

「…………」

 

 ルークのその一言に、セフィアはさほど驚いたは反応は示さなかった。

 

 それをいいことに、というのもおかしなことだが、ルークは立て続けに言葉を並べていく。

 

「あいつは、前に進もうとしている。後悔を後悔のまま終わらせないで、望みを果たそうとしている」

 

 セルカとさえ向き合えない自分と違って、ユージオは確かに一歩踏み出そうとしているのだ。

 

 それが羨ましくて……何よりも誇らしい。

 

 六年前で心の時間が止まり、そこから動けない自分がたまらなく恨めしい。

 

「ルークは、どうしたいの?」

「……行きたいよ。あいつらと一緒に、アリスを探しに行きたい。あの時何もできなくてごめんって、見過ごしてごめんって、そう言いたい」

 

 頭の中に、自分とユージオ、そしてキリトの三人がアリスと再会する様が描かれる。

 

 その夢に焦がれて、恐れて、諦めて、俯いた。

 

 

 

 彼女の存在を奪う側に加担した自分にはそれは許されないと、母や村を理由にして逃げた。

 

 逃げて、逃げて、逃げ続けて……もう、何が本当に望んでいることなのかもわからない。

 

「なあ母さん、俺はどうすればいいんだ……?」

 

 ほんの少しでもいい、答えを出すための言葉が欲しい。

 

 そう思いを込めて、母を見ると……彼女は微笑んでいた。

 

「これも血筋なのね」

「え……?」

「ねえ、ルーク。お父さんのこと……聞きたい?」

 

 父親。

 

 顔も見たことのない、これまで十七年間秘されてきた、その話。

 

「なんで今、父さんのことを……」

「あの人のことが、きっとあなたのためになる。そう思うからよ」

 

 セフィアの顔は、これまでにないほど真剣そのものだった。

 

 どれだけ聞いても話してくれなかった父のことを、母が本気で話そうとしている。

 

 その覚悟を感じ、ルークも自然と顔を引き締めた。

 

「聞かせてくれ、父さんのことを」

「いいわ……あの人はね、この村の近くに倒れていたところを私が見つけたの」

「そうだったのか?」

 

 この村の住人でないことは知っていたが、よもや行き倒れていたとは。

 

 話の発端から驚くルークに、セフィアは懐かしむような口調で語る。

 

「あの人は騎士だった。誰かから逃げてきたのか酷い傷で、あと少し見つけるのが遅かったら死んでいたわ」

「騎士……じゃあもしかして、央都の貴族か?」

「わからない。あの人は記憶喪失だと言っていた。でも、自分が騎士であることだけは決して忘れないと、それだけは信じていた」

 

 傷が癒えた父は、その後様々な所で村に貢献したという。

 

 村人の頭を悩ませていた黒毛狼の群れを一人で退治したり、当時のギガスシダーの刻み手の手伝いをしたこともあるという。

 

 寡黙だが誠実。そんな父を、皆慕っていたらしい。

 

「そんなお父さんに私は惹かれてた。とてもわかり辛かったけれど、あの人も私のことを……でも、あの人には何か使命があったの」

「父さんがそう言ったのか?」

 

 セフィアはかぶりを横に振った。

 

「お父さんは、それを口には出さなかった。けれど時折、どこか遠くを見つめて瞳に強い光を宿したわ」

「……母さんは、それを知って父さんにどうしたの?」

「何も」

 

 彼女の答えは簡潔だった。

 

 その口調に後悔はなく、微笑む顔には悔やんだ色などどこにもない。

 

「でも、そうね。私はちょうど今、あなたにこうしているように手を包んで、一言だけあの人に言ったわ」

「……それは?」

 

 問うルークに、セフィアは迷いのない声で。

 

「〝何かやりたいことがあるのね〟、と」

 

 そう言い切ったのだ。

 

「するとお父さんは、ちょうど今のあなたのように迷った顔をした。でも、最終的には頷いたわ」

「…………」

「その晩は一緒に過ごして、それからあの人は旅立った。それから一年後、あなたが生まれたのよ」

 

 なんとなく、そこであれやこれやあったのだろうとルークは察する。

 

 とはいえ、この雰囲気であるので、話の続きへと興味を移すことで飲み込んだ。

 

「使命を果たしたのか、今もどこかで彷徨っているのか……それを私に知る術はない。でも、どうしてもやる必要があるって、必ず果たさなければならないって……そう言ったあの人の言葉を、この十八年間疑ったことは一度もないわ」

「母さんは……強いな」

「そう信じたいだけなのかもね……でもね、だからこそ思ったの。ずっと頑張ってきたルークが望みを果たせないなんて、そんなはずがないって」

 

 拳を握る手に力がこもる。

 

 セフィアの表情は変わらずに真剣で、ルークの迷いなど断ち切るほどの力があった。

 

 思わず息を飲むルークの手にさらにもう一方の手を重ねて、真っ直ぐにセフィアはルークの目を見つめる。

 

「ルーク。お母さんに聞かせて?」

 

 

 

 あなたはどうしたいの? 

 

 

 

「……俺、は」

 

 

 

 絞り出すような声だった。

 

 

 

「俺、はっ……!」

 

 

 

 何かを堪えるような声だった。

 

 

 

「俺は……アリスに、もう一度会いたい」

 

 

 

 そして、何かを固く決めた声だった。

 

「セルカに謝りたい。ユージオと一緒に望みを叶えたい……ずっと剣を振るばかりで満足するのは、もう嫌だ」

「うん、そうね。そういう真っ直ぐな方がルークに合ってるわ」

「俺が、その思いを抱いてもいいのかな?」

 

 もう一度問うルークに、セフィアは身を乗り出すとそっと彼を抱きしめる。

 

 久しぶりの母の抱擁は、子供の頃と変わらずにとても暖かい。

 

「覚えていてね。たとえ他の誰が、整合騎士様が否定しても。お母さんはルークの味方よ」

「……そっか。なら、頑張ってみようかな」

「うん、頑張れ! ルー君はできる子だから!」

 

 そう言ってくれる母のことを、ルークは改めて心から愛おしく感じた。

 




次回からこの章のラストに入っていきます。

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